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【非処罰プロジェクト:死刑廃止を超えて3−@】のアーカイブに添えて
http://www.asyura2.com/07/kenpo2/msg/183.html
投稿者 如往 日時 2008 年 1 月 28 日 02:56:48: yYpAQC0AqSUqI
 


 サイト:[非処罰プロジェクト]は昨年12月に突如消失して以来、アクセス不能になっています。原因の究明を試みましたが突きとめるにはいたりませんでした。何方か事情や消息をご存知でしたら阿修羅板上にてご提供いただければありがたく思います。
 私見ですが、論考:『死刑廃止を超えて』は死刑制度を題材にしながら憲法と法律に内在する権力の問題を考察した大いに価値のあるもので、このまま陽の目を見ぬことになるとしたら、非常に惜しむべきことだと考えます。
 そこで、以下に論者の区分に遵い三部作を掲載いたしますので、ご高覧のほどを宜しく御願い申し上げます。(尚、原本は降順であったものを昇順にしワードに変換してあります。長文ですので、時間に余裕のない方は3−Bから読まれることを推奨いたします。)

 また、会いましょう。


2005-12-04
第一部 死刑廃止を問い直す(序)
【序】死へと向かう者から、死刑囚へ
今この瞬間にも、死刑執行を待っているあなた方の同僚が、世界中にどれくらい存在するのでしょうか。この正確な数字が、「わからない」ということも不気味です。残念なことに、日本では近時死刑確定者が急増し、ついに戦後最多という100人の「大台」に乗ってしまったようです(07年3月―追記)。
それにしても、あなた方死刑囚というのは奇妙な存在者で、殺されるということが予め知らされているひとたちなのですね。この点で、死に至る病いの末期を過ごしているひとたちとは、違っています。かれらも、自己の死期を悟ってはいますが、殺されるわけではない。死は謂わば自己の内部からやってきます。死刑囚は、死期を悟りつつも―日本の場合は、執行日が明確に通達されず、“お迎え”は突然やってくるそうですが―その死は自己の外部からもたらされます。
私は、死刑制度に明確に反対する者です。しかし、いったい何のために反対するのかということが自分の中でよくわからずにいたのですが、ようやくにして、この点の理解に到達しました。それは、結局のところ、あなた方死刑囚たちのためです。
過去の思想家の中には、死刑制度の反対者は、自己の利害のために反対しているのだと非難する者もいました。これには一理ないわけでなく、実際、死刑廃止を唱える者の中には、自己満足のために唱えているのかという疑いを向け得る人がいないでもないようです。
しかし、私は、あくまでも、あなた方死刑囚のために、廃止を唱えたいと考えています。これはしかし、あなた方が犯したとみなされている犯罪行為を賞賛するためではないのでして、あくまでも、あなた方が本来享受すべきであった公正さ=justiceを擁護したいからであります。
詳しくは本論で述べますが、私は、「司法制度によって死刑を適用・執行することは不可能である、司法制度が、その言葉どおりに、司法=justiceである限り」と考えるものです。ですので、あなた方が現在保有している死刑囚という奇妙な身分は、不正のものであるし、あなた方にいずれ降りかかるであろう死刑執行―そうならないことを願う以上のことは、今の私にはできません―は、すべて不法な処刑(extrajudicial execution)として非難されねばならないのです。
このように断じる者は、まだ死刑廃止論者の内ですら、ほとんど存在しませんし、根拠の説明は後にきちんとするつもりでいます。また、それ以外の反対理由もいくつかあることはあるのですが、それらについても、本文で述べます。
さて、死刑廃止が、世界では次第に進んでいます。しかし、日本では遅々として進まないというのが、日本で死刑廃止に取り組む人たちやそれに賛同する人びとの間で嘆きの決まり文句となって久しいようです。
たしかに、欧州では、条約のレベルで死刑廃止が実現しており、その他の地域でも国連の死刑廃止条約(通称)を批准するなどの形で死刑廃止は進展しています。注1
けれども、先年死去したフランスの哲学者、ジャック・デリダは、欧州での死刑廃止ということの深意について疑念を呈していました。曰く、「ヨーロッパで死刑が廃止されたのは、原理上の理由のためだけではなく、ヨーロッパ社会がもはや死刑の必要はないと考えられる状態にあるからです。」と。そして、再び深刻な社会的動乱が出現すれば、死刑復活の可能性もあると懸念していました。そこから、デリダは死刑廃止の根拠について問い直し、「死刑は残虐であるだけでなく無益で範例として十分機能しないという理由からだけでなしに、原理的、普遍的、無条件的なやり方でいかに死刑を廃止すべきか?」という観点から、新たな考察を試みていた矢先に世を去ったのでした。注2
ここからわかるのは、死刑の廃止とは、さしあたり、死刑の法原則的な否定、すなわち、死刑の政策的制限にすぎないということです。死刑が法的に抹消された諸国にあっても、観念的には、未だ死刑の概念は残存するのです。実際、後で問題にするように、国連の条約では、戦時死刑の例外が残されているのであり、また、最近死刑廃止に代わる新たな刑として(実際には、ベッカリーアが既に提唱していたのですが)、廃止論者からも推奨されている終身刑という構想(立法例もあります)にも、なお、赦すことのできない犯罪(者)という観念が混入しています(実は、デリダの「赦し」の観念の中にさえも)。こうしてみると、死刑が「廃止」されている地域においても、実は未だ「廃絶」されていないということができるのではないしょうか。死刑の「廃止」と「廃絶」の落差。これが、デリダの問題意識の中にあったように思われる。私もほぼ同じような問題意識の上に立って、死刑の「廃止」を超えた「廃絶」の域まで到達するための思考を進めてみようとしたものですが、もちろん、デリダのような哲学的深みには到達できませんので、デリダとはかなり異なる観点からの廃止論に仕上がっています。
それでも、死刑を廃絶するとは、死刑を観念としても消し去るということの謂いである。このことは、一般的な死刑廃止論者ももう少し真剣に考えてみてよいでしょう。これは、単に法典から死刑を抹消するのみならず、いわば人の頭の中から死刑という構想そのものを抹消するということであるだけに、果たしてそうする必要があるのか、また可能なのかという点をも含めて大いに議論となるでしょう。だが、不可能なことを思考するのが哲学の哲学性だとすれば、それを思考するのは哲学の仕事なのかもしれません。しかし、これもデリダが批判していたように、残念ながら、これまでの哲学者のほとんどは、死刑の公然/隠然たる支持者であるか、こうした下世話な?課題は頭から無視するか、のいずれかであることが圧倒的でした。であればこそ、デリダの試みの希少価値は高かったと思われるのですが、これまた残念なことに、それは中途にして終わったのでした。しかし、デリダは、幸いにして、日本でも邦訳の出ている対談の中で、いちおうの構想の概略を残してくれているほか、死刑を扱ったデリダの公開セミナーに出席した日本人によるセミナーの要約紹介もあります。注3 そうしたものを導きの糸としつつ、必ずしもデリダの説に依拠することなく、自分なりの叙述を試みたのが、本書第一部なのでした。
ところで、日本の死刑制度は、現在、年間一桁執行という状態のままに、堅持されています。管轄官庁たる法務省は決して明示しませんが、年間執行件数を一桁に抑えることは、事実上政策的なものと思われます。そのために、日本の死刑制度は、例外的刑罰としての性格を濃厚に持っており、年間執行件数数千件にのぼるとも見られる中国の死刑制度とは好対照を見せています。
