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Re: 創価学会の方、なぜ答えられないのですか
http://www.asyura2.com/0601/dispute23/msg/129.html
投稿者 縄文ビト 日時 2006 年 3 月 22 日 09:09:31: egUyw5BLxswRI
 

(回答先: Re: 創価学会の方、なぜ答えられないのですか 投稿者 たそがれ竹べえ 日時 2006 年 3 月 21 日 22:46:40)

>縄文ビトさん。私は創価学会信者ではありませんが、お返事させていただきます。

たそがれ竹べえさん、ご返事有難うございました。私も何十年もこのようなこと考えていました。ただ現在の段階では途中で止めるわけにはいかないということになります。このまま止めてしまいますと再度再開したとしても迫力が無くなり中途半端になってしまいます。やはりこの問題は時代的背景として政教分離との絡みの中で、人間にとって最重要であると私には感じられますので最後まで続けていく覚悟です。

>死後の世界については個人的には信じており、その知識を得るためにスピリチュアリズム関係の本を読んでいます。

この問題に対しましては現在という時代の中での哲学的解釈が人間にとってまだ未熟であったと感じていました。

この世界を突き詰めていきますと、つまり時間・空間という世界のことですが、この我々を包み込んでいるこの空間は元からあったとしか言いようが無いのです。空間が無いという状態を想像していただくとわかるかと思いますが、空間が無いという状態とはそこに物質を置いたときしか考えることが出来ないのです。これ以外に空間が無いということは考えられません。つまり物が遮ったとき空間が無いということは、この我々が存在している宇宙空間を越えた所にも空間は広がっているわけです。それこそ空間は無限であるということになります。当然そこには時間も,ある時期から始まったというのではなく空間と共に元から在ったということになります。そして終わることなくいつまでも続くというのが、時間・空間です。

http://narashino-k.com/pdf/hyoushi.pdf 時間と空間表紙参照

そこで神はいつから存在したのかということになります。時間と空間は元から在った。

そこで神が時間と空間を創造したものではなくなります。何せ時間と空間が無い世界を考えることは出来ないからです。時間と空間があったところに突然神が存在してきたというのもおかしな話になります。

もし時間・空間・神が元からあったという論理を立て、神がその後物質の素と生命の素を誕生させたのであれば、わざわざそこに神をおく必要も無いわけです。つまり時間と空間と共に、この無限の空間の中に物質の素と生命の素が元から存在していたということのほうがさっぱりしているからです。やがて物理学としての科学がそのように考えて来るでしょう。

ここに過去の時代は科学が未発達なため神秘的と見える事柄(天動説と地動説・進化論等)を神に結び付けていったものと解釈できます。

また最初期の宗教は自然界が畏怖の対象であり人間の精神性に重点が置かれていました。そこでは政治・経済が宗教の目指すものでは有りませんでした。やがて時代が経過するにつき過去の歴史を見ても解るように宗教が政治的に利用され、いや政治が宗教を利用したのかも知れませんが、宗教の名において人々の生命が虫けらのように戦争で殺されていった。死後が無いとしたらそれこそ犬死です。私は宗教の名において死んでいった多くの人達は犬死でしかなかったとしか思っておりません。

>宗教については、宗教自体に様々なものがあると感じております。玉石混淆だということですが、古代に存在していた宗教の方が、より自然であり死後の世界にも近いようです。

あの世があればの話です。今ここで論じているのはそのことです。個別性を脳死の後どのように論理付けるのかということです。

>あと、金儲けのために始まったような新興宗教団体信者の家庭に生まれ育った子供は、不幸であると思います。

問題は金儲けではないのです、組織を作ることにより政治・経済を牛耳るということです。過去の歴史でも充分それが証明できます。第二次世界大戦でも靖国に祀られることで若くして命を失っていった世代があるということです。それは宗教性が作り出した幻想でしかありませんでした。

>例えば、父親に犯されながら育った子供はそれが当然であるように感じ、疑問を持たずに両親とも上手くやっていけたりするわけです。だが、客観的な視点から見れば、それは異常であり不幸なことです。新興宗教団体に関しても、批判すると信者たちに煙たがられたりする。本人たちは、与えられた環境の中で育ち、それが当然であるとの認識があったり、強要されている部分がある。しかし、外の世界から見ると、当然、異常なように感じる点があるわけで。そのことを、そういう異常な環境に翻弄されている人々を、マインド・コントロールされていると表現することも出来ると思います。

この話は良く聞きます、親が学会の信者であるとき、子も最初から入会させられてしまうということを聞きました。そこには信教の自由さえないというわけです。お金に困っている人が毎年末その人は一万円という金額でしたが巻き上げられているとこぼしていました。自分が進んで入ったのではなかったのにということでした。

>ただ、宗教が全て悪というわけではなく、信者の精神的な支えとなるような団体もあるのではないかと思います。私は、そう信じたいですね。

私もそのように考えます。人間的に考えたとき宗教が政治・経済から完全な形で分離するべきです。人間の生き方が政治・経済に左右されない形の宗教が大事だと思います。私ごとですが昨日はお彼岸でしたので暖かい日差しの中、私も家内と共に先祖の墓参をしてきました。それは霊に対してというよりかまだ自分が「生」の中にいるという自己確認のようでした。

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