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りそな銀行の闇(気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板 :「副島隆彦の学問道場」)
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投稿者 天木ファン 日時 2007 年 9 月 04 日 09:11:34: 2nLReFHhGZ7P6

[614]りそな銀行の闇 投稿者:バード投稿日:2007/09/02(Sun) 17:17:48

◆8月31日、小沢民主党代表による民主党人事があり、前原前代表を副代表に起用した。しばらく驚きましたが、そのうちさすが現時点では最善の人事だと納得しました。
しかし代表代行と副代表との関係が分からなかった。翌日新聞を見ると、代表代行は1人、副代表は7人(衆院議員4人、参院議員3人)で、代表代行の方が上のようですね。
本物の政治家小沢氏の動向がテレビのニュースになり、その一挙手一投足も垣間見れるようになりました。これは先の参議院選挙結果によるものですが、本当にうれしいことです。
●植草一秀『知られざる真実−勾留地にて』(イプシロン出版企画:2007年8月3日)に、日本経済直近の歴史が克明に描かれている。経済政策通の植草氏は、隠し立てのない公平無私の人であり、道徳的に優れた、国民思いの信頼できる人だ。当然のことだが、この本の中にりそな銀行問題の歴史が描かれている。
それを私なりに整理してみた。なお、日経平均株価のグラフは、同書のP59にある。

●りそな銀行問題の経緯

1.2000年4月2日、日本経済に不幸が襲った。小渕恵三首相が脳梗塞で倒れた。(植草、前掲書P62)

2.4月5日、森喜朗氏が後継首相に就任した。森政権は財務省の敷いた超緊縮財政政策路線に乗った。(植草、前掲書P62)

3.4月12日、速見日銀総裁が公式の場で初めて「ゼロ金利政策解除」に言及した。(植草、前掲書P62)

4.この日(4月12日、日経平均株価20,833円)以後、株価が急落した。(植草、前掲書P63)

5.2001年3月、ゼロ金利政策復帰。(植草、前掲書P63)

6.2001年3月、景気悪化、株価急落を受け、亀井静香自民党政調会長を中心に「緊急経済政策」が策定された。(植草、前掲書P63)

7.株価は「緊急経済対策」が決定された3月(約11,800円)から5月(14,529円)にかけて上昇。(植草、前掲書P67)

8.2001年4月26日、小泉政権が発足する。(植草、前掲書P66)

9.小泉首相が経済政策の方針を示したのは2001年5月7日の所信表明演説だった。「緊急経済対策の実施」の表現は残ったが、内容は否定されていった。「緊急経済対策」の目玉の「株式買取機構」にも否定的見解が示された。(植草、前掲書P67)

10.小泉政権は経済政策に2つの基本方針を示した。「緊縮財政」と「企業の破綻処理推進」だ。「国債を絶対に30兆円以上発行しない」、「退出すべき企業を市場から退出させる」と表現された。(植草、前掲書P67)

11.株価は、所信表明演説(5月7日の1万4529円)を境に下落に転じた。(植草、前掲書P67)

12.9月11日、米国で同時多発テロが発生。その翌日、日経平均株価は1万円を割った。(植草、前掲書P69)

13.「企業の破綻推進」方針の下で大型倒産が相次いだ。9月に「マイカル」が、12月には「青木建設」が破綻した。「青木建設」破綻報道について小泉首相は「構造改革が順調に進展している表れ」だとコメントした。首相が大企業破綻を歓迎する珍しい光景が放映された。(植草、前掲書P69)

14.株式市場に動揺が広がった。首相の大企業破綻歓迎姿勢を見て、市場関係者は大型倒産の連鎖を警戒した。市場の関心は「ダイエー」に注がれた。「ダイエー」破綻は大銀行破綻の引き金と理解された。「金融恐慌」が現実の問題として差し迫った。市場に緊張が走った。(植草、前掲書P69)

15.金融恐慌の危機が迫ると小泉政権はあっさり企業破綻推進方針を破棄した。「退出すべき企業を市場から退出させる」方針は撤回され、2002年1月、ダイエーへの4000億円金融支援策が発表された。(植草、前掲書P69)

