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JMM [Japan Mail Media]   「雇用システムへの信頼」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 1 月 13 日 22:48:12: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2007年1月13日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.409 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第285回
    「雇用システムへの信頼」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第285回
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「雇用システムへの信頼」

 前回、日本の「ホワイトカラー・エグゼンプション」論議にあたって、アメリカの
制度が正しく紹介されていないということをお話ししたところ、様々な反響がありま
した。また丁度、年末年始にかけて、この問題は色々な角度から議論されているよう
です。現時点では、厚生労働省は法案の提出に関しては、依然として強気であり上程
は参院選後にするとか、最初は年収900万円以上にしてインパクトを小さくしよう
とか(後でお話ししますが、この900万という数字自体も大変に問題なのですが)、
話の方向は法律を通すための方法論に向かっているようです。

 政府や財界としては、更に「労働ビッグバン」というマンガ的としか言いようのな
い名称の元に労働法制の大幅な改訂を目指しているようです。日本人の働き方が議論
の対象になるのは素晴らしいことだと思いますが、改革の方向を間違えては大変です。
下手をすると、日本経済の競争力も日本人の幸福度も吹っ飛んでしまうようなことに
なりかねないからです。

 ですから、厚生労働省並びに日本経団連が、アメリカの制度を「誤解」もしくは
「曲解」して伝えていると言わざるを得ない、このことをもう一度掘り下げてお話し
することは、この時点で極めて重要だと思うのです。まず制度のネーミングですが、
どうやら出所は「諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研
究」という「独立行政法人 労働政策研究・研修機構」が2005年3月に発行した
報告書のようです。

 この報告書は「厚生労働省からの研究要請を受けて」取りまとめられたというので
すから、この一連の制度改定のベースとなった資料とみなしても良いのでしょう。そ
の報告書の38ページから39ページには、

  「真正な管理職(executive)、運営職(administrative)、もしくは専門職
  (professional)の資格で雇用される被用者」は、一般に「ホワイトカラー・エ
  グゼンプション」と呼ばれ、労働時間規制を受けない上級ホワイトカラーの代名
  詞になっている。

 という記述があります。まるでこの「ホワイトカラー・エグゼンプション」という
のが制度の名前のような記述で、実際にこの部分の小見出しは「ホワイトカラー・エ
グゼンプション」となっているのです。ですが、実際にはアメリカでは社会問題とし
て労働問題を議論する際にも、あるいは経営の立場から雇用条件を議論する際にも、
あるいは日常生活の中で「あなたの仕事はどんな具合?」というような雑談をすると
きにも「ホワイトカラー・エグゼンプション」という言い方はしません。

 あくまでこの言葉は、労働法制に関する専門用語(術語)であって、「上級ホワイ
トカラーの代名詞」などというのは事実に反します。何故かというと「ホワイトカラ
ー」という言葉自体が「ブルーカラーよりも偉い」というニュアンスがあって「ポリ
ティカリー・インコレクト(平等思想に照らして不適切な表現)」な印象があるから
です。では制度に何か名前があるかというと、特にそうではなく、どの国にもある
「管理職と専門職は残業がつかない」という慣行がアメリカにもある、それだけだと
思います。

 ただ、人材を採用する際などに、残業のつかない職種は「エグゼンプト」、残業の
つく(したがって適用除外ではない)職種は「ノン・エグゼンプト」という言い方は
します。それ以上でも、それ以下でもありません。また、今回ブッシュ政権の下で、
所得要件の緩和などが行われていますが、そもそも「裁量権」や「部下の人事権(採
用と解雇の権限)」あるいは「職歴や学歴の裏付け」などの厳密なチェックを伴って
運用されているのは前回お話しした通りです。

 実はここにもう一つ重要な要素があります。それは、アメリカの職場における職務
内容記述書(ジョブ・ディスクリプション)の存在です。その人は仕事として何をす
ればいいのか、誰の支持を仰げばいいのかということが文書化されたもので、採用の
時点でも、毎年の年俸改訂の際にも、昇格や異動の際にも必ず見直して合意の上、本
人がサインしなくてはなりません。

