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おびしゃー狙うは陰か陽か?ー 【神話の鳥、ヤタガラスを的(マト)にして射抜くことの真相がよくわからん】
http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/620.html
投稿者 月読 日時 2006 年 1 月 07 日 22:58:03: ydTjEPNqYTX5.
 

(回答先: 天照大神が実は日本最大の祟り神であるというのはとても面白いものだと思う。 投稿者 月読 日時 2006 年 1 月 07 日 22:48:49)

おびしゃー狙うは陰か陽か?ー

東葛1

   1〜2月、東葛の各地でおびしゃが行われます。おびしゃというのは柏市船戸や、船橋の子神社、他にも何箇所かで行われる行事で、流鏑馬が走って馬で射るのにたいして、平地で人間が歩いて射つものをそういいます。もともと歩射祭が変化して、おびしゃになったといわれています。場所によっては鬼射と表記するところもありますが、この辺りでは平仮名表記が多いですね。


  さて射抜く的になっているものを見ると、陰と陽なのです。とはいってもインヤンじゃありませんよ。イメージ的なものです。


  陰は鬼射の言葉通り鬼です。弓で鬼といいますと節分の元になった追儺を思い出しますね。これは大晦日の夜、悪鬼を払い疫病を除く儀式。舎人の鬼に扮装した者を、内裏の四門をめぐって追い回すものです。大舎人長が方相氏の役を務めます。方相氏というのは、黄金四つ目の仮面を被り、玄衣朱裳を着し、手に矛・楯を執った姿で正直化け物っぽいです。何となくこれを見て蚩尤を思い出すんですけど、どうでしょうか。これを大儺といい、紺の布衣に緋の抹額を着けて大儺に従って駆け回る童子を小儺とよぶそうです。つまりは追いかける大儺小儺ですね。殿上人は桃の弓、葦の矢で鬼をもって追ったといわれています。近世、民間では節分の行事となったといいますから、2月におびしゃが行われるのも関係あるのかもしれません。

  では陽はなんでしょうか。そうカラスです。ただのカラスをではありません。よく見ると足が三本なのです。
  三本足のカラスと聞いて思い出される方も多いと思いますが、日本サッカーの象徴ヤタガラスです。このヤタガラス、八咫烏と書き大きなカラスといったものですが、神武天皇が東征した際に、道を案内した霊鳥と言われており、信仰の対象です。
  しかし、三本足のカラスにはもう一つ由来があります。中国において三本足の烏は、太陽を象徴し、金烏と呼ばれました。ちなみに三本の足は太陽黒点の象徴と言われています。豊作を祈る行事に、豊穣をもたらす太陽の象徴を射抜くとはどういうことなのでしょうか。


   おびしゃが始まったと思われる平安時代日本は亜熱帯気候だったといいます。そんな気候の時、太陽が盛んになるとどんな影響があるでしょう。そう旱魃が増えるのです。
  平安時代は様々な宗教が混濁とした陰陽道が広がった時代でもあります。中国の神話に、太古の時代、太陽がいくつもあり、弓の名神が打ち落として一つにしたという伝承があります。おびしゃもそれに倣って、象徴である金烏を撃つことで、太陽が盛んになり過ぎるのを防ぎ、豊作を願ったものの後なのではないでしょうか。
  ただ、残念な事に現代では弓を射る事は少なくなっているようです。ただ、その前後に行われる行事は昔の形を留めているところが多いですから、もし近所でやられているところがありましたら、見てみてはいかがでしょうか。

追記: 中国・周時代の歴史書「周礼」には、熊の毛皮を被り、黄金の四つ目 の仮面をつけて祭りの行列を先導する片相氏の姿がありました。それは古王朝夏の行列の様子で、王である黄帝(白澤図に関連文あります)は、鬼神を集め、象に引かせた車に乗り、軍神の 蚩尤が先導をつとめたそうです。やはり方相氏は蚩尤であったようです。
ちなみに中国でも、まだ方相氏は現役で、民俗芸能の中で姿を見る事ができます。

以上、http://99ya.gozaru.jp/yokoko/014iru.htm より

ヤタガラス参照
http://katori.adam.ne.jp/karasu/karasu-1.htm

○オビシャってなに?

 川口市大事典というサイトから赤井氷川神社の項目を以下にコピーする。

【赤井氷川神社・あかいひかわじんじゃ】 川口市赤井488所在。旧赤井村の村社。
祭神は素盞鳴尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫尊(くしなだひめのみこと)、大己貴尊(おおなむちのみこと)、
飛鳥大神(あすかおおみかみ)、 児屋根命(あめのこやねのみこと)、武甕槌神(たけみかづちのかみ)、白山比売命(はくさんひめのみこと)。
創建は鎌倉時代領主赤井氏、(本姓藤原氏)がうじがみである春日神社、飛鳥権現社及び白山社の三社を祭ったのが始まりと伝えられている。
弘化元年(1844)赤井村名主平野嘉右衛門が大宮の氷川大明神を勧請し社名を氷川神社と改称、
明治40年(1907)谷下明神社、谷田稲荷神社、前野宿の鎮守白山権現社を合祀。
別当は赤井氏菩提寺の聖動寺(廃寺)がつとめた。
本殿は安政元年(1854)再建、側面には弁財天、毘沙門天などの七福神、獅子、竜、鮭、亀の彫刻を施している。
拝殿は文久元年(1861)の再建。10月14日・15日はお日侍行事。3月8日はオビシャ祭が行われる。
神社神前において弓矢で鬼の面を射る行事で、無病息災を祈願し、 オビシャと一升飯喰いの競宴の二種を組み合わせた珍しい行事である。
   ということである。 氷川神社というから祭神を単純にスサノオを中心とする出雲の神々と考えていたのだが 天児屋根命、武甕槌神と日向の神々もごっちゃにされている。
これでは神様たちも居心地が悪いだろう。 その上、だれが本当の祭神かわからなくなってしまっている。

