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ものを考えない偏差値秀才が大部分を占めるキャリア官僚たち では、いったい誰が国政の将来を考えているのだろうか?
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投稿者 TORA 日時 2006 年 12 月 12 日 16:26:49: CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu133.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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ものを考えない偏差値秀才が大部分を占めるキャリア官僚たち
では、いったい誰が国政の将来を考えているのだろうか?

2006年12月12日 火曜日

◆霞ヶ関からエース官僚が逃げはじめた 西村 健(ジャーナリスト)
http://www.matsui21.com/media/0105koron.htm

(前略)
役人は与党職員の小間使い

「霞が関で仕事をしていて、空しいと思うことは何か?」

 こう現職官僚に質問してみると、複数返ってきた回答が「国会対応」であった。どういうことか。

 巷間よく知られているように、国会で各大臣の読み上げている閣僚答弁は、すべて前夜のうちに官僚によって書き上げられたものである。この"国会対応"が役所においては「徹夜も覚悟」の難作業。ヒアリング結果にもあるように、何より「国会議員の質問通告が遅い」ためだ。

 明日の委員会で与野党議員により発される質問内容は、すべてその前夜までに各省庁に伝えられてくる。すべての質問内容が判明して初めて答弁作成作業に入るわけだが、特に野党議員においてはその通告が遅い場合が多く、作業が深夜に至ることも珍しくないため、どうしても徹夜含みの超過勤務になってしまう。また、自分の部署に関係する質問が最終的には出なかったにしても、それでもすべての質問が出そろうまで、可能性のあるところは全員"待機”が命じられる。

 質問が振られてくると担当の課長補佐クラスが答弁案を作成する。続く仕事はその案を持っての決裁作業。省のトップが行う答弁に、わずかな言葉の食い違いがあってもあちこちの部署に影響の出る恐れがあるためだ。こうしてすべての部署の了解を取り終え、ようやく正式の答弁文書の作成に入ることができるという次第。

 続いて必要な仕事が大臣レク(レクチャーの意味)だ。答弁に立つ多くが派閥の力学で大臣職を回してもらった"素人同然"の大臣である。したがって委員会が始まる前に担当の職員が当人に会い、答弁書を手に「これはこういう意味の質問ですので、このように答えてください」と逐一説明しなければならないというわけ。このように役所全体が至れり尽くせり世話を焼いて初めて、大臣は国会の場で質問に応じることができるのである。

 そこである経済(経済産業省)官僚に、「そこまで手取り足取りしてあげる意味が本当にあるのだろうか?」と、ストレートに疑問を投げかけてみた。返ってきたのは「仮にも自省のトップである存在に対して、組織の人間があれこれフォローするのは当然のことでしょう?何と言ってもわが国は、議院内閣制ですからねえ……」という返事。

 内心では忸怩たる思いもあるのだが、制度のあり方そのものを云々する資格は自分たち官僚にはないというのが本音のようだった。

 このような、あまりに官僚頼みの国会運営を何とかしょうと、"政府委員制度"廃止という国会改革が行われたのは九九年のことだ。各省庁の幹部クラスが“政府委員"として大臣の代わりに答弁していたそれまでの制度を廃止して、国会には厳密に代議士以外は立てないことにした。この改革によって役人の雑務は、多少は軽減されることになったのか。

「とんでもない。前よりいっそう仕事が大変になっただけですよ」

 そう苦笑しながら答えてくれたのは厚労省(厚生労働省)のノンキャリ職員。

「以前は、大臣は政策の大枠について答弁するのであって、細かい数字を答えるものは"政府委員"がやるという役割分担ができていた。つまり、"政府委員"答弁は、中身がよくわかっている省の局長がやるんだから、あまり厳密に文言を検討する必要もなかったんです。決裁も局内で回せばよかったし、レクだって簡単なもので済んだ。ところが、あれからすべて大臣答弁ということになってしまったので、決裁もすべて大臣官房まで上げることになった。レクも相手は中身をまるで知らない素人だから、手取り足取り教えなきゃ理解してくれない……」

