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バグダッドと情報戦(前編) エリック・メイ大尉が明かす/アラビアニュース
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投稿者 white 日時 2006 年 9 月 10 日 19:17:44: QYBiAyr6jr5Ac
 

□バグダッドと情報戦(前編) エリック・メイ大尉が明かす/アラビアニュース

 http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/1cb9414a89187441e3ab6060f6c49b42

バグダッドと情報戦(前編) エリック・メイ大尉が明かす/アラビアニュース

米国の著名なジャーナリスト、マルコム・ラゴーシュが Ukurnet.info経由で記述。 2006年8月21−22日
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イラクに対して進行中のアメリカの戦争では、出来事の本質にたどり着けていないという思いの残る事が常に起きている。多くの場合、調査をしてみると答えがでるものだが、やりかけの仕事のままで、最後まで残るものがあるものだ。

そうした苦境状態になっているものの一つが2003年4月始めのサダム国際空港(後に、アメリカによってバグダッド国際空港と命名された)掌握だ。様々な国々の大手報道機関のニュースを多数読んでみた。大半は空港は簡単に掌握され、アメリカ側の死傷者は僅かだと書いている。

だが、報道には食い違いと、矛盾する意見とがあった。当初、大半の報道機関や刊行物はアメリカ軍が空港に到着した際に激しい戦闘があったと報道していた。そして沈黙だ。およそ四日後、空港はアメリカの手に落ちたと知らされた。だが本当に報道機関が書いてある通り、たやすいものだったのだろうか?

ロシアの報道機関は、激しい戦闘があり、そこで多数のアメリカ兵士が死んだと報道していた。アラブ報道機関の中には双方の側に多数の死傷者が出た血まみれの戦闘だという報道があった。こうした報道はアメリカやイギリス側の報道とは全く反対だ。

私にとって、大衆がごまかされていると思うのはたやすいことだったが、ジャーナリズムでの経験から、風変わりに見えるある種の情報には注意し、判断をする前に問題を良く調査することが必要と思えた。私たちは不法な2003年3月のイラク侵略に反対する人々、賛成する人々がインターネットのウエブに書いている途方もない主張を読まされている。いわくサダムは9-11攻撃の黒幕だった。いわくサダムとCIAがイラクの侵略を企んでいた。いわく聖書は侵略を予言していた。等々。

1991年に、アメリカが何千人もの兵士を失った戦闘のテープを聴いた。背景の雑音は射撃音や爆発音がやかましかった。(おそらくは現場の)ナレーターはアラビア語で話し、アメリカ人がハエのように倒れて行く様を語っていた。このテープは1991年の湾岸戦争の停戦後広く流布した。マスコミは何万人ものアメリカ兵士の死を報道していないことを示すための物だったろう。これはサウジ・アラビアの市民がしでかした詐欺でした。

また、禁輸期間中にイラクを訪れては子供達にテディーベアを贈っていたアメリカ人の看護師が、太平洋上の小島に湾岸戦争で亡くなった20,000人のアメリカ兵士が密かに埋葬されていると言ったのだ。私がそのことを知らないことを彼女は痛罵した。これも又、詐欺だった。

数週間前に、アメリカ陸軍に14年間つとめた経歴の持ち主エリック・メイ大尉が書いた記事を読んだ。彼は、サダム国際空港で始まったバグダッドの戦いは、これまで報告されてきた以上に、アメリカ軍にとってはるかに壊滅的なものだったと主張している。彼の記事を掲載している様々なウエブ・サイトを読んで私は信服した。彼は売名に励んでいる陰謀論者ではない。しかも(私自身を含めて)イラクについて書いているわずかなライターしか持ち合わせない知識を持っている。軍事戦術とアメリカの軍事諜報の分野に関わる深い専門知識だ。彼に電話をしてインタビューをする価値があろうと思いついた。その同じ日に、私たちは一時間以上も話し込んだので、その会話を二部に分けて公開する。

インタビューに入る前にメイ大尉の略歴をご説明しておきたい。氏はアメリカ陸軍に1977年に入隊し14年勤務した。メイ大尉は最終的には上級の諜報教育を受け、主として旧ソ連からのメッセージの解読に長年過ごした.

