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テレビの毒/田原総一郎をもうナマで見たくない(日暮れて途遠し)
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投稿者 天木ファン 日時 2007 年 1 月 09 日 00:18:47: 2nLReFHhGZ7P6
 

テレビの毒/田原総一郎をもうナマで見たくない


マスコミ批判 / 2007-01-08 21:29:17


大晦日の朝ナマを録画して「どうにも嫌ァな気分」を再認識。そんなに嫌なら見なければいいのにと言われるのですが、誰が何を言っているかという流れのようなものみておきたくてつっこみを入れながらつい見てしまいます。それにしても司会者のでしゃばり具合は度を越していてすべての議論を平板なものに変えてしまっています。それと議員が出すぎで深みがない。
昨日のサンプロはちょっと趣を変えて団塊世代を取り上げていましたが、議員の顔見世程度で内容なし。面白かったのは、「作家・渡辺淳一が団塊の世代に送る 人間の生き方 愛のかたち=渡辺文学の愛と性」で、番組の最後に渡辺さんが一発かました、以下のやりとりでした。

(田原)渡邊さん、近く「鈍感力」というものをお書きになるそうで。
(渡辺)ええ、鈍感というと普通鈍くて悪いみたいに取られるけど、鈍感な力って素敵な力だと思うんですよね。なにかこういろいろなことをやっていてもね、叱られてもすぐ元気になれるとか、皮肉を言われても響かないとかね。いつも前向きでいけるのは大変な、、肌でもね、鈍感なほうがいいわけですよ。蚊に食われてすぐ痒いというのは困るんでね、アトピーになっちゃったりする。
(田原)あ、そういうもんですか。(長谷川京子に)わかる?その気持ち。
(長谷川)分かります。こういう業界のお仕事をしていると、いろいろなこと言われるじゃないですか、一々傷ついて敏感になっていると、やっていられないことがありますよね。
(田原)そうか、ある意味では、こういう本(愛の流刑地)を堂々と書けるのは一種の鈍感力かもしれない。
(渡辺)まあ、僕はそう思っているしね、田原さんだってあんなことやっているのは鈍感だよ。(スタジオ中爆笑)
(田原)(周りを指差して見回しながら)、みんなスタッフが恥ずかしがって、今の話したら。(笑い声で意味不明)
(渡辺)やっぱりねえ、それなりの人って自己中でどこか鈍感なところがある。
(田原)自己中で鈍感、そお。(苦笑)
(財部)団塊の世代はあまりにも過当競争やってきたんで周りの評価を気にしすぎるんですよ。だから渡邊さんの本を読んで非日常世界に精神の開放を感じる、そういう構図があると思うんです。(この人、場をとりなしたつもり)
(田原)ねえ、寺崎さん、僕鈍感かなやっぱり、僕鈍感だと思う?
(寺崎)田原さんですか。そういう意味ではちょっと鈍感かもしれませんですね。
(田原)ハハハハ、渡邊さんこれからもがんばってください。今度はどういう小説をお書きになる。
(渡辺)今、何を書こうかと思って、僕は自分に聞いているんですがね、自分の内側にね。
小説は内側にこもっている、このとおりじゃないかもしれないけれど、もしかするとするかもしれない、本能というかなあ、情の怖いものをもう一度書きたい。

渡辺さんは、小泉を、「あの人は何も分かってない人だからね」とズバリ言っていたのを見たことがあり、何か一言あるはずと期待してみていただけはありましたね。

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テレビの毒/田原総一郎をもうナマで見たくない

作家 亀和田武
2006.12.7号 週刊文春

一体いつまで、この番組は続くのだろう。つい「朝まで生テレビ!」にチャンネルを合わせたものの、どうにも嫌ァな気分になってスイッチを消すとき、いつも思う。11月24日放映の回もひどかった。テーマは「“いじめ・自殺”と日本の教育」なのだが、出席したパネラーの質の低さもあって、いくら司会の田原総一朗が手足をバタバタさせて「タブーはなし。本音で語ろう」と煽っても、話は一向にかみ合わない。
とっくの昔に「朝生」の賞味期限は切れている。西部邁や舛添要一など、スタジオに緊張感を生む論客がいたから、スタート時の「朝生」は社会現象にまでなった。論理はメチャクチャでも、ここ一番で怒ってみせる大島渚や、喋りに味がある野坂昭如、栗本慎一郎などがいたから、まだ若くエネルギッシュな田原の挑発や仕切りも冴えた。
スター性と存在感のある文化人タレントが姿を消した時点で、「朝生」の命脈は尽きた。それがなぜ、ここまで延命できたか。さほど視聴率が重視されない深夜枠ということもあるが、田原が「朝生」と「サンデープロジェクト」の二本の番組により、従来にはないタイプの政治評論家として、世論を左右するまでの力を得たことが大きい。
亡くなった日下雄一プロデューサーの才覚だろうが、「朝生」はそれまでタブー視されていたテーマを、積極的にとりあげ、テレビ的には馴染みのないゲストを起用し、なかには与野党の国会議員もいた。
「サンプロ」でも田原は大物政治家の失言、放言も含めた本音発言を誘導することに力を注ぎ、うっかり(あるいは意図的に)相手が口を滑らせれば、それを他のメディアで喧伝した。こうして田原は現実の永田町政治に関与しながら、メディアを通して世論を動かす、初めての政治評論家となった。文化人タレントの頂点にのぼりつめ、大物政治家ともツーカーの間柄となった田原は、自身が絶大権力となり聖域となった。ここまでショボくなれば、打ち切りしかないと思われた「朝生」も、姜尚中という思いがけない救世主が登場した。しかしそれも一時しのぎだった。ここ一年の姜尚中には、魅惑の低音で論敵を非情に追いつめたころの精彩はない。
「朝生」にはあらゆるカンフル剤が投入された。それでも番組のパワーは落ち続ける。これ以上続けて醜態を晒すよりは、早いところ打ち切った方が、イメージを損わないのに。そんな判断も出来ないほど、田原はモーロクしたのだろうか。
田原総一期その人がマスコミのタブーと化し、表だった批判に晒されなくなったことで、自分を客観視できなくなったのかもしれない。
しかし時代は大きく変化しつつある。テレビを巧みに使って高い支持率を維持した小泉首相は退陣し、やはりメディアの操縦に長けた田中康夫も長野の知事選で敗れた。もう視聴者は「朝生」や「サンプロ」で田原が演出してみせたテレビ政治には飽き飽きしているのだ。与党の政治家が問題発言をしても、それは田原と当の政治家の利害が一致したゆえの“失言”であり、一種のやらせだと見抜いている。あ、また、やってらあ。これが田原を見るクールな視聴者の反応だ。
そんな田原に引導を渡せないテレ朝上層部の事なかれ主義にも呆れるが、田原は自分に注がれる世間の視線に気づかないほど、時代とズレてしまったのか。あるいは、視聴者が抱く違和感を大声とオーバーアクションでやり過そうという、そこまでツラの皮の厚いマスコミ人に変質したのか。
いまがギリギリの潮時だ。小泉総理にならい、速かに引退することを願う。


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