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米國合衆國解體計劃書「テクネトロニック・エージ ― 二十一世紀の國際政治」
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投稿者 石工の都仙臺市 日時 2007 年 5 月 20 日 16:58:03: Gsx84HOp6wiqQ
 

(回答先: ロン・ポールとNESARAと肩をすくめるアトラスと日本のデフォルトを繋げて考へてみるとだうなるか 投稿者 石工の都仙臺市 日時 2007 年 5 月 14 日 02:53:03)

 
 
 
 
 
 
 
 
氣違ひブレジンスキーが書いた、米國合衆國解體計劃書
「テクネトロニック・エージ ― 二十一世紀の國際政治」
 
 
 
讀賣新聞社刊 昭和四十七年(西暦千九百七十二年)五月十五日發行
ビクネフ・ブレジンスキー氏著 直井武夫氏飜譯
「テクネトロニック・エージ ― 二十一世紀の國際政治」

二百九十六頁
第四部 過渡期の亞米利加
第三章 自由主義の危機
自由民主主義の終はりか?
 
 
自由民主主義の終はりか?

 何かの形で技術的管理體制を生むやうな、技術的には革新的で政治的には保守的な局面は可
能性の一つにすぎない。さうでない場合には、もつと極端な事態が發生するかも知れぬ。詰り、
經濟成長、從つて科學研究と技術的發展―國家的誇りの一大源泉―に於る推進力が失はれると
すれば、亞米利加の社會・經濟的緊張は、更に激化する可能性がある。亞米利加の世界的役割
をめぐる深刻な國論の分裂に加へて、人種的軋轢、都會に於るゲリラ活動、そして青年の疎外
は、國民的合意の崩壞に輪をかけ、極左または極右勢力が亞米利加の政治的解體に乘じて權力
奪取を狙はぬとも限らない。然し結局のところ、本氣の革命的企圖が成功するチャンスは、大
してありさうには見えない。今日の新左翼が革命の有效な手段に成らうとすれば、我々の時代
が當面する新たな問題と眞劍に取り組む必要がある許りでなく、世界で尤も近代的で、技術的
に進んだ此の亞米利加の社會で、革命の遂行に必要とされるテクニック、手腕および組織的形
態を養はねばならないであらう。現在のやうに、青年の幾分性急な運動で、中産階級、密教的
な都市・智識階級の一部から遠くの方で支持されてゐるにすぎない、と云ふのではどうにも成
らない。其の爲には、今日の亞米利加の特殊性を計算に入れた、體系的な行動理論をもつ組織
に變はらねばならないであらう。SDS(民主社會の爲の學生聯盟)は其れをやらないで悲劇的
な農村的叛逆者のチェ・ゲバラを崇拜したり、仰々しいマルクス・レーニン主義的な文句を振
り囘す事に憂き身をやつしてゐるやうだが、此れでは新左翼が實力のある革命勢力と成る事は、
覺束ない話である。
  革命的活動と革命的成功との間には大きな相違がある。革命的活動―暴力行爲、破壞活動、
特定人物の暗殺、郁市ゲリラ鬪爭を通じての―は、一九七〇年代の初めには可能であり、また
起こりさうですらある。然し其れを仕かけるのは新左翼ではなく、出現しつつある其の後繼者
―職業的な暴力左翼―であり、情熱と混亂を其れに注入する理想主義的青年ではなくて、刑務
所や懲治監での經驗で筋金入りと成り、幻滅と憤激に包まれた青年であらう。かう云ふ聯中は、
本氣で暴力を行なふ氣構へが出來てをり、坐わり込みや學長室の襲撃などは兒戲に等しいもの
として一笑に附するであらう。其の時は亞米利加社會は容易ならぬ國内の脅威に當面せぬばな
らぬだらう。
 然し、さうした事態になつた場合でさへ、組織權力の強制力は勿論、政治的、社會的制度の
もつ總體的な力も、なほ優勢である事は先づ間違ひない。新左翼がときたま暴力を振るふ程度
で、對して實害のない限り、彼らは大目に見られるだらう。然し、其れが本格的な暴力左翼と
成らうものなら、確實に彈壓が彼等を見舞ふであらう。事實として言へる事は、革命と云ふも
のは歴史上滅多に起こるものではなく、現代に於いて國内の社會的崩壞と對外的な軍事的敗北
が結び附かなければ、成功しないのが通例である。權力の組織其のものの瓦解、エリートの分
裂、社會・經濟體制の機能喪失、此れに變はる指導層の結集が、革命成功の必須條件であり、
更に一層創造的な社會的勢力が存在し、少なくとも其の可也の部分が革命後の政策に自信を持
つてゐなければならぬ。此れ等の條件が整はない限り、革命的暴力に訴へても彈壓を招くのが
落ちであり、再起不能の彈壓さへ覺悟せねばなるまい。*
 
