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JMM [Japan Mail Media]  「血塗られた歳末」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 12 月 30 日 12:14:25: ogcGl0q1DMbpk
 

                           2007年12月29日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.459 Saturday Edition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第335回
    「血塗られた歳末」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第335回
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「血塗られた歳末」

 多難な中にも穏やかな年の瀬になれば、そんな思いは27日のパキスタンのブット
ー元首相暗殺のニュースと共に吹っ飛んでしまいました。事件を受けて、NY市場の
株価は急落する一方で、原油価格は上昇しています。もっとも市場では、原油の高騰
は備蓄量の低下によるものという解説もされていますが、今回の事件にマーケットが
「乱世」の匂いをかぎつけているという要素は否定できないでしょう。これを受けて
アジア各国の市場も下げています。

 さて、ブットー元首相に関しては、8年間の亡命生活の後に、ドバイから10月1
8日にパキスタンのカラチに帰国していますが、その直後に爆弾による暗殺未遂に遭
遇しています。この事件では136名の死者が出て世情が混乱する中、11月1日ご
ろには一旦はドバイへ出国するという説が流れましたが、結局はムシャラフ大統領が
彼女を自宅軟禁する一方で、非常事態宣言を出して事態の沈静化を図りました。その
後に、改めて総選挙を目指した遊説を開始する中での惨事ということになります。

 このブットー帰国、そしてブットーとムシャラフの政敵であるシャリーフ前首相の
帰国による総選挙の実施、これが当面のパキスタンの政局のシナリオでした。そし
て、その背後にはアメリカ、特にライス長官の指揮する国務省の意向があると言われ
ています。今回の惨事で、このシナリオ自体が暗礁に乗り上げてしまいました。

 この欄でも以前にお話したように、パキスタンの政局は緊迫が続いています。アメ
リカが同盟の相手として信頼するムシャラフは選挙の洗礼を受けていないばかりか、
単純に選挙を行えば大統領の座を追われることは目に見えています。何故ならば、ム
シャラフの政策は、対外的には親米反タリバンであることで貧困層の憤激を買う一方
で、国内の不正や利権には厳しい点で富裕層にも評判が悪いのです。そうした政治的
な脆弱性を抱えながら、権力をISIと呼ばれる秘密警察を使って維持している、い
わば難しいバランスの上に成立している政権だからです。

 そうではあっても、911以来の6年半にわたって、アフガニスタンの対タリバン
作戦、そしてパキスタン領内のアルカイダ的なグループの追及を行うためには、ブッ
シュ政権はムシャラフを支えるほかに打つ手はなかったのです。では、どうしてブッ
シュ政権は「ムシャラフの軍事独裁政権という必要悪」に我慢ができなくなってきた
のでしょうか。議会の総選挙を通じて民主化を進めるという難しい方程式をそこに持
ち込んだのはどうしてなのでしょう。

 それは、アメリカの国内事情が大きいのです。実は、今回の大統領選の隠れた争点
として、このパキスタン政策は大きな位置を占めているのです。どうしてパキスタン
なのか? その理由を端的に述べている一つの例が、今月発売の『フォーリン・ア
フェアーズ』誌の掲載されたマイク・ハッカビー候補(共和、元アーカンソー知事)
による論文「テロ戦争におけるアメリカの優先順位」の記述です。この論考は「ブッ
シュ政権はアメリカの敵ばかり作っている」という批判が一方的だとして、ホワイト
ハウスが反論のコメントを出したことばかりが報じられていますが、ある意味で共和
党保守派の「パキスタン観」を代弁していると言って良いでしょう。

 ハッカービー論文では、パキスタンに対して多くを割いているのですが、その書き
出しは非常に過激です。「イランについては政策を誤れば我々はイランを攻撃せざる
を得なくなるのだが、パキスタン政策の場合は政策を誤れば、再度彼等が我々を攻撃
してくるような結果を招く」とパキスタン領内の原理主義勢力が、改めてアメリカ本
土を襲う可能性があるとしているのです。「911のテロ攻撃が再度行われるような
ことがあれば、それは必ず『パキスタン発』となるであろう」として「我々は借りた
時間の中に生きている(宗教がかった運命論的なレトリックです。つまり「いつテロ
攻撃をされてもおかしくない」中での平和は「借りてきた」ものであって、「自分で
勝ち取った」ものではないという意味)」としています。

 ハッカビーの論点は非常に単純で「ムシャラフはアルカイダと通じているから現状
ではブットーとシャリーフを交えて選挙をやり、ブットーに政権参加をさせる、その
上でインドとの提携で商工業を興して民生を向上させる一方で、アルカイダ狩りを徹
底すれば地域は安定する。更にアメリカの援助はバラマキではなく、初等教育に集中
させる。教育インフラが確立すれば、怪しげな神学校が流行することもなく、テロリ
ストの量産を断ち切ることができるだろう。そうした政策の結果、アメリカの安全は
確保されるのである」とまあ、そんな具合です。

