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私たちはいかに生きるべきか その@ 〜中野孝次『清貧の思想』に学ぶ〜
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投稿者 たそがれ竹べえ 日時 2006 年 5 月 13 日 15:03:27: EzRc1UvJydDio
 

幻聴が聞こえたら(http://www.gennchougakikoetara.com/topic.html)より。

2006年5月7日


はじめに

 私には、どうも一冊の本を長く読み続けることがが苦手なところがありまして、いつも、三〜四冊の本を併読しています。そういう風にして読んだ本の中に、中野孝次[著]『清貧の思想』、エマニュエル・スウェデンボルグ[著]『霊界からの手記』、アーネスト・シートン[著]『レッドマンのこころ』という三冊がありました。

 ところで、私たち現代人にとって、いかなる生き方をすることがより良いとされるのでしょうか。それは、一つの大きなテーマであるように感じます。そして、どのような生き方をするかが、健康にも影響を及ぼしてくるのではないでしょうか。そこで、「私たちはいかに生きるべきか」を上記三冊の内容を元に考えていきたいと思います。一冊ずつの内容で三回に分けていく予定でして、今回は、中野孝次[著]『清貧の思想』(草思社)からの内容となります。

忘れられた戦前の日本人の精神性

 そのわたしが現在最も懐かしく、ほとんど郷愁のように思い起こすのは、戦前の市井に清く貧しくけなげにいきていた人びとのことです。当時だって大勢いたいやな人間――サーベルを下げて威張り返っている軍人や、利得にあけくれる汚い政治家がその筆頭ですが――のことではなく、職人や町家や農民の中にいたそういう人びとのことです。

 かれらの生活は今日から見れば比較にならぬくらい貧しくつつましいものでした。(中略)簡素きわまりない家に住み、働くことが主体のような生活をしていました。しかし、彼らにはそのような貧しく質素な暮らしの中で、内にみずから律するものを持って生きていた、とわたしは信じます。わたしの父は職人――家を建てる大工――でしたが、父の関係で知った様々な職人には、職人気質という一つの生き方の規範がありました。かれらはその小さな家に必ず神仏を祀り、朝夕敬虔にそれを拝し、神仏の存在を信じていました(この点は前に紹介した光悦たちと同じで、これは戦後われわれが失った習慣の一つです)。たとえ法や人の目に触れなくとも間違ったことをするのは神仏に対して許されぬ、という心の律を持っていたのです。これは非常に大事なことだったとわたしは思います。

 そしてその暮らしは、明治の詩人石川啄木が「はたらけどはたらけど猶わが暮らし楽にならざりぢつと手を見る」と感傷的にうたったように、身を粉にしても貧しいもので、しばしばそのことを歎いてもいましたが、人間はまっとうに働いて生きるべき者で、盗みや詐欺や収賄や投機や、そんな手段で成功するのは間違っていると信じていました。働くことを厭わなかった。かれらは仕事と自分の業に誇りを持ち(本阿弥一族と同じです)金儲けよりもよい仕事をすることを望んでいました。(中野孝次[著]『清貧の思想』194頁)


 本書の著者である中野孝次氏(故人)は、戦前から戦中、戦後の焼け野原を経て、高度経済成長・バブル経済と、重要な時代の変わり目を体験されており、大変な苦労をされてきたことがわかります。戦前と戦後の体制は大きく異なるわけですが、それが、70年代に生まれた私などには想像することが難しいのです。それは実体験がないからであり、戦前の人々の価値観や精神性についても、直接体験された方から話をお伺いする以外は、書籍や記録映像から知識を得る他ありません。

 本書を読み進めていきますと、当時の市井の人々と現代人との間には、異なるところがあることがわかります。彼らには、誇りや誠実さ、心からの信仰心があったのですが、それが私には、気持ちのいい精神性を持った人々であるように感じられました。

 しかし、それと同時に、約半世紀の間に何が私たちを変えたのか、という疑問も生じてきたのでした。金儲けよりも、よい仕事をすることを望む。投機のような手段で成功することは間違っていると信じている。法や人の目に触れなくとも、間違ったことをするのは神仏に対して許されぬという心の律を持っている。それは、魅力的な価値観であるとともに、現代人のマジョリティーのそれとは大きな隔たりが存在することがわかります。

敗戦から高度経済成長へ・私たちへとつながる精神性の変化

 もっともそれにはそうなるだけの必然性があったわけで、というのはわれわれは1945年の敗戦時に、都市はアメリカ軍の空爆で破壊しつくされて焼野原と化し、住む家も、食べる物も、着る物もない、文字どおり何一つない廃墟に立たされて、その窮乏の中から始めなければならなかったからです。