 自分の能力も顧みない"政治主導"が押し進められたばっかりに、役人の費やす労力はさらに増すことになっただけということのようだ。これでは若手官僚の恨み節が漏れるのも、仕方のないところではあろう。

「国会答弁」ばかりではない。役人は役所にいる間四六時中(下手をすれば家に帰った後でさえ)、いつ「あの件はどうなってる?」という議員事務所からの問い合わせや、「あれに関する資料をくれ」という要求があるかと、常に神経を張り詰めていなければならない。

 大切な代議士センセイからの問い合わせである。あらゆる用件を放り出して、その仕事が最優先事項。

「この件は現在、こういうことになっています」-----そういう文書を早急に作成し、関連する資料もあれこれくっつけて大慌てで議員事務所まで持参しなければならない。もちろんその文書作成の際にも、関係部署間の了解を取らなければならないのは言わずもがな。議員先生からの電話一つで、役所内ではこのような上を下への大騒動が繰り広げられるのだ。

 ただし、これは与党の先生からの電話であった場合の話。これが野党からのものであれば、役人の対応は豹変する。特に某共産主義系の党からの資料要求であった場合。どこかの雑誌のコピーを取って、それを議員事務所にファックスして終わり・・・・・ということもしばしばではある。

 さらに若手職員のヒアリング結果には「与党内の意見調整に各府省の幹部職員が走り回っている」という現状の指摘もあった。後になってうるさ型の議員が「俺は聞いてないぞ」と言い出した日には、通る政策だって通らなくなってしまう。そのため万全には万全を期し、ほとんど関係なさそうな議員にまで、事前の"根回し"をしておく。これが現在役人にとって重要な仕事の一つなのだ。

「政策の中身じゃない。最近のセンセイは『俺は聞いてない』だの『俺より先にあいつのところに話を持っていった』だの、そんなレベルでゴネて話を通してくれなくなるから、たまりませんよ」とボやくのは外務省のキャリア官僚。

「だからなるべく怒らせないように、広くあちこちに話を通しておかなければならないんだけど、今度は"根回し"をしたとたん、すぐ懇意のマスコミに話をバラしてしまう。どんなに念を押しておいても駄目なんです。だから、今日の夕刊に載ることだけはないように、夕刊の締め切りを過ぎてからセンセイたちの"根回し"に一斉に動く。そんなところにまで気を遣わなければならないんだから」

 もはやここまでくると、役人は与党議員の小間使いではないか?という気にさえなってしまう。「ヒアリング結果」にあった「自分の仕事が国のために役立っているという実感が持てない」のも当然と言えよう。

(中略)

官僚自身が「思考」を放棄

 小間使いのような国会対応。不透明な人事システム。現実と乖離した予算制度……。ここまで現場の恨みつらみを書き連ねてきたが、考えてみればこれは何も今に始まったことではあるまい。なのになぜ今になって優秀な役人たちが、将来を悲嘆して頭脳流出を呼ぶまで追い詰められているのだろうか。これらの諸問題とは彼らが知恵を絞ってみても、改善できないほどの構造問題なのだろうか。

「優秀な人たちが悲観するのは無理もない。そんな問題意識を持っているのは彼ら少数派だけですからね。そうではないほとんどの今の役人は、ものを考えること自体放棄しているのが現状なんです」

 そう自廟気味に話すのは内閣官房のキャリア職員である。

「自分が何のために仕事をしているのか。国民が自分たちに求めている任務とは何なのか。そういうことをまったく考えていない。だから省益に走ったり、派閥抗争に労力をつぎ込んでみたり、馬鹿なことばっかりしているんです」と彼は言う。「第一"国会待機"なんて仕事じゃない。なのにそれで残業して、仕事をした気になっている。国民は誰も、官僚にそんなことやれなんて言ってないですよ。自分たちの意識改革もできないでいて、『政治が悪い』『民間より待遇が悪い』なんてボやくこと自体おこがましい」と同意する財務官僚の指摘も、なかなかに手厳しい。

