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JMM [Japan Mail Media]  みずほ証券のジェイコム株誤発注の一連の経過をどう考えるか?
http://www.asyura2.com/0601/hasan44/msg/133.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 12 月 30 日 11:29:36: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2005年12月26日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.355 Monday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼


■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第355回】

   □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
   □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
   □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
   □津田栄   :経済評論家
   □三ツ谷誠  :金融機関勤務

  ■ 読者からの回答
   □水牛健太郎 :評論家、会社員

 ■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』


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 ■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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 Q:641への回答ありがとうございました。自己破産を申告した友人がいますが、
彼はどういう経緯で借金が増えていったか明確に覚えていないのだとよく言っていま
した。あの家とこの車とあの別荘を買ってその代金が払えなくなったから、という
はっきりした経緯があって債務不履行になる人間はあまりいないのかも知れません。
借金というのはいつの間にか積もり積もって、対処不能な「現実」となるのではない
でしょうか。

 わたしには日本の財政赤字も同様に見えます。常識的には、バブルの後始末の財政
出動+デフレ・税収減、ということがよく言われますが、みなさんの回答にもあるよ
うに、他の要因が複雑に絡み合って、まさに「積もり積もった」のだと思われます。
この未曾有の財政赤字を「所与」の問題としてとらえる前に、どういう経緯で借金が
「積もり積もった」のか、明らかにすべきではないかと思います。また、その責任も
明らかにすべきではないでしょうか。問題を解決するときに、その原因と責任の所在
を明らかにすることは必須ではないかと、単純にそう思うからです。

 財政赤字に限らず、日本社会において責任の所在が曖昧なことが多いのは、決定権
を持つ人・組織が明確になっていないという理由が大きいと思います。責任はかなら
ず決定権とセットになっているべきものです。あるプロジェクトにおいて、その決定
権を持っている人が、失敗した場合に責任を取るべき人です。日産にやって来たとき
のカルロス・ゴーン氏はそのことを明確にしました。あのときのゴーン氏の態度をわ
たしはとても新鮮に感じました。誰が決定権を持っていて誰が責任を取るのか、それ
を明確にして企業再生に挑む人を間近に見ることがほとんどなかったからだと思いま
す。

 責任の所在が曖昧であることのコストはたとえば最近の耐震強度偽装問題にも見ら
れます。国会での証人喚問後に、「姉歯氏と木村建設、どちらが嘘をついているのか」
というような報道が多くありました。でもわたしは、姉歯元建築士と木村建設の間で
どのようなやりとりがあったのか、想像するのはそれほどむずかしくないと思いまし
た。建設施工会社から「鉄骨をできるだけ減らせ」という指示は間違いなくあったは
ずですが、建築士は、「それでは法を犯すことになりますがいいんですね?」とはな
かなか言えません。「建築士はあんただけじゃないんだよ」と言われればそれでオシ
マイだからです。

 そこで建築士は、もっと減らせということは、計算書を偽装しろということなんだ
なと「暗黙のうちに相手を察して」犯罪に走ることになります。それは基本的に、
「あ・うんの呼吸」「言わぬが花」「それを言っちゃおしまいよ」というコミュニケ
ーションのやり方です。決定権の所在は隠蔽されたまま、複数の組織・人の共同で犯
罪行為が行われていくわけですが、それが暴かれたとき、命令・指示を「暗に」出し
た方は、必ず「法を犯せと言った覚えはない」という弁明をすることができます。
「当然、法律で許された範囲内でやるものと思っていた」という言い方ができて、し
かもそれは「嘘」ではないわけです。

 姉歯氏の犯罪は明白であり、いかなる意味でも許されるものではありません。わた
しがここに書いたのは、決定権を曖昧にしたままプロジェクトが進むことを許容する
ようなコミュニケーションのあり方についてです。

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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第355回目】
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====質問:村上龍============================================================

Q:642
 みずほ証券がジェイコム(j.com)株を大量に誤発注した問題は、明白なようで、
わからないところが多くあります。東証の売買システムの欠陥が明らかになり、誤発
注で儲けた証券会社が利益を返上して「基金」を作ると報じられましたが、取引が無
効になるわけではないようです。同じように利益をあげた個人投資家がメディアに取
り上げられていますが、彼らが利益を返上するという話はもちろんありません。一貫
性が感じられないこの一連の問題を、どう考えればいいのでしょうか。