ただ、そうだからといって、日本の死刑制度が既に廃止へ向かう途上にあるとは到底いえないのであって、かえって、あのオウム教団関係の事件以来、治安の悪化という一つの共通認識のもとに、死刑制度維持への‘世論’は高まりをすら見せており、例外化された死刑が、強く固着している傾向もあるわけです。死刑は例外にすぎないということが、かえって、生命を剥奪すべき少数の犯罪者も存在するとの信念を強めることになっているともいえるでしょう。
それどころか、例外的権力こそが、国家主権の本質であるとしたら、日本の死刑制度ほどに、国家主権と抜き難く結びついた強固な死刑制度もないとさえいえるわけなのです。
一方で、死刑廃止論者(運動家)の間にも、このところ高まりを見せている被害者の立場・利害への配慮という政策意図から、単純な死刑廃止の要求をシフトさせ、代替刑としての終身刑を提案する動きも出てきています。これも先述したとおり、死刑の「廃止」と「廃絶」との落差を考える上で避けては通れない問題であります。
また、死刑存置論の側からも、被害者の心情、しかも古風な復讐感情とは異なる、被害者の新たなアイデンティティの掘り起こしとでもいうべき視点から、死刑存置の必要性を訴える言説も提起されており、無視できないものがあります。
それに加えて、デリダや鵜飼哲も指摘するような、死刑自体の人道化、つまり苦痛を伴わないような執行方法の開発により、死刑が激越さを減少させ、直ちにそれが残虐だとは断言しえないような状況が生じていることから、人道を旗印としてきた死刑廃止論の旗色も悪化しつつあります(もっとも、この議論にあっては、薬物注射のような執行方法が念頭にあり、日本の絞首刑が残虐でないといえるか疑問ではありますが)。
死刑制度は最も歴史の長い制度であるだけに、非常にしぶとい生命力を保持しているのです。こういう状況の中で、死刑廃止論をいかに組み立て直すのか、これはそれぞれの廃止論者が考えねばならない課題でありましょう。本書はそうした試みの一つにすぎません。しかも、筆者は哲学者でないから、デリダのごとくに哲学的なアプローチを企てたものでもありません。むしろ、死刑廃止問題が、狭義の哲学的思考だけでは成功しないことは、デリダも指摘するとおり、従来の偉大な哲学者の多くがこれを課題化し得なかったことに表れているのではないでしょうか。
それゆえ、本書のような叙述は、結局いかなるジャンルにも属しない、ある意味で中途半端な書きものだという批判を招きかねないものとなっています。ただ、弁解がましく言わせてもらえば、こういう名づけえぬ叙述という形でしか、死刑廃止は語り得ないのではないか、つまり、死刑を巡る問いとは、何学者とか、何々家とかいった肩書きによって限界づけされる特定の思考と叙述の型にあてはまるものではなく、ひとりひとりが、その思考の質と方向性とを問われることに他ならないのではないか、と考えざるを得ないのです。 
加えて、話を冒頭に戻せば、私の死刑廃止論は、世界の死刑囚のために捧げられるということです。利他的といってよいかもしれませんが、別段聖人を気取るつもりもありません。これは、えてして、死刑廃止論が、廃止論者の独善の産物だと受け取られることへの私なりの回答であって、これ自体が、廃止言説の一貫を成しているものなのです。
注1
アムネスティ・インターナショナルによると、05年5月現在、「あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国」は、85カ国であった。http://homepage2.nifty.com/shihai/shiryou/abolitions&retentions.html
注2
J.・デリダ&E・ルディネスコ著/藤本一勇&金澤忠信訳『来たるべき世界のために』(岩波書店)第八章「死刑」参照(201頁以下)。
注3
高桑和巳「今日のジャック・デリダ―死刑廃止論の脱構築」

第一部 死刑廃止を問い直す(一)
【1】死刑廃止という問い@
死刑廃止‐論という言い方がなされ、本書でもそれを使用しますが、本当は、死刑廃止とは、一つの問いだと思うのです。それは、人間の死について、また人間に死をもたらす権力について、さらには、人間に死を要求する/しない(ゆるす)感情について、等々、死刑廃止を問うことから、実に様々な問いを抽き出すことができるように思われます。一つの問いが新たな別の問いをまた誘発するといった具合ですね。哲学者が、死刑問題を避けたがるのは、実は、関心がないからではなくて、やりだすと終わらなくなるからではないかと勘ぐりたくもなります。私も、問いのすべてを納得いくまで考えていると、あまりに途方もなく、きりがないので、結局、有限の紙面上では、その一部しか問い得ないということにならざるを得ません。
もう一点、この問いが難しいのは、既に死刑が廃止されている地域とそうでない地域とではその問いの切実さが異なるということです。
廃止された地域においては、死刑の復活阻止ということが実践的課題となり、ここでは、過去の遺物としての死刑の意味が歴史的に辿られていくことになるでしょう。デリダが最期に取り組んでいたのも、そのような作業であったように見受けられます。
しかし、死刑という制度‐装置が現在しているところにあっては、事情が異なります。ここでは、現に、あなた方という存在者が存在している。現に死刑を待つ人たちがいるという切迫した現実があります。ここでは、死刑制度を現に廃止するための実践性が求められます。ある意味では、とても生臭い議論をしなければならないこともあり得ます。その結果、目先の利益に囚われた発想をも生み出します。政治取引的な議論さえ起こることがあります。死刑廃止ということも現実政治の中で実現されていくものであることを考えれば、それもやむを得ないことではありますが、そのことが、死刑廃止を原理的に考察することの回避に結びついてはならないでしょう。
結局のところ、死刑廃止という問いは、死刑の廃止を超えて、廃絶へ、さらには、自明の定理と化しているかに見える刑罰という古い制度そのものの問い直しへと導かれていかねばならないと思われます。死刑という、ひとに死を与えるこの特異な制度は、あらゆる刑罰を超過していると同時に、死刑という極刑の内には、刑罰制度のすべてが内包されてもいます。ですから、ベンヤミンが厳しくも示唆していたように、死刑を批判することは、現存する法そのものを攻撃することにほかなりません。注1
まだ、まとまったかたちで、刑罰制度の廃止を主張した人は少ないように思われます。注2 犯罪→刑罰という図式は世界中に定着しているようですが、死刑廃止を問うことは、必然的に、刑罰を問うことに行き着きます。もしそうでないとしたら、その死刑廃止論は、十分な深さをもって問われていないということになるでしょう。
刑罰の自明性は、それを科せられたあなた方の頭の中にさえ、打ち込まれているではないかと思われるほど強烈な刻印を持っていますが、私は、本書において刑罰が廃止された後のことまで、言及しておきます。そこまで貫かねば、死刑廃止を問うことにならないと理解するからです。このことはまた、先に述べた死刑廃止を問うもう一つの―地域とは別の意味での―「場」の問題でもあります。注3
注1
「死刑批判者たちは、死刑への論難が刑罰の量や個々の法規をでなく、法そのものを根源から攻撃するものだということを、おそらく証明はできずに、どころか、たぶん感じる気さえもなしに、感じていた」(野村修訳)
注2
数少ない例外として、本書でも紹介するカール・メニンガーがいる。
注3
ベンヤミンの議論では、刑罰法に限定されていないから、本当は、法によって社会が規制されるという法体制一般の是非にまで、死刑廃止の問いの「場」は拡大していくのだが、ここでは、その手前で止めておきたい。逃げではあるが。

2005-12-09
第一部 死刑廃止を問い直す(二)
【1】死刑廃止という問いA
さて、もう一つ、この死刑廃止という問いにおいて問題としておきたいことは、死刑廃止論は誰が唱えるべきなのかという問いです。先ほど述べたのは、死刑廃止を、どこで論じるかという場所の問題であったのですが、これは、人の問題です。
この点についていえば、これまでの死刑廃止論はほとんど例外なく、死刑囚ではない人たちによって書かれています。すべての人は究極的に死へと断罪されているのだと考えれば全員がある種死刑囚なのですが、ここでいう死刑囚とは、もちろん、法的に死刑が確定した人のことです。