1990年に退役してヒューストンのマウント・カーメル高校で外国語(ラテン語、ギリシャ語およびロシア語)を教えた。同校で一度、年間最優秀教師に選ばれたこともある。1995年、仕事を変えて、テキサコ、コンパック、ヒル&ノウルトン等の一流企業の幹部向けフリー・スピーチライターになった。同時に氏はヒューストンにあるNBCの子会社、KPRCテレビにも記事を寄稿している。さらに氏はヒューストンの日刊新聞二紙にも寄稿している。ヒューストン・ポストとヒューストン・クロニクルだ。

ML: どういう理由から、バグダッドの戦い、とりわけ空港での戦いに疑念を持ち始めるようになったのかお話しください。

CM: 2003年4月4日金曜日、武術の授業から帰宅したところでした。バグダッドでは4月5日朝にあたっていたはずです。そしてアメリカ中部標準時の午後9時すぐにCNNで見たのは、バグダッドが包囲されているというものでした。アメリカは、包囲して各個撃破すべく軍隊を貼り付けていて、第101空挺師団も送り込んでいたかもしれません。

そこで突然爆発のレポートがあり、CNNはすっかり混乱したように振る舞いはじめ、そうなることを知らなかった様子でした。私は上級軍人で諜報部広報課の経験がありますから、それが予期しない遭遇戦であることが良く分かりました。まもなくマスコミは空港で大爆発があったと言い始め、次には従軍中のCNNのウオルター・ロジャースに任せたのです。彼がバグダッド空港から放送する時には、火砲が彼のハンビーの周辺に当たっているのが聞こえ 小火器の砲撃がハンビーに当たっているのまで聞こえたのです。はっきりビュン、ビュン、ビュンと。それでアメリカ軍はひどく攻撃されているのだということが私は良く分かりました。

まだバグダッドの夜明け前のことでした。夜明けには、3/7機甲部隊司令官テリー・フェレル中佐がCNNの夕方報道でテレビに登場し、バグダッド空港では万事順調だと言おうとして泣き崩れたのです。これでバグダッドを包囲したアメリカ陸軍師団の第3歩兵師団に参加していた3/7機甲部隊の偵察部隊が、バグダッド空港で接近戦に遭遇する羽目になったと分かったのです。それが当時私が把握したことです。

翌日、CNN様々なマスコミの報道の事実にはかなりの矛盾があると言っていました。アラブのマスコミは空港では200人のアメリカ兵士が死んだと報道していました。ロシア情報部は数十人が死に、本格的な戦闘になっていると報道しました。アメリカのマスコミは、(イラク側に捕まった米女性兵士)ジェシカ・リンチが救出されたという報道をしていました。

ML: 外国のマスコミが血まみれの戦闘について報道し、アメリカのマスコミが空港については沈黙を保ちながら、ジェシカ・リンチの救出を強調しているのをどう説明されますか?

CM: 私にとっては、その時点では済んだ話でした。バグダッドの戦いは4月5日から4月8日まで基本的に遮断されたのです。4月9日がサダム像引き倒しで、これは極めて効率的なバグダッドの戦いを象徴しています。しかしこれは実はプロパガンダ用の幕引きでした。引き倒しはやらせで、そこに居合わせたわずかな人数のイラク人もイラク人ですらなかったと聞いています。

ML: バグダッドの戦いになぜそれほど情熱をお持ちなのでしょう?