============================================================================
※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 今回のケースは、株式の売買注文を端末機から入力する際に、売買の株式数と注文
価格を誤ってインプットし、ウォーニングが出たにも拘らず、それを無視したために
発生したようです。その後、誤りに気付き、すぐに注文を取り消そうとしたところ、
システム上の瑕疵で、それができなかったため、誤発注の売買注文が執行されて、発
注者に多額の損失が発生しました。

 金融市場での発注の誤りは、本来、ないほうが良いことは確かです。しかし、実際、
売買注文を端末機から入力したり、電話で伝えたりするのは人間ですから、間違える
ことは間々あります。マーケットでオペレーションを行っていた時の経験から言って
も、間違いは殆ど日常茶飯事で、よく「売りと買いを間違って入力したけれども、儲
かってしまいました」という話を聞きました。ただし、今回のように多額の損得が発
生するケースは稀でしょう。

 端末入力や電話連絡に誤りが発生する可能性があるため、誤りが市場に伝わらない
ように端末に一定のガードをかけるとか、ディーラー同士の会話を録音するなどの対
策が立てられています。しかし一方で、金融資産の売買注文は迅速に伝達する必要が
あるため、敢えて複数の人間のチェックを通さず、ただ一人の判断に依存する部分を、
すべて消し去ることはできないと思います。今回のような事故の発生を、完璧に防ぐ
ことは難しいでしょう。

 問題は、誤発注のオーダーが執行された後の収拾の仕方です。一般的に、金融市場
のルールでは、一度締結した約定は売買成立とみなされるケースが多いと思います。
ただ、欧米の市場では、プロ同士の売買の場合、当事者間で明確な錯誤や、意思の疎
通を欠いたようなケースでは、両者が自発的に売買の執行を停止することがあります。

 昔、ロンドンの金融市場にいた時、特定の債券価格が大きく変動したことがありま
した。そのとき、証券業者(プロ同士)の売買で、価格のビッグ・フィギュアー、例
えば、価格が110円55銭の場合の110円の部分の価格が、そのときの市場での
実勢価格と大きく違っている場合には、業者が自発的に取引をキャンセルする場面に
遭遇しました。プロは、本来、市場の実勢価格に精通していて、価格が大きく実勢と
異なる場合には、何か錯誤があったと認識して、自発的に取引を解消する“ジェント
ルマン・ルール”というものが存在すると、市場関係者に聞かされたことがあります。

 わが国の株式市場は、原則として、売買注文が証券取引所に集中する仕組みになっ
ています。このシステムだと、プロのオーダーも、個人投資家のオーダーも一緒に執
行されますから、一般的にプロ同士の取引と限定することは難しいでしょう。今回の
ようなケースに、売りと買いの主体が明確に認識できることは珍しいことです。一方、
ロンドンの債券市場はマーケット・メーカー・システムという仕組みになっています。
証券業者が、一般顧客や同業他社に対して、売り・買いの価格を提示する仕組みです。
マーケット・メーカー・システムの場合は、売り・買いの主体を特定することが容易
であることが、“ジェントルマン・ルール”を成立させる大きな要因だと思います。

 今回の誤発注の件について、海外の市場関係者に見解を聞いてみました。ほぼ一様
に、今回の措置には賛同の声が多いようです。多くの論法は、プロ同士の錯誤に基づ
く取引は、何らかの措置を取ることが普通であり、一方、情報や状況認識に非対称性
がある個人投資家には、全体として利益が発生している場合は、その利益を取り去る
ことは適切ではないとの考え方でした。

 そこでのメルクマールは、多くの売買を処理するマーケット・メーカー(プロ)は、
一旦誤りが発生すると大きな損失を蒙る可能性があります。それを、プロ同士の連帯
で救済する手段であることが、“ジェントルマン・ルール”を相互に維持する趣旨と
考えられます。それに対して、個人投資家の場合には、“保護”することが優先課題
になっていると思います。したがって、個人投資家が総体として儲かっているのであ
れば、敢えて、それを返還させることはしないという姿勢でしょう。

