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JMM [Japan Mail Media]   「死者の記憶」   冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/509.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 8 月 20 日 00:58:53: ogcGl0q1DMbpk
 

                            2006年8月19日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.388 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第264回
    「死者の記憶」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第264回
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「死者の記憶」

 小泉首相による八月十五日の靖国参拝は、アメリカでは大きく報道はされませんで
した。事前には社説や記事などで関心を示していたNYタイムスは、さすがに大西特
派員の署名記事を載せていましたが、いつもの大西レポート同様、次期首相と目され
る安倍氏の姿勢はもう少し柔軟なものにならざるを得ないだろう、というような多少
の「未来志向」を含めた無難な記事でした。

 興味深かったのはホワイトハウスのトニー・スノウ報道官のコメントです。15日
の定例会見での記者とのやり取りは直訳すると以下の通りです。

(記者)昨晩、日本の小泉首相が靖国神社に行って批判にさらされています。大統領
としては、(これによる)中韓と(日本と)の緊張に対して懸念をお持ちでしょう
か、それとも(中韓は)過剰反応だという立場でしょうか?

(スノウ報道官)大統領は本件に関わる問題については、一切関わりを持つことはな
いというのが立場です。(原文は、The President is not going to get involved
in any of that.)大統領が望んでいるのは、というよりも大統領がこれまで努力し
てきたのは、北朝鮮問題の六か国協議に向けて目的は何かということについて、共通
の認識を維持すること(to build a common sense of purpose) です。朝鮮半島の非
核化に関しては、北朝鮮、中国、韓国、ロシア、アメリカの人々が何らかの解決を目
指して一緒にやってきました。。その努力は続けられなくてはなりません。そして大
統領は、全ての関係国が共通のテーブルに就くことを望んでいるのは明らかです。で
はありますが、関係国の間の口論に巻き込まれるようなことはしない、ということで
す。

 このコメントは、どう解釈したらいいのでしょうか。この質問が出たときに報道官
は両手で「おいで、おいで」のようなジェスチャーをしており、「そのことを聞いて
くるのは分かっていたよ」というような姿勢でした。また、回答に際しては原稿を見
て一字一句間違えないように慎重な姿勢でありながら、表情には薄笑いを浮かべてい
ましたから、基本的には「全体的に迷惑な話だ」というニュアンスがありました。

 私は日米政治のプロではありませんし、スノウ報道官の人となりを詳しくは知りま
せんが、あえて深読みをすればこんなところでしょうか。

1、日本や小泉首相を非難はしない。
2、だからといって称賛もしないし、支持もしない。
3、六か国協議が靖国問題で機能しなくなるのは困る。
4、仮にそうだとして、アメリカは調停はしない。
5、六か国協議の目的とは核問題というのが共通認識であり、政権転覆や拉致問題で
はない。
6、かつて核問題の協議はうまくいっていたが(過去形)そこには日本は貢献してい
ない。

 もしかすると、小泉首相の「仮にブッシュに止められても行く。本当はそんなこと
は言われなかったけどね」という発言がブッシュ本人に届いて不興を買っていたとい
うこともあるかもしれません。(ブッシュという人は冗談で茶化されるのは受け流す
度量がありますが、今回の小泉コメントのような正面切ってプライドに挑戦するよう
な発言は意外と気にするタイプかもしれません)

 もう一つ興味深いのは、この短いやり取りの後、会見は突然「韓国軍への指揮権委
譲問題」に移って行ったのです。そしてスノウ報道官のコメントは前向きのものでし
た。これは盧武鉉訪米への地ならしに他なりません。何かと波風の多かった盧武鉉政
権とアメリカとの関係ですが、アメリカとしては、北朝鮮問題の危機回避のために韓
国との歩調を合わせようとしているようです。

 こうした一連のことから見て、例えば7月の「テポドン、ノドン発射騒動」に関し
ても、北への怒りは怒りとして、日本が感情的なナショナリズムを高揚させて中韓と
の連携を怠り、結果的にミサイル試射をさせるスキを作ったことは評価していないと
いう見方もできます。ある意味では、ブッシュ政権は「アジア外交の改善は日本の責
任」というメッセージを送っているように見えますし、様々な意味で「小泉外交」の
終焉を先取りしているとも言えるでしょう。

 更に深読みをすれば、北朝鮮核問題がこれ以上膠着状態になれば、中間選挙を目前
にした現時点では、ライバルの民主党から「外交の失態」と批判されてしまう可能性
があります。是が非でも「安定化」に向けた「実績」が欲しいのです。来る盧武鉉訪
米には何らかの実質的な意味があるという見方をしておくべきでしょう。

