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JMM [Japan Mail Media] 「国境を越えるインフラ」 冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/1051.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 2 月 18 日 18:42:09: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年2月18日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.362 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第237回
    「国境を越えるインフラ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第237回
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「国境を越えるインフラ」

 ムハンマドの風刺画問題には静観していたアメリカですが、今週になってにわかに
「外国政府」のインターネットの検閲についてうるさく言い始めました。いわゆる
「検閲」を行うのに、アメリカ系企業が手を貸しているのは良くない、ということで
議会での公聴会が行われる騒動にまで発展しています。

 この「告発」ですが、メディアでは昨年からずいぶん問題にしていました。それ
が、この時期に急に話題になるというのは、政治的な動機でしょう。今週の動きを見
ている限り、ターゲットになっているのは中国とイランのようですが、漠然と北朝鮮
の「人権問題」にもにらみを利かせようという雰囲気もあります。

 具体的には、例えば「グーグル」のサーチエンジンが「台湾独立」とか「民主」と
いうキーワードをサーチして、「反体制」を摘発するのに使われているとか、その他
のアメリカのネット関連サービス会社がタブーとされている言葉をサーチできないよ
うなサービスを提供している、ということがヤリ玉に挙げられています。

 ただ、この問題も、風刺画問題と同様に一般世論は醒めています。アメリカ自身で
も、例えばNSA(国家安全保障局)があらゆる国際電話と国際間のEメール交信を
傍受していると認めているように、まず「秩序と安全」の前には個人のプライバシー
は妥協を余儀なくされています。

 表現の自由ということでも、アメリカは無制限ではありません。例えば、二月初旬
のNFL決勝戦「スーパーボウル」では、ミック・ジャガー率いる「ローリング・ス
トーンズ」がハーフタイムのショーを務めて、その若々しさが全米の話題になりまし
た。ですが「ストーンズ」の年齢を感じさせない派手なステージには裏がありまし
た。まず、歌詞の中の「不穏当」な部分を削除させられた上に、生中継ではなく「五
秒遅れ」の中継ということになっていたのです。

 数年前の「ジャネット・ジャクソン」の「露出ハプニング」以来、本当にTV局は
慎重になっており、こうした措置が取られたのだそうです。ミック・ジャガーという
人は、実は隠れた「スパイ暗号」マニアで、『エニグマ』という映画のプロデュース
もしているのですが、仮に当節話題の「市民への盗聴」問題を皮肉るような発言をし
たとしても、TV局は悠々とカットできるというわけです。

 国内だけでなく、例えばアラビア語の衛星TV「アルジャジーラ」に対して、アメ
リカは「反米的に過ぎるから」と何度も圧力をかけています。「言論の自由」などと
いうものが絶対的な価値として機能していないのはアメリカも同じなのです。そんな
わけですから、今更のように中国を非難してもどうしても説得力に乏しいということ
になります。

 先週お話しした風刺画問題もそうですが、ここのところ欧米の発信する「人権」と
か「民主」というメッセージに説得力が乏しいのは、こうした理由もあります。自分
たちの中で徹底できていないくせに「理想的な理念」を別の文化圏に押し付けるので
は「ダブル・スタンダード」であるとか、政治的意図だけの言動と見られても仕方が
ないからです。

 では、それぞれの国は理念を他国に発信するということは、してもムダなのでしょ
うか。あるいは差し出がましいことだから、遠慮すべきなのでしょうか。明らかな人
権侵害があっても、見てみぬふりをすべきなのでしょうか。私はそうは思いません。
この世界には、最低限の人道的な権利というものがあり、国連や多国間外交などを通
じて、改善を図ることになっている、そのこと自体は否定すべきではないと思います。


 ただ、問題はメッセージが政治的になってストレートに伝わらないというだけでは
ありません。人権とか自由という言い方でひと括りにされるものの中で、本当に国境
を越える普遍性があるものは何なのか、それぞれの文化圏の独自性に任せるべきもの
は何なのか、ということが揺れている、そこに問題があります。

 例えば、人権や自由というような抽象的な問題ではなく、もっと具体的な課題、例
えば伝染病や食の安全という問題はどうでしょう。BSEの問題を見れば分かるよう
に、こうした問題では「各国独自の対応」に任せながら、そのぞれの国が「心配なら
国境を閉じる」というようなことでは済みません。

