★阿修羅♪ > Ψ空耳の丘Ψ49 > 530.html
 ★阿修羅♪
JMM [Japan Mail Media]  「中道マジックの可能性」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/07/bd49/msg/530.html
投稿者 愚民党 日時 2007 年 6 月 24 日 12:48:53: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年6月23日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.432 SaturdayEdition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第308回
    「中道マジックの可能性」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■ 『from 911/USAレポート』第308回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「中道マジックの可能性」

 先週お話した「対立を避ける」時代の空気を一番象徴しているのは、あるTVドラ
マの最終回の完結シーンでしょう。私の住むニュージャージー州を舞台に、現代の
「マフィア」一家を描いたドラマ『ソプラーノス(日本タイトルは、「ザ・ソプラノ
ス〜哀愁のマフィア」)』は、長い間有料(追加料金の必要な)ケーブル局HBOの
看板番組でしたが、それが今回シリーズの最終回を迎えることになり、その結末がど
うなるかは大きな話題になっていました。

(この部分は、同ドラマの視聴者の方には完全な「ネタバレ」になりますが、後述す
るようにアメリカの政局にまで関係するニュースであり、ただいまの時点でお伝えす
ることの意味を優先して記述します)

 様々な流血や家族の中での反目を描いてきたドラマである以上「誰が死ぬんだろ
う」とか「最後はどうせケンカ別れだろう」というような憶測でファンは盛り上がっ
ていたのですが、実際に放映された結末のシーンは、そうした予想を完全に裏切るも
のでした。最後のシーンは、アメリカのどこにでもある「ダイナー」という「庶民派
レストラン」でソプラーノ一家が静かにドーナツを食べているという映像なのです。

 シリーズを通じて強気も弱気も含めて激情を叩き付けてきた主人公のトニー・ソプ
ラーノは、そんな「過去」はおくびにも出さずに淡々と小さなドーナツを口に放り込
んでいます。その夫と感情の衝突を繰り返してきた妻のカメラも達観したような顔で
食べています。過去に色々なトラブルを経験してきた息子のAJも、静かにその前に
座っていて、そして誰も何も口にしないのです。三人の家族は過去の激情や流血がま
るでなかったかのように、静かな時間の中にいるのです。そして何のセリフも解説も
ないまま画面は暗転し、これでシリーズが完結するという宣言をするように真っ黒に
なって終わるのです。

 この「大胆な」ラストシーンは、シリーズのファンにはショッキングだったようで
す。翌朝の各局のニュースは、この「ラストシーン」自体のことを「事件」だとして
大きく取り上げていました。(ちなみに、アメリカのTV各局は共同で表彰を行った
り、このようにニュースで他局の番組の話題を取り上げたり、お互いに業界内で足を
引っ張りあうことはしません)全体的なトーンについては賛否両論があるものの、お
おむね「何も起きない衝撃のラスト」に対して好意的でした。

 そして、そのラストに対する評価は日を追うごとに高くなって行ったのです。荒々
しい過去のことは、まるでなかったかのように静かにダイナーの席でドーナツを口に
放り込む家族、その穏やかさは、激しい過去を持つがゆえに際立ったものとして、人
々に不思議なまでに落ち着いた印象を与えます。それどころか、この何も言わない、
何も起きないシーンに流れる平和な時間、ある種の成熟した時間といっても良いので
しょうが、それは驚くほどの心地よさをもたらすらしいのです。

 そんなわけもあって、このシーンは、放映からわずか10日で本格的なパロディが
登場するに至りました。そのパロディ映像は、巨額の予算を投じて、アメリカで最も
有名な夫婦による演技を前面に押し出したもので、実にタイムリーな効果を生んでい
ます。他でもありません。ヒラリー・ロッダム・クリントンが、その選挙キャンペー
ンのイメージ映像として夫のビルと「共演して」いるのです。

