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JMM [Japan Mail Media]   「ある季節の終わり」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 12 月 19 日 03:09:19: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2005年12月17日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.353 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第229回
    「ある季節の終わり」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第229回
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「ある季節の終わり」

 本稿の時点では、イラクの国民議会議員選挙は順調と伝えられています。一番の課
題であったスンニー派も相当の部分が選挙を認める形で投票しているようです。15
日夕のNBC『ナイトリー・ニュース』では、激しい市街戦の舞台となったファルー
ジャでは、暫定選挙の際には2%だった投票率が、今回は90%になったと報じてい
ました

 同じ番組では、バグダッド特派員のジム・マセーダの報告という形で、米軍のビル
・マッコイ将軍のコメントが紹介されましたが、戦争直後の失業率が60%だったの
が、今は30%に下がり、月間の平均収入も、2ドルから200ドルと100倍に
なっているというのです。番組では、3万3千の「自営業者」が活動し始めていると
いうことで、その中の「バグダッドのケーキ屋」を紹介していました。

 こうした「楽観気分」は、一連の「イラク反戦の気運」と一種左右の両輪のように
なって、アメリカ軍のイラク撤退という「路線」をどんどん既成事実化させて行って
いる、それが2005年12月中旬のアメリカの政局です。

 では、その反戦の気運ですが、確かに2003年の開戦以来「こんなことはなかっ
た」というぐらいのレベルになってきています。いや、2001年の911以来続い
ていた「テロと戦うため、国家や軍は不可侵」という一種の戦時気分は、完全に払拭
されたと言って良いのでしょう。左右に振れやすいアメリカの「振り子」は確かに戻
りました。

 今週の間に報道されたことだけでも、

*ブッシュ大統領の「イラク人の戦争犠牲は3万人」と認める発言(12月12日、フィ
 ラデルフィアにて)
*ペンタゴンによる一般市民の反戦活動に対するスパイ活動の暴露(12月13日)
*ブッシュ大統領の「イラクに大量破壊兵器があったとの諜報は誤りと認める」発言
 (12月14日、ワシントンにて)
*米軍並びにCIAによる「拷問禁止法」に対して大統領が拒否権を行使しない方向
 で「妥協成立」(12月15日)
*アーレン・スペクター上院議員(共和)を中心とした上院司法委員会による、NS
 A(国家安全保障局)が米国市民に対する捜査令状なしの「盗聴」を行っているとい
 う告発(12月16日)

 という具合で、長く続いた「戦時気分」の時期には考えられなかったような事態が
急速に進行しています。特に、ブッシュ大統領の発言内容は、この間絶対に言わな
かった「イラク市民の犠牲」「大量破壊兵器の問題」を自ら認めたという点では、大
きな違いと言わざるを得ません。

 NSAに対する告発は、三大ネットワークをはじめ各局で大きく取り上げられ、年
明け以降に「ブッシュ大統領への徹底追及」があるという報道です。この欄でもご紹
介した『チャター』という本(翻訳も私がしています)で、パトリック・ラーデン・
キーフという30歳そこそこの学者が911以降の情勢に抗して始めた「治安かプラ
イバシーか」という問題提起が、大きなうねりになって行くかもしれません。

 こうした状況に対抗するためか、15日には懸案となっていたニューオーリンズ市
を囲む堤防の改良について、連邦予算を3.1ビリオン(約3700億円)投入する
という大統領の決断が報じられました。カトリーナ被災以来、連邦政府を罵倒し続け
てきたニューオーリンズ市のナーギン市長をホワイトハウスに呼んで、一緒に発表す
るという念の入れ方です。

 こうなると、ブッシュ大統領はイデオロギーも何もかなぐり捨てて、世論の「多数
派」が納得しそうな方向へ向けて、なりふり構わずに向かい始めた、と言って良いの
でしょう。年が明ければ恒例の「年頭一般教書演説」を行わなければなりません。そ
こで支持率を回復できなければ、秋の中間選挙へ向けて、政権は本当に死に体になっ
てしまうからでしょう。

 では、この「振り子の揺り戻し」はどこまで「本格的」なのでしょうか。2週続け
て恐縮ですが、映画のご紹介をしながら、世相のムードをお話ししてみようと思いま
す。この秋、映画館にはリベラル色の濃い映画が溢れています。だいたい秋から12
月にかけてというのは、アカデミー賞の選考の時期に当たる関係で「集客より芸術的
な質」を狙った「文芸映画」のシーズンとなります。

 ハリウッドの「文芸映画」といえば、監督さん、脚本家から役者さんに至るまで、
リベラルな人が圧倒的で、そうした世界観から様々な表現をしています。ハッキリ言
えば、それが現代のハリウッドであって、その背後では、穏健派のユダヤ系の人々や
資本の存在が後押ししているのです。