 このジョブ・ディスクリプションが非常に厳格に運営されている、それがアメリカ
の労働事情の背景にあるのです。厳格というのは正確に言うと「書いてあることはし
なくてはならない」が「書いていないことはしてはならない」のです。特に「自分の
職務として書いていないことで、他人の職務であることを勝手にやってはいけない」
のです。

 つまり、職務内容が似通っている同僚の仕事を勝手に「カバー」するのは御法度な
のです。日本からアメリカの企業(ないし日本企業の現地法人)に行くと、この点で
非常に戸惑う人が多いのですが、「ジョブ・ディスクリプション」に書いていないこ
とを命令することは基本的には難しいのです。例えば、秘書に仕事を頼もうと思った
ら、出張の手配とか、ビジネスレターの清書などという項目を全て洗い出して、具体
的に書いておかねばならないのです。

 上司は部下に対して「ジョブ・ディスクリプション」に書いていないことを命令す
るのは、どうして難しいのかというと、まず「約束していない成果は評価のしようが
ない」という思想があり、そして「自分の職務範囲の以外のことを行うというのは、
他人の職務を侵すことになる」という発想があるからです。

 極端な例ですが、アメリカの学校では子供による掃除当番はありません。このこと
について「どうして?」という子供の問いかけに対して大人達は「生徒が掃除をして
しまうと、掃除をする人の仕事がなくなってしまうから」という答え方をします。そ
して子供はそれに納得してしまう中で、知らず知らずのうちに「他人の職務を侵すな」
という感覚を身につけていきます。

 更に言えば、こうした厳格な職務内容は、各人のキャリアに深く結びついています。
日本でよく言う「ゼネラリスト」という名の「何でも一通り経験した人材」などとい
うものはなく、マーケティングならマーケティングの、そしてその中でも数値分析を
中心とした戦略家なのか、あるいは消費者向けのキャンペーンやメディア戦略が得意
なのか、あるいは商品開発の中でマーケティングを行うアプローチなのか、そうした
専門性が問われていくのです。

 その専門性は職歴だけでなく、学歴にも関係してきます。ですから日本では良くあ
る「大学は文学部だが、数字が得意そうだから経理」であるとか「理系だがセンスが
良いのでクリエイティブ」というような人事は絶対にあり得ません。そのような専門
性が学歴職歴という事実によってサポートされている中で、労働市場における人材の
価値が生まれ、人は職を得ていくのです。

 アメリカの雇用制度は、そのような専門性と、そして「エグゼンプト」の場合は裁
量性ということが実際に機能していて、その延長で「残業のつかない管理職、専門職」
が存在しているのです。そうした全体像を無視して「アメリカではホワイトカラー・
エグゼンプションが機能している」というカタカナの報告書で世論を煙に巻くという
のは、厚生労働省にしても日本経団連にしても不誠実だと思います。

 では、日本の雇用制度はこのままで良いのでしょうか。決してそんなことはないと
思います。財界が言うように、国際的な競争力の問題は無視できませんし、時代の変
化スピードに対応できるような人材の育て方も、配置の仕方も必要でしょう。終身雇
用を前提としたゼネラリスト候補を中心として、これに研究開発の専門職を加える、
どちらも配置転換を繰り返して長期的な人材育成を行う、そんな「のんびり」した人
事では対応できない時代です。

 では、思い切ってアメリカ型にするのが良いのでしょうか。相当部分は良いように
思います。ですが、日本企業の美点である「各人が隣接する他の業務に精通している」
ことや「日程の正確さや工作精度の要求度が高い」こと、あるいは「全員がコスト感
覚を共有している」ということなどは、100%捨てるべきではないと思います。

