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良い酒、良いタバコというのか、迷惑ではない部分?
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投稿者 白家ブラック 日時 2006 年 1 月 23 日 10:20:16: 7jOAcm.tFRC.g

(回答先: カバラという字の入る「酒鬼薔薇聖斗」(神戸事件)と「小林薫」(奈良事件)をアナグラム解析 投稿者 サラ 日時 2005 年 12 月 13 日 20:59:19)


 
 

またまた御紹介‥‥このサイトのネタたくさんあるね、ちょっと多すぎるぐらいだね。
素晴らしいよね、良し悪し抜きに味のある文章だよね‥‥、
「「「俗物どもが高級な銘柄や薀蓄並べ立てるのに比べても」」」。

 
 
 
 

────────────────
“酒を飲むのとタバコどっちが有害??”
────────────────
 
 
酒もタバコも国が管理して作っている、公認された麻薬なわけですが、
私がタバコをやめる気もないし、
さして問題にもしていない理由のひとつは、
精神的依存性がゼロだからです。

これ、純粋に、体とか脳の中毒なんですよね。
脳の中毒と、精神的中毒って、全く別でして。


酒も、もしも中毒すると、飲まないと、手が震えて仕事にならない
とかだけなら、確かに、不便ではありますが、
私も、もしかすると、飲み続けたかもしれません。
問題は、精神状態(知覚の感度)が変わってしまう点なのです。

タバコの場合には、吸うと、元の脳の状態に戻る、
という形での、「けったいな中毒」をします。
つまり、ないと、脳が普通に機能しない、
言い換えると、あれば、「普通に機能する」ということ。
そういう形で、妙な中毒ですね。

しかし、精神的依存性というのは、ありません。
タバコで、別に気分が軽くなるわけでも、口が軽くなるわけでもない。
つまり、タバコは、「逃避手段」にはならないわけです。

そもそも、最初にタバコすったとき、
何かのメリット感じた人、います?いないでしょ?
まずいし、落ち着くわけでもない。気分が変わるわけでもなし。
でもって、少々、時間をかけて、中毒するわけですね。


でも、酒は違います。
確かにストレートだったりすると、
最初に、うまいとは思わないものの、
飲み方によっては、カクテルとか、ジュース感覚から入ったり、
紅茶に入れたりして、その味のおいしさに、ハマってゆくこともありますね。

私、高校生のあるときに、「一時」ですが、かなり、ヤバかったです。
家にあった、ウィスキーやブランデーを、ほとんど全部、
紅茶にいれて、飲んでしまいました。
実に、うまかったんですよ。だから、ほとんど毎日、やってました。
宿題やるのは、酒が頭からひいて、夜中になってからでした(笑)。

で、あるときに、ぼーっとするのが、
「気分よく」思えてしまった自分を
自覚した瞬間に、これは、絶対にヤバイと思って、
ぴったりと、やめました。

その後、社会に出て、付き合いとかでは、そこそこ飲みましたが、
自分の家には、調理用の酒以外は、おいてありません。


酒は、体質によっては、吐き気とか頭痛はあるものの、
酔っ払うという感覚そのものには、最初からハマる人が多いようです。

ここらが、中毒するまでに、あんなも、まずいものを吸い続けて、
「それなりに、頑張って中毒するタバコ」と、かなり違う点でして、
楽に中毒できるんですよね。
おそらく、幻覚性の薬物も同じでしょうね。


余談ですが、
タバコは、部屋がヤニで汚れたりする、やっかいな中毒ではありますが、
田舎に引っ越したので、
嫌煙権もクソもあったものではなく、ざまーみろです。
毎日、いい空気と一緒に、おいしく吸っています(^o)/^~~~~~~~~~
別に肺がんで死んでも、ぜんぜん、いいので。
死ぬときにも、最後の一本を吸うかも。


しかし、アルコールは、
飲むと「元の脳の状態に戻る」のではありません。

アルコールとか、その他の精神作用をする麻薬は、
そもそも、その元の脳からして、だんだと壊れてゆき、ずれまくります。
酒飲んで、いつもの調子が出るなんてのは聞いたことがなく、
そうなら、道路交通法で「酒飲み運転、歓迎」になりますって。
こううつ剤の常用者も、車の運転してはいけないと言われるケースがある。


●ものすごく「平たく」言うと、
タバコやコーヒーで「生き方が変わった人」もいないし、
家庭が壊れた話も聞いたことないですね。でも、アルコールは、
下手に飲めば、生き方が変わりますし、家庭が壊れることもあります。
タバコは、体は壊しても、家庭や社会生活は壊しませんから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で、本題に入りますが、
この精神状態、知覚感度、思考速度を
「外部から変える手段」というのが、依存の対象となります。


