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JMM [Japan Mail Media]   「戦争の風景7:傷跡」   安武塔馬 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 8 月 20 日 04:52:17: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2006年8月20日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.389 Extra-Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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■  『レバノン:揺れるモザイク社会』 第29回
   「戦争の風景7:傷跡」


 ■ 安武塔馬 :ジャーナリスト、レバノン在住


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■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』                第29回
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「戦争の風景7:傷跡」

シヤーハ地区にて

 1ヶ月半ぶりに単身ベイルートに戻った翌日、8月16日。

 イスラエル軍の空爆で50名を超す犠牲者が出たシヤーハ地区と、戦争中を通じて
サンドバッグのように滅多打ちにされたハーラト・フレイク地区を訪れてみた。

 シヤーハ地区はアマルを支持するシーア派住民の居住区で、ベイルート市中心部か
らダマスカスに向かってのびる国際道路の西側にある。同じ道路の東側はキリスト教
徒地区だ。内戦中にはこの国際道路はシリアが実効支配する西ベイルートと、キリス
ト教徒が支配する東ベイルートの境界線(通称「グリーンライン」)になっていた。
境界を挟んで激しい砲爆撃の応酬が行われたため、現在でも道路の両側には弾痕で蜂
の巣状態になった建物の残骸が並ぶ。

 しかし、いずれの残骸も古く、弾痕は明らかに内戦時代のもので今度の戦争による
被害ではない。それどころか表通りでは最新の巨大複合商業施設「ベイルート・モー
ル」の建設が進んでいるし、レストランや菓子屋などの商店も普通に営業している。
今度の戦争でほとんど空爆被害は受けていないようだ。内外のテレビで放映された虐
殺現場の建物は表通りには見当たらない。

 セルビス(乗り合いタクシー)の運転手に「どこまで行くんだ」と促されて、「イ
スラエルの空爆を受けた建物まで行きたい」と答えた。運転手は「それならここだ。
ここからちょっと内側に入ればいい」と言ってその場で下ろしてくれた。

 言われたとおりに大通りを外れてしばらく内側に向かって進む。全般的に貧しそう
だが閑静な住宅区域で、それらしき建物は見えない。商店が一軒開いていたので、そ
この老人にアラビア語で尋ねた。

 老人はアラビア語で答えず、英語で「ドゥーユースピーク…」と逆に問うてくる。
アラビア語で尋ねているのにこんな風に外国語で返答が返って来るのは、その本人が
周りの人に外国語が出来るところを見せびらかしたいか、あるいは周りの人に聞かれ
たくない話をする場合だ。もし後者なら、結構本音が聞けるかもしれない。

 私は期待して、そしててっきり英語が出来るのか、と尋ねられたのだと思って、
「イエス、アイ・スピーク・イングリッシュ」と返答した。すると老人は首を振っ
て、「ノー。スパニッシュ。ドゥー・ユー・スピーク・スパニッシュ?」と尋ねる。
なんでスペイン語なのか戸惑ったが、私は若いときにスペイン語圏を長く旅して日常
会話程度ならなんとかなるのでスペイン語で応じた。

 おじさんはスペイン語が通じると知って嬉しいらしく、こちらに質問をさせてくれ
ずにお前はどこから来たのだ、そうか日本か、じゃあ日本のどこだ、と矢継ぎ早に質
問してくる。ひととおりそれに答えてから、こちらから爆撃現場はどこだ、と訊く
と、すぐそこだ、連れて行ってやる、と言って同行してくれた。

 現場に着くまでの間に、今度はこちらから、「どこでスペイン語を習ったのです
か?」と尋ねると、老人は「ベネズエラに住んでいた」と言う。ベネズエラと言え
ば、反米がウリのチャベス大統領が今度の戦争でイスラエルを激越な調子で弾劾、た
だ一カ国、抗議の意思表示のため駐イスラエル大使を召還した上、断交措置をとって
いる。そのためアラブ諸国やヒズボッラー支持者の間では人気沸騰中だ。

「ベネズエラですか…チャベス大統領はなかなか思い切った立場を取りましたね」と
言うと、老人は我が意を得たり、といった表情で「そうだ。よくぞやってくれた。そ
れに対して米国は何だ。イスラエルは何だ。奴らは犬だ。最低最悪の犬みたいなやつ
らだ」穏やかな印象の老人だったが、そんな激しい言葉が口を突いて出てくる。