CM: バグダッドの戦いのプロパガンダ隠蔽工作、私たちがBOBCUP (バグダッドの戦い隠蔽) と呼んでいるものは、国防省広報の業務において我々が従っている
アメリカ合衆国の情報に対する原則に対しあまりに際だって反していて、言語道断なほど方針から外れています。そこで私は自らを道義心の戦いに動員することにしたのです。基本的に、あの時点で、我々が独裁下にあるということが、私にとっては明白でしたから。一つの戦闘丸ごとの出来事を押し隠し、それを戦いが終えたずっと後も押し隠し続けるというのは …そう「ああ、イラク人には、わが軍の兵士がどこにいるかは教えたくなかったのさ」というような事なら言えたかも知れません。しかしそれを出来事の後、何ヶ月も何ヶ月も、何年も言い続けることは不可能です。

バグダッドは始まりでした。私の経歴は上々です。陸軍での現役時代も、予備役時代も。最後の仕事は一般幕僚でした。私は広く経験を積んでいるのです。バグダッドのおかげで、私はこの戦争の観察と分析者から、我々が大衆に本当の情報を送り届けるための「情報戦」と呼んでいるものの参加者になってしまいました。

ML: 「情報戦」になる条件をご説明ください。

CM: 全体像にうまく当てはまらないあらゆる情報を全て制限してしまおうとする連中のやる気が極めて明らかに思えたのです。はっきりしておきましょう。我々が教科書で習って育った政府の制度全体「政府を誠実なものにしておくための三つの制度」が実際には二極型の政府になっています。そこには私が「キング・ジョージとブッシュ・リーグ」と呼んでいる帝国主義者の政府幹部がいて、国を支配しています。マスコミは宣伝省のように、政府の言い分を伝えるだけです。三角形の他の二つの制度、政府の立法機関と司法機関は、ただ単に見栄えを良くするためにだけ存在しているのです。連中はいかにも民主主義であるかのように見せるためにそこにいるのですが、実際は民主主義ではありません。(アメリカ人でない読者への注:アメリカでは「ブッシュ・リーグ」という表現は、マイナーリーグ=二流ということを意味する。メイ大尉はこれを二重の意味で使っている。ブッシュというのは大統領の名でもあり、マイナーリーグ=二流というのにもぴったり当てはまる。ML)

ML: あなたは、他のごく少数の、自分で物事を考えられる人々と同様に、侵略の結末を文に書いて予言されています。詳しくご説明ください。

CM: ヒューストン・クロニクル紙に戦争分析を1992年から寄稿していて、この泥沼を予言しています。物事が当然の方向に立ち至った今にしてみれば、アメリカがバグダッドに迫っていた2003年4月3日に私が書いたことは、自明のことのように思えます。これは「流砂戦争」と呼ばれるようになるだろう、とヒューストン・クロニクルに書いたのです。これは流砂になってしまうよと。今や、そうなってしまったのはあまりに明らかです。でも、記事を編集者に渡した時、彼は私を笑って、アメリカ陸軍が翌日にもバグダッドに迫ろうとしているのですから、この記事であなたは評判を失ってしまいますよ、あなたは間違ってますよ、と言ったのを覚えています。

軍務についたことが全くない多くの人々同様、バグダッドに到着して、敵の首都を制覇すれば、敵はあきらめるだろうと彼は自動的に思ったのです。けれども、その時迄三十年間ものあいだ軍隊にいて、三十年間も兵法を研究したものにとって、首都を制覇したから戦争は終わりなのだろうかと思えたのです。ナポレオンの本も読みました。モスクワへの往路、人々はやはり同じことを言っていたのです。

ML: 当時のイラク人レジスタンスについてのお考えはどうでしょう? アメリカの侵略前に、レジスタンスを組織していたことを知っていた人々はごくわずかでした。

CM: バグダッドの戦いの隠蔽工作を調べる時、それも隠蔽工作対象の一部でした。イラク人レジスタンスの報告で、彼らがレジスタンス活動の準備をしていることを知っており、バグダッドの戦いが起きている時に気がついたのです。イラク軍人のみならずサダム・フェダイーンの様な集団も参加していました。

現地の住民にゲリラ戦のやり方を教えるのは、二人だけでデートしているティーンエージャーにセックスのやり方を教えると言っているようなものです。そのままにしておけば、連中は必然的にあらゆることを見いだしてしまうのです。ゲリラ戦を始めるとすぐ、攻撃や国の支配に関与するようになりますが、この作戦で最も輝かしい仕事は、最初の攻撃時から五分五分にしようとしている人々から出てくるのです。