ちなみに、興味深い例がありまして、益永利明さんという死刑囚が、獄中から新聞に死刑廃止論の投稿を試みようとしたところ、当局によって検閲され、阻止されたため、裁判に訴えたのですが、日本の裁判所は、検閲を正当として、訴えを認めませんでした。注1
日本の憲法では、検閲が明確に禁止されているにもかかわらず、どうしてか、塀の向こう側には憲法は届かないようで、獄中者はしっかり検閲を受けるのですね。こういう権力の二枚舌自体は珍しくないにせよ、どうもこの国では、死刑囚が死刑廃止論を唱えたりすることは、タブーのようなのです。
けれども、本来、死刑廃止は、死刑囚自身から発せられるべきではないでしょうか。なにしろ、まさに、死刑の当事者そのものなのですから。おそらく、死刑囚自身の死刑廃止の問いには、無責任とか、思い上がりであるといった実に素朴で、素朴さの暴力とも言うべき批判が沸き起こるのでしょう。
なるほど、死刑廃止の問いは、あなた方があまりうまくない仕方でもってすれば、実際、無反省であるとか、命乞いであるといった社会的な軽蔑・憤慨すら招くことはあり得ます。ですから、何事もそうですが、慎重さは必要でしょう。
でも、当事者にこそ、語る第一の資格があるということも、間違いないでしょう。ですから、あなた方は堂々と、死刑廃止を問うてよいのです。ためらう必要はありません。日本の死刑囚処遇で最も非難に値するのは、死刑囚から語りを奪うことにあります。強制された沈黙の中にあなた方を追いやって、それが正義であると錯覚しています。これは、哲学の貧困、砂漠地帯ならではの抑圧です。状況的に難しいとは思いますが、あなた方は、語りの回復のために、もっと闘う必要があると思われます。
この点で、命乞いということについて言及しておきたいのですが、私は命乞いは大いにOKだと考えます。ふじえちづこさんという方が、95年に死刑を執行された木村修治さんに宛てた手紙のかたちをとったエッセイの中で新たな死刑廃止運動の基軸として、「弱さをさらけ出す人間の連帯」ということを訴えつつ、次のようにあえて表出してみよと提案(挑発?)されています。
「悲しいよ、こわいよ、こんな死刑はやめてくれよ、お願いだから助けてくれよ」注2
ふじえさんは、このように言って、暴力に負けることを非難することこそ、死刑のような暴力を賛美することと等価なのだと喝破します。ここには、死刑囚自身の死刑廃止の問いを命乞いだとしてあざ笑う人々への痛烈な批判が込められています。ふじえさんという方がどういう方か私は全く存じませんが、この短文は、非常に印象的なもので、本書にもそのエッセンスが取り込まれています。
さて、では、死刑囚以外の者にとって、死刑廃止を問うことは何を意味しているのでしょうか。自分自身が、将来死刑になりたくないため?独善?憐み?
どれでもないと思います。これは、第一に、死刑囚のため、第二に社会公共のため、であろうと思います。死刑囚のためというのは、ことさらに利他的であり、聖人気取りといった冷笑を招くかもしれませんが、そうではありません。切迫した死の危険にあるひとに対しては、やはり可能な限り手をさしのべるということは、あえてモラルをふりかざすまでもなく、当然のことだと思います。そのときに、死刑囚は憎むべき犯罪を犯したのだから、などと理屈をつけて突き放すのは、間違っている。序文でも示唆し、本書の中心論点のひとつでもありますが、何ぴとも、絶対的に犯罪者であるとみなされることはなく、すべては、蓋然性の問題なのです。これが現代の司法=justiceであり、公正さの根源です。寛容とか死への憚りの問題も、ここから派生してきます。あなた方を絶対的犯罪者であり、鬼畜であると断定するところには、公正さもないし、司法もまたないのです。もし、日本社会が、あなた方を絶対的犯罪者として断罪し、鬼畜として抹殺してやまないのだとしたら、この国には、司法がないと断言します。
今、ふたつのことを十分に分節化せずに混交的に述べてしまいましたが、切迫した死の危険にあるひとを助けることと、社会的公正の問題とは、本来別個のことではあります。ただ、要するに、ここで判ることは、死刑囚以外の者が、死刑廃止を問うことは、決して、自己利害の問題ではないということです。それは、他者への(憐みではなく)共感の問題であり、また、社会的公正の確保に対する希求であるということです。かなり抽象化されますが、これは、死刑廃止を問うことが独善とならないためにも、また、それが、カント的な無条件的・権威的な定言命法(カントは死刑を定言命法化することで、死刑廃止の問い自体を封じます)となってしまわないためにも、死刑廃止の問いは、ある程度抽象化される必要があります。
なお、死刑廃止と社会公共の問いですが、これについては、ボードレールが面白いことを言っていて、死刑は社会と罪人を「精神的に」救うことが目的だというのです。注3 死刑を罪人救済の相でとらえるのは珍しくないですが、社会を救うというような言い草は、供犠への衝動とも結びついた社会浄化というファシズム的発想の萌芽ではないかと思われます。このような社会観こそ、先ほど述べた公正さの価値とは真っ向から対立するものであるということも指摘しておきたいと思います。
このように、死刑廃止を問うということの意味を一応開明しておいたうえで、本論へ入って行きたいと思いますが、今、死刑廃止を問うことが難しくなりつつあります。私がこうした拙い書きものを公表する気になったのも、こういう危機感からでした。
どういう点で難しくなっているかは、おいおい述べますが、一言で言えば、人道主義的言説の危機だと思われます。つまり、「人命尊重」という契機からの、定番といってよい死刑廃止論が通用しない雰囲気が生じてきているのです。もちろん、これは、死刑が存置されている地域においてそうだということであって、廃止されているところ、とりわけ条約レベルで死刑廃止が義務づけられている欧州では、既に死刑は耳そぎとか手足切断といった体刑同様に、法外のものとして論外扱いとはなっています。
それでも、デリダが懸念していたように、何らかの社会的動乱(おそらく、9・11のような大規模テロが想定されます)の発生を機に、例えば、無差別テロ行為に限定された「例外的死刑」が復活する可能性は否定できないのです。だからこそ、デリダは、人道論的死刑廃止論の脆弱性を懸念し、廃止言説の「脱構築」を目指していたわけでしょう。それで、今、死刑廃止は単に「問う」だけではなく、「問い直す」ことが必要になっており、本書のタイトルにも選んだ次第です。
そんなことを視野におきつつ、さらには、この日本という、死刑制度にとっての秘境地帯ともいうべき固有の社会を念頭に、死刑廃止を新たに問い直してみたいと思います。
注1
益永氏については、『年報死刑廃止2000‐2001』(インパクト出版会)176頁‐177頁。
注2
ふじえちづこ「死刑囚と向かい合いながら」、『インパクション80』(インパクト出版会)82頁‐83頁。
注3
「赤裸の心」、『ボードレール全集Y』50頁(筑摩書房)。なお、ボードレールは、死刑廃止論者の利害関係を最も強く疑った者でもあった。曰く、「聞くところによると、パリで三万人が死刑廃止を請願したという。すなわち死刑に値する三万の人間。諸君は震えている、ゆえに諸君はすでに有罪である。すくなくとも、諸君はこの問題に利害関係を持っている。」(阿倍良雄訳「哀れなベルギー」、『ボードレール全集W』350頁(同前))。

第一部 死刑廃止を問い直す(三)
【2】死刑廃止論の系譜@
いささか退屈ではありますが、まずはじめに、死刑廃止論が歴史的にどのような系譜をたどってきたのか、を振り返ってみます。この作業は、死刑廃止論の現在地を鳥瞰的に把握してその歴史的限界性を反省する意味で有意義だと思われるからです。
