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皇国より見た満州事変の政治経済的効果 ―荒木陸相御進講要旨(対ソ主戦論者) 【東京朝日新聞 1933.8.6(昭和8)】
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/480.html
投稿者 hou 日時 2006 年 8 月 13 日 09:04:20: HWYlsG4gs5FRk
 

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00464232&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00464232

『国家改造』(対ソ主戦論者) 運動が広がってきた。その動機は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E9%81%93%E6%B4%BE

●ソビエトが1928年にはじまる第一次五ヶ年計画を成功させると、日本軍が「満州」を占領することも、対ソ攻撃を開始することも不可能になるので、一刻も早く対ソ攻撃の拠点として「満州」を確保しようとする焦り。

●軍縮のため将校達の昇進が遅れ、待遇も以前と比べて悪化しそれに対する不平・不満が激化したこと。

●農村の恐慌や不況のため、農民出身者の兵士の中に共産主義に共鳴する者が増加し、軍の規律が動揺するのではないかという危機感を将校達に与えたこと。

などである。


聞記事文庫 アジア諸国(6-042)
東京朝日新聞 1933.8.6(昭和8)


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皇国より見た満州事変の政治経済的効果

荒木陸相御進講要旨

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満洲事変の軍事行動も熱河掃匪完成によって一段落を告げ地方的小匪賊の警戒に任ずることになって今後は専ら産業開発の平和的政治経済の建設工作に努力すべき時期に入った、陸軍ではつとに満洲における各般の情態を審かに調査していたが最近荒木陸相はこの調査資料に基いて畏くも天皇陛下に御進講を申上げた、よって陸軍は近くその概要を適記してこれを関係各方面に配布することとなったが満洲事変勃発以来将に満二年に垂んとし過去の満州と事変後のそれとが如何に変化し改善せられ、又進展しつつあるか、その実情を明確に再検討するは極めて緊要なるものなりと信じ本社は特にこれを掲載する


第一 事変の第一義的効果
 満洲事変の経過を昭和六年九月十八日の奉天郊外における鉄道爆破の発端より、同七年三月一日満洲国独立宣言、同年九月十五日日満議定書の締結による満洲国の承認呼倫貝爾作戦、熱河作戦及び国際聯盟脱退を経て今日に至れる迄の経過を概観するに、実に本事変は、日露戦争にも劣らざる肇国以来の大業にして、大儀を宇内に顕揚せんとする皇国不退転の決意と、自主独往の覚悟とにより挙国一致もって正義の貫徹に精進し、よってもってここに皇威の発揚と大和民族の結束強化とを遂げ、沈りんせる国民の祖国意識を蘇生高調せしめ得たるは、満洲事変の第一義的効果というべきである。
 けだし、皇室を中心とする我が九千万民族の結束を強化し、皇威発揚の民族的信念を確立することこそ内外諸政の根本にして、満洲事変による皇国特殊権益の確認伸張及びその他の政治経済的効果は寧ろ第二儀的のものというべきである。


第二 特殊権益の確認と拡充
 満洲事変前における皇国の満洲に関する特殊権益の情態並に満洲国成立後におけるその確認拡充の景況を概観すれば第一表の通りである。
 殊に満洲事変前においてもっとも重大懸案たりし、満鉄並行線問題及び吉会線敷設問題が自然に解決し、又商租権問題が満洲国政府の友好的政策により処理せられたることは特筆大書すべきことである。

[図表(第一表 満洲における帝国の既得権益の現況及びその拡充状況表)あり 省略]

第三 邦人の満洲進出力増大

(一)邦人の進出阻止原因の解消
邦人が満洲に進出するに当り従来多大の障害たりし諸件が満洲国の成立により解消せることのみを見ても満州事変の効果は甚大なるものといわねばならぬ

(1)支那官憲の圧制及妨害の根絶

第一に掲ぐべきは旧東北政権下において公々然と行われたる官憲の圧制及び妨害が今や根絶せられたることである、斯て次に例示するが如き満洲事変前における邦人の被害は最早や昔日の夢と化し、単に匪賊の襲来を警戒するの外何等の障害なく自由に活躍し得ることとなった
今、事変前における支那官憲の在満邦人圧迫の事例の若干を回想せば左の通りである