16.小泉政権は大型補正予算を編成した。追加的な資金調達額は約5兆円だった。財政赤字は28兆円から33兆円に拡大した。緊縮財政の公約も破棄された。小泉政権は「国債発行額30兆円以下」の公約破棄を隠蔽するために、会計操作で見かけの国債発行金額を30兆円に抑制した。粉飾決算と言ってよい。(植草、前掲書P69)

(筆者注、金融恐慌は、外資系ファンドに損失をもたらす。強欲な外資系ファンドが許すわけがない。ダイエー倒産は回避された。)

17.2002年初、日経平均株価は(約9,200円から)反発した。5月23日には1万1979円であった。(植草、前掲書P69)

18.ところが小泉政権は政策路線を再び転換した。(植草、前掲書P70)

(筆者注:日経平均株価、下落へ)

19.2002年7月、竹中氏の「補正予算は愚の骨頂」発言。株価が1万円を割る。(植草、前掲書P70)

20.経済不安が広がったが、小泉首相は関心をそらす行動をとった。9月17日に北朝鮮を訪問した。(植草、前掲書P70)

21.国民の関心が拉致問題に転じるなか、9月30日に内閣改造が実施された。竹中経財相が金融相を兼務した。政治専門家は竹中氏の金融相就任は米国政府の指示によるものと指摘した。(植草、前掲書P70)

22.金融相就任後、竹中氏は「金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(PT)」を発足させ、10月30日に「金融再生プログラム」を発表した。不良債権処理方法の見直しが表明され、金融機関の資産査定厳格化、自己資本充実、ガバナンス強化などの方針が示された。資産査定厳格化の一環として「繰延(くりのべ)税金資産」計上ルールの見直しが提示された。(植草、前掲書P70)
分かりにくいが、将来還付される税額をあらかじめ自己資本に計上するのが「繰延税金資産」である。つまり、将来戻ってくることを見込んで、会計上税金の支払いがなかったことにできる制度だ。銀行には5年分の「繰延税金資産」計上が認められてきた。(植草、前掲書P71)
竹中氏は「金融再生プログラム」のなかで自己資本査定ルールの厳格化を試み、「繰延税金資産5年計上」を変更しようとした。2003年3月期決算から、税効果会計の資本繰り入れ限度を米国基準と同じく中核的自己資本(Tierl)の1割に圧縮しようとした。銀行界は一斉に猛反発した。当時の銀行にとって自己資本比率は死活問題だった。(植草、前掲書P71)
株価、地価の暴落で、すべての銀行が自己資本不足に直面した。そのなかで突如、自己資本比率を大幅に低下させるルール変更が提案されたのだ。(植草、前掲書P71)
なんとこの提案は期中のルール変更であり、とても正当化できない。10月22日に提案を公表する意向が持たれたが、銀行界、自民党からの猛反発で、結局、会計ルールの変更は「金融再生プログラム」に盛り込まれなかった。(植草、前掲書P71)

(筆者注:ここで株価、地価の暴落が自己資本不足をもたらすとあるが、それは時価会計および減損会計という国際会計基準?による。アルル(中田)氏による、ぼやき「440」では、これら国際会計基準は、世界で日本しか採用していない制度だと暴かれている。また騙されているよ、と書かれている。日本の公認会計士協会の頭脳の程が知れるではないか。日本の公認会計士および関係者たちは痴呆の集団なのか。これで日本企業は無用に追い詰められるのだ。)

23.その一方でまた、竹中氏は金融相就任直後にニューヨーク・タイムズ紙のインタービューに「日本の大銀行が大きすぎるからつぶせないという考え方を取らない」とコメントした。竹中氏は弁解したが、金融市場は大銀行実質国有化に向けての政策当局の意向を敏感に感じ取った。金融市場は小泉・竹中路線が大銀行破綻を視野に入れたと理解した。これが株式暴落の原因になった。(植草、前掲書P72)

24.「政府が大銀行倒産を容認する」との思惑が広がり株価が暴落した。株価が100円を割り込む企業、50円を割り込む企業が続出した。投資家は究極の選択を迫られた。この期に及んで売却すれば巨大損失が確定する。しかし、売却せずに倒産すれば株式は紙屑(0円)になる。政府の政策姿勢をにらんで投資家の多くが投げ売りに踏み切った。(植草、前掲書P75)

