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北朝鮮における金日成と金丸信の歴史的会談の舞台裏事情
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投稿者 提供人D 日時 2007 年 6 月 06 日 16:54:18: zjIwxfdYJcbls
 

噂の眞相 1990年12月号特集5
北朝鮮における金日成と金丸信の歴史的会談の舞台裏事情
● 朝田賢治(ジャーナリスト
 
 冷戦構造の最後の砦とみられていた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が突然、日本に向けて扉を開いた。
九月下旬に訪朝した自民党・社会党合同代表団(団長・金丸信元副総理、田辺誠社会党副委員長)に対して北朝群は「国交正常化交渉」を提案、自社両党と朝鮮労働党の三党共同宣言でその開始を確認した。
通常の外交チャンネルを全く無視し、金丸信という外交とは最も縁が薄いと思われていた〃寝業師〃を通しての異例の外交劇だった。何の前触れもなく目の前でいきなりドアを開けられ、中へ入るよう招かれた保守的官僚体質の外務省にしてみれば虚をつかれた急展開だっただろう。
予告もなしに初めから〃本論〃をぶつけてきた北朝鮮の狙いは何か。全てに意表をついた金丸訪朝による展開は北朝鮮が綿密に描いてきたシナリオではないか、というのがもっぱらの見方である。そのあたりをレポートしてみよう。
 
●カヤの外だった外務省
「北朝鮮が国交正常化交渉に入りたいと言っている」――平壌にいる川島裕アジア局審議官の興奮気味の電話が外務省に届いたのは九月二十七日の午後、自社訪朝団が平壌入りして四日目のことだった。
それまで、懸案であった第18富士山丸の紅粉勇船長と栗浦好雄機関長の二人の「釈放」に関する事前情報は伝えられてはいたが、北朝鮮側の明確な伝達があったわけでもなく、ただ金丸信らの「感触」だけが頼りというタグイの情報だった。
外務、通産、運輸、郵政各省から同行した実務官僚ら北朝鮮政府との協議も行われず、あまつさえ代表団の全体会議すら開かれていなかった。すでに翌日の昼過ぎには帰国という段階にあったにもかかわらずである。
要するに、厳密にいえば「具体的成果は何一つ確定していない」時点での連絡だった。それだけにこの急進展に外務省は驚きと当惑の色を隠しようもなかった。
栗山外務次官が李源京・駐日韓国大使に電話を入れたのは、川島審議官の連絡を受けてから一時間も経っていなかったという。「北朝鮮が国交正常化交渉を始めたいと言ってきたが、どう見るべきか全く分からず困っている。しかし、ともかく連絡します」
少しでも早く連絡することで韓国に対する誠意を感じとってもらいたいーー。恐らく、それぐらいしか咄嗟には思い浮かばなかったのだろう。
九月二十四日に日朝間では初のJAL直行便で平壌入りした自社訪朝団は「国賓並み」の待遇で迎えられた。五万人が演ずるマス・ゲームに招待したり、通常は客を迎えに出ない金日成主席が玄関まで出迎えに出たりと異例ずくめだった。
しかし、川島審議官が「国交正常化」を告げられた二十七日まで、政府関係者は全く無視された格好だった。川島審議官は訪朝団のメンバーに「私の仕事は向こうの人達と宴会で和気あいあいと話すこと」と冗談まぎれに語っていたほどである。
この間、北朝鮮は徹底的に団長の金丸と田辺の二人だけを対象にしぼって対応していたのである。北朝鮮は田辺誠とは馴染みが深い。より正確にいえば、事実上は金丸一人に的を絞っていたと言っていいだろう。
中国の伝統的外交手法である「遠交近攻」策に従えば、北朝群は外務省と「遠い」位置にいる金丸信と親交を結んだ上で「近い」外務省を攻める準備を整えていた、ということになろうか。
いずれにせよ、金丸を迎える北朝鮮の出方はスタートから意表をついていた。平壌から百五十`も離れた妙香山に金主席との会談場所をセットしたのもそのひとつである。そして、会談を終え一行が平壌に帰る列車に乗り込む直前に金丸に金主席が「残って会談したい」と誘った。事前に知らされたのは田辺だけというウルトラC作戦だった。
金丸は秘書の真吾(二男)らと駅から妙香山の招待所に戻った。他の代表団一行は列車に乗ってから初めて知ったのである。ここで金丸はさらに一泊し、金主席と三回にわたって会談した。
その内容はいまのところ完全には明らかにされていない。しかし、このサシの会談こそが今回の訪朝の勝負どころであったようだ。翌日、平壌に戻った金丸は「感銘をうけた」と語り、「金主席は大変な政治家」「私なんかよりずっと上の人物」と褒め称えた。親密な「金・金関係」が成立したと誰にも分かる結果だった。
何がそんなに金丸に感銘を与えたのか――。金主席はこの席で、ソ連や米国など大国の間で翻弄されている、今の北朝鮮の厳しい立場を率直に語ったとされている。
金丸訪朝の直前にはシュワルナゼ・ソ連外相が訪朝し、韓ソ国交樹立を通告した。北朝鮮はこれに対し、朝ソ外相会談での論争内容を〃備忘録〃という形で暴露、猛烈な反発を示した。
かつて米中国交正常化という米国の頭越し外交は日本に大きな「ニクソン・ショック」を与えた。当時の保利官房長官は余りの屈辱に十日間も寝込んだと言われるほどだ。
保利と同じ派閥「周山会」に属していた金丸は、保利の姿を通して大国外交の非情さを目の前で見せつけられた体験がある。北朝鮮の支えであったソ連の裏切りとも見える韓ソ国交樹立という事態を前にした金主席の苦渋に、金丸が共感を覚えたとしても不思議ではない。
そして最後に金主席は「アジアの問題はアジア人の手で。日朝の問題は日朝の手で」とその姿勢を語ったのである。「日本の協力を受けずによくぞ、ここまで再建された。今から日本の協力をやれば(韓国に)追いつけるだろう」といった、後に波紋を呼ぶ戦後四十五年の「償い」も含めて全てを金丸に飲み込ませたキーワードがここにあった。
金・金間での親交を確立するにはどうしても他の一行と隔絶されたサシの場が必要だったのだ。結果をみれば妙香山は、このために用意された舞台だったということだろう。
 
