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形而上的というのは、実はあなたのことではないのか?
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投稿者 ○H○ 日時 2006 年 7 月 29 日 00:25:27: dYD4U0ksEk0Do
 

(回答先: トンデモねえ言い掛かりだってんならその事を解明して見せてくんな。 投稿者 天蓬元帥 日時 2006 年 7 月 28 日 11:58:07)

>『“主体であり、自己だと認識している。”と言った直ぐ後に、“主体(自己)は知られることも認識されることもない。”と続ける無神経さには呆れるぜ。認識されることのないものを認識していらっしゃるってえことになるじゃねえか。』
〜中略〜
>『オメエさんの論理構成ってなあその程度のもんよ。辻褄合わせってことさ。』

○H○
それは論理構成上の言い回しでしかない。「主体」や「自己」を辞書に書いてあるようにただ説明したに過ぎない。もちろん「主体であり、自己だと認識している」というその認識している者が自己(私)であり、こうやってその事を書いている者が自己(私)であり、その書いている者を観ている者が自己(私)であり・・・と、ただ続くだけだ。
私の持っている辞書では、「主体とは行為・作用を他に及ぼすもの」となっている。つまり行為・作用を及ぼすものであって、及ぼされるものではない。つまり、知られるものでもなく、認識されるものでもなく、その知る者であり、認識する者だということだ。
ただ主体は、認識されれば主体ではなく客体でしかない。つまり主体を「認識する者」や「行為する者」と言う事自体、言葉によって客体化することで矛盾するものにしかならない。だからそこを省いて、主体は知られるものでも、認識されるものでもないという言い回しを主にしているだけだ。さらには「主体」という言葉で言い表すことも、言葉によって客体化することで矛盾したものとなる。ただ、議論に於いては言い表さなければ伝わらないだろう。それは矛盾した表現方法だが、言葉による議論というのはそういうものだと思っている。


>『違うんだよなあ。気付くということを指して作用と呼ぶんだよ。作用があるから気付くんじゃねえんだ。既に作用があるって言っちまったら、その作用ってなあ一体何なのか掴みようがねえだろう。言葉が一人歩きしちまうのさ。』
>『出来ねえってどうして言えるのかねえ。既に作用があるって自分で決めといて、だから作用無しじゃ困るだろうって言ってるだけじゃねえか。』
>『どうして?“客体でないものからの視点(主体)”なんてなあ大いなる飛躍よ。落ち着いて考えりゃこういう事じゃねえかい。先ず、気付いた。次に、気付いたということに気付いた。取り敢えずはそこまでよ。』

○H○
作用があるから気付くという意味において書いたつもりはない。「気付く」そのものが作用だということ。
ここで話す趣旨は、“気付く”という作用が無ければ客体に“気付く”ことは決してできないということだ。客体単独でどうするのか?“観る”ことも“感じる” ことも無くてどうそれが存在していると言えるのか?ということだけだ。
客体が形而下であるとするには、観られなければならないし、知られなければならない。そもそも形而下というのは、時間・空間の中に形を取るという、記憶することと観ることという作用を前提にしたものでしかない。
あなたの語っている段階では、“客体に気付いた”とも言えないだろう。“気付いた”というのが、既に「気付くではない」という作用を知っていることを意味する。また、“対象(客体)”とも言うこともできないだろう。それは対象(客体)以外のものを知っていることになる。
どちらにせよ、それは表現できないことで、気付くことでもないし、認識することでもないし、知ることでもないし、形があるとすることでもないし、つまり思考と認識を使っては、知り得ない形而上的議論にしかならないだろう。