大きな流れとしてとらえれば、まず、人類史上初めて、明確な形で死刑廃止を唱導したのは、キリスト教異端派のヴァルド派だといわれます。注1 それ以前をみても、ギリシャ哲学の流れの中にも、死刑廃止論と呼べる実質を備えた議論は見当たらず、プラトンにおいて、犯人が矯正不能の場合に限り死刑を適用すべし、という限定的適用論の先駆が見られる程度でした。それで、12世紀末から13世紀初のヴァルド派を以って最初の死刑廃止論としなければならないのです。
最終的に異端として断罪されることとなったこのグループの死刑廃止論は、当然ながら、聖書解釈を根拠としていました。それは、いたって単純なもので、「殺してはなりません・・・・武器をとる者は、みな剣によって滅びます」「私は罪人の死を望むものではない。しかし、彼は改宗すべきである」「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい」といったキリストの言葉を根拠として、犯罪者を正義と救済の道へ導くべきこと、しかし、殺してはならないことを説いたのでした。しかし、法制史家、ジャン・アンベールによれば、「このような考え方は、当時の常識から考えればあまりにも革命的にすぎ、拒否される運命にあった。」結局、1208年、同派は、ローマ教皇により、異端放棄と信仰告白の処置を受けることとなりました。
現在、カトリックの側からも死刑廃止が示唆されるに至っていますが(ヨハネ・パウロ二世の回勅「いのちの福音」注2)、ヴァルド派のような聖書解釈による死刑廃止論は採用していません。注3 ヴァルド派に関して重要なことは、この最初の死刑廃止論が、異端派から出てきたということです。注4 後述するように、死刑廃止論は、異端の、ということは、本質的に中心性への批判の論理を備えた言説である、ということにほかなりません。この把握が、死刑廃止論の再編(脱構築)においても、後に意味を持ってくることでしょう。
残念ながら、このヴァルド派の流れは、うねりとならず、次の大きな転機は、18世紀のチェーザレ・ベッカリーアの死刑廃止論まで待たねばなりませんでした。
ベッカリーアは、有名な『犯罪と刑罰』の中で、初めて、学問的に死刑廃止論を展開しました。彼の議論は、現在に至るまで、ほぼ永続的な意義を保っているといってよく、現代の死刑廃止論も、程度の差はあれ、彼の著作に負うところが大きいのです。それほどの重要性を持つ著作ではありますが、彼の死刑廃止論は、やや誤解を招いている面もあるようです。
同書の16章を読めばわかるように、ベッカリーアの議論で中心を占めるのは、いわゆる人道論ではないのです。むしろ、功利主義的な死刑不要論です。彼の課題は、聖書の教えを説くことでもなく、死刑の反人道性を力説することでもなく、「(死刑は)国家の通常の状態においては有用でもなければ必要でもないということを証明すること」にあったのです。注5
彼は、ベンサム流に、快楽と苦痛の比較計算論に立ちつつ、人間の精神に最も大きな効果を与えるのは、刑罰の強度よりも、その継続性であるとし、瞬時的に終わる死刑の無益さを説きます。そこで、長期にわたって苦痛が継続し、苦痛が犯罪者の「全生涯に分散している」終身刑を死刑に代えて提唱するのです。注6 ここには、現代における代替刑論の先駆も見られます。彼によると、「死刑と置きかえられた終身隷役刑は、かたく犯罪を決意した人の心をひるがえさせるに十分なきびしさを持つ」のであり、「それどころか、死刑より確実な効果を生む」とさえ言うのです。ここにおいて、およそ人間には、快楽と苦痛の比較考量能力が備わっているという理性への素朴な信頼が溢れているところに、功利主義とも結びついた理性万能の啓蒙思想の真髄を見ることができるでしょう。実際、彼は、「犯罪から期待するいくらかの利得と、永久に自由を失うこととを比較判断できないような人間はいないだろう」とも述べています。このように、彼は、刑罰の有用性に着目し、死刑より効果的だという終身刑の提唱に力点をおいており、実は、死刑廃止を展開した16章は、終身刑論といってもよいほどなのです。それで、彼の議論を、単純に人道論とみなすことには疑問があるわけです。
もちろん、人道を無視したわけでもありません。彼は死刑を「残酷行為」「野蛮行為」とも表現しているのですが、それにしても、「死刑は・・・人々にざんこく行為の手本を与えるということで、もう一つ社会にとって有害だ」という形で、社会的有用性との関連でとらえられており、一般論としても、「ざんぎゃくな刑罰は、それがもしあの博愛―ドレイの群を支配するよりも、幸福な自由人を治めることをえらぶ理性の光の中から生まれた徳―に照らして非難されるものでないとされるばあいであっても、・・・・・・それは不正である」というように、死刑=残虐刑を人道精神に直接照らして糾弾するという論法は取らないのです。注7 いわば、功利主義で枠付けされた人道主義とでもいえるでしょうか。
さらに、彼の死刑廃止論において、軽視されがちなのは、それが、反専制という政治意識に基づいていることです。実際、16章の冒頭の問題提起において、彼は、「(死刑は)賢明な政体にとって正しいことなのか」と問いかけます。そして、彼が影響を受けたルソーの社会契約論の立場から、しかし、ルソーとは逆に、社会契約において、各人が社会に差し出した最小限の割り前の中に、「生命の自由」は含まれないことを示唆しています。「人間は、他人の生命にたいして何らの合法的権利ももっていない。あらゆるところへその鉄のシャク(専制支配)をのばす「必要」だけが人間の生命を処理できる」として、死刑を専制支配の象徴、「暴政のマスク」だとも主張します。注8
この点では、ルソーが社会契約論に立ちつつも、「われわれは、殺人者の犠牲にならないために、殺人者になったときには死ぬことに同意しているのだ」として、死刑を肯定していたのとは異なっています。注9 ここでも、ベッカリーアの社会契約論は、単なる社会思想を超えた自由主義の政治哲学を志向していたといえるでしょう。そのことは、刑罰の起源と基礎を論じた2章において、「主権者が臣民に残した自由が大きければ大きいほど、そしてすべての人の権利と安全とが神聖不可侵なものとなればなるほど、刑罰は正しいものとなるのである」と主張する点にも現れています。注10  この「生命権の不可侵」という議論は、その後現在に至るまで、人権論からの死刑廃止論を支えるキーワードとなっています。ここにも、単なる博愛としての人道主義ではなく、自由主義の系譜からの人権論の萌芽を見て取ることができるように思われます。
なお、彼の議論の中で、見過ごされてきた点があります。それは、不十分ながら、社会構造と犯罪の関わりに触れた部分であります。ここでは、直接話法を採らず、「絞首刑や車刑の恐怖によってのみ犯罪を禁じられている暗殺犯人や盗人」という架空の登場人物の口を借りて、当時の「金持どもとおえら方」が作った法律を「不公平の大もと」と言わしめています。注11 彼は、貴族と平民との法の下の平等を論じた別の箇所で、仮定的な問いかけにとどまりながらも、「不平等」を人格と才能による場合に限定し、国家的階級上の不平等に否定的口ぶりを示してさえいました。 注12 自身貴族でもあった彼は、もちろん、階級廃止論者ではないし、犯罪を階級的なものに還元する論法もとらないのですが、わずかながらも、犯罪を社会・経済的にとらえる視点を蔵していたのではないか、と思えるふしがあるのです。このことも、彼の死刑廃止論をとらえる上で、注目してよい点でありましょう。
注1
ジャン・アンベール著/吉原達也・波多野敏訳『死刑制度の歴史』(白水社)33頁。
注2
ヨハネ・パウロ二世『いのちの福音』では次のように説明する。功利的、法学的な発想が見て取れる。
「・・・人間の尊厳に合致し、最終的には人間と社会に対する神の計画に一致した、正義に基づいた刑罰体系という文脈で、この問題(筆者注:死刑の問題)は検討されなければなりません。社会が課す刑罰の主要な目的は、「犯罪が引き起こした無秩序を正す」ところにあります。公権は、犯罪に見合った刑罰を犯罪者に課すことによって、個人的権利と社会的権利の侵害を正さなければなりません。その際、犯罪者が自らの自由の行使を回復することが条件となります。こうして、公権は公的秩序を守り、人々の安全を確保する目的をも満たします。同時にその一方で、犯罪者に生き方を改め更正するよう動機を与え、支援を提供します。
