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写真で見る「格差」不感症大国、中国【NBonline】
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投稿者 ダイナモ 日時 2007 年 1 月 22 日 22:27:14: mY9T/8MdR98ug
 

http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20070118/117221/?P=1

 前回、中国における「4つの世界」を象徴する「上海人」たちのお宅訪問を通して、中国的「格差社会」の実像を垣間見た。これがわずか二十数年間で起こった格差であることには、今さらながら驚かされるが、外国人として中国を訪れる筆者がどうしても気になるのが、出稼ぎ労働者である「農民工」たちの存在だ。

 上海に一度でも行ったことがある方であれば、彼らが街でごく普通に見かける存在であることはお分かりだろう。たとえば、プラタナス並木が美しい旧フランス租界の目抜き通り、淮海路。上海モダンの風情が色濃く残るこの通りには、先進国の都市と変わらないニューリッチたちが闊歩している。が、同時に農夫然とした「農民工」たちも何食わぬ顔をして往来している。


【同時代とは思えない光景が重なる街】

 「都市の多重性」と言えばそれまでだが、とても同時代を生きている人間とは思えない異質な人々が華やかなブランドショップ通りを行き交う光景。もしココが東京の表参道だとしたら…。そう思うと不思議な気がする。

 上海に実在する「農民工」の姿をじっと見つめてきた3人の外国人による写真展があった。2005年9〜10月に上海で開かれた「作為上海(Becoming Shanghai---Three Memories of a City’s Transformation)」。会場は前回の『上海人家』と同じ、上海の新しいアートシーンを意欲的に紹介しているセイコーエプソンの画廊「epSITE Shanghai」である。

 カナダ人のグレッグ・ジラード(Greg Girard)、アメリカ人のフリッツ・ホフマン(Fritz Hoffmann)ほか、作風も世代も異なる上海在住の写真家の作品展だ。急速に変わりゆく上海の変化は、欧米人の目にどう映っていたのか。彼らの作品を題材に、中国的「格差社会」の一端と、それをめぐって中国人と我々の間にどんな認識ギャップやすれ違いが起こり得るのか、考えてみたい。
廃虚と高層ビル

 無残にも取り壊された上海の古い屋根裏部屋付きの西洋風住宅の解体現場。空襲によって廃土と化した1945年の東京を連想してしまうようなモノクロ世界の後方には、煌々と明かりを発するモダンな高層ビルが蜃気楼のように林立している。廃墟と摩天楼が隣り合う対照的な光景を同時に望めるのは市内中心部の再開発地区。1990年代以降の上海ではそこかしこで日常的に見られるものだ。

 『上海視野(Shanghai View #2)2003』と題されたこの作品は、2003年のある日、解体後の瓦礫の山がどこかに運び去られ、新しいビルの建築現場に変わるまでのわずかな数週間に出現した、いまはなき幻の風景の記録。すでに同じ場所はオフィスビルと公園に生まれ変わっている。

 そこに感傷や郷愁はいささかも感じられない。上海に暮らす人々の多くがすでに過去のものとして葬り去ろうとしている「前世紀」の生活。それが消失する「決定的瞬間」をとらえたのは、カナダ人のグレッグ・ジラードである。
 1955年生まれの彼は、1980年代に香港に在住し、日本でも出版された『九龍城探訪 魔窟で暮らす人々』(イースト・プレス)の写真家である。上海に移り、撮影を始めたのは香港返還後の98年。以来、街に残る改革開放前の風景を注視してきた彼は、上海が変貌する劇的な瞬間の数々を収めてきた。






 次の写真を見てみよう。ある再開発地区のはずれにぽつんと取り残された倒壊寸前の住居。ところが、夕暮れどきが近づくと、幽霊屋敷のように窓のない部屋に明かりがともる。どうやら人が住んでいるらしい。かろうじて電気だけは通っているようだ。なぜこの住居だけが解体を免れたのか定かでないが、取り壊しが時間の問題なのは周囲の状況から見て明らかだ。
廃屋

 実はこれが、前回紹介した出稼ぎ労働者たちが寝起きしている共同住宅の跡地のひとつなのである。かつて上海人が暮らしていた租界時代の共同住宅は、経済発展とともに空き家となり、そこに住み着いたのが地方からやって来た彼らだった。

 1980年代の香港における「違法居住者」の溜まり場であった、いまはなき九龍城の内部に潜入し、写真を撮り続けたというジラードらしい作品である。何が彼を駆り立てたのだろうか。『九龍城探訪』の序文で彼はこう語っていた。

「入り口に行き着いたときには、その雰囲気に圧され一瞬入るのをためらった。だが、建物同士の隙間を抜けて暗い迷路に入り込むと、その不安は好奇心に変わった。この暗澹たる不気味で巨大な建造物が、なぜ近代都市香港に存在しているのだろうか?」

