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CIA漏洩事件の闇に迫るフィッツジェラルド検事 [チェイニー副大統領首席補佐官逮捕の顛末]
http://www.asyura2.com/0610/war86/msg/542.html
投稿者 近藤勇 日時 2006 年 11 月 30 日 11:59:18: 4YWyPg6pohsqI
 

法という名の正義
CIA漏洩事件の闇に迫るフィッツジェラルド検事
宮前ゆかり・安濃一樹
http://www.japana.org/peace/japana/justice_named_law.html

1 フィッツジェラルドの靴

2005年10月27日、パトリック・フィッツジェラルド特別検事は、首都ワシントンに設けられた臨時の事務所でスタッフと会議を続けていた。少しだけ休憩をとって近くのバーバーショップへ行くと、散髪はしないで靴を磨いてもらった。検事を追っていたロイター通信の記者がすぐに店を取材している。

経営者は取材に答えて、フィッツジェラルドの気さくな人柄や陽気にくつろいでいた様子を紹介した。だが、記者が検事の話をもっと聞き出そうとすると、諭すように店の信条を述べた。

──靴磨きの職人はお客さまのプライバシーに立ち入らないものです──

このエピソードはメディアの過熱ぶりをよく表している。フィッツジェラルドが担当する連邦大陪審の期限が翌日に迫っていた。床屋まで取材されたと知って、検事はあきれたかもしれない。それとも、自分は写真写りが悪いと冗談を言った(と、これも記事に書かれている)ように、笑ってすませただろうか。

2003年10月に23人の市民が大陪審に選任され、「CIA秘密工作員身分漏洩事件」の調査を始めてから24カ月が経っていた。その間、調査の進展をうかがわせる情報はほとんど流れ出なかった。フィッツジェラルドが、法律でそう定められた通りに、大陪審の情報が漏洩しないよう徹底して秘密を守ったからである。いったい誰が起訴されるのか。罪状はなにか。確かな情報が掴めないため、メディアはとまどいを隠せなかった。

ただ、ロイターの記事には大きなドラマを楽しんでいるような風情がある。映画スターのゴシップを書くように見せかけながら、ホワイトハウスに近いこのバーバーショップをうまい切り口に使っている。

──ほんの数ブロック先では、ローブとリビーがいつもと変わらずに出勤している──

カール・ローブ大統領政治担当補佐官とルイス・リビー副大統領主席補佐官は、フィッツジェラルドの「標的」になっていると考えられてきた。

ローブは単なる選挙参謀ではない。ブッシュ政権にスキャンダルや疑惑が投げかけられるたびに、PR戦略を駆使して問題をはぐらかす狡猾な戦略家である。政敵を潰すためには手段を選ばない。また、ブッシュの政治顧問として、内政について政策を左右する実権を持つ。リビーは、史上最強と呼ばれる副大統領チェイニーの腹心で、外交と軍事に関する政策を決する絶大な力を陰で誇っていた。

だからこそ、「漏洩した政府関係者はきっと見つからないだろう」とブッシュ大統領に言われるまでもなく、大陪審が起訴まで漕ぎ着けると予測する声は数少なかった。

2005年7月7日、独立系メディア「デモクラシー・ナウ!」の放送で、マイケル・イシコフ記者がキャスターのエイミー・グッドマンからインタビューを受けた。「カール・ローブが刑務所に入る可能性はあると思いますか」と聞かれた米ニューズウィーク誌の有名記者は思わず吹き出してしまう。エイミーの沈黙に気づくと、イシコフは笑いを抑えて、「彼が起訴されて有罪判決が下りるまで、その可能性はありません。まだずっと遠い話です」と述べた。これでは、CIA漏洩事件の背景となるイラク侵略を批判する市民グループさえ、フィッツジェラルドに期待しなかったのも無理はない。

放送があった7日は、ニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラー記者が刑務所に収監される日だった。スター記者だった彼女は、ホワイトハウス高官からCIA工作員に関する情報を聞かされていた。記者として情報源を守る義務があると主張し、ミラーは大陪審での証言を拒否した。地方裁判所の命令にも従わなかったため、法廷侮辱罪に問われ、最高18カ月の禁固刑を受けた。