そういう廃墟に立たされた人たちがまず初めに、何よりもともかく食う物、着る物、住む家をと求めたのは当然だし、少しでも現在よりゆたかな生活をと努力したのも人間の自然な欲求です。(後略)(同202頁)

 しかし人間の向上欲には限りがなく、一つの段階が実現されるとそれに満足しないでさらに上を望む。衣食住すべての点でもっと上等をと欲したばかりでなく、今度は新たにステレオを、ピアノを、クルマをと欲望の対象も増えていきました。町には商品が溢れだし、クルマでも電気機器でも住宅でも次から次へ新製品が作られ、魅力的な広告によってわれわれの欲望を刺激しだしましたから、そのころからわれわれは耐えざる欲望のとりこになって、新製品を追い続けてきたような気がします。そしてわれわれはただの人間ではなく消費者という名で呼ばれるようになっていきました。(中略)

 この時期の生産の原理は――わたしは経済学者ではないから正しくは何と名付くべきなのか知りませんが、一個の人間の立場から見て――それが人間の幸福にとって必要だから作るというのではなく、作ることが技術的に可能だから生産し、生産した物が市場に迎えられれば成功ということであったと思います。少なくともそこには人間の幸福への配慮はなかった。(中略)

 エーリッヒ・フロムの分析がこの状態を正確に言いあてているとわたしは思います。

「昔は、人の所有するすべてのものが大切にされ、手入れされ、役に立つかぎり最後まで使われた。買い物は<長持ち>の買い物であって、十九世紀の標語としては、『古いものは美しい!』がふさわしかっただろう。今日では、保存ではなく消費が強調され、買い物は<使い捨て>の買い物となった。買ったものが車であれ、服であれ、小道具であれ、それをしばらく使ったあとは飽きてしまって、<古いもの>を処分し、最新型を買うことを熱望する。取得→一時的所持と使用→放棄(あるいは、できればよりよい型との交換)→新たな取得、が消費者的買い物の悪循環を構成するのであって、今日の標語はまさに『新しいものは美しい!』となりうるであろう。」

 アメリカ型産業社会を手本にしたのだから当然ですが、わが国に起った事態の進行もまさしくこの通りでありました。(同205,206頁)


 敗戦時の日本人は、本当に大変な状況であったことがわかります。その日に食べる物がない。着る服がない。住む家がない。それは私などの世代は実体験として持っていないわけです。しかし、そういう大変さ・苦しみを経験していない私でも、同じ日本人として知っておかなくていけないと思います。それも、日本史的な知識としてではなく、当時の人々が直面した、その大変さや苦しみを、僅かでも感じておかなくてはならないと思うのです。

 私などが、住む家も、食べる物も、着るものもない状態をイメージすると、現在のホームレスの人々が思い当たるわけです(失礼ですが)。貧困な発想ですが、案外近いのではないのかなとも思います。戦後焼け野原の中で、日本国民皆が物質的には現在のホームレスに近い状態だったわけで、本当に皆が飢えていたので、餓死する人も多くいた。そう考えていくと、その大変さを少しだけ理解できたような気になります。

 そういった大変な時期の後、当時の日本人は、非常に勤勉に向上心を持って働き、外的な要因も重なり、豊かになってゆくことができるのですが、それ自体は喜ばしいことだったに違いないと思います。しかし、その一方で、人間の幸福への配慮が段々と無くなっていった。そして、自分たちにとって何が幸福であるかを見失ってしまった、と氏は書かれています。大量消費型社会が「勝てば官軍(売れさえすれば成功)」「物は使い捨て」の意識を浸透させ、「古いものを大事にする」意識が希薄になっていった、こうした過程を経て日本人は精神性を低下させていったと考えることができます。これは非常にまずい点であったわけで、ここに、当時は誰も気付かなかった選択の誤りがあったということです。

物に執着することの愚かさ

 物や金や機械への執着は死物への執着である。私有財産への支配を徹底させるためには、それを守るための力を必要とする。力への欲求が生れる。守るための武装兵力さえ必要とするにいたる。物を所有することを誇るのは、他人に対する優越性を物において、物を維持する権力において示そうとすることにほかならない。こういう物への愛は決して生きているものへの愛に転化することはない。

 持つ物は、物であるかぎりすべて数量で示され、すべてのものは、それが芸術作品であっても、いくらというように数字であらわされうる。しかし数字で人間への愛、生きたものへの慈しみをあらわすことはできない。それらは心の体験に属し、計量することが不可能な領域に属するものだからだ。だが現代人が計量不能なものにまでも数字で示したがるとしたら、それはかれらがそういう心の領域での経験そのものと、その経験したことをあらわす言葉を持たないせいかもしれない。体験しなければそれをあらわす言葉も持てないわけだ。(同175頁)


