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JMM [Japan Mail Media]  「落ち着きを取り戻したアメリカ」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 3 月 03 日 20:19:13: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年3月3日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.416 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第292回
    「落ち着きを取り戻したアメリカ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第292回
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「落ち着きを取り戻したアメリカ」

 2月の後半は音楽のグラミー賞、映画のアカデミー賞と芸能関係の大きなイベント
があり、それぞれにリベラル派のアーティストが話題の中心になりました。ですが、
これは単に振り子が右から左に振れ戻ったというだけではないように思います。気が
つくと、リベラルの復権それ自体が当たり前という感覚があるのです。リベラルの人
々の間に強かった「ブッシュ憎し」という激情が落ち着いてきたというのも、ムード
に落ち着きを加えています。

 勿論、アメリカはまだイラクに大軍を派遣して戦闘に参加しており、同時にイラン
やシリアへの敵視も止めてはいません。政治的にも中東全体の不安定さに根深く関与
しているのは間違いないのです。この状況に対する賛否も、まだまだ議会とホワイト
ハウスでは厳しい対立として続いています。ですが、社会全体にはそうした問題を忘
れるのでもないし、だからといって怒りを募らせるのでもない、不思議な落ち着きが
感じられるのです。無責任と言ってしまえば、それまでですが、この落ち着いた感じ
それ自体は悪いことではないようにも思えます。

 それにしても、2月25日の「第79回」アカデミー賞の授賞式は、演出もピタリ
と決まっていて、「ショー」としても私はここ数年の中では出色の出来だったと思い
ます。個別の表彰についても小さな賞から大きな賞まで、決して飽きさせることのな
い見事な内容でした。4時間あまりかかるセレモニーは、いつもは冗長に思えるので
すが、今回は短く感じられたぐらいです。

 実を言うと、私は司会がエレン・デジェネレスだと聞いて、少しイヤな感じがして
いました。エレンは、コメディアンとして、司会者として話術も巧みなプロですが、
同性愛についてカミングアウトして以来、メディア界の保守的な経営陣とは対立して
いた時期があり、明らかに「左」と思われている人物です。そのエレンが司会で、し
かも『不都合な真実』がノミネートされている関係で、アル・ゴアが登場することは
間違いない、となるとショー全体が「左」に振れ過ぎる中で不成功に終わるのでは、
そんな心配をしていたのです。

 例えば、興行的に成功を収め評価も高い『ドリームガールズ』という作品が、作品
賞候補に入らなかったというのも、主催者側が自己規制したような印象を持っていま
した。同性愛のエレンが司会をして、アル・ゴアが存在感を見せ、更には黒人音楽を
テーマにした映画が賞を取るというのでは、保守的な層からは「いい加減にして欲し
い」というような反発があるのでは、そんな事情から作品賞候補から外したのではな
いか、そんな風に見ることもできたのです。

 ですが、結果を見ると、そうした心配は全くの杞憂に終わりました。エレンは見事
に司会を務め、アル・ゴアは期待を上回る存在感を見せながら政治色は抑えて無難な
登場、そして『ドリームガールズ』に関しては、ジェニファー・ハドソンが助演女優
賞を取っただけでなく、そのハドソンと人気絶頂のビヨンセを含むキャストが、主題
歌賞の候補に入った3曲のメドレーを豪華なライブで見せて、作品として十分な存在
感がありました。

 思えば、ハリウッドというのはリベラル派が多数を占める空間です。その晴れ舞台
であるオスカーでは、ここ6年ぐらいのあいだ「反ブッシュ」の政治的なメッセージ
が何度も繰り返されました。例えばマイケル・ムーアの「ブッシュよ恥を知れ」とい
うストレートなものから、司会を務めたウーピー・ゴールドバーグやクリス・ロック
のブラックなジョークまで、形はいろいろありましたが、それぞれのメッセージはや
はり不自然さを伴っていました。結果的にアメリカの分裂を印象づけるだけだったと
も言えるのです。

 そんな中、今回を迎えたのですが、今回は何もかもが自然な流れだったと思います。
主要な賞も極めて順当でした。マーチン・スコセッシ監督が『ディパーテッド』で初
の監督賞も、そして作品賞も取りましたが、これも下馬評通りです。ヘレン・ミレン
(『ザ・クイーン』)とフォレスト・ウィットカー(『ラスト・キング・オブ・ス
コットランド』)の主演、先ほどご紹介したジャニファー・ハドソンと至極順当な受
賞が続きました。番狂わせは、助演男優賞のアラン・アーキンですが、これも『リト
ル・ミス・サンシャイン』という佳作へのハリウッドらしい評価の現れだと思います。

