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全世界がアルカイダと9/11に興味を持っている:アレキサンドル・リトビネンコ取材記録 (常岡浩介)
http://www.asyura2.com/0610/war86/msg/856.html
投稿者 竹中半兵衛 日時 2006 年 12 月 13 日 11:04:40: 0iYhrg5rK5QpI
 

(回答先: Re:訂正: 「朝日新聞」→「毎日新聞」へ。 投稿者 竹中半兵衛 日時 2006 年 12 月 13 日 10:55:30)

Aleksandr Valterovich Litvinenko

http://www.geocities.jp/shamilsh/litvinenko.htm

取材:常岡浩介
翻訳:中間百合子
Aleksandr Valterovich Litvinenko/Александр Вальтерович Литвиненко
1962年ロシア・ヴォロネジ生まれ。旧ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦保安局(FSB)に20年以上にわたって勤務し、ロシア特務機関の最も機密性の高い部署を歴任したリトビネンコ氏は、98年以来組織内の腐敗と組織的に行われていた違法工作活動の実態を暴露し、公に批判したことからプーチンと対立、99年にはFSB内の刑務所に収監された。度重なる脅迫の末、2000年10月、生命の危機を自覚しトルコに出国した後、2001年5月、英国で政治亡命が認められた。プーチン統治下ロシア特務機関の暴走に警鐘を鳴らす。著書に「FSBがロシアを爆破する」「LPG−ルビャンカ犯罪集団」。昨年末には、著書をロシアへ輸送するトラックが武装FSB部隊に襲撃され、積荷をすべて強奪された。プーチンが最も恐れる男。


初夏のロンドン、北部郊外の居宅で、リトビネンコ氏に逢った。「国際諜報戦のただ中で命のやり取りを繰り返してきたKGBの辣腕エージェント」として思い描いてきた強面のイメージと裏腹に、リトビネンコ氏は快活でよく笑い、打ち解けやすいざっくばらんな人物だった。