 氏は、心を自由にするには物・金・機械に囚われない心を持つこと大事だと述べられています。そして、物に心を奪われることは心を縛り付ける愚かな行為で、非人間的な所業をも行うことになりかねないとのことです。物への愛は生きているものへの愛に変わることはないし、人間への愛や生きているものに対する慈しみの心の方がよっぽど大事だということです。

 現代社会においても、そういう心を縛られた人々が多く存在することについては議論の余地のないところです。私なども、インターネットのサイトを閲覧していて、後から多くの時間を無駄にした事に気付くことがあります。こういった状態も、物(機械)に心が囚われた状態だといえるのではないでしょうか。

空虚な大量消費時代を生きる

 日本が一大産業社会になったのは事実でしょうが、それがわれわれ生活者に「ゆたかさ」の実感を与えない以上、どこかが根本から構造的に狂っているとしか言いようがありません。

 本当ならば物が溢れている、何でも買うことができる、便利で快適になったというのは、生活をゆたかに幸福にしてくれるはずではなかったでしょうか。なのに実情は、われわれはその中にいて幸福と感じることが出来ず、むしろ人間性が物の過剰の中で窒息させられているように感じている。どうしてこんな結果になったのか。物質的繁栄がわれわれに真の幸福をもたらさなかったとしたら、それはその盲目的追求そのものの中にどこか間違ったところがあったと考えるしかないでしょう。

 われわれはもう一度出発点に戻って、人間には何が必要であって何が必要でないのかを検討し、それに応じて社会の仕組みを変えねばならぬ時に来ているように思います。(同208頁)

 人間性をとりもどすために、われわれは生活をもう一度根本から考え直す必要があると思われる。社会全体についてはどうしようもないなら、せめてその中で受動的に流されっぱなしだった自分自身の生き方だけでも、自分で納得のいくものに組立て直してい。過剰の中にあってそれが自分を幸福にもゆたかにもしてくれない、いや、それどころかもはやこれ以上このままではやっていけないと感じている以上、自分の意志で生を納得しうるものに再構築することが、自己に対する義務だと思われる。(同209頁)


 氏の執筆後に、いわゆる「失われた十年」がありまして、現在はバブル期よりも景気に関して芳しくない状態ですが、日本人が「エコノミックアニマル」と揶揄されていた、バブル期の物が溢れていた当時でも、人々は「ゆたかさ」の実感を得られなかったとのことです。そのことに多くの日本人は気がついていなかったのですが、それは非常に大きな意味を持っているのではないでしょうか。つまり、いくら物質的に豊かになっても、また別の新しい欲がでてきて、それがいつまでも繰り返される。だから、いつまでたっても人々は自分が幸福になったと感じることができないのです。そしてそれは、根っこの方の方向性が間違っていいるからで、これまでのやり方を続けていっても、永久に精神的な充足感を得ることは出来ない、そういうことが段々とわかってきたわけです。

先人から何を学ぶか

 かれはつづけて、地位とか官位とか名声とかを求めることの愚かさを説く。さらに世間の評判を得るため知識と学問とを誇ることがいかに空しいかを説く。そして最後にこう言っています。

 まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、名もなし。誰か知り、誰か伝えん。これ、徳を隠し、愚を守るにはあらず。本より、賢愚、得失の境にをらざればなり。(吉田兼好『徒然草』第三十八段)

 真の人間は利得とか名聞とかそんなものにかかわるところにいない、ただ己の心の充実を求めるのみなのだ、というのです。(中略)この『徒然草』に見られる考え方が、品を変え様を変え、いろいろな人によって肯定され、実践され、日本の文芸の基本的な思想として、以後ずっと受け継がれ、生き続けてきた。文人ばかりでなく名もない生活者も、こういう生き方をよしとし、それが一つの伝統にさえなったということです。(同139,140頁)

 われわれはなるほどこれまでここに挙げた人びとのように所有を完全に否定することはできないかもしれない。だれもが良寛のように五合庵の草庵住まいが出来るわけではないのだ。われわれに出来るのはせいぜい解良栄重のように、自分自身はふつうの生活を営みながら、たまに良寛の訪れたとき「師ト語ル事一夕スレバ、胸襟清キ事ヲ覚ユ」と、その清風に浴することぐらいのものであろう。ここに挙げた文人たちの遺風を作品で偲びながら、少しでもその境地に近づこうと努めるぐらいのものであろう。