で、その依存対象の代用品は、
アルコール以外にも、「無数に」ありますが、
実は、わりと簡素なカテゴリーに分類できるはずです。

それは、
大きくわければ、

1/ 暇つぶし型(陰性)と、
2/ あばれ型(陽性)、
3/ ひきこもり型(中性)です。

いずれも、これらは、苦痛からの「逃避手段」ですから。
この3分類は、概念ではなく、
「運動特性」ですから、わかりやすいはずです。

スポーツや、暴力、おしゃべり、おせっかいなどが
はけ口に使われるが、「あばれ型」で、

「暇つぶし型」は、テレビ、ゲーム、ビデオ、
bbsやメール中毒、

で、問題なのは、
ひきこもり型は、
そもそも、正しいひきこもりをしている者が
ほとんどいないので、大半は、「暇つぶし型」と思っていいです。


で、ひきこもりの子供とか、またはリストラで
ひきこもった大人に、絶対に与えてはならないものがあります。

ひきこもりだけでなく、
すでに精神的な無自覚な依存症をかかえている人にもです。
それは、おもに次のもの。


  酒、麻薬、こううつ剤。

  テレビやビデオを垂れ流して見ていること。

  テレビゲームをすること。

  不注意に恋愛をすること。(自慰はしてもよい)

  ネットでのおしゃべりやメールをしすぎること。

  音楽も、毎日、浴びるように聴いているのも駄目。


ただし、別に何も問題ない人が
自分で選択的にこうしたものをする分にはかまいませんが、
これらがないと、落ち着かないとかになったら、おしまいです。


もしも私が、どこかの親から、
うちの子供や旦那が、ひきこもりでもう何年もたちますが
助けてくださいといわれたら、
上述のものを、まっさきに、その者の部屋から全部撤去します。

(で、実際に、相談うけて、それやって、
子供のひきこもりが、直ってしまいました事例ありますんで。)

最近聞いた話では「ゲーム脳」という症状があるようですね。
ゲームのやりすぎで、脳のごく一部しか活動していないというもの。
ゲーム脳関係のリンクはこの投稿の一番下に張りました。


●で、脱線した話を元に戻しますが、
そもそも、「せっかく、引きこもっている」のに、
そんな、代用品や、暇つぶしの道具や、
ごまかしの玩具をあたえるがために、
それでは、「きちんと、引きこもってなんかいない」のですから、
そういうものが部屋にあるかぎりは、
それこそ5年とか10年の、
せっかくのひきこもりの「膨大な歳月を、無駄にしている」だけです。


ひきこもりが、だらだらしてて、いつまでも直らないでいる
最大の原因は、周囲の家族も揃って馬鹿なもんで、
本人自殺とかして欲しくないからとか、ビビってしまって、
そういう玩具を、引きこもっている者の部屋に放置するわけですね。

その結果、本人の意識の焦点が、
ちょろちょろ、うろうろ、していて、

本人が全然「ひきこもっていないから」だけです。


●で、ひきこもりとまるで「セット」になっているような
ありがちな悩みに「対人関係で悩むことが多い」
という現象がありますが、
これ、そもそも、全く「着眼点」を間違えています。

対人関係なんかには、一般的な答えなどどこにもないのです。
せいぜいあるのは、
くそ面白くもない、陳腐な、社会的標準的人格というやつだけのこと。


問題は、自分対世界、自分対この見えている世界との
関係を再点検して、そこに、自分が作り出した契約をきちんと
しないかぎりは、
何をどうやって生きたところで、
いつも、何をどうしたらいいのかわからなくなるだけのこと。

対人関係とか家族関係とか恋愛関係で悩むというのは、
その「世界との関係の不明確さの結果の弊害」にすぎません。


問題は、生きるということは、
実は、人間とか人間社会が相手ではないということです。

つまり、人間が「人間の都合で言っていること」などは
人が、どう生きるかの基準には、何もならなということです。


では、どうしたらいいかといえば、
一人一人が、自分ひとりにしか通用しない
哲学を持ち、ひとりひとりが、哲学者になることです。
ただし、自分に対してです。

自分とこの世界との関係を、自分独自に樹立すること。
それは他人の樹立の仕方とは違っていていいのです。
極端に言えば、宇宙とか神とも、
自分一人の概念で、サシで関係を樹立することです。


そういう作業もせずに、
生きて、仕事をし、結婚して、育児して、老人になる。
そんなことで、何かがすっきりして生きていられるわけが
ありません。

そういうことしてたら、何をしてても、
ごまかしと、言い訳の多い人間になるだけです。


何かが間違いだったとか、正しかったかというのは、それは、
自分と世界の関係について、とことん、決着つけた場合だけ
明確に、自分に主観的に意識されるものです。

その結論、決着から、生を生きるなら、
その責任は全部が自分にありますから、
「他人のこと」やら、「他人との関係」で悩む必要なんかありません。

  自分で自分と世界の関係のことだけ、悩めばいいのですから。


               ●

こういう作業、つまり、テレビとかゲームとかなくて、
規則正しい生活に適しているとかの理由で、
禅寺とかに行く人や(芸能人の禊「みそぎ」ごっことかも)いますが、
あれは、アウトです。