このような諸問題を達成するために、刑罰の特質とその及ぶ範囲は慎重に評価され、決定されなければならないのは明らかです。また、絶対的に必要な場合、換言すれば他の方法では社会を守ることができない場合を除いては、犯罪者を死刑に処する極端な手段に訴えるべきではありません。しかし今日、刑罰体系の組織立てが着実に改善された結果、そのような事例は皆無ではないにしても、非常にまれなことになりました。」
注3 
カトリック教会は、教会として死刑に反対しているものではない。前掲『来たるべき世界のために』第八章注12参照(321頁)。
注4
ヴァルド派以外にも、カトリック、プロテスタント双方で死刑廃止論を唱える流派は存在した。前掲『死刑制度の歴史』56頁。
注5
ベッカリーア著/風早八十二・五十嵐二葉訳『犯罪と刑罰』(岩波文庫)91頁。
注6
前掲『犯罪と刑罰』95頁。
注7
前掲『犯罪と刑罰』29頁。
注8
前掲『犯罪と刑罰』100頁。
注9
前掲『死刑制度の歴史』60頁参照。
注10
前掲『犯罪と刑罰』27頁。
注11
前掲『犯罪と刑罰』97頁。
注12
前掲『犯罪と刑罰』137頁。

2005-12-16
第一部 死刑廃止を問い直す(四)
【2】死刑廃止論の系譜A
さて、ベッカリーアの議論は、当時大きなセンセーションを巻き起こし、現実にも、この理論に基づいた死刑廃止を断行した「啓蒙君主」もあったのですが、なお反発は大きく、刑罰体系全体が直ちに死刑廃止に動くことは、ヨーロッパでもありませんでした。特にフランスでは、啓蒙思想家に大きな影響を与えたものの、法学者を中心にベッカリーア批判も巻き起こり、死刑廃止は遠い状況であったということです。とりわけフランス革命での死刑の政治的濫用は周知のとおりです。再び、法制史家、アンベールによると、19世紀のフランスは、逆説的状況にあり、死刑廃止が強力に唱えられる一方で、廃止は、裁判実務のレベルでも、立法のレベルでも、遅々として進まなかったのだといいます。注1 そういう事情を背景として、文学者、ヴィクトル・ユゴーが登場します。彼の死刑廃止論は、単にフランスに限らず、普遍的な影響性をもった人道的廃止論であり、おそらく、最も文学的な価値を持つ死刑廃止論説でもありましょう。
そのユゴー廃止論は、小説としての『死刑囚最後の日』とそれに付された自らの序文の二つからなります。注2 小説のほうは、死刑囚の一人称をとって、死刑判決確定前夜から、執行直前までを綴った一種の心理小説です。ここでは、死刑囚の名前も罪状も読者には一切開示されません。登場する刑罰職能らも、すべて匿名です。いわば、死刑囚自身も含め、すべてがシステム化された状況なのです。フランスにあっては、現代にも通ずる合理的な司法制度が組織されつつあった時代を背景としています。すべては、粛々と「手続き」として、進行していきます。死刑の装置化とでもいえるでしょうか。
もちろん、序文も重要です。この序文は、いわば、ベッカリーアの人道論の部分を承継するような形で、それをより文学的情熱において昇華したような作品です。そこが美点であると同時にまた欠点でもあり、ユゴーの議論自体は、主として、糾弾調のエッセーにとどまっています。むしろ、本領であるところの小説にこそ、意義があるかもしれません。
とはいえ、注目すべき点もあります。それは、不十分ながらも、犯罪の社会構造(関係)論的把握がなされている点です。ここには、社会主義的理解にも通ずるところがあります。ユゴーによれば、死刑とは、「社会が自分で与えもしなかったものを取り去ることについて僭有する無法な権利」であります。「社会が自分で与えもしなかったもの」とは、「教育や訓育」です。彼は、犯罪者を基本的に、「無辜の者」とみます。注3 ただし、この場合、犯罪者の罪は「運命」にあるとみなす点では、社会構造にまで及んでいないのですが、ユゴーには、犯罪を「病気」と見る視点があります。注4 現在からいえば、教育刑論の先駆といえるもので、特段稀有な議論でもないですが、作品が書かれた19世紀前葉においては、斬新な面を多分にもっていたと思われます。
マルクスは、明示的な死刑廃止論者ではありませんでしたが、犯罪の原因を階級的矛盾に求めるならば、死刑制度は経済問題の解決にはならないでしょう。現実に、今でも経済的貧困層に属する死刑囚は少なくありません。そのモチーフを独異なかたちで小説にしたのが、自身死刑囚として刑死した永山則夫でした。注5 ユゴーは社会主義者ではありませんでしたが、彼の生きていた時代は、ちょうどブルジョワ資本主義の勃興期にあたり、経済社会の諸矛盾が犯罪にも反映されていたことでしょう。彼の作品の全体が、教育・貧富・階級の問題を取り扱っており、この作品もまた、その一環なのです。ユゴー的死刑廃止論は、多かれ少なかれ、その後、犯罪を「社会病理」としてとらえる教育刑論や、その発展形態ともいえる社会主義的刑罰論の萌芽を宿しているといえましょう。ベッカリーアの論点は、その著書タイトルどおり、「犯罪と刑罰」でしたが、ユゴーに至って、「犯罪と社会」という論点が華々しく登場してきたともいえます。
19世紀末以降になると、次第に、ヨーロッパを中心として、死刑廃止に向かう国が漸増していきますが、ここでは、司法過誤の問題に焦点が集まっていくようです。おそらく、歴史に残る冤罪事件であったドレフュス事件の影響も少なくなかったろうと思います。科学主義精神ともあいまって、司法制度の整備により、システムの誤作動を防止するという新たな合理主義的な態度が見られるようになってきます。法律職能も法システムの番人として、専門性を高め、刑罰問題における発言力を増していくでしょう。こうして、司法過誤に力点をおいた死刑廃止論の登場は、20世紀における特徴でありましょう。
このような、いわば純法律的死刑廃止論の代表として、日本の刑法学者にして元最高裁判事、団藤重光の死刑廃止論が注目されます。注6 団藤の廃止論は、「死刑制度には、誤判によって無実の者を処刑してしまう可能性が必然的に内在しているから、このうえなく、残虐だ」というように、司法過誤問題をかなり純粋に中心的論点にすえるところに大きな特徴があります。司法過誤は、元来、死刑に限らず、刑事裁判一般につきまとう構造的問題ではありますが、団藤は、死刑の不可逆性を重く見て、死刑における司法過誤を絶対悪とし、100パーセント司法過誤を防止することができない以上、死刑そのものの存在を否定する以外にない、という確信に達するのです。注7 ここにおいて、死刑問題は、単なる社会思想の土俵から、法学の土俵へ移行します。法学的死刑廃止論は、既にして、ベッカリーアにおいてある程度展開されていたものですが、彼の議論は、まだ多分にして、社会思想の土俵上にありました。司法過誤問題は、実際にも、実証主義の思潮ともあいまって、最近の死刑廃止論のなかでは重要性を増しています。
ですが、この議論は、ある観点からみれば、廃止論の後退をも意味しているでしょう。既述のように、司法過誤は、法システムの誤作動であって、誤作動を防止しうる担保があるならば死刑は存続させてよいという結論をも導きかねません。例えば、死刑執行を令状審査に基づかせるとか、再審制度を整備するとか、といった法技術の開発により克服できる余地がある。もちろん、完全な防止は不可能だという現実から、このような法技術の考究は無意味と考えることもできますが。
たしかに、死刑という絶対刑は、裁判が神や王など絶対者の名において行われていた時代に全盛期を誇ったのであって、裁判が証拠に基づく合理的な証明と弁論によってなされる、相対的で確率的な法適用のプロセスとなった現代には適合しがたくなっています。現在の死刑は、木に竹を接ぐようなところがあるのです。司法過誤の救済をも制度化する法システムにあっては、過誤の事後的復旧可能性を持たない死刑は不合理だという議論は、まことに合理主義的だといえましょう。