 そうした「文芸映画」は、911以降の「安全と国家」が優先される世相ではスト
レートな主張ができずにいました。アカデミー賞の「最優秀作品賞」の候補作になっ
た中から、一種の「文芸枠」のようなものを想定してみますと、2001年は「復讐
劇(『イン・ザ・ベッドルーム』)」、2002年は「極端な内向的表現(『めぐり
会う時間たち』)」、2003年は「異文化もの(『ロスト・イン・トランスレー
ション』)」、2004年は「伝記もの(『アビエイター』『ファインディング・ネ
バーランド』『レイ』)」とそれぞれの年の傾向を見ることができます。そのいずれ
も、リベラルな社会派映画ではありませんでした。

 この4年間の作品賞候補作20本に拡大してみても、社会派は見あたりません。例
えば、『ロード・オブ・ザ・リング』の三部作は漠然とした「もっと崇高な大義が欲
しい」という心理に訴えたとか、2004年の伝記映画ブームでは、リベラルなタッ
チの表現はありました。ですが、正面切っての社会派という表現はありませんでした。

 2003年(『ミスティック・リバー』)2004年(『ミリオンダラーベイビー
』)と研ぎ澄まされた表現で話題になったクリント・イーストウッド監督も、復讐心
による誤殺への告発や尊厳死の肯定など政権批判を匂わせてはいましたが、あくまで
人間ドラマのカテゴリを出るものではありませんでした。

 それが、ここへ来て「社会派映画」がどんどん公開されるようになってきているの
です。単に公開されるだけではなく、批評家たちは絶賛し、そればかりかお客さんの
入りも堅調です。更に今週発表になった「ゴールデン・グローブ賞」の候補にも、相
当数がノミネートされています。

 先週から公開の『ナルニア国ものがたり、ライオンと魔女』が予想外の大ヒットと
なる一方で、今週からは『キングコング』が鳴り物入りで公開されています。ですが、
その一方で確実に興行収入を稼いでいるのが『シリアナ』(ステファン・ゲーアン監
督)です。中東の石油利権をめぐる人間模様を描いた原書をもとに、監督自身が書き
下ろした脚本によるドキュメンタリータッチのフィクションです。

 公開当初は「過激な」内容のためか、上映館が5とか9とかに限られていたのです
が、あまりに評判が良いので先週から2千館弱の拡大公開になりました。先週末の配
収ランキングでは『ナルニア〜』が65ミリオンというお化けヒットになったのに続
いて、この『シリアナ』は12ミリオン弱で2位につけ、公開4週目の『ハリーポッ
ター4』を僅差で抜いてしまいました。

 映画の構成はとしては、統一的なストーリーは全くなく、中東と石油に関係したエ
ピソードが大きく分けて5つ、断片的にオムニバス風に進行します。最終的には、全
てが関係するような形でクライマックスが来るのですが、そこまで「我慢」するのは
平均的な観客にはかなり大変で、難解な映画といって潰されてもおかしくないのです
が、それが受けているのですから時代も変わったといえるのでしょう。

 余り詳しくお話はしない方が良いと思いますが、ジョージ・クルーニーがCIAの
対イラン工作員で、「イランは一筋縄ではいかない」とワシントンに警告しても聞き
入れられず窮地に陥って行く話が一つ、マット・デイモンはスイスに本拠のあるコン
サルタント会社でエネルギー産業のアナリストで、こちらも危ない話に巻き込まれて
いきます。

 クリス・クーパーは石油会社の経営者で、カザフスタンの利権やら、合併話やら、
中国との利権争いに加わっていきます。この三つに加えて、中東某国の王子は反乱を
たくらみ、失業したパキスタンの出稼ぎ青年は原理主義に引き寄せられていく、その
二つを加えて計5つのエピソードが絡んでいくという仕掛けです。

 一部には、原理主義者の描き方が同情的に過ぎるとか、石油資本やイランの自由化
を企む保守派のシンクタンクが悪者に描かれているということで、「下らない左翼の
プロパガンダ映画」という声も聞かれます。ですが、それでもこれだけのヒットに
なっているのは、ジョージ・クルーニーの工作員、マット・デイモンのアナリストの
葛藤を通じて、「中東が分からないアメリカ人の苦悩」をリアルに描いているからだ
と思います。

 そのジョージ・クルーニーは、この秋から冬の「文芸映画」の中でひときわ話題の
人物と言って良いでしょう。『シリアナ』での好演に加えて、自分が監督し出演して
いる『グッドナイト・アンド・グッドラック』という作品も好評だからです。

 この『グッドナイト・アンド・グッドラック』は1950年代に、マッカーシー上
院議員による「赤狩り」が吹き荒れた時代のCBSテレビの伝説的なキャスター、エ
ドワード・マーロウの物語です。少しでも「共産主義的」と思われた人物は社会的に
抹殺される、そんなヒステリックな世相に対して、微動だにしない姿勢を貫いて、最
後にはマッカーシー自身を自分の番組に登場させてその仮面をはがし、彼を失脚に追
い込むきっかけを作るのですが、そのマーロウのカリスマ性をデビッド・ストラザー
ンが熱演しています。

