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JMM [Japan Mail Media]  「大統領選前年の夏へ向けて」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 5 月 19 日 22:09:10: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年5月19日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.427 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第303回
    「大統領選前年の夏へ向けて」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第303回
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「大統領選前年の夏へ向けて」

 大統領選へ向けての候補者レースは、各候補が全力疾走状態になってきました。そ
んな中、そろそろ卒業式のシーズンになり、各大学は夏休みに入ります。そして多く
の学生がボランティアとして、候補の遊説活動を支えて行くのです。またインターネ
ットを通じた活動も、これからはどんどん加速するでしょう。やがて議会も夏休みに
入ってゆくと「大統領選の前年の夏」という政治の季節がやってきます。

 来年早々に予備選や党員集会のあるニューハンプシャーやオハイオでの支持率を上
乗せしようと、各候補はこうした州での活動を強めるとともに、文字通りの全国行脚
をする中で「本選で勝てる」候補だという印象を党内に確立しようとするのです。両
党の党員は、当面の政治課題についての論戦に加わりながらも、そうした「候補とし
ての力」を見極めて行くことにもなります。

 アメリカの大統領選の暗部とでも言うべき「人格攻撃」合戦なども、この時期から
は全開モードになります。また最終的に選挙の年の戦いを走り抜けるだけの資金を集
められるか、という点でもこの「前年の夏」はカギを握る時期ということになります。
特に今回は予備選と党員集会の日程が前倒しになっていることから、2008年とい
う「選挙の年」に入りますと、早々に候補が一人に絞られる可能性が濃厚です。です
から「この夏」の意味合いは大変に重要なのです。

 この「前年の夏」が重要になってくるというのは実は新しい現象です。前回200
4年の選挙が初めてで、それ以前は「勝負」の時期はもっと後でした。例えば、20
00年の選挙の場合ですと「前年の夏」の時点ではチャレンジャーであった共和党の
方でも、ブッシュは正式な出馬声明をしたばかりで運動は本格化しておらず、ジョン
・マケインの方が先を走っていました。民主党もゴアへの「禅譲」路線の中、ビル・
ブラッドレーが「もっと左」から対抗しつつも敗北した戦いの山場は、選挙の年の予
備選になってからです。

 2004年は違いました。共和党はブッシュの「再選狙い」で一本化されていまし
たが、民主党はそのブッシュに挑戦してゆく政治的な流れを作る上で「前年の夏」を
大きく活用したのです。その2003年の夏の主役はハワード・ディーンでした。
「反戦、反ブッシュ」を堂々と掲げて一時はニューハンプシャーでの民主党内の支持
率38%を取ってトップに躍り出たディーンは、最終的にはジョン・ケリーの「露払
い」という役回りに終わりました。ですが、共和党との全面対決をする政治的エネル
ギーを民主党に与えたのは、ディーンの巻き起こした「8月の旋風」だったのは否定
できません。

 勿論、その「反ブッシュ」というネガティブな政治的モメンタムは本選の勝利には
結びつきませんでした。ですが、その勢いは後に2006年の中間選挙の勝利、そし
て現在の党勢につながる民主党の政治的なパワーとなっていったのです。その流れ
は、2004年ではなく2003年の夏に生まれたものだというのは否定できないで
しょう。膨大な数のボランティアと学生が、全米を動き回ることで政治的なエネルギ
ーが生まれる、そんな「大統領選前年の夏」という位置づけがここに始まったのです。

 今回の選挙では、とにかく現職の正副大統領が候補にならない、つまり両党ともに
白紙からの候補選びをしなくてはならないわけで、前倒しになった日程という要素も
あって「この夏」の意味合いは更に大きなものになると思います。

 さて、選挙運動の上で全体的に先行している印象のある民主党に対抗するかのよう
に、共和党側も動きが急になってきました。5月に入ってすでに二回の「大統領候補
討論」があり、その中で、本命の一人と思われていたジョン・マケイン候補は支持を
下げ、ルディ・ジュリアーニ、マット・ロムニーの二人が株を上げています。

 まずマット・ロムニーですが、この人は2002年のソルトレークシティー五輪の
実行委員長として、脚光を浴びたことで政界入りしています。911直後のオリンピ
ックということで警備体制にも演出にも神経を使う中で、大会を成功に導いたという
のは確かに「仕事のできる」人のようです。リラックスしたムードの閉会式などは、
なかなかオツな趣向でしたし、財政的にも手堅くまとめたという評判です。

 その実績を引っさげて、その年の秋にはマサチューセッツ州の知事に選出されてい
ます。マサチューセッツというのは、上院2議席を民主党のテッド・ケネディーとジ
ョン・ケリーで独占していることが象徴するように、典型的なリベラル州です。です
が、国政とはレベルの違う州政においては、テロ対策など具体的な治安の確保や、財
政の健全化などロムニーの主張が有権者には支持されたのです。特にテロ対策に関し
ては「911のハイジャックがボストンのローガン空港発の便で起きた」ことの危機
感が背景にありました。