ただ、これに、残虐・残酷という人道的観点をかぶせることには、疑問がないでもありません。このことは、憲法36条の問題とも重なりますが、司法過誤は、あくまでも、法システムの内部問題であり、人道の問題とは次元が異なります。36条が難関で、単刀直入に、死刑は残虐刑であるがゆえに憲法違反であるとなかなか言明しにくいのも、人道問題を合法/違法の近代法的二分法コードにあてはめることの無理に由来するでしょう。注8 後者はあくまでも、法システム内部における整合性の問題であって、それの外部にあるヒューマニズムの概念規定を二分法コードにあてはめようとしても、いわゆる水掛け論となるのみではないでしょうか。
さて、こうした法学的死刑廃止論は、廃止論の合理化には大いに貢献してきましたが、何といっても、司法制度の内部問題へと議論を収斂させてしまう傾向を否めないため、脱思想的・政策論争的色彩を帯びることになります。
この系列にある議論としては、死刑の抑止力問題があります。これは、ベッカリーアも、素朴な形で功利主義的観点から提起していた問題であったことは既に見ましたが、現代では、彼のような哲学的思考法には満足せず、数理的処理によって抑止力評価をしようとする傾向が強いようです。皮肉なことに、結果はまちまちで、いまだに完全な決着をみていませんが、常識的判断としては、死刑に抑止力はないという結論を支持する者が多いようです。注9 この死刑抑止力論も、司法過誤論と同様、死刑を刑罰システムの内部問題として見定め、犯罪を十分に抑止しない不合理な刑罰を存置しておく意義はない、と主張します。両者の議論は、しばしば、重畳的に援用されうるかもしれません。米国では、実証主義的思考方法の伝統から、こうした議論が、従来、死刑廃止論を支えてきましたが、これへのバックラッシュとして、後で見るような被害者アイデンティティからの死刑の新たな活性化が起きているようにも見えるのです。ここに、人間不在の合理的法システムへの批判的視座を認めることができます。
人間不在という点では、死刑廃止論自体が、20世紀以降、特定の思想家なり文学者なりの手から、集団的な法律職能の手へと移行し、団藤のような例外を除き、顔の見えない法理論となってきているかもしれません。現在の日本でも、死刑廃止運動の担い手に法律家が目立つことも、そうした表れといえましょうか。同時に、日本では、死刑を「所管」するのも、法制官僚であり、政治からの一定の自律性が保たれているため、死刑をめぐる綱引きが、法曹界内部の闘争という形態をとりやすいことも、銘記しておいてよいと思われます。注10
さて、かなり退屈な議論を駆け足で展開してきましたが、私自身は、最後に出てきた冤罪論を継承発展させて、いわば、この議論を脱構築させることにより、一種の司法哲学を踏まえた原理的レベルでの、つまり原理的に死刑の作動を不能にさせるような論拠を提供しようとしています。そして、虚しいほど倣岸な表現ながら、これが、21世紀の新たな死刑廃止論の潮流となるのではなかろうか、と密かに思っています。これについては、後述します。
注1
前掲『死刑制度の歴史』101頁参照。
注2
ヴィクトル・ユーゴー著/豊島与志雄訳『死刑囚最後の日』(岩波文庫)
注3
前掲『死刑囚最後の日』162‐163頁。
注4
デリダは、こうしたユーゴーの発想について、フロイトからライクを経た精神分析的観点からの刑罰消滅(廃止)論の予示をみようとしている。前掲『来たるべき世界のために』第八章注14参照。
注5
永山則夫『無知の涙』(河出文庫) 
注6
団藤重光『死刑廃止論第六版』(有斐閣)
注7
法学セミナー増刊・総合特集シリーズ46『死刑の現在』30頁以下参照。
注8
日本の最高裁判所は、一貫して、死刑制度は憲法36条に違反しないと解している。
注9
前掲『死刑の現在』266頁‐267頁。
注10
弁護士会が死刑問題に意識的に取り組むことは意義が高いが、「弁護士会対法務省・検察庁」の抗争に収斂されていくと、デッドロックに乗り上げかねない。

2005-12-29
第一部 死刑廃止を問い直す(五)
【3】死刑廃止論の論拠@
ここで、死刑廃止論の論拠について若干の整理をしておこうと思います。それを通じて、後で述べる死刑廃止論の揺らぎというものがどこで生じているのかを明らかにするためです。
@心情論
しばしば、死刑廃止論は単なるロマンティックな心情論だと揶揄されることもありますが、実は、これには一理ないわけでもありません。最初のまとまった死刑廃止論として紹介したヴァルド派にしても、その廃止論は、結局のところ、寛容さの要請に基づくものだったのです。とりわけ、キリストの言葉でもある敵への愛が強調されています。また、「教会は、血を流した者自身の血を流すことに間接的に関与することを畏れるがために、この者にも手を差し伸べる」という教皇・グレゴリオスの言葉が引かれてもいます。注1
寛容という価値は、もともとは個人的な徳に過ぎなかったと思われますが、キリスト教によってかなり普遍的な価値として浮上してきたことは間違いないように思われます。既に見たように、現在のカトリックは決して組織としては死刑廃止論を明示してはいませんが、ヨハネ・パウロ二世の「いのちの福音」の中にも寛容への関心が強く見られました。さらに、宗教に批判的であったユゴーの死刑廃止論にあっても、キリストの寛容さが法典の中に入り込むことを希望する箇所があります。注2 結局、ユゴーに先駆が見られるような人道論的死刑廃止論も、寛容がその根底にあるのです。
これはまた、デリダが関心を寄せる赦しという問題とも通じているでしょう。デリダの赦しは、「赦すことのできぬものをどこまで赦し得るか」という極めて厳しい倫理的な問いを含むものでありますが、注3 それも、寛容の精神なくしては可能でないでしょう。デリダの赦しの議論には、寛容という語はほとんど出てこないのですが、これはおそらく意識的にそうしているのでしょう。
というのも、寛容に関しては、寛容の限界という問題が発生するからであります。「赦すことができぬ」という言葉には、既にして寛容の限界性が示されています。実際、日本のように殺人罪、それも被害者複数で動機・方法とも悪質なケースを相当絞って死刑が科せられるところでは、この「赦せぬ」という寛容の限界線が死刑によって引かれているという面が非常に強いのです。ですから、「死刑」という結論が容易に「世論」となってしまいやすいのです。
結局、寛容といい、赦しといい、これらは人間の心情に関わることですから、本質上不安定に留まります。例えば、謝罪の言葉遣い一つで相手の感情が変わるということは日常よくあることです。寛容という価値が心情に根ざしていることからすれば、いかなる「凶悪犯罪者」でも赦すべきであるという無条件的な寛容論からの死刑廃止論は成立が困難になってきます。
それで、ここから、死刑の「残虐性」に着目した廃止論へ移行していくことになります。このような考え方は、寛容論がより原理的な人権論と結ばれるようになってかなり普及したと思われます。従って、この議論は啓蒙主義の精神や人権宣言とも分離不能でしょう。かのベッカリーアもまた、中心的な論点ではないにせよ、死刑の残虐性を指摘し、また一般論としても「刑罰の緩和」という一章を設けて残虐な刑罰の弊害について―やはり功利的な仕方ではありますが―力説しています。注4
米国憲法や日本国憲法には、残虐な刑罰を禁止する条項もおかれています。注5 これは、死刑事件のたびに両国でしばしば法廷へ持ち出される御馴染みの規定ですが、実はあまり活用されていません。特に日本の場合には、ほとんど機能しておらず、この規定を根拠として死刑が違憲とされたことは一度もありません。注6
なぜ機能しないのかということについては、いろいろ分析できるでしょうが、ここでの関心から言えば、やはり残虐論も心情論に根ざしているからではないかと思われます。日本の絞首刑などは、その光景は相当苛酷なもので、実際、執行に立ち会った一人の検察官が卒倒したとかいう伝説もあるほどですから、充分に「残虐」だと評し得る余地はありましょうが、そうはならないのは、やはりあの「寛容の限界」という問題がここでも形を変えて発生するからではないでしょうか。
