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JMM [Japan Mail Media]  日本版国家・政府系ファンドは、国民にとってプラスとなるのでしょうか
http://www.asyura2.com/07/hasan54/msg/530.html
投稿者 愚民党 日時 2008 年 1 月 14 日 21:49:08: ogcGl0q1DMbpk
 

                            2008年1月14日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.462 Monday Edition
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▼INDEX▼

 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』

  ◆編集長から

   【Q:845】
    ◇回答(寄稿順)
      □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
      □土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部准教授
      □水牛健太郎 :評論家、会社員
      □金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
      □三ツ谷誠  :三菱UFJ証券 IRアドバイザリー部長
      □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
      □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
      □飯田泰之  :駒澤大学経済学部准教授
      □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
      □津田栄   :経済評論家


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        ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:845への回答ありがとうございました。先週、経団連の御手洗会長が、春闘
(ほとんど死語ですが)を前にして、業績のいい企業は賃上げを検討してもいいので
はないか、という発言をしたそうです。NHKは、「御手洗会長が賃上げ容認の発言」
と報じていました。経団連という組織の性格がよくわからないのですが、そのトップ
が他社の賃金について言及するのは異常ではないかと思いました。何か心に「負い目」
があるのではと勘ぐりたくなります。

 アイオワ、ニューハンプシャーと続いたアメリカの大統領予備選は、いろいろな意
味でとても刺激的でした。長い長いレースの中で、候補者は資金力から体力まであり
とあらゆる「力」を試されます。わたしは依然として体調が万全とはいかないので、
予備選を戦う候補者のスケジュールを考えるだけで、ぞっとします。ストレスによる
吹き出物とか胃腸障害とか、そんなひ弱な体質の人間は最初からレースに参加できな
いのです。討論会でも、しっかりしたロジックの応酬がありました。日本では、ロジ
カルな政治討論をずいぶん長いこと見ていないと思い返しました。

 ニューハンプシャーでの勝利集会で、ヒラリー・クリントンは「すべての国民が
チャレンジできる社会を作る」というようなニュアンスのことを約束していました。
「すべての国民が幸福になれる社会」とは言いませんでした。もちろん優秀なスピー
チライターが付いているのでしょうが、ヒラリーも、そしてオバマも、驚くほど慎重
に、また正確に言葉を選んで演説します。しばらくの間予備選挙から目が離せそうに
ありません。

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■次回の質問【Q:846】

 企業が賃金を上げると収益を圧迫し、競争力が弱くなると言われます。また賃金を
抑えると消費が低迷し、景気全体にネガティブに作用するようです。このジレンマを
解決するためには、何が必要なのでしょうか。

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                                  村上龍

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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く 
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 ■Q:845

 サブプライム問題で大規模な損失を出したシティバンクに救済融資を行ったのは、
アラブ首長国連邦(UAE)の「政府系ファンド」であるアブダビ投資庁でした。最
近、国家・政府系ファンドが話題になっているようで、日本の政治家の中にも創設を
推進する動きがあるようです。日本版国家・政府系ファンドは、国民にとってプラス
となるのでしょうか。

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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 最近、“国家資本主義”という新しい言葉が出来るほど、国自身が蓄積した資金を
運用するSWF(ソブリン・ウエルス・ファンド)が、世界の金融市場で活発な投資
活動を行っているようです。そうした動きに倣って、「わが国でも同様なファンドを
立ち上げるべき」という意見が出ています。私自身は、「他の国がやっているのだか
ら、わが国でも同じような活動を行うべき」という単純なロジックには反対です。

 なぜ反対かというと、上記のような論拠に基づいて、わが国でSWFを立ち上げて
も、金融市場の事情や投資活動にノウハウの少ない官僚や政治家が、運用などに深く
関与するような組織になってしまう可能性が高いと考えるからです。仮に危惧するよ
うな結果になると(たぶん、そうなると思います)、わが国のSWFは、他の国が創
設した組織とは根本的に異なるものになってしまいます。それでは、資金運用に関す
るリスク回避や投資効率性の向上を望むことは難しいでしょう。ということは、SW
Fを作る意味が殆ど消えてしまうことになると思います。

 ただ、わが国も形だけのSWFではなく、産油国のSWF並みの金融の専門家やノ
ウハウを持った人材が、本格的な投資活動を行うような組織を作ることを志向するの
ならば、それには相応の意義があると思います。そうした意見には賛同します。主な
理由は三つあります。一つは、投資活動のノウハウの蓄積です。「わが国は、元々、
もの作りは得意だが、金儲けは下手」といわれてきました。それは、優秀な製品を作
ることが出来たため、ストックの蓄積を上手く運用することに重要性を感じていな
かったことがあると思います。

 ところが、わが国は今後、少子高齢化が加速度的に進行し、安定成長期に入ること
が予想されています。そうした状況下では、今までに蓄えたお金を上手く運用するこ
とが重要になってきます。それを実現するためには、人々がお金の運用に興味を持ち、
運用する仕方=ノウハウを習得する必要があります。SWFが出来ることによって、
国レベルでの金融ノウハウが蓄積されることに加えて、人々の関心が金融や投資に向
かう先導役を期待することが出来ると思います。

 二つ目は、金融や投資に関する人材育成への寄与です。本格的なSWFを立ち上げ
るとなると、どうしても金融や投資の専門家が必要になります。必要な人材を確保す
る方法には、既存の専門家を高い給与で雇用するか、あるいは新しく人を育成するか
しかありません。おそらく、その両者の組合せになると思います。そうすると、中・
長期的に人を育てるプログラムが出来るはずです。そこで育った人材が、SWFの中
で優秀な実績を残すこともあるでしょう。SWFで育成された人材が、外の組織に
移って能力を生かすこともあるでしょう。いずれにしても、金融や投資のプロを育て
るインセンティブの一つになることが期待できると思います。