25.経済悪化が深刻化して企業倒産が激増した。経済問題を理由にした自殺が広がった。「金融恐慌」は現実化しつつあった。日経平均株価は4月28日に7,607円まで暴落した。すべての銀行の保有株式が含み損失に転落した。株価が暴落した理由は、小泉政権の景気悪化促進政策と大銀行破綻容認のスタンスにあった。実際に大銀行が破綻したなら、恐慌に突入したはずだった。(植草、前掲書P75−76)

26.小泉政権の政策失敗で多数の国民が傷ついた。小泉政権の実質的出発点だった2001年5月7日の日経平均株価が14,529円、森政権発足時の2000年4月12日の株価が20,833円だった。2003年4月28日には7,607円に暴落した。株価は経済変動を反映する。経済は大混乱に陥り、多数が失業、倒産、生活苦、自殺に追い込まれた。(植草、前掲書P88)

(筆者注:そうした中、りそな銀行は3月末決算を、繰延税金資産を5年として、行った。)

27.同書によると、りそな銀行の繰延税金資産5年計上を認めない方針を最初に打ち出したのは朝日監査法人だった。朝日監査法人は、2003年3月に世界の4大監査法人のひとつであるKPMGと提携した。PTのメンバーに加わった木村剛氏はKPMGの関連会社の日本代表を務めていた。

28.2003年4月22日、朝日監査法人は本部審査会でりそな銀行の繰延税金資産について5年計上を認めない方針を決めた。朝日監査法人では、りそな銀行の繰延税金資産を全額認めない意見と一定年数認める意見とが対立したようだ。その中で、4月24日にりそな担当の会計士が死亡した。この会計士は一定年数容認の立場を示したようだ。結局、朝日監査法人は4月30日に監査受嘱の辞退をりそな銀行に通知した。これが、りそな銀行の繰延税金資産5年計上が認められなくなる明確な引き金になった。(植草、前掲書P76)

(筆者注:このりそなの会計士平田聡氏の死については、須藤氏によって、ぼやき「484」に書かれている。ここに書かれているBIS規制(自己資本比率基準のこと)や繰延税金資産計上のことや、監査法人や金融庁の動向・実態などが暴かれている。)

29.りそな銀行の監査法人にとどまった新日本監査法人は、朝日監査法人がりそな銀行の繰延税金資産全額を認めない意見を残して監査受嘱を辞退したことから、繰延税金資産5年計上が認めにくい状況に追い込まれた。山口敦雄氏は、新日本監査法人は当初、りそな銀行に繰延税金資産5年計上を認める方針を持っていたようだと記述する。金融庁でもりそな銀行の繰延税金資産計上を4年ないし5年認めるべきとの意見が強かった。(植草、前掲書P76)

30.異変が生じたのは5月だった。5月5日、新日本監査法人の本部審査会はりそな銀行の繰延税金資産を5年でなく3年とする案を決定し、5月6日にりそな銀行に伝えた。繰延税金資産3年計上はりそな銀行の自己資本比率が4%を割ることを意味した。この時期に指摘を受けても銀行に手だてはない。りそな銀行は「繰延税金資産5年計上」を前提に3月末を越えた。5年計上であれば4%の基準を満たした。自己資本比率4%達成が揺らぐ可能性がわずかでもあったなら増資などの対応が取られていた。(植草、前掲書P74)

31.3月末を過ぎてからの通告は「謀略」とも言える。(植草、前掲書P74)

32.5月12日午後6時に「金融問題タスクフォース」が開かれた。タスクフォースは不良債権問題解決を監視するために竹中氏を中心に金融庁が2002年12月27日に設立した。出席者は、奥山章雄公認会計士協会会長、川本裕子(ゆうこ)経営アナリスト、久保利英明(くぼりひであき)弁護士、香西泰(こうさいゆたか)日本経済研究センター理事長、中原伸之(のぶゆき)前日本銀行政策委員会審議委員、野村修也(しゅうや)中央大学教授だった。このうち、奥山氏、香西氏、中原氏は「金融再生プログラム」をまとめた「金融分野緊急対応戦略PT」のメンバーだった。(植草、前掲書P76)

