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JMM [Japan Mail Media]  「無難な才能の時代」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 2 月 11 日 02:01:46: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2007年2月10日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.413 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第289回
    「無難な才能の時代」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第289回
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「無難な才能の時代」

 今週のアメリカ北部は北極寒気団が南下して厳しい寒さに晒されているのですが、
そんな中では「真面目」なニュースばかりを直視する気力は人々にはあまりないよう
で、スキャンダルの報道ばかりが目につきます。特に、宇宙飛行士リサ・ノバークの
「片思い殺人未遂事件」と、元モデルのタレント、アナ・ニコル・スミスの急死とい
う二つのニュースが、メディアを独占しています。

 まずリサ・ノバークの事件ですが、昨年の7月にスペースシャトル「ディスカバリ
ー」の飛行(ミッションSTS−121)に搭乗したエリート女性飛行士が、同僚の
男性飛行士に恋愛感情を抱いた挙げ句、恋のライバルと思った女性を誘拐もしくは殺
害しようとして逮捕されたというのですから大変です。

 ノバークは既婚で子供さんもいるのですが、事件の直前に別居状態になっていたそ
うです。そして、自宅のあるテキサス州のヒューストンから「相手」の住むフロリダ
州のオーランドまで900マイルを自分で運転していって、その「相手」の恋人らし
い女性を待ち伏せして凶行に及ぼうとしたらしいのです。ですが、その「相手」の男
性とノバーク飛行士が実際に交際していたかというと、そうではなくノバーク飛行士
の全くの「片思い」だった、そう報道されています。

 ノバーク飛行士は凶行に至る以前から、その女性への「ストーカー行為」をしてい
たらしく、容疑は疑いを得ないようです。ただ、宇宙飛行から帰還後にメンタルヘル
スに関する十分なケアを受けていなかったための悲劇、という解説もあってその流れ
で不起訴処分となる可能性もあるようです。

 もっとも、NASAの受けたショックは計り知れないものがあるようで「こんなこ
とでは将来に火星往復の有人飛行ができなくなる」という声もあります。地球から火
星までには片道で最低でも6ヶ月はかかる長期の宇宙飛行になるわけで、その期間中
に「恋愛関係のもつれ」があっては大変だというのです。ノバーク飛行士が憧れた男
性は、同じ宇宙飛行士で訓練を一緒に受けた「同志」だからです。そうは言っても、
今のご時世に「国家的プロジェクトである火星旅行」に女性を乗せないなどというこ
とは政治的に不可能、困った、困った、というわけです。

 とにかく、NASAとしても「組織の史上初めてのイメージの危機」だとして、困
惑しているということは言えても、詳しいことは喋れません。そこで「男女のゴシッ
プ」に強いだろうと芸能誌の編集長などがTVに引っ張り出される始末です。例えば
8日のMSNBCには「ピープル」誌の編集長が出演していたのですが「宇宙飛行
士っていうのは軍人さんのエリートですよね。というか、この人なんか宇宙航空の科
学者なわけでしょう。そういう人がストーカーになるというのは、ちょっと理解でき
ないですよね」などと実に平凡な感想を述べていました。

 とにかくこのノバーク飛行士は、難関中の難関である「アナポリス」こと海軍士官
学校を卒業後、その系列研究所で宇宙工学の修士号まで取得した正にエリート中のエ
リートです。しかも長期にわたる過酷な訓練に心身共に耐えてNASAの宇宙飛行士
になったわけで、NASAとしては「どうして?」という困惑を隠せないというわけ
です。

 私はこのノバーク飛行士は一流ではあったのでしょうが、超一流の科学者ではな
かったのでは、そんな風に見ています。超一流であれば、宇宙飛行という経験は単な
る手段であって、自分の研究テーマについて考察を進める絶好の機会に過ぎないで
しょうし、飛行経験から次の研究目標を見出すこともできたでしょう。

 ですが、このノバーク飛行士の場合は、宇宙飛行が目的であって、その目的を達成
することである意味燃え尽きてしまい、なおかつ宇宙飛行経験という人類にとって極
端に刺激的な経験に「負けて」しまったのではないでしょうか。訓練の同志であった
男性飛行士にのめり込むというのは、宇宙飛行経験のある人間同士でしか分からない、
その経験の重さを分かち合いたかったからというように思われます。

 宇宙飛行を経て、多くの宇宙飛行士が「宗教的・神秘的経験」をするということは、
立花隆氏がずいぶん以前に関心をもって調べて『宇宙からの帰還』というレポートに
まとめていますが、仮にあのレポートの内容が真実であるならば、「宇宙飛行それ自
体が目的」というような脆弱な動機の人間では、帰還後に相当な精神的動揺を通過す
ることは当然と言えます。NASAは帰還後のメンタルケアについては、ほとんど実
施していなかったというのですから、ある意味で今回の事件はそのあたりを見直す良
い機会になるのではないでしょうか。