ところで、戦後は、ファシズムの暴虐への反省から、世界的にも人権の価値がそれ以前にもまして高まりました。その成果は、世界人権宣言や国連人権規約として結実しています。その中で新たに、生命権という考え方が登場してきます。わけても、人権規約のうち、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(いわゆるB規約。以下このように略す)では、その第3部の筆頭たる6条1項に、「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。」と明示的に謳われています。そのうえで、続けて2項では、死刑を存置する国にあっても、それは「最も重大な犯罪についてのみ科することができる。」というように死刑の限定が要請されています。これは非常にモダンと言ってよい規定で、単なる寛容論でも残虐論でもなく、生命が人権論に定位され、原理的な基礎付けも与えられた形になっています。
但し、残念ながら、生命に対する固有の権利宣言も、死刑のストレートな廃止は要請しておらず、「限定」に留まっています。そのうえで、この規定を修正する新たな条約として、1989年11月にいわゆる国連死刑廃止条約(正式名称「死刑の廃止をめざす市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書」)が成立を見たのでした。注7 この条約も、しかし、正式名称にあるとおり、選択権付きのもので、B規約を批准していても(日本国も批准)、議定書採択の義務は生じないというそれこそ“寛容”な条約ではあります。また、死刑の全廃ではなく、「戦時中に犯された軍事的性質を有するきわめて重大な犯罪」での例外が一定の条件付きで認められる(同議定書2条)などの「穴」もあります。それでも、国連レベルでは初めて、原則的な死刑廃止が条約文書に明示されたということの意義は否定できないでしょう。
ただ、この「生命への固有の権利」というのも、よく考えてみれば寛容論のより洗練された発展形態であるということにもなるでしょう。もはや単なる心情論とは言えない段階に達してはいますが、すべての人の生命権を無条件的に肯定するという所為は明らかに寛容さの表れにほかなりませんから。その結果として、またもや「寛容の限界」としての例外規定が現れ、しかも、B規約本体には規定されずに、修正版の、しかも選択権付きの、悪く言えば腰砕けの「廃止」に留まっているのです。注8
とはいえ、生命権というところまで到達した寛容論は、死刑廃止論において一つの有力な論拠の場であることに変わりはないと思われます。ただ、デリダが示唆するような無条件の赦しという境地には、まだ到達できていないこともたしかです。
注1
前掲『死刑制度の歴史』34頁。
注2
「キリストの温和な掟は、ついに法典のなかにもはいりこみ、法典を貫いて光り輝くだろう。」(前掲『死刑囚最後の日』169頁参照。)
注3
赦しの問題については、前掲『来たるべき世界のために』231頁以下、さらにジャック・デリダ著/林好雄ほか訳『言葉にのって』(ちくま学芸文庫)「正義と赦し」184頁以下も参照。
注4
前掲『犯罪と刑罰』85頁以下。
注5
「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」(日本国憲法36条)
「・・・・・、残虐かつ異常な刑罰(cruel and unusual punishments)は科せられない。」(合衆国憲法修正8条)
注6
米国では、1972年の連邦最高裁で死刑を違憲とする画期的判決が出たが(いわゆるファーマン判決)、わずか四年後には一転して合憲判決が出され、以後これが判例として定着している。このように短期で逆転したのは、ファーマン判決の趣旨は、(人種差別とも絡んだ)死刑適用の専断性・恣意性を強調するものであったに過ぎず、死刑一般を違憲としたものではなかったと解釈されたためとも言われる。前掲『死刑の現在』188頁所収、井上大「黒人差別から死刑の存廃を問う」参照。
注7
この条約の内容や成立事情については、前掲『死刑の現在』205頁以下所収、阿部浩己「解説・死刑廃止条約」参照。
注8
もちろん、同議定書が本文で述べたような限界性をもつのは、同議定書が多く諸国の反対論(日本国も残念ながら反対陣営に参加)を押し切って、妥協的に成立に漕ぎ着けたという政治的な事情に関連することも無視はできない。前掲阿部解説参照。

2006-01-04
第一部 死刑廃止を問い直す(六)
【3】死刑廃止論の論拠A
A有用性論
さて、次に、ベッカリーア以来、死刑廃止論の主流に登場してきたのが、死刑の有用性を疑問視する功利主義的な論拠でした。ベッカリーアは複合的な議論をしているため、デリダがやや性急に定式化しているほどに、注1 功利主義的論拠のみで死刑廃止を主張したわけでもないのですが、彼の議論では、死刑は「国家の通常の状態においては有用でもなければ必要でもない」という功利主義的命題が論証の対象となっていることは、はっきりと宣言的に述べられているとおりです。注2
とりわけ、「刑罰が正当であるためには、人々に犯罪を思い止まらせるに充分なだけの厳格さをもてばいいのだ」という箇所には、いわゆる抑止力(一般抑止力)の考え方がはっきりと定式化されております。注3 これは、現在でも死刑廃止論の有力な根拠として、定着を見ています。多くの廃止論が死刑の犯罪抑止力の不存在を根拠としています。
ただ、20世紀に入ってからは、科学主義的・実証主義的な発想の進展により、抑止力の存否を数理的に証明しようという試みも行われてきました。有名なものとして、T・セリンとI・エールリヒのものがあります。前者は死刑の犯罪抑止力を否定しましたが、後者が逆に肯定し、議論となりました。しかし、後者も後に方法論的な面で批判を受け、複数の再試によってその信憑性は否定されました。
こうして、今日まで、はっきりと死刑の抑止力を科学的に実証できた研究はないとされているほか、とりわけこうした実証研究の盛んなアメリカでは、全米科学アカデミーが「死刑に関する科学的な証拠を政策に使用することには、とくにきびしい証明基準が要求される。必然的に死刑の抑止効果の研究が制限される非実証的調査は、ほとんど確実といってよいほどこの証明基準に合致しないものである」と結論し、死刑の抑止効果を安易に「証明」することに釘を刺しているのです。注4
このように死刑の抑止力の不存在を理由に死刑の廃止を唱えることは、寛容のような善良な感情に基づく心情論ではなく、より客観的な根拠によって、死刑が犯罪抑止に有用でないことを論証しようという功利主義的であると同時に科学的な精神の表れであるとみなすことができるでしょう。ただし、そのことは同時に、死刑制度の見方が相対化することをも意味します。すなわち、「抑止力が証明されないから」という理由付けは、裏を返せば、抑止力が証明されれば反対しないという主張にも結びつき得るのでして、要は、今後の研究しだいであるということになりかねません。つまり、この議論では、死刑制度そのもののコンセプトに反対しているわけではないのです。
この点、ベッカリーアにおいても、最初に述べたように、「国家の通常の状態においては」死刑に有用性がないとしているように、実は、「国家の通常でない状態」における死刑の有用性と存続可能性とを慎重に留保したうえでの「原則的」廃止論であったのでした。注5 そのうえに、彼は、抑止力という点から見れば、苦痛が長期にわたって継続する終身隷役刑のほうが「死刑より確実な効果を生む」として、いわゆる代替刑としての終身刑を現代に先駆けて主唱していたのです。注6
このように、功利主義的な死刑廃止論は、死刑廃止を相対化し、代替刑論へと橋渡しするほか、場合によっては、死刑存置論へ反転してしまう契機をも含んでいると言えます。
B弊害論
次に、より積極的に、死刑の弊害に力点をおく廃止論があります。冤罪の場合の救済不能性を理由とするものです。これは、上訴や再審など司法制度が整備されてきた20世紀以降に盛んになってきた論拠であり、ベッカリーアはこの問題にほとんど言及していません。
ただ、基本的にはやはり功利主義的な有用性論の一種で、死刑のように弊害の大きな刑罰は避けて、他のより無害な刑罰によるべきであるという理屈にほかならないわけです。