 それにしてもアル・ゴアの存在感は大したものでした。二度大きな出番があり、そ
のうちの一回はレオナルド・ディカプリオとの掛け合い漫才でした。ゴアは、このオ
スカーの席上で大統領への出馬宣言をするのではないか、という(そんなに真剣なも
のではないのですが)下馬評があり、レオやその他から「何か重大発表があるんじゃ
ないですか」と何度も水を向けられては苦笑するという演出です。最後には急にもっ
ともらしく「アメリカの皆さん、実は私は今夜……」と厳粛に何かを言おうとした途
端に「スピーチの時間切れ」を示す音楽が鳴って舞台の袖に引っ込まなくてはならな
くなる……そんな、なかなかの役者ぶりを見せていました。

 では、ゴアの立候補というのはあるのでしょうか。私は可能性はほぼゼロだと見て
います。映画に登場した際にも「円熟し、丸くなったゴア」が評判になりましたし、
今回のオスカーの席上での存在感は更にそれに輪をかけたものでした。ですが、私に
はどうしてもこの人は本当に丸くなってしまったように思えるのです。客席で、ティ
ッパー夫人とニコニコ座っている姿を見るにつけ、この人はもう十分に戦ったし、今
また盟友だったクリントン夫妻を敵に回す戦いの場に出てくることはないのではない
か、そんな印象を持ちました。

 では、どうしてそのゴアがこれほどまでに熱心に環境問題の「伝道師」をしている
のか、というと、この問題こそゴアにとって30年来追いかけ続けてきたテーマなの
ですし、また運動が評価されることで民主党の党勢拡大に貢献も出来る、そんな計算
もあるのではないでしょうか。またお子さんの教育などで様々な苦しみも経験した夫
妻には、更に自分たちの後半生を大きなリスクにさらすようなことは、最終的には避
けるのではないか、そんな雰囲気もあります。

 オスカーのショーとしての盛り上がりは、エレンとゴアだけの功績ではありません。
一番の理由は、ハリウッドが「自分たちアメリカだけで世界の映画ビジネスを引っ
張っていける」という気負いから自由になれたということでしょう。静かなメッセー
ジですが、今年のオスカーは「ハリウッドの国際化宣言」あるいは「アメリカ映画の
唯我独尊を捨てる」という意味での画期的な転換点だったとも言えます。

 何しろ、作品賞候補の五作の中で、純粋にアメリカ映画と言えるのは『リトル・ミ
ス・サンシャイン』の一作だけで、しかも小品でした。その他は『ディパーテッド』
が香港映画の翻案、『硫黄島からの手紙』が日本語による日本兵の物語、『ザ・クイ
ーン』は英国の、そして『バベル』はメキシコの純然たる外国映画という具合です。

 中でもメキシコ勢は大変な存在感で、『バベル』のアレハンドロ・ゴンサレス・イ
ニャリトゥ監督に加えて、近未来SF『トゥモロー・ワールド(Children of Men)』
のアルフォンソ・キュアロン監督、ファンタジー『パンズ・ラビリンス』のギリエモ
・デル・トロ監督の3人組は繰り返しTVに登場していました。技術的にも資本の点
でもハリウッドの資産を活用しながら、自分たち独自の表現を加えているこの3人の
存在は、正にハリウッドの国際化の象徴と言えるでしょう。

 渡辺謙さんがカトリーヌ・ドヌーブと組んで、外国映画賞の過去50年の受賞作を
紹介するビデオの案内をするというシーンも、この「国際化」の流れなのでしょうし、
ヘレン・ミレンに加えて英国を代表する演技派女優のケイト・ウィンスレットもプレ
ゼンテーターとして堂々たる存在感でした。ある意味で、ハリウッドが世界をリード
するという時代は終わりを告げつつあります。成功した三部作シリーズなどが一巡し
てしまう中、もう巨額の製作費をかけるようなギャンブルは不可能になってきていま
す。また、業界全体が行き詰まる中で、アート系の映画にかける予算も厳しくなって
きています。

 そんな中、ハリウッドが肩の力を抜きはじめたということは、悪いことではないよ
うに思います。その「ホッとしたような感じ」がアル・ゴアの「もう大統領レースか
ら降りた(らしい)」円熟味と重なって、この4時間のショーを肩の凝らないものに
したのだとも言えるのでしょう。

 このオスカーに比べると、この2週間前に行われたグラミー賞の授賞式はもう少し
「にぎにぎしさ」が残っていました。中でも、カントリーの女性トリオであるディキ
シー・チックスが、多くの部門で賞を総なめにしたのは、まだ「ブッシュ時代」への
遺恨が感じられる動きでした。この欄でもお話しましたが、ディキシー・チックスは
元々はアコースティックなサウンドと、3人の女性ボーカルの透明なコーラスが売り
物の、どちらかといえばカントリーの中でもブルーグラスの系統に属する素朴な(し
かしメジャーな)グループでした。