 三つ目は、SWFがもたらす実利です。もちろん、常にSWFが優秀な成績を上げ
るとは限りませんが、海外のファンドマネジャーの運用成績を見ると、かなりの確率
で利益を上げている人もいるようです。日本版SWFが、そうした成績を上げること
が出来れば、その利益を、様々な経路で国民に還元することができるはずです。それ
は、国民にとって大きな福音ということが出来ます。

 シンガポールの友人は政府系の運用機関に勤めていますが、彼女は、「国土が狭く、
人口も少ないシンガポールには運用のプロとして生きる道がある」と言っていました。
もの作りを得意とするわが国では、そこまでドラスチックにカルチャーが変わるとは
思いませんが、少なくとも、今までよりは金融や投資に対して関心を持って、蓄積し
たお金を増やす工夫が必要になると思います。

 昔、ある米国の友人は、「日本人はもの作りで貯めたドルの価値が落ちても落ちて
も、ドルを貯めるのが好きなようですね」と指摘されたことがあります。最近、そう
した状況は変化しつつあるようですが、投資に関するリスクやノウハウを習得するこ
とは、確かに必要だと考えます。

  信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部准教授

 皮肉を言えば、小泉内閣の前、より厳密に言えば2001年の財政投融資改革の具
体策策定前に、「日本版国家・政府系ファンド」という話が出ていれば、状況は今と
正反対だったかもしれませんが、財政投融資は抜本的に改革され、公的年金積立金や
郵便貯金は自主運用されることとなり、さらには郵政民営化も行われた今日、「日本
版国家・政府系ファンド」の発想は、「官から民へ」の資金の流れと逆行するもので、
我が国において有益な発想にはならないでしょう。

「日本版国家・政府系ファンド」といえば、見た目は目新しいアイディアに見えるか
もしれませんが、実はこれまで財政投融資、中でも産業投資特別会計で行ってきたこ
とと発想は同根です。財政投融資で、石油公団に投融資して、海外の油田探索もしま
したし、途上国への有償の開発援助もしました。でも、それらは、1990年代に入
り運用実態に対し批判が浴びせられ、結局縮小・廃止の方向で今日に至りました。今
でも、「霞が関埋蔵金」云々で、政府が資産を多く持つことに対して批判される向き
がある中で、「日本版国家・政府系ファンド」として新たに立ち上げることについて、
どのようにして国民を説得するのでしょうか。

 確かに、公的年金積立金や外貨準備は、一見すると「日本版国家・政府系ファンド」
めいたものに見えますが、それらは他国の国家・政府系ファンド(SWF)のように、
多少のリスクを取ってもいいから高収益を目指せるような代物ではありません。公的
年金積立金は、将来の年金給付の財源として確実に運用しなければならないものです
から、自主運用というよりむしろ非市場性国債にして運用した方が良いものです。外
貨準備は、私がQ:840の回答でも述べたように、他国のSWFのように運用しな
ければならない強い理由は今のところ見当たりません。

 とはいえ、私は世界のSWFを否定するものではありません。日本には今日の状況
では不要というだけで、各国はそれぞれの置かれた状況がありますから、SWFをう
まく活用できる国もあるかもしれません。

 ただ、これまでの資本主義経済では、SWFのように、国家主権を背景にしてあた
かも利潤を追求する投資を行う存在は、あまり想定していませんでした。政府系機関
は、これまで、利潤動機によらず、公共性を追求するなど、政策的配慮をもって行動
する存在として見られてきました。その見方が根本的に崩れる事態が起ころうとして
います。

 また、個人や企業には信用力に限界があって、彼らが投資に必要とする資金を集め
るには、国家が集めるときよりも割高なコストがかかる(国債金利よりも優良な民間
企業が借りる際の金利の方が通常高い)ので、利潤動機で投資を行う個人や企業の行
動には、資金調達コストの制約により、限界が出てきます。したがって、利潤動機で
投資を行う個人や企業の行動、特にいわゆる「投機的取引」は、時として市場を撹乱
しますが、その大きさはおのずと限定されることになります。

 しかし、SWFは、国家主権を背景に民間のプレイヤーよりも割安なコストで資金
を調達でき、かつその規模も大きくできる存在であるため、民間のプレイヤーよりも、
市場に大きな影響を与える可能性があります。SWFが、天然資源、農作物、環境、
さらには公共性が強いとされる分野にまで、公共性の追求ではなく利潤動機で投資行
動を行うとなると、SWFによって市場が撹乱される恐れがある、と懸念する向きが
出始めています。

 これに対しては、SWFに対する規制を強化せよとの声が上がり始めていますが、
それはよくないと考えます。その理由は、市場での自由な取引はあくまでも保障され
なければならないと考えるからです。資本主義経済において、個人や企業であろうと、
公的機関であろうと、市場のプレイヤーは、どのような動機・狙いがあろうとも、自
由な売買、自由な投資・撤退(資金引き上げ)が、原則として認められる必要があり
ます。それこそが、資本主義経済の原動力であり、その自由を認めないことこそ社会
主義経済の失敗の原因であると考えます。

 もちろん、市場におけるルール(インサイダー取引の禁止等)は最低限守るべきで
あることは言うまでもありません。SWFであれどもそのルールを逸脱すれば、取り
締まられなければなりません。とはいえ、SWFというこれまでにあまりなかったタ
イプのプレイヤーが現れたからといって、それを理由に自由な取引を規制して、資本
主義経済の原動力をあまりにも軽々しく損なうようなことをすべきではないと思いま
す。

 また、仮にSWFを表立って規制することにしたとしても、お金には色がついてい
ませんから、迂回した資金ルートで、ヘッジファンドなどを使って、自分たちがした
いと思う投資を、結局は実現しようとすることができます。それをマネーロンダリン
グとまでは言わないにしても、そうまでした資金に対して、表立った規制は(有効に
は)できません。したがって、結局SWFを規制しようにも、徹底できないでしょう。