                       信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 東証のシステムのミスが実際にどの程度のものなのか、良く判らないのでなんとも
言えない面があります。東証に株式市場で起こりうる全てのシステムトラブルについ
て責任があるとするのは、建前論ではあってもあまり実質的ではないと思われます。
今回の問題は東証の責任が云々というより、「みずほ証券が単純ミスを犯し、目ざと
い証券会社と個人が誤発注に気づき、そのチャンスを逃さず大儲けした」というよう
に考えています。問題は、ここで得た利益は正当ものであるかどうかです。

 それが前もって決めた、万人にとっての普遍的ルールである以上、個人も証券会社
も外資であろうと日系であろうと、善意の取引の結果は保護されるはずであるという
立場があります。その立場からすると、誤発注による利益は正当なもので、もちろん
返上の義務はありません。少なくとも、すばやく買い注文を入れた証券会社の担当者
や個人の行動は賞賛されこそすれ、非難されるいわれはないことになります。

 こういった商取引において何が正義かという問題が議論されるとき、必ず引き合い
に出される物語に、シェークスピアの喜劇『ヴェニスの商人』があります。ユダヤ人
の余所者であるシャイロックが、借金のかたにアントーニオの胸の肉1ポンドを要求
したとき、それは正当な契約に基づく法的な主張でした。自由な主体同士で合意され
た契約の効力は、余所者のユダヤ人であろうと、ヴェニスのキリスト教徒であるアン
トーニオあろうと平等に及ぶべきだとするのが、シャイロックの主張です。

 我々の問題に置き換えてみると、シャイロックの立場をとれば、今回儲けた証券会
社や個人の取引は有効であり、儲けを返上しなくても構わなかったと言えるでしょう。
外資であろうと日系であろうと、また個人であろうと、一旦約定した取引は同様に神
聖です。しかしシェークスピアの物語では、シャイロックのユダヤ的神の普遍性を求
める要求は退けられ、よりキリスト教的な慈悲の価値が導入されます。慈悲を示すこ
とがもう一つの正義だと主張され、無慈悲を責められた余所者のシャイロックは、主
張が退けられたのみならず結局財産を没収されてしまいます。

 今回の日本の誤発注騒動では、キリスト教的な慈悲の代わりに持ち出されたのは、
日本的な和の精神でしょうか。神聖な取引そのもの有効性は取り消すべくもないが、
ビジネス社会の一員である以上、個人はともかく証券会社の利益は返上すべきである
という社会的な結論に至ったのだと思われます。与謝野金融担当大臣や自民党の内部
から、儲けを上げた証券会社に対して批判が出たこともあり、日系だけではなく外資
も利益を返上する動きが広まりました。外資系証券会社にしても、今後も日本で商売
をしていく以上、和を乱すべきではないとビジネス上の判断をしたのだと思われます。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 山崎元  :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 今回、一番問題なのは、株式会社東京証券取引所(以下「東証」)であると断じて
いいと思います。もちろん、みずほ証券の売買執行体制やシステムなどにも問題は
あったでしょうが、関係者の中でどこを正さなければいけないかといえば、断然、東
証でしょう。

 これは、ジェイコム株を発注したのが、みずほ証券のような大手証券でなかった場
合にどうなったのかを考えてみると明らかです。もともとは、61万円の株を1株売
るという小さな注文ですから、これは、他の証券会社でもあり得たはずです。この注
文が中小証券から出た場合には、今回のように株式の受け渡しが出来なかったことは
もちろん、400億円とも言われる強制現金決済も不可能であった可能性が大きいで
しょう。

 事件後の報道でに明らかになった経緯によると、今回の東証の問題は、システムが
発行株数よりも多い売り注文(明らかに空売りですし、相場を崩そうとする危険な注
文でもあります)をそのまま受け付けてしまったことと、担当者が問題に気づき、み
ずほ証券とも電話で話していたにもかかわらず、ジェイコム株の取引を停止しなかっ
たことの二点にあります。何れも、市場の運営者として適切ではありません。

 加えて、問題が起こった当初、東証は、みずほ証券側の初歩的なミスであり、東証
には責任は無い、という態度を取りました。このいかにも官僚的で誠意のない対応に
ついても、少なくとも証券関係者は、記憶にとどめて置く価値があると思います。