●北朝鮮の狙いとは何か
北朝鮮が日本との関係打開を図った最大の動機は日本からの経済協力の引き出しにあることは疑いのないところだろう。極端な外貨不足で生産設備の技術革新も思うにまかせず、対外債務も総額七十億jにのぼるといわれている。
それに加えてソ連は最近、北朝鮮の石油輸入量の半分近くを占めるソ連産石油の供給量を減らすとともに、これまでバーター取引だった決済を外貨で支払うよう通告してきた。中国は自国経済の建て直しで精一杯。これまで後楯であったソ連の〃縁切り〃通告で北朝鮮としては日本に頼らざるをえない状態に追い込まれている、というのが一般的な見方である。
しかし、日本政府――外務省は金丸の訪朝にあたって、国交正常化前に経済協力に踏み切る考えのないことを明確にしていた。金丸は出発前に二十〜三十億j程度の経済協力を土産として北朝鮮に供与したいとかなり強く外務省と交渉したようだ。しかし、栗山外務次官の拒否の態度はかたくなで、結局諦めたフシがある。
北朝鮮はこうした日本政府の姿勢をつぶさに分析。九月初め頃には日本からの経済協力を引き出すには国交正常化に踏み出すのも止むを得ないとの基本方針を固めていたようである。社会党の田辺誠のもとにその方針を明らかにした文書が密かに届いたのは九月中旬のことだったという。
しかし、南北クロス承認につながるとして拒み続けてきた日本との国交正常化という大転換を提案するには、経済協力への確証を是非とも事前に得たかったのだろう。その確証を得る場が金・金会談だったといっていい。その証拠に金・金会談が終わった翌日、先に触れた川島審議官はじめ、自社代表団への国交正常化交渉の意思表示が一斉に行われたからだ。
自社代表団と朝鮮労働党との全体会議で北朝鮮側の交渉責任者である金容淳・蓄記(国際部長)は@戦前、戦後を全て含めての謝罪A竹下元、海部現首相が戦後の北朝鮮との疎遠も含めて陳謝――したことを確認した上で国交正常化問題を口にした。
ところで日朝関係をめぐる文脈の中で金丸信の名前があがってきたのは、昨年からである。
八九年四月初めの訪朝に当たって田辺は金丸を通して竹下首相(当時)に働きかけ、日朝関係打開の新局面を開くべく画策した。それが同年三月の衆院予算委員会での竹下登の「過去の歴史の深い反省」と「前提条件なしの政府間直接対話の呼びかけ」となった。
これをうけて訪朝した田辺が北朝鮮の許●(●は金へんに炎)書記(当時、現最高人民会議外交委員長)・政治局員との会談で、この竹下発言を実行に移す方法として「金丸特使」を打診し、その実現を目指すことで一致したのが始まりである。
しかし、当時の北朝鮮は、まだそれほど金丸訪朝構想に乗り気ではなかった。昨年のパチンコ疑惑の際には金丸訪朝構想自体が消えかかってしまったほどだ。十一月に田辺が北京で金養建・朝鮮労働党国際部副部長と会談した時は激論の末、金丸の親善が北朝鮮側に渡らないままに終わったほどである。
北朝鮮が本格的に金丸に焦点を当て、研究し始めたのは今春頃からと見られている。
朝鮮労働党の許●(金へんに炎)書記から招待を受けて五月に訪朝した社会党の深田肇・国民運動局長(参院議員)に許●(金へんに炎)書記は「国民の友好親善促進のため、北朝鮮は行動を起こす用意がある」と表明、そのために@日本政府の北朝鮮敵視政策の中止A南一辺倒政策の改善・是正――を日本政府に求め、同時に金丸訪朝団について「原則的に了解しており、方針の変更はない」と受入れを確認した。
この頃から北朝鮮は「金丸氏の資格は自民党代表か、派閥代表か」とか「肩書は何か」などに関して取材攻勢をかけ始めた。
中国筋によると、金丸訪朝の直前の九月上旬に中国を極秘訪問し、瀋陽で江沢民・中国共産党総書記と会談した金主席も江総書記から金丸についての情報をたっぷり仕入れ、金丸に対する作戦の想を練ったという。
余談だが、こうしたやり方は中国と通じるところがある。初の金丸訪中を前に「在京中国大使館のある人に呼ばれて、金丸さんとはどんな人かとしつこく聞かれた」と証言する政治学者もいるからだ。
 