ミラーは事件の鍵をにぎる重要な登場人物だが、彼女の物語は少し後に回して、いまは光る靴をはいた10月のフィッツジェラルドへ話をもどそう。

10月14日、ローブ補佐官が大陪審で4度目の証言を行った。フィッツジェラルド検事は、参考証人として召喚した先の3回とは異なり、今回はローブが「起訴される可能性はないとは保証できない」と申し渡している。証言は4時間15分に及んだ。

28日、大陪審の期限を迎えた朝、事務所に入る前に、フィッツジェラルドはブッシュ大統領が個人として雇った弁護士ジェームズ・シャープの事務所へ行く。3日前の25日には、FBIの特別捜査官と連れだってローブの弁護士ロバート・ラスキンを訪ねている。いずれも首都ワシントンのビジネス街に事務所を構える有名弁護士である。

同日午前9時、待ちかまえる報道陣を押し分けるようにして地方裁判所に入ったフィッツジェラルドは、最後の大陪審が開かれる部屋へ向かった。

午後12時46分、大陪審がリビー補佐官の起訴状を出す。そして午後2時15分、フィッツジェラルドは、法務省の七階に設けられた会見場で報道陣とテレビカメラの前に立つ。アメリカ市民が特別検事の声を聞くのはこれが初めてだった。

2 記者会見──事件の背景

──こんにちは。パット・フィッツジェラルドです。私はシカゴの合衆国連邦検事ですが、今日はCIA漏洩事件の捜査を担当する司法省特別検事として、みなさんの前に立っています。・・・数時間前、コロンビア特別区の連邦大陪審が、副大統領主席補佐官ルイス・リビー、通称スクーター・リビーに対し5件の罪状を認め、起訴状を提出しました──

2年間の沈黙を破ったフィッツジェラルドは穏やかな口調で話し始めた。リビーは、司法妨害罪1件・偽証罪2件・虚偽陳述罪2件の罪状で起訴された。裁判で有罪になれば、最高で禁固30年と罰金250万ドルが科せられる。検事は、難しい法律用語は使わずにCIA漏洩事件の経緯を説明した【1】。

2003年7月、バレリー・ウィルソンはCIAの職員だった。彼女の身分は機密とされていた。CIA職員の身分が漏洩すれば、職員やその協力者が危険にさらされるだけでなく、国家の安全保障が損なわれる。だから、CIA職員の姓名と身分を秘密にすることは、国民すべての利益に通じる。

2003年7月14日、バレリー・ウィルソンの身分が曝露された。(保守系コラムニストの)ロバート・ノバック記者が、「ウィルソン元大使の妻」はCIAに所属していると報じた。ただし、「元大使の妻」について聞かされていた記者はノバック氏だけではなく、他にも何人かいた。いま分かっている限りでは、記者たちにバレリー・ウィルソンの身分を伝えた最初の政府関係者がリビー氏だった・・・。

2003年秋、漏洩事件の捜査が始まった。10月にFBIがリビー氏に尋問している。リビー氏は副大統領首席補佐官であるだけでなく、大統領補佐官でもあり、副大統領の国家安全保障担当補佐官も兼任していた。FBI捜査官はリビー氏にこう聞いている。ウィルソンの妻、バレリー・ウィルソンについて何を知っていたか。何を知るようになったか。どうやって知ったのか。人に何を話したか。なぜ話したのか。

リビー氏はちゃんと辻褄の合う説明をした。

ウィルソン夫人のことは(NBCテレビの)ティム・ラザート記者から電話で聞いた。記者仲間で話題になっていると教えられた。初めて聞く話だと思った。そこで、米タイム誌のマシュー・クーパー記者やニューヨーク・タイムズ紙のミラー記者などにウィルソン夫人の話を伝えた。他の記者から聞いた話なので本当かどうか自分にはわかない、と断った。それは7月12日のことで、ノバック氏がコラムを書く2日前だった・・・。

ミラー記者の他に3人の有名記者が登場したところで、CIA漏洩事件の背景を説明しておこう。漏洩の被害にあったバレリー・ウィルソンは悲劇のヒロインだが、物語の主人公は彼女の夫、ウィルソン元大使だった。