 テーマ的には実に古典的なリベラリズムなのですが、クルーニーは全編を白黒で撮
り、映画音楽もほとんどつけない手法で、画面全体に緊張感を漂わせることに成功し
ています。この作品も、地味な内容にも関わらず22ミリオンという興行成績は立派
です。大傑作ではありませんが、私がニュージャージーの田舎のシネコンで見たとき
は、中規模のスクリーンが満員でした。平均年齢は相当高かったのですが、皆満足そ
うに劇場を後にしていました。

 若者に受けている作品もあります。第一次湾岸戦争を描いた『ジャーヘッド』がそ
れで、今や超売れっ子となったジェイク・ギレンホールが、海兵隊に志願して湾岸に
送られる兵士を演じています。この主人公は、それほど劇的な戦闘に巻き込まれるの
ではないのですが、戦争というある不思議な空間に送られることで、言いようのない
空虚を抱えて帰郷する、その淡々としたドラマがいつまでも印象に残る作品でした。

 とにかく若者の支持は強く、興行的には62ミリオンという、この種の映画として
は大ヒットになっています。私の教えている大学でも、軍籍にある学生などを中心に
圧倒的に支持されています。極端な反戦ではないし、かといって戦争賛美でもない、
バランス感覚と言うよりも、とにかく現代における戦争経験を「等身大の若者の視点」
で描いたのが魅力なのでしょう。

 この『ジャーヘッド』、実は監督をしているのが英国の元舞台演出家、サム・メン
デス監督です。アカデミー賞を受けた『アメリカン・ビューティー』ではアメリカの
家庭崩壊を、『ロード・トゥ・パーディション』では大恐慌期のギャングの逃避行を
描いた、その次が「湾岸」というのは意外に思ったのですが、作品を見て納得しまし
た。

 メンデス監督は、アメリカという異文化を「アメリカ英語」を通じて描こうとして
いるのです。『アメリカン・ビューティー』では主演のケビン・スペイシーに「中年
の危機」に差し掛かった男の精神の崩壊を「倦怠感そのものの言語」で表現させてい
ましたし、『ロード・トゥ・パーディション』では冷え切った大地を逃げていく絶望
的な親子の孤立感を、トム・ハンクスの淡々とした喋りで表現していました。

 今度の『ジャーヘッド』は全編が言葉の洪水です。俗語や卑語が機関銃のように浴
びせられる海兵隊という空間を、これまた「アメリカ英語」で表現させています。
荒っぽい言葉で威勢の良さを見せる、その言葉の洪水にどうしようもない空虚がある、
その感覚を表現できているのが、この作品の魅力でしょう。同じ英語を話しながら、
その英語が異なることから感覚を研ぎ澄まし、一旦解体した英語をアメリカ英語の
「劇」として練り上げることから「アメリカ」に迫ろうというメンデス監督の姿勢は、
ここでも成功していると言って良いと思います。

 いわゆる「社会派」の映画はまだこの後に「真打ち」が控えています。それも2本
です。カウボーイの同性愛、しかも悲恋をヒース・レジャーとジェイク・ギレンホー
ルに演じさせた『ブロークバック・マウンテン』(李安監督)、五輪選手団へのテロ
に対して復讐を命じられたモサド(イスラエルの秘密組織)の工作員(エリック・バ
ナ)の暴力と苦悩を描いた『ミュニック』(スティーブン・スピルバーグ監督)の2
作がそれで、どちらも公開前から賛否両論の騒ぎとなっています。

 映画だけで世相を占うのは危険ですが、どうやら今年に関してはこうした「社会派」
の映画が、時代の変化を象徴しているのは間違いないようです。911、そしてイラ
ク戦争による保守の季節は確かに終わりを告げています。ですが、問題はこの先です。
イラクにしても、本土のテロや天災からの「防衛」にしても、本当に新しい時代を呼
び込むだけの思想や政策の姿はいっこうに浮かび上がっては来ていません。

 本来であれば、古典的なリベラリズムではなく、もっと現実的な問題解決のスタイ
ルを通じて、新時代の思想を描いてゆくべきなのですが、そんな展望はありません。
こうした社会派映画が作られ、見られることによって、そんな新しい時代への展望は
開けてくるのでしょうか。私には、まだわかりません。ただ、ある季節が終わろうと
しているのは事実のようです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』(小学館)『メジャーリーグの愛され方』(N
HK出版)<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22>
最新訳に『チャター 〜全世界盗聴網が監視するテロと日常』(NHK出版)がある。
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810769/jmm05-22>

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【編集】 村上龍
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