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JMM [Japan Mail Media]   「フロンティア精神の喪失」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 9 月 02 日 20:28:28: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2006年9月2日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.390 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第266回
    「フロンティア精神の喪失」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第266回
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「フロンティア精神の喪失」

 ある種の「フロンティア」を心の中に抱いている人間という人がいます。多くの人
が去り行く季節を惜しむ中で、常に新しい季節の気配を探すことに喜びを見いだす、
それだけなら風雅の一種で済むかもしれませんが、時として人の考えないような大胆
な行動に出ることもあり、独善的という非難を浴びたりもします。ですが、本人に
とってはとにかく未知の世界へ思いを馳せるのが楽しくてたまらないわけで、いかな
る非難もピンと来ないのは仕方がありません。

 国家を過度に擬人化するのは慎まなくてはなりませんが、アメリカという国にはそ
んなところがありました。常に未知の世界へと足を踏み入れること、それはアメリカ
の凶暴性であるとか、独善という非難を招くものではありましたが、アメリカにとっ
ては疑いえない自然な行動だったのです。良く言われるように、東海岸から開拓を始
めたアメリカは、西へ西へと「フロンティア」を追い求め、カリフォルニアまで開拓
し尽くすと、今度は科学技術や社会変革といった「内なるフロンティア」の追求に転
じています。

 20世紀に限ってみても、大恐慌の克服を訴えたFDR、60年代末までに人類を
月に送ると宣言したケネディ、「偉大なる社会」をスローガンに公民権と格差是正を
具体化しようとしたジョンソンなど、フロンティア精神を政権求心力に使うことで、
多くの大統領が歴史に名を刻んでいます。そこまで大上段に振りかぶったものでなく
ても、70年代以降の女性の社会的地位の改善、同じく70年代の公害問題への対処、
90年代のIT革命など多くの社会変革が、ある種の熱を帯びて進められたのには、
ある種の「フロンティア精神」を見ることができるでしょう。

 アメリカのフロンティア精神というのは、単純に「困難に挑戦する」というのとは
少し違います。そこに独特の味付けがあるとすれば、まず「遠い未知の世界へのあこ
がれ」という感覚があるのだと思います。未知の世界に出てゆくのには、調査や探検
などの困難を経なくてはなりませんが、対象に対して「あこがれ」の感覚があれば、
知的好奇心や大自然への感動などが困難を打ち消してくれるというわけです。社会改
革の場合は、その「あこがれ」が理想主義という形を取ってゆくのです。

 もう一つの味付けは、孤独に耐え、むしろ孤独を楽しみつつ我が道をゆくという感
覚です。大自然の中で独りぼっち、釣りを楽しむ、開墾に精を出す、道なき道を探し
てゆく、そうした行動が苦痛ではなく、むしろ楽しみといいましょうか。また、孤独
を愛する精神は、どこか冷静であり、事実の前では謙虚になれる、あるいは真剣に対
象を見定めて様々な創意工夫を淡々と重ねてゆく、そんな行動様式もあるのでしょう。

 こう申し上げると、フロンティア精神とは「カッコいい」思想のようにも見えます。
ですが、一方には「ダークサイド」が存在することも否定できません。それは、実に
単純に善玉と悪玉を決めつけ、正義の名において悪玉を敵としてしまう行動様式です。
かつて、開拓の時代にはこうしてアメリカ原住民の部族の多くが抹殺されていきまし
たし、二度の世界大戦、そして冷戦とこうした単純な二分法が流血を重ねる要因とも
なりました。

 最近の世相を見ていますと、アメリカはこうしたフロンティアの精神を失いつつあ
るのではないか、そんな思いがしてなりません。例えばここ数週間、世界中のメディ
アを騒がせた「惑星の数」論争がそうです。冥王星を「惑星」のカテゴリーから降格
させ、惑星の数を8とする案に、アメリカは当初反対しました。天文学者だけでなく、
一般の科学ファンの間でも、にわかに「冥王星のファン」を自称するグループが現れ
るなど、反対の声が上がっていたのです。

