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JMM [Japan Mail Media]    「シーア派レバノン人」  安武塔馬 
http://www.asyura2.com/0601/war84/msg/118.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 8 月 29 日 18:56:47: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2006年8月28日発行
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JMM [Japan Mail Media]                  No.390 Extra-Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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■  『レバノン:揺れるモザイク社会』 第32回
   「シーア派レバノン人」


 ■ 安武塔馬 :ジャーナリスト、レバノン在住


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■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』                第32回
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「シーア派レバノン人」

戻って来た日常

 24日から、8日ぶりに単身ベイルートに出て来た。

 渋滞を避けて午後4時半にブシャッレを出たのが正解だったらしい。迂回路でもほ
とんど渋滞に巻き込まれることなく、2時間半ほどでベイルートに着いた。瀟洒なダ
ウンタウンのカフェテリアやレストランには灯りが点っている。まだまだ客の人影は
まばらで、経営は厳しいだろうが、店が開いたことだけでも大きな前進だ。

 ハムラ通りに入るとスターバックス・コーヒーも営業を再開していた。真偽のほど
は知らぬが、アラブ世界ではスターバックスは社主が熱烈なシオニストでイスラエル
支援者ということになっている。反米、反イスラエル感情が沸騰していた戦時中はそ
のためどこの支店も営業を中止していた。

 停電問題はかなり改善された。イスラエルが発電所の燃料タンカーの接岸を認めた
ことと、シリアからの送電線の補修が済んだせいらしい。24日は夜零時を過ぎると
朝6時までまったく電気が来なかったが、25、26日にかけては夜中に一度も停電
せず、26日朝に二時間程度の停電があっただけ。これで安心して肉類や牛乳を買え
るようになった。

 10日ぶりに訪れたダーヒヤ(ベイルート南郊外)では、予想以上に復興作業が進
んでいた。ガラスの破片やコンクリの塊が掃き集められ、マスクなしでも気にならな
い程度に粉塵が減った。崩れかけた建物の取り壊しも進み、随所に瓦礫が集められて
いる。粉塵をものともせずにヒズボッラー党旗を掲げて歩く女性の話を第29回で紹介
したが、彼女たちを撮影した道路にも、瓦礫が積み重ねられていて通行不能になって
いた。「殉教者の主」ホールを撮影していると、ヒズボッラーの警備員に呼び止めら
れ、撮影は民家の方向だけにしてくれ、と注意された。ヒズボッラーの治安要員がよ
そ者に目を光らすのがダーヒヤの本来の姿であり、日常だ。それが戻りつつある。

 14日の停戦発効以来、一体いつまた本格的な戦闘が再開されるのか、と落ち着か
ない思いをしてきたが、ここ数日間で、ようやく「ああ、これで戦争はともかく終わ
ったんだ」という実感が湧いてきた。

 スターバックスが開いたり、アパートの停電が減ったこともその理由であるが、外
的な理由もある。24日の夜、フランスが従来の姿勢を軟化させ、2.000名規模
のUNIFILへの派兵を決定、翌25日のEU外相会議ではフランスに引きずられる
ように各国が相次いで派兵の意思を表示した。イタリア軍の先遣部隊は29日にも展
開を開始すると言う。同じ29日にはストックホルムで西側諸国がレバノン支援会議
を開催、それに対抗するかのようにイランも独自にレバノン復興支援を行うらしい。

 米国やイスラエル、フランス、シリア、イランなど、各国の利害のために戦場とな
り、無茶苦茶に破壊されたかと思うと、今度は各国が争って派兵や復興支援を申し出
る…レバノンというこの小さな、しかし魅力的な国と、そこに住む人々は常にそう
やって他人の勝手な思惑に翻弄される。

 ヒズボッラーが武装解除に応じる姿勢を見せないこと、イランが国際社会に挑戦す
るかのように26日に重水製造施設を稼動させたことなど、不安要因は残っている
が、拡大UNIFIL部隊の展開が始まれば、戦闘再開のリスクは確実に軽減される
はずだ。