2003年5月6日、ニューヨーク・タイムズ紙のニコラス・クリストフ記者が、同年初頭の大統領一般教書演説にあった「16語」は疑わしいと報じた【2】。

大統領はその演説で、「サダム・フセインが最近アフリカから相当量のウランを購入しようとしたことをイギリス政府が突き止めた」と述べていた。英文の単語を数えると、ちょうど16になる【3】。この訴えは、2002年9月24日にイギリス政府が出した白書に基づくものだった。しかし、アメリカ政府の情報機関は、イラクがアフリカの国ニジェールと交わしたウラン取引に関する情報を、9・11事件の直後に「ある外国政府機関」から手に入れていた。2002年3月までに、CIAだけでも三つの報告書を提出している。

クリストフ記者のコラム記事「戦争で行方不明になった真実」によると、2002年2月、副大統領から要請を受けたCIAが、ウラン疑惑を調査するために「元大使」をニジェールへ派遣していた。元大使は、ウラン疑惑にはまったく根拠がなく、イラクとの取引を記したニジェール政府の文書も偽造されたものだと、CIAや国務省に報告したという。

ブッシュ大統領が一般教書演説で「16語」を訴えたのが2003年1月28日。イラクに対する攻撃命令を出したと、大統領執務室からテレビ放送で国民に伝えたのが3月16日。空母エイブラハム・リンカーン号に戦闘機で降り立ち、「おもな戦闘作戦は終わった」と宣言したのが5月1日。その5日後に、クリストフ記者のコラム記事が出ている。

続いてワシントン・ポスト紙が、元大使のニジェール調査を紹介して、大統領の「16語」を批判した【4】。6月12日、同紙のウォルター・ピンカス記者は、元大使の言葉を引用して、「日付も(担当官僚の)名前も間違っている」ニジェール文書は偽物だと報告していたと伝えた。

6月19日、ニューリパブリカン誌も「16語」の信憑性を疑う記事をオンライン版に掲載した【5】。この記事は元大使にインタビューして、ブッシュ政権の高官たちは「ニジェールの情報がまったくのでたらめだと知っていた」という元大使の批判を報じている。

そして7月7日、「元大使」本人が実名を明かし、自らニューヨーク・タイムズ紙にイラク攻撃の正当性を否定する論説「私がアフリカで見つけなかったもの」を公開する【6】。ジョー・ウィルソン元駐ガボン大使だった。同日、ワシントン・ポスト紙もウィルソンのインタビュー記事を掲載した。ウィルソンはメディアの前に姿を見せ、同日夜のニュース番組「ミート・ザ・プレス」に出演している。

ノバック記者が自分のコラムでウィルソン夫人の身分を曝露したのは、その1週間後だった。コラムは、ニジェール調査にウィルソン元大使を推薦したのが夫人のバレリー・ウィルソンであり、CIAはいわば身内を使って調査の結果を組織の方針に都合よく仕上げた、と論じていた。

これは、政権批判の急先鋒として登場したウィルソン元大使を誹謗するものだと受け取られた。漏洩事件をめぐるメディアの論調がすぐに定まった。ブッシュ政権の高官が、ウィルソン元大使を貶めるために、何の罪もないウィルソン夫人の身分を意図的に漏洩した、というものである。

ノバック記者の情報源として、ローブ補佐官の名前が上がった。FBIの捜査を取材した記者は、リビー補佐官が「標的」になっていると報じた。2人の高官の上司であるブッシュ大統領とチェイニー副大統領がどこまで事件に関与していたかが話題となる。やがて、ノバック記者の他に3人のジャーナリスト(ラザート、クーパー、ミラー)が大陪審から召喚されていたことが判明する。CIA漏洩事件は、こうしてワシントン中の注目を集めるトップニュースになった。

フィッツジェラルド検事は、リビーの話が嘘だったことを起訴状に基づいて、ひとつひとつ明らかにしていった。ラザート記者は、リビーにウィルソン夫人の話などしていない。リビーは2003年6月にチェイニー副大統領と(起訴状では名前が伏せられている)2人の高官から、CIAに所属するウィルソン夫人がウィルソン大使のニジェール調査に関与していたと聞かされていた。リビーがミラーに話したのも6月で、ノバックのコラム記事が出る3週間も前のことだった。

検事が説明を終えると、矢継ぎ早に質問が続いた。

──これは漏洩事件なのに、だれも漏洩に関する罪状で起訴されないまま捜査が終わることになるのか?

