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JMM [Japan Mail Media]  「足元からの蒸気爆発」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 7 月 23 日 07:40:04: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年7月21日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.436 SaturdayEdition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第312回
    「足元からの蒸気爆発」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第312回
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「足元からの蒸気爆発」

 イラクの治安改善は一向に進まない中、アメリカ国内の厭戦・反戦ムードはじわじ
わと広がっています。例えば、ブッシュ大統領の外交政策を支持していた共和党のジ
ョン・マケイン候補は、選挙資金が思うように集まらず、またこの事態を悲観した選
挙参謀が辞任するなど苦境に立っています。その背景には、共和党の主流である「小
さな政府と自立した個人」というイデオロギーを掲げるグループの中で、イラクから
の撤兵論が日増しに強くなっているということがあるようです。

 ちなみに18日に発表されたCNNと地元TV局によるニュー・ハンプシャー州の
世論調査では、共和党の候補としてトップはロムニー候補(34%)、続いてジュリ
アーニ候補(20%)、三位にはまだ立候補表明もしていないトンプソン氏(13
%)となっており、一時は本命視されたマケイン候補は12%で四位という厳しい情
勢です。予備選の序盤における重要な州での、この数字は深刻と言わざるを得ません。

 マケイン候補は、対数週間前にイラクを訪問して、現地情勢の報告を受けた上で、
改めてブッシュ大統領の方針への支持を表明していたのですが、これが反発を買って
いるのです。CNNによれば、こうした流れを支えているのは軍の周囲にある世論だ
そうで、17日朝の番組では兵士の家族達へのインタビューを編集して「軍のファミ
リーの中に厭戦気分が広がっている」という解説をしていました。その中で夫が三回
もイラクに派遣されて、現在もイラクにいるという奥さんの「アメリカの兵士がイラ
ク人のために犠牲になるのはもうイヤ」という発言が流れたのが印象的でした。

 また18日朝のNBCでは、ロバート・ゲイツ国防長官がある勇敢な兵士の死を悼
んでいるという報道の中で、長官の肉声が紹介されたのですが「私はですね。毎晩毎
晩こうやって、家族の手紙を書いているんですよ」と言いながら涙声になるという映
像でした。毎晩、戦死者の家族に手紙を書いているというのが日課というのも異常事
態なら、他でもない合衆国国防長官がそのことを語りながら涙を流し、しかもその映
像が三大ネットワークに流れるというのは、やはり大変なことです。アメリカとして
はこの戦争はもう続けられない、そう考えるのが妥当でしょう。

 そんな中、先週の12日からは国土保安省のシャートフ長官が声明を発表し「アル
カイダの本土潜入、本土攻撃が迫っている」という情報を得たということが大きく報
道されました。この発表の背景は判然とはしません。確かな情報に基づくものなの
か、信憑性が薄いが万が一実行された場合のアリバイとして発表したのか、世相の引
き締めを図るためなのか、テロ対策予算の確保のためなのか、恐らくはその全てなの
でしょうが、おどろおどろしい「テロリストの訓練風景」という資料映像と共に何度
も放送されるのを見ると「気を緩めてはいけないのかもしれない」と思わせる効果は
あったようです。

 ですが、そんな雰囲気も、日本の大地震、ブラジルの航空機事故などの「ホンモノ
の惨事」の前には吹き飛んでしまいました。日本の場合は放射能汚染、ブラジルの場
合は短過ぎる滑走路という根本的な問題を含んでいるだけに、アメリカでの報道は詳
細を極めています。更に18日には他でもないニューヨークはマンハッタンのど真ん
中で、突如爆発があり、道路から蒸気と煙が地上80階相当の高さまで噴き上げると
いう事件がありました。