 みずほ証券をはじめとするすべての証券会社は、発注システムの見直しと、発注業
務の担当者の研修などの対策を講じるでしょうが、これらの全てが個々に完璧である
ことを期待するよりも、東証が危険な注文の執行を適切に止めることが出来るような
システムと体制を持つことの方が費用対効果もいいでしょうし、安心です。

 東証としては、システムの改善を行うことももちろんですが、将来は、取引の内容
(たとえば明らかなミスに基づく出来)によっては、売買を取り消すことが出来るよ
うな権限を持って市場を運営することが望ましいのではないでしょうか。今回につい
ても、少なくとも東証会員証券会社の自己勘定取引については売買の取り消しが出来
た方が良かったと思います。ディーラーは相場観で戦うべきであり、明らかなミスに
つけ込むことまでを競うべきではない(外国為替市場ではそのような倫理が不文律的
に成立しているようです)でしょう。

 また、東証が上記のような処置を行うことが出来る機関であるためには、世上言わ
れるように、審査機能の分離が必要でしょう。証券会社が株主であるような株式会社、
あるいは証券会社がお客様であるような事業会社の立場では、証券会社間の利害を適
切に裁くことは出来ないでしょうし、東証自らも市場の運営者として詳細な監督の対
象になるべき存在でしょうから、現在の一体運営は適切ではありません。もちろん、
この問題以前のシステムダウンの問題もあり、株式会社としての来年の株式上場など
はまったく時期尚早と考えるべきです。

 但し、今後、東証の組織を改組するにあたって、市場運営部門としての東証及び審
査機能を担う組織の何れも、官僚の天下り先とならないように気をつけるべきでしょ
う。天下りに関しては、近年、トップは民間から適当なお飾り的人物を持ってくる一
方で、組織のナンバー2、3クラスを官庁から送り込んで、監督官庁とタイアップし
て組織をコントロールする方法が開発され、普及しているので、組織のトップだけで
なく、少なくとも役員クラス以上の全てで天下り人事を排除することが必要です。ま
た、一部で言われているような、東京金融先物取引所との一体化を通じた官僚支配の
ようなケースも慎重に排除すべきでしょう。

 東証は今後組織として大いに揺れることになるでしょうが、東証の職員には、市場
運営のプロフェッショナルとしての誇りを持って今後の改革に取り組んで欲しいと思
います。

 尚、利益を得た証券会社が利益を返上して基金を作るという話がありますが、強制
差金決済で現金を受け取ることが決まった以上、利益を返上するという話自体が「美
しくない話」であり、今回はありがたく貰っておくのが一番スッキリしていていいと
思います。今さら利益を返上したからといって、イメージが改善するような業界でも
会社でもありませんし、各社の株主の利益の問題もあります。個人のトレーダーで大
金持ちになった人の分も含めて、現在のルールで処理された利益について他人がとや
かく言う必要はないと思いますし、ここで場当たり的に利益返上を決めると、たとえ
ばかつて電通が上場したときにUBS証券が発注ミスで大損をしたようなケースとの
整合性が取れません。

 株式市場の今後の改善を図ること(特に、市場の仕組みと東証の組織の改善)が重
要であり、今回のことは、幸い「カネでカタがついた」のだから、もうそれでいいの
ではないでしょうか。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元

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 ■ 津田栄  :経済評論家

 今回のジェイコム株誤発注問題は、ルールを曲げて曖昧な基準でことの解決を図ろ
うとする点で極めて日本的であるといえます。あえて批判を覚悟して言えば、「美し
くない」とか「火事場泥棒」とか「ずるい」とか倫理や善悪・感情を持ち出して、市
場の論理を否定するようなことはすべきではないと考えます。むしろ、この問題は、
みずほ証券が誤って発注したというミスが発端であって、取引相手が法的に正当な取
引行為を行なう限り、その相手方の行為を認めるべきです。その非はみずほ証券にあ
り、その後の対応で不手際のあった東証、あるいは東証に不具合のある売買システム
ソフトを提供した富士通にあるというべきではないでしょうか。

