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駄作(論)
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投稿者 信長(長期的信用) 日時 2005 年 4 月 21 日 22:07:46: KwSl0CoDbAaCk

プロじゃないし、パフォーマーじゃないし、連載モノじゃないなら、そこそこの水準を保つ必要は無いはずだ。

「三叉原理」級の作品なら、1千投稿に1回でいいし、そんなに出るものじゃない、ということだろう。
999回もの駄作を投稿しても、1作だけ光れば、その水準がソイツのものになるのではないか。
他の作品がどれだけ低水準でも、低さなんて知れていて幼稚な発想、拙劣な誤りで笑われるくらいなものだと思う。低さは低さの限界に阻まれ、救われるはずなのである。

恐らくは、だからこそ、1作のホームランを打ててしまうと、それで覆る話なのかもしれない。
下世話な話、日頃から相手にされないくらい下げておくと、ライバルに衝撃を与え、成長を印象づけ、インパクトも一入というわけだろう。まあ心理的にでも、自分として投稿を続けられないくらい、誤解や不評や惨めなプレッシャーを受けてしまうと元も子も無いのであろうが、平気ならそういう問題ですら、初めから無いであろう。

大ヒットとなり、爆発的に覆る時点で、瞬間瞬間そう出来るだけの総合(バランス)的、回数(キープ力)的、物量(突破力)的パラメータに値が揃っている、ということになるはずである。

「主客原理」とか「経由原理」とかのクラスなら、1万投稿に1回でも“元が取れる”だろう。
コンマ0001割り打者でも、1度大当てしただけで“ホームラン王”として遣っていけるのではないか。要は結果、測定される結果の飛距離だと思う。

投稿水準など読者サービスに過ぎないはずだ。
逆に特大ホームラン1回でサービスになるか。埋め合わせできるか。
読者との関係は、読者側が考えて行動する、それだけでいいだろう。

どうせ駄作が沼に埋没していくところ、よいものだけが選ばれて救い出され、投稿が整理されて、その人間の実績になる、ということではないか。最終的には、影響力起爆力のある、記憶に残る作品が待たれるだけのことなのかもしれないのだ。

だから投稿に対する「定評」ではなく、或る幸運なベストの状態で何を成しえたか見ればよいのではないか?

それが長年に幾度か重なってくると、それを意識し、約めてみたところ、初めて数々の、記憶に残るところのもの、ホームラン級の“真の信用”が「付いてくる」ということなのだろう。

ただし、“モーツァルトタイプ”は自ら疑いを差し挟み得ない絶対感覚で常に安定していて、何某かの感動を与えつつ、また感動を積み上げつつ、ここぞのヒットも出してくるのかもしれない。しかし、アインシュタインは連発(奇蹟の年)を毎年くりひろげたわけではないし、晩年はミスもあるし、また「ライバル(ボーア)たち」も、一(、二)発屋でしかないだけの「業績」で“名を遺した”ということだろう。ミスが許されないのは戦場としてであって、天才性とは必ずしも直結しないと思うのだ。

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