 この論文は、ハッカビーが共和党のトップランナーに躍り出たことで「本格的な軍
事外交論争」にも本腰を入れなくては、というタイミングで発表されています。です
から、集まってきたブレーン達のノウハウが相当に盛り込まれていると言って良いで
しょう。言葉の上では、ブッシュ政権の姿勢を「腰が定まっていない」とか「アメリ
カのイメージを落としているだけだ」と厳しく批判していますが、内実は現在国務省
が進めている「二期目のブッシュ外交」の延長を受け継ぐという自負が入っていると
見るべきです。単純化して言えば、共和党政権の政策変更は大統領選が理由です。選
挙の洗礼を受けるに当たっては、自動的にムシャラフ支持を継続することはできな
かったのです。ですから自らブットーという新しい切り札を持ってきて軌道修正をす
る、そして共和党の次の大統領候補たちはブッシュ批判のトーンを混ぜながら、その
新機軸を更に強く打ち出す、という流れがあったと私は見ています。

 ですから、ここまでアメリカがブットーを支持してきた背景というのは、このハッ
カビー論文にあるような発想だという理解で良いのだと思います。その背後にある感
覚というのは、ムシャラフだけでは不安だ、ブットーなら親米英だし何とかしてくれ
るだろう、という見通しに他なりません。共和党の保守派の間では、原理主義勢力に
対して甘いムシャラフへの不信感は、現政権以上に大きいということも背後にはあり
ます。その上で、穏健化路線でタリバンの無害化を進めるアフガニスタンのカルザイ
大統領とブットーを連携させる、ムシャラフにはブットーとの連立で選挙の洗礼を受
けた形にさせ、やがてはブットーに政権を禅譲させる、更にインドにブットーを応援
させて、ブットーの指導力で「途上国独裁」的な経済成長の路線に乗せることができ
れば・・・というシナリオです。

 政治力学としても、左右のどちらからも、そして貧困層にも富裕層にも受けの悪い
ムシャラフではなく、カラチを中心に親米英的な中産階級の支持層を持つブットーの
政治力を「取り込む」ことで、事態の打開を図ることができるだろう、そうした計算
もあったのだと思います。良くも悪くも「フルパッケージ」としての政権構想でし
た。ちなみに、同じ共和党のジュリアー二も「パキスタンには断固たる姿勢を、場合
によってはムシャラフを切り捨てる勇気を」というようなことを言っており、そこに
も同じようなニュアンスがあります。

 そんなわけで、今回のブットー遭難という最悪の結果は、いわば共和党+国務省の
描いたシナリオが破綻したということになる、アメリカの政局という視点から見れば
そういうことになると思います。では、一方の民主党のヒラリーはというと、やや立
場が違います。というのもヒラリーは、夫のビル・クリントン時代に、一方でタリバ
ンの無害化を模索しつつ、親インド、親米英のシャリーフに肩入れした結果、タリバ
ンは承認に至らない一方で、シャリーフがクーデターで失脚してしまい、この地域に
ついて描いていた戦略が全部ダメになった「痛い経験」をしているのです。

 クリントン夫妻の「政治的な凄さ」というのは、失敗を経験するとそこから学んで
自分のアプローチを変えることのできる柔軟性にあります。これもその一例であっ
て、ヒラリーとしては、パキスタンにおける親米英の「途上国独裁型安定政権」を作
ることの難しさを骨身に染みており、その分、ムシャラフに対して理解を示している
面があります。逆に、ブットーの持っていた「利権」の匂いについては、ヒラリーに
は脆弱性、危険性というように映っていたと思われます。こうした点では、ヒラリー
にはネオ・リベラル出身の嗅覚が働くと思うからです。

 更に言えば、ブッシュ政権や現在の国務省が、何とか自分たちの「功績」を歴史に
残そうとしているのに対して、ヒラリーは「難しさ」を直視し、安易な解決には走ら
ないし、安易に具体案を見せびらかさない、という姿勢を取っているとも言えるで
しょう。ですから、大統領選におけるこの問題についての論戦でも、ヒラリーは他陣
営の攻撃を中心にして得点を重ねています。例えばこの夏にオバマが「私が大統領に
なったら、アルカイダを攻撃するためにパキスタン領内を爆撃する」と述べたことが
ありますが、その際には口を極めて「素人の極論だ」と批判しています。またブッ
シュに対しては「ムシャラフを持ち上げたり、突き放したり一貫性に欠ける」という
形で攻撃しているのです。

