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知はうごく 第2部 コンテンツ力:音楽の力はオリジナリティー [ITmedia]
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投稿者 white 日時 2007 年 3 月 19 日 22:57:49: QYBiAyr6jr5Ac
 

□知はうごく 第2部 コンテンツ力:音楽の力はオリジナリティー [ITmedia]

 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/19/news051.html

知はうごく 第2部 コンテンツ力:音楽の力はオリジナリティー
「音楽の力を一言で言うならオリジナリティーしかない」──伝説のバンドのリーダーは断言する。だが個性的な日本発の音楽が世界に羽ばたけるとは限らない。

2007年03月19日 15時26分 更新

 3月11日、東京・目黒の貸しスタジオに、トランペットやギターを抱えたアマチュアミュージシャンが集まった。演奏するのは、四半世紀前に一世を風靡し、わずか2年で解散した伝説のブラス・ロック・バンド「スペクトラム」の曲ばかり。バンド名も、スペクトラムを尊敬する意味を込めて「リスペクト」と名付けている。

 狭いスタジオで、メンバーはスペクトラムのデビュー曲「トマトイッパツ」や、当時CMソングになった「イン・ザ・スペース」といった往年のヒット曲を演奏し、独特の裏声を真似て歌い、踊った。

 トランペットとボーカルを務める伊藤裕さんは25年前、東京・中野サンプラザでスペクトラムのライブ演奏を目の当たりにして、圧倒的なパワーやテクニックに衝撃を受けた。「あんな風にかっこいい演奏をしたい」という思いは、今も続いている。

 トランペット担当の本橋裕幸さんは最年少の25歳。スペクトラムが活躍した時代を知らない世代だが「あれを超える演奏は、最近にはない」と惚れ込んでいる。

 スペクトラムのファンは根強い。解散した9月22日には毎年、多くのファンが武道館に集まるなど、交流は今も続き、ミクシィにもコミュニティが存在する。

 25年も前のバンドにこだわり続ける理由について、リスペクトのリーダー、吉沢賢一さんは「他に代わりがいない、どこにも分類できない唯一の存在だから」とオリジナリティーを挙げる。

 昭和54年にデビューしたスペクトラムは、“裏方”だったホーンセクションを前面に出し、8ビートの民族には無理といわれた風潮のアンチテーゼとして、16ビートを志向した。金糸、銀糸を多用した衣装も、歌舞伎の絢爛豪華なイメージと、映画ベンハーに描かれた古代ローマ帝国の戦士の衣装を組み合わせた「和洋折衷」。楽器を振り回して踊る演出、裏声のボーカルなど、あらゆる点で型破りな存在だった。

 スペクトラムのリーダーだった新田一郎氏も「音楽コンテンツの力を一言で言い表すなら、オリジナリティーしかない」と断言。西洋音楽の影響と、日本人の血が入り混じった時にどんな独自色が出せるのかもがき苦しんだという当時を振り返る。

 新田氏は「世界デビューは考えていなかった」と語るが、同時代には日本やアジアを感じさせるイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が米国で一定の評価を受けている。「やり続けていたら海外も視野に入ったかもしれない」と新田氏。

 しかし、「実験バンド」と位置づけられたスペクトラムは、メンバー8人の方向性の違いなどから56年9月の武道館ライブを最後に解散。答えは出なかった。

日本ならではの音楽とは

 和のテイストと独自性があれば、存在感が希薄な欧米市場で通用するのか。

 「昔のフォークシンガーには、曲を作ったり歌ったりする前に、言いたいことや伝えたい思いがあった。今の若いアーティストには、一番大切な『思い』というマグマがない」

 音楽評論家、富沢一誠さんは、音楽業界が沸々とわき上がるエネルギーを失っていると危惧する。

 高石ともや、岡林信康らが牽引した1960年代後半のフォーク音楽台頭期、富沢さんが取材したフォーク歌手は「歌は歌であって、歌でない」と語った。まず伝えたい思いがあり、たまたまギターを持ってメッセージを出したのが歌だった−というのだ。

 60年代のフォークソングは独自性があったと指摘するが、日本のメッセージフォークは広く世界に発信する類のジャンルではなかった。

 フォークは70年代に全盛期を迎え、吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫といったスター達が表舞台に躍り出た。同時に、より音楽性を洗練させる風潮から「ニューミュージック」という言葉が生まれた。「この頃から、歌の内容よりも、編曲や演奏テクニックの役割が高まっていった」と富沢さんは解説する。

 80年代には、山下達郎や浜田省吾、アルフィー、杉山清隆らが活躍。欧米の流行歌、いわゆる「洋楽」の要素を多く取り入れた邦楽が「ポップス」と呼ばれるようになる。

 80年代後半のバンド・ブームは、アマチュアとプロの垣根を低くしたが、一方でアーティストの粗製濫造との批判も出た。

 90年代にはR&B、ヒップホップ、ダンスミュージック、テクノなど、世界のあらゆるポピュラー音楽が取り入れられた。西洋音楽への傾倒が一段と強まるが、模倣色が強く、欧米では通用しない。

 「その上に現在のJポップシーンが構築されている」と富沢さん。

 こうして日本のポピュラー音楽の歴史を振り返ると、歌のメッセージ性やオリジナリティーは弱まり、西洋音楽の要素が強まった傾向が浮かび上がってくる。「Jポップが洋楽の影響を強く受けている以上、どうしても洋楽に似てしまう。猿まねと言われても仕方ない」と分析する富沢さんは、「日本ならではの音楽とは何か」と問いかける。