 牛肉の場合は、大量生産国は価格競争力の上で優位に立っており、消費国の消費者
や流通業者は輸入を前提とした構造の上に立っています。生産国側でも、輸出を前提
とした生産を行っており、特定の大きなマーケットに国境を閉じられれば打撃です。
いわば、大量の輸出入関係によって、二つの国の市場が一体化しているのです。勿
論、牛肉の場合は食習慣の違いなどから、自然と価格には差が生まれますし、自国の
産業保護という政策も絡んできますから、貿易量や価格はある程度規制が働くでしょ
う。

 ですが、安全かどうか、という点に関しては例えば日本とアメリカの場合は、もは
や一体となっているのです。漠然とアメリカの生産者(と政府)は「大丈夫だ」と言
うだけ、日本は「心配だ」と言うだけで、何となく意地の張り合いや文化摩擦のよう
な雰囲気になっていますが、本来はこの問題に関しては両国の価値観はすり合わせて
いくべきだと思います。すり合わせる方向は勿論、厳しい基準に合わせるということ
です。

 遺伝子組み換え植物の問題も同じです。日本や欧州は「直感的に嫌う」反面、アメ
リカでは「完全に既成事実」になってしまっている中、本当の意味での「安全性」に
ついても「危険性」についても、国際社会において共通の理解はないのです。

 鳥インフルエンザの場合は、感染していない国では、外国の感染事例のニュースは
「何か遠くの恐ろしい出来事」として紹介されるだけです。そして、もしも感染が広
がったとしても、対応は後手後手になってしまうことになりそうです。

 地球環境の問題に至っては、アメリカにもようやく反省の動きが出てきたものの、
温暖化と二酸化炭素の問題にしても、海洋汚染の問題にしても、国際社会が一致して
取り組むことはなかなかできていません。放っておいても国境を越えてしまう話であ
るのに、それぞれの国境の中に閉じこもる議論が多すぎます。

 国境といえば、先週から騒ぎになっている日本の「核製造機器の不正輸出」スキャ
ンダルも奇妙といえば奇妙です。まず「核製造機器」とか「軍事転用可能」というと
「おどろおどろしい」のですが、中身は三次元測定器だというのです。つまり「タ
テ、ヨコ、奥行き」の三次元について、精密に、つまりミクロの世界での測定ができ
るという機械のことです。

 この「ミツトヨ」という会社の販売した機械は、何も放射能を扱う危険な機器なの
ではなく、単にミクロの世界でモノの大きさが正確に計れるというだけです。いわ
ば、科学や製造技術の進歩のためには、ある種の技術者や研究製造の現場で使われる
「モノサシ」に過ぎません。仮に、今回摘発された製品が「他の技術においてはオー
バースペックであって、核技術にのみ利用価値がある」のであれば、こうした測定器
を規制することに意味があるでしょう。

 ですが、その他の産業で幅広く使われていて、測定器メーカーとしたらもっと売れ
ば業績が伸ばせる、そして世界中のユーザーが、この「ミクロのものさし」を使うこ
とで、環境関連の技術を改善したり、良品を安く消費者に提供したりできるとした
ら、こうした測定器の普及を妨げることはおかしな話です。もっと言えば、今回の問
題は実際に「軍事転用」されたのではないようです。
 
 報道によりますと、今回の「不正輸出」の実態は、中国にある「日系企業」が納入
先だったようです。ですから、日本のあるメーカーがたまたま中国に製造所を持って
いて、そこで高精度な測定器が必要になり、それを日本の「ミツトヨ」から買った、
その際に「国境を越える」手続きが余りに複雑なために、ついいい加減な申告で済ま
そうとした、というのが真相ではないでしょうか。となると、公安事件として大げさ
に対処する事例としては不自然だということになります。

 仮に「測定器」がウラン濃縮のための遠心分離器の回転速度を上げる上でキーにな
る技術であり、測定器を取り締まることで核拡散が防止できるとしたら、一応話の筋
は通ります。ですが、怪しい事例があれば、測定器の追跡ができるようにするとか、
合法的な利用者のみにICチップのセキュリティ鍵を持たせるとか、思い切って利用
をライセンス契約にする、そんな対策を講じれば良いのではないでしょうか。

 恐らくこの事件の背景にはアメリカの意図があるのでしょう。1987年にアメリ
カが激怒して、東芝本社の会長社長が辞任した「東芝機械事件」に構図が似ているか
らです。この際も、東芝機械がソ連に売ったという「ブツ」は精度の高い研磨機械に
すぎませんでした。正確な薄さで立体的なものを研磨できる、それだけのものです。
それを「潜水艦のスクリュー音を無音にできて、核攻撃を招きかねない」技術だとい
うことになってしまったのです。