(イ)昭和三年四月十日長春東方の邦人宅に支那兵三十余名現われ同家使用の支那人五名を非国民として捕縛監禁し同家の営業をほとんど不能に陥いらしめた
(ロ)昭和四年三月十七日吉林省敦化在住の邦人が経営する旅館に対し、敦化警察署は突然営業を禁止し立退を命じ館主たる邦人を不法拘禁した
(ハ)昭和四年四月十日●南在住の邦商某及び邦人経営某旅館は営業停止を命ぜられたる上不法拘禁を受けた
(ニ)昭和四年四月末より五月にわたり奉天在住の邦商たる西尾洋行(ゴム靴商)九鬼洋行及び久保洋行(雑貨商)等は何れも支那官憲より不法妨害を加えられた
(ホ)在満鮮人の事変前において支那官憲より受けたる圧迫は枚挙にいとまなくその中にてもつとも有名なりしは満洲事変勃発の一誘因とさえ目せられたる万寳山事件である

右の外、事変前における懸案二百数十件は満洲国成立と共に自然的に解決せられ

(2)邦人の土地商租制の確立

邦人が満洲に進出するためにもっとも必要なりしは事業上必要なる土地に関し確実なる権利を得ることとなりしを以て、大正四年五月締結せるいわゆる二十一ケ条条約により邦人は南満洲において工業及び農業を経営するため必要なる土地を商租(三十ケ年以内とするも更に延長することを得)し得るの権益を取得せるも、支那政府の不誠意及び暴戻により右権益は全く空文化し、邦人の満洲進出を阻止する重大原因たりしが、満洲国政府においては、大同二年(昭和八年)六月十四日暫行商租権登記法を公布し同国と友好関係にある国の国民(現在にては邦人のみ)に対し全満洲において土地を商租し得ることを認むるの制度を樹立した、斯くて多年の懸案ここに解決し、邦人は満洲進出に至大の便益を得ることとなった

(3)幣制の統一的確立

事変前においては不換紙幣濫発せられ、その結果物価の変動常なく在満邦商は絶えず不測の損害に見舞われ、小資本の邦人はほとんど破産の状態にありしが、満洲国成立するや中央銀行は確実なる基礎の上に設立せられ、幣制は統一せられ、その発行新紙幣たるいわゆる国幣の価値は安定せるを以て、在満邦商は確実なる営業方針を立つるを得るに至りしと共に、わが国の資本は安心して満洲に投下し得ることとなった

(4)日貨排斥を目的とせる高率関税の是正

南京政府が日貨排斥の目的を以て極端に引上げたる関税のため対満輸出を阻止せられありし本邦製品は、満洲国が関税自主権を行使して、日満両国のために同国関税中極端に高きものを逐次是正しつつある結果在満邦商を潤すと共に本邦商品の満洲進出を漸次増大したこの対満貿易好転の状況は後節において詳述することとする


(二)積極的進出条件の確立
前項において述べたる如く、事変前における邦人の満洲進出阻止の原因が解消せることは、今後における邦人満洲進出の増大を来すこともちろんなる外、更に以下掲ぐる如く積極的に邦人の発展し得る新条件が確立せられた

(1)皇軍の駐満兵力増大

日満議定書に依り皇軍が全満各地に駐屯し得ることとなりたる結果、在満邦人に対する保護が強化せられたると共に、皇軍の駐屯に付随する邦人の在住も増加を来し、事変前における満鉄付属地主要都市における邦人の活動を満洲全主要都市全部に見るに至るであろう

(2)満洲国鉄道の満鉄受託経営に依る邦人活動区域の増大

満洲国々有鉄道の既設線及び新線が我が満鉄に依って統一経営せられるに至れる結果満鉄従業邦人が増加して全満鉄道網に活動することとなり、その結果南鉄付属他に近似せる邦人活動区域が満洲国国有全鉄道の沿線に形成せらるるに至るであろう因に事変後における満鉄の従業員増加の一例を示せば左の通りである