−−−−−−−−−−(中略)−−−−−−−−−−

Q 全世界がアルカイダと9/11に興味を持っている。

私は約20年間KGBとFSBで仕事をしてきた。機動任務につき、反テロ、組織犯罪取締りの仕事をしてきた。どんな犯罪グループもどんなテログループも、特務機関や国家の支援なくしては、長いこと存在することはできないと言うことができる。つまり大まかに言ってしまうとテロリストは、外交官パスポートを持って、世界を股にかけているということだ。カタールでの場合と同じだ。あのテロのリーダーは、外交官で、爆弾は外交官用荷物として送られた。
アルカイダについては、アルカイダの2人の人物がKGBとつながりを持っていたことを私は知っている。第一にアイマン・ザワヒリ。97年に半年間、ダゲスタン領内でFSB特別訓練に参加した。ザワヒリの裏にはFSBがいるという情報漏れがあった後、2001年か2002年にFSBは確かにザワヒリはいたが、彼は逮捕されていたと公表した。私は97年当時、国際手配されたテロリスト捜索にたずさわる部の長をしていたので、誰もザワヒリのことを調べなかったし、何の報告書もないことを断言できる。しかもザワヒリは当時すでにテロリストとして指名手配されていたので、ザワヒリが逮捕されていたとするなら、調べられて、彼の正体はその外見や指紋によりすぐに判明しただろう。彼はそれまでにすでにエジプトの「イスラム聖戦」という有名なテログループのリーダーであったからだ。エジプト政府が彼の手配を出した。指紋も分かっていたし、外見も公表されていた。97年にもし彼がダゲスタンで逮捕され、調べられていたら、彼がザワヒリだと、ものの15分で判明したはずだ。私は当時、国際手配されたテロリストの捜索部の長をしていたが、誰もザワヒリのことを調べなかった。つまり彼は逮捕もされていなかったし、拘束もされなかった。彼はFSBの特別トレーニングを半年積んだ。しかもこれはテロリスト養成の必修プランで、 KGB時代にテロリストを養成していたときも、いつも半年の訓練だった。彼らにはテロリスト養成の特別プランがあり、私はKGBが作成した、パレスチナ、イラン、イラク、サウジアラビア、シリア、スーダンからのテロリスト養成の文書がある。超極秘の文書だ。またアイルランドのテロリストもKGBは半年訓練した。そのようなトレーニングをザワヒリは受けた。彼は中東に出て、ダゲスタンでトレーニングを受け、その後、アフガニスタンのビン・ラディンの元に行った。それまで彼は全く知らなかった。彼はそこにやってきて、なにやら推薦文のようなものを携えていたらしい。彼はアルカイダのNo.2になった。
アルカイダにいるロシアの特務機関と結びついた2人目は、諜報員、というよりFSBの職員であるナマンガニ氏(フェルガナ地方ナマンガン出身ウズベク人、ウズベキスタン・カリモフ政権に対し聖戦を宣言して武装闘争しているウズベキスタン・イスラム運動の最高幹部、キルギス邦人人質事件の首謀者、現アルカイダ幹部)だ。89-91年までソ連KGBの特別学校で学んだ。今、その学校はバラシキにある。彼はそこで目撃されているし、そこで知られている。その後、彼はタジキスタンに行き、そこからアフガニスタンに入った。今はビン・ラディンの側近の一人になっている。
またロシアの特務機関が9.11のテロと結びつきがあるかとの質問だが、私は事実無根なこと、自分の知らないことは言いたくない。ただ私は事実だけを述べ、結論は君たち自身が出してくれ。私にはロシアの特務機関が9.11のテロ行為と関係があるという証拠はない。私が持っている証拠は、特務機関はアルカイダと結びついているということに留まる。
私は一つの事実を持っている。もしこの事実を調べるならば多くのことが符合するだろう。2001年9月11日にあのテロが行われた数日後、ロシア特務機関はチェチェンの隠れ家でCDを発見した。それにはボーイング735だったか、737、あの9.11のテロを行った飛行機のパイロット用のマニュアルが載っていた。そこで疑問が湧く。この隠れ家はチェチェン人テロリストのもとで見つけられたが、その前もその後も知られていなかったところだ。この隠れ家が特務機関によって置かれたものであることは疑いもない。この隠れ家が見つかったのは、まさにあのテロが行われた翌日、28時間後に見つかったのだ。この隠れ家がロシア特務機関によって9.11前に作られたものか、9.11後に作られたものか、という疑問が起こる。もしこの隠れ家が9.11前に作られたものだとしたら、特務機関はどうやってこのタイプの飛行機を使ってテロが起こると知っていたのか。もしこの隠れ家が9.11後に作られたものだとしたら、その疑惑はなくなるものの、一体どうやって彼らはこのCDをこんなに早く手に入れたのか、という疑問がわく。CDだけではなく、書類も発見されたのだ。だからこれは非常に重要な問題で、この問題について、アルカイダのテロ行為について捜索しているアメリカの機関やその他の国の機関も、特に9.11のテロ行為について調査している人たちは、まず隠れ家の設立とその発見という事実を調べることをお勧めする。すべてを詳細に、誰が置いたのか、誰の隠れ家だったのか。ロシアの特務機関の指令を受けた人物を特定すること、などすべての目撃者を取り調べ、この隠れ家から発見された物品をすべて調べ、CDを調べたら、専門家はこの隠れ家が9.11前に作られたものか、9.11後のものか、明らかにすることができる。これはロシアの特務機関の誰かが飛行機を使ったテロが行われることを知っていたことを示す。チェチェン戦闘員、チェチェン首脳部にはこのCDは全く必要のないものなのだ。パイロットに聞けば分かるが、どんなにCDを持っていたとしても、模擬訓練がなければ飛行機を操縦するのを教えることは不可能だからだ。チェチェン共和国ではすべてが破壊されており、2001年までにはすべてのインフラが破壊されており、ボーイングを操縦するパイロットになるということは、当時全く不可能であった。それだけだ。

−−−−−−−−−−−−以下略−−−−−−−−−−−−−

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