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Re: 如往さんへ;「21世紀の奴隷制である自己家畜化した社会の上に築かれる一部の人達のための民主主義」」
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投稿者 如往 日時 2007 年 6 月 12 日 02:27:29: yYpAQC0AqSUqI
 

(回答先: 如往さんへ;「21世紀の奴隷制である自己家畜化した社会の上に築かれる一部の人達のための民主主義」」 投稿者 heart 日時 2007 年 6 月 09 日 17:26:43)


 heartさん、レスをありがとうございます。


 >>人間はそれを脳の進化による高循環社会を構築することによって対応して来たのですが、どうやらそれも既に臨界点に達してしまった観があります。
 >高度に情報化、複雑化した社会だとは思いますが、高循環社会とは言えないように思うのですが。カネの流れは循環しているかもしれませんが、それも一部の人の間だけですよね。環境的な意味での資源も、循環というよりは食いつぶしであり、循環破壊だと思います。また、言葉尻を捉えるようですが、循環しているのなら臨界点に達することはないと思います。未来永劫その循環が続くか、外部圧力で循環が壊れるかのいずれかだと思います。
 >如往さんの言葉の真意をもう少し詳しくお聞かせ願えればと思います。

 確かに何やら“高循環”社会の肯定的な側面のみを強調しているようにも受けとめられかねませんが、断じてそれは私の本意ではありません。しかし、説明不足だったことは申し訳なく思っています。
 さて、地域的な差は観られるものの、総じて現代社会は便利さや快楽の追求のために本来の生活には必要不可欠ではない多くの物資を製造し流通させることで成り立っていると考えています。「高循環社会」とは敢えて強引に英語表記をするならば[hyper-circulation](過循環)社会の意味に最も近く、エネルギー(物質)を過度に循環させることによって成り立っているような過生産&過消費の社会であり、経済的・合理的な循環を旨とするような所謂省エネの社会を表象するものではありません。
 環境経済学(者)の中村修氏は『なぜ経済学は自然を無限ととらえたか』(日本経済評論社 1995年)の中で、熱力学の知見を援用しつつ、現代の経済学が物質循環やエネルギー収支の視点を欠いていることを指摘し、「われわれが持続的社会を求めるのであれば、熱力学的制約の下で(の)物質循環という方法を選択すればよい」と説いています。反面では、人間が熱力学的法則を全く意に介さない現状のような仕方で循環を続けていくならば、やがて人類社会は自壊の臨界点に達するだろうと謂った警句と受け取れなくもありません。
 また、地球物理学(者)の松井孝典氏の見解によれば、人類はフロー依存型の狩猟採取経済からストック依存型の農耕牧畜経済への移行とその拡大によって地球上での生存を維持して来たのだが、莫大なエネルギー消費を伴なうストック依存型の文明圏の際限なき拡張は寄生対象である地球の資源枯渇の状況を招来するだろうと予測ができ、少なくとも寄生期間の延長のためには生活をレンタル依存型の文明に転換する等、[hyper-circulation](過循環)の状態を制御していかなければならないとなるのでしょう。

 >効率、企業間競争、利潤という、人間性とは微塵もかかわりのないもののために、人間は自分の精神も肉体も捨てつつある。それをまた、仕方がないことだとあきらめる人も多くいる。あきらめ、是認してしまうのは、自己保身からかもしれません。自分を守ることも確かに大切です。

 heartさんが「天性の奴隷」http://ameblo.jp/warm-heart/entry-10024036731.html)でも触れられていることですが、遺憾ながら日本だけではなく、人類は地球的な規模での自己家畜化[self-domestication]に向けて、その前段階である自己選別化[self-elimination]のモードに入ってしまっているような気がしてなりません。日本における中流意識あるいは下流意識の浸潤、米国における低所得者層が原理主義に傾斜する風潮等が例として挙げられるでしょう。
 人間個々の自己保存や自己防衛の問題とも限りなく重なり合っていると想われますが、そうしたことを含めて生誕以来人類が地球上で営々と築いて来た成果を象徴するものが自身の自己家畜化[self-domestication]の完成であるとしたならば、何とも複雑な気持ちにさせられます。けれども、こうした事態の進行を踏まえながら、同時に第三の道を探求していこうとするが人間の新たな営為でもあると思っています。

 >しかし、何よりも、他者への思いやりの欠如、「共感力」とでも言うべきものの欠如が大きな原因だと思います。

 何故『他者への思いやりや「共感力」とでも言うべきもの』が欠如したのか、その原因の探究を含めて「共感力」を生むための方策を考えていくことが肝要かと思います。さらには自己選別化[self-elimination]のモードに突入してしまった観のある人々の意識転換を図る方法を模索していかなければならないでしょう。決して私はこれらのことを他人事にようには捉えていません。しかし、同時にそれが非常に難事業であることも十分承知の上でかからねばならぬと考えています。

 想いの外纏まりのないレスになってしまい、heartさんの得心に資することができたかどうかが気懸かりですが、本日はこの辺りにて失礼させていただきたく思います。
 また、会いましょう。

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