満鉄の専門学校卒業者定期採用(内地より)調
昭和六年 六七名
昭和七年 八八名


満鉄従業員として鉄道省よりの採用者調
昭和七年 一〇一名
昭和八年 四四四名


(3)その他の事項

満洲経済建設の進行に伴い各種事業につき日満合弁会社の設立せらるる結果、邦人の進出は益誘導せらるるであろう、殊に全満を営業区域となす所の満州航空会社及び満洲□□□□会社の設立は右の醸成を一層助長する事であろう又満洲国政府の法制の完備するに従い商法鉱業法商標法及び特許法等が近代的となり邦人の満洲進出は何等の不安をも感ぜざるに至るであろう


第四 効果の具現的状況
 叙上の如き皇国の権益拡充及び事態好転により、現る具体化せる政治経済的効果を観察すれば以下の如くにして、その顕著なるには恐らく何人も驚嘆するところであろう


(一)在満皇国内地人人口の増加
 満洲事変の勃発及びそれに引続く満洲国の建設が、法人の満洲における活動を如何に活気づけたるかを如実に物語るものは、在満内地人々口増加の状況である。即ち左表の通りである

[図表(在満内地人人口増加表(関東州を除く))あり 省略]

【備考】本表は管轄帝国領事館にて調査せるものにして駐満軍部関係の内地人を含まざるものとす

しかして、右の如き増加は関東州内の内地人が移動したるものに非ずして関東州内においても左の如き増加を示している

関東州における内地人人口増加数
昭和六年末 一一九、七七〇
昭和七年末 一二五、九三五
増加数 六、一六五

しかして、関東州以外における各地の内地人増加の状況を管轄領事館毎に示せば第二表の通りにして邦人発展の動向を明かに物語りつつある好資料である。更にシベリア出兵前より現在に至る迄の在満皇国内地人増減の経過を大観するに満洲事変後昭和七年度における増加総数約四万三千人は事変前約八ケ年の増加総数に匹敵し、殊にシベリア出兵当時増加せる商埠地及び奥地(未開放地雑居地)の内地人は皇軍の撤兵及び支那官憲の圧迫により激減しありしが、今回急激に増加するを見た

[図表(第二表 在満内地人人口増減数(昭和六年末と昭和八年三月末との比較)【外務省調査】あり 省略]