●北の真の狙いは竹下登か!!
妙香山での会談の後、自社代表団を昼食に招いた席で金主席が右隣りに座った田辺に「(日朝関係打開の動きは)竹下さんの発言がスタートでしたね」と竹下元首相の労をねぎらったという。金主席の左隣りには金丸がいる。金丸は不愉快そうに横を向いたまま無言。金主席は北京のアジア大会で李鐘玉・副主席と竹下登が会談したことなどをしきりに紹介した。
北朝鮮が現在の金丸、竹下両人の関係を知らないはずがない。これから友好関係を築こうとする金丸を前に、なぜ金主席は敢えて竹下の話題などを持ち出したのか。実は竹下から訪朝団メンバーの一人を通して金要淳書記に「よろしく」のメッセージが直前に届いていたからである。
今回のシナリオの表の主役が金丸なら竹下は裏の主役、そしてこれからの主役でもある可能性が強い。竹下は日朝関係打開のそもそものキッカケを作った恩人。従って、それに対するお礼のあいさつをどこかでしなければならない。
当初は金容淳書記が金丸・田辺訪朝団の歓迎宴でのあいさつで触れる予定だったという。しかし、日本側団員の口添えもあって、それでは金丸に失礼になるという配慮もあって、触れられなかったという。それが、翌日の金主席の歓迎昼食会の席での発言につながったのだろう。
確かに日朝間の扉を開くには金丸の政治力に頼るしかなかった。しかし、北朝鮮にとっての最終的目的である日本からの賠償・経済協力を引き出す際に財政当局への影響力が大きいのは竹下の方である。
北朝鮮が、今後の日朝関係進展をも見越して竹下を大事にしているという姿勢を見せたかったとも受け取れよう。そもそも金容淳書記は「竹下派だ」と解説する日朝関係者もいるぐらいなのだ。
中国に対しては第三次円借款凍結解除の推進役、韓国に対しては日韓議員連盟会長として両国に強力な足場を築いている竹下が日朝関係の表舞台にも登場するとなると比類のない強固な立場を得ることにもなる。
 