 また、2008年の大統領選を前にした共和党内では「ブッシュ、チェイニー不
在」の予備選が進む中で、権力闘争の力学から「ブッシュ批判のモメンタム」が噴出
する可能性があります。その際に、「靖国参拝で戦後秩序に挑戦している」コイズミ
と近すぎる仲だったというのは非難材料になる可能性もあります。スノウ報道官の妙
に気を使ったコメントの中には、そうしたメッセージも含まれているように思います。

 短いコメントの「行間」を詮索するのはこのぐらいにしますが、それにしても戦争
は遠くなったものです。小泉首相がある意味では死者への礼節を疑われてもおかしく
ないような「参拝騒ぎ」を15日の当日に行ったこともそうですが、アメリカで戦没
者遺族や退役軍人などからの「ノー」が出なかったことにも「時の流れ」を感じます。

 私は直接第二次大戦を経験してはいません。ですが、生まれ育った時代には濃厚な
死者の記憶がありました。第二次大戦という「膨大な死」を記憶してゆけば、人類は
少なくとも世界大戦のような愚行はしないだろう、そうした確信は強いものがあった
のです。ですが、時の流れはそうした確信も押し流そうとしているのです。昨年もこ
の欄で申しましたが、積極的な平和維持の政策論を積み上げることで、死者の記憶に
頼るのではない平和への確信を築いてゆかねばならないのでしょう。

 死者の記憶といえば、もうすぐ満5年を迎えることになる911(セプテンバー・
イレブンス)の記憶も少しずつではありますが、薄れつつあります。今月は、むしろ
その記憶を薄れさせようという不思議なプロパガンダ映画が公開され、中ぐらいのヒ
ットになっています。オリバー・ストーン監督の『ワールド・トレード・センター』
がそれで、公開時のウィークエンドの興行収入が19ミリオンというのは決して小さ
な数字ではありません。

 映画は、2001年9月11日に、ワールド・トレード・センターへ被災者救出の
ために乗り込み、そのまま倒壊したビルの下敷きになった二名の警察官の運命を描い
ています。映画は脚本も映像も、この二名と、安否を気づかう家族の視点に徹底的に
フォーカスをしており、その他のエピソードはほとんど出てきません。

 少し以前に公開されて、この欄でもお話しした『ユナイテッド93』に比べると、
ハイジャック犯の様子も出てこなければ、同時テロの全体像を解説する映像もありま
せん。また映像的には、事件が起きるところでは、TVニュースや貿易センタービル
の火災、散乱する紙くずなど「あの日」の戦慄が甦るような表現もあるのですが、主
人公二人が瓦礫の下に閉じこめられてからは、彼等の様子と家族の一喜一憂へと関心
が絞り込まれていく中で、下手をすると「911の映画」ということを忘れさせられ
るように出来ているのです。

 ストーン監督は、政治メッセージは極力抑えています。例えば被災者救出に活躍し
た海兵隊員に「必ず復讐してやる」というようなセリフを言わせていますが、その解
釈はあくまで観客に投げているだけです。また明らかに意図的だと思いますが、星条
旗のイメージも極力抑えています。特に、一夜明けた「グラウンド・ゼロ」の様子を
忠実に表現していますが、そこにも有名な星条旗は出てきません。(もっとも星条旗
が掲げられたのは二日目の朝よりもっと後なので、事実に基づいているとも言えます
が)

 意図的なものを感じたのは、二人の警官の妻にマリア・ベロ(TVの「ER緊急救
命室」のデル・アミコ医師)とマギー・ジレンホール(人気上昇中の女優、俳優ジェ
イク・ジレンホールの姉)というような「いかにも女優さん」という感じのキャステ
ィングをしていることです。社会派ドラマではなく、メロドラマとして見るような客
層に訴えたいということではないでしょうか。

 メッセージは単純です。あの惨事の中にあっても「人情ばなし」のようなエピソー
ドがあった、そう思えば、あの事件以来アメリカが変わったとか、今でも「反テロ戦
争」なる戦争が戦われなくてはならないというような「異常な」考えは捨てても良い
のではないだろうか、そのような極めて政治的なプロパガンダを秘めているのは明ら
かです。

 映画の質としては、決して悪くはありません。特に、主役のニコラス・ケイジの演
技は迫真で、日本で言えば歌舞伎の人間国宝級とでもいうような存在感があります。
CGの演出も自然でしたし、編集のペースも悪くはありません。奥さん役の二人も丁
寧な演技で、泣かせることを狙ったようなシーンも、しっかり支えています。

 ただ、私には「あの日」のクリスタルブルーの空、「あの晩」の夜寒、そして「翌
朝」の蒸し暑さが描けていない中、どうしても感情移入ができなかったことも、申し
上げなくてはなりません。私としては、このストーンの「忘れればアメリカが正常化
する」という政治的立場には全面的には反対はしないものの、「忘れても良い」とい
うメッセージを映像を通じて(しかも無意識に忍ばせるように)大勢の観客にアピー
ルするのには抵抗感がありました。