 そのロムニーは、今回の大統領候補討論でも手堅く自分の立場を説明して高い評価
を得ています。知的でありながら決して冷たい印象はなく、人情のわかる実務家とい
うイメージ、そして丁寧な話し方や小奇麗な印象などから「そのまま合衆国大統領に
しても絵になる」という評判(雑誌『タイム』など)になるのも良く分かります。中
絶や同性愛の問題などで「左寄りの過去がある」という批判もありましたが、リベラ
ル州の知事を務めるためには変節は仕方がなかったという見方もあって、党内では大
きな失点にはなっていません。

 ですが、その『タイム』誌が特集を組んだように、ロムニー候補には避けて通れな
い問題があるのです。それは宗教の問題です。ロムニーは、父親の代からのモルモン
教徒なのです。モルモン教というと、日本では布教活動に熱心なキリスト教の一派と
いうようなイメージを持たれているぐらいで、大きな影響力はないようですが、本家
であるアメリカに取っては特別な位置づけを獲得している宗教であり、その教徒が大
統領候補になるという事態はどうしても話題を呼んでしまうのです。

 まずお断りしておきますが、モルモン教徒の人というのはアメリカ社会で完全に認
知されており、現在では差別などということはありません。実際に、巨大なホテルチ
ェーンの創業者であるJ・W・マリオットなどビジネス界で活躍している人も大勢い
ます。戒律に従ってモルモン教徒の人は、酒やタバコだけでなくカフェイン飲料も絶
対に口しないというのも有名で、コーヒーは勿論、紅茶も緑茶もダメという徹底ぶり
ですが、それも社会的に受け入れられています。

 そのモルモンという宗教は、広い意味でのキリスト教に含める見方もできますが、
プロテスタントの一宗派というような位置づけでは実はありません。モルモンという
名前は、この宗教独自の「モルモン教典」から来ており、その教義においては新約聖
書よりも上位に置かれているのです。一言で言えば、キリストの本当の弟子は新約聖
書を書いたり古代ローマに信仰を伝えた弟子ではなく、古代アメリカにいた、そして
復活したイエスはアメリカ大陸に現れたというのが信仰の骨格になっています。

 教義の点では先ほど申し上げたような戒律があり、教会への献金義務も厳しいので
すが、以前言われていたような一夫多妻というようなことは、現在ではなくなってい
ます。また、その昔に東部や中部で迫害を受けて、遠くロッキー山脈に囲まれた現在
のユタ州に安住するまで、流転と抗争の苦難を経てきたという経緯も、今は過去のも
のになっています。そのユタ州では、今でもモルモン教の人口は非常に多く、州都の
ソルトレークシティーには今でもモルモンの大本山というべき聖堂があります。

 では、そのモルモン教徒であるロムニー候補は共和党の大統領候補として選出され
る可能性はあるのでしょうか。大特集を組んでいた『タイム』誌をはじめ、メディア
では「おおっぴらに」は言われていませんが、やはり難しいと言わざるを得ないでし
ょう。現在では宗教的な差別はなくなり、他でもないソルトレークシティーの街がア
メリカを代表して五輪開催地になるなど、モルモンの認知は進んでいます。ですが、
ここから先、ロムニー候補がどんどん先頭を走るようになれば、アメリカ合衆国に
「モルモン教徒の大統領」が生まれても構わないのか、という問題が大論争になるで
しょう。

 モルモンという思想はある意味で、アメリカ大陸という広大な空間に自分たちの理
想郷を求めて「西へ」とフロンティアを拡大していったアメリカのスピリチュアルな
歴史にシンクロする部分があります。そしてかつてのような「邪教」というイメージ
は消えています。ですが、そうであっても「カトリックもプロテスタントも認めな
い」そして「新約聖書の上位に自分たち独自の聖典を持っている」という宗教は、や
はり平均的なアメリカ人の理解を越えてしまっていると思います。例えば、民主党の
ハリー・リード上院院内総務も同じモルモン教徒ですが、院内総務は良くても大統領
候補となると抵抗があるでしょう。

 そんな中、今週5月15日の二度目のディベートでは、そのロムニー候補に代わっ
て、ジュリアーニ候補が急浮上してきました。ジュリアーニ候補は、共和党の内部で
は「中道寄りに過ぎる」として党の大統領候補としては「ムリ」という見方が大勢を
占めていたのですが、ロムニー候補では「難しい」という空気の広がる中で、巧みに
モメンタムをつかみつつあります。

 他の候補たちは「プロ・ライフ」つまり中絶反対という立場を鮮明にする中で、ジ
ュリアーニは前回のディベートでも「個人的には反対だが、中絶合法化の最高裁判決
は法律として尊重する」という発言をして一線を画しています。今回も「個人的には
反対だが、国民の半数が持っている意見に敬意を払わないわけにはいかない」という
微妙な言い方で自分の位置づけを語っています。