 
 
  * 此の點に就いては、「暴力の原因と防止に關する國家委員會」と、現在の亞米利加
    體制の手嚴しい批判者バリントン・ムーアのやうに見解を異にする者の間にも、一
    致した意見が見られる。委員會の結論によれば、「集團暴力は、集團的目標を達成
    する手段としては滅多に成功しない。其れがうまく成功するのは、一方のグループ
    の力が相手を制壓し、相手は死か降伏かの何れかを選ぶほかに道のない場合である。
    然し現代の政府を相手とする場合、此れに立ち向かふグループの勝算は非常に少な
    い。
   「現代の亞米利加では、左翼の革命の企圖は、右翼からの大規模な彈壓を招きさうで
    ある。抗議行動の際の暴力事件は、抗議するものとは基本的に同調しないグループ
    にそつぽを向かせる許りであらう。「亞米利加の勞働爭議に關する記録を見ると、
    暴力が發生した場合殆ど勞働者側にとつて不利な結果を招いてゐる。爭議が暴力の
    樣相を強くすればするほど、其の結果は勞働者にとつて慘澹たるものと成つてゐる」
    (一九六九年六月六日附二ューヨーク・タイムズ紙所載、亞米利加に於る暴力に關す
    る委員會の報告書に見られる結論)。
    此れと殆ど同じやうな趣旨で、ムーアは亞米利加の都市に於る革命の見通しは非常に
    暗く急進派の革命が成功した場合でも、今迄のところ「人間的自由に永續的な貢獻」
    を齎してゐない、と報告してゐる(“Revolution in America?” The New York
    Review of Books, January 30, 1969, P.10, およびブルース・スミスの思慮深
    い研究 “The Politics of Protest: How Effective is Violence?”
    Proceedings of the academy of Political Science, July 1968 參照)
 
 
 
 暴力左翼の彈壓は、殆ど確實に國家を右の方へ押しやるに違ひない。強制を組織的に行なは
うとすれば、個人に對して樣々な統制を加へざるを得ないだらう。其れが若し合法的機構によ
つて體系的に行なはれるとすれば、此の過程は必ずや保守的政治勢力を強化する事に成らう。
他方、其れがうまく行かなかつた場合には、右翼は自警團の組織に取り掛かり、樣々な準軍隊
組織が生まれるだらう。尤も其の時でも極右勢力のクーデターは一寸考へられない。其のやう
なクーデターを起こすとすれば、其れには或程度の組織的結束と思想上の根據がなければなら
ぬが、此れは極右分子―其の大部分は亞米利加の變化のペースに取り殘された―の手に負へな
い。此のやうに思はれる。(四十六)
 其處でもつとありさうな事は、散發的な國内紛爭が起こつた場合世論の兩極化が進むと云ふ
事である。其の際、民主黨は次第に新左翼の穩健な分子と同じ立場をとるやうに成るか、其れ
とも分裂するかも知れない。一方共和黨は極力此の情勢を利用し、全國的に保守勢力の優位を
確立しようと務めるであらう。かうした事態は徐々にやつて來さうである。亞米利加の夢の一
層冐險的な側面は、保守的な指導者(たとへば火星探檢を呼びかけた、スピロ・アグニュー)に
よつて先取りされるかも知れない。一方、自由主議に幻滅し、新左翼の暴行に憤慨し、黒人に
恐怖を抱く亞米利加下層中産階級は、專ら秩序維持を願つて止まないかもしれぬ。其の結果、
人種關係の改善などはショーウィンドーの單なる飾り物と成り、遂には公衆の面前から姿を消
すかも知れない。然し以前にもまして反動的な政治的對應措置が現はれるとしても、其れは劇
的な形をとる事はなく、ファシズムの露骨な樣相を帶びるものでもないであらう。
 空論的自由主義者が民主黨を自分の思ひ通りに改造しようとするか、其れとも別個に政黨を
作る決意を固める場含、此の過程は一層促進されるかも知れない。複雜な事態に對して空論的
な解決をあくまで主張したり、中身の薄くなつた八方美人の妥協をもどかしがる事は、歴史的
斷絶の時代に特徴的な社會的言動である。既に指摘したやうに、此のやうな言動は特に青年及
び社會の周邊にゐる人々に典型的なものなのである。其の政治的結果は、實際的でイデオロギ
ーに比較的囚はれない自由主義者を更に窮地に追ひ詰める事に成らう。彼らは一方では、大規
模な社會的處理を唱え、外部の挑戰には背を向ける空論派に突き上げられ、他方では、社會的
安定と新たな主知主義―此れは大學の混亂によつて強められ、智識人の曖昧な態度によつて加
重され、中産階級の子弟の叛逆に對する階級的敵意によつて激化されたもの―もまた、國の教
育制度に對する國民一般の支持をぐらつかせ、かくして左からの危險な挑戰と、此れまた同樣
に危險な右からの挑戰とを結びつける事に成りかねない。亞米利加の大學は政治化するであら
う。大學は學問以外の問題で絶えず煽り立てられ、教職員と學生はありとあらゆる縁遠い事柄
に就いて議決し、教室や研究室に政治的基準を持ち込むかも知れない。其れとも、學園の内部
運營に自分の政治的偏見を押し附ける保守的な州議會や大學理事會が加へる、一段と嚴しい外
部からの干渉に、大學が屈伏するかも知れぬ。*何れにせよ其の結果、自由主義的な大學は破
壞されるが、其の事自體、亞米利加の自由民主主義の沒落を物語る由々しい兆候と成るであら
う。**
 