 1980年代当時の植民都市香港と、21世紀の上海の置かれた政治経済的背景は大きく異なる。でも、彼が欧米人特有の「好奇心」のおもむくまま、上海の出稼ぎ労働者たちの「違法居住者」の世界に潜入した意図はよく分かる。とりすました上海の表の顔とのギャップの大きさが、どうしても気にかかってしまうのだ。


廃屋の住人

 ジラードは、そんな廃墟の住人が窓越しに顔を覗かせる瞬間を見逃さない。彼はその住居の中に九龍城のときと同じようにズカズカと侵入し、部屋の様子を写真に収めている。限られたスペースにわずかな家財道具が置かれた部屋は、瓦礫の山に囲まれた戸外の環境に比べると驚くほど整理され、明らかに人の住まいであることが分かる。それだけに、時限付き住居であるという事実が胸に迫ってくる。


 次に、フリッツ・ホフマンの作品を紹介しよう。いかにも上海的な事象が生成される場を追い求めるジラードとは異なり、彼は人物そのものにフォーカスし、一瞬に懸けるジャーナリスティックな写真家だ。

 超高層ビルの建設現場で、何気なく頭上を見上げる出稼ぎ労働者。驚くのは、日本でならこうした地上数百メートルの危険な現場では落下しないために相応の装備が準備されるはずだが、写真を見る限り、男は無装備のままそこに立っている。その勇気は圧巻だが、もし何かが起こったとしても、彼と彼の家族に十分な労災補償があるとは思えない。鉄骨の下にあるザルのようなものは、中国特有の竹竿で組まれた足場だ。
危険なトビ職

 フリッツ・ホフマンは1995年以来中国に在住しているアメリカ人報道カメラマンで、「TIME」をはじめ欧米の有名雑誌で数多くの中国レポートを発表している。中でも大都市で働く出稼ぎ労働者の日常を追った『2000万分の1』シリーズは、彼らの置かれた過酷な労働状況を、しかし、何の変哲もない日常のシーンとして、クールかつユーモラスに切り取っている。彼ら出稼ぎ労働者こそが上海の真の建設者である、とのメッセージが読み取れる。

 場所は変わって、きらびやかなブランド品が並ぶショッピングコンプレックス内のファストフード店で働く、明らかに地方出身のウエイトレス。休憩時間なのだろうか、手すりに肘をかけうつろな目を宙に泳がせている。いまや大都市における労働集約型の飲食業は彼女ら地方出身者のためにあると言ってもいい。地域格差を前提として成立する低賃金長時間労働を、上海出身者がやるはずはないからだ。
うつろなウェイトレス

 彼女らが仕事を終えて帰るのは、同じ境遇の少女たちと寝起きする10人部屋だ。郊外の工業団地で働く同郷の仲間たちとは違い、都市のサービス業に従事する彼女たちは、否が応でも自分たちとはまったく境遇の違う、上海娘たちの姿を目にすることになる。彼女らはどんな思いで都会育ちの同世代を見つめているのだろうか。

 最後は、深夜労働で力尽きたのか、タバコの火がついたまま仮眠を取る食堂の調理人。タバコの灰が崩れ落ちるまでのわずかな瞬間を狙ってシャッターが切られている。上海には24時間営業同然のレストランがやたらと多い。たいして客が入っているわけでもない店でも深夜まで開けている。ほとんどの飲食業者が労働基準法の適用されない出稼ぎ労働者を使っているので、経営者はさほどコストを気にする必要がないのだろう。

 従業員の多くは店に隣接した共同部屋で寝起きをしている。まるで映画に出てくる清朝封建時代の商家に住み込みで働く使用人である。だが、誰もそれを怪しむ者はないようだ。わずかな賃金の一部を仕送りすべく、交代で働く彼らにせめて休日はあるのだろうか。

疲れ切った調理人

 こうした光景は上海ではごく普通に見かけるものだ。外国人写真家たちにとって、彼らはどうしようもなく気になる存在だった。それが気にかかるかどうか。その感覚の違いが、いまの中国人と我々外国人の間に計り知れない認識ギャップを生んでいると思う。

 外国人は首を傾げる。これでは農村出身者への過酷な経済的搾取ではないか。この現実のどこが社会主義なのか…。

 だが、そんな話をしたところで、上海人たちは内心不機嫌になるのを抑えつつ、「いつの時代の話だい?」と笑うだけだろう。ホフマンによる出稼ぎ労働者のポートレイトも、わざわざ取るに足らない人物たちの写真を撮ってどうするのだと、底意地の悪いアメリカ人におちょくられている程度にしか感じられないだろう。