 とにかく「忘れよ」というメッセージは、事件の本質を考えるというようなことも
「忘れても良い」ということになるからです。何よりも、事件に対してより情緒的に、
そして「グラウンドゼロの瓦礫の山の中」という外界のことの何も分からない小さな
視点へと人々を誘導するのは卑怯だと思います。ストーンとしては、右傾化した大衆
心理への絶望や蔑視があるのではとすら思えてきます。

 この映画のように意図的に行うのには抵抗がありますが、死者の記憶が薄れること
で正常化する部分もあります。今週は、まだロンドンで摘発された「大西洋線の航空
機同時爆破テロ未遂事件」のニュースが続いています。ですが、911からの時間が
経っているために、どうしても緊張感が続かないのです。

 緊張感が続かないというのは「正常化」のためには悪いことではないのですが、例
えば空港のセキュリティ・チェック体制が厳しすぎる中、「検査はイスラム系に限る
べきだ」というような911以来の異常な世相でも出てこなかったような議論も出て
きています。そんな「言ってはいけないホンネ」がボロボロ出ること自体、緊張感が
薄れているということに他なりません。

 また、ブッシュ大統領は今週になって「今回の計画を未遂に終わらせたのは、諜報
機関による活動の成果」だとして、ネグロポンテ情報長官、ハイデンCIA長官(前
NSA長官)と共に胸を張って記者会見をしています。ですが、その直後に「令状無
き国内盗聴は違法」という連邦判事の決定が出るなど、事態は流動的です。共和党と
しては、この英国での逮捕劇のタイミングを捉えて「盗聴は人権侵害」という民主党
を「治安の敵」として叩こうという戦術のようでしたが、必ずしもそうは行かないと
見るべきでしょう。

 17日には、テロ未遂事件も、レバノン情勢も吹き飛ばすように、一つのニュース
がメディアを独占しました。十年前に自宅で遺体の見つかった6歳(当時)の少女、
ジョンベネ・ラムゼー殺害に関して、真犯人と称する男がタイで逮捕されたというの
です。有名な殺人事件が解決したとあって、各局の扱いは大きかったのです。

 ですが、翌日の18日になると急に風向きが変わりました。容疑者にアリバイらし
きものがあること、容疑者が事件を研究している大学教授に「事件後に」熱心に事実
関係を聞いていること、などから「事件に対して異常に関心を持ったために、自分が
関与していると思い込んでいるか、あるいは自己顕示欲からウソを言っている」とい
うこと、つまり「シロ」という可能性が出てきているのです。

 この事件の場合、十年という年月もそうですが、被害者の母親が解決前に他界して
いることもあって、「死者の記憶」が薄れているのは否めません。ですが、記憶が薄
れているために、感情的な反応は抑えることができます。17日の時点で「犯人が判
明」というニュースで大騒ぎになったときにも、「邪悪な犯罪への怒り」というよう
なリアクションはそれほどありませんでした。その冷静さが、翌日になって「もしか
したらシロかもしれない」という報道につながっています。

 死者の記憶は薄れていきます。死者の記憶に頼った情緒的な政策は見直して、現実
に有効な政策に代えてゆかねばなりません。同時に死者が遠ざかるということは、死
者への遠慮や感情的な要素から自由になって、死という事実を直視し解明することが
可能になることを意味します。真実は本来は事件の直後に解明されるべきなのでしょ
うが、ある時間が経過して初めて事実と向き合えるということがあるのだと思います。

 その意味で、日本の場合は、いわゆる戦争指導者の歴史的責任に関して、もっと事
実に基づいた評価がされるべきなのでしょうし、より正確な、つまり「戦犯=極悪
人」でも「戦犯=英雄」でもない詳しい人物評価が多様な形でなされるべきだと思い
ます。例えば白鳥敏夫や松岡洋右がクロなのか、シロなのか、いや何パーセント灰色
なのか、ということは昭和天皇が決めることでも、軍事法廷が決めることでも、イデ
オロギー的な評論家が決めることでもなく、人々の中にそれぞれの理解があって良い
のでしょう。歴史教育にはその材料を提供する責任があると思います。

 911の五周年が近づいてきました。ある意味で死者は少しづつ遠ざかって行きま
す。そのことで「社会を正常化する」だけでなく、時間がくれた冷静さに基づいて、
あの事件に対する「何故」について考えを深めてゆくべきなのでしょう。そのために
は、より客観的で視野の広い思考法が必要です。オリバー・ストーンの映画は、残念
ながらその逆へと人々を導こうというものだと言わざるを得ません。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学
大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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