この問題は、英米では現実問題としても深刻なものがありましたし、米国では今でもそうです。例えば、英国では、エバンス‐クリスティ事件という著名な冤罪事件がありました。これは、英国でティモシー・エバンスという男性が自分の妻子を殺害したとして有罪評決を受け(陪審裁判)、1950年に死刑を執行されたのですが、その三年後に彼の家主で、エバンスの裁判では彼に不利な証言さえしていたジョン・レジナルド・ハリデイ・クリスティという人物が別の殺人事件で逮捕され、エバンス事件でも真犯人であることを自白したため、エバンスの冤罪が明らかになったケースです。注7 英国では、このケースが一つのきっかけとなって、死刑廃止に結びつきました。
一方、アメリカのイリノイ州では、13人の死刑囚の無実が有志の大学教授とその学生らによって証明されたことを受けて、ライアン同州知事が、2000年1月、死刑執行の延期(モラトリアム)を決定する事態になり、これに反発する存置論者との間で激しい議論となりました。注8
英米では実証主義的な発想が殊に強いせいか、判決の当否に対する検証が比較的厳密になされるため、冤罪が発覚しやすいのかしれません。しかし、残念ながら、英国と異なり、米国では冤罪問題がストレートに全米規模での死刑廃止には結びついていませんし、死刑判決が再審の結果覆って無罪判決となる深刻なケースが戦後四件あった日本においても同様です。注9
この弊害論もまた、冤罪の可能性を防止できる限り、それは死刑制度そのものを廃止すべき理由にはならないというかたちで、有用性論以上に容易に反転して死刑存置論にすりかわってしまうことにもなりかねないのです。あるいは、日本においては死刑執行後に冤罪が判明したケースはないという理由から、冤罪を論拠とした死刑廃止に異論を唱える向きもあるようです。注10
こうした論法はいくぶん卑劣ではあるものの、形式上論理整合的ではあるわけで、このような反転的な脱構築を許す余地を与えてしまうことは、この弊害論の欠陥でもあるでしょう。注11
けれども、完全な司法制度はあり得ず、また、英国のエバンス‐クリスティ事件のように、執行後に冤罪が判明する悲劇的な事態が起きてから廃止を考慮すればよいといった考えもあまりに無責任であることから、冤罪の弊害を主張する廃止論は今後も消滅はしないでしょう。
なお、この冤罪論とはやや次元を異にする弊害論として、残虐化理論というものもあります。これまた、ベッカリーアが既に述べていたことでもありますが、「死刑はまた、人々にざんこく行為の手本を与えるということで、もう一つ社会にとって有害だ」というのです。注12
ここから、死刑は犯罪抑止力どころか、逆に、殺人行為を奨励する効果さえあるのであり、残虐行為を促進しているのだという一般論に発展していきます。ただ、このことを科学的に実証することはおそらく抑止力論以上に困難ではあるでしょう。経験的には、積極的に死刑となることを欲望して犯罪を犯すケースもあるとされることから、注13 かえって死刑の存在が、ある種の人にとっては、犯罪を実行する動機形成に寄与しているかもしれないといった程度のことは言えるかもしれませんが、それを超えて死刑の「犯罪促進力」を証明するのは、難しいように思われます。
C小括
以上、死刑廃止論の根拠について、やや羅列的に説明してきましたが、心情論から、有用性論、弊害論と進むにつれて、廃止論は相対化していくことに気づかれます。無条件的な廃止から、条件付の廃止に切り替わっていくわけです。弊害論に至るとその傾向は一段と高まり、ここでは、死刑そのもののコンセプトには賛成である者でも、暫定的に、あるいは一定の条件下に死刑廃止に賛同することさえできてしまうということさえ言えます。注14 この点では、弊害論には、一定のコンセンサス形成力があることは否定できません。それでこの論拠は、法律家や政治家好みだと言えましょう。ちなみに、心情論は、寛容を説く点で宗教家やある種の思想家・文学者向きの論拠だと言えますし、抑止力の実証にこだわる有用性論は、科学者好みの論拠となっております。
それにしても、ほとんどすべての論拠にベッカリーアの刻印が押されていることに改めて驚かされます。啓蒙時代以降の死刑廃止論は、ほとんど彼の議論から直接・間接に引用されていると言ってもよいほどです。
このことについて、デリダは、「死刑廃止論の説得用マニュアルがベッカリーアの論理に着想を得ている場合、それは脆弱なものになる」と喝破しております。注15 たしかに、見たように、ベッカリーアの死刑廃止論は例外の余地を残すものでありましたが、これは、彼が中世のヴァルド派のように宗教的な感情によるのでなく、より客観的な功利主義の精神から死刑廃止を論証しようとしたために生じた「脆弱さ」でもあるでしょう。
そのため、後で述べるように、謂わば問答無用で死刑制度の正当性を強調するカントのような哲学者からは、ベッカリーアは強く批判を受けることとなりましたし、現在でも、死刑存置論者はたいていカントばりの問答無用的な立論をする傾向が強いため、注16 有用性論や弊害論は、攻撃を受けて時として脆弱性を露呈することも事実です。
そうは言っても、デリダのように、謂わばカントに対抗して、絶対的に原理的な死刑廃止論を再構成しようという試みは果たしてうまくいくかどうか、私にはデリダ氏ほど確信は持てません。他方において、現在でも死刑廃止論のほとんどあらゆる論拠に現前してくる18世紀のベッカリーアをお役御免にしてしまうことによって生じる、廃止論の謂わば「故郷喪失」がもたらす一種の虚脱状態にも注意が必要であろうと思います。
注1
前掲『来たるべき世界のために』215頁参照
注2
前掲『犯罪と刑罰』91頁。
注3
前掲『犯罪と刑罰』94頁。
注4
詳しくは前掲『死刑の現在』266頁〜267頁参照。
注5
ベッカリーアは、死刑が有用な場合として、大雑把に言って、内乱などで無政府状態にある場合と、国家転覆を企てる影響力ある革命家に対する場合を挙げている。これは、まさに、国連死刑廃止条約が「軍事的性質の犯罪」について、例外的死刑の余地を残していることにも照応していると言える。
注6
前掲『犯罪と刑罰』95頁。
注7
エバンス‐クリスティ事件については、以下を参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Timothy_Evans
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Reginald_Halliday_Christie
注8
この件に関しては、前掲『来たるべき世界のために』226頁参照。その経緯については、アムネスティ・インタナショナルの次の記事も参照。
http://web.amnesty.org/library/index/ENGAMR511792002
http://web.amnesty.org/library/index/ENGAMR510062003
注9
免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件の四件。前掲『死刑の現在』258頁〜259頁参照。
注10
ただし、より正確には、「死刑執行後のケースについて、冤罪かどうかが公式に調査されたことはない」と言うべきである。
注11
冤罪でないケースについては、弊害論は妥当しないだろうとの立論には一理あろう。ただ、これもジャン・アンベールが、当時の法令に完全に合致していたジャンヌ・ダルク裁判に関して述べているように、「論理的であることが裁判を不正なものとする」こともあることに注意が必要である。前掲『死刑制度の歴史』33頁参照。
注12
前掲『犯罪と刑罰』98頁。
注13
こうした「懲罰欲求」の問題については、ジャン・ラプランシュ「人間性剥奪への道(死刑に関して)」(郷原佳以訳)、『現代思想2004年3月号』(青土社)206頁以下参照。
注14
先に述べたイリノイ州のライアン知事のケースがそれに該当する。
注15
前掲『来たるべき