 場所は41丁目のレキシントン街と三番街の間ということで、正にミッドタウンの
中心、グランド・セントラル駅のすぐそばです。時刻は夕刻の6時少し前ということ
で、帰宅ラッシュの真っ最中でした。事件発生からずっと、ABCのニューヨーク・
ローカルの局が中継していたのですが、ものすごい勢いで噴出する蒸気を見て周囲で
はパニックが起きています。犠牲者は今のところ、1名だけに止まりましたが、交通
はマヒしています。

 この事件に関しては、マイケル・ブルームバーク市長が早速会見を開いて「テロリ
ズムの兆候は全くない。原因は老朽化した蒸気の配管に、冷水が流入したために蒸気
爆発を起こしたもの。ただ私としてはアスベストの被害が心配なので、各部署最善を
尽くして調べてもらいたい」というコメントを発表しています。翌日の発表では、事
故現場周囲の大気中からはアスベストは検出されていないものの、地下から吹き上が
った破片の中からは検出されているということで、ニューヨーク市警(NYPD)は
ピリピリしており、この地区が平常に戻るには時間がかかりそうです。

 NYPDがどうしてピリピリしているのかというと、911のテロによる世界貿易
センタービル倒壊に際して起きた、現場周辺でのアスベストや他の物質による大規模
な汚染という記憶があるからです。膨大な死者を前にして、ともすれば復興事業に当
たった人々の健康被害の問題はなかなかクローズアップされてはきませんでした。で
すが、年月を経るにつれて様々な形で被害が明るみに出ており、NY市は元職員から
の訴訟を受けているだけでなく、911直後の体制において健康被害への配慮が足り
なかったという理由で、現在大統領候補指名へ向けての選挙戦真っ最中であるジュリ
アーニ候補に対する抗議行動も絶えないのです。

 それでも、テロの際に正式にNYPDないしNYFD(NY市消防局)あるいはN
Y/NJ港湾局の職員であった人間には補償が出るのですが、911の惨事を聞いて
「自分も何か役立ちたい」と駆けつけたボランティアに対しては、補償が十分でな
い、それどころか健康保険制度が未整備なために経済的困窮に追い込まれている人も
いる、実はこの問題を扱った映画がちょうど公開されているところでした。そんなわ
けで、今回のアスベスト問題についてはNY市当局は非常に神経を使っているのです。

 さて、現在公開中のその映画というのは、マイケル・ムーア監督の新作『シッコ』
です。公開前から、当局の弾圧を恐れて原版の複製をカナダに隠したとか、海賊版が
かなり早い時期にネット上に流出したなどと妙な話題を提供していましたが、内容は
主張のハッキリした明快な作品に仕上がっています。前々作の『ボウリング・フォー
・コロンバイン』では銃社会の問題を、また前作の『華氏911』ではイラク戦争の
問題を描いたムーア監督は、今回は「健康保険制度の不備」をテーマにしています。
映画の内容、特にその911のボランティアの人々がどうなるかについては、お話す
るのは控えますが、例によってドキュメンタリータッチの構成の中、事実そのままの
映像と、演出によって整理された映像を絡ませながら問題点を提示していく手法は健
在です。

 また例によって民主党支持の姿勢は鮮明に打ち出しています。93年の当時ファー
ストレディーとして健康保険制度改革に取り組んだヒラリー・クリントンの行動を肯
定的に扱っており、2008年の大統領選へ向けて彼女を後押しする意図は否定でき
ません。反対に、廉価な代わりに治療費に大きな制約のあるHMO(健康維持機構)
という保険制度を導入した際のニクソン大統領の態度や、ヒラリーの改革を潰した共
和党議員団に対して露骨な批判を浴びせています。

 中でもブッシュ(父)元大統領が「健康保険の socialize(ソーシャライズ、国営
化もしくは社会主義化)なんてとんでもない」と怒るシーンの直後に、旧ソ連や北朝
鮮を思わせるマスゲームや、画一的労働のイメージ映像を入れながら「国民の健康に
ついて共通の保証をすることが、どうして非人間的な社会主義と結びつくのか私には
分からない」と訴えるくだりは、ムーアの真骨頂と言えるでしょう。例によって例の
ごとしのプロパガンダ映画と言ってしまえばそれまでですが、現時点でこの健康保険
制度問題を取り上げたのは意味があるのではないでしょうか。