 70年代にヒット曲を連発した井上陽水や小田和正、松任谷由実、サザンオールスターズ、吉田拓郎、谷村新司らは、今も第一線で活躍している。高いオリジナリティーがファンに支持されているからだ。

 また、現在のJポップの一部は、アジアを中心に市場を広げつつある。独自の音楽世界を築いてファンの心を離さないアーティストも存在するが、海外市場でヒットを飛ばし続ける“本物”は、そうそうは生まれない。

日本クラシック界の未来

音楽評論家、東条碩夫氏さん
 ポピュラー分野では人材不足が指摘されたが、「のだめカンタービレ」でにわかに人気が出たクラシック分野はどうだろうか。音楽評論家の東条碩夫(ひろお)氏も、クラシック分野でも同様の状況であるという見方をする。

 東条氏は、日本でクラシック音楽が盛んなわりに海外で通用する音楽家は少ないと指摘する。その中で、世界で通用する日本の3大音楽家として、指揮者の小澤征爾、ピアニストの内田光子、作曲家の細川俊夫を挙げる。

 90年代後半まではオーストリア・ザルツブルクのレストランや図書館などの窓辺に、欧州の著名アーティストの作品に混じって小澤氏や内田さんのCDが飾ってある光景をよく見かけたという。

 「(世界的指揮者の)故カラヤンやムーティらと並んであれだけとりあげられた日本人は小澤さんの他にいない。実力は世界水準に達しているし、絵になるアーティストでもある」と東条氏。ただ、「ずば抜けた存在である小澤さんの後が出てこない。大野和士や上岡敏之など欧州で活躍する指揮者もいるが、まだ小澤さんほどメジャーではない」

 作曲家では、武満徹亡き後の日本の代表的な作曲家として細川俊夫が抜きん出た存在だ。日本のインターナショナルな部分を最大限に発揮した作風が海外で評価されている。しかし、作曲の世界も指揮者同様、その後が続かないという。

 ただ、将来への可能性は大いにあるというが、「そのためには音楽教育から変える必要がある」と東条氏。

 器楽演奏の場合、音の問題しか考えない教え方がまだあるという。「ベートーベンの『田園』を演奏するとき、ウィーンの自然の中を歩きながら、ここでベートーベンが作曲したのだと自分で体験し、その感情を音楽にぶつけることが大切。しかし、どうも日本人は音符に関しては詳しく勉強するが、そこでとどまってしまう。それでは情感のこもった心を揺り動かす音楽はできないと(著名な指揮者の)マゼールから聞いたことがあります」

 また、「実力も大事だが、マネージャーやプロモーション力の問題もあるのでは。同じ実力があっても宣伝力に差があったり地元のマネージャーがつきにくかったりする」と東条氏はみている。

政府の売り込み支援

 「世界に羽ばたけない」の原因として政府が指摘するのは、売り込み力の欠如だ。

 音楽プロデューサーの麻田浩さん(62)は10年ほど前から、毎年3月に米テキサス州で行われる全米最大の国際音楽見本市「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で、日本人アーティストを紹介する橋渡し役を務めている。

 おもにインディーズ・バンドによるショーケース・ライブを世界中から集まる音楽関係者に披露する。今年は23組が選考され、今月18日まで参加している。全体の出演アーティストは約1500組に及ぶ。

 麻田さんは「日本のアーティストは世界で通用する」と断言する。「ただ、『通用する』と『売れる』はちがう。ビジネスにしなければいけない」と渋面に変わる。

 米国で売れるには最低条件があるという。レコード会社にライブを気に入ってもらっても、契約の際に必ず「年2回くらいツアーできるか」と聞かれる。「日本人にとっては厳しい」と麻田さん。

 米国では1回のツアーで30〜50カ所を1〜3カ月かけて行うのが通例だ。麻田さんはかつて女性バンドを率いて50日間で45カ所を回ったことがある。「ハードです。ライブは深夜0時ごろに終わる。機材を車に積んで5時間走り、道ばたのモーテルに泊まり、再び5時間走る。東京−福岡を車で毎日走るようなもの。その繰り返しです」

 一方、こうしたインディーズに国の支援はあるのだろうか。フランスや北欧では国家による海外進出支援が定着している。「スウェーデン・ポップスはかなり外貨を稼いだ。カナダや北欧は、大使館が自国のアーティストを呼んでパーティーを開く」と麻田さんはうらやむ。

 そんななか、ようやく日本でも海外進出を支援する動きが出てきた。日本貿易振興機構(ジェトロ)はインディーズを対象に、フランスの国際音楽産業見本市「MIDEM」やSXSWなどでの支援を始めて3年目となる。商談などに使うブースを設けたり、CDの見本盤を作成・配布したりしている。一昨年、MIDEMのショーケース・イベントに出演したSatomiは、英国のレコード会社との提携を決め、英国でCDデビューを果たした。

 「日本では今までメジャーなレコード会社にしかなかったノウハウをインディーズにも共有してもらうことで海外進出のきっかけ作りができ、(ジェトロが支援することで)ジャパンとしての売り込みができる」とジェトロ輸出促進課。

 2月には都内でジェトロ主催の「インディーズのための海外進出セミナー」まで開かれた。パフォーマンス・ビザを取得しないまま海外で演奏活動を行なうバンドがいるなど、基本的な知識が伝承されていなかったため、「北米音楽進出ガイドブック」を4月までにジェトロがホームページで公開する予定だ。

 言葉や生活習慣の壁は音楽の国際展開にも大きく立ちはだかる。政府の売り込み支援も、ミュージシャンの独自性を生かすひとつの方法だろうか。

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