 では、どの部分を残して、どの部分を変えていくのか。実はこの点はほとんど議論
されていないのではないでしょうか。また雇用制度が変わっていくことは、求める人
材が変わっていくと言うことであり、結果的にこれは教育制度にも大きく関係してき
ます。また、人々の文化や価値観にも関係してくるのでしょう。

 例えば、アメリカの場合、終身雇用は崩壊してしまう中、職を得るためには学歴と
職歴をコツコツと積み上げるしかないプレッシャーの高い社会になっています。一旦
得た職も、経営環境の悪化などの結果として解雇されることも十分にあります。その
結果として、失職した人間が残った同僚を恨んで銃を乱射して自分も自殺するような、
やり切れない事件も多いのです。

 そうであっても、アメリカ人が何とかやってゆけるのには、無邪気なまでに楽観的
な姿勢であるとか、結果はともかく「機会の平等」だけは信じられるという、システ
ムへの信任があるからなのでしょう。丁度、この年末年始のシーズンに、この「雇用
の不安定」と「それでもチャンスを信ずる楽天さ」というアメリカらしい問題を描い
た映画が大ヒットしているので、こちらをご紹介することにしましょう。

 日本でのタイトルは『幸せのちから』ということに決定しているようですが、原題
は "The Pursuit of Happyness" で直訳すると「幸福を追い求めて」とでもいうよう
な意味、ちなみにハピネスの綴りが間違っているのがご愛敬です(どうしてかは作中
のエピソードに関係があるので、ここでは省略します)。

 主役はウィル・スミスで、今回がデビューになる息子さんのジェイデン君との親子
競演も話題を呼んでいます。ストーリーは、海軍OBで医療機器のセールスマンだっ
た男(スミス)が、不運の重なる中で日本でいう「ワーキング・プア」の状況に陥っ
てしまいます。妻(サンディ・ニュートンがイヤな役を好演)にも去られた男は、ア
パートからも簡易モーテルからも追い出され、5歳の息子を連れて地下鉄に寝泊まり
したり、教会のホームレス用シェルターに駆け込んだりするのです。

 ただ、この男は「株のブローカー」になるという夢がありました。学歴も職歴もな
い彼は、無給のインターンを半年間務めることで、自分のキャリアを作ろうと必死で
努力します。その貧しさと不運は目を覆うばかりなのに、常に前向きであり、息子を
愛し、夢を捨てずに努力する、そんなウィル・スミスの何とも言えない演技は、口コ
ミで広がっているようで、公開から一ヶ月近く経つのですが、まだまだ観客を集める
ロングランになっています。現時点での興行収入は126ミリオン(約151億円)
ですから堂々たる大ヒットです。

 この間のハリウッドでは、価値観の相対化や、格差の進行、あるいはリベラルと保
守の対立疲れなどから「アメリカンドリーム」をここまで描いた作品はあまりありま
せんでした。ですが、この『幸せのちから』のヒットは、まだまだアメリカ人が「セ
カンド・チャンス」や「機会の平等」を信じているということを示しているように思
います。

 勿論、極貧の中での苦労の描写が共感を呼ぶ心理には、雇用の不安定な社会、格差
の大きな社会への不満が渦巻いているとも言えます。ですが、どんなに過酷であって
もシステムが信じられるというのは希望のある話です。希望とは、楽観的に夢を追い
かける個人の資質だけでは持ち続けることはできません。無給のインターンを必死で
勤めながら、資格試験に合格するために睡眠時間を惜しんで勉強する主人公の姿が感
動を呼ぶのは、その希望にリアリティがあるからですし、その背景にはシステムへの
信任があるということを、この映画は教えてくれています。

 翻って日本の「労働ビッグバン」や「ホワイトカラー・エグゼンプション」の提案
はどうでしょうか。そこには人々のシステムへの信頼を高めるようなメッセージ性は
感じられません。競争力の名において、労働の成果を勤労者に分配する率を更に切り
下げようという意図しか見えないとしたら、個々人の成長や努力への動機付けにはな
らないのではないでしょうか。