 
 
  * ベトナム戰爭に關する其の判斷を表明したコロンビア大學理事會の一九六九年に
    於ける最初の重大決議、及びある若い黒人の哲學教授の採用を、彼の政治的關係
    を理由に拒否したカリフォルニア大學(UCLA)評議委員會の決定は、其の一例
    である。

  ** 大學に對する攻撃の齎す長期的效果は、新左翼にとつて殆ど關心の的に成らない
    やうである。例へば、大學から國防研究の分離を要求しても、ソビエトがさうで
    あるやうに、國營の軍事研究施設から成る別個の複合體を作れば、其の祕密性に
    よつて外部の智識人の影響から其の運營を守る事が出來よう。此れはまさに科學
    者社會の監視から遠く離れた閉鎖的な國立研究所で開發された細菌兵器の場合に
    既に經驗濟みであつた。同樣に豫備士官教練團(ROTC)の撤廢を要求したとこ
    ろで、別個の大きな專門的職業將校團―言葉を變へて言えば戰士團―の出現にブ
    レーキを架けるよりも、寧ろ其れを促進する事に成りかねないのである。
 
 
 
 此のやうな事情のもとでは、公正な多人種社會の創設と云ふ實に多難な事業は絶望的に成る
かも知れない。事態を改善する大規模な社會的努力が早急に行はれぬ限り、現在の傾向は危機
を一層惡化させる恐れがある。(四十七) 此のやうな努力に對する大衆の無關心、また一層惡
い事に大衆の敵意を念頭におくと、亞米利加の黒人・白人關係には等しく恐るべき二通りの將
來が考へられる。即ち、黒人の抑壓及び其の分離である。其のどれをとつてみても、一段と反
動的な政治状況のもとでしか行なはれず、かつ其れ自身が反動への壓倒的壓力を生むであらう。
或る種の特別地區を設ける事を含めて黒人に對する抑壓は、激しい鬪爭を伴ふであらう。何故
なら、亞米利加の黒人は最早政府の言い成りにはなつてゐないし、其の上多くの白人が彼らの
側に味方するからである。彈壓が效果的に行はれる―わけても改善が少しも行なはれない事に
絶望して大規模な黒人の暴動が起こつた直後に―としても、其の代償は非常に大きく、亞米利
加民主主義が建國以來の歴史を通じて其の範圍を深め、擴大してきた今日迄の過程を一擧に逆
轉すると云ふ悲劇的なものと成るだらう。
 其れ程明白ではないが矢張り根本的な今一つの脅威が、自由民主主義の前に立ちはだかつて
ゐる。其れは技術の影響力と一層直接に結び附いてゐる此の―脅威であつて、管理と指導が一
層行き屆いた社會が徐々に出現すると云ふ事だ。此のやうな社會を支配する者は科學的エリー
トであつて、彼らは、優秀な科學的專門智識を根據に政治權力を狙ふであらう。傳統的な自由
主義的價値に制約されない此れらのエリートは其の政治的目的を達する爲には、國民の行動を
左右し、社會を嚴重な監視と統制のもとに置く爲に最新の近代的技術を驅使する事に躊躇しな
いであらう。此のやうな環境のもとでは、國の科學的、技術的推進力は衰へない許りか、其れ
が利用する状況を糧として實際には増大するであらう。大きな支配政黨が出現し、其の左右に
視野が狹く、非常に空論的なグループが竝ぶとすれば、かう云ふ技術的管理主義への傾向が強
まつて來るだらう。此の有力な支配政黨は、安定を求める亞米利加社會の要求と、革新を望む
此の社會の歴史的な好みとを上手く結び附けるに違ひない。此の政黨は科學的發展を利用して、
社會的缺陷を處理する手段を作り出し、廣汎な目標の作成に國内の知的人材を登用する一方、
空論に耽るグループの存在を利用して、彼らを社會的バロメータとして、また新しい發想の源
泉として利用するだらう。社會的危機が持續し、カリスマ的人物が出現し、マス・メディアを
利用して大衆の信頼をものにするやうな事が起これば、亞米利加はなし崩しに高度の管理社會
に姿を變へる事に成るだらう。*
 
