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Re: 無意識の力
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投稿者 いろは民 日時 2006 年 7 月 28 日 08:14:19: Wl4N8cIiWy4mI
 

(回答先: Re: 無意識の力 投稿者 ピノキ 日時 2006 年 7 月 26 日 16:15:35)

無意識には善悪2つの側面があり、それらは自我へ向けて情報を送っています。
これらの情報がいわゆる預言やチャネリングと言われるものなのです。
宗教もすべてこの無意識からの情報をもとにして作られたものです。

無意識からの情報はどんなときに自我に届くか。
自我の持っている情報を遮断する力が弱まるときです。

それは眠っているときや、肉体的、精神的に極限状態のときか
あるいは自我の持っている情報を遮断する力を
自我で意図して制御し無意識と交流するとき、
そういった無意識からの情報は現れます。

ですが、人間の本質である善の無意識のからの情報のほとんどは
悪の無意識の影響を受けて変化し、自我に届く頃には原型を保っていません。
稀にですが善の無意識のからの情報がほぼ原型を保ったまま届くこともあります。

悪の無意識からの情報は、ほとんどそのまま自我に届きます。
さらに自我には性質として善の無意識の情報を受け入れにくく
悪の無意識の情報を受け入れやすい傾向をもっています。
その結果、無意識からの情報のほとんどは悪意に満ちたものとなっています。

チャネリングのほとんどはこの悪の無意識からの悪意が言葉になったものです。
善の無意識からの善意から来ている言葉は有りますが少なく、
他の悪意の言葉にまぎれてしまっています。

そういった無意識から来る情報に目を惹くものが有ったり
当たるからと信じこんでしまうというのはたしかに危険です。

否定や無視は、信じてしまうことで起こるかもしれない悪い影響や結果との
つながりを断つことになるのでとても有効な方法です。

もし無意識からの情報に興味を持ったとしても
その情報をよく判断して選択する必要があります。

良いものか、理性的か、普遍的か、道理にかなっているか、
後でよい結果をもたらしてくれるものか、
自分に有益に見えても、周りに悪影響が出ないものかどうか。

これはもう、情報を受け取る自我の培ってきた
良心とか、道徳とかの問題です。常識も判断の手助けになりますが、
時代や文化によっては稀に常識の方が間違っている場合もあります。

同質の情報の数が多ければ良いというのは間違いです。
少なくても良いものがあります。

             *

無意識からの情報はその時点で予測、予定されているもので
状況は常に変化していくため、その通りになるとは限りません。
恐ろしい予言は元来善の無意識から発された危険を回避するための警告です。
ですが警告の情報はふつう悪の無意識が大仰にしたりするなどの
操作をした上で逆に危険を呼び込むための暗示として利用しているため
自我はさらに恐怖を感じることになります。

これらの予言は間違いなく外れます。たとえ少数でも警告を聞き入れた
人間がいればそれは周りに変化をもたらし未来が変わりますし、
大多数の人間は日常が続くことを当然だ、続いて欲しいと思っているため
その想念は善の無意識を動かす原因になって働き日常が続くという
結果が生まれるからです。

             *

ちなみに一般のチャネリングは悪の無意識の情報の中でも
自我からの雑多な情報の混じった低級のものです。
普通の人が見聞きしても酷過ぎてどうにも 
手が付けられない程のものなのですぐに判別できます。

非常に稀なんですが無意識からの情報を原型に近いかたちで
取り次がれることがあります。こういったものは
高度で理性的、理知的、論理的で、矛盾がありません。
語られる内容は時代や場所に限定されない普遍的なものです。

けれども、これが最も判断のしにくい危険極まりないものです。
相手は狡猾かつ巧妙な悪の無意識なのか
厳格で一切の妥協を許さない善の無意識なのか
それらとも別のものなのか

日月神示はその高度な部類のものです。
内容をみてみると先述の三つのものから来た情報が
まさに文字通りの玉石混交の状態で残されています。

ですが、これ以外にも、善の無意識の情報が有ります。

宗教が無意識の情報を保存し伝えてきたことを思い出してください。
そのなかに見聞きして悪の無意識から来た悪意の言葉とは
明らかに異なった言葉がありませんでしたか。

もっと範囲を広げます。
人間の周囲の学術書も含めた書物などの活字媒体、、
音楽媒体、映像媒体、娯楽媒体、そういった

あらゆる氾濫する情報の中に高尚な金言や格言、
感動させられる言葉がありませんでしたか。
どこであろうと善の無意識からの情報が紛れ込んでいます。

もちろん悪の無意識からの情報も言うまでも無く歴然とあります。
自称聖典、自称神典の続編、○○の霊統(同じ霊魂の系統の意味)と
喧伝するチャネリングの産物の本まであるほどです。

             *

いずれにしても情報と遭遇するかどうか、
情報を導入するか否か、どう解釈するかは心しだい。

たとえば心で愛の情報と出会いたい、受け入れたい、
解したいと望んでいればこれが原因となり

しかるべきときに愛の情報と出会い、
受け入れ、解する結果となります。

原因と結果。これは因果律の問題でもあり

心の力とも密接に関わっています。

             *

因果律の問題と書きましたが、これは

・良いことをすれば良いことが現れる

・悪いことをすれば悪いことが起きる

この2つの力の働きによるものです。

因果律は真理、絶対です。原因が結果を生みます。

そこに自由は有りません。自由とは人間の究極の幻想です。
善の無意識、悪の無意識も、集合的無意識も
因果律からは逃れることも逆らうことも出来ません。

人間すらもそうなのです。

宗教や預言、予言、チャネリングに関わってしまうのも
あらゆる幸福や不幸に出会うのも、
あなたがどこかで選んで原因を作ったからです。

すべてはすでに決定されてしまってそこからは脱出できず
もう助からないのか、もう救いはないのかと思われるかもしれません。

あります。たったひとつだけ。心です。
心の持っている力を使う、つまり強く思い願うか、

なんのために、なにをして、どうなりたいのか、どうしたいのか
 
心に思ったことを言葉にすることで、
はっきりさせ、その本質、意義を理解してから
実行すれば良いのです。

言葉だけとか、思いつきの行動では心の力は使えません。

             *

道標になる情報があります。唯心論です。

・一切の『もの』は心から起こるということ

・心が諸々の『もの』を造るということ

これをはっきりと理解しておいてください。

カッコを付けている『もの』という文字を
「幸福」「幸運」「幸せ」に置き換えて読みましょう。


こころはかるくなりましたか?

             *

すべての情報は無意識から来ます。

それらは雑多でほとんど悪の影響を受けているものです。

そのなかに無意識からの原型に近いかたちの情報は
確固として存在しています。

この無意識からの原型に近いかたちの情報はいろいろと応用でき
指針を持ちにくい人間にはたいへん利便性のあるものです。

解釈の仕方しだいでどうとでも取れます。

その結果がどうなるかも受け取り方しだい、その人間によりけりです。
ただ、普通に生活をしている立派な人間には全く必要がありません。

まっとうな後ろ指を指されない他から見てあれならばと
言われるような生き方をすれば宗教はもちろん
本物、偽物どちらであっても預言や予言は必要が無くなります。

災いも、不幸も未然に防ぐことが出来ます。
原因になるような思考や言動を取らないからです。

心の力とはこういうものです。
誰にでも起こせるものなのです。

夢や希望を持ち目標に邁進し
接する人間の心も好転させる人間こそ
「時代を生き残れる人間」なのです。

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