 それにしても、こうした一流ではあるが超一流ではない人材が出てきてしまうとこ
ろに、アメリカの教育システムの問題があるように感ずるのは私だけでしょうか。例
えば、日本人の宇宙飛行士に関しては、毛利さんは化学者ですし、向井さんは外科医、
若田さんは宇宙船操縦のプロ、野口さんは超音速機の技術者、土井さんも宇宙船の技
術者ですが、どの人も超一流に見えます。少なくとも、宇宙飛行の体験だけが目的と
いうようなスケールの小ささを感じることはありません。クソ真面目なだけではない
個性と、独創的な技術と研究テーマを持ち、しかも言語のカベを乗り越えてミッショ
ンに貢献している、そのように見えます。

 では、アメリカに比べて日本のエリート教育システムは優れているのでしょうか。
そんなことはありません。どんなに優秀でも、高校生の間は数学は数学IIIまで、物
理は物理IIまでという枠に閉じこめられ、しかも入試制度のために「問題提起能力」
などは完全に封印されて、ムダな青春時代を送らされます。恐らく、高校から大学に
かけても、こうした飛行士の人たちが出会った指導者たちの多くは彼等の才能を見抜
いて引き上げるような人ではなかったのでしょう。

 文科系よりはましとはいえ、理工系にしてもアメリカの中等高等教育システムと比
較しますと、日本の飛行士の人々が受けてきた教育はムダだらけであり、レベルが低
いものであったと思います。また科学技術の勉強をしていると言った場合の周囲の反
応も、例えばこの飛行士たちの育った時代にはそれほど好意的であったとは思えませ
ん。今は彼等自身の功績によって宇宙飛行士への視線は改善していますが、当時は
「宇宙なんてカネになるのか?」とか「技術なんて暗いオタクのやることではないの
か?」というような冷淡な視線もあったのではないかと思います。

 そんな環境だからこそ、若き日の日本人飛行士達は「他人との比較優位に立ちたい」
などという「勝ち負けの思想」ではなく、100%自発的なものとして宇宙への憧れ
を胸に秘め、その動機に従って自分の研究テーマを温め続けることができたのでしょ
う。理解者が少なく、支援システムが貧困なゆえに、彼等の何人かは自分の中にある
「反骨精神」もメンタル・マネジメントの手段として使いながら夢を維持してきたの
だろうと思います。

 その自発的であること、無償であること、比較優位を目指すものではないこと、そ
うした精神のあり方が「宇宙」という強烈な体験に負けないだけの強い個を生み出し
たのではないでしょうか。これに比べると、アメリカのエリート養成システムの何と
脆弱なことでしょう。高校生として優秀なら周囲が持ち上げ必死で推薦してエリート
校に送り込む、軍学校の場合は、今度は動機付けのテクニックを教えるのではなく過
酷な競争と訓練に駆り立てる、そうした教育の背景には「自由と民主主義、力の正義、
科学の万能」というバカみたいに単純な理念を一貫させ、一切の逸脱を許さない、こ
れでは本当に強い個は生まれません。

 その一方で、アメリカの教育システムには大きな美点がありました。それは、天才
を発見し、異端視せずに暖かく認めるという姿勢です。日本にありがちな「出る杭は
打たれる」つまり「無能な指導者が生徒の才能に嫉妬して生徒を潰す」というような
行為は「恥だ」という気風が確立していたのです。ですが、ここ15年の教育改革や
早期教育ブームの中で、自然体の天才がキラリと光る以前に、周囲に押された努力型
の秀才が席を占めてしまうという流れがあるようにも思います。その結果、どうして
も無難な才能ばかりがあふれるということにもなりつつあるのではないでしょうか。

 これは宇宙飛行士だけではありません。例えばスポーツ界などもそうで、特に野球
などは余りにも精緻なドラフトのシステムや、ファームシステムがあるために、多く
の才能が発見されずに埋もれてしまうような現象があります。具体的には、長いファ
ーム暮らしというリスクを避けて、別のスポーツへ流れるか、大学を出て実業界に
行ってしまう形で人材が消えてしまうのです。ちなみに、日本人のプロ経験者に対し
て多額の金銭と加熱した関心が寄せられるのは、そうした慢性的な人材不足があるか
らです。

 今週はスーパーボウルがあり、マイアミでの雨中試合をコルツが制して大変な盛り
上りになりましたが、このアメリカン・フットボールというスポーツが受けるのは、
豪快な外見のウラに精緻なマネジメントシステムがあるからです。特に、公式戦のチ
ケット収入まで一旦連盟に入れてから各チームに分配するなど徹底した「経営水準の
均一化」が図られており、そのために戦力が均衡してファンの興味を裏切らない試合
内容が志向されています。