 
 
  * 此の事はまた、一つの歴史的パラドックスを生むかも知れぬ。傳統的に民主主義
    的な亞米利加社會は、技術能率の魅力に惹かれて、極度に統制された社會と成り、
    其の人間的で個人主義な性質を失つてしまふかも知れぬ。(此のやうな社會は、ク
    ルト・フォンネグートの小説 Player Piano の主題と成つてゐる) 他方、其の
    組織的非能率に惱み、政治的統制を少しづつ緩める共産主義諸國は、ヒューマニ
    ズムの問題に一層關心を持つ樣に成るかも知れない。社會主義的非能率を一層人
    間的な關心に據つて補はうとする此の傾向が續けば、一部の共産主義諸國には、
    もつと柔軟な社會秩序が生まれないとも限らない。
    只注意すべきは此の極めて有りさうもない豫想は、先進共産諸國にしか當て嵌ま
    らないと云ふ事だ。古い政治的傳統と大國の夢を持つ共産主義露西亞にも、社會・
    經濟的に遲れた多數の共産主義諸國にも、此のやうな豫想は當て嵌まらない。收斂
    説、詰り共産主義體制が、傳統的な自由民主主義に進化すると云ふ説に對する批判
    に就いては、筆者とサミュエル・ハンチントンとの共著 Political Power: USA|
    USSR, New York, 1964 第一卷の終章を參照
 
 
 
 別の意味で空論派も保守派も共に、社會的統制の新しいテクニックに固有の魅力に惹かれ、
此れを利用しやうとする誘惑に驅られるかも知れない。目的によつて手段を正當化する空論派
左翼の傾向からいつて、彼らは進歩に寄與すると云ふ理由で社會的統制の強化を正當化するか
も知れぬ。一方、公共秩序の維持に餘念がなく、現代の新しい技術に魅せられた保守主義者は、
社會不安の對策として新しい技術を用ゐたくなるであらう。何故なら彼らは、社會的統制だけ
が急速な社會的變化に對處する唯一の方法ではない事を、認識する事が出來ないからである。
 此のやうな歸結―其れが若し起こるとして―は、亞米利加の自由民主主義は今經驗してゐる
革命を消化し、此れに哲學的意味を與へる事が出來るかどうか、と云ふ問題に對し、極めて悲
觀的な解答を示すものであらう。此の事は、單に亞米利加だけの問題ではなく、もつと大きな
意味を持つてゐる。亞米利加が成功するか失敗するかは、高度に教育された市民をもつ現代の
民主主義國が、其の本質的に民主的な性格を失ふ事なく、急激な社會的變化に首尾よく耐へら
れるか否かを占ふ、重要な指標と成るかも知れないのである。幸ひにして、亞米利加の轉換は
また、同時に亞米利加の救濟の可能性をも含んでゐる。
 
 
 
 
(四十六)
左右両翼の過激主義グループについては、”Geoge Thayer, “Thes Farther Shore of Politics,”New York, 1967の好記述を參照。
 
 
(四十七)
必要とされる努力の要點については、Report on Civil Disorders (ことにpp.225-26)を參照。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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