あるシーア派聖職者のコメント

 26日、LBCテレビにティールおよび南部地区のシーア派ムフティ、アリ・アミ
ーン師が出演していた。ムフティとは宗教令「イフター」を発出する権限を持つ高位
聖職ポストである。そのアミーン師が、ヒズボッラーを辛辣に批判する。例えば、ヒ
ズボッラーが第五次レバノン戦争を「歴史的・戦略的な勝利」と位置づけていること
に対して「これだけレバノン国民に災厄をもたらしておいて、何が勝利なものか。な
るほど、ヒズボッラーの戦士は勇敢に戦って、イスラエルの攻撃をしのぎ、敵にも損
害を与えた。しかしその何倍もの損害をレバノン全体が蒙ったのだ」、こんな具合だ。

 言うまでもなくLBCはLF系列で、反シリア、反ヒズボッラーを基本姿勢とする
メディア。またアミーン師は内戦中にヒズボッラーやアマルなどの政党が台頭したた
め、かつての権勢を失ったシーア派名家の出身だ。LBCがアミーン師のような人物
を出演させ、ヒズボッラー批判の論調を打ち出すのは当然とも言える。しかし、そん
な事情を割り引いても、アミーン師の話には説得力があった。

 アミーン師はヒズボッラーが人質拉致作戦を政府とも調整せずに実行に移し、レバ
ノンを戦争に引きずり込んだと批判する。「これは市井の人が言っていたことだ。
『世界で一番高価な人間はだれか? それはイスラエルの獄中に居るレバノン人政治
犯だ』。ヒズボッラーはわずか3人の政治犯の釈放を勝ち得ようとして、イスラエル
に今度の戦争を引き起こす口実を与えてしまった。その結果、1000人以上が殺さ
れ、何十億ドルもの損失を蒙った」。なお、26、27日にはナスラッラー議長とナ
ンバー2のナイーム・カーシム師が潜伏先で相次いでメディアのインタビューに応
じ、「イスラエルの出方を読み誤った。人質拉致作戦に対して、イスラエルは限定的
な空爆で報復するだけであり、紛争は最長で3日間だと判断していた。まさかあれほ
ど激しく野蛮な攻撃をしかけてくるとは思わなかった」と、ヒズボッラー指導部に状
況判断の誤りがあったことを率直に告白している。

 「シーア派以外の人は、シーア派はみんなヒズボッラーを支持していると考えてい
るが、決してそんなことはない。シーア派国民であっても、ヒズボッラーが国家内国
家として、独自に武装をし、勝手に戦争を始めることについてはおかしいと思ってい
る。ヒズボッラーの武装継続か、或いはヒズボッラーは武装解除し、南部においても
国軍に治安維持を委ねるか。いま国民投票をすれば、シーア派国民の圧倒的多数が後
者を選択するはずだ」、アミーン師はそう断言する。

レバノン国家とシーア派

 果たしてそうであろうか? 本当のところ、レバノンの人口の3〜4割を占めるシ
ーア派住民は、いったい第五次レバノン戦争をどう評価しているのであろうか? ヒ
ズボッラーの武装問題や、イランとの関係についてどう考えているのか?

 アミーン師の番組を見た後に乗ったセルビスの運転手は、こちらから尋ねたわけで
もないのに、「俺は南部の最前線の村出身のシーア派だ」と名乗った上で、「ハリー
リ派やLFなど、反シリアの連中はレバノンをアメリカやイスラエルに売り渡そうと
している。そうはさせない」と力説する。ダーヒヤやシヤーハでも、ヒズボッラーを
断固支持するシーア派に何人も会った。しかし、何の罪も無いのに戦争に巻き込ま
れ、家を潰され、職を失い、家族を奪われたシーア派住民の中には、ヒズボッラーに
対する恨みの声があってもおかしくない。周囲の手前、大きな声で言えなくとも、ア
ミーン師に内心共鳴する人たちだって少なくないはずだ。

 実際のところ渦中に居るシーア派の人々の真情を、単純化して表現することは難し
い。しかし、ハリーリ暗殺事件以来、レバノン国民の大多数が反シリアに傾き、レバ
ノン一国主義的な立場をとる中で、シーア派は概ね反対の立場をとり、逆にシリアや
イランに傾斜してきたのは事実だ。とすれば、やはりアミーン師より、上述のセルビ
ス運転手の方が、シーア派の最大公約数的な意見の持ち主と理解すべきだろう。