●今後の展開をさぐる!
金丸訪朝団によって日朝間の重い扉は開いた。第18富士山丸問題というトゲも抜けた。しかし、関係打開に伴って具体的な「過去の清算」に取り組まなければならないのも事実である。
北朝鮮にしてみれば、第18富士山丸事件の対極にある閔洪九・元北朝鮮兵士の送還問題を一時的にせよタナあげにしてまで、日朝関係での方針転換を図ったという思いがあるのだろう。それだけ日朝関係の絆を早く固めたいとの気持ちも強い。それには日朝間の往来を増やし、既成事実を積み重ねるのが最も確実な方法である。
それが紅粉船長らの釈放の仕方に表れた。金丸に対し、北朝鮮側は「自民党の幹事長に二人の身柄を引き渡す」と通告したのである。それを十月十日の朝鮮労働党創建四十五周年記念式典への招待とからませた。金丸から電話でこの連絡を受けた小沢幹事長は即座に記念式典に出席すると返事せざるを得なかった。金丸訪朝のわずか半月後に与党の幹事長が訪朝すれば、それは有力な日朝関係化の証拠になる。
そして十一月初旬に最初の日朝政府間折衝を行い、同月下旬には朝鮮労働党代表団が来日。その際、北朝鮮政府関係者も同行し、東京で第二回折衝を行う。小沢訪朝はその後のこんなスケジュールを確保する材料でもあったというわけだ。これが北朝鮮の描いた金丸訪朝後のシナリオであったとする見方の骨子である。
しかし、北朝鮮が描くような順調な関係改善の道を歩むには日朝間にはまだまだ未解決の問題も多い。当面は金丸訪朝団が残してきた「共同宣言」の扱いである。北朝鮮が敢えて署名式まで行ったのは、それによって日本政府に対する縛りをアピールするためである。
一方、日本政府や自民党には「あくまで党同士の宣言」として、無視しないまでも国家への拘束力を少しでも弱めようとする動きがあるのが現実だ。すでに戦後四十五年間の「償い」問題のように日朝間での食い違いが顕在化している部分もある。歴史的な不信感から出発点でスレ違いが生じているものも多い。
例えば、日本政府は善意から「前提条件なしに話し合う」と提案したが、北朝鮮のスタンスは「前提条件なしとはケシカラン。植民支配の謝罪と賠償、南一辺倒政策の是正と償いをするのが前提条件」となった点などだ。日本にとって北朝鮮の論理は受け入れがたい部分もあるだろう。
詳しく述べる余地はないが、戦後四十五年間の償いにしても日韓の関係を考えれば、北朝鮮の主張は承服しにくいという意見も当然あるに違いない。また一部マスコミが報じたように、この間の北朝鮮の描いてきたシナリオに金丸信がまんまと乗せられたという見方もあながち否定できないところだろう。
しかし、北朝鮮の外交政策転換必死さの表れと受け止めれば、日本としても誤解を解きつつ、それに応える必要は大いにあるはずだ。隣国といってもいい位置にありながら、政治体制の相違のみで、日本国発行のパスポートに「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を除く」とあったことじたいが異例だったのだから…。
ともあれ金丸の訪朝によってもたらされた国交回復=経済交流が順調に行けば、やがて悲願の朝鮮半島の統一につながるだろう。外交音痴の金丸信ゆえの〃成果〃が頭の固い官僚たちに発想の転換を強いることになれば、まさにケガの功名ではないか。<敬称略>

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