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対立の構図
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投稿者 下山事件 日時 2006 年 7 月 22 日 12:04:48: XlGOPZqQMF/ZQ
 


<軍産複合体>

対立はどこにでもある。特に、世界を動かすパワーの中心では、世界的な対立を作り出す主導権争いが存在するものだ。しかし、それが内輪の主導権争いに止まっている限りは、表立って人々の目に触れることはない。何故なら、内輪の対立が外部に現れれば、パワーそのものに敵対する勢力を利することになるからだ。

だが、そうした外部勢力が消滅してしまったらどうなるか。世界を動かすパワーが文字通り全世界を圧倒し支配することが可能となったらどうか。その時は、それまで内輪の主導権争いであったものが表面化し、あからさまに世界中で対立抗争が起こり始めるだろう。

1991年のソ連崩壊により、ほぼ半世紀に渡る東西冷戦体制下で隠れていた対立が表面化した。それは先ず、残された超大国アメリカの中で現れた。冷戦終結を導いた世界資本主義発展の流れに対し、冷戦終結によって存在意義を低下させた軍産複合体のサバイバル戦略が始動した。

アメリカの軍産複合体を有名にしたのは、1961年、アイゼンハワー米大統領の離任演説だ。それを紹介するページがあったので此処に記しておく。「キーワードは軍産複合体」(http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20050806keyword%20gunsan.htm)このページでは、湾岸戦争から9・11テロに至る米国政権中枢の動きについても解説している。

軍産複合体は冷戦終結によって既にその存在意義を喪失している。歴史の舞台から退場すべき勢力が延命を図って悪あがきしているのだ。そして、未来を持たない勢力は、自らの根拠を過去に求める。自らの華やかなりし時代を回想し、自らを美しく描き出す。


<国家の論理と資本の論理>

軍産複合体華やかなりし時代とは東西冷戦期だ。それは国家の論理が資本の論理に対峙した時代だった。第二次大戦後の国際共産主義運動は、国家の論理による対資本主義闘争であった。対する西側の自由主義とは、資本の論理による国家支配のスローガンであった。

こうした東西対立の下、資本の論理による国家支配は、より良き国家の建設という外観を呈することになる。一方、国家の論理による対資本主義闘争は、闘う国家の建設と反資本主義陣営の世界的統制強化が目標となる。

アメリカに於けるより良き国家の建設という外観の下、冷戦を支える軍産複合体が成長・肥大化した。資本の論理の下で、しかし、国家防衛という役割を担う軍産複合体が国家の論理に従うことは自然だ。それは皮肉なことに、国際共産主義運動の論理に近づく。闘う国家の建設と反共産主義陣営の世界的結束強化だ。

冷戦終結によって敵を失った時、軍産複合体は新たな敵の創出によって延命を図った。どんな敵でも良いのだ、敵でさえあれば。創出された架空の敵を相手に、冷戦期同様の、いや一層際立った国家の論理によって行動する彼等の姿がある。

しかし、そうした国家の論理の再現は、世界資本主義の発展には不要であるだけでなく有害でさえある。世界資本主義が必要とするのは、国家ではなく国家を越える秩序だ。従ってそれは、必ずしも世界政府や世界中央銀行を意味しない。むしろ、ルールある国際社会と言う方が正しいかも知れない。もちろん、金融資本にとって好都合なルールだが。


<国際金融資本>

資本主義発展の歴史に於いて20世紀は金融資本の時代だった。金融資本は産業を支配し国家に寄生する。アメリカ合衆国こそ、そうした金融資本の王国であった。そのアメリカ資本主義が、もはや限界に来ている。米ドルの国際基軸通貨としての地位に危機が訪れている。

金融資本は自らの成長と発展を保障する新たな秩序を求めている。それは地球世界を一つにする秩序だ。其処では金融資本自身も新たな段階に進化する。そうした進化は既に1970年代に始まり今日のグローバル資本主義を生んだ。その推進力となっているのが国際金融システムである。

進化しつつある金融資本にとって、軍産複合体とは獅子身中の虫に他ならない。1940年代に生まれ、金融資本自身の手によって成長させた、そして既に時代遅れの不要な存在となった彼等は、あるいは、金融資本自身のアキレス腱なのかも知れない。

両者の闘いは世界中で陰に陽にあらゆる手段を駆使して行なわれている。一つの例はWTO(世界貿易機関)とFTA(自由貿易協定)だ。いずれも国境を越えた自由貿易を標榜しているが、WTOが世界的なルール作りを目指すのに対し、FTAは基本的に二国間の通商交渉である。

その違いは国家の役割の軽重にある。国際的なルールが国家の意思を束縛するWTO方式に対して、国家の意思によって個別に締結されるFTAは国家の論理に適うものだ。強い国家が弱い国家を一つ一つ飲み込んでいくのが軍産複合体の遣り方で、複数の国家を一まとめに統合していくのが国際金融資本の得意技ということになる。

近ごろ唱えられている日米同盟とは、二国間関係という点で国家の論理に従うものであり、軍産複合体に奉仕するものだ。対するに、アジア通貨バスケット構想などの地域協力体制は、国際金融資本の推奨する方向であり、それはEUをモデルとし国家を越えた政治的経済的統合を展望している。


<複雑な要因>

衰退する国家の中で国家の論理を貫くことに利益を見出すのは、実は、国家そのものではない。国家の財政と権力に寄生する様々の利益集団こそがその正体だ。その代表が軍産複合体だが、もちろん彼等だけではないだろう。そうした様々の勢力はそれぞれの立場に応じて軍産複合体の作り出す大きなうねりを支えている。

金融資本の側も事情は同じだ。元来、金融資本とは一枚岩ではない。様々のプレイヤーが競争相手を出し抜こうとしのぎを削っている。進化する世界資本主義の変化に全てのプレイヤーが適応できるわけでもない。競争はますます過酷で油断のならない秒単位のものとなりつつあり、共通の利益を見出す余裕すら失われつつある。

国家の論理に組する者も資本の論理に賭ける者も、とにかく走り続けるしかない。資本主義とは所詮そうしたものだ。最後は自己責任なのだ。おそらく、自己責任原則を徹底して引き受けることの出来る者が、資本の論理に賭けることを選ぶのではないか。対して、いかに高い能力を持っていても、その原則に違和感を持つ人々が国家の論理を選ぶのだろう。

とは言え、世界資本主義の発展は自己責任原則を世界中に浸透させずにはいない。その圧倒的なうねりに翻弄される時、人々は得体の知れない大きな力の存在を想像する。陰謀論が世間に流布する下地が用意される。時代の流れの中で衰退を運命付けられた勢力は、自ら陰謀論を創作し、自らもそれを信じ、人々にもそれを信じさせようとする。

そうした陰謀論の特徴は単純な善悪二元論という点にある。悪の権化が世界を支配し、善なる人々を苦しめるというものだ。最もポピュラーなユダヤ陰謀説などはその好例だろう。誰かが言い出せば別の誰かも言い出す。様々なバリエーションが話しを一層面白く複雑にしていく。さらには、意図的に謀略として流布されるものも出て来る。ジョージ・ブッシュが唱えるテロとの戦いなどは一番分かりやすい例だろう。

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