 外国からの「人権」意識の欠如の指摘に対して、いまの中国人は反発心をかきたてられやすいと考えた方がいい。その心性には相当根深いものがある。よく中国政府外交部の報道官が海外記者のその手の質問に対して過剰に反応する姿を見かけるが、これは一般の中国人にも見られるものだ。「外国人は中国のことなど本当は分かっていないくせに」と、たいていの中国人はいらだってしまう。
 「作為上海」を企画したepSITE Shanghai館長の施瀚涛さんに、写真展の評判を聞いた。

「残念ながら、この企画は上海ではあまりウケませんでした。上海の若者たちはこうした社会派の写真展より、海外で人気のアーティストの作品や国内外のエキゾチックな旅の風景や人物を描いた写真が好きなのです」

 確かに、上海市内の書店にはここ数年、旅行ガイドコーナーが増えている。「地球の歩き方」のような個人旅行向けのガイドブックもある。そのほとんどは国内向けだが、中国にはチベットや雲南省のような少数民族の居住エリアが豊富にあるので、日本人が海外旅行に行くような気分で旅に出ている。
豊かになれば、国を問わず同胞の貧困に鈍感になる

 彼らの関心は明らかに「外の世界」にある。それは分からないではない。豊かな時代に生まれた人間ほど、「内の問題」である貧困に対して鈍感になるものだ。いまの日本人だって、国内の貧困を直視しているとは言い切れない。

 とはいえ、2000万人の「上海人」の中に数百万人もの出稼ぎ労働者がいることは、普通に考えたら相当な社会的ストレスのはずだ。ところが、上海人と話をしていて、そんなふうに感じることは少ない。出稼ぎ労働者の存在が日常化することで、かえって意識の外に置かれた不可視の存在になる。それが「格差」不感症の構造だとも言えるかもしれない。

 上海市内をタクシーで走っていると、農村出身の労働者が大通りの真ん中をふらふらと歩いている光景によく出くわす。同乗していた上海人は呆れ顔で言う。「見てよ。あれ、危なっかしくてしょうがない。どうせ信号もない田舎から出てきた連中だろう。困ったもんだよ。上海人が田舎者を馬鹿にしたくなる気持ちも分かるでしょう、ねえ」。

 筆者は返答に窮しながら、「上海人が田舎者を馬鹿にしてしまう」のは、それほど遠くない過去の自分の姿を見るようで不愉快だからなのでは、と勘繰ってしまうのだ。


【「格差」をどう受け止めているか】

 むろん、中国でも「格差」問題は誰もが認める国家の最重要課題とされている。地域格差を象徴する「三農(農業、農村、農民)問題」は、いまや都会に出稼ぎに来る「農民工」の置かれた悲惨な状況が加わり、「四農問題」と言われるようになった。その数は1億人に迫るという統計もある。

 そして、「農民工」問題は、現場レベルで次のように考えられている。彼らはいわば農村の余剰労働力だから、都市部に移住させ雇用をつくってやる必要がある。建設労働やサービス業は未熟練労働者である彼らにとってはもってこいだ――。

 こうした現実からしたら、外国人の「格差」批判はただの感傷にすぎない。中国的「格差社会」に対する我々の違和感は、当事者にとっては「余計なお世話」にほかならない。

 だが、本当にそうだろうか…。この手の話題になると、いらだちを隠せない彼らの様子を見るにつけ、筆者は「待てよ」と考えこむ。

 「スーパー80年世代」の取材で、中国人留学生に高校時代のアルバイトについて尋ねたとき、「受験勉強でそれどころではなかった。それに、あれは地方から来た人たちの仕事だから…(私たちがやるような仕事ではない)」と答えたことを思い出す。でも、そう話した後、彼女から自分の発した言葉に対するためらいのようなものが感じられた。日本の社会では普通、教育を受けた人間はそういう言い方をしないことに気づいたからだと思う。

 我々の想像を超えた都市と農村の戸籍による差別も、一部の先進的な内陸の省では撤廃に向けて取り組む動きがあるようだ。新世代の中国人たちは、上記の留学生のように自らの「格差」不感症に気づき、社会を変えていこうとするのだろうか。それとも親の世代と同じように仕方がないとあきらめるのか、まだ分からない。


【中国人を「わかる」ための手がかりが潜む】

 いずれにしても、我々日本人は「4つの世界」の住人をひっくるめて中国人をとらえがちだが、彼らはそう思われるのを望んでいない。自分の階層以外の世界には関心が薄いから、異なる階層の話をされると不愉快になる。言い方を間違えると、上からモノを言われたようにすぐに思い込み、侮辱されたと感じやすいところがある。

 まったくつき合いにくい相手であること、このうえない。だが、よくある「日中はなぜわかり合えないか」という話も、「格差」に対する相互の認識ギャップを承知してからでないと、何を言ってもすれ違うばかりだ。

(文:中村正人 編集:連結社)

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