 ほんの5分も歩くと、倒壊したアパートが見えてきた。四方を囲む周りのアパート
群は、いずれも頼りなくみすぼらしいつくりではあるが、普通に建っている。その中
で二軒分のスペースだけがそっくり瓦礫の山になっている様子が異様だ。

 私が訪れた時間には、ブルドーザーとショベルカーが瓦礫の撤去にあたっていた。
粉塵がものすごく、現場に近づくと髪はすぐに灰色になり、埃が目に入って痛い。最
寄のゴベイリ市役所の放水車が来ていて、瓦礫にむかって水の放擲を続けている。そ
うしなければ、ショベルカーが動く度にものすごい量の粉塵が巻き上がり、あたり一
面が真っ白になってしまう。

 写真撮影に適した角度を探して、通りから離れ、瓦礫に隣接するアパート地階のガ
レージを通り抜けた。通り抜けるとき、その建物のつくりの粗雑さが気になった。こ
んな安普請で、しかも隣のビルが倒壊するほどの衝撃を受けているのであれば、この
ビルだっていつ倒壊してもおかしくない…そんな考えが頭をよぎる。怖くなって駆け
抜けた。

 ビルの裏側に入り込んで写真を撮り始めると、近くの住民らしき別の男が寄ってき
て、瓦礫を指差しながら「あの下にはまだ妊婦を含め4人が埋まっているんだ」と耳
打ちしてくれた。一瞬、背筋が凍りつくような思いをする。さらに男は放水車を指差
しながら、「ゴベイリ市役所が放水車を出している以外、虐殺が起きてから今日まで
政府は何にもしてくれない。救援作業も、瓦礫の撤去も」と、政府の対応の遅さに不
満をぶつけた。

 ヒズボッラーは停戦の翌日には、もう党員を動員して家屋を失った人に当面の家賃
補助として一世帯12,000米ドルもの金額を、しかもキャッシュで配るという機敏な対
応を見せている。これでは民心が政府ではなく、ヒズボッラーと、そのスポンサーの
イランになびいたとしても無理は無い。

 それにしても周りの建物のところどころに緑色のアマルの党旗や、ベッリ党首(国
会議長)の肖像が掲げられていて、ヒズボッラーの黄色い旗はまったく見当たらな
い。しかもシヤーハ地区全体で、狙われたのはここだけだ。一体どうしてこのビルが
標的になったのか?「どうしてここが狙われたのかって? こっちが聞きたいくらい
だ。あのアパートには避難民がいっぱい逃げてきていた。どうしても彼らを殺した
かったのか、さもなければ、イスラエルの内通者が居て、あのビルにヒズボッラーの
活動家が居るとでも通報したのか、どちらかしか考えられない」近くの商店主は私の
問いにそう答えた。

 アマルの支持者からなら、今度の戦争のことでヒズボッラーを批判する声も聞ける
のでは、と期待していたのだが、シヤーハで私が聞いたのはこんな風にイスラエル批
判ばかりだった。やはりイスラエルは理不尽な殺戮によって、シーア派国民を一層反
イスラエル感情で団結させてしまったのではなかろうか。

ハーラト・フレイク

 シヤーハを後にして、ハーラト・フレイクに向かう。シヤーハから数キロ南西方向
に入ったところだ。そこにヒズボッラーの議長府、最高議決機関のシューラ委員会、
広報センター、アル・マナール・テレビ、巨大な集会場「殉教者の主」センターな
ど、ヒズボッラー関連施設が集中する。文字通りヒズボッラーの神経中枢とも言える
地区だ。もっとも、それらの施設はことごとく爆破されて消滅し、主な指導者も未だ
に地下に潜ったままであるが。

 この一角は、普段は一種の治外法権地域であり、レバノン国軍兵士や警察と言えど
も立ち寄れない。そのかわりにヒズボッラーの名にし負う強力な情報機関が治安維持
に目を光らせている。一見、何の変哲もない普通の町で、普通の市民生活が営まれて
いるのだが、ここで迂闊にカメラを取り出して一枚でも写真を撮ろうものなら、たち
まちヒズボッラーの治安要員がやってきて、厳しい取調べを受けることになる。

 しかしこの日は違った。イスラエルの暴虐さを訴えるために、この一角の凄まじい
被害状況を内外の人間に知ってもらう戦術なのであろう。そこかしこにヒズボッラー
の党員とおぼしき男たちが立って周囲に目を光らせているが、行き交う人々が廃墟と
化した町をカメラやビデオにおさめるのを黙認している。

