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なぜインターネットはナショナリズムを強化するのか [池田信夫 blog]
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投稿者 white 日時 2007 年 4 月 13 日 00:04:32: QYBiAyr6jr5Ac
 

□なぜインターネットはナショナリズムを強化するのか [池田信夫 blog]

 http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f49f990bbabfb07544b4a15cfce714e7

なぜインターネットはナショナリズムを強化するのか
2007-04-09 / Media
4/7の記事へのコメントに「日本のマスコミは、戦前・軍部・ファシズムを糾弾してさえいれば心理的には『道徳的戦勝国』側にいられるので、ただ楽な方を選んでいるのです」という指摘があった。たしかに、左翼的知識人にあるのは「ナショナリズムなんか信じているのは感情をコントロールできない頭の悪い奴だ。自分はそういう感情を克服して普遍的正義の側に立っているのだ」という優越感である。これは戦前からの伝統で、かつてマルクス主義に走った人々に大地主の子弟が多かったのも、「財産を捨てて貧しい人に尽くす」ことに道徳的な満足を覚えていたからだ。

こういう露悪的エリート意識は、いまだにカルスタやポスコロやフェミニスト一派に多い。彼らはマスメディアの言葉尻をとらえて「潜在的な差別意識」を指摘し、それを「脱構築」することが正義だと信じているが、自分の依拠する価値観が他ならぬオリエンタリズムだということに気づいていない。滑稽なのは、彼らが一致して「女性国際戦犯法廷」のようなデマゴギーを支持することで、自分たちの潜在的イデオロギーを露呈していることだ。

念のためいっておくが、私はこういうのを「反日的言論」として指弾し、「国民の物語」を取り戻せという類の議論を支持するつもりはない。ナショナリズムは近代国家の作り出した宗教であり、「想像の共同体」にすぎないからだ。しかしそれを「克服」したはずの左翼の依拠するインターナショナリズムが観念でしかないのに対して、ナショナリズムがいまだに強い情緒的リアリティをもつのは、それがまさに宗教だからなのである。

帰属すべき集団を求める部族感情が人間に遺伝的に埋め込まれているとすれば、企業や地域社会などの中間集団が弱まるにつれて、むしろ想像の共同体としての国家への帰属意識は強まる。個人主義の強い(国民国家とさえいえない)アメリカで、ナショナリズムが強いのはそのためだ。パトナム『孤独なボウリング』が指摘するように、このようにソーシャル・キャピタルを支えるコミュニティが崩壊し、原子的個人と国家に二極化した社会は不安定になりやすい。社会の統合を支えるものは、キリスト教と戦争しかなくなるからだ。

コミュニティが解体したサイバースペースで「ネット右翼」が増殖しているのも、同じ理由だろう。アジアだけでなく、欧州でもそういう傾向が強いという(反ブッシュの強いアメリカは例外)。かつて「世界市民」を生み出すと思われていたインターネットは、その成熟にともなって各国語のサイトが整備されるにつれて、むしろナショナリズムを強めるメディアになりつつある。国際的なトラフィックが国内を上回ると予想してテラビットの回線を世界中に敷設したグローバル・クロッシングは破綻し、今では日本のトラフィックの8割以上は国内で完結する。

ここには(中国などを除いて)いかなる国家の介入もないので、インターネットは自明の共同体とは何かをめぐる一種の社会実験でもある。ナショナリズムの基礎にある「国語」が近代国家の作り出したイデオロギーだというのは確かだが、それが言語空間としてのネットで標準的なプラットフォームになるのも当然だ。こうした「プラットフォーム競争」でナショナリズムが勝ち残るとすれば、それは少なくとも左翼的インターナショナリズムよりはすぐれた宗教だったということになる。


▽関連記事

□滅びゆくサヨクと語学教師の失業対策

 http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/Yoshimi.html

滅びゆくサヨクと語学教師の失業対策

吉見俊哉『カルチュラル・スタディーズ』講談社

数年前まで、「マス・コミュニケーション学会」というのに所属していたことがある。たまに学会に出ると、「カルチュラル・スタディーズ」と銘打った発表がやたらに多いので、何かと思ってのぞいてみると、内容は映画や漫画に小むずかしい理屈をつけただけだった。これは発表者の頭が悪いだけなのかと思って解説書を読んでみたが、何のことはない、全部その手の「文化的雑談」なのだ。

この中心となっているのが、著者も所属する東大の社会情報研究所である。もとは占領軍によって新聞研究所として作られたが、斜陽産業の新聞ばかり評論していても先が見えているので、「社会情報」という意味不明の名前がついた。もとは文学部の3類(社会学・心理学)と一緒になって「社会情報学部」を作ろうと画策したが、文学部に断られたそうだ。それはそうだろう。社会学や心理学には一応、系統的な理論があるが、この種の「マスコミ論」は、だれでも見ているテレビや新聞を評論するだけで、理論も体系もないからだ。

マスコミ学会も、実態はマスコミをやめた老人の同窓会のようなもので、テーマは「知る権利」とか「プライバシー」とか「メディア規制」とか十年一日だ。自分たちは「文化」を担う特別な存在だと思っているらしいが、インターネットの普及でその存在意義もあやしくなってきた。こんな話ばかりでは学問として格好がつかないので、「脱構築」とか「ポスト・コロニアル」とか「ジェンダー」とかいうもっともらしい理屈をつけたのがカルスタだ。しかし、その内容は古くさい左翼の発想で、「テキストにはこう書いてあるが、本当は女性差別をしている」とか「民族差別をしている」とかを「読み解く」だけだ。

こういう「研究」には需要はないが、供給は多い。どこの大学でもリストラの対象になっている語学教師や、学問として先のない社会学など、文学部の落ちこぼれの失業対策である。内容も1970年代にジャック・デリダが米国に輸入されて「脱構築批評」として流行したものの焼き直しで、手口さえ習えばだれでも簡単に論文が書け、テキストを引用すれば分量はいくらでも増やせるところが味噌だ。柄谷行人氏は「頭の悪い奴の論文量産装置」と評していた。


□ポストコロニアリズム [池田信夫 blog]

 http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/s/%A5%DD%A5%B9%A5%C8%A5%B3%A5%ED%A5%CB%A5%A2%A5%EA%A5%BA%A5%E0

ポストコロニアリズム
2005-01-25 / Books
誤解のないように断っておくが、私は今回のNHK問題の原因となった「女性国際戦犯法廷」を擁護する気はまったくない。というよりも、これは滅びゆく左翼イデオロギーを「ポストコロニアリズム」と衣替えして延命するイベントにすぎないと思っている。

本橋哲也『ポストコロニアリズム』(岩波新書)は、その見本だ。内容のほとんどが他人の本の引き写しで、最後に「日本にとってのポスコロ」として、問題の「戦犯法廷」が登場する。女性で韓国人で人身売買となれば、法廷に参加した日本人はみんな「加害者」として懺悔しなければならないわけだ。

こういうレトリックの元祖は、マルクスとフロイトである。表面的な物語の「深層」にイデオロギーやリビドーなどの「本質」を発見する。ポスコロやカルスタは、そのパロディみたいなものだ。この種の「脱構築」のトリックは、「お前は潜在意識では差別している」といわれると、「していない」と反論しにくいところにある。「あなたはセックスに執着している」という精神分析と同じで、それ自体が物語にすぎないのである。

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