(二)満洲事変の朝鮮及び朝鮮人に及ぼしたる効果
満洲にある朝鮮人の人口は我在満各領事館の調査によれば昭和六年には六十三万人にして、毎年平均二万一千余人の増加を示して居た然るに昭和七年の始め頃より満洲内の匪賊横行のため耕地を失い在満朝鮮人中帰国する者多数に上りたるも満州国建国後治安も漸次安定するに及び、入満者も増加し七年末においては五十九万五千余人となり、いまだに六年末に比しては約三万人の減少である。然し満洲事変前には支那側の圧迫妨害あるに拘らず毎年二万余の増加を見たるに徴せば、満洲国内治安の定まるに従い非常なる速度を以て在満朝鮮人人口は増加するものと断言することが出来る。殊に満洲事変が朝鮮統治上好影響を与えたることは極めて顕著にして、事変前においては、朝鮮人中動もすれば皇国の実力を知らず彼等の事大思想は皇国の地位をべっ視し皇国は無気力なる如く誤信するものもあったが、満州事変以来皇国が挙国一致敢然として国難に善処する有様を見るや、皇国に対する尊崇思慕の念は漸く大となりて、これら朝鮮人も又列国に優越する日本人なりとの自負心すら有するに至った、然して、その実例の一端を述ぶれば、従来朝鮮において軍隊が行軍演習のため通過或は宿泊するに当りては、その態度極めて冷淡にして寧ろこれを忌避するものもありしが、最近に至りては大に軍隊に好感を抱き軍隊の通過宿泊をさえ希望するに至った。
又朝鮮人の国防献金及び恤兵金の寄付も激増した。即ち、事変以来朝鮮における国防献金品は飛行機三台、自動車二輛、高射機関銃三十二丁等を主たるものとし、外に恤兵金をも合すれば金額に見積りて約五十万円に達し献納総人員八十万人中の約五十万人は朝鮮人である又時局の影響を受けて、愛国的運動も盛となり、その実例としては、国防問題の研究普及等を目的とする国防義会が鮮内主要なる各都邑に設けられ内鮮人相協力して之に奔走しある現況である。更に又青年朝鮮人中には時局の刺激を受けて、名誉ある軍人に採用せられんことを希望する者増加し、朝鮮人に徴兵令の施行を懇望する者も又少くない。皇軍の間島出動を見るや吾等もまた日本人なり、日本人にして、戦争に行けぬとは面目なしとし、憲兵に申出で雇傭人として従軍し又は其他の要務員として採用せられんことを願う者あるに至った。
殊に朝鮮人の多くは満洲事変の一因は在満朝鮮人問題たる彼の万寳山事件にあると信じ、皇軍の満洲における活躍は在満百万同胞の解放と之が安住保護にあるを確認し皇軍に対し敬慕、信頼、感謝の念を抱くこともっとも顕著にして、前述の如き事例の外出動軍隊又は死傷軍人の通過の際においては深夜の駅頭に白衣の同胞のあるを見ること常にして、沿線の朝鮮家屋の屋根に迄上りて国旗を打振る情景に接する程である。
更に、従来朝鮮人間に相当強く行われたる独立運動については、その意味をなさざることを漸く自覚し来り、又朝鮮内の共産運動も一部潜行的に行われあるものの外、概して沈静となった。


(三)対満貿易の伸張
日満貿易の最近の状況も又満洲事変の顕著なる経済的効果を語って居る。けだし満洲国政府にはいまだ精確なる統計資料なきをもって同国貿易の半額以上を占むる大連を中心とする日満貿易状況を見るに、昭和七年は同六年に比し大飛躍を見出した。即ち左表の通りである。

[図表(大連を中心として見たる対満貿易調(単位千円))【外務省通商局調査】あり 省略]

して、輸入において増加したる品目は豆粕(二千万円増)大豆(三百万円増)並に小豆、高りょう、鉄類(以上三品目共各二百万円増)にして輸出中増加著るしき品目及び価額を挙ぐれば左表の通りである

[図表(対満主要輸出品及価額調(単位千円))【外務省通商局調査】あり 省略]

けだし対満貿易の好調は銀価上騰円価低落等の一般的事項も又其一原因たることを敢て否定せざるも満洲事変の結果たる満洲と支那本部間との貿易不振、幣制の確立満洲建設事業の勃興等がその有力原因たることもちろんである、更に引続きて昭和八年に入て、対満輸出も益々増加するは明かにして、殊に七月中旬において南京政府が事変前に排日貨の目的を以て引上たる高率関税の一部を満洲国にて是正したから日満貿易は愈々好転するは疑いなきところである


(四)事変後における在満邦人事業の発展
満洲事変後、邦人が満洲において各種事業を開始したることは左表の如くいまだ顕著に非ざるも、その将来の大発展を察知し得るの動向としては著るしきものがある即ち、新規企業の大なるものは漸く端緒を得たる程にして今後こそ括目して待つべきものありと信ずる。

[図表(関東州及び付属地法人会社払込資本事業別調(年末現在)【満鉄調査】)あり 省略]

(五)満鉄の業績好転
満洲事変の経済的効果をもっとも簡明に実証するものは満鉄の業績である、即ち昭和六年度においては営業費が総収入を超過すること約四百万円にして、積立金戻入により政府に対して年二分、政府以外の株主に対して年六分の配当をなしたるに対し、昭和七年度においては営業上の実際益金一千八百余万円の外満洲国鉄道関係の滞り利息四千二百万円を加算する時は総益金は六千百万円となり政府に対し年四分三厘、政府以外の株主に対し年八分の配当をなし、尚三千二百万円を特別積立金として社内に保留せる程の好成績を収めた、参考として満鉄における主要事業の収入につき昭和六、七両年度を比較せば左表の通りである