 前出の松井氏や古川氏のめざすような大胆な行革まで待つことはない。要は役人個人個人が自分の存在意義をちゃんと考え、それに基づいて内部改革を求めれば、職場の環境改善くらい決して不可能ではないということだろう。しかし肝心の当の官僚自身が「思考」を放棄しているのだとすれば、それも空しい夢物語と思えてしまう。考えることをやめ、『前例踏襲主義』に凝り固まった役所内の空気が、冒頭の若手官僚の"やる気"を粉微塵に砕いてしまったのだ。

「入省を希望する卒業予定者の面接をしていると嫌になることがあります。『幅広い仕事をやりたい』と言うんだけど、じゃあ『今の日本をどうしたい?』と質問しても何も答えられない。最近そんな人間ばかり多くなったような気がする」と嘆息を漏らす厚労官僚。内閣宣房キャリアも続ける。

「今回の機密費問題なんて、いかに役人が何も考えていないかという実態を露にしたという意味で、いい事件だったのかもしれません。逮捕された元要人外国訪問支援室長だって、要は機密費からうまく資金を捻出しだしたら、政治家も外交官も喜ぶものだから、いつの間にかそれが自分の役目だと錯覚してしまったんでしょう。そこからだんだんエスカレートしていった……。機密費なんてもともとダーティーなもの。それでもそもそも何のために使われるものかという意識が根っこにありさえずれば、あんな情けない事件は起こってない」

霞が関の再生はあるか

 ものを考えない偏差値秀才が大部分を占める入省希望者。やがて彼らがことなかれ主義の中で出世して行く一方、それに絶望した優秀な人材は外に流出していく。このまま霞が関は重い重い閉塞感に押し潰されて、自滅してしまう運命にあるのだろうか。何も考えない役人ばかりが運転席に残り、暴走する"日本号"を破滅まで突っ走らせてくれるのだろうか。(後略)


(私のコメント)
以前は大蔵省などの中央官庁が日本のシンクタンクとして機能していましたが、現在では単なる国会議員の小間使いとして駆け回っているだけのようだ。なぜ駆け回るのかと言うと大臣の国会答弁を作成する為である。以前からこのような事は批判されていましたが、改まる気配は無く、ごまかしかたが上手になっただけなのだろう。

国会議員でありながら国政のことはほとんど知らず見識も無い。自民党の外交部会長の山本一太参議院議員はイラクの場所も知らなかった。テレビなどでは記者達の質問に能弁に答えているが役人達の作った想定問答を丸暗記して答えているだけなのだ。

日本では積み上げ方式で行政が行なわれているから、何事も決めるのに時間がかかり欧米のトップダウン方式と異なるから、外国とのトップ交渉は相手方にとってまことに苛立たしいものになる。小泉前総理は官邸主導のトップダウン型でしたが、国会答弁に関してはメモの棒読みで変わるところはなかった。

このようになってしまうのも毎年のように大臣が代わり、大臣は役人達にとってはお客様に過ぎない。実質的には事務次官が担当業務を仕切っているのですが、こうなると国会議員は何のためにいるのかということになる。小泉内閣でも一内閣一閣僚と言っていたが、大臣はくるくると交代した。

このように担当官庁のバックアップがあるから誰が大臣になっても業務は円滑に行っているのですが、これでは改革は停滞してしまう。政治家達は二言目には改革改革と口癖のように言っているが、どこに問題点があるのかを掌握していない。

結局は役人任せの改革になるから、役人にとって都合のいい事ばかり改革されている。国民の代表であるはずの国会議員はチェック機能が働かずに、行政改革すら行政に任せっぱなしだ。政治家達は政争に明け暮れて、ほとんどをそれに費やしている。

役人達は国会の先生方の答弁書作りに追われている。本来ならば大臣自ら勉強して自分で答えられるように勉強しなければならないのに、アンチョコを役人に作らせている。政府委員制度が廃止されてそれがいっそう激しくなったらしい。