 私は一般論としては、こうした巨費を投じた「イメージ映像」で選挙戦を戦うのは
邪道だと思いますが、それでも映像がここまで良くできていると「参った」としか言
いようがありません。とにかく巧妙な脚本と演出、そして主役「二人」の抑えた演技
もあって、このビデオは選挙のキャンペーン映像を越えたエンターテインメントにな
っています。

 まず『ソプラーノス』に登場したような「ダイナー」の扉を開けてヒラリーが入っ
てきます。店内では子供連れを含めた各人種の家族が楽しそうな時間を過ごしていま
す。(このあたりはヒラリーの世界観の反映でしょう)静かに着席したヒラリーは微
笑みを浮かべながらメニューを繰り、テーブルの上のジュークボックスにどんな曲が
入っているかを見ています。

 そこにビルが入ってきて、テーブルに座ると「ニンジンのスティック」が出てきま
す。ビルは顔をしかめるのですが、ヒラリーは「あなたのために頼んだのよ」と言い
ます。ビルはちょっとイヤそうな顔をしながらニンジンを口にします。生のニンジン
というのは健康食のイメージで、ヒラリーの政策である国民皆保険に通じる健康のメ
ッセージでしょう。オリジナルの『ソプラーノス』では油で揚げたドーナツなので、
コントラストの妙もありますし、ビルがファーストフード中毒から心臓を患ったこと
もネタにしてしまっています。

 ヒラリーは「チェルシーはどうしたの?」と聞くとビルは「縦列駐車に手間取って
るのさ」と言い、そこで縁石に乗り上げる車の映像が入ります。オリジナルでは、ソ
プラーノの娘ミドウが縦列駐車に手間取って遅れてくることになっており、そのパロ
ディですが、中高年の夫婦が子供の未熟さを心配しつつ突き放す感覚を演ずること
で、有権者に対する夫婦の人間味をアピールする仕掛けです。そして二人はジューク
ボックスで曲を選び続け、それが山谷を越えてきた男女の成熟した関係、そして過去
へのノスタルジイも含めてキャラクターを「立てる」効果になっています。

 ビルはヒラリーに「アメリカの全国民が君が何を選ぶかを注目しているんだよ」と
いうのですが、これは曲を選ぶということにひっかけて、大統領候補としてどんな政
策を選ぶのか、あるいはどんな副大統領候補を選ぶのか、という謎かけも入っている
ように聞こえます。このあたりで店の他の客が二人を見て何かを囁いているシーンが
入りますが、このあたりは「ヤクザと同じように有名政治家は注目をされる存在」と
いう雰囲気でオリジナルの巧妙なパロディになっているのですが、それがイヤな感じ
を与えないのです。

 最後にはオリジナル同様に画面は暗転して見事なパロディとして一貫するのです
が、そこはヒラリー陣営です。ただ映像を見て面白がらせるだけでは終わりません。
暗転した画面には「さて最終的に選ばれた曲は何でしょう?」というメッセージが表
示されて、5月以来続けられてきた「ヒラリーのキャンペーンソング」人気投票の結
果ページへと誘導されるという仕掛けです。勿論、この人気投票自体が今後のEメー
ルでのキャンペーンのためのアドレス収集策であることは間違いありません。なかな
か「憎い」マーケティングのテクニックですし、インターネット時代ならではの「草
の根への分け入り方」であるとも言えるでしょう。

 ちなみにアメリカでは、マフィアというのは長年の警察やFBIとの抗争の結果、
日本に比べると比較的無害化されており、この『ソプラーノス』に関しても全くのフ
ァンタジーということを誤解するような人はいないので、政治家がマフィアのドラマ
のパロディをやっても問題にはならないという背景があります。とはいっても、大胆
な企画であることは間違いなく、その分、若い世代を中心に受けているということも
あるでしょう。

 この欄でずっとお話ししているように、そのヒラリーは政策的には「一番左」では
なく、むしろ現実主義あるいは中道路線というものを強く打ち出すようになってきて
います。それを、こうした「柔らかい」イメージキャンペーンとセットで打ち出すこ
とで、着実な支持固めを進めているということができるでしょう。今日現在のヒラリ
ーには、民主党候補の座であるとか勝てる候補、あるいは民主党大統領としての将来
というよりも、ある種「挙国一致の支持」というレベルの政治まで狙っている、そん
な勢いまで出てきました。それは中道ポジションの確立ということと、それが一種の
カリスマ性を醸し出すということの相乗効果なのだと思います。