フィッツジェラルドは、おもな捜査は終わっていると認めたうえで、裁判に備えて新しい大陪審が選任されると答えた。それが慣例だと言う。必要に応じて、また別の捜査を始めることがある。また、漏洩に関する罪状でだれも起訴されなかったのは、リビー氏が嘘をついて捜査を妨害したからだった。

──それでは、おおかた完了したという捜査で、どこまで明らかになり、何が分かっていないのか?

検事は大陪審の秘密を厳守するように法律で定められていると述べた。起訴状に記されていない捜査情報はいっさい話すことができない。秘密を守るのは、捜査を円滑に進めるためばかりでなく、捜査の対象となり証人となる人びとの権利を守ることを目的としている。

──しかし、起訴状によると、リビー補佐官はCIA工作員の身分姓名に関する機密情報を資格のない者に伝えている。なぜこれが機密情報を漏洩した罪に問われないのか?

機密情報だと知りながら伝えたとしても、それだけでは不十分だとフィッツジェラルドは答えた。なぜ機密情報を流したのか、もっと事実を調べ上げてから判断する必要がある。大陪審は、この「なぜ」を捜査していた。しかし、リビー氏の捜査妨害があった。

──チェイニー副大統領は漏洩事件に関与しているのか?

フィッツジェラルドは答えない。「起訴されていない人に嫌疑をかけることはできない」と言う。そして、法律について丁寧な解説が続いた。

──どうしてローブ補佐官が起訴されていないのか?

──高官Aとは誰か?

また検事は答えない。誰もがすべてを知りたがっている。それはよくわかる、と検事は言う。

──いま家でテレビ放送を見ている国民もきっと同じ思いでしょう。テレビの中に飛び込んで、あいつの襟首をひっつかみ、2年間の調査でわかったことを洗いざらい白状させてやるって。でも、意地悪をして話さないのではありません。話さないのは、それが法律だからです──

記者たちは、聞きたいことが聞けないまま、法科の講義を受けることになった。それでも法を守るフィッツジェラルドの立場は理解できたろう。1時間以上も続いた会見が終わると、ジャーナリストたちは専門家や関係者への取材を進めた。

3 検事の戦略

フィッツジェラルドは、新しく選任された大陪審が捜査を続けることを記者会見で示唆した。すでにローブ補佐官の元秘書の証言が予定されている。さらにバレリー・ウィルソンの身分を記者に伝えた第3の高官が浮かんできた。スティーブ・ハドレイ国家安全保障担当補佐官である。

また、検事の答えのない答えにも数多くのヒントが隠されていて、捜査がこれからどう進展するかを指し示している。しかし、フィッツジェラルドの流儀に習い、リビーに対する起訴状を手がかりに捜査の行方を読んでみよう【7】。

起訴状は22頁もあり、異例といわれるほどの長文だ。刑事訴訟に関する連邦規則を見ると、起訴状には短く簡潔に必要最低限の事実だけを書くよう求められている。起訴状では、リビーが罪に問われた司法妨害罪・偽証罪・虚偽陳述罪についてだけ記述するべきなのに、この三つ以外の犯罪を示す記載が、第1頁の終わりから第2頁にかけて早くも出てくる。

まず、国家の安全保障に携わる政府高官だったリビーが機密情報を手にする資格を与えられていたことを紹介する。そして、リビーが資格を乱用して、資格のないものに機密情報を漏洩したときは、スパイ罪などに問われると指摘している。

次に、リビーの行動を克明に記述しているため、チェイニー副大統領や高官たちと、バレリー・ウィルソンについて何度も話し合っていたことが分かる。複数の人物がだれかを貶める目的で共に行動することを申し合わせるのは共同謀議罪に該当する。

起訴状にはリビーの動機を説明する記載がない。動機が重要とされるのは、スパイ罪など機密情報の漏洩に関する犯罪や共同謀議罪である。リビーの捜査妨害がなければ立件できたかもしれない。新しい大陪審の調査は、この動機に切り込んでいくだろう。