 というのは、共和党の政策への反対、そして民主党への支持を訴える効果だけでな
く、民主党に対しても本当に国民皆保険をやる覚悟があるのか、を問うものになって
いるからです。ヒラリーだけでなく、オバマも、エドワーズも健康保険制度の改革は
公約に掲げています。ですが、実際に民主党が政権を取返したとしても、どこまで本
気で国民皆保険をやるのか、ムーアの演出の中には民主党へのプレッシャーをかける
意図もあるようです。

 前作の『華氏911』はイラク戦争への反対と、ブッシュ政権への糾弾をストレー
トにぶつけた内容で、しかも大統領選挙の投票直前に公開されています。ですが、結
果的にブッシュは再選され、ムーアに対しては「余計なことをやったから共和党が結
束した」とか「リベラリズムもここまで堂々と胸を張られるとウンザリ」などといっ
た批判が浴びせられています。ムーア自身のその轍は踏みたくなかったのでしょう。
医療保険という足元の内政問題一点に絞って、党派的な姿勢ばかりが目立つのを避け
たのは賢明だったと思います。

 尚、この『シッコ』ではエンディングのクレジットの中には、興味深い表現があり
ます。まず、つい最近亡くなった作家のカート・ヴォネガットに対して "Thank you
for everything." という謝辞があり、またフランス人としてアメリカ独立革命の先
進性を紹介した19世紀の政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルの「アメリカが偉
大であるのは他国に秀でて先進的であるからではなく、過ちを修正する能力にある」
という言葉を引用しているという点です。

 ヴォネガットという存在は、体制への距離の置き方やユーモアのセンスの磨き方な
どで、アメリカのサブカルチャーを一種メインストリームの文化にまで高めたと言え
るならば、そのヴォネガットへの謝辞というのは、その遺産をムーア自身が背負って
いるという自負なのでしょう。またトクヴィルを持ち出したのも、自分はアメリカを
盲愛するのでもなければ、ひたすら「自虐的」に批判するのでもなく、世界的な観点
から見直してその可能性を信じるのだという思想的宣言なのだと思います。

 その意味で、ムーアは大まじめなのです。日本では8月中旬に公開が予定されてい
るようですが、是非多くの方がご覧になることをお勧めします。ただ、この国民皆保
険という問題に関しては、日本では曲がりなりにも機能している一方で、アメリカが
遅れていることになります。ただ、ムーアの主張に賛成するということは、少子化や
財源難などを理由に健康保険制度の給付を下げようとする「構造改革」の立場には反
対の立場になる、そのあたりを踏まえた見方が必要でしょう。ですから、単に「痛快
な反米映画」というだけでは済まない内容だと思います。

 ムーアの映画というと、どこか喜劇調の「キワモノ」としてエンターテインメント
の一つとして片づけられがちですが、今作についてはヴォネガットや、トクヴィルま
で持ち出している彼の姿勢を、真剣に受け止めてもらいたいと思います。取りあえず
配給会社が前売り券につけている、「シッコ」の妙なロゴの入ったピンクの「ピシッ
と世直し注射器マーカー」という意味不明のオマケは何とかならないものでしょうか。

 ピンクの注射器は悪い冗談だとして、この映画を象徴しているグッズといえば、映
画の中でムーアがずっとかぶっていた真っ赤なラトガース大学の帽子でしょう。ミシ
ガン出身のムーアがどうしてニュージャージー州立のラトガースの帽子をかぶってい
るのかというと、そこには理由があるのです。日本でもかなり評判になった著作『ア
ホでマヌケなアメリカ白人(原題は "Stupid White Men...and Other Sorry Excuses
for the State of the Nation!")』の出版にあたって、当時はブッシュの支持率の
高い時期だったこともあって、版元のハーパーコリンズ社は発売を躊躇したのだそう
です。