>出来ちゃ悪いかい。気付くという作用の後ろにゃ気付く者が居るに違えねえってえオメエさんの思い込みさえ無くしちまえばイイのよ。

○H○
私はただ、主体が無いの“なら”客体も無いとしているだけだ。これは、「客体(対象・内容)に気付くには、客体でないものからの視点(主体)が必要」というように、それは客体の成立要件として話しているだけだ。
また、これは主体が形而上か、形而下かなど関係の無いことだ。
その成立要件を無視して、客体だけで成立するとするのは、「死に気付いた」「無に気付いた」ということと同じで馬鹿げたことだと思っているだけだ。全てが「無」なのに何故「無」と気付く?全てが「有」なのに何故「有」と気付く?全てが「形而上」なのに何故「形而上」と気付く?全てが「対象」なのに何故「対象」と気付く?・・・それは反対のものがあって初めて気付くことができるのだ。
それは相対的なことの成立条件だ。
生が成立するには死が必要なように、有が成立するには無が必要なように、形而上が成立するには形而下が必要なように・・・。
これを言うことは形而上的だろうか?
あなたは私を形而上的と言うが、あなたは形而上を知っているのか?それは決して知られるものでも観られるものでもない。しかしあなたは形而上という言葉を使う。あたかも形而上というものがあるかのようにその言葉を形而下と対比させて使う。そんなあなたは形而上的なのか?
あなたの意図する形而上的とは、「いわゆる形而上的議論が始まるわけだ」「形而上的議論を避けながら」「形而上的議論のどこが悪いって」という個所から、形而上的議論をする人ということだと把握している。それは、あたかも形而上なものを知っているかのように議論したり、それが存在しているとした根拠で議論をしたりする人のことを表現したものだと把握している。私は、主体や形而上や自己等を知っているとは書いてはいないし、存在しているとした根拠でこれらを書いてはいない。
もちろん私は、自己であり、主体であると主張している。そういう意味においては私とは形而上的なのではなく、形而上そのものだろう。しかし私は、形而上なものは知らないし、自己を知らないし、主体を知らない(これは意味を知らないということではない)。だから、それは否定でしか言い表すことしかできない。それは観られるものでも、知られるものでもない。それは例えば、死を「生ではないもの」、無を「有ではないもの」として表現するようなものだ。「死」と「無」というものの言語的意味と、その表現方法は知っているが、決して私は「死」も「無」も知らない。


>確かに二次的なこった。オメエさんが勝手に持ち込んだ主体-客体なんぞはな。

○H○
「主体-作用-客体」持ち込まなければ、実にあやふやな討論に終わることだろう。寧ろ討論もせず無言の方がどれだけ“それ”を表現できたことか。言葉というものはそうしたものだと思っている。


>『“客体でないものからの視点(主体)”ってのが結局ここに行き着くんだなあ。知られも観られもしねえ訳の分からねえもんによ。常に否定形でしか言及出来ず、其れと指示された時にゃ既にそのものではなくなっちまってる。こんなもんを形而上的存在っちゅうんだよなあ。
しかも、元はと言やあテメエで勝手に持ち出した“客体でないものからの視点(主体)”に過ぎねえじゃねえか。最初から最後までオメエさんの創作だよ。そのステキなお話が面白くて悦に入ってるだけじゃねえか。』

○H○
それは「主体」として意味されるものを書いたまでだ。「私は観る者であって観られるものではない」という表現は形而上的だろうか?「私はパソコンに文字を打ち込む者であって、文字を打ち込まれるものではない」「私は行為者であって、行為されるものではない」・・・という表現は形而上的だろうか?もちろん「観る者」「打ち込む者」「行為者」という表現は客体化されることで適切ではない。だから、そこを省いて「私は観られるものではない」「私は行為されるものではない」「私は知られるものではない」と書いているまでだ。(「私」というのも客体化することで適切ではない)。
形而上的というのは、観る事ができないもので、知ることができないものだ。主体というのは形而上的であり、自己というのは形而上的だと思っている。しかし私は形而上的である「主体」というものが“ある”とか“知っている”という根拠で何かを主張した憶えはない。「主体」や「自己」や「私」という言葉では表現したかもしれない。しかしそれは最低限の表現上はやむを得ないことと思っているし、日本語として表現方法があるから使っているつもりだ。より正確にそれらを表現するのなら、「客体でないもの」「行為対象でないもの」という否定で表されるべきだろうし、実際それも適切な表現ではない。


>『“そして”じゃねえだろう。“先ず”だろう。そこがオメエさんの出発点よ。先ず、主体が無ければ客体も無いのだろうから全てが始まってんじゃねえかい。主体-客体ってえ図式が頭にこびりついて離れねえんだろうよ。』

○H○
主体が無ければ客体も無い、つまり客体を成立させるには主体が必要だとしているだけで、後先を主張した憶えはない。また、もちろん図式が成立するというのは後付けでしかないが、これは論理構成上の都合でしかない。


>『主体=自己ってなあオメエさんが勝手に掲げた公式だろ。オイラの議論はそれを否定しようってえ話だぜ。オメエさんの公式に縛られる必要はねえハズだぜ。シッカリしてくんな。』