 日本の製造業の強みの一つに、中小企業に高度で実用的な技術ノウハウがあるとい
う点があります。そのノウハウの多くは、アメリカには全く手も足も出ないものであ
ると言われます。そしてそのほとんどは、民生用の製品開発の中から生まれています。


 例えば、その「研磨機械」が良い例です。日本の研磨機械が優秀なのは、部品の精
度への要求が高いからです。例えばスクリューによく似た「プロペラ」の精度に関し
ては、日本が圧倒的だと思いますが、それは主として自動車のエアコンにおけるファ
ンの静音化ということに、各自動車メーカーが努力したからです。

 それには消費者のニーズが後押ししていました。日本の消費者は、エアコン(ある
いは換気)を最強にしたときの「ブオーン」という音を嫌います。いや「最大」など
というもののあるマニュアルエアコンを嫌って、フルオートエアコンを普及させ、そ
の中でも急速暖房や急速冷房を自動的にしかも「静音」で動作させるのを好んだから
です。

 エアコンのファンの静音化というのは、実は大変な技術なのです。まず、モーター
から軸、そしてファンと回転軸が一直線になっていなくてはなりません。そこにブレ
があると、振動の原因になります。高速で回転させてもブレない、そのためには工作
精度も、軸などの部品の強度も必要になってきます。最も大切なのはファンの精度で
す。三つないし四つの羽の質量が均一で、しかも共振しない形状であり、また異常な
振動を起こさない強度も必要です。同時に、質量を抑えないと、これも振動の原因に
なります。

 更には、気流の問題があります。気流がファンとの間で摩擦を起こして異常な振動
になってはいけませんし、空気の通り道そのものの形状も静音設計に関係がありま
す。こうした「手間」を日本の製造業はやり抜いてきました。その結果が静粛で高性
能なカーエアコンというわけです。その技術の中には、高度な研磨機、高度な測定器
のノウハウも入っています。

 こうした民生品を通じた製造業のノウハウというものは、どんどん世界に売って行
くべきだと思います。知的所有権の主張をキチンとやりながら、他人にマネのできな
いように常に最先端を走り続けることは必要でしょう。ですが、アメリカという「軍
事以外には真剣に技術のことを考えられない」異常な国家に付き合ってコソコソする
必要はないと思います。堂々と売っていくものは売ってゆくべきなのでしょう。

 日本が注意しなくてはならないのは、実際に日本の技術がテロリストに渡ることで
はありません。それよりも、はるかに大きなリスクは、アメリカが一々首を突っ込ん
でくるように、日本の「進みすぎた」技術が「他国」で軍事転用されては自分の国の
軍事技術の優位が保てないと文句を言われることです。

 この問題に関しては、例えば日米の二国間で圧力をかけたり、顔色を気にしたりと
いうことではなく、国際的な軍事技術の抑制、民生品技術の軍事転用の禁止をおこな
う枠組みが必要なのでしょう。その上で、日本製造業が常に世界を相手にしていくた
めには、そして軍事転用を許さないためには、自身が軍事産業への技術転用を自制し
てゆくことが必要なのだと思います。

 思えば、今回の風刺画事件にしても、インターネット検閲の問題にしても、マス・
コミュニケーションやインターネットの登場で、世界が「一つになる」中で、そのコ
ミュニケーションの質をどう高めていくかが問われていると思います。

 メディアの中で少数意見をどう扱ってゆくか、戦地などでのジャーナリストの活動
の自由をどう保証するか、例えば麻薬や爆弾に関する不法な情報がネット上に出ない
よう取り締まるとして、規制そのものはどう透明化するのか、明らかに特定の集団の
名誉を棄損するような言動には、国際間の民事仲裁の仕組みができないか・・・など
やるべきことはたくさんあります。

 インターネット規制、他の宗教への侮辱、BSEや鳥インフルエンザへの国際的な
対策、遺伝子組み換え植物や二酸化炭素ガス排出規制の問題、いやもっと他にもテー
マはあるでしょう。知的所有権の問題、労働力の国際交流の問題もそうでしょう。グ
ローバリズムが問題なのではありません。グローバリズムは人類にとっていわば宿命
です。

 そうではなくて、世界が一体化する際に必要な、文明のインフラが国際社会として
整っていないということが問題なのです。かつて貿易や製造拠点確保ののためには、
相手の経済圏を植民地支配しなくてはならない時代がありました。それが国際貿易・
決済システムというインフラの普及により平和的にできるようになって、今日の世界
ができあがっています。同じように、文明のインフラもやろうと思えばできるのでは
ないでしょうか。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。

<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>
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                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

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