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産経新聞は言論弾圧の先導者になるつもりか?
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/571.html
投稿者 heart 日時 2006 年 9 月 14 日 00:55:35: QS3iy8SiOaheU
 

(回答先: 日中関係の論文、「反日」批判で閲覧停止 国際問題研 [朝日新聞] 投稿者 white 日時 2006 年 9 月 11 日 23:30:56)

問題視されたという論文は、私から見ると至極まっとうなことを言っている。
産経新聞の方こそ、おかしいことばかり言っている。

>日本の実情を国際社会に向けて正確に説明し、あわせて意見をも明確に述べることは常に重要である。
> 中国などから日本の現実とは異なる「軍国主義復活」というような非難が増すこのごろ、日本からの正しい反論はまさに基本的な国益にかかわる不可欠な作業となる。

意見の正しい間違っているなど、誰が決めるのか。
事実の正誤を論じるならわかる。しかし、意見の正誤となると、人それぞれというのが当たり前ではないのか。
それに、「『軍国主義復活』というような非難」は、国内にもある。何も中国や韓国だけが言っているわけではない。それとも、中国や韓国が言うことと同じことを日本人が言うことは正しくないとでも言うつもりか?

>その論文のいくつかを読んで、びっくり仰天した。日本の政府与党や多数派の考え方を危険として一方的に断罪し、中国などの日本攻撃をそのまま正しいかのように位置づける論旨なのだ。

だったら悪いか?
日本の政府与党や多数派の考え方でない意見を言ったら何か悪いのか?
意見を述べることは重要だが、多数派と異なる意見を述べることは重要ではないとでも?
ここはどこの国だ。
日本だろ。
それとも北朝鮮だったか?


>ワシントンでの中国に詳しい日本ウオッチャーは大多数がいまの日中間の緊迫を「中国の対決的姿勢」や「日中両国の戦略利害の衝突」「中国の反日の国是」に帰する。

それはお前(産経新聞)の付き合ってるお友達が偏っているからじゃないのか?
いずれにしろ、どの意見が多数かなど、事の真偽を見極める上では関係ない。
多数意見が、日本をよい国にするとは限らない。今の日本がいい例だ。小泉の支持率はいまだに高いとされるが、小泉は日本人の道徳観を荒廃させ、格差を助長する政治を行った。小泉就任前と比べて日本は明らかに悪い国になったのだ。


>その英語の文章は靖国神社の参拝支持を「靖国カルト」と評するような偏向言語に満ちている。
>・・・同論文には日本の現実派の思考を「反歴史的想像」と呼び、戦後の日本国民の戦争観を「記憶喪失症」と断ずるなど、全体として米欧の左派系や中国の日本たたきに頻繁に使われる扇情的、情緒的なののしり言葉があまりに多い。この点では「反日」と呼べる論文なのである。

「反日」という言葉の方がよっぽど偏向言語だと思うし、「扇情的」な「ののしり言葉」だと思うが?
それに、靖国参拝やその支持の状態は、まさにカルトと言える状況ではなかったか?
それに、靖国の考え方そのものも、カルトだろう。
国民に国家のために命を投げ出させるための「顕彰」施設なのだから。
以前靖国神社に行った時、遊就館にも行ったが、そこで上映されていた映画はまさにカルトだったぞ。展示物にしてもそうだ。
あれは靖国の歴史観を植え付けるための施設だ。
時の体制(天皇側)に歯向かう者をことごとく野蛮人とみなし、「蛮人」を「成敗」した天皇側勢力(つまり、殺し集団だ)を、崇拝する。そして、天皇のために戦って死んだ者を顕彰し、国民の戦争意欲を高めさせる。宗教の意義の一つに、死の意味を提供するということがあると思う。靖国は、天皇のために戦って死ぬことを最高の死に方とする考え方を国民に植え付ける宗教だ。
これがカルトでなくて何だろう。


>元国連大使の外務官僚だった佐藤行雄氏を理事長とする日本国際問題研究所は日本政府の補助金で運営される公的機関である。その対外発信は日本の政府や与党、さらには国民多数派の公式見解とみなされがちである。
> この英文コメンタリーの論文は「筆者自身の見解」とされてはいるが、佐藤理事長は対外発信の意図を「日本自身や国際問題への日本の思考」を広く知らせることだと述べている。
>・・・現在の日本の外交や安保の根本を否定するような極端な意見の持ち主に日本の対外発信を任せる理由はなんなのか。

「日本自身や国際問題への日本の思考」は、何も政府の公式見解だけではないだろう。
多数派の意見だけが「日本の思考」というわけでもない。

それに、この研究所は、「外務省から補助金を受けるシンクタンクだが『活動自体は独立している』との立場」だというのだから、政府を代表している機関ではない。
したがって、政府見解と違う意見を言ってはいけないと言うのであれば、それは言論弾圧でしかない。

それに、
「その対外発信は・・・国民多数派の公式見解とみなされがちである」、と、いかにも論文の著者の見解が多数派ではないかのように言っているが、それは産経という右派の新聞から見た偏見ではないのか。

また、この産経新聞の記事の最初の方に、「その論文のいくつかを読んで、びっくり仰天した。」とある。つまり、産経紙がびっくり仰天しない論文もあったということだろう。
多様な意見が掲載されているということではないのか?そういう自由は担保されるべきではないのか。それとも、政府見解と一致しない意見を言うものには言論の自由は保障されていないのか?


>この論文の筆者の名をみて、さらに仰天すると同時に、ある面、納得した。
> 国際問題研究所の英文編集長の玉本偉氏だというのだ。玉本氏は在住の長い米国のその筋では知る人ぞ知る、日本政府の対外政策をたたいてきた過激な左派学者である。

「過激な左派学者」というレッテル貼りで、読者に偏見を持たせるのが狙いか。
小泉が自分の意見に反対する者に「抵抗勢力」というレッテルを貼ったのと同じやり方だな。
それに、上の方で

>同論文には日本の現実派の思考を「反歴史的想像」と呼び、戦後の日本国民の戦争観を「記憶喪失症」と断ずるなど、全体として米欧の左派系や中国の日本たたきに頻繁に使われる扇情的、情緒的なののしり言葉があまりに多い。

と書いていたが、人のことを言えないのではないか?
「過激な左派学者」という言葉と、「反歴史的想像」とか「記憶喪失症」という言葉、どちらが「扇情的で情緒的なののしり言葉」だろうか?

研究所の理事長は、自分の身のかわいさゆえに「反省を表明」したのだろう。難しい立場なのはわかる。しかし、外圧に屈して言論の自由を放棄してしまっては、「研究」などできない。
反省を表明したことで、立場の上では救われたかもしれないが、精神の自由、研究の自由は失われてしまったということだ。

これからはこういう「事件」が多発するようになるのかもしれない。
その時に、今回のように安易に言論を放棄してしまわないことが重要だ。

安易に放棄する例が続けば、言論を封殺する傾向はますます強まるだろう。
そして、人々は封殺に遭わないために「自己規制」してモノを言わなくなる。

その先にあるのは、「沈黙の国、日本」か、「熱狂ファシズムの国、日本」のどちらかだ。

言論の弾圧に対しては、言論で応戦しよう。
そうやって、国民自らの手で言論の自由を死守していこう。

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