○H○
「オイラの議論はそれを否定しよう」という、“議論をしている”“否定をしている”のはあなた(オイラ)なのだろ?あなたは行為をしようとしているのだろ?
それを日本語では「主体」と表現するのだよ。


>『オメエさんの口からそんなセリフを聞くとは思わなかったぜ。“主体が見出された時、それは客体に変わるだけだ。”なんてことを平然と仰ってた方からよ。
念の為に言っとくが、“主体から”じゃねえよ。主体なんか最初から有りゃしねえよ。有るのは先ず対象よ。全てはそこから始まってんのよ。』

○H○
だから、主体が見出されると客体に変わるから、「主体ではない」「自己ではない」と定義されたのに、なぜ見出された主体が、自己だというように再定義をするのか?ということだ。それを自己だとする心理的状態は理解できるが、論理としての前後の整合性はとれないということ。


>『違うんじゃねえか。子供は親ん中に主体を見出すんだと思うぜ。そして、その主体によって客体化された自身を見出し、その客体化された姿に自己同一化するんじゃねえかなあ。その後、自己同一化した自身の姿を改めて対象化し自己を見出すんだろうぜ。
オメエさんの言う主体云々ってなあ全てその後の事じゃねえかなあ。』

○H○
ここでは自己を子供として見出すことの心理的過程については問題にはしていない。「自己は対象ではない」ということなのに、「自己を何者か(例えば子供だ)」として相対的に決め付けて見出してしまうということを書いているだけだ。
また主体云々とすること自体、それは客体化のことであり、客体化の順番をただ言っているだけだ。


>『オメエさんの論理構成じゃあ自己同一化しなきゃ自己は見出せねえんだろ。だったら、自己同一化した対象の中に自己を探すしかねえだろうよ。鏡に映ったニセモノでもイイじゃねえか。ニセモノは似せ物よ。ホンモンでねえとしても似てることにゃ違げえねえだろう。』

○H○
ニセモノと自覚しているのなら、それでいい。外側に自己を探していくのか、内側に自己を探していくかの違いに過ぎないのかもしれない。


>『オメエさんの論理構成じゃそうなるんだろうよ。しかし、オイラの世界は常に他者に接しており他者と交わり何事かが起こってる。事柄の向こうに常に他者が居るんだよ。』

○H○
他者が居ること、他者と接することが、他者の世界があることの証明にはならない。他者の世界は、自己にとっては決して感じられるものでも観られるものでも知られるものでもない。それは他者と交流することで、他者の話した言葉を聞いたり、他者の態度を観たりする等で推測し想像することでしかない。
それなのに、自己が観る事も知る事もできない他者の世界をあたかも“ある”とすることは、形而上的なことではないのか?


>世界の内にしか起きないが、その原因は世界の外から来るんだよ。

○H○
なぜ世界の外があると思うのか?あなたの世界の内に新しく起きた事象だけで、それが外から来たと、あたかも外から、あなたの世界の内にその事象が入り込むのを観ていたかのように・・・。


>『他者だよ。オメエさんの世界に欠けている他者さ。』
>『有りもしねえ主体なんてえ幻想に取り付かれちまった他者の皆さんが訳も分からず取り乱していなさるってえことよ。』

○H○
「主体」というのは、辞書から引っ張るのなら「行為・作用を他に及ぼす者」だ。つまり主体が幻想だというのなら、「行為・作用を他に及ぼす者」は幻想だ。その幻想があるとしてそれに取り付かれてしまったのはあなたではないか?
もし主体を幻想だと完全に見切ってしまっているのなら、あなたの世界には「行為・作用を他に及ぼす者」はいないはずだ。
有りもしない主体という幻想に取り付かれてしまっている「行為・作用を他に及ぼす者」であるという他者を、あなたにはただの幻想として観るだけだ。もしそれに躍起になっているとするのなら、あなたは主体を幻想だと見切って「や〜めた」という状態にはなってはいない。違うかい?


>『オイラは主体じゃねえんだからオメエさんも客体じゃねえ。オメエさんの文章はオイラの世界の一部だが、オイラが書いたもんじゃねえ。お書きになった偉え御仁はオイラの世界の外にいらっしゃるのよ。そういう皆さんが、所有だ暴力だ戦争だってんでオイラの世界を荒らしまくんなさるのよ。黙っとくわけにゃいかねえだろ。』

○H○
「オイラの世界の外」か・・・。拘るねぇ〜。

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