33.席上、奥山章雄公認会計士協会会長が「金融庁は監査法人の判断に任せてくれるのか」と竹中氏に確認した。竹中氏は「金融行政と監査は別。監査は監査法人と銀行の問題で、口を出さないように指示している。」と回答した。監査法人の判断に基づくりそな銀行の自己資本比率未達の着地がこのやり取りによって完結した。りそな銀行は標的にされ、竹中氏、公認会計士協会、朝日監査法人などの包囲網によって人為的に自己資本不足に追い込まれたと思われる。(植草、前掲書P77)

34.朝日監査法人と提携した世界の4大監査法人のひとつであるKPMG関係会社の日本代表を務めた木村剛氏がこの問題に深い関わりをもって登場した。木村氏は5月14日付のインターネットコラムにりそな問題に関する意見を「破綻する監査法人はどこか」のタイトルで発表した。りそな銀行について記述したことが明らかな文章で、木村氏は「繰延税金資産計上はゼロか1年しかありえない。それ以上の計上を監査法人が認めるなら、その監査法人を破綻させるべき」と主張した。…りそな銀行の繰越税金資産計上はゼロか1年以外ありえないと強調した。(植草、前掲書P77)

35.5月17日発表の「りそな銀行処理」の発表案は「繰延税金資産」計上を「3年」とした。(植草、前掲書P77)

(筆者注:結局、監査法人も竹中氏(金融庁ではない)も、繰延税金資産計上を3年に決めたということだ。)

36.政府(竹中氏)はりそな銀行に繰延税金資産3年計上を認めた。5月14日にコラムで「ゼロないし1年計上」を強硬に主張した木村剛氏は、政府が3年計上を決定した5月17日以降、「繰延税金資産3年計上」について一切批判しなかった。逆に政府決定を全面的に指示した。(植草、前掲書P82)

37.りそなの場合、「繰延税金資産」計上が他の銀行と同等の5年ないし4年だったなら基準を満たした。りそな銀行幹部は自信を持って3月末を迎えた。(植草、前掲書P78)

(筆者注:他の銀行が5年ないし4年だと言う。他にそういう銀行が1つでもあるならば、りそな銀行のそれを3年というのは不公平である。監査法人や竹中氏が公正であり公平であるならば、りそな銀行は公的資金を注入されるはずはなかった。しかしこれでは外資系ファンドにうまみがない。これでは最大限の利益が得られなくなる。)

38.「繰延税金資産」計上がゼロか1年の場合、りそな銀行の自己資本比率はマイナスに陥り、りそな銀行は「破綻処理」された。りそな銀行の株価がゼロになり、日本は「金融恐慌」に突入した。(これが「預金保険法102条第1項第3号措置」だ。)(植草、前掲書P78)

(筆者注:これはあり得ない。「金融恐慌」は、外資系ファンドに損失をもたらす。彼らがそれを許すはずはない。)

39.繰延税金資産が「3年」計上されると、りそな銀行の自己資本比率は2.07%となり、4%の基準を満たさないが債務超過ではなくなり、預金保険法第102条第1項第1号措置の「抜け穴規定」を適用できる。つまり、銀行が自己資本比率基準を達成できなくても、自己資本がプラスの場合には公的資金で救済される規定があったのだ。公的資金投入とは、経営者を取り替えることが可能ということである。(植草、前掲書P78)

(筆者注:これは不公平な措置であるが、公的資金を使え、経営陣を取り替えできる。外資系ファンドには、一番おいしい。)

40.(「繰延税金資産」計上を「3年」としたので、)りそな銀行は政府によって救済された。実施されたのは経営陣交代と巨額の公的資金投入だった。自己資本が「プラスである」と認定されたにもかかわらず、りそな銀行に1兆9600億円の公的資金が注入された。自己資本比率は一気に12.2%に上昇した。(植草、前掲書P78−79)

(筆者注:りそなの株価も底値から上がったであろう。)

41.「厳格な責任追及」が放棄され「税金による銀行救済」が実行されるなら、株価は猛烈に上昇する。日経平均株価は政府がりそな銀行救済策を発表した3か月後の8月18日に1万円を回復した。「金融恐慌」懸念が株式投げ売りの理由だった(からだ)。(植草、前掲書P80−81)