 アメリカが「冥王星の降格」に反対したのは、何も発見者のローウェルやトンボー
がアメリカ人だったからだけではありません。アメリカには、宇宙の彼方に思いを馳
せ、淡々と関心を寄せ続ける人が多くいるのです。そうした天文ファンにとって「太
陽系の果て」という「心ときめくフロンティア」を簡単に「親しい存在から降格する」
のは許せなかったのでしょう。

 思えば、今回の降格劇は科学的な探求の精神からすれば邪道です。そもそも、冥王
星と同じ規模の太陽を周回する天体が三つ発見されていました。それが「セレス」や
「セドナ」そして「2003UB313」というような「親しみのない名前」だったために「聞
きなれない名前のものを含む12」よりは、定義を厳格にして「8」にしてしまおう、
といういささか安易なものだったのです。

 惑星の定義を厳密にする代わり、科学者たちは「海王星以遠天体」であるとか
「エッジワース=カイパー・ベルト天体」などというカテゴリを作ってはいるのです
が、そうした「面倒な名前」が多くの人に普及するような努力を見せる姿勢もありま
せん。結果的に面倒だから惑星は「8」として、それっきりという何とも夢のない展
開になりました。アメリカの天文ファンは、その夢のなさに怒ったのです。

 アメリカは冥王星を真剣にフロンティアと考えて、夢を託してきています。例えば、
今年になって800億円の巨費を投じて「ニュー・ホライズン(新しき地平線)」と
いう冥王星探査を主目的とした無人機を打ち上げています。発射が今年の1月で、も
のすごい高速で飛行し、13ヶ月後の来年の初頭には木星をかすめ、9年半かかって
2015年に冥王星に接近する予定なのです。

 そこまで「入れ込んでいた」冥王星、神秘とロマンを感じさせる「太陽系のフロン
ティア」を惑星から降格させる、多数決で負けたとはいえ、そんな案を受け入れてし
まったというところに、アメリカの「フロンティア」への思いが弱っているのを感じ
るのです。宇宙に関して言えば、宇宙航空の技術が軍事利用に傾く中、素朴な宇宙へ
のロマンというような感覚が人々の間から薄れてしまっているのかもしれません。

 今週末になって「スペースシャトル」の後継機「オライオン(オリオン座のこと)」
の開発が決定し、入札によりロッキード・マーチン社が製造を請け負うことになりま
した。これに合わせるように、「冥王星降格」への反対の機運が起きてきていますが、
やはり盛り上がりに欠けています。「オライオン」は有人月旅行の再開だけでなく、
火星に人類を送り込む能力もあるというのですが、往年のアポロ宇宙船の司令船と機
械船をそのまま拡大したようなデザインには新味がありませんし、冥王星問題への
「異議」もすでにタイミングを外した感があります。

 宇宙科学と並んで、アメリカが得意としてきた分野は気象です。軍事利用にしても、
民生目的にしても、衛星写真の解析などを通じたアメリカの気象学は常に最先端を
行っていました。24時間の天気予報チャンネルはすっかり全米の生活に定着してい
ますし、毎日、そうしたメディアを通じて天気と気温の予想を把握して、適切な防寒
衣料を着込んだりするのはアメリカ人のライフスタイルそのものになっています。

 熱しやすく冷めやすい北米大陸では、時に荒々しい気候が人々に襲いかかります。
荒天という困難な状況も、アメリカ人に取っては一種の「フロンティア」なのです。
例えば、トルネード(竜巻)はたいへんに危険な気象現象ですが、これを追いかけて
メカニズムを解明することに情熱を傾けている人間が多くいます。1996年の映画
『ツイスター』(ヤン・デ・ボン監督)が活写している「命知らずのハリケーン追跡
のドラマ」は決して作り話ではありません。

 荒天といえば、何と言ってもハリケーンが最大でしょう。大型のハリケーンが接近
するということになれば、、行政はある種「ここぞとばかりに」対策にとりかかり、
知事や市長はオーケストラの指揮者のように「危機管理」に集中していきます。人々
も、前倒しで家の補強をしたり、隣近所助け合ったり、これも一種の「フロンティア」
と同じ「未知なるもの」を感じて、それを直視し、乗り越えることに喜びを見いだし
ていたのです。