 かといって、SWFの「性質の悪い」投資行動を、大々的に礼賛するつもりはあり
ません。そうなれば、次のような状況を考えることが参考になると思います。

 大学が入学試験で入学者を選抜するような状況が、参考になります。大学は、毎年
入学試験をして入学者を選抜していますが、受験生は、(学歴等の資格さえあれば)
どんな人でも受験できます。暴力癖やセクハラ癖のある受験生であっても、それを理
由に受験資格を剥奪することはできないことになっています。では、大学はどうして
いるかというと、そうした受験生の受験資格自体を剥奪するのではなく、自由に受験
することを認めながらも、入学試験を通じて最終的に合格させないようにして、入学
を認めないようにしている、というわけです。

 この発想に習えば、SWFの「性質の悪い」投資行動に対して、その投資自体を認
めないというのではなく、投資先となる事業や機関が、SWFを受け入れるか否かき
ちんと判断する(できる)ようにすればよい、ということです。今までのところ、S
WFの投資が成立した投資先は、当事者の好き嫌いを問わず、結局は投資先側がその
SWFの投資を受け入れた(受け入れざるを得なかった)からです。投資先側とて、
無力ではないはずです。そうした投資を受け入れたくないなら、正当な方法でそれを
拒むことはできるはずです。しかし、実際に受け入れた投資先側は、快く受け入れた
か、受け入れたくなかったけれども受け入れを拒む手段がなかったか、のどちらかと
考えられます。

 SWFが自由に投資できる背景には、投資先側が、不特定多数の投資家から広く資
金を調達したいという動機でそうした資金調達を行っていたからです。より具体的に
は、株式、社債、投資信託等、相対取引ではなく、市場で不特定多数から資金を募る
形での資金調達です(もちろん、SWFでも、相対取引で投資先の同意を得て貸借契
約を結ぶということはあります)。

 農産物や環境、さらには公共性が強い事業を営む投資先側が、SWF側の思惑と利
害が一致しなければ、きちんとSWFからの投資を拒否する(できるようにする)こ
とが重要だと思います。ところが、他方で、不特定多数の投資家から広く資金を調達
したいとしながらも、SWFだけを排除したいということは、矛盾します。したがっ
て、投資先側の対応としては、SWFを排除したいなら、むやみに不特定多数の投資
家からの投資を受け入れるのはやめ、銀行等特定の相手から直接相対で融資を受ける
などして資金調達をすることが考えられます。事業を営む側が、誰から資金提供を受
けるかを、どのように決めるかは、自由です。その投資家を選ぶ自由もあります。こ
うした対応は、当然合法的であり、自由な取引として資本主義の原則にもかないます。

 そう考えれば、SWFは、彼らの投資活動の自由を認めつつも、その投資先となる
側が、投資の受け入れの諾否を適切に判断できる状況を、投資先側の自主的な判断で
対応する、という形で収まる(治める)のがよいと考えます。

                    慶應義塾大学経済学部准教授:土居丈朗
                  <http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/>

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 ■ 水牛健太郎 :評論家、会社員

 日本の現状を考えると、政府系ファンドの創設・運営には大きなジレンマがあると
思います。それは、巨額の資金をきちんとその公共性に見合った形で運用していくこ
とと、いわゆる「プロ」の運用をしていくということ、この二つを両立していくのが
極めて難しいだろうということです。このジレンマに挑戦するつもりならば、政府系
ファンドの創設も意義がありますが、結果としてかなりの「勉強代」を払うことにな
る可能性もあると考えます。

 ちまたで話題になっている「政府系ファンド」は、中東の産油国やアジアの国々、
特に中国のものだということです。これらの国々に共通するのは、民主国家ではない
ということです。何が言いたいのかというと、ファンドの実権を握る人たちは、運用
するオイルマネーや外貨準備などの資金を「国民の財産」として真剣に考えていない
かもしれない、ということです。運用手法や結果がどうであれ、国民から責任を問わ
れる仕組みにはなっていない。だからこそ、いわば馬主気分で欧米のプロを雇い、
「任せるからよきに計らえ」ということが出来るのかもしれません。

 土居先生がお書きになっているように、日本でもこれまで財政投融資といった形で
巨額の公金が運用された例は多々ありました。そしてその手法や結果に対し、きちん
と責任が問われてこなかった。その意味では日本の実態も中東や中国とそれほど違っ
ていたわけではありません。胸を張れるようなものではなかった。年金一つとっても、
実にお粗末なものでした。

 しかしそれは今では少しずつ明るみに出され、問題視されるようになっています。
遅々たる歩みですが、それでもやはり進歩には違いありません。ですから、いまの日
本で中東や中国のような秘密主義の馬主的な政府系ファンドを創設するのは全く逆行
もいいところ、筋が通らないと思います。創設するならば情報をできるだけ公開し、
責任の所在を明確にした形でなければなりません。

 しかし、それを今の日本でスマートに、「プロ」の運用と両立させていくことは難
しいと思います。真壁先生のお書きになっているように、「金融市場の事情や投資活
動にノウハウの少ない官僚や政治家が、運用などに深く関与するような組織になって
しまう可能性が高い」でしょう。運用の権限を最大限にプロに与えながら、同時に適
切な管理を行い、責任の所在を明確にしていくことは容易ではありません。欧米系の
ファンドではあるいはそれに近いことが実現できているのかもしれませんが、歴史的
な経験の積み重ねあってのものだろうと思います。

 しかし、日本がいま政府系ファンドを創設するならば、こうしたものを目指さなけ
れば意味はないでしょう。そもそも経験がないのですから、組織運営の齟齬などによ
る小さな失敗は避けられないでしょうし、大きな失敗をする可能性もあります。トラ
イ&エラーで一歩ずつ進むしかありません。その勉強代をある程度覚悟した上でやる
ならば、金融プロ育成の場として、また有効な組織原理学習の場として、意義は小さ
くないと思います。

    評論家、会社員:水牛健太郎

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 ■ 金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

