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JMM [Japan Mail Media]  「『非公式』決定への依存」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 7 月 01 日 17:02:07: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年6月30日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.433 SaturdayEdition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第309回
    「『非公式』決定への依存」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第309回
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「『非公式』決定への依存」

 6月26日の火曜日、アメリカ連邦下院の外交委員会では、かねてより上程されて
いたいわゆる「従軍慰安婦問題に関する謝罪要求決議」が39対2の大差で可決され
ました。この欄でもお話したように、この時期にこうした形で可決を見たという背景
には、民主党と共和党の間にある「超党派的な協調ムード」があります。またイラク
問題でシャープに対決していた春にはなかなか進まなかった仕事を、この協調ムード
に乗って夏休み前に片づけよう、それがこの時期に可決をみた最大の原因でしょう。

 議会通の観測によれば、このまま下院本会議の決議となるのにも、そうは時間はか
からない、そんな可能性も同じような「超党派」あるいは「中道」ムードのなせる技
であると言えるでしょう。中には参院選をにらんだ日本の政局に対して、アメリカが
揺さぶりをかけてきているのでは、そんな印象を持つ方もあるかもしれません。です
が、その要素は少ないと思います。自民党の代替勢力である日本の民主党は、決して
自民党よりも親米でもハト派でもありませんし、交渉相手として分かりやすいわけで
もないというのはアメリカの日本通の間では良く知られていることだからです。

 ただ、私にはここまであっさりと可決されるという事実の背景は押さえておかなく
てはいけないと思うのです。アメリカをはじめとする国外の勢力は、日本政府のどの
ような価値観を問題にしているのでしょう。そこには戦争にかかわる歴史認識の問題
があります。ですが、日本の現政権が隣国への強引な植民地経営を続けたり、第二次
大戦へ突入した歴史の全てを正当化しようなどという意図のないことは国際的には理
解されているのです。また女性の人権問題に関しても、確かに先進産業諸国の中で意
識の高いほうの国ではなくても、徐々に改善へと進んでいるということは知られてい
ないわけではありません。

 問題は日本政府の持っている価値観にあるのではなくて、価値観というものそのも
のへの姿勢にあるのだと思います。それは「公式」と「非公式」を区分けして、それ
ぞれに全く異なる価値観や全く異なる問題解決を当てはめて、場合によっては対外的
には「公式」の顔を見せながら、国内的には「非公式」の基準で問題を処理する、そ
のようなアプローチそのものにあるのだと思います。

 例えば、安倍首相の姿勢に関して言えば、訪米時のブッシュ大統領やペロシ下院議
長に対する「説明」や外務省当局の姿勢は「公式」のものだとしても、同じ安倍首相
を支持している(らしい)勢力から「ワシントンポストへの意見広告」のようなもの
が飛び出したり、安倍首相自身の著書『美しい国へ』を読むと第二次大戦の戦後処理
に対する精神的な異議申し立ての宣言のようなことが書いてある、こうした「非公
式」の姿勢と「公式」の文言の乖離をどう理解したら良いのか、そんな苛立ちが大き
いのだと思います。

 アメリカの「知日派」という人たちの間では、日本政府の姿勢にみられる「公式」
と「非公式」の使い分けというのは良く知られています。例えば政策に関して影響力
を行使しようとすれば「ホウリツ」ではなく「ギョウセイシドウ」という「非公式の
レギュレーション」に目をつけて、そこに「ガイアツ」をかけていけば突破できると
いうような感覚はあるのです。また「イエス」という「公式の回答」が霞が関から出
てきても決して信用してはならず「タテワリギョウセイ」の弊害でどうせ時間がかか
るから裏から攻めた方が早い、そんな議論も「対日政策立案のシンクタンク」などで
は語られているのです。