 ですが、イラク戦争開戦直前の2003年3月10日にロンドンでの公演に際して
メンバーのナタリー・メインズが「ブッシュはテキサスの恥」と発言したことが南部
を中心としたカントリーファンの憤激を買ってしまったのです。以降は、彼女らのC
D不買運動、FM局でのオンエア禁止、更にはCDを集めてトラクターで踏み潰すと
いうようなまるで「焚書」まがいの嫌がらせまで横行し、3人は活動停止に追い込ま
れました。

 今回受賞した曲は「自分たちはまだお行儀良くはなれない」という主旨の歌で、要
するにバッシングをされたことへの怒りを引きずっているという内容です。それがグ
ラミーという大きな舞台で最高の栄誉を与えられるというのは、まだ「反ブッシュ」
のメッセージを音楽界が発信したがっているということなのでしょうか。実は南部の
FM局では「チックスのオンエア禁止措置」は続いているのですが、その結果彼女ら
は「反ブッシュ」を売り物にして南部から北部へとマーケットを開拓していったとも
言えるわけで、そうなると今回のアルバムの成功は「アメリカの分断」を象徴してい
るとも言えるのでしょうか。

 そうとも言えるのでしょう。ですが、私にはオスカーにしても、グラミーにしても
ここまで「アッケラカン」とリベラル派の芸能人が復権していく中で、その雰囲気に
ある種の「落ち着き」が感じられるのです。ゴアにしても、チックスにしても、復権
したら今度は保守派をいじめてやろうというような怨念は感じられないのです。事実
チックスの3人は、授賞式の晴れの舞台では終始低姿勢でした。ある意味で、アメリ
カの中の対立エネルギーが弱くなってきている、そしてそれがアメリカの活力を奪う
のではなく、むしろ良い意味の落ち着きになってきているのではないか、私はそんな
風に思います。

 さて、アメリカは大統領選の候補者レースが続いていますが、ヒラリー対オバマの
戦いで民主党に注目が集まる中、共和党の方ではジュリアーニ前NY市長が驚くほど
支持を伸ばしています。今週の世論調査では、ジュリアーニ42%、マケイン27%
という予想外の大差がついてきており、マケイン上院議員は慌てて正式な出馬表明に
追い込まれています。

 私はジュリアーニ氏は、プロ・チョイス、銃規制賛成というポジションから、共和
党の中西部から南部の票は取れないだろうと見ていたのですが、驚いたことに宗教保
守派の中核を占める福音派の間でも支持が広がっているのだそうです。もしかしたら、
「落ち着き」を取り戻しつつあるのは、振り子の戻ってきたリベラルだけでなく、保
守派も同じなのかもしれません。一匹狼で政略の匂いのするマケイン候補ではなく、
主張は左寄りでも行政経験の豊富な実務家であるジュリアーニ氏に支持が行くという
現象には、ある種の成熟が感じられます。

 今週は上海市場から始まった「世界同時株安」のショックが駆け抜けました。27
日の火曜日は市場システムの不具合もあってNYは相当下げましたが、翌28日には
バーナンキFRB議長の実に「落ち着いた」議会証言の間にみるみる買いが入り、更
に次の1日には前夜の東京の続落、上海の反落を受けて一旦は大きく下げたものの、
また押し目には買いが入っています。このアメリカ市場の反応にもある種の「落ち着
き」が感じられるのです。

 この木曜日には同時に南部で大きな竜巻が発生し、アラバマ州では警報が発令され
て生徒を下校させようとした高校が巨大竜巻の直撃を受け、下校が間に合わずに8人
の生徒が亡くなるという惨事になりました。翌日の2日には各TV局ともにキャスタ
ーを現地派遣して、この惨事を大きく報道していましたが、誰を恨むでもなく、ただ
ただ自然の猛威に慄然としながら犠牲者を追悼する静かな、また謙虚な報道姿勢が目
に付きました。この日になると、NY市場も急速な円高ドル安を嫌ってかなり軟調に
なっています。

 今回の「落ち着き」現象には、同時にアメリカが超大国の尊大さを捨てて、少し謙
虚な「普通の国」になりつつある、そんなムードも伴っているのを感じます。オスカ
ーの国際化もそうですが、例えば、今週各家庭に配達になった消費者雑誌『コンシュ
ーマー・リポート』の自動車特集号では、小型車から高級車まで、10のカテゴリー
の全てで日本車がトップを取りましたが、これに対する反発はほとんど聞かれません。
また、アメリカとしてイランとシリアを含む「イラク問題関係国会議」への参加を明
らかにするなど、北朝鮮問題と併せて外交面での軟化姿勢も見せはじめています。

 アメリカが少しだけ謙虚になりながら落ち着きを取り戻している、仮にそうだとし
て、それが大統領選の今後にどのような形で現れるのか、また日米関係にはどのよう
な影響を与えていくのか、この春にはそんな観点も必要なように思うのです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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