 例えば、日本の雇用問題の中で非正規雇用の正規雇用化ということは重要なテーマ
だと思うのです。ただ、この問題が上手くいかないのは、現在非正規雇用に甘んじて
いる人が「どうすれば正規雇用を得られるのか?」という道筋が見えていないことで
す。今は、「正社員経験のない30歳」が大企業の正社員として「ポン」と配属する
ようなことは、雇用側もその「30歳」の側もイメージとして描けない、そんな状況
です。

 ここには補助金をいくら出しても問題は解決しません。「30歳」が何をしようと
しているのか。そのためにはどんな努力をしようとしているのか。そしてその結果ど
ういった可能性があるのか。そうしたシステムへの信頼から来る、人間としての自然
な努力への動機付けの循環、これを確立しなくては「再チャレンジ」も何もあったも
のではありません。

 最後にその安倍政権が打ちだそうとしている「年収900万以上の残業カット」で
すが、この900万という数字の対象になるのはどんな人なのでしょうか。残業込み
で900万というのは「残業のつくヒラ社員」としては相当に上位に当たる収入です。
中には、毎月の固定基本給50万、賞与が5ヶ月分で250万(ここまでで850万)
後の50万は残業で125%の割り増しを考えても残業単価が時間当たり3900円
ぐらい、したがって年間の残業時間は120時間(一ヶ月10時間)程度というケー
スもあるでしょう。ですが、「ヒラ」で毎月の固定給が50万というのは非常にまれ
なケースです。

 あるとしたら「係長・主任」クラスで、管理職の一歩手前というグループでしょう。
このグループは、多くの場合は管理職昇進を「人質に取られ」る中で高い忠誠心を要
求され、恐らくは膨大なサービス残業をしているのではないでしょうか。だとすれば、
管理職昇進を待たずして「残業カット」の対象になったとしたら「手取りは大して変
わらない。でも何だか空しい」という印象を抱くでしょう。まともな企業だったら、
本人のモラルを考えると、こうした人を対象にわざわざ新制度を導入しないでしょう。

 そもそも多くの企業の場合は、管理職・専門職の年収は500万円台から700万
円台がスタート地点であるはずで、900万円以上などという法制は何の影響も与え
ないはずです。厚生労働省も「対象者はごくわずかなので国民が心配する必要はない」
という言い方をしていますが、対象が少ないのは間違いありません。ですが、このわ
ずかな対象という人たちが問題なのです。

 そのわずかな中の多くのケースは、月間固定給が30万ぐらいではないでしょうか。
そして賞与が5ヶ月出ていたとして、年収が900万になるとしたらどんな計算にな
るのでしょう。月給と賞与では510万、したがって年間の残業手当が390万、そ
して残業の時間当たり単価は2343円ですから、年間残業時間は1664時間、何
と月平均で139時間という途方もない数字になるのです。仮にこうした人の残業を
カットし、時間管理をやめるというのは、そのまま過労死を助長すると言われても仕
方がありません。

 数字を高くして対象者を限定すれば国民が納得するだろう、「900万」の背景に
はそんな発想が見て取れます。ですが、実際に残業込みで900万という人がいたと
して、その人はどんな状況にあるのかを考えてみれば、その数字が全く別の意味を
持ってくるのではないでしょうか。今回の「900万」にはそうした誠実さが全く感
じられません。

 人事労政というのは、雇用側と労働側の利害の対立を調整する仕事です。両者にギ
リギリの利害があり、それがシャープに衝突する中で、誠実に実務を積み上げて相互
の信頼を得、解決に導く仕事だと言って良いでしょう。その所轄官庁であるはずの厚
生労働省も、その誠実さを見せて欲しいものです。制度設計に対する誠実さとは、生
きた企業経営、生きた勤労者の生活の双方に当事者意識を持つことであり、両者がそ
の将来展望を描けるためのシステムへの信頼を勝ち取ることだと思うのです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media]                No.409 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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