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戦前のアメリカ映画などを見ていると、「メイド・イン・ジャパン」の機械は、
http://www.asyura2.com/0510/dispute22/msg/471.html
投稿者 hou 日時 2006 年 1 月 03 日 19:26:30: HWYlsG4gs5FRk
 

(回答先: 大日本帝国は戦って負けた。それでも繁栄した。戦う必要はなかった。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2006 年 1 月 03 日 15:11:42)

http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/report/omake/indiary6.html


戦争が企業文化に与えた影響として、品質管理があげられる。戦前
の日本では、大量生産の機械は品質管理が整っていなかったため、故障が多かっ
た。戦前のアメリカ映画などを見ていると、「メイド・イン・ジャパン」の機械
は「安物で壊れやすいもの」の代名詞とされている。
 これはひとつには、人件費が安かったために工場に製作機械が普及しておら
ず、部品製造が小工場の手仕事で行なわれていたためバラツキが多く、統一され
た規格のパーツを作れなかったからでもある。戦前日本のプラグなどは、エンジ
ンにはまらないことなどが多く、自分で接続部分などを削ってやらねばならない
ことなどがしばしばあった。今のインドある意味でそれに近いところもあるらし
く、インドの人々は電気製品などを自分で直すことに慣れていると聞いたことが
ある。
 こうした日本工業が、限界を露呈したのが、太平洋戦争だった。戦争の後半、
日本軍の飛行機の半数は飛べなかったといわれる。不良品だったり、信頼性のあ
るスペア・パーツがなかったからである。戦争の前半では、熟練工が手仕事でつ
くった少数の飛行機を使い、現地部隊では「整備の神様」とよばれるベテラン整
備員がやはり手仕事で整備していた。エンジンの交換パーツなどがうまくはまら
ないとき、「神様」が削ってはめてやると動いたというような逸話が、当時の戦
記には数多く出てくる。しかし戦争の後半、熟練工が兵士に徴収され、かわりに
動員の女学生などが工場に配置されて、またベテラン整備員の多くが戦死してし
まったあと、大量生産された日本軍の航空機は、稼働率がガタ落ちになったので
ある。
 戦後の日本では、この経験から、品質管理の必要性が知識人レベルでなく、元
兵士の労働者たちや、工場動員の女学生レベルにまで認識された。戦後にQCサー
クルが広がっていったのには、こうした背景があると聞いている。

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