 飛鳥大神という聞き慣れない神様は、素盞雄神社ではスサノオとともに祭神となっていて 大国主神の御子神で別名を事代主神(ことしろぬしのかみ)、一言主神(ひとことぬしのかみ)ということにされている。 素盞雄神社ではスサノオが孫と一緒に祭られていることになっているのである。

 もちろん、これもニギハヤヒを隠すための眼くらましで、素盞雄神社にスサノオと共に祭られている飛鳥大神とはニギハヤヒの別名である。
  スサノオは孫とではなく自分の分身ともいえるニギハヤヒとともに日本を見守っているのである。

 この赤井の村社も社名を氷川神社と改称されてから本来の祭神であるニギハヤヒの姿が見えなくなったのだろう。

 とはいえ、その遺された行事、 10月14日・15日のお日侍行事。3月8日のオビシャ祭にその面影が浮かぶ。

 日本各地の「おびしゃ」とは漢字では「御奉射、御備射、御歩射」などと書かれて、 「流鏑馬」が馬に乗って矢を射る騎射なので、馬に乗らないから「歩射」なのだという。

 ところがそれでは本当の意味が見えない。 「おびしゃ」を漢字で書くなら「御日射」でなければならないのである。 それは地方によって、三本足の烏、すなわち八咫烏を的に描いて射ることでわかる。

 全国の熊野神社や熊野三山や、

左図の日本サッカー協会のマークで有名なこの「八咫烏」は言うまでもなく太陽の象徴なのであった。

 そして、三本足の烏は物部族の旗印であった。 童謡「七つの子」のカラスが父、スサノオであればその子、ニギハヤヒもまたカラスでなければならない。 初めて、この神社を訪れた日、八拍手をして挨拶したとき、応えて鳴いたカラスはスサノオではなくわれわれを招いたニギハヤヒであったのだ。


             ○クライアントは鬼


 そのオビシャがここでは神前において弓矢で鬼の面を射る行事になっているのだ。 ここではオビシャは「鬼射」なのである。

 やっと核心に近づいてきたようだ。 この世を牛耳る為政者にとってスサノオニギハヤヒ親子は鬼として恐れられた。 スサノオはある程度、名前が知られているがニギハヤヒの方は完全に「隠(おん)」 すなわち、隠された鬼にされてしまっている。

 左の図はこの神社を正面から見た写真である。 よく見れば鳥居全体が大魔神のような 二本の角をはやした鬼の顔になっているのである。

 鳥居を潜るのは鬼の口に入るようでおぞましい気がする。 境内の荒れ方は異常だが それは鬼を表に出さないためにここに貼られた封印のためであった。 それがあの石柱の文字「闔部清昌」なのだ。

 ここに来たとき、初めに気になった門構えの文字、 「闔」をひく。

『大修舘 新漢和辞典 三訂版』より

闔コウ(カフ)ゴウ(ガフ)
1門のとびら。2とじる(閉)。
3しまう(蔵)。
4すべる(統)。すべまとめる。
5むすぶ(結)。6とめる(止)。禁ずる。7あう(合)。
8いぶく。呼吸する。9すべて。みんなのこらず。
10なんぞ…ざる。どうして…しないのか。漢文を訓読するときの再読文字の一つ。
何不カフという二字を一字にしたもの。=盍コウ。

  「闔」一文字にこれだけの意味が込められている。 漢文調に盍として読むこともでき、「すべて」の意ともとれる都合の良い文字であった。

 しかし、封印としては、この文字は「1門のとびら。2とじる(閉)。」の意味で ここの門のとびらを閉じてあるのだ。 それがこの文字を使った一番の目的であった。 「闔部清昌」は「闔」で以下の「部清昌」を出られないように扉を閉じてしまっている。

 「部清昌」とはなにか。「部」のオオザトだけがはっきりしているのは、 それはオオザトに意味があるからであった。 オオザトの元は「邑」である。この文字はミヤコやムラやサトの集落を表すのだが □(囲い)と巴によってできている。 巴といえば宇佐神宮の神紋であることは昔から周知のことであった。

 そして「清」は解字すれば水に月の主、「昌」は重ねた日。 「闔」はこれだけのニギハヤヒの性質をこの石柱の門の内部に閉じ込めてしまっていたのである。

 封印は見せかけのポイントと合わせて九つ並べられて、そのうち本当のポイントはひとつだけで その位置は封印をほどこした日向系の者でなければわからないという。 わたしは出雲系なのでわからないのだが妻は三の数を持つ日向系なので喚ばれたのだろう。

 地図を見ると、 赤井の氷川神社の位置は 北緯約35度49分20秒 東経約139度45分にあって、 そのそばに 月読命をたずねて その8 で記述した毛長川が流れているのに気付いた。

 毛長川を辿って 赤井から南東方向に 3192mの距離、 北緯約35度48分13秒 東経約139度47分に あの毛長神社が位置していた。

 そうなのだ。 毛長川を流れるニギハヤヒのエネルギーはこの赤井の氷川神社において封印されていたのだ。 それこそがこの神社に施された封印の意味であった。

 人々の眼に触れていても見えることのなかった封印はこうしてホームページ上に公表されて人々に知られることによって無効になって行く。 赤井の鬼はこのようにして解かれた封印からもう甦ろうとしている。

以上、http://homepage1.nifty.com/fumio-y/tuki39.htm より

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