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自己を省みることのない傲慢な営みの現れ
http://www.asyura2.com/07/dispute26/msg/516.html
投稿者 haru 日時 2007 年 10 月 07 日 20:52:36: tQR1Zy22P.JHM
 

(回答先: お互いに“民主主義”及び“政体”に関する包括的・体系的な知識の吸収に努めてまいりましょう。 投稿者 如往 日時 2007 年 10 月 04 日 22:25:00)

如往さん、こんにちは。
お返事遅くなりまして、大変申し訳ありません。
雑多な用事が重なり、ネットに接する時間があまりとれませんでした。

>私はharuさんの問いかけにたいし正確な応答ができるような政治史の専門家ではなく、つまりキャッチ・ボールの相手としては相応しくないかも知れませんが、お互いに今少し基本的な知識の蓄積を重ねての交信を心掛けたく、またそう希望してもおります。

とても恐れ多いお言葉だと存じます。
わたしは、如往さんにお返事いただけただけで大変感謝しております。
如往さんの日頃のご投稿、私には理解できていない事も多く、私としましては学問を疎かにしてきた人生を歩んできましたので、断片だけでも私の思考のヒントにと思いながら読ませていただいております。

>「自由、平等、博愛」が所謂ブルジョワ民主主義の旗印であったことは今では歴史家の誰もが認めている定見ではないでしょうか。


ブルジョワ民主主義という言葉を知りませんでしたので、調べてみました。
以下の要約でよろしいのでしょうか?

ブルジョア民主主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
httpa://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AF%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9

>(ぶるじょあみんしゅしゅぎ)とは、マルクス・レーニン主義者による、議会制民主主義の蔑称である。議会制民主主義は、資本の利益を実現することにあるとの認識に基づく。

>遺憾ながら、haruさんの周囲の状況がどんなものか知る術や“声を上げずにはいられないという衝動”の本源を知る由もありませんので軽々なことは申せませんが、今暫くは状況認識・歴史認識を深化させることに勤しまれては如何でしょうか。地球時間は我々が持つ個別的な時間よりも遥かにゆったりと流れているもので、どう足掻いてみたところで一個の人間がそれに抗うことができるものではありますまい。しかし、それでも求めれば己の衝動のベクトルを検証するための媒介項に出遭うことは幾らでも可能ではないでしょうか。例えば人間活動の意味を知ろうとすることに際しても、生ある内にどれだけ多くの媒介項を試すことができるかが、左右何れの登山口から登攀しようとするかに関係はなく共通のテーマとして現前して来ると想われるのです。


私の“声を上げずにはいられないという衝動”の本源とは、

いわゆるグローバリズムの名の下に現在行われているあらゆる変化についてです。
ですから、私個人の周囲に対する個人的な事ではありません。

この事は地球規模で起こっている変化であり、貿易や移動手段の進歩により、急激に各地域が変化変容しているという事に対するものです。

これらは、決して人間界だけの事象ではなく、生物、大気、海流、気象、、、あらゆるものがこのグローバル化という人間の行為によりその変化を許容せざる負えない事態となっております。

昆虫や魚類、微生物、植物の分布の変化、大気の変化、気候の変化。

私が声を上げる意味とは、ここにあります。

地球規模での変化は、均一にならす、均等化を意味しており、欧米各国の思想の根源である、個人主義とは相反するものであります。つまり、彼らは、個人主義を声高に叫びながら、あらゆる植生を変化させ、均等にならし、単純化しようとしているのではないでしょうか?その裏には、ダーウィンの進化論や、自然淘汰、弱肉強食が再現されているようです。また、遺伝子組み換えなどによって、その力を誇示する行為を押し進めております。

民主主義の蔓延が招く結果とは、地球という星の中で営む生物の均等化、均一化であり、あらゆる存在をコントロールしようとする人類の神格化を目指すものなのかもしれませんが、、

所詮、そのような未来は、滅びの道しかないように思っています。
なぜなら、人類は存在するものから学び進化しているだけで、無からの創造を行っているわけではないからです。従って、後手後手でしか選択できないという性を背負っているからです。

私の言葉は飛躍しているでしょうか?

わたしは、弱者救済ではなく、弱者尊重という思想が望ましいのだと思います。

例えば、、許しとは強いものが行う事とか、、、。

尊重とは、強きものも弱きものも互いにできうる行為であるのだと思います。
他とは他人ではなく、自分以外の存在すべてです。

尊重とは、人類の最も大事な他へ対する思いなのではないでしょうか?
現在行われている人類の行為のすべては、尊重を軽んじることばかりだと思っております。

それは、自己を省みることのない傲慢な営みの現れなのではないでしょうか?

思いつくままですが、、失礼いたしました。


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