 その「クリントン夫妻のパロディ映像」が流れはじめた同じ19日の火曜日に、そ
の「中道ポジション」に関係した一つの興味深い動きがありました。2002年のル
ドルフ・ジュリアーニの後継候補として選挙に勝利して以来、共和党のNY市制を守
って再選もされているマイケル・ブルームバーク市長が、ここへ来て突然共和党から
の離党宣言を行ったのです。もしかすると、今後の政局を左右するかもしれないの
で、その離党宣言の全文をご紹介しましょう。

I have filed papers with the New York City Board of Elections to change my
status as a voter and register as unaffiliated with any political party.
Although my plans for the future haven’t changed, I believe this brings my
affiliation into alignment with how I have led and will continue to lead our
City.
「私はこの度、ニューヨーク市の選挙管理委員会に変更届を提出し、有権者としてい
ずれの政党にも属さないことを届け出ました。私は自分に関する今後の計画を変える
わけではありませんが、この届出により私の立場というものが、過去の、そして未来
の私の市政のありかたに沿ったものになると信じます」

A nonpartisan approach has worked wonders in New York: we’ve balanced
budgets, grown our economy, improved public health, reformed the school
system and made the nation’s safest city even safer.
「超党派のアプローチが機能することでニューヨークには驚異的な結果がもたらされ
ました。我々は、均衡財政、経済成長、公衆衛生の改善、学制改革を実現し、更に言
えば既に全米で最も安全な都市であった街を更に安全にしたのです」

We have achieved real progress by overcoming the partisanship that too often
puts narrow interests above the common good. As a political independent, I
will continue to work with those in all political parties to find common
ground, to put partisanship aside and to achieve real solutions to the
challenges we face.
「共通の利害より特定少数の利害を優先することが多すぎる、という観点から私たち
は党派主義を乗り越えて現実的な進歩を達成してきました。政党から独立した立場と
なった私ではありますが、引き続き共通の基盤を持つ全ての政党の人々との共同作業
を続けてゆきます。その際には、あくまで党派性を退けて、我々が直面する課題につ
いての本当の問題解決に達することを目的としていきます」

Any successful elected executive knows that real results are more important
than partisan battles and that good ideas should take precedence over rigid
adherence to any particular political ideology. Working together, there’s
no limit to what we can do.
「現実の成果というものは党派的な政争よりはるかに重要であるし、良いアイディア
というものは政治イデオロギーの墨守より優先されなくてはならない、これは公選で
選ばれてなおかつ行政に成功した人間なら誰でも知っていることです。党派を越えて
協調するとき、我々には無限の可能性が与えられるのです」

 なかなかどうして格調高い文面ですが、同時にボルテージも高い宣言文であること
から様々な憶測を生んでいます。「将来の計画は変えない」などと言っていますが、
これを信じる人はおらず、20日の時点では、「ブームバーク市長は無所属で大統領
選に出馬か?」という取りざたが、大変な勢いで広がっています。まあそれだけのイ
ンパクトのある宣言だということは間違いないでしょう。報道のニュアンスは「反戦
派の共和党市長、中央政界へ野心か?」であるとか「企業情報の配信サービスを発明
して世界を変えたアイディアマン、一気に大統領候補へ」というようなもので、ムー
ドとしては、ここのところの「中道志向」とシンクロすることから期待感が高まって
います。

 どうして無所属での大統領選出馬に対する期待感があるのかというと、そこにはウ
ラがあるのです。一つには「保守票の分裂期待」ということがあります。直近の例で
言えば、1992年にビル・クリントンが勝った背景には、ロス・ペローの存在があ
りました。究極の小さな政府論を掲げてブッシュ(父)の票を食った無所属のペロー
が18.9%の票を取って、クリントンの勝利をアシストしたという見方です。ペロ
ー同様に大富豪で選挙資金は自前で用意できるブルームバークのポジションは、どう
してもペローその人に重なって見えるというわけです。