 この発言は「自分は中道思想を曲げることなく、従って世論を二分するのではなく
むしろ統合を目指す」という強い信念を感じさせるものでした。あくまで自分の主張
を一貫させているのは立派だが、それが共和党員の中核にある思想とは相容れないの
も事実、そんな重苦しいムードの中で、奇妙なことが起こりました。候補としてはほ
とんど無名のロン・ポール下院議員が「アメリカが中東に介入し続けてイラクへの空
爆を続けたことが911の遠因」という発言を行ったのです。

 このポール議員は共和党内では別にリベラルでも何でもなく、逆に極端な「小さな
政府」論者で「アメリカとは関係のない外国への介入には反対」という立場からの
「やや風変わりな発言」に過ぎませんでした。ですが、ジュリアーニはここで発言を
求め「911で被災した街の市長として、そんな話は聞いたこともないし、認めるわ
けにもいかない」とピシャリとやったのです。場内は大変な拍手に包まれ、ジュリア
ーニは一気にディベートの先頭ランナーに躍り出ました。

 このディベートの直後には、反ジュリアーニ派の方から「911の英雄という名声
を利用して、ジュリアーニは全世界を講演して回り巨額なカネを稼いでいる」という
非難が出ましたが、メディアの反応は「別に悪いことではない」というムードで、動
き出したジュリアーニへの流れは止められそうもありません。

 ふと気づくと、ジュリアーニの持っている共和党の大統領候補としての「チェック
を入れられそうな項目」は、一つ一つクリアされているのです。ロムニーを候補とし
て一旦は真剣に考えたプロセスがあるだけに、ジュリアーニのイタリア系でカトリッ
クというバックグラウンドを気にする人は少なくなりました。「離婚歴があり、その
過程で前妻を欺いてきた」という非難も「自分の中道的なポジションから逃げない」
という姿勢の前では説得力はありません。

 例えば、この間「泡沫候補」と言われながらも「伝統的な保守政治家」の役回りで
TVなどに出演の機会の多い、マイク・ハッカビー候補(元アーカンソー知事)など
は、明らかにジュリアーニ候補への「当てこすり」として「共和党の大統領候補は婚
姻の神聖を信じていなくてはダメ」などと言い続けていましたが、そんな非難も少し
づつトーンダウンしてきています。ちなみに、このハッカビー候補は、民主党のエド
ワーズ候補についても「高価な散髪屋に行った」とか「貧者の味方と言いながらヘッ
ジファンドで儲けた」という非難をしており、こうなるとコメディー的なキャラクタ
ーとしか言いようがありません。

 そんな中、徐々に「民主党はヒラリー」これに対して「共和党はジュリアーニ」と
いう流れができてきているようです。「大統領選の前年の夏」という政治の季節の主
役が見えてきたと言っても良いでしょう。そしてこの二人は政見についても思想につ
いても、他の候補たちと比べると驚くほどお互いに似通っています。一言で言えば、
危機管理能力に優れた実務家ということでしょう。

 そうした人間を選びつつあるアメリカの心情には、単純な心理があるように思いま
す。それは、不安な乱世から逃れたい、もっと安心したい、落ち着きたい、という心
情ではないでしょうか。911からアフガン、イラクとブッシュの続けてきた「戦時
の政策」に対してアメリカはもう疲れてしまっているのです。その疲れを感じる中
で、安心できるプロに任せたい、頼りたいという気持が強くなっているのでしょう。
もっと言えば、国父・国母的なカリスマへの憧れがそこにあると言っても過言ではな
いでしょう。

 疲労感の漂う中、冒険はできません。北朝鮮政策の軟化、ロシアとの関係改善、経
済のソフトランディングの追及など、末期を迎えたブッシュ政権も、こうした大きな
流れに乗るように、従来の政策から大きく舵を切ってきています。2008年の政権
交代は、もしかするとそれほどドラスティックなものではなく、アメリカとしてある
種の連続性を見せてくることになるのかもしれません。そのぐらい先取りで変化が進
行しているとも言えるのでしょう。

 言い方を変えれば、アメリカには「戦時の殺気」は残っていないのです。ですか
ら、昨今の日本の「集団安全保障論議」で暗黙の前提になっている「アメリカは日本
よりずっと好戦的で強大であり、その背後に危険度が低い中で一定の貢献をする機会
がある」という認識はどんどん崩れていると言って良いでしょう。日本が「ヤル気」
を見せれば見せるほど「どうぞ前面に出て、どんどん危険なところへ行って下さい。
但しダークサイドに行くようなら潰しますよ」という姿勢になると思います。

 そのような大きな変化、「戦時の殺気の消滅」というのは実は、今現在、2007
年の初夏の現在に静かに進行しているといっても良いのでしょう。一つの大きなカギ
はイラクです。「ソフトランディングとしてのイラク撤退」というウルトラC的な転
換が、この夏に起きる可能性があります。そうした大きな流れの中で、有力候補たち
のそれぞれの党内における位置づけも見えてくるに違いありません。このまま行け
ば、ヒラリーとジュリアーニという二人が「平時の実務家」というイメージで、地歩
を固めてゆくのではないか、そんな可能性が高そうです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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