ローブ補佐官は起訴されるだろうか。記者会見でフィッツジェラルドは記者たちの質問に答えようとしなかった。起訴状にある「高官A」は誰かと聞かれても、名前を明かしていない。だが起訴状の詳細な記述を読めば、「高官A」がローブであることは容易に分かる。ワシントンの評論家たちは、今回の起訴がリビーだけで終わったので、ローブはもう安心していいとコメントしている。この情報通と呼ばれる人びとは、フィッツジェラルドが得意とする手法を知らないらしい。

2001年10月、連邦検事としてイリノイ州に赴任すると、フィッツジェラルドはすぐに州政府の汚職事件を担当している。2003年4月、ジョージ・ライアン知事(共和党)の補佐官2人を起訴する。起訴状に「個人A」とあるのは誰のことか、と記者会見で質問された。検事は「起訴されていない人に嫌疑をかけることはできない」と答えた。同年12月、大陪審がライアン知事を起訴する。先の起訴状の「個人A」が知事だったことが判明した。このときフィッツジェラルドは、たった1件の起訴から捜査を進め、次々と起訴を重ねている。ライアン知事の起訴は66番目だった。

チェイニー副大統領は、フィッツジェラルドの最後の「標的」だと言われている。法律関係者は、リビーを追いつめることによって、司法取引に応じさせるつもりだと推測する。リビーが有罪を認めて捜査に協力するなら、引き替えに刑を軽減する。いや、すでにリビーの弁護士が取引を持ちかけたが、実刑は譲れないとするフィッツジェラルドがはねつけたという噂もあった。本当のことはわからない。ただ、記者会見で司法取引について言及したとき、フィッツジェラルドは次のように述べている。

──私から司法取引を申し出ることはありません。リビー氏は法律に守られ、判決が下りるまで推定無罪です。それに反して、司法取引は被告が有罪だという前提で行われます。リビー氏と彼の弁護士が判断することです──

現職の大統領を起訴することはできない。弾劾裁判が先になる。しかし、すでに捜査はホワイトハウスに及び、副大統領にも嫌疑がかけられている。ブッシュ大統領が事件にまったく関与していなかったと考えるのは難しくなるだろう。

2004年6月2日夜、ジョージ・テネットCIA長官がホワイトハウスで大統領と面会し、辞任を申し出た。同じ夜のうちに、マクレラン報道官は、大統領が個人として弁護士を雇ったことを報道陣に伝えていた。

メディアを舞台するCIA漏洩事件は、リビーが起訴されたことで第2幕が切って落とされた。ブッシュ政権によるイラク侵略をめぐる疑惑が事件の背景にある。壮大な物語は始まったばかりだ。ジャーナリストたちは、それぞれの立場や信条によって、いろいろな筋書きを用意している。自分たちも登場人物だと知ってのことだろうか。

事件はささいなことだから、結局はつまらない物語にしかならないと言う者がいる。その一方で、単なる不法侵入事件に過ぎなかった「ウォーターゲート事件」よりも遥かに重大な意味を持つと考える者もいる。そして、自分たちが果たせなかった役回りをフィッツジェラルドが演じてくれると期待するジャーナリストがいる。

シーモア・ハーシュもその一人だ。ニューヨーカー誌の名物記者は、カナダのグローブ・アンド・メール紙のインタビューを受けて、リビーが起訴される数日前に「フィッツジェラルドがアメリカを救う」と予言していた。ハーシュによると、漏洩事件だけでなくイラク侵略の疑惑にも、検事は深く切り込んでいく。

ハーシュほどの情報網を持たない私たちは、フィッツジェラルドの活躍を予言することなどできない。しかし、記者会見で質問を受ける直前に検事がアメリカ市民に訴えていたことを読み返すと、予言を信じてみたくなる。