 ですが、ラトガースの図書館学科の卒業生であるアン・スパラネセという編集者
が、全米の各図書館に勤務している同学科の卒業生たちに呼びかけて「言論の自由を
守って、ムーアの著作を出版せよ」という署名活動を行った結果、出版に漕ぎ着けた
という経緯があるのだそうです。このことを意気に感じたムーアは、この『シッコ』
の中でずっとラトガースのスカーレット(緋色)の帽子をかぶっていたというわけで
す。

 現在アメリカの映画館で上映中の作品の中で、ある意味でこの『シッコ』とは正反
対の色彩を持っているのは『ダイハード4.0(原題は "Live Free or Die Hard")』
でしょう。主演のブルース・ウィルスの長年の共和党支持は有名ですし、イラク戦争
についても芸能人としては珍しく徹底支持を表明している人物です。映画の中身につ
いて言えば、例によって大量の火薬とCGが使われたアクション映画と言って良いで
しょう。

 この映画についても、あまり詳しい内容をお話するのは控えます。ただ、ウィルス
の当たり役である主人公のジョン・マクレーン警部が今回は「運の悪いことに大変な
ことに巻き込まれた」という「トホホ」な表情を一切せずに、まるで運命を予知して
いたかのように、あるいは世界中で自分だけが危機の本質を理解しているかのような
スーパーヒーローと化している、この点はファンの間で賛否の分かれるところだと思
います。それはともかく、全体としてはこの作品も内向きの、つまり「敵は足元にあ
り」というトーンが濃厚です。

 前三作の「テロリスト」はドイツの左翼崩れであったり、中南米の麻薬組織に内通
したアメリカ軍人だったり国際色があったのですが、今回はあくまで国内の「ハッカ
ー」が敵です。いや、それ以上に「敵」は簡単にサイバー攻撃に翻弄される脆弱なワ
シントンの官僚組織という位置づけなのかもしれません。その意味では、ブルース・
ウィルスが個人的にも主張しているという、小さな政府論の究極の形としての「政府
への不信」というトーンが全編を貫いています。

 とにかく、連邦政府への不信感は徹底して描かれています。パニックに陥った首都
ワシントンを目の当たりにしながら「FEMA(緊急事態庁)はニューオーリンズの
スーパードーム(ハリケーン被災者の避難所)に水を届けるのに5日もかかった役
所」だから信じるな、というようなセリフがあったり、やたらに「国土保安省」とい
う紋章の入ったコンピュータのセキュリティが画面が登場しては、その脆弱性を突か
れたり、かなり徹底したものです。

 また、マクレーン警部の娘がラトガース大学の学生(らしい)とか、頼りない善玉
のハッカーがニュージャージーのカムデン(民主党の強い地区です)に住んでいると
いうように、漠然とではありますが、リベラルの立場にも仁義を見せているようなと
ころがあります。その善玉のハッカーを演じているのはジャスティン・ロングという
喜劇俳優で、アメリカではアップル社の「マック」コンピュータのCMで「僕はマッ
ク」の役をやって非常に有名なのですが、「マック」という「記号」もどちらかとい
えば、リベラルの匂いがあるのです。

 それはともかく「敵は海の向こうからやって来る」から「こちらから先制して叩
く」というブッシュの「対テロ戦争」を一切無視するように、あくまで国内の問題と
しての危機なり、政府の脆弱性をテーマにしたというのが「今風」だとも言えるでし
ょう。それにしても、ワシントンがアルカイダへの警戒を呼びかけていた中で、マン
ハッタンの老朽化した配管が「足元から」爆発したというのは、その猛烈な勢いで噴
出する蒸気の映像ともども、何とも皮肉な印象を残しました。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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