レジスタンスは計画されており、私が調査した所では、彼らはバグダッドの戦いのような早い時期からアングラのニュースレターを発行していたのです。ある戦闘や、ある軍事事実をもみ消しても一時しのぎにしかならず、長期的な問題になってしまいます。政権は、戦争はうまく行っていて、決定的な結果を得たという言明に入れ込みすぎるようになります。その結果、全体の枠組みがゆがんでしまいます。軍事的な意味で誤った政策を始めてしまうのです。軍事上の現実をあまりに無視してしまうと、軍隊を台無しにしてしまうのです。

私はケーシー駐留地にはコネがあります。シンディー・シーハンの息子さんのケーシーは2004年4月4日に死にました。皮肉なことです。バグダッドの戦いの一周年記念日に彼は亡くなったのです。自分は兵学校を終えたばかりだと想像してみてください。イラク人がおおごとを演じて、アメリカと戦って釘付けにした大きな戦闘の一周年記念日です。 一周年記念日
に再度攻撃があるだろうとは誰も想像しないのでしょうか?

ケーシーのように殺された兵士連中は、イラクでの初日、バスを降りてすぐ、アメリカが隠蔽した戦いの一周年記念日ということで、民族主義の気分で燃えた都市に送り込まれたのですが、彼らはそういうことは知らなかったのです。将校たちもそれを知りませんでした。指揮官達も知らなかったのです。その日が2003年4月バグダッドの戦いの一周年記念日だということを知ることを彼らは許されていなかったのです。

(後編で、メイ大尉は、バグダッドの戦いのより詳細と、マスコミの検閲について語ってくれる。)
http://www.malcomlagauche.com/id12.html

See: バグダッドと情報戦(後編)
http://www.thetruthseeker.co.uk/article.asp?id=5030

http://www.thetruthseeker.co.uk/article.asp?ID=5031
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goose さんの労訳によるものです。イラクの政治評論家サラーフ・アル・ムフタール氏は、バグダード空港戦争で米軍は危機に陥り、戦術核を使用したと告発している(発表済み)。

【アラビア・ニュース】  齊藤力二朗  会員以外の転載希望者は個メールで受付
http://groups.yahoo.co.jp/group/arabianews/


▽関連記事

イラクの著名元外交官で研究家が明かすイラク抵抗勢力の真実(前編)『アラブの声(翻訳者齊藤力二朗精選)』
http://www.asyura2.com/0406/war59/msg/1127.html
投稿者 どさんこ 日時 2004 年 9 月 12 日 17:14:58:yhLXMcSQdrkJ2

(...)
 サダム・フセイン(バグダード)国際空港の攻防戦では、敵は武器や技術で
は圧倒していたが、共和国防衛隊と共和国特別防衛隊、サダム特攻隊、アラブ
聖戦士団、バース戦士団は、敵に対する戦闘では勝っていたことは疑う余地が
ない。イラク軍は空港を解放(奪還)し、空港内に集結していた米軍の全将兵
2000を殲滅したのだ。サダム大統領が自ら指揮を執り、米軍の凄まじい砲
弾を潜り抜け、空港に最初に進攻したイラク最初の戦車に乗って空港に入った
のだ。
 
 サダム特攻隊とアラブ聖戦士団は、空港で殲滅した数十人の米将兵の首を掲
げ、アーメリーヤやヤルムーク、マアムーンなど空港近くの地区を、「神は偉
大なり」と叫び、車で走り回った。
 
 この戦闘はイラク人の比類の無い戦闘精神を示す好例であった。しかし技術
面で優越していたアメリカ軍は、強力な破壊力を有し、5平方キロを殲滅させ
る9, 5トン爆弾2発を、空港攻撃に使用したため、空港を解放したイラク軍
は絶滅した。またイラク軍の近くに居た数百人の米兵も巻き添えを食って斃れ
た。この爆弾は並外れた破壊力において、小型核爆弾に等しいものだ。殲滅地
点内に居た兵士は、蒸気となって消滅した。殲滅地点外の兵士は炭化するか、
肉が飛び散り骸骨と化した。
(...)

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