──副大統領の首席補佐官が偽証罪と司法妨害罪で起訴されました。この国が法律を真剣に見つめ、すべての市民が法を守る義務を負っていると、私たちはここで世界にはっきりと示すことができた。そう私は考えています。
──そして、すべての市民が法によって守られていることも、世界に示さなければなりません。政府の高官も例外ではなく、だれもが法を守る義務を負い、法に守られる権利を持ちます。
──私たちは、起訴から裁判へと続く法の道のりを歩き始めました。この裁判に関わる市民。この裁判を報道する市民。その放送を家で見守る市民。すべての市民が、アメリカの価値と誇りをかけて、この道を進む。それが私の願いです──

4 被告席に着くメディア

ブッシュが大統領に就任したとき、これは危ないことになったとサダム・フセインは思っただろう。チェイニー副大統領を始めとして、政権に登用された上級官僚たちのほとんどが、イラクの政権交代を何年も前から訴えていたからである。

9・11事件の後、オサマ・ビンラディンに向けられた怒りは、すぐにブッシュ政権によってサダム・フセインに対する怒りへと移し替えられていった。そこでメディアの果たした役割は計り知れない。ブッシュ政権が訴えるイラク政権の脅威を、さらに増幅してくり返し報道した。

ついには、サダムがオサマを支援して9・11事件を起こしたと国民の大半が信じるまでになった。これにはオサマも困惑したことだろう。アルカイダの首領がフセイン政権を忌み嫌うことはよく知られていた。

イラクを武力攻撃する第一の名分となったのが大量破壊兵器の疑惑だった。とくにイラクの核兵器開発計画については、メディアが連日のように取り上げた。一連の報道でスターとなったのがジュディス・ミラー記者である。上級官僚たちとの繋がりを武器に、政権から「情報」を仕入れては、ニューヨーク・タイムズ紙の第1面を次々とものにしていった。

リビー補佐官とローブ補佐官に続く第3の高官として、ハドレイ補佐官が登場した。ハドレイからバレリー・ウィルソンに関する情報を得ていたのは、ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード記者だった。かつて若手記者としてウォーターゲート事件を追及した大スターである。

ウッドワード記者の情報源が話題になったとき、政府関係者の名前がずらりと並べられた。有名記者であるほど、権力の内部に数多くの情報源を持つ。権力を監視し批判する使命を負うメディアが、「情報」を得るために権力に近づいている。

ニューヨーク・タイムズ紙は、誤った情報に基づいていたとして、ミラー記者の大量破壊兵器に関する記事を自社のサイトから削除している。CIA漏洩事件の発端となったニジェール疑惑についても、不都合な記事はネットから消されてしまった。記録は消しても、アメリカのジャーナリズムを代表する有力紙がイラク侵略に関与した責任は消えない。

ワシントン・ポスト紙も批判を受けている。ウッドワード記者は、リビーが起訴されるまでの2年間、なぜ自分の情報源を明かさなかったのか。なぜ今になって証言するのか。政権とどんな繋がりがあるのか。同紙は疑惑を拭えない。

フィッツジェラルドの靴音が聞こえ始めたブッシュ政権は、火宅のホワイトハウスで対応に苦しんでいる。まるで、フットボールの試合で大敗を喫したチームのロッカールームを見るようだと報道された。選手が互いを指さして、お前のせいで負けたと責任をなすりつける。同じように、アメリカが誇る二大新聞も火に包まれて、イラク侵略をブッシュ政権と共謀した責任のありどころを探っている。

2006年始めに予定される公判では、有名ジャーナリストが証人席に立つ。そして、リビー補佐官と肩を並べて被告席に着く一匹の怪物がいる。メディアという名の怪物である。

5 アメリカ

靴磨きまで取材した報道合戦の勢いは驚くほどで、フィッツジェラルドがニューヨーク市の連邦検事を務めていたころ、ブルックリンに借りていたアパートの隣に泥棒が入ったことまで報道されている。

警察が念のために近所を調べると、独身の検事が住むアパートには家具が少しあるだけで、がらんとしていた。ここも被害にあったのかと勘違いされたという。フィッツジェラルドは、大きな事件を担当すると事務所に泊まり込むことが多くなる。そして検事はいつも大きな事件を抱えていた。ニューヨーク・タイムズ紙の取材に答えて、かつての同僚が次のように思い出を語っている。