 日本のように、(1)通貨の変動相場制を採用し、(2)内外の資本規制がなく、
(3)一定の対外流動性を維持できる信用力を持つ経済を有する国家であれば、恒常
的に経常収支黒字を計上する状況にあったとしても、必要以上の為替介入を行い、外
貨準備を積み上げる必要性は本来乏しいといえます。

 100兆円規模の外貨準備の存在を前提に、運用の効率性向上を目的として、日本
版国家・政府系ファンドの必要性を議論するのであれば本末転倒といえます。そもそ
も、100兆円規模の外貨準備についても、例えば03年1月から04年3月にかけ
て実施された35兆円に上る為替介入のように、正当な為替平衡操作を目的としたも
のではなく、国内に流動性を供給する手段として経済対策に利用されたものまで含ま
れています。

 為替市場の安定化のために為替介入が必要な局面があるとしても、一方的に外貨を
買い入れるだけではなく、状況に応じて市場への影響を回避しながら外貨準備を市場
で解消する努力も必要でしょう。外貨準備に対して国家・政府の資産であるかのよう
な錯覚を受けますが、為替介入の資金は政府の借り入れによるものですので、まずは
不要な規模のバランス・シートを圧縮することが先です。

 現状のように、外貨準備が米国債で運用されている状況は、実体としては内外金利
差によるキャリートレードであり、政府が調達した公的資金の使途としては経済的な
波及効果の低い公共事業と考えられます。これは運用対象を米国債から他の資産へ変
更したところで、そこに国家としての戦略性を見出せない限りは、実態としては何ら
変わるところはありません。

 設問にもありますように、原油輸出収入で潤う産油国や経常収支黒字を計上するア
ジア諸国で積み上がる巨額の外貨準備を背景とした国家・政府系ファンドの動きが最
近注目されています。特に産油国については、原油輸出収入による外貨準備は国家・
政府の資産であると同時に、将来の資源産出量の減少を見越した戦略的に重要な投資
資金でもあります。

 しかしながら、こうした収入は、本来は新規の油田開発や資源探査などにまず再投
資されるべき資金でもあります。特に、将来の需要拡大が見込まれ供給不測が懸念さ
れる中でもあり、産油国も供給者としての責任を第一に果たすことが求められている
といえます。もちろん、これはあくまでも消費国側の論理であり、そうした安定供給
の確保に対して一定のコミットメントを示しているのはサウジアラビアなど特定の産
油国に限られます。

一方で、産油国側も国家・政府系ファンドの投資先の選定に当たっては、石油消費国
側の批判を招かないよう、相当に神経を使っているようです。これは、巨額の貿易収
支黒字を背景とするアジア諸国についても共通の立場であり、国家・政府系ファンド
の行状で批判を招けば、自国通貨の切り上げ要求や自国製品の輸入規制などに発展し
かねないとの認識は強く持たれているものと思われます。

 実際、サブプライム問題で損失を出した欧米の大手金融機関への出資については、
(1)リスクの割には有利なリターンが見込める、(2)経営権には触れない範囲で
の投資に抑えることで歓迎されこそすれ警戒はされない、(3)サブプライム問題の
解消は結果的にドルの安定につながり外貨準備の価値の目減りを防ぐ、という「一石
三鳥」が狙える絶好の案件であり、稀有な投資機会であったといえます。このように
国家・政府として投資行動に直接関与することは実際上制約も多いため、オフショア
籍ヘッジファンドなどの外部の運用者に委託するケースも多いとされます。そうした
場合に、国家・政府系ファンドとしての立場が活かせているのかは、疑問です。

 もちろん、国家・政府系ファンドの投資については、目先の収益の追求のみならず、
出資・買収を通じた先進国の企業のノウハウの取得や自国への誘致など、戦略的な目
的も考慮されているようです。しかしながら、こうした産油国やアジア諸国にとって、
より幅広い国民の生活向上のためには、産業基盤の整備など国内への投資の優先度が
むしろ高いはずです。

 しかしながら、産油国では、オイルマネーの一部は社会インフラ整備などの国内投
資にも向けられていますが、原油輸出収入に比べ投資の規模は必ずしも大きくないよ
うです。国内ではまだ巨額の投資を受け入れられるほどの経済基盤が確立していない
ため、効果的な投資機会が限られる事情もあるのでしょう。また、中国などの場合は、
民間による海外への投資を制限するなど資本規制を実施しているため、経常収支黒字
の還流を外貨準備の運用などを通じて行う必要があり、あえて国家・政府のリスクに
よって外貨を運用していると考えられます。

 このように、産油国やアジア諸国の例について見ても、国家・政府系ファンドはそ
れぞれの固有の事情および制約の下で運用されているのが実情であり、日本が積極的
に追随を必要とする正当な理由はあまりないように思われます。

                外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎

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 ■ 三ツ谷誠  :三菱UFJ証券 IRアドバイザリー部長

「権力の変貌」

 本件は国家というものが何であるのかという根源的な問題に繋がる事象だと思いま
すが、少し違った角度で「考えるヒント」を提示してみます。勿論、これは大上段に
振りかぶって回答を知っている先生のような立場の人間が、生徒にヒントを提示して
みせる、ということではなく、私自身の「考えるヒント」を私よりずっと優秀な同胞
とシェアしたい、という意味での表現ですので、突っ込みは避けて戴ければ幸甚で
す。

 日本史を紐解く形になりますが、そもそも大化の改新以後成立した古代律令国家は
公地公民制を経済の基礎として発展していきました。ところが自生する経済が、やが
て三世一身法や墾田永年私財法などの律令法上の背骨を得ると、やがて経済−生産の
大層を担う主体−は、荘園制に移行します。

 勿論国家は律令の建前を護るために幾つかの施策を展開する訳ですが、結局の処、
国家の権力主体そのものがやがては荘園制こそを経済基盤とする権力へと変貌を遂げ
ます。九条院領などに代表される経済基盤に基づく院制というものがまさにそのよう
な変貌を遂げた国家権力の顔ですし、藤原摂関政治も平家による六波羅政権も、荘園
を基盤とした権力機構であったことは疑いのないことでしょう。