 どうしてそうなのか? そこを理解するために、レバノンという国家の成り立ち
と、そのレバノン国家におけるシーア派の地位について、一度振り返っておきたい。

「レバノン」の語源はセム系言語で乳白色を意味する「ルブナーン」。赤茶けて乾燥
した荒野が広がる中東の中で、雪に覆われた3000メートル級の高峰は、驚嘆の対
象だった。そこでこのレバノン山脈地帯を指して「レバノン」と呼ぶようになった。

 おわかりであろうか? 元来「レバノン」とはレバノン山地のことであり、トリポ
リやベイルート、サイダ、ティールなどの海岸部、あるいはバアルバックなどベカー
高原は、「レバノン」ではなかったのだ。

 このレバノン山地の元の住民はイスラームの一派(だが、正統派のスンニ派からは
異端視された)のドルーズ派と、キリスト教の一派のマロン派だった。中東ではキリ
スト教の主流はギリシア正教など東方正教会だから、カトリック系のマロン派も、中
東キリスト教社会の中では異端視されていた。峻険なレバノン山地は異端視されたこ
の二宗派にとって、安住の地だったのだ。日本で言えばさしずめ平家の落人部落か、
隠れキリシタンの里と言ったところか。

 第一次世界大戦後、ここを委任統治したフランスは自国と同じカトリックのマロン
派を中心に、つまりレバノン山地を核にして、独立国家レバノンをつくる。その過程
で、トリポリやベイルートなど、海岸のスンニ派の都市、ベカーや南部などのシーア
派地区も「レバノン」に編入された。こうして、複雑極まりない多宗派混交のモザイ
ク国家、レバノンが生まれた(正式の独立は第二次世界大戦中の1943年)。

 建国当初、この新国家の中核を担ったのは、レバノンでも最も都市化され、教育水
準も高いマロン派とスンニ派だった。大統領はマロン派、首相はスンニ派というこん
にちに連なる不文律もこの時期に生まれた。

 人口で三番目(当時)に多かったシーア派は、国会議長ポストを与えられる。しか
しベイルートを中心に政治・経済が発展していく中、シーア派農民が暮らす僻地のベ
カーや南部ではインフラ整備が遅れた。中産階級も育たず、レバノン社会におけるシ
ーア派の地位は人口比の割には不当に低いままだった。レバノン国家が発足した当初
から、シーア派社会はスンニ派やマロン派が主導する国家に対して、根本的な不信感
を抱いていた。

 レバノン国家に対するシーア派国民の不信感と恨みは、パレスチナ問題の進展とと
もに一層深まる。難民となったパレスチナ人が住み着き、ゲリラの拠点となり、それ
故にイスラエルの攻撃にさらされたのはもっぱら南部だったからだ。南部のシーア派
住民は、我が物顔に振舞うパレスチナ・ゲリラの横暴と、問答無用で報復してくるイ
スラエル軍によって二重に痛めつけられる。そしてレバノン国家はシーア派住民を、
PLOからも、イスラエルからも守ってくれなかった。

 ヒズボッラーは1982年のイスラエル軍侵攻の後に生まれた。自分の土地を占領
されたシーア派住民の武装闘争と、革命の輸出先を探すイランと、イスラエルや米国
への反攻の機をうかがうシリアの三者の利害が一致したのである。ヒズボッラーはそ
の後18年の武装闘争を戦い抜き、南部を解放した。

 武装解除に頑として反対するヒズボッラーの支持者は、こう言う。「武装解除すれ
ば、レバノン国軍が本当に自分たちを守ってくれるのか? レバノン政府はイスラエ
ルに捕まった政治犯を釈放してくれるのか?」イスラエルの脅威に直接さらされてい
るのはシーア派だ、スンニ派や、キリスト教徒、それにドルーズ派は、結局のところ
安全地帯に居るではないか…シーア派国民の心の奥底には、そんな根強い被害者意識
がある。それを解消しない限りシーア派国民と他の国民との間の意識のギャップはな
かなか埋まらないだろう。

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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ
ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。
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JMM [Japan Mail Media]                 No.390 Extra-Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部(2005年8月1日現在)
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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