 アメリカの大統領選は、いよいよ年明けの1月3日にはアイオワの党員集会、8日
にはニューハンプシャーの予備選が行われます。ジュリアー二の勢いが落ちてしまっ
た現在、今回のブットー遭難という事件がもたらす「乱世」のムードは、ヒラリー・
クリントンに有利に働くことになると思います。事実、ブットー暗殺というニュース
を受けて27日には各候補がそれぞれ「最初の反応」としてコメントをしています
が、「こうした危機に対して大統領執務室から指揮が執れるのは私だけだ」(マケイ
ン)、「この地域がこれ以上混乱するようなら米軍の派遣も辞さない」(ジュリアー
二)、「我々はパキスタンに巨額の援助をしてきた。その見返りとして安定と平和が
得られないならこれまでの方針が間違っていたということだ」(エドワーズ)という
調子で、各候補とも事件のインパクトを受け止めるには何とも薄っぺらな言い方に終
始しています。

 オバマに至っては、今回の事件を枕にヒラリーを攻撃しようということで、「(イ
ラクではなく、アメリカはパキスタン、アフガン情勢にもっと関心を集中すべきだっ
たとして)イラク戦争を支持したヒラリーの誤りが明らかになった」と「ヒラリー叩
き」のコメントをしていますが、まあ、トンチンカンもいいところでしょう。その一
方で、やはりヒラリー自身の姿勢は一味違うものでした。ヒラリーは「同じように一
国の指導者を目指す女性として、母として、また彼女との長年にわたる知遇を得た者
として、今回の悲劇については、何よりもブットー女史のご家族に対して心より哀悼
を申し上げます」という声明を発表し、併せて夫の政権時代にブットーと一緒に写っ
ている笑顔の写真を公開しています。その姿勢は、勿論巧妙に計算された政治的演出
ではあります。

 ブットーが生きていればリスクを取ってまでブットー支持に深入りはしなかった一
方で、死んでしまったブットーに対しては同じ女性としてそのカリスマ性を自分と重
ねても政治的には何もリスクはない、しかも女性票はガッチリ確保できる、そんな思
惑が見え隠れしているわけで、何とも計算し尽くされた言動ではあります。いずれに
しても、事件の深刻さを受け止めているというメッセージを送りながら、政策の選択
肢については一切自分を縛るような発言はしないというわけで、支持者達の間では
「さすがヒラリー」という受け止め方をされているようです。(逆に、そういうとこ
ろが「アンチ・ヒラリー」の人々から憎まれる理由でもあるのですが)では、そのク
リントン陣営は、このパキスタン、アフガン問題について、具体的にどのような手を
打ってくるのでしょうか? たぶん、それはすぐには明らかにはならないでしょう。
これからのヒラリーは、実際に政権を担当する際に自分の選択の幅を狭まるような
「具体的すぎる公約」は出来るだけ避け、政敵が自滅するのを待つ持久戦を続けると
思われるからです。

 事件から一夜明けたパキスタンは、混迷が深まっているようです。全土で暴動が起
きているというニュースだけでは判断はしかねますが、ブットー女史の直接の死因に
対して「狙撃」なのか「爆殺」なのか、内務省の発表がコロコロ変わるというあたり
に、政権が苦悩を続けている証拠があるのでは、そう私は見ています。当初は「爆弾
だとテロのイメージがあり、治安が維持できない政権の威信に関わる」ということか
ら「銃殺」というストーリーの方が政権へのダメージが少ないという判断があったと
思われます。ですが、後にブットー女史の棺の映像や墓所の映像が一種の神格化をも
たらす中で「銃創による死では遺体の損傷が少なく神格化を加速する」ということか
ら「爆死」の方が政治的に政権には有利という計算がされ「爆弾が死因」という発表
に変わった、私にはそのように思えます。

 仮にそうだとしたら、内務省発表が更に二転三転し「爆死でも銃創による死でもな
く、頭蓋骨骨折が直接の死因で、恐らく爆弾のショックで頭部を強打したため」とい
うストーリーに変わったというのは、ムシャラフ政権として「とにかくバランスを取
りたい」という必死の政治的な努力がされている、そんな兆候のように思えるので
す。裏返してみれば、死者が政局を動かしているという言い方も可能です。もしかす
ると、ムシャラフがブットーの支持勢力や政敵シャリーフとの間で何らかの妥協を模
索しているか、アメリカからそうせよと圧力をかけられているのかもしれません。そ
んな中、ただ一つ明らかなのは、こうした政治状況の中で、アフガン+パキスタン情
勢に対して展開しているアメリカ率いる有志連合のために給油を再開するかしないか
で、一国の政権のやりとりをするというのは日本にとって余り意味はないということ
です。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
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