 国家権力というもの、権力機構、或いは権力そのもの、が時の経済、生産機構と切
り離して存在しないものであるのは当然という感じがします。マルクス的には下部構
造が上部構造を決定する、と表現する処でしょう。

 すると、今般生じている国家が主体(主体形成の仕方は様々なものでしょうが)と
なった投資家としての登場は、既に生産力の大層を抑えた株式会社体制、資本制に対
して国家権力がその経済体制に適合していく一つの流れ(上部構造−権力機構それ自
体の変貌)ではないか、と感じます。

 その意味では既に1950年代以降、米国から始まった年金基金資本主義の流れに
加え、国家もまた主要なプレイヤーとして存在感を持ってきている、そういった複雑
な鵺的な世界が実現しつつあるということでしょう。

 しかし、市場に晒されず、隠微な世界で一部の優秀な(学歴以外何が優秀なのかは
不明ですが)選良が、資金配分を決めてきた戦後日本のような世界よりは、価格機構
の中で全ての価値創造が行われる世界の方がまだ可能性があると感じるのは私だけで
しょうか。ただし、国家的なスタンスの投資家が巨大な存在である場合、誰が牽制力
を発揮できるのかについては考察が必要でしょうし、逆に一部その動きがあるのであ
れば、追随する動きを作り、巨大な存在を相対化するということも必要でしょう。価
格機構が価格機構としてその機能を発揮する前提は多数の参加者、分散化された意思
決定者の存在であり、その意味では日本もまた、意思決定の分散化を図るために、戦
線に参加するのも一考だと思います。

                 三菱UFJ証券 IRアドバイザリー部長:三ツ谷誠

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 2,3年前にはほとんど聞かれなかったSWF(Sovereign Wealth Funds)という
言葉が、世界の資本市場で注目されるようになりました。日本語では政府系ファンド
と呼ばれることが多いですが、「国富ファンド」と直訳される場合もあります。SW
Fに明確な定義がありませんが、外貨準備を運用するために中央銀行とは別組織とし
て設立されたファンドを指します。サウジアラビア通貨庁(SAMA)は別基金では
なく、中央銀行そのものであるため、SWFと分類されない方が多いと思います。S
WFの中で、以前からシンガポール政府系のGIC(Government Investment Co.)
とテマセク、UAEのADIA(アブダビ投資庁)、KIA(クウェート投資庁)、
ブルネイ投資庁、ノルウェーの政府年金基金などが日本株で重要な投資家でした。私
は米国証券の日本株ストラテジストとして、これらの機関の日本株や資産配分の担当
者と意見交換する立場にあります。

 昔からあるSWFに加えて、新興のSWF設立の動きが活発化しています。お隣の
韓国では2005年に韓国投資公社(KIC)が設立されました。最も注目されてい
るのは2007年9月に外貨準備の運用機関として設立された中国投資有限責任公司
(CIC;China Investment Co.)でしょう。中国は世界一に膨れ上がった外貨準備
を、対外影響力強化と過剰流動性吸収を目的に積極運用する方針といいます。

 SWFはノルウェーの政府年金基金を例外に、一般に情報開示が不十分で、ホーム
ページもなく、資産規模などがわからないケースが多くあります。メリルリンチでは、
SWFの資産合計が2007年の1.6〜2.2兆ドルから、年1.2兆ドルづつ増
えて、2011年に7.9兆ドルに達すると予想しています。日本の株式時価総額の
4分の1にも相当する投資資金が毎年増える計算であるため、世界の資本市場に対す
る影響は極めて大きいといえます。

 中国に次いで世界2位の外貨準備、世界最大の公的年金をもつ日本も、JIC
(Japan Investment Co.)を設立し、積極運用すべきという意見が出ています。積極
運用が行われる可能性がある対象は、外為資金特別会計によって保有されて米国債中
心に投資されている外貨準備、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用
する公的年金です。竹中平蔵元総務相、塩崎恭久元内閣官房長官、田村耕太郎参院議
員などが政府資金の積極運用の提言を行いましたが、財務省は慎重姿勢を崩していま
せん。経済財政諮問会議民間委員の伊藤隆敏東大教授は、2007年10月4日の日
経経済教室で、外貨準備の受取利息分(年間約300億ドル)は、日本版政府投資基
金を設立し、民間に運用を委託して積極的運用を行なうべきと提案しました。財務省
の津田広喜次官は、同日の記者会見で、外貨準備運用で大事なのは安全性と流動性で
あり、積極運用に慎重な考えを示しました。与謝野前官房長官も外貨準備の積極運用
に慎重なコメントをされました。

 外国人投資家は、日本はなぜ国民の将来のために、巨大資金を日本国債などで低利
で運用するのでなはなく、リスクを管理したうえで高いリターンを目指して積極運用
しないのかと考えています。日本は世界一の少子高齢化時代を迎えて、外貨準備・公
的資金の運用利回りの向上は、増税抑制や年金給付増加につながるので、積極運用を
前向きに検討すべきでしょう。外貨準備や公的年金の積極運用の提案は、日本の人口
動態や他国の運用情勢を鑑みての経済合理性がある提案と思いますが、外国資産運用
会社や外資系証券会社の関係者が提案すると、ハゲタカが虎の子の日本マネーを狙っ
ているとの指摘を受けるリスクもあります。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 日本版政府ファンドの創設を訴える論者の多くは、小泉政権の「構造改革」を支持
していた人たちであるように見えます。しかし、資産の運用は明らかに民間にもでき
ることであり、政府ファンドの創設は、「民間でできることは、民間で」をキャッチ
フレーズとしていた構造改革の方針と全く逆行する話なのですが、これはどうしたこ
となのでしょうか。