 誤発注問題は、どの証券会社でも大小にかかわらず経験しているのではないかと思
います。例えば有名ですが、UBSグループによる電通株誤発注で数十から100億
円近い損失を出し、その時UBSグループは損失を自らかぶりました。私も過去の証
券会社や投資顧問の時において実際見聞きしています。記憶では、国債先物市場で、
ある証券会社が100億単位の売り注文を1兆円単位で誤発注したのを見たことがあ
り、その時も途中で注文を取り消したものの一部売買が成立した結果、相当の損失が
発生し、自ら損失処理したと聞いています。もちろん、誤発注で逆に儲かる時もあり
ます。

 市場に参加する者は、こうした誤発注の場合で発生した結果は自己責任として処理
するのが世界に共通した市場の論理、ルールであると認識しているはずです。そうし
た認識がなければ、市場取引を通じて発生する損益を自らの責任で引き受けることを
前提として成り立つ市場に参加する資格はないといえます。個人でも、最近ネット取
引が普及し、株式、債券、為替市場に参入していますが、取引で生じる損失を覚悟し
て行なっているはずです。もちろん、誤発注でもです。今回の問題は、この市場に参
加する者が市場の論理、ルールを否定し、自己責任が曖昧になることです。

 もう一つの問題は、市場における公平性の問題です。今回、市場の論理、ルールの
下で行なわれた取引で、自分のミスで大きく損を出した証券会社があれば、それで大
きく儲けた証券会社や個人がいてもどこにも問題がありません。しかし、個人にはそ
の取引行為やそこで得た利益について問題としないのに、証券会社には、倫理や善悪
などを持ち出してその行為を批判し、市場の論理やルールを無視して利益返上を暗に
迫るようなこと行なわれると、市場における公平性が失われ、市場への信頼が崩れる
可能性があります。

 それでは、今回の取引をそもそもなかったことにすることで、公平に扱えるかとい
うと、そうもいきません。市場での取引で一旦売買が成立した時には、それをひっく
り返して、約定をないものにすることは、よほどのことがない限り許されるものでは
ありません。許される場合は約定において、相互間で錯誤があったか、そもそも社会
的一般常識を著しく欠く非常識な場合であって、電子取引においてこうした無効が許
されるケースは、ほとんどないといえましょう。また、誰でも参加できる市場では、
取引自体を無効にするには相当高いハードルを設けないと、市場の信頼性はなくなり
ます。

 また、今回、UBS証券やモルガン・スタンレー証券など内外の証券会社が「自主
判断で」利益返上したから問題はないように見えますが、実態は、顧客からの批判を
受けて顧客の信頼を失うことはしたくないということと、これを契機に政治的に介入
を受けたり、あるいは政治的圧力により金融庁の特別に厳しい検査強化を受けたりす
ることを恐れたからではないかと言われています。そのこと自体は会社の判断ですか
ら問題はないのですが、そのことで、日本は世界に共通の市場ルールが通用しない、
あるいはそれを理解せず、モラルを持ち出してくる、あるいは政治や行政が市場のル
ールを無視して裁量が認められているのではと、世界に疑われたことは将来大きな問
題になる可能性を秘めています。

 そして、そのことは、利益を返上した証券会社が、将来株主にどう説明するのか、
株主が納得しない場合その決断をした経営者は株主訴訟を受ける恐れがあるという新
たな問題を引き起こします。もちろん、日本での信用維持のためという説明が通るか
もしれませんが、そのこと自体日本の市場は特殊だという認識を持たれかねません。
さらに、利益返上によって起こる付随的な問題は、どこに返上するのか、「基金」へ
というが明確ではなく、また税制上の問題も未解決であり、もし利益返上でも課税が
あるとしたら株主への説明はさらに困難となり株主訴訟の理由となりえます。そのた
めにも、市場のルールは全てが納得できる単純明快であるべきです。そして、新たな
問題を引き起こすような例外を設けることは極力避けるべきです。それが市場の信頼
を高めることになります。

 したがって、これほどまで市場経済がグローバル化するなかにあって、今回のよう
な日本的特殊な解決の仕方は、日本の市場に大きな傷をつけるのではないかと危惧し
ています。今でこそ、日本は世界において大きなシェアを占める巨大な市場ですが、
近い将来その地位が低下してきた時、今回のことで世界の目が日本は特殊で市場のル
ールが通用しないと底辺で見ている可能性があり、世界の資金は、日本を避け、日本
から引き上げる恐れが起こりえます。その意味でも、世界共通の市場の論理やルール
を認め、自己責任、公平性を追求し、誰でも納得することで、市場の信頼性を維持す
ることが必要なのではないでしょうか。