 ですが、昨年の「カトリーナ」は違います。政府の対策は後手に回り、それが巨大
な政治的圧力となって行くと、今度は復興事業が政争の具になりました。結果的に、
メキシコ湾岸地区の復興は進まない中、被災一周年に際しては全米にはイヤなムード
が漂っています。メディアは続々とニュー・オーリンズに入って「進まない復興」を
レポートしましたし、ブッシュ大統領は夫人とともに現地入りして「頑張ろう」と激
励をしましたが「学校が再開できなければ子供のいる家庭は帰ってこられない」こと
も認めざるを得ず、ムードを高揚できずにいます。

 そんな中、最大級のハリケーンにも耐えられるような堤防は全くできておらず、C
BSのラジオが伝えたところでは、堤防管理に責任のあるはずの駐留している陸軍工
兵隊にインタビューしても堤防強化の計画は全くメドが立っていないのだそうです。
丁度これと時期を合わせるように、今週フロリダ半島を通過した熱帯低気圧エルネス
トについては、規模としては中心の気圧が1000ヘクトパスカル前後の弱いもので
あったにも関わらず、全米のメディアが不安にかられて「これでもか」と報道し続け
たのでした。

 一方で、昨年の「カトリーナ」パニックに際して、責任を取る形で辞任したマイケ
ル・ブラウンFEMA(緊急事態庁)元長官は、「一周年」に際して、TVに出ま
くっています。ブラウンは相変わらずブッシュ政権への「恨みつらみ」を公言し続け
ており「私はスケープゴートにされたんです。大統領、州知事、市長はみな公選で選
ばれた人ですからクビにできないんですよ。私だけがそうじゃなかった。悪いのはこ
の3人です」という調子ですから(NBCの『トゥディ』でマット・ラウアーのイン
タビューに答えて)全く反省がありません。

 そしてブラウン(恐らく共和党の反ブッシュ勢力がバックにいるのでしょう)を出
演させ、現地に特派員を送って「政府批判」を行い、1000ヘクトパスカルの熱低
におびえる人々を写し出す、それ以上の報道ができないメディアにも、全く反省がな
いのです。そういえば、今回のスペースシャトル打ち上げも「エルネスト」の接近予
報が変わるたびに打ち上げの予定が二転三転するという、落ち着かない状況がありま
した。

 心に「フロンティア」への憧れを抱き、孤独を大切に「未知の事態」に対して謙虚
に向かい合う、そんな「古き良きアメリカ」の消滅は、天文・気象の領域に止まりま
せん。今週、妙な自白をした男のために騒ぎになった「ジョンベネ殺人事件」の「迷
宮入り」にしても、管制官が1人きりしかおらず誤った滑走路への進入を許したため
に惨事を招いたケンタッキーの航空事故にしても、同じです。殺人事件捜査、航空管
制、どちらもアメリカの得意分野であったはずです。

 西へと向かった開拓の波が、太平洋に阻まれた1890年頃のことを「フロンティ
アの喪失」と呼びますが、現代は人々の心の中から「フロンティア」が消えていって
いるのです。そうなると、アメリカの「ダークサイド」がどうしても浮かび上がって
きてしまいます。それは「孤独を愛する合理的な楽観主義」を失った後には、脆弱な
精神のもたらす「不安と恐怖」が残るからです。そして、様々な歴史が示すように、
不安と恐怖の心理に支配された時代のアメリカは実に脆いのです。

 不安心理は様々な形で現れます。新型宇宙船の「オライオン」が「アポロ」そっく
りなのは、二度の悲惨な事故を経験したシャトルを忘れて「アポロ」の成功神話に依
存したいからなのでしょう。また、ケンタッキーの事故の後遺症としてはベテランの
管制官が大量に引退する中で、航空管制の質が低下するのでは、という不安な報道を
招いています。ジョンベネ殺人事件「自称犯人」騒動の結果としては「あんな不気味
な男が教員になっていたのは許せない」と、教師採用時の指紋押捺と犯歴照会の徹底
をさせようという報道も出てきています。

 それでも残るアメリカの美点とは何なのか、良い意味でのフロンティアを指向する
心のありようの甦る兆しはあるのか、この国と付き合う上でそうした問題に注意しな
くてはならない時代になりました。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
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