(筆者注:株価の上昇は、4月28日以後で、政府の発表は5月17日だ。このタイムラグは、この期間におけるこの株価上昇は、外資系ファンドなどのインサイダー取引のよる、暴落価格での株式買い集めによるものと思われる。)

42.2003年4月28日以降の日本経済改善は「りそな銀救済」が基点だった。政府による銀行救済で「金融恐慌」の可能性が消滅し、株価が上昇した。そこにフォローの風が吹いた。景気は回復に向かった。資産価格上昇が不良債権問題縮小に必要不可欠だった。資産価格上昇が金融問題を縮小させた。(植草、前掲書P89)

43.小泉政権が当初の政策を破棄した(5月17日)結果、株価は猛烈に上昇した。外資系ファンドが株価上昇を主導したと言われた。国会議員も株式購入に狂奔した。日経平均株価は8月18日に1万円の大台を回復した。株価反発は、政府が金融処理方針を転換して公的資金で銀行を救済する方針を具体的に示したことで生じた。「金融システムの安定確保」を優先して「厳格な責任処理」を放棄することが示され、金融恐慌リスクが消滅したために株価が反発した。(植草、前掲書P86)

44.日経平均株価が1万円を回復して、経済不安心理が後退したタイミングに、3つのフォローの風が日本経済に吹いた。米国経済の拡大、中国経済の高成長、国内のデジタル家電ブームの到来だ。米国経済の拡大は自動車産業を牽引した。中国経済の拡大は鉄鋼、造船などの産業を刺激した。2004年のアテネオリンピック開催は薄型テレビやDVD録画機器などの販売を促進した。日本経済は日経平均株価が1万円を回復した2003年8月以降に回復過程に移行した。(植草、前掲書P86)

45.2003年11月に総選挙が実施された。民主党が大幅に議席を増加させたが、与党三党が絶対安定多数を確保して政権は維持された。総選挙が半年早く実施されたなら小泉政権は確実に消滅したと思う。逆に言えば、選挙日程を念頭に入れて5月に「りそな処理」が実行されたのだ。(植草、前掲書P86)


●これは犯罪か

こうしてみれば、りそな銀行の乗っ取り(つまり、りそな銀行への公的資金投入)が最初からの目的だった、最初からの計画だったことが、透けて見えてくる。その手順は、
@BIS規制、時価会計、原価会計という会計制度を騙して採用、実施させる。
銀行の自己資本比率に実態上の意味はない。
時価会計では株価が暴落し、購入価格を大きく下回ると、会計上自己資本が激減する。
A「緊縮財政」の実行と、「大銀行倒産容認」の意思表示によって、株価を暴落させる。
 株価暴落は、株の底値買いと企業乗っ取りの2つの可能性をもたらす。
Bそれによって、自己資本比率が悪化する。
 乗っ取りの可能性が出てくる。
Cそれでも自己資本比率をクリアすると、繰延税金資産計上を監査で操作する。
 会計上、自己資本比率がマイナスと、プラスでも不足の、2つの可能性がある時が、底値買取と乗っ取りの最大のチャンスとなる。
D目的は公的資本を注入すること(一時的な国有化)である。
 このためには、会計上、自己資本比率がプラスかつ基準以下としなければならない。
E公的資金を投入し、経営陣を身内のものにする。
 公的資金を投入すれば、法律上、経営陣を取り替えることができるのだ。
ということである。

小泉政権はこれをやったのであるが、首相や大臣のような公的人間がこういうことをしてもいいのであろうか。なにやら組織犯罪、国家犯罪のにおいがする。

植草氏は、次のように糾弾している。

(引用はじめ:植草、前掲書P88)
りそな銀行を標的に選び、大銀行破綻の風説を流布して株価暴落を誘導し、監査法人を誘導して預金保険法の「抜け穴規定」適用を指揮し、巨大なインサイダー取引を実行したなら看過できない。最終的に銀行を救済する予定で「大銀行破綻を辞さず」と述べたなら「風説の流布」による株式「売り煽り」に当たるだろう。株価を暴落させて銀行救済を発表して株価急騰を誘導したなら「株価操縦」に該当するだろう。経緯を事前に知り株式売買したら「インサイダー取引」だ。重大さは「村上ファンド」の比でない。「絶対儲かる」発言も証券取引法の禁止行為だ。仮説だが小泉政権の本質に関わる重大疑惑で、徹底解明が必要だ。関係者が謎の死に直面している。リスクは大きいが国民の見地から見過ごすわけにはいかない。
(引用おわり)