 最後に、問題はこのような誤発注を起こさない方策をどうするかに集中すべきです。
もちろん、今回はみずほ証券の入力ミスが発端で、東証の対応ミス、富士通のシステ
ム不具合が重なった複合的な問題ですが、三社を責めても何も解決にはなりません。
今後、このような問題を起こさないために、まず問題はどこにあるのか原因を追究す
べきです。その上で、ヒューマン・エラーをできるだけ回避する仕組みや人間の能力
向上を考え、入力ミスの発注を不能にし、発注を確認するシステム、誤発注を未然に
感知するシステム、それでも起きる誤発注に対して顧客の同意の下での東証による誤
発注取消システムなどの開発と市場対策を練るべきではないかと思います。そこで
「美しくない」というモラルで解決してしまうと、問題の究明と解決という本質を見
失い、同じ問題が再発するのではないかと個人的に恐れています。

 もう一つ、今回の問題は、最近日本においてあらゆる面で信頼が崩れていることを
浮き出させているのではないでしょうか。1、2年前に指摘しましたが、日本で信頼
や信用が崩れつつあるのではないかという懸念が現実に表面化しつつあります。耐震
偽造問題も、本質的には同じ問題といえましょう。そこには、皆が認めるルールによ
って信頼や信用を構築してきた社会が、ルールを無視することで信頼や信用を失い、
一気に崩れてしまう危険性があります。その結果、新たな信頼や信用の構築のために
多大な社会的コストを払わなければならなくなります。日本はどこでルールを守り、
信頼・信用を回復するのか、そして、そのことで今後も世界の大きな潮流についてい
けるのか、それは日本社会全体の問題となりましょう。

                             経済評論家:津田栄

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 ■ 三ツ谷誠  :金融機関勤務

「信頼を誰が担保するのか 〜かたぎの衆に迷惑はかけられねえ、と文太は呟く」

 今回の事件に対する報道、分析、解釈の中で個人的にもっとも興味を覚えたのは、
日経金融新聞紙上で日経の前田編集委員が、全く根拠のない話ではあるが、という断
りのもとで展開した、本件で20億円を上回るキャピタルゲインを手に入れた千葉県
市川市在住の27歳無職の青年と、誤発注を行ったみずほ証券の若いディーラーが実
は裏側で結び付いていたのではないか、という『白昼の死角』!ばりの推論でした。

 勿論それは推論に過ぎませんが、そうでも考えない限り1円で62万株を買うとい
う初歩的な発注ミスを大証券に勤める有意の人材が起こすという落差に説明がつかな
いのと、年齢的に近い彼等が例えば六本木の会員制クラブでよく顔を合わせるメンバ
ーであってもおかしくない(或いは大学のサークルの仲間であってもおかしくない)
という「ブンガク的想像」に無理がない、という主に二つの理由からなかなか面白い
視角の提示と私には感じられました。

 やや虚無的な青年とその青年に強く影響された大企業の若者が、大人たちの裏を掻
いて大金を手にするというストーリーは、それはそれで魅惑的ではあります。また、
今年は堀江氏のように冷笑的なスタンスで既存のエスタブリッシュメントに挑戦し、
体制に風穴を開けようとする動きも相次ぎましたし、一方でエスタブリッシュメント
の側から逆にその体制の破壊者に立場を転じた村上氏のような人物もより鮮明にその
存在感を顕示したので、狙いすましたように師走に大人たちから大金を掠め取る(し
かも厭らしい自己顕示からは軽やかに自由に合法的に掠め取る)という物語は、もう
若者ではなく、「体制」「反体制」「非体制」という概念的な括りをどこかに抱え込
んでいまも生きている私達以上の年代には響いてくるものがあったと思います。きち
んと整理された論考から成り立っているので前田氏の署名記事にはいつも注目してい
るのですが、今回は彼がもしかしたら抱えているかも知れない鬱屈を垣間見た(共感
した)気がして個人的にはより強い親しみを彼に感じたものです。