[図表(満鉄主要事業収入比較表)(単位千円)あり 省略]

【備考】支出中には償却及び除却費を含まず

けだし、昭和六年度における満鉄の営業不振は世界的不況及び銀価の暴落によることもちろん見逃し難きも、そのもっとも有力なる原因は支那側隣接鉄道の不当競争及び旧東北政権の有形無形の圧迫乃至妨害であった。然して、七年度においては北満の水害及び匪賊の跳りょう等によりいまだ新事態の効果を十分に発揮せるものに非ざるを以て、昭和八年度以降こそ満鉄の業績に一層の光明を認めることが出来よう。
満洲国鉄道の委託経営により満鉄が支那側隣接鉄道の不当競争を免れ、又旧東北政権の圧迫より脱脂たる利益の外、満鉄として直接に得たる利益は満洲事変なかりせば到底復活せざりし対支旧債権(元金及び滞り利息を合し約一億一千万円)が確実に利息を生みかつ元金の償還を受け得る途も確定せることである。更に事変前において営業不振なりし満鉄の直系及び傍系会社の業績が満洲事変の効果として好転することは、満鉄として著るしき利益といわなければならぬ。


(六)東拓の対満固定投資の復活
東洋拓殖株式会社は元来朝鮮における拓殖事業助成を目的とし帝国の法律を以て設立せられたる特殊会社なるが、大正六年該法律の改正により活動範囲を満蒙に迄拡げ満洲の各種事業に投資し来りたるも、東拓の投資が土地、鉱山、森林等に関係する関係上、商租権の確認せられざると、旧東北政権の排日暴挙との影響を受け、その投資に基く債権整理はほとんど不能に陥り、徒らに担保物件を死蔵して満州事変を迎えた。然して満洲国の設立を見るや、東拓の満蒙における諸権益は確保伸張さるると同時に、債権整理についても種々利便を得、該会社の業績に好影響をもたらした。今その概況を述ぶれば左の通りである。

(1)北満電気株式会社関係

東拓は北満電気会社(公称資本金百二十万円、払込済九十万円)に対し株式、社債及び貸付金を合し三百二十余万円の投資しありしも、支那側の圧迫で長く悲境に沈りんし東拓の投資は完く不良化した。
然るに満洲事変発生と共に更生し東拓の前記三百二十余万円の投資は漸く確実化するに至った。

(2)東省実業株式会社関係

該会社(資本金百七十五万円)に対し東拓は株式、社債及び貸付金を合して、四百九十余万円を投資していたが旧東北政権の圧迫のため最近五年は常に欠損を続け来った。然るに、満洲国成立により仮死状態は更生の機を見、東拓の対満投資中の最大癌種はここに快方に進むこととなった。

(3)満蒙毛織株式会社関係

該会社に対する東拓の援助投資額は総計約三百六十万円にして満州事変勃発当初は南支方面の売行杜絶のため従来の業績不振を一層大となしたるも、その後満洲国軍政部及び同民政部方面の新たなる需要を喚起し同社の将来は大に有望となった。

(4)南満洲大興合名会社関係

該会社は政府の援助の下に東拓より約六百万円の融通を受け吉会線の前駆たる天図軽便鉄道を敷設満洲国政府により該軽便鉄道が公正なる価格を以て買収されたる結果、該会社の東拓に対する債務は満鉄にて肩替りすることとなった。

(5)中東海林採木有限公司関係

該公司に対し東拓は二百八十万円の投資をなして居るがこれまた更生した。

(6)

以上の不良債権の確実化のみによりても東拓の満洲事変により取得せる利益は合計二千五十万円である。


(七)朝鮮銀行の営業の及したる効果
満洲における帝国の金融中枢機関たりし朝鮮銀行が満洲事変のために受けたる効果も即ち、まず全満各地に派出所の開設となり、次で預金及び貸出金の増加となり、更に又著るしきものがある。