──ペンやメモ用紙を借りようと思って机の引き出しを開けると、汚れた靴下がたくさん詰まっていたものです。・・・ひどい散らかしようで、食べ残しはそのまま。服は放り投げてあるし、書類はそこら中で山になっている。それでいて、頭の中はいつもみごとに整理されていました──

アパートに何カ月もガスが引かれなくても気にしないでいた。やっと使えるようになったオーブンでラザニアを焼いてみたけれど、仕事のことを考えているうちに忘れてしまう。干からびたラザニアを発見したのは3カ月後のことだった。

もちろん、ホワイトハウスでの評判も報道された。高官たちは検事をエリオット・ネスと呼んでいる。禁酒法の時代に暗黒街となったシカゴに赴任し、アル・カポネを脱税罪で起訴に追い込んだ特別捜査官の名前だった。ホワイトハウスでは「正義漢ぶった嫌なやつ」だと、フィッツジェラルドを揶揄するつもりでネスと呼んでいるらしい。悪口はともかく、TVシリーズや映画にもなった伝説の捜査官を引き合いに出すとは、どうして的を射ている。

2001年、9・11事件の10日前に、フィッツジェラルド連邦検事は上司の推薦でシカゴに転属された。彼は買収にも脅迫にも屈しない「アンタッチャブル」だから、というのが推薦の理由だった。

フィッツジェラルドと大陪審が守るものは合衆国憲法とその精神である。そのために飾り立てた「真実」を叫ぶことはなく、だれにでも買える「正義」という弾丸で敵と撃ち合う必要もない。大陪審が出した起訴状は、事実だけを積み重ねていた。そこには人を駆り立てるような言葉などないが、読むうちに心が動かされる。尊いものを守ろうとする誠実な努力が感じられるからだろうか。

CIA漏洩事件の大陪審に選ばれ、わずか40ドルの日当と4ドルの交通費だけで2年間の調査を続けた人びとがいた。政権を揺るがす起訴を告げた市民の名を誰も知ることはない。

ブッシュ政権は、イラクの大量破壊兵器に関する不確かな情報を操り、メディアを通じて大がかりなPR活動を行い、イラク侵略という巨大な犯罪へと突き進んだ。世界が目撃した超大国の姿だった。ヘゲモニー国としての地位を永久に保とうと夢見たアメリカがある。そして同じ地図の上に、自らに与えられた義務と職務を果たす市民のアメリカ、フィッツジェラルドのアメリカがある。

2006年1月8日

月刊『世界』誌06年1月号掲載
編集=清宮美稚子

みやまえ ゆかり(TUPメンバー/ラジオ・プロデューサー)
あんのう かずき(TUPメンバー/ヤパーナ社会フォーラム)

【1】 テレビで放送された記者会見の録音から口述を書き起こしたものがある。Transcript of Special Counsel Fitzgerald's Press Conference, Courtesy of FDCH e-MEDIA, Friday, October 28, 2005.
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/28/AR2005102801340.html

【2】 Nicholas Kristof, "Missing in Action: Truth," The New York Times (May 6, 2003).
http://www.commondreams.org/views03/0506-02.htm

【3】 英文は、"The British Government has learned that Saddam Hussein recently sought significant quantities of uranium from Africa."


【4】 Walter Pincus, "CIA Did Not Share Doubt on Iraq Data: Bush Used Report Of Uranium Bid," The Washington Post (June 12, 2003; Page A01).
http://www.independent-media.tv/item.cfm?fmedia_id=1160&fcategory_desc=Under%20Reported

【5】 John B. Judis & Spencer Ackerman, "The Selling of the Iraq War: The First Casualty," The New Republic (June 19, 2003).
http://www.tnr.com/doc.mhtml?i=20030630&s=ackermanjudis063003&c=3&pt=a/9fvk+gc2u0urk+YDplFD==

【6】 Joseph C. Wilson 4th, "What I Didn't Find in Africa," The New York Times (July 6, 2003).
http://www.commondreams.org/views03/0706-02.htm

【7】 リビーに対する起訴状は、フィッツジェラルド特別検事事務所が新設したサイト http://www.usdoj.gov/usao/iln/osc/ からダウンロードできる。
http://www.usdoj.gov/usao/iln/osc/documents/libby_indictment_28102005.pdf

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