ここで、「風説の流布」、株式「売り煽り」、「株価操縦」、「インサイダー取引」などが上がっている。

ベンジャミン・フルフォード氏は、次のように書いている。

(引用はじめ:ベンジャミン・フルフォード『暴かれた「闇の支配者」の正体』扶桑社:2007年4月30日)
昨年、私はある雑誌の取材で竹中氏と話し合う機会があり、このインサイダー取引疑惑を思い切ってぶつけてみた。竹中氏はこれを一笑に付し、
「銀行を潰すかどうか、救済するかどうかなんてことは法律事項です。誰かの意図で潰したり生かしたりすることなんかできない。ある一定水準より自己資本が少なくなった場合は、必要に応じて政府は資本注入ができる。マイナスになればすぐに破綻。総理大臣や金融担当大臣が何を言おうが、これはもうルールなんです」
と全面否定したが、竹中氏の立場から言えば当然の答えだろう。疑惑を追及する側もいまひとつ決定的証拠を欠くことは否めない。状況証拠は豊富にあるのだが…(P53)
(引用おわり)

植草氏によると、他の銀行で5年や4年という例があるのに、りそな銀行には繰延税金資産計上5年(あるいは4年)を許さず3年に変更させたということだ。とすれば、監査法人や金融大臣が、つまり奥山氏や竹中氏などが意図的にりそなを資本注入できるようにしたことになるのではないか。竹中氏は法律事項と言っているが、明らかに法やルールを守ったことにならない。
これは、竹中氏が意図的にりそな銀行を国有化させた決定的証拠ではないのか。

政策や発言による株価暴落のどこが、改革に役立ったのか。
そこまで株価が暴落し切った直後の政策転換のどこが、改革に役立ったのか。
それらのどこに、公的、国家的意味があったのか。

●その後のりそな銀行

りそな銀行は、自民党の機関銀行と化し、その記事が朝日新聞に掲載される前日に、同紙の敏腕記者が殺害された。

(引用はじめ:植草、前掲書)
2006年12月18日の朝日新聞は「りそな銀、自民へ融資残高3年で10倍」のニュースを一面トップで伝えた。2002年末から05年末にかけて東京三菱、UFJ、みずほ、三井住友などの大銀行が自民党への融資をそれぞれ5−10兆円から4−8兆円へ減少させたなかで、りそな銀行は02年末に4.75兆円だった自民党への融資残高をりそな処理のあった03年末に24兆円、05年末に54兆円へ激増させた。(P84−85)

りそな銀行の「大胆な金融処理」とは、1兆9600億円の公的資金投入によるりそな銀行救済と経営陣刷新だった。結果的に見ると、りそな銀行は小泉政権に乗っ取られたと言える。小泉政権を批判した経営幹部が排除され、政権を支援する者が新経営陣に送り込まれた。(P84)

・政府はりそな銀行の経営者を一掃して政権支援者を新経営陣に送り込み、税金による救済を図った。救済されたりそな銀行は自民党の機関銀行と化した。りそな銀行が自民党の機関銀行と化したことを暴露した朝日新聞記事が掲載される前日に同紙の敏腕記者が自殺したと伝えられた。(P80)

りそな銀行が自民党の財布代わりとなったことを数字が明白に示した。自民党の「機関銀行」になったと言える。「銀行の責任」として問うべき第一は経営者と株主の責任だが、国は株主責任を問わず、逆に巨大な利益を供与した。「モラル・ハザード」が生まれた。公的資金でりそな銀行を救済したことを踏まえれば、りそな銀行の新経営陣が得た利得を公表する必要がある。(P84)
(引用おわり)

●インサイダー取引疑惑

小泉政権が当初の政策を破棄した(5月17日)結果、株価は猛烈に上昇した。外資系ファンドが株価上昇を主導したと言われた。国会議員も株式購入に狂奔した。(植草、前掲書P86)
2003年4月から8月にかけての株価急騰局面で外資系ファンドが莫大な利益を獲得したと見られる。…情報を事前に入手した勢力が存在する可能性が高い。(植草、前掲書P83)
(厳密に見れば、株価の上昇は4月28日以後で、政府の発表は5月17日だ。したがって、インサイダー取引疑惑は一層深まる。このとき、日本株式市場での外資比率が非常に高まったはずである。)