(1)派出所開設

事変以来皇軍の進出、邦人移住者増加のため主として日本銀行代理店事務及び一般預金為替等の業務取扱をなす目的を以て、昨年一月よりチチハルにハルピン支店派出所を、又昨年八月より錦州に奉天支店派出所を開設したるが、更に本年に入りては四月より承徳並に赤峰にそれぞれ奉天支店派出所を、五月よりハイラルにハルピン支店派出所を開設した

(2)預金並貸出金の増減

(預金)別紙預金地方別表記載の如く本年四月末における当行満洲各店の預金総額は一億二千六百余万円にしてこれを昭和六年十月末に比すれば七千四百余万円の増加を示したるが右は主として満洲中央銀行預金、満鉄預金並公金預金の増加によるものにして事変の影響を見ることが出来る。
(貸出金)満洲各店の貸出金総額は別紙貸出金地方別表に表記せる如く本年四月末において四千八百八十六万余円にして、これを昭和六年十月末に比し一千三百三十余万円を増加した。

(3)為替受払高の増減

事変以来満洲各店の為替取扱高は資金の移動増加を反映し、受入払出共増加の傾向を示しつつある


(八)皇国資本の対満進出
本項(四)にて説明せる如く関東州及び満鉄付属地邦人会社、払込資本は、昭和五年末に比し昭和七年末においては約五百万円を増加せるのみなるも、本年以降において予想するもののみにても左の如き巨額の対満投資あるべく、更に満州経済建設の進展に伴い愈増大するに至るであろう。
(イ)満洲化学工業株式会社二千五百万円中満鉄以外の応募株二千二百五十万円
(ロ)満洲電信電話株式会社五千万円の資本中日本民間応募二千二百五十万円
(ハ)満鉄増資に伴う民間募集一億八千万円更に満洲政府公債に対する投資として昨七年五月の第一回満洲国政府借款(三井、三菱より各一千万円宛を朝鮮銀行を経て融通)二千万円、本年一月建国公債三千万円(民間公募)に及べり


第五 結言
叙上の如く満洲事変は皇国の国家及び国民に甚大なる効果をもたらし、既に顕著なる実績を示しつつある。特に昨七年九月十五日日満両国間に締結せる日満議定書により両国は共同防衛を約束し、かつ皇軍は満洲全地域に駐屯し得るに至れることと、満鉄が満洲国政府所有の鉄道(既設線のみにても現在満鉄所有鉄道一千百キロの三倍に当る三千三百キロに上れり)を受託経営することとの二点のみをもってしても、日満両国には事実上不可分の関係を生じ、日満共存共栄の基礎確立せるものと明言することが出来る。
かくて、今や皇国の国力伸張の根基は結成せられ、皇室を中心とする大和民族の大義を宇内に顕揚するの原動力ここに準備せられたりと信ずる。
然して斯の如き満洲事変の成果を収め得たるは、皇祖皇宗の御霊威と上御一人の御稜威とによることもちろんなると共に、満洲に、上海に、北支に戦死し或は戦傷せる幾多の将兵の犠牲に拠るものなるを回想せば、満洲事変をして有終の美をもたらさしむることこそ朝にあると野にあるとを問わず皇国全国民の責務なりと断言して憚らない。然して満洲経済建設の公正適実なるを要する所以もまたここに存すといわなければならぬ。因に満洲事変に使用せる陸軍予算は左表の如く昭和八年度末迄の合計約三億六千万円にして、その内総額の約六割に該当する二億一千余万円は直接若くは間接に皇国々民経済をうるおして居る。然して右満洲事件費の支出は皇国財政の現況より見て少額には非ざるも皇国の永遠的存立と其使命とに対する満洲事変の効果より考うる時は決して徒爾に非ずと思料せられる

[図表(自昭和六年度至同八年度満洲事件のため要せし経費)あり 省略]

【備考】支払停止額及び予算減額は満洲事件費支出に伴い当然不明となるべき経費に付これを控除せるものとす

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データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館

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