 しかしわたしはそれだけでも、かれらの精神を知ると知らないとでは天地ほどの相違があると信じる。過剰の中で受動的に流されているのとはまったく違う新しい物の見方が生れると信じている。「世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひ易く、人に交れば、言葉、よその聞きに随ひて、さながら、心にあらず」であって、受動的に流されているのと、積極的にみずからの生を選ぶのとでは、生の質はまったく違ってくるはずだからだ。

(中略)

 われわれは今こそ『徒然草』のあの言葉を知るべき地点に立っているのではないか。

 人間の儀式、いづれの事か去り難からぬ。世俗の黙し難きに随ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は、雑事の小節にさへられて、空しく暮れなん。日暮れ、途遠し。吾が生既に蹉蛇たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情けなしとも思へ。毀るとも苦しまじ。誉むるとも聞き入れじ。(第百十二段)

 『吾が生既に蹉蛇たり』なのである。このままではもはやこれ以上やっていけないところまで来ているのだ。これからは諸縁、すなわち世の中の義理やきまりを一切顧みないで、ただ自分のため、自分の魂の平安と充実のためだけに生きよう、というのである。

 兼行が今の時代に生きていたら、なおさら彼はその決意を強くしたに違いないと思う。(同211,212頁)


 氏の古典に関する造詣は深く、本書においては、西行・吉田兼好・本阿弥光悦・妙秀・芭蕉・池大雅・良寛、という、古文や日本史の教科書に登場するような、日本の偉大な先人達を取り上げています。彼らは、地位や官位、名声、金銭、評判を得るための知識・学問といった、物質的・表面的なものに心が囚われることはつまらないことであるとして、貧しくも清らかなる生活を実践したのでした。それは心の豊かさ、つまり人間の内面を重んじたということであり、だからこそ、彼らは精神的に自由であったし、ついには高い境地に達することもできたのでした。この先人たちの生きた時代に高い悟りの境地に達するには、非常な困難が伴ったであろうことが想像できます。しかし、困難な道はまた、それに相応しい高い心境を、そして経験の重みをもたらしたはずなのでした。

 それに対して、現在の私たちは、霊的真理に関する本を手に入れること自体にそれほどの困難は伴いません。そして、その意思と機会さえあれば、その本から物質という目に見えるものより精神・魂という目に見えないものの方に価値があるということを理解させていただくことも、それほど難しいことのようには感じられないのです。それは、情報面で非常に恵まれているところがあるからであり、それだけに、教えて頂いたことに対して、いかに真剣に向き合えるかが大切になってくるように思います。

 それでは、私たちは本書から何を学ぶことが出来るのでしょうか。

@戦前の市井の人々の精神性・価値観について知ること。彼らは、必ず神仏を祀っておりその存在を信じていた。そして、間違った行為は神仏に対して許されぬ、という心の律を持っていた。人間はまっとうに働いて生きるべき者で、盗みや詐欺・収賄・投機などの手段で成功するのは間違っていると信じていた。そして、働くことを厭わなかった。自分の仕事と業に誇りを持ち、金儲けよりもよい仕事をすることを望んでいた。

A大量消費型社会もたらした弊害について考えること。高度経済成長期の大量消費型社会が人間の幸福とは何かという問題を棚上げにしたまま発展、「古い物を大事にする」意識を失わせ「物は使い捨て」の意識を浸透させ、日本人の精神性を低下させた。また、人々は物質的には豊かになっていったが、心がないがしろにされていたために満足感を得られない状態が続いた。それは、非常にまずいことであり、反省すべき点だったのではないか。

B偉大な先人達の生き方を知ることにより、自分の生き方について今一度考えてみること。日本にはかつて、地位や名誉、お金、そして物に心が囚われることはつまらないことだとして、貧しくも清らかなる生活を実践した人々がいた。彼らは何を目指し、どのように生きたのだろうか。そして、それらの偉大な先人達に対して、私たちはいかに生きるべきなのだろうか。

 それでは、今回は以上の内容になります。本記事で触れている高度経済成長期は、ちょうど私が生まれた時期と重なっております。子供の頃の私にとって当たり前であった大量消費型の社会構造、それは現在も続いているわけですが、過去の時代と比較することにより、その特異性があぶり出されてきたのでした。しかし、比較対象となる時代を知らなければ、その状態が「当たり前」であり、特異性に気付くこともなかったわけです。やはり、読書をすることは大切だな、無知であることは弱みになる、と気付かされるのでした。なお、今回の記事で取り上げました内容は本書の一部分になります。ご興味を持たれましたら、ぜひ原文でお読みになられることをお勧めいたします。『清貧の思想』は、草思社からハードカバーが発行され、後に文藝春秋からも文庫本版が発行されています。

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