2003年5月、国会議員の多くが株式買い付けに狂奔した。りそな処理に関係する巨大な「インサイダー取引疑惑」が存在する。私はテレビで疑惑を何度も指摘した。証券取引等監視委員会(日本版SEC)が徹底調査すべきと訴えた。しかし、証券取引等監視委員会は動かなかった。(植草、前掲書P83)

2003年2月7日に見過ごせない出来事があった。竹中経財相兼金融相が閣議後の閣僚懇談会で、日経平均株価指数連動型株式投資信託(ETF)について「絶対に儲かる」、「私も買います」と発言した。証券取引法では証券投資の勧誘などにおいて「絶対儲かる」などの断定的表現を禁じている。発言が問題になった。竹中氏は何を根拠に「絶対儲かる」と発言したか。背景が問題だ。
「絶対儲かる」発言の3か月後の5月17日に「りそな処理」が発表された。「繰延税金資産3年計上」という恣意的、作為的な決定により、「小泉・竹中経済政策の破綻」は「公的資金の大胆な投入による金融処理」に偽装されて報道された。「1・3・5の秘密」を知る者は少なく、多数がメディア報道を鵜呑みにした。(植草、前掲書P83)
(考えてみれば、マスコミのテレビに良く見られる絶叫を伴う報道は、視聴者の思考力を奪い喪失させる報道だ。絶叫報道の時は、権力と結託したマスコミに作為があると見るべきだろう。このマスコミの報道の仕方によって「小泉・竹中経済政策の転換」が不問に付されたのだと、植草氏は言っているのだろう。)

●りそな銀行が乗っ取りの標的にされた理由

りそな銀行の勝田頭取が小泉政権の経済政策を批判していたことが最大の理由だったと思う。勝田氏が旧大和銀行の頭取に就任した際、就任披露の講演会が東京、名古屋、大阪で開催された。私は3回の記念講演会に講師として招かれ、「日本経済再生の方策」の演題で小泉政権の経済政策を糾弾した。勝田氏は頭取就任後、次々に経営改革案を示して大和銀行の経営は急速に活力を高めた。小泉政権に対する批判姿勢が標的にされた原因だと考えられる。(植草、前掲書P74)
(あきれた話だ。批判勢力に対してこんな姑息な乗っ取りをして、自分たちの人生が今後うまくいくと思っているだろうか。いずれそのうちに、天罰が下るだろう。植草氏に対する冤罪工作についても同様だ。天罰が下るであろう。)

●奥山章雄という人物

奥山章雄氏は日本公認会計士協会会長であった。
氏は、2003年5月12日の「金融問題タスクフォース」の出席者であり、「金融再生プログラム」をまとめた「金融分野緊急対応戦略PT」のメンバーだった。(植草、前掲書P76−77)
また、2003年2月25日に「主要行の監査に対する監査人の厳正な対応について」という「会長通牒」を出した。(植草、前掲書P73)

奥山氏は、「厳正な対応」と言っているが、自らはどうであったか。
奥山氏自身、あまり「厳正」な人ではないようだ。

(引用はじめ:植草、前掲書P87)
「足利銀行」の決算は2001年3月期から粉飾決算されたことが判明した。担当監査法人は中央青山監査法人だった。竹中金融相が編成した金融再生プロジェクトチームだった奥山章雄公認会計士協会会長は中央青山監査法人の理事長を務めた。
中央青山監査法人は「カネボウ」の粉飾決算にも関与した。2006年12月19日の朝日新聞朝刊は「ミサワ九州債務超過」の見出しで、ミサワホーム九州の粉飾決算を一面トップで報じた。ミサワ九州の監査法人も中央青山監査法人だった。中央青山監査法人は「カネボウ」の粉飾決算への関与を理由に業務停止命令を受け、2006年9月に「みすず監査法人」に名称を変更した。奥山章雄理事長は退任した。
(引用おわり)

