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ある宗教者、そして油を再び注ぐ私
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投稿者 一鍼多助 日時 2006 年 10 月 17 日 01:40:52: Ini9COu.4I8AU
 

(回答先: 論客各位 投稿者 まとはずれのおせっかい 日時 2006 年 10 月 14 日 21:48:25)

私は、宗教に詳しくないので記憶違いかもしれないが、
Kタマ=シッテールダでしたか?板の上を
渡り歩き「天上天下、唯我独論」と言って
周囲の物を唖然とさせた尊者は。

記憶に寄れば、この尊者、数々の「独論」を世に残した尊者として
知られているが、この「独論」、難解ならぬ、何回読んでもおかしい
と言う人々が多く、匙を投げた人もいるようだ。

また「論」と言うには無理があるとの指摘もあり
もしかしてこれは「経」ではないかと
主張する人もいたようだが、あまりに人々を
怒らせ、いらつかせたので人々の間では「偽経」だ
との説が一般的だ。

この尊者「律」に関しても独特で
自分は馬鹿と言いながらも、自分の優位性を誇示する、
心行離反の荒行の体現者として有名。

このような有り難い尊者であるので
もう「お陀仏」にしようと言う運動が起こったこともあるほどだ。

「Kタマ尊者の研究」なる論文も出ているようだが、
私などよく分からないし、祟りが怖いので、これを最後に
下記に賽書を奉納して「さわらぬKタマ祟り無し」で逃げることとする。

関係ないが、真理の言葉「ズッコケターナ」にこんな真言があった気がする。
「人は生まれによってバカモンになるのではない。
                人は行いによってバカモンになるのだ」

Kタマ=シッテールダの独論について

独論1「溺れる者は何でも掴む 」において

>【ひとつだけ質問しましょう。
>『では、この状況下で、アビ政権下の間、****さんは
>ダルマ改正法案の島民投票を防ぎきれると思いますか?』
>****さんが『防ぎきれる』と断言し『その為の具体策』を
>提示できるのなら、Kタマの前言は撤回しましょう。】

と書いている。しかし、尊者自身、尊者の方法で「防ぎきれる」と
断言もしていない。
しかも「そのための具体策」らしきものも示していない。
独論「果たしてダルマ9条は守りきれるか」で、恐ろしいほど楽観的な見通しと
計算を行っているが、まさかこれが具体策ではあるまい。
そう願いたいが、もしそうであるなら
「何もしないで放っておいてくれ」も立派な具体策だろう。

私が考えるに、これは人には求めても、自分には求めない。
尊者独特の論法らしい。しかも、尊大臭がする。

ここで脱落する人があるやもしれん。

修羅の人々の半数をも説得できそうにない論でも、
島民の半数はついてくるという確信が有るのだろうか。
尊者独特の直感であろう。

ここでほんとんどの人が脱落か。

伝え聞くところによると、ヨローン調査と言う物があったらしく、
結果として尊者は「自前、新鮮、普通」の三語にこだわり
独論を展開しているようだ。

ところでここが不思議なのだ。
私の周りではダルマの出自について気にする人はいない。
また魚はいざしらず、ダルマについては新鮮さは問わないと言っている。
さらに、大量殺戮をしない変わった国が良いとも言っている。

先日も憲子という女の人と話をする機会があった。
君を守る為だといって体に触れようとしたら「さわっちゃダメ!」
「いじっちゃダメ!!!」と手厳しく言われてしまった。
下心はすぐ分かるのだろうか。

「早い、安い、旨い」も「自前、新鮮、普通」も危険度は
同じだと考えた方が良さそうだ。


独論2「果たしてダルマ9条は守りきれるか?」において

>もう一つは「戦って、決着をつけてしまう事である」
>「危険過ぎる」と云う意見はKタマでも分かる。
>しかし「危険過ぎる」から、決戦は避けられるのか?と言えば、
>既に「外堀・内堀とも埋まってしまった大阪城と同じ状況」である。

なかなか勇ましいが、太平洋戦争直前の日本軍のような雰囲気である。
70年前の軍人の言葉としても全く違和感がない。その時には
「このままで果たして我が国体は守りきれるか?」と打って出た。
果たして大敗北、屍累々、悲涙海をなす。

では「このままで果たしてダルマ9条は守りきれるか?」と打って出た。
結果? お笑い種だ。

淀君は秀頼を守るために大阪城の外堀を埋めたのだろうが、
結局、内堀も埋められてしまい、秀頼も殺されてしまった。

ダルマ9条を守る為といって、愚かにも扉を自分から開けてしまえば、
9条もまもなく殺されるだろうよ。

「今、ダルマ改正を受け入れなければ手遅れになる!! 」
本当だろうか??

あまりに現実離れした尊者の独論なので、
私にこれ以上の理解は無理である。


独論3 [この世が良くならないのは「贔屓による判断が縦行する」からだ!]において

> 実に93%の人は「目(55%)」と「耳(38%)」で、
> 人を評価してしまうのである。

しかしながら、修羅に於いては、相手は見えず、声も聞こえない。
したがって、評価の判断はその人の主張が正しいと思うか、思わないかだけである。
贔屓がどこに入るのか理解に苦しむが、私の理解を超える深い迷想からの結論だろう。

更に

> しかし、同レベルの論客AとBの二人がいて「Aが好きだから、
> Bが間違っているに決まっている」というなら、
> それは間違っているだろう。
> 同レベル論客ならAの正しい確率は2分の1であり、
> Aを贔屓する人は結果的には合っている可能性は有るが
> Bの方が間違っているに決まっている」のではなく、
> たまたま「今回はAの方が正しかった」だけである。

これまた、私の理解を超えている独論独自の提言である。

先ず、だいたい同じレベルの論客てなんだ?

個人的話で恐縮だが、若い時の生意気盛り、年配の人と議論をする。
相手を論破したつもりで、意気軒昂だったが、
自分がその年齢になると、結局大馬鹿だったのは自分だったのだと気づく。

自分が優れている、或いは同じレベルだと誰が判断するのだろうか。
同じレベルの論客などとは、仮定が初っぱなから無理。
言葉は希望、言葉は夢、言葉は遊び・・・・。空しいな。

それと私が最も理解に苦しんだのが、議論の正しさの判定に確率を導入したことだ。
私の知る限り、議論の正当性に確率を導入したのは、Kタマ尊者が初めてだ。
そもそもその発想が非凡だ。

知らなかった、コインの裏表の出る確率と私の議論の正当性の確率が同じとは・・・・。
私は議論に弱いので、今度からどちらが正しいのかはコインで決めようと
相手に提案するつもりだ。

この独論に於いて、トレビアンの法則を解釈して見せているが、
結局、尊者の言いたいのは
「私の独論は正しいのに、誰も私の独論に賛成してくれない。
これはきっと、皆が好き嫌いだけで判断しているからに違いない。
私の独論はやはり正しい」
に尽きるようだ。

尊者よ、すばらしい。
修羅の人々が宗派を超えて、
あなたを称えています。
怪教徒までもが称えています

「ア〜ラ〜・アキレタ!」

以上、尊者、Kタマ=シッテールダの独論の幾つかについて
非力ながら、私の力の及ぶところまでを記してみた。
独論はとてつもなく深いが、私はもう限界のようだ。
尊者よ、菩提薩婆謌。


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