 最初に入ったのは殉教者ハーディ・ナスラッラー通り。ハーラト・フレイクの中心
を貫く片側三車線の広壮な道路で、ヒズボッラーが軍事パレードに用いる場所だ。中
央分離帯に立ち並ぶ電柱にはこれまでに殉教=戦死したヒズボッラー戦士の肖像が掲
げられている。ちなみに、通りの名前はナスラッラー議長の戦死した長男にちなん
で、故ハリーリ首相が命名した。余談ながらナスラッラーが支持者の間で神の如く尊
崇される理由のひとつに、最愛の息子を解放闘争に捧げた事実がある。

 この目抜き通りの両脇に並ぶ高層アパート群の多くは上部を破壊されるか、完全に
崩落するかで、原型をとどめていなかった。道路に面した地階には大抵レストランや
商店が入っているが、無傷というケースはほとんどない。ガラス窓がことごとく粉々
に割れ、店内の家具や機器が路上に散逸している。そこかしこで商店主たちがガラス
の破片や瓦礫を掃き集めており、通り全体がマスク無しでは歩けないほどに粉塵に覆
われている。

 記憶をたどり、ナスラッラー通りから一本だけ中に入ったビルをたずねた。そこの
五階にヒズボッラーの機関紙「アハド・アル・インティカード(批判の時代)」の事
務所がある。同紙のI編集長とは、大学で同じ講座を一緒に受講して以来5年越しの
つきあいだ。英国で修士号をとったIは、ヒズボッラーのスポークスマンとしてBB
Cなど英語圏のメディアにもよく出演するが、戦争が始まって以来電話は不通になっ
ており、まったく連絡がとれない。事務所を不意に訪問すれば会えるかも、と思った
のだ。

 幸いビルのエレベーターは稼動していた。5階までのぼって事務所を訪問したが、
やはり誰の返事も無かった。諦めてまたエレベーターに乗った。その中で、ふと「こ
んな中で閉じ込められたまま死にたくはないな」という考えが頭をよぎった。空爆で
命を奪われた人たちの中には、いつものようにエレベーターに乗って部屋に戻る途中
だった人も居ただろうし、シャワーを浴びていた人も、食事の準備をしていた人も居
ただろう。きっと多くの人がいつもと何もかわらない普通の営みの真っ最中に、何故
死なねばならぬのかと問う暇すらなく、一瞬にして命を落としたに違いない。

 濛濛と巻き起こる粉塵の中を、じりじりと焼き付ける真夏の陽の光を浴びながら、
ナスラッラー通りを南下する。行きつけの喫茶店も、瀟洒なデザインで開店したばか
りの銀行支店も、変わり果てたグロテスクな姿になっていた。高架道路の片側車線分
が数メートル下の地上までずどんと割れ落ちている。崩壊した建物のそこかしこから
鉄筋がむき出しになり、コンクリートの塊がそれにぶら下がっている。

 巨大な「殉教者の主」センターとその周囲の徹底した破壊ぶりはもはや壮観とでも
言うべき光景だった。10階建て以上の豪華な高層マンションが何軒も並ぶが、いず
れも原型をとどめていない。あるものは一面だけが崩落した状態で、あるものは全面
が瓦礫の中に埋もれて、辛うじてもとの場所に残っている。そう、残っているだけ
だ、まったく別の物体として。怪獣映画の一シーンか、前衛建築でも見ているような
シュールな光景だ。

 そんな瓦礫の上に、レバノン国旗やヒズボッラーの国旗が何本か翻っていた。

 粉塵の中を妙齢の女性の二人組みが近づいてくる。まるでイランか湾岸諸国の女性
のように、二人とも顔面を残し、全身をすっぽり真っ黒の貫頭衣で覆っている。さら
にその上に、二人とも黄色いヒズボッラーの党旗をマントのように羽織っている。

 神々しいほど爽やかな笑みを浮かべた左側の女性は、ナスラッラー議長の肖像を誇
らしげに掲げている。まわりを行き交う人びとは、みんなマスクをするか、粉塵にむ
せんでいるというのに、この二人は粉塵などまったく気にならない様子だ。これも信
仰の力なのであろうか?

 二人の昂然とした態度に、なるほど、これがヒズボッラーの強さなのだ、イスラエ
ルも大変な敵をつくってしまったものだ、と思った。

 この二人と、ハーラト・フレイクの廃墟の写真は拙HPでご覧になれますのでご訪
問下さい。

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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ
ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。
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JMM [Japan Mail Media]                 No.389 Extra-Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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