結局、PTメンバーも日本公認会計士協会(監査法人)も、KPMG繋がりなのだろう。

【 転載貼り付けはじめ:ぼやき「484」より 】

以上のように様々な状況を並べてみると、もしも他殺説を考えるならば、「主犯」は、巷間で考えられているりそな銀行側(それに付随する闇のヤクザ勢力)ではなく、平田氏が勤めていた朝日監査法人「側」が最も怪しい、という印象が、私には強く思えてきます。
朝日監査法人の実態は、以下に引用する通り(エンロン事件で今は消滅してしまった)アメリカの大手監査法人の子会社でした。現在はオランダ「KPMG」と提携しています。
(転載開始:『りそなの会計士はなぜ死んだのか』92ページ)
またアンダーセンは、各国の監査法人と積極的に連携し、全世界の監査業界を支配するかのような「ワン・ファーム・ワールド・ワイド戦略」(1つの監査法人による世界戦略)をとっていた。時代の最先端をいく監査ブランド「アンダーセン」は、世界を席捲していた。実は、平田さんのいた朝日監査法人が、その日本での拠点(メンバーファーム)だったのだ。朝日監査法人は、いわばアンダーセンの日本支社のような位置付けだった。
そのアンダーセンが、エンロンの粉飾劇で中核的な役割を果たしていた。
(転載終了:同書92ページ)
須藤よしなおです。
ここで少し話は逸れますが、かつては高々とした透明性と公平性を謳(うた)っていたアメリカの経営システムが、エンロン社の巨大な粉飾決算と、それに続く全米2位の通信大手ワールドコム社やグローバルクロッシング社やクエスト・コミュニケーションズ社など、次々と出てきた不正会計疑惑で、日本など足元にも及ばない巨大な規模の粉飾決算大国であったことが明らかになりました。
以下の記述でもそのことに触れています。
(転載開始:『りそなの会計士はなぜ死んだのか』92ページ)
もちろん、この粉飾システムには、証券業界も深くかかわっていた。IT景気と「株価至上主義」の内幕は、クズだと分かっている株を投資家に買わせてカネを集めるイカサマだった。そして「積極会計」とは要するに、アメリカのこの証券システムをそっくり悪用した大規模な詐欺だったと言える。
(転載終了:同書93ページ)
須藤よしなおです。
日本でもアメリカ同様の粉飾決算が、かつては横行していましたが、エンロン破綻に代表されるアメリカ経済界の、会計監査に対する信用の崩壊が、日本にも大きな影響を及ぼします。
以前は馴れ合いの「(企業・銀行側から出された決算をそのまま認めて)ハンコを押すだけで高収入」でありえた監査の仕事の性質が逆転し、会計の粉飾決算を見逃し、あるいは容認したことが判れば、その企業だけでなく、監査を担当していた監査法人へ掛かるリスクと責任も、増大するように変化してしまいました。
その上、日本の制度では、監査法人に対する損害賠償請求は「無限連帯責任」です。
「無限連帯責任」とは、監査法人が粉飾決算に加担していたとして訴えられ、損害賠償を命じられたときに、法人で支払えない以上の金額を、法人に所属している会計士全員が、その個人財産をもって賠償する義務のことです。
場合によっては社員の公認会計士が自己破産することもありえるわけで、「怖くて安心して仕事が出来ない」と言う会計士も居ます。
企業・銀行と監査法人との間柄に、義理や人情が入り込む余地は最早なくなり、監査法人は粉飾決算・損害賠償請求の脅威に簡単におびえる体質になってしまった、と考えられます。

【 転載貼り付けおわり:ぼやき「484」より 】

まだまだ話は続きますが、興味のある方はぼやき「484」をお読み下さい。

朝日監査法人は、アメリカのアンダーセンの日本支社のようなものだった。しかしそのアンダーセンが、エンロンの粉飾劇で中核的な役割を果たしていた。アンダーセンはこの巨大粉飾決算によって、消滅した。
そして朝日監査法人は、2003年3月に世界の4大監査法人のひとつであるKPMGと提携した。ぼやき「484」によれば、KPMGはオランダの法人のようだ。
KPMGも外観は立派そうに装っているだろうが、一皮むけば、アンダーセンと同様だろう。世界を覆う悪魔の正体が少しずつ見えてくる。(了)


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