 政府が資産運用に乗り出さない方がいい理由は幾つもありますが、最大のものを挙
げるなら、それは国民にとって不要で且つ迷惑だからということになるでしょう。政
府ファンドの最終的所有者は納税者をはじめとする国民ということになりますが、国
民は、別段政府に資産を運用をして貰わなくても自分で好ましいと思う資産に投資す
ることができます。

 実際には、国民の一人一人は、資金運用に関連する財産状況や投資の好みに関して
違いを持っているので、自分の資産の一部を政府によって全国民一律に運用されると
いうことは、かなり迷惑な話です。

 国民が、たとえば企業金融に関する基本的なな定理であるモディリアーニ・ミラー
の定理における投資家のように自分の投資行動を調節するとすれば、政府ファンドを
通じて自分が投資していることになる投資リスクと自分の資産運用を合算して最適化
しようとすることになるので、政府ファンドのリスクの分だけ、自分の投資で取るリ
スクを減らすことになるでしょう。これは、既に存在している巨大政府ファンドとも
いうべきGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などのリスク資産運用につい
てもいえることですが、「政府がリスクを取る資産運用をする」という話には、何れ
もつきまとう構造です。

 この辺りは、さすがにアメリカ合衆国はしっかりしていて、民間には「強欲の結
晶」のようなファンドが多数且つ巨額に存在しますが、いわゆる政府ファンドもなけ
れば、公的年金の資産も民間の株式などには投資されずに非市場性国債で運用されて
おり、政府が国民に代わって、博打の世界でいう「代打ち」をするような仕組みはあ
りません。アメリカの公的年金が株式投資をしないのは、グリーンスパン前FRB議
長が、政府による民間企業の株式保有は民間活動への政府の介入だとする反対論など
によるものでしたが、正しい見識といえるでしょう。

 国民にとって、そもそも不要であり迷惑であることの他にも、日本版政府ファンド
を作らない方がいい理由がいくつかあります。
 
 先ず、将来の運用成績が確実に優秀な運用者の存在が疑わしいし、しかも、これを
事前に選択する能力がある人はプロにも素人にもいないということが重要です。「世
界から、プロ中のプロを雇う」といった勇ましいことを言う人が、日本版国家ファン
ド創設に賛成の政治家などにいるようですが、この種のプロ(特に外国人のプロ)に
対する素朴な期待感は、海外のプライベートバンクやヘッジファンドには特別にすば
らしい運用が存在すると信じて、業者の勧めるままに自分のお金を投じるような、世
間知らずのお金持ちの感覚に通底するものでしょう。金融業界から見ると「いいカ
モ」なのですが、自分のお金でカモられるならともかく、国民の大切な資産を差し出
すのでは困ります。

 また、運用の一般論として、資金が巨額になるほど運用が難しいし、運用に関する
説明責任を十分果たすことが難しくなるという問題もあります。国民のお金を、どの
ように運用しているのかということに関するディスクローズをしないわけには行きま
せんが、情報を公開することは、運用資金にとって不利に働きます。他人のお金で、
大きなお金を持ちすぎることは運用にとっては不都合なのです。

 政府の資金が民間の株式やプロジェクトに投資することは、グリーンスパンが反対
した政府の民間活動に対する介入といえますが、これは、国内の企業に対する投資が
不適切であることはもちろん、投資の相手が外国の企業ならいいということでもない
でしょう。たとえば、保有株式の議決権行使に関する責任は、他人のお金の運用とし
てベストを尽くさなければいけない以上、どうしても逃れることができませんが、こ
の権利行使が政府による民間活動への介入であることはいうまでもありません。可能
な限り自粛すべきであり、そのためには政府が株式投資をしないことです。

 加えて、内外何れに投資するとしても、投資対象の選定や、株式の議決権行使など
が、日本政府の方針と対立する可能性があります。

 また、そもそも金融市場では、大きな資金の少数のプレーヤーが参加するのではな
く、多様な情報と判断を持ち、一人一人は価格に大きな影響力を持たないような多数
の参加者が価格決定に参加することが望ましいはずです。政府ファンドでの運用に回
せるお金があれば、これを国民に返して(国債の償還に使ったり、その分減税したり
することで、実質的に国民に返すことが可能です)、多数の国民の判断によって運用
するべきでしょう。

 以上のように、市場を尊重して物事を考えると、日本版政府ファンドの創設にはデ
メリットばかりが目立ち、メリットが感じられません。それでも政府ファンド創設に
熱心な論者がいるのはなぜなのでしょうか。単純な誤解や無知が背景にある可能性も
ありますが、論者の中には学者(といっても単に大学の先生だというだけのことです
が)もいます。

「日本版政府ファンド」の創設は、金融業界から見ると大きなビジネスチャンスです。
あまり考えたくない可能性ではありますが、内外の金融業者の後押しを受けて、ある
いは、このファンドが大きな利権になる可能性を嗅ぎつけて、この構想に賛成してい
る政治家や論者がいるようにも思えます。

 日本版政府ファンド創設論の中には、日本が「金融立国」を目指すために、という
議論をする向きもあるようです。しかし、金融立国とは、他国の客も含めて、客から
金融ビジネスで稼いで栄える国のことを言うのであって、自分が客(カモ)になる国
のことを言うのではないと知るべきでしょう。金融ビジネスの観点から、日本版政府
ファンドを見ると、これは、「丸まると太った脳味噌の無いカモ」のような存在だと
いえます。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 <http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>
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 ■ 飯田泰之  :駒澤大学経済学部准教授

 日本版国家ファンドの構想をはじめて耳にしたとき,個人的には,「まさか現実的
な話になりはしないだろう」とあまり真剣に受け止めていませんでした.日本版国家
ファンド構想はこのような感想を持たざるを得ないくらい「筋の悪い」提案です.運
用可能資産は500兆円にものぼるとの推計がありますが……運用に回すような金が
あるならさっさと国債を償還すべきでしょう.あっというまに財政再建の完了です.