 保守派の日本通学者と話しているときに「どうしてアメリカは靖国参拝に積極的な
グループに寛容なのか?」と尋ねたことがあるのですが、「そうでもしないと防衛費
の負担をしてくれないから」という答えを返しながらその学者の見せた、まるで「劣
等な人々のことを語るような皮肉めいた表情」を忘れることはできません。戦後秩序
という「公式的な価値観」に則って、防衛費の負担と言う実務的な意思決定を「公式
の手続き」で交渉する相手は全くいない、その淋しさにアメリカは長年にわたって耐
えてきたのだとも言えるのでしょう。

 勿論、複雑な現代社会においては「ホンネ」と「タテマエ」が乖離することはどこ
の国の誰にでも起こり得ることです。それ以上に、「ホンネ」と「タテマエ」の使い
分けに積極的な意味を見いだすこともあっていいのだと思います。例えば非常に幅広
いオプション、例えば問題そのものを疑うような可能性まで議論を広げる際には「タ
テマエ」に含まれる限界に意識的になることは有益だと思います。また「ホンネ」と
「タテマエ」の乖離の大きなときは、そのことが「今は決定のタイミングではない」
ということを示唆している、そんな局面もあるでしょう。

 ですが、今回のいわゆる「従軍慰安婦問題」のように明らかに名誉を傷つけられた
被害者がおり、それが女性の尊厳に関わる性的な問題を含んでいる、そのような真剣
な論議において「タテマエ」では謝罪するが、「ホンネ」の部分では「声高に非難に
屈するのはイヤ」というような姿勢を見せていては、理解のしようがないのだと思い
ます。

 どうしてもそのような「心情」について理解を得たいのならば、思いきりホンネの
部分を吐露する、例えば「生まれながらにして戦争犯罪という負の遺産を相続させら
れた」人間の怒りを説明する、というアプローチは可能でしょう。例えばナチスの過
去を背負うドイツ、ベトナムの負債を背負ったアメリカ、など歴史的な負債を抱えた
国はたくさんあります。

 そうした国々では、どちらかと言えば、高い教育を受けて富裕な地位にある人間の
方が過去への反省を口にし、現時点で不満を抱えたり自尊感情を奪われた状態の人間
の方が過去の名誉回復を求めて排外的になる、そうした現象は一般的にあります。で
すから、そういう心情の延長に「ホンネでは謝罪したくない」という世論が生まれて
くることは理解はされるでしょう。ですが、これだけの経済規模を誇る大国の政権が
そうした心情を政権の求心力にしているというようなことは、どう考えても「みっと
もない」ことだ、それが世界の常識だと思います。

 そうは言っても、例えばアメリカの場合ですと今でも「南部連邦」の旗、つまり奴
隷制の維持を訴えて合衆国を離脱して敗北した「南軍」の旗を掲げて「過去の名誉回
復」を求めるような心情は一部には残っています。またそうした屈折した心情が実際
の政局にも影響力を残しています。ベトナムの問題にしても、今回のイラクの問題に
しても自身の失敗への無反省や「過去の名誉」にこだわる情念は様々な形を取って国
の政治を歪めていると言えるでしょう。

 にも関わらず、日本の歴史認識の問題がどうしてもクローズアップされるのには別
の理由があると思います。それは日本の場合、こうした「公式」と「非公式」の乖離
という現象が、歴史認識や価値観においてだけではなく、社会や経済のシステムの中
に多く残っている、その不気味さや面倒くささのイメージが影を落としているのでは
ないでしょうか。

 例えば、目下のところ大変に大きな国内問題になっている年金記録の問題を見てみ
ましょう。まず、これは国民の経済的権利が棄損された巨大規模の犯罪だと思うので
すが、刑事告発ないし民事告発というような「公式の紛争処理システム」は全く稼働
していません。例えば明らかな過失によって年金受給資格の根拠となる保険料納入記
録を廃棄したというような重大な犯罪に関して刑事事件として責任は問えないのです。