 ファームシステムを持たず、高校や大学からドラフトされた選手で構成された32
チームが頂点を競うというフラットな構成も含めて、実にオープンに運営されている
のですが、反面、このNFLでは、異能な才能や全国区人気の大スターというような
存在はあまり現れません。競技そのものが緻密な作戦に基づくチームプレーというこ
ともあって、実に優等生的なスポーツになっており、野球やサッカーほどには「集団
と個の葛藤」は見えてこないのです。ここにも「無難な才能の時代」という現象があ
るように思います。

 芸能界も同じです。異能の才能が、すご腕プロデューサーに見出されて衝撃のデ
ビュー……そんなシンデレラストーリーはずいぶん少なくなりました。その代わり、
ここ数年の新人歌手でトップスターに登り詰めるような人材は、ほとんどがTV番組
のリアリティーショー『アメリカン・アイドル』の入賞者で占められています。この
『アメリカン・アイドル』というのは視聴率もたいへんに高く、お化け番組といって
良いぐらいの人気を誇っています。21世紀初頭のアメリカを一つのTV番組で代表
させるとしたらこの番組になるでしょう。

 この番組の悩ましい点は実に「真剣勝負」だということです。高視聴率の中、3人
の審査員はカリスマ的な人気を獲得しているのですが、その中の「サイモン」ことサ
イモン・コーウェルというイギリスのプロデューサーは辛口のコメントが売り物で、
本当の素人が「思い出作り」程度の動機でオーディションに来ただけでも「キミは一
生プロ歌手にはなれない」などとバッサリやるのが受けているのです。

 その結果、審査が進むと候補者の争いは高度なものとなります。その高度な争いに
関しては、視聴者による電話投票の結果が重視され、最終的には人気勝負になるので
すが、そうであっても審査員のコメントは重みを持ち、日本のように「下手な方が可
愛い」とか「ヘタウマで味がある」というような判断に流れることはまずありません。
一部ヘタウマで人気を博した候補もいますが、最終選考には残りませんでした。

 そんなわけで、決勝に残るような歌手は本当に上手です。即戦力であり、抜群の歌
唱力に加えてタレントしての華やかさも、そしてトークも含めた人間的魅力も備えた
プロ歌手が、ファンの支持と共に出来上がるというわけです。その人気は底堅く、第
1回の優勝者であるケリー・クラークストンにしても、第2回の準優勝であるクレイ
・エイキンにしても今も尚、トップスターの一角を占めています。

 ビジネスとしても巧妙ですし、何よりも視聴者が評価する実力勝負で、結果も成功、
と来れば言うことなし、確かにそうです。ですが、余りもこの『アメリカン・アイド
ル』出身者の存在感が大きいために、若い人向けの音楽の嗜好が保守的になり、異能
な才能が評価される基盤が弱くなっている、これは大きな問題です。世界的に見てア
メリカのポップ音楽の影響度が、一頃に比べると翳りを見せているのには、そんな背
景もあるのだと思います。

 そんな中、8日の夕刻には元プレイメイトモデルで女優のアナ・ニコル・スミスの
急死というニュースが飛び込んできました。その衝撃に「ストーカー宇宙飛行士」の
ストーリーはどこかへ吹っ飛び、メディアはスミス死亡のニュース一色です。性的な
魅力を売り物に芸能界に進出すると共に、結婚した大富豪との死別や遺産争い、更に
は出産と父親の特定問題、息子と自身の薬物濫用による死と、スキャンダルに事欠か
ない短い一生をメディアは繰り返し報じています。

 やり切れないのは、そこに差別的な視線のあることです。性的な魅力を売り物にす
る女性に対して、アメリカの「メインストリーム」のメディアにはまだまだ差別的な
態度が残っているからです。私はそうした女性の存在や、娯楽ビジネスは必要悪であ
り、決して善ではないと思いますが、モデルさん達に対する、まるで「頭の悪い劣っ
た人間」であるかのような扱いには我慢のならないことがあります。今回は死亡報道
ということで、一定の節度はありますが、結局は好奇の視線以外のなにものでもあり
ません。

 それにしても、TVをはじめとするメディアはどうしてここまでスキャンダルが好
きなのでしょう。それは印象の強い刺激的な話が受けるからです。異能の才能が開花
し、社会のさまざまな局面にサクセスストーリーが見出される時代は、そうした前向
きの話にも関心が集まります。ですが、社会が複雑化しすぎた結果、成功者が複雑な
システムを生き抜いた「小粒」な人間ばかりになると、一つ一つのサクセスストーリ
ーは面白くなくなります。そこで、前向きな話よりも、スキャンダルのリアリティが
受けるようになるのでしょう。

 そうしたことが続くと、社会全体が後ろ向きになって行ってしまいます。アメリカ
の場合は、まだまだ軽症とも言えますが、90年代以降の日本が苦しんだ価値の相対
化と希望喪失の回路に、遅ればせながら入り込みつつあるように思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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