「運用する金があるなら国債償還」というのではあまりに素朴な感想だと思われるか
も知れませんが,そう馬鹿にしたものでもありません.

 借金をして資産を運用するというわけですから,運用利回りは国債利回りよりも高
くなくてはいけません(実際は借り入れが一切無い状況での運用についても以下の議
論は同様に成り立ちますが説明の簡易化のため省略します).これは企業の投資活動
を想起すればすぐに理解できます.銀行から年5%で資金を借り入れているにもかか
わらず,その資金を使って年2%の利回りしか得られない企業はどうなるでしょう.
金利負担によって,毎年負債の3%分自己資本を損ない,いつの日にか倒産すること
になります.財政についても同様で,国債金利を下回る運用を行えば行うほど財政状
態は悪化していくのです.

 果たして日本版国家ファンドは「国債金利を上回るパフォーマンス」を達成するこ
とが可能でしょうか.

 仮に,我が国の優秀な官僚群の中には平均的に国債金利を上回るパフォーマンスを
上げ続けることが出来る優秀な人材がいるとしましょう.すると,その官僚氏はトレ
ーダーとして超一流のウデを持っているということになります.なぜ彼は「億万長者
になる機会」を捨てて官僚をやっているのでしょう.むしろ個人投資家として億万長
者になっていただいてしっかりと税金を払っていただいた方がお国のためだと思われ
ます.

 このように書くと,「担当官僚や政治家が運用のプロを雇えばよい」と感じられる
かも知れません.しかし,ここでも同じ論法を用いざるを得ません.その「運用のプ
ロ」はなぜ自分自身が個人投資家にならないのでしょう? また,トレーダーの「ウ
デ」を見分けることができるとしたらその官僚氏や政治家の方々は投資銀行や証券会
社の管理職として超一流(または超一流以上)の能力を持っているということになり
ます.金融立国を目指すならば彼らにこそその先兵として金融界に身を投じるべきで
しょう.

「俺はロードス島では今の何倍もジャンプすることができたんだぞ」
という男に
「ここがロードス島だ.ここで跳べ!」
と返したら何も反論できなかったという寓話がありますが,「個人投資家や証券会社
の管理職として超一流の能力を持っているが個人ではそれを使わない」という人を,
私は,信用することが出来ません.我が国の官僚や政治家が無能だと言っているわけ
ではありません.投資家や証券マンに必要な優秀さと官僚や政治家の優秀さは「別物」
なのです.

 もちろん,国家が国債利回りを上回る投資対象を持っているというケースもなくは
ありません.

 第一は,資本取引についての強い規制のため国内の企業や個人には海外の投資対象
にアクセスできないという場合です.この時,国家ファンドの役割は国内から集めた
資金を海外で国内経済主体に変わって運用する役割を果たすことになります.現在の
日本では,企業のみならず個人でも海外金融資産にアクセスが出来ますからこのケー
スには当てはまりません.

 もうひとつは,民間金融機関ではファイナンス出来ない大プロジェクトがあり,そ
のプロジェクトの利回りが十分に高いというケースです.実は,日本はこの観点から
大規模な「国家版ファンド」を運営してきました.それが財政投融資の本来の趣旨で
す.復興期や高度成長期はいざしらず,財政投融資の復活が現代の日本に有益だとい
う主張を寡聞にして知りません.

 このように,国家ファンド構想を正当化する合理的な理由はありません.仮に国家
ファンド構想に利点があるとしたならば,その研究の途上で(運用可能資産を計算す
るために)政府のバランスシートの精査が進むであろう点くらいでしょうか.


追記:なお,先週配信のQ844に関し,大きな誤記がありました.訂正を以下に掲載し
ております.<http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20080108>

                      駒澤大学経済学部准教授:飯田泰之

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 サブプライムローンで苦境に陥った欧米の投資銀行に対する資金の出し手として、
アラブ、シンガポール、中国などの新興国の政府系ファンドが大活躍です。政府系
ファンドは、それぞれに積み上げた石油収入や貿易黒字をためた外貨準備を、有利な
投資対象に振り向けていることになります。日本や米国であれば、このような外貨で
の蓄積は、短期の外債国債やリスクをとっても精々長期国債といったもので受動的に
運用されることでしょう。

 サブプライムローン問題で損失を抱えた投資銀行に、この段階で大きく投資するの
は、成功の保障された投資ではあり得ず、かなりのりスクをとった運用で投資銀行の
お株を奪うものです。これらの投資対象が目論見通り回復出来すれ大きな収益につな
がりますが、投資金額を回収できない可能性も大いに存在するので、日本と彼らの踏
み込んだ運用方法には、個人でいえば銀行貯金と株式投資ぐらいの違いはあるかと思
います。

 日本にも政府系ファンドが必要だと考える人たちが、このような国家ファンドのど
こにひきつけられるのでしょうか。アラブ人や中国人が非常に上手く立ち回っている
ように見えてうらやましいという心情が国民のなかにあるとすれば、そこに付け込ま
れたのだと思います。

 政治家にとっては、苦境に陥った名門金融機関を買収するような、ハゲタカファン
ド風の運用スタイルが、いかにも果断でカッコヨク見えるのだと思います。また5百
兆円とも皮算用された投資資金となると、このビジネスの利権は、運用手数料0.1
%としても年間5000億円にも上りますので、自らの縄張りとして非常に魅力的な
はずです。

 日本でこのようなことが出来るかどうか考える前に、ひとつ注意をしなければなら
ないのは、アラブ諸国や中国では、運用の仕組みやその成果を国民や世界に説明する
責務が小さいだろうということです(そして、この点が政府系ファンドの不気味さの
源でもあります)。仮に運用で大きな穴を開けたとしても、アラブ諸国では王族が、
中国では共産党が責任を取るとは思えません。