質問をする野党側もおそらく事情は大して変わりがないだろう。だから民主党も政策提案型を目指すと言いながら、いつの間にか何でも反対する旧社会党的になってしまった。その方が考える必要が無いからだ。国会審議を聞いていても面白くないのは、質問するほうも答えるほうも台本どおりのお芝居みたいなものだからだ。

このように日本の政治は外交と防衛はアメリカ任せであり、内政は役人任せで、議員提案で法律が国会に出されるのは極めてまれだ。小泉内閣では政治主導が旗印だったはずなのに実態は大して変わりが無いようだ。むしろ官僚たちの能力の低下が国政の停滞につながっているのではないかと思う。

最近では官僚たちに代わって政策を提言しているのはアメリカであり、毎年今頃年次改革要望書をアメリカ政府から突きつけられて、日本政府はそれを粛々と実現している。それを小泉総理はトップダウンと見せかけているだけだった。しかし新聞などには年次改革要望書が大きく報道される事はない。

日本の政策はアメリカのシンクタンクが考えて、アメリカ政府を通じて行なわれているようだ。構造改革も規制緩和もみんなアメリカの要求に沿ったものであり、郵政の民営化もアメリカ政府の要求によるものだ。このようにして日本は市場原理主義的な政策がとられて、日本国内に歪が生じている。

大企業は正社員から派遣労働に切り替えて利益を出しているし、法人税も安くなって景気はいいらしい。しかし労働者の手取りは減り続けて、生活保護世帯以下の収入しかないワーキングプアの家庭が増え続けている。政策が破綻しているとしか言いようが無いのですが、官僚たちはやる気を失っている。

それでは、現在のような状況をどのようにしたら変えられるのかを考えている人はいるのだろうか? 昔なら大蔵官僚や通産官僚が考えて手を打っていた。しかし現在は従来型の景気対策は効かない。偏差値秀才ではこのような状況では役に立たず、大胆な経済政策で経済を変えなければならない。


◆筆者の主張のサマリー 12月11日 経済コラムマガジン
http://www.adpweb.com/eco/

日本のマネーサプライは異常に大きいが、民間に資金需要がそれほどない。つまり日本のマネーサプライは凍り付いており、金融機関は国債・地方債を買う他はないのである。このような状況を打開するのが、筆者の主張する政府貨幣発行や日銀の国債の買入れによる通貨増発政策である。

通貨増発政策は直接民間に資金を流すことによって、総需要を増やすことができる。つまり所得を生むマネーサプライを増やすことによって、消費やそれに伴って設備投資が増えるのである。日銀がマネタリーベースを増やしても民間に資金は流れないが、政府が資金を直接民間に流せば、所得を発生させるのである。

また通貨増発政策を実施しても構わないのは、日本では巨額のマネーサプライが凍り付いているからとも言える。しかしもし通貨増発政策によって、経済活動が活発化すれば、マネーサプライが凍り付いていたマネーサプライが動き始めることが考えられる。もっともこれが筆者の主張する政策の目的でもある。もし凍り付いていたマネーサプライが急激に溶け出し、問題を起こすほどになれば、通貨増発をセーブすれば良いのである。この目安は前段で説明した物価上昇率が名目で3%、長期金利が5%といったレベルである。

今日の日本政府の政策は、この巨額の凍り付いたマネーサプライを徒手空拳で何がなんでも溶かそうというものである。規制緩和が効果があるとか、投資減税が効果があるとかはたまた官の仕事を民間に移せばといったものである。筆者に言わせれば、マクロ経済の上ではそれらはほとんど効果が期待されない政策ばかりである。実際このような政策は何年も続けられているが全く効果がない。もうそろそろそのことを認めるべきである。

日本経済は、中国を始めとした新興国の経済発展や米国の経済、さらに落込み過ぎた設備投資の反動で持っている。また外需依存を助長するような常軌を逸した為替介入や、海外への資金逃避による円安に支えられている。日本の経済政策には妄言・虚言がはびこり、残念であるが今年も無為に過ぎたようである。


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