そもそも、正常に機能している禅寺なんて、
ありませんので。

簡素な生活や、厳しい修行なんか、役に立ちません。
世間的な余計なものがないというだけで、
ああした環境では、宗教的に余計なものが、多すぎるからです。

それに、寺なんて、住職も僧侶も、
偽善者ばかりで、その中身は、どろどろですからね。

そんなことぐらいなら、
自宅で、自殺するかしないかの、あやういバランスの中で、
ひきこもり修行をした方が、はるかに、マシです。

ただねー、ほとんどの家族はそれを、
正しく「放置」できないんだよな。

かといって、ひきこもり道場みたいなのを
山の中に、作っても、結局は、馬鹿どもの、逃げ場になるだけ。


一番いいのは、
世間の中で苦しんで、誰も助けてくれない中で、
一人で、もがくことです。

で、4畳半のたった一部屋でも、
そこを、自分と世界とが向き合う接点にすること。

人だの、宗教だのなんか、
ちっとも、世界とか宇宙との接点に、なりゃしませんって。

接点になるとしたら、
それは、「非宗教的な精神体系」のみです。


            ●

ちょっとお酒の話に戻りますが、

酒飲むと、楽しいですか?
感覚が麻痺するんですから、楽しいわけないですよ。

楽しいというのは錯覚で、
そもそも物事を楽しむ神経が麻痺しますから、
正しくは、「酔っ払うことそのもののぼんやりする感覚」が
楽しいだけ、なのではないでしょうか?


うさを晴らすとか、何から逃げたいから、
忘れたいとかから飲むのは
一般には、酒癖が悪くなる原因ですね。


少し、リラックスして休みたい、ゆっくりしたい、
という動機から適量を飲むのは悪癖にはならないと思いますが。


「酒癖の悪い人」とは、私から見ればの私見ですが、
楽しいことがあったときに「特別なお酒」を
楽しんで飲む以外には、酒を飲まないという
お酒の本当の楽しみ方を知っている人、
{これ以外の人}は、すべて、悪いということになります。
とうぜん、私見です。

つまり、
「酒とは、その原型は、お祝いの酒である」という概念です。


酒癖が「悪い」と見てて思うのは、
つまらないことがあったときや、習慣で飲む人です。
それは、もしも、お酒の神様というのがいたら、
その神様に、ものすごく失礼だと思います。


あとは、料理は酒を飲むと、
調理人が手間隙かけた味がどんな人でも、
たとえ、コックでさえも、味覚は落ちますから、
「きちんとした料理」のときには飲みません。

中には料理とのコンビネーションで選ばれるワイン
というものもありますが、私個人は、パスです。
そのときには、逆に料理ではなく、お酒の味を楽しむことだけにシフトします。


私は、お酒は、めったに飲みませんが、
それこそ、年に一度とか2度の大切な日とか、
お祝いのときに、とっておきのお酒を
ほんとうに、うまいと感じながら、飲む程度です。

酒癖の悪い??人の性格的な特徴などは知りませんが、
酒を少量でも、晩酌で毎日のように飲む人の傾向は
よく知っています。

慢性的に、頭のどこかがいかれているようで、
「話にならない人」がほとんどです。

あとは、約束破る、平気で嘘つく、見栄っぱり、
誇大妄想、まー、いろいろとありますよ。

一番の特徴は、
「話の要点を理解できないことと、
 話を正しく伝えられないこと」です。


原因は酒によってあいてしまう意識の空白
つまり、無自覚とか「不注意」が
慢性的な「習慣」になっているからです。


これをバランスを取るためには、
酒を飲みつつも、ジムに通うとかするのが一番いいですが、
サウナはいって、またビール飲んだら何の意味もありません。
やるのであれば、一秒単位で緊張していないとできない
スポーツが酒とのバランスをとるには、いいでしょうね。

ある程度の危険または緊張が伴う運動です。
ダンスも悪くはないです。不注意だとサマになりませんので。
武道などもお勧めです。

ようは、酒を飲むことのデメリットを
中和したり調整するには、
まったくその「正反対」にある
注意力を極端に必要とする運動や「作業」をすることだと思いますが。


むろん、品のいいお酒を飲む人も知っていますよ。

ただ、私が一番嫌いなのは、

「酒を飲んだら、無礼講ありと勘違いするやつ」です。
または、何かにつけて、酒のせいにするやつ。

飲まれてしまっている人間というのには、
「無責任人間」がすごく多いです。


それと、やたらに他人に酒勧めるやつがいたら、
それは、酒癖悪いと断定していいです。

これって、「お前も飲め、飲んだらこの馬鹿な私と同類だぞ」という
一種の、非常に低級な思考でして、
薬物中毒患者とか、不良グループの手口に多いやつですね。

相手に自分がついてゆけないとなると、
自分の低レベルに無理やりに落として、
それでなんとか、必死に自分の立場や見栄えを維持しようとする
という、醜い動機です。
掲示板とかだと、
アラシがこの手の無力な幼稚さを発揮していますね。


たいして親しくもない者に、酒を無理に勧める者は、
徹底的に、酒癖悪いですよ。
会社だと、そういうの、どこにでもいました。

品よく、自分とか、気の合う仲間とだけで、
こっそり、楽しむならokでしょう。

             ●

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