 ところで、それはそれとして、私が今回のケースで強く感じたのは、高度に分業化
の進んだ社会の抱える根源的なリスクそのものについてでした。

 偶々ですが(実は偶々ではないというのがユング的な解釈ですが)、この事件の一
方では例の姉歯一級建築士によるマンションの耐震強度偽装問題が世間を騒がせてい
ました。

 この問題も、みずほの誤発注の問題も、最終的には無条件での「相互信頼」で成立
する高度な分業社会においてその「信頼」を最終的に誰が担保するのか、という共通
の問題を我々に提起していると思います。

 勿論、耐震強度偽装問題には、公的な機関や自治体が完全な形ではないにせよ、そ
の担保者として存在する部分があるので、最終的な損失の補償に際して税金が投入さ
れる回路が示唆されている訳ですが、それが最良の形なのかどうかは、よくよく議論
を進めることが必要だと思います。

 また、みずほ問題については編集長が疑問を呈せられるように、証券会社は利益を
「基金」に自発的に還元する一方で、個人に対してはその利益の還元を求めない、と
いうのは、黙示的ではあるにせよ、「金融という共同体」が、共同体内部での事件と
して本件を認識し、共同体を構成するメンバー相互の了解に基づいて本件を処理しよ
うと考えていることの証左ではないかと考えています。組織を構成する証券会社は身
内、個人投資家はかたぎのお客様であり、本件の処理に際しては部外者ということで
しょう。

 「口を出さないでくれ。これはうちのファミリー(組)の問題なんだ。」とデニー
ロなら呟くでしょう。優作ならあの文楽風の眼差しをカメラに向けるかも知れません。
文太なら「かたぎの衆に迷惑はかけられねえ」と啖呵を切るでしょう。

 慣習法的に成立するジェントルマンルールの母胎にはやはり「共同体」が存在する
のであり、<帝国>が帝国化することによってよりその存在を際立たせて行く、国家
を超えた世界で成立する様々な「共同体」相互の作用反作用から現代社会を読み解く
試みが求められている気がします。

                           金融機関勤務:三ツ谷誠

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 ■ 読者からの回答:水牛健太郎

 誤発注の後始末ですが、確かに玉虫色かつ一貫しないものがあります。しかし、そ
の背景には市場と社会、企業と個人を巡る価値観の問題が隠されています。そうした
事情を踏まえると、いまの日本の現状で、個別具体的なケースの対処方法としては、
こんなものではないかという気がします。

 まず、市場と社会という問題ですが、いまの日本は株式市場がようやく一般社会で
一定の認知を得、多くの個人投資家が登場しています。その一方で、フジテレビ・T
BSや阪神電鉄の買収などのケースの度に、標的とされた企業の社員、阪神百貨店の
場合は特に阪神タイガースファンなどから強い違和感が表明されました。市場を通じ
た資源の最適化は大きく社会を変えていますが、その一方で「金次第で何とでもなる」
という価値観には多くの人が居心地の悪さや拒否感を感じています。

 今回誤発注で儲けた企業の担当者や個人投資家は、抜かりなく市場を観察し、一瞬
の機会を捉えたのですから、市場資本主義の精神から言えば全く天晴れというべきで
しょう。個人の担当者・投資家に倫理的な問題は特にないと思いますが、東証のシス
テムの不備を突いて巨利を上げたという結果が、いかにもハゲタカのように見え、市
場というもののえげつなさを象徴してしまう可能性は大きかったでしょう。まだ十分
定着しきったとは言えない市場の論理が、世論の強い反発を食らい、後退を強いられ
ることを関係者としては恐れたのでしょう。

 だからといって、誤発注であれ、ともかく発注に応じて成立した取引が成立しな
かったという立場を取ることはできません。そうした前例を作ると、あらゆる取引が、
倫理性次第で直後に取り消される恐れがあるということになりかねず、市場の基盤そ
のものを崩してしまいます。市場そのものは没倫理的でないとうまく働きません。一
方で企業には倫理性が求められ、そこには多少のずれがあるのです。

 そこで、今回に限って、倫理上の問題があったことを認識しているというポーズと
して、あくまでも各企業の自発的な意思により、利益を基金に拠出するという形を取
ったわけです。