 それは時効の問題もありますが、そもそも日本のリーガルシステムが、行政府の主
導する社会体制や秩序を保護することを主目的として設計されており、行政府内部の
相互監視や統制と言う機能は想定されていないということがあるのだと思います。ま
た民事告発についても、個別のケースにおける年金受給に関する異議申し立てを処理
するような能力は期待されていません。

 それ以上に奇怪なのは、社会保険庁全体の不祥事だとして、現在ないし過去の職員
に賞与の「自主返納」を求めている、またそれを世論が後押しするよう報道機関が煽
っているという問題です。明らかに事務処理上の過失や、大局的な判断ミスがあった
のですから、その責任を個別に全て告発し、責任のある人間には立法措置による賞与
ないし給与の「強制的返納」を求めるのが筋でしょう。逆に勇気をもって告発を行っ
た人物、明らかに創意工夫に富んだ問題解決への実務能力をもった人物は抜擢して優
遇すべきでしょう。

 そうした信賞必罰を全て「公式の処理」として行わなくては問題はいつまでも続く
のだと思います。特に危険なのは「自分は自主的に賞与を返納し、経済的な苦境や家
族の反発など大変な痛みを背負ったのだから」もう自分の地位は安泰だ、とか「これ
で役所に貸しができた」という意識を持つ人種が相当に出る可能性です。こうした意
識が生まれるようではトラブルの処理はいつまでたっても終わらないでしょう。

 昔から関西などの企業経営者の間では「使用人に自腹を切らせるな」という格言が
あります。それは一種性悪説に基づいた知恵なのですが、要は自腹を切ることで「会
社に貸しを作った」という意識が生まれると、それが将来には「その貸しを取返して
やろう」という意識となって使い込みや無駄遣いの温床となるからです。今回の「賞
与の自主返納」にはそうした厳しい観点が全く欠落している、その背景にあるのは
「問題解決を公式のシステムではなく、非公式の世界で処理しよう」という文化なの
だと思います。

 アメリカが政財界挙げて小泉政権には一定の理解を示したのは「イラク派兵と言う
イヤな仕事」をやってくれたからではありません。小泉政権が掲げた構造改革の中
に、アメリカの商機を増やす効果だけでなく、規制緩和によって「公式の問題解決シ
ステム」が動いてゆくだろうという大きな期待があったからなのだと思います。

 それが立ち行かなくなり、感情に流されるままに「非公式の決定」へ依存するよう
な流れが出てきている、今回の「慰安婦決議」に関してはそうした流れの警告も含ま
れているようにも思うのです。そう言えば「ふるさと納税」などという「非公式の納
税制度」がまだ取り沙汰されているあたり、病理は相当に深いと言えるのではないで
しょうか。

 そんな中、宮澤喜一氏の訃報が飛び込んできました。私にとっての宮澤氏というの
は、70年代に宏池会のリベラル派参議院議員としての言動に対して好感を持った記
憶が最初の印象でした。また軽武装と民生品製造という国是を推進した功績は評価さ
れるべきだと思います。ですが、同時に日本の社会や日本人全体に対する過小評価か
ら「公式の決定システム」の導入には極めて消極的な面も持ち合わせた政治家でした。
その意味で80年代から90年代の拡張した経済規模を支える器ではなかったのだと
思います。

 現代社会は複雑な問題を抱えています。国と国、個人と個人の間に横たわる利害の
不一致は膨大なものがあるのです。問題が複雑で多岐にわたればわたるほど、公式の
問題解決システムを立ち上げ、鍛え、維持してゆく、そのための人材を育成し評価し
抜擢してゆく、そうした努力を積み上げてゆかねばならないのでしょう。その努力を
怠り、一時の感情に流されて非公式の決定を繰り返してゆくようでは、社会は脆弱な
ものとなります。今回の参議院選挙を通じて政治が「公式の決定能力」を取返してゆ
くのか、これは大きな岐路になるのではないでしょうか。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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