 ちなみに、逆の例としては2000年に「緑の党」のラルフ・ネーダーが、リベラ
ルな票の一部(この時はペローよりはるかに少ない2.7%)を食ってしまってゴア
の落選の一つの要因となったことも記憶に新しいところです。いずれにしても、二大
政党制が余りにも強大なために、独立系の「第三の極」が票を集めてしまうと、意外
な効果を発揮するというのは事実です。

 いずれにしても、ブルームバークはヒラリーに勝たせたくて、保守票の一部を割ろ
うとしている、そんな解説も可能でしょう。穏健ユダヤ系として中東和平を心から望
み、実業家として平和な世界のグローバリズムを信じるブルームバークのポジション
は、実は驚くほどヒラリーとは近いからです。また、非常に僅かですが、民主党の多
数派が思い切り左にブレた場合は、そこから外れてきた(外れる加減にはいろいろあ
ると思いますが)ヒラリーと組むということも考えられます。ヒラリーの政見がより
現実論に寄ってきた場合は、無所属の市長としてヒラリーを推薦するという可能性も
残っています。そもそもブルームバーク本人は民主党員だった時期もあるのです。

 反対の可能性もあります。万が一ジュリアーニが宗教保守票の反対に立ち往生し
て、共和党の指名が受けられそうもない、あるいは取れても本選の基礎票が足りない
という事態の受け皿になっていく、そんな筋書きも十分にあると思います。その場合
には、ブルームバークの「新党」がジュリアーニを立てて戦うか、あるいは一旦新党
を立ち上げた上で中道票をかっさらい、それを「共和党の党内基盤の弱い共和党のジ
ュリアーニ」を「推薦」するという形でジュリアーニの勝利をサポートする、そんな
戦略も考えているかもしれません。

 仮にジュリアーニが共和党の指名レースで、格好の悪い負け方、例えば新しいスキ
ャンダルを暴かれるとか、中道政策を言い過ぎてソッポを向かれたような場合は、自
分の新党へジュリアーニを引っ張り込んで、共和党の中道票を取り込むという可能性
もゼロではありません。そう考えると「安全な都市ニューヨークを更に安全に」とい
う文言は、銃規制反対派の中西部の保守票に対する強烈な「ノー」ですし、「少数の
利害」とか「政治イデオロギー」への批判というのは同性愛や中絶問題にこだわる宗
教保守票への挑戦状とも取れます。

 いずれにしても、カリスマ性を増したヒラリー、党内で苦戦しつつ主張を貫いてい
るジュリアーニ、無所属としての動きが台風の目になるかもしれないブルームバーク
と、一級の、そして一クセも二クセもある役者が揃う中で「中道政治」の実現へ向け
たマジックが起こるかもしれません。例えば、この三人が何らかの形で手を組む可能
性もゼロではないのだと思います。

(付記)
 5月の安倍訪米の際に話題になっていた、議会下院の「従軍慰安婦問題に関する謝
罪要求決議」に関しては、今月末に決議が行われる動きになってきました。これも
「超党派」や「中道」というムードが濃厚になる中での現象です。イラクの戦費問題
で対立していた間は先送りになっていたものですが、現時点では民主党と共和党が問
題なく手を組める決議の一つとして「夏休み前に少しでも懸案を片づけておきたい」
という流れの中でスケジュールに上った、それ以上でも以下でもないのだと思います。
日米関係への影響も軽微であって、とにかく決議ということそのものに対しては、過
剰な反応をするような問題ではありません。

----------------------------------------------------------------------------
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.432 Saturday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
----------------------------------------------------------------------------

 次へ  前へ


  拍手はせず、拍手一覧を見る

▲このページのTOPへ      HOME > Ψ空耳の丘Ψ49掲示板

フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。