 これでさえも各企業にしてみれば、利益追求の姿勢に疑問ありとして自社の株主か
ら訴えられる危険性も全くないとは言えず、玉虫色ですが、それなりの緊張感を持っ
て選択された方法だと思います。ちなみに最初にこの基金の話を出したのは外資系の
UBS証券だと報じられています。外資だからといって日本の証券会社とどこまで体
質が違うのかは筆者にはよくわかりませんが、この基金設立は、少なくとも本国の英
米系の上司に説明して理解を得られる程度の合理性はあり、「日本的なあなあ」とは
異なる次元のものだとは言えると思います。株式市場への社会的な反発がいまだ根強
い日本において、利益を上げ続けるという彼らの長期的な目的に照らして、合理的な
方法であると判断されたわけです。

 個人と法人の扱いの違いは、法人と違い、個人はあくまでも匿名ベースで活動し、
市場に継続的に留まる必然性もないことから説明されます。個人投資家は、今回の大
もうけを機会に株式市場から手を引いてもいいし、今後活動を続けるにしても匿名ベ
ースですので、社会的な認知を得る必要は特にありません。

 個人投資家に対するメディアの扱いを見ても、多くは個人が才覚次第で巨利を得た
ことを冷やかし混じりに、総じて肯定的に伝えています。個人投資家が「ハゲタカ」
的に社会の脅威となるという感覚は、一般にはないのです。継続的に大きな取引をす
る企業はそれだけ、社会から疑念を持たれやすく、社会への配慮が存続のカギを握る
ということだと思います。CSR(企業の社会的責任)にもつながる話で、これも特
殊日本的なことではないと思います。

                         評論家、会社員:水牛健太郎

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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:642への回答ありがとうございました。わたしたちの社会では、お金を儲け
ることが「良いこと」または「悪いこと」と、単純な2項で語られることがいまだに
多いような気がします。「経済性重視・利益優先の時代が続いて日本人が大切にして
きた心が失われた」というような意見はメディアでよく見ます。また、いわゆる勝ち
組を紹介して「金さえあれば誰でもハッピー」みたいな記事を作る男性雑誌も最近目
立ちます。しかしそのような単純な2元化は、利益追求とモラルの関係をきちんと考
えることを結果的に阻害しているのではないかと思います。

 あるテレビ番組で、「匂い」を商品にしているヴェンチャー経営者を紹介していま
した。その経営者は、匂いによって携帯電話の着信を知らせる装置を開発し、成功し
たのだそうです。そのあと大手のコンピュータゲーム会社から匂いの出るゲームソフ
ト企画への参加・協力を要請されますが、検討の結果それを断り、目や耳の不自由な
人のための、匂いによるアラーム装置の開発などを続けています。その経営姿勢を評
して、番組の司会者は、「利益追求ばかりが目立つ昨今、このように社会性・公益性
を追求するのはすばらしい」というようなニュアンスのことを話していました。

 司会者のその評が間違っているというわけではもちろんありません。ただしそのよ
うな評は、利益追求か社会性かという単純な2元化につながりやすいのではないかと
思いました。徹底的に利益を追求する個人や企業があってもいいし、社会性を重視す
る個人や企業がいてもいい、そのような多様性が経済のダイナミズムを生むのだとわ
たしは考えています。ある友人からクリスマス・イブにもらったメールに、二宮尊徳
の言葉が添えられていました。
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」
 正確な言葉だと思いました。

 今回の、みずほ証券による株の誤発注による利益については、理屈ではわかってい
てもどうしても後味の悪さが残ります。それは、情報と知識と経験による「正統な判
断力で」得た利益なのか、という疑問が、一般的には消えないだろうと思うからです。
政府関係者が使った「美しくない」といった曖昧な言葉は、事態をいっそうわかりに
くくしてしまいました。さまざまな領域とフェイズで経済格差が顕在化する今の時代
では、金儲けに対するリスペクトの基準がないと、社会はいっそう不安定化するので
はないでしょうか。

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Q:643
 2005年、株価は上昇を続けました。この傾向は2006年も続くのでしょうか。

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                                   村上龍

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                   発行部数:128,653部(8月1日現在)

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【編集】 村上龍
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