 これらの諸国とは違って、より民主的な政治形態を誇る日本が、このようなハイリ
スク投資を国家事業として行なえるかどうかは大いに疑問とするところです。

 日本版の政府系ファンドを提唱する自民党の議員たちが、「資産効果で国民を豊か
にする議員連盟」を先月5日に発足させました。運用としてどのような手法をとろう
としているのかはよくわかりませんが、新聞などによると「国籍を問わず世界一流の
金融の“プロ”を日本に招いて運用にあたらせる」形態が考えられているようです。

 どうも、運用のプロという存在に漠然としてロマンチックな期待を抱いておられる
ようで不安を禁じえません。世界中をさがせば、天才的な運用技術を持った運用者が
いて、自分たちはその人たちを探しだして採用することが出来るという、非常に楽観
的な前提がそこには存在しています。現実には、そのどちらも成立の難しい前提であ
ることが知られています。

 今回の国家ファンド創設の話は、そうだとすると新たにとることになるリスクや説
明責任に対する理解を欠いたまま、儲かりそうだから飛びついてみましたという程度
の話であるようにおもわれます。よく、個人投資家が、横文字の名前の海外のあやふ
やな投資話にだまされますが、今回の議論はそのレベルではないでしょうか。こうい
う話は、数百兆円という具合に、額が大きいほど尤もらしいものです。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 津田栄   :経済評論家

 今回の質問について、日本版国家・政府系ファンドは国民にとってプラスにはなら
ないと考えています。この日本版国家・政府系ファンドが話題になっているのは、U
AEやカタールなどのアラブ諸国をはじめ中国、シンガポール、韓国などのアジア諸
国、ロシアなどが国家ファンドを持っていて、世界の証券・金融市場で運用を行い、
それなりの運用利回りを稼いでいる上に、アメリカのサブプライム問題で苦境に陥っ
たアメリカの金融機関に融資してその存在感を示していること、そして日本は07年
12月現在9733.65億ドル(約106兆円)にまで膨らんだ外貨準備高を抱え
て、ほとんど大半を米国債に投資したままにあることが背景にあるかと思います。

 しかし、日本の実情は政治家が考えているほど単純ではありません。まず、外貨準
備高は、為替の急激な変動に対して介入するための資金であり、また外貨建て債務の
返済や貿易決済のための外貨準備資金です。つまり、利益を求めるために作られた外
貨建て資産ではありません。しかも、日本の外貨準備高が急増したのは、03年から
04年にかけて行われた35兆円もの為替介入によるものです(02年末4697億
ドルから04年末8445億ドルへ)。この為替介入資金は外為証券(短期国債)に
より調達したものであり、それはいわゆる借金です。つまり、外貨準備高という外貨
建て資産の裏側には、国内での債務が隠れているということです。そして、今、日本
の政府債務が1000兆円を超え、国債残高は833.7兆円という現状があります。

 一方で、海外の国家・政府系ファンドは、そうした債務を伴わない純粋な資産です。
それは、アラブ諸国やロシアにおいては、これまで原油や鉱物資源の産出・輸出で稼
いだ資金であり、中国は膨大な貿易黒字で見られるように輸出で稼いだ資金です。も
ちろん、こうした国の資金は国家の管理の置かれ、稼いだ資金をいかに高い運用利回
りで回すかを目指したものであり、そしてそれは将来の国家体制を維持する手段でも
あります。

 すなわち、こうした国の資金と日本の外貨準備高の資金とは性格も目的も違うとい
うことです。それを、全く混同して日本版国家・政府系ファンドを作るべきだという
のは少し乱暴な考えではないかと思います。そういった点で、まず外貨準備高を本来
の目的に照らして、適正な規模にまで縮小することを考えるべきであり、そしてその
結果としてできるだけ外為証券の償還に当てて借金の一部返済を検討すべきではない
でしょうか。また最近のドル安からドル建て資産に不安があるとしたら、外貨準備高
の適正規模の中でドル建て資産からその他の外貨建て資産への切り替えを考えるべき
でしょう。当然、そうした場合米国債を売却することになりますから、どのように行
うかはアメリカ政府と協議し、あるいはやり方を工夫し、金融・為替市場への影響を
できるだけ小さくするために慎重に行うことが必要ですが。

 では百歩譲って、日本版国家・政府系ファンドを作って運用したとして、好成績を
挙げられるのでしょうか。これまでの年金資金や郵貯資金の運用でも、いい成績を挙
げたという話はあまり聞きません。むしろ、プロのまかせても、一部例外をのぞいて、
市場全体のパフォーマンスに連動した成績が多く、それほど期待できるものではない
といえましょう。もちろん短期的に大きく稼ぐということはありえますが、よく話題
に上るヘッジファンドにしても、数年成績が良くてもそのあとはぱっとせず解散して
いく現実を考えると、単純に儲かるなんて考えるべきではありません。

 ましてや、国家・政府系ファンドを持つその他の諸国は、純粋な資産として、長期
投資を前提に行っているのに対して、日本は借金でリスク資産に投資しようとする面
があることを考えると、一か八かの博打うちのようなものであり、いわゆる短期的投
機的投資の性格を帯びています。その結果、借金の上に損失が出た時には国民の一段
の負担となります。その時は誰が責任を負うのでしょうか。これまで数々の問題で責
任を回避してきた政府を考えると、無責任な運用がなされるかもしれません。そう考
えるならば、今回の構想は、責任の所在が明確でなく、目的外使用されて国民の利益
に反する結果となることもありえましょう。

 もし、どうしても日本版国家・政府系ファンドを作りたいのであれば、資金は、外
貨準備高ではなく、それ専用の新規の資金を調達すべきであり(その場合政府の債務
なのか国民の提供する資産なのかわかりませんが)、そしてそうした運用において投
資方針や投資責任を明確にして、国民の合意を取り付ける必要があります。そういう
ハードルを越えてはじめて日本版国家・政府系ファンドの設立・運用を国民の納得の
いく形で行うことができるのではないでしょうか。

                             経済評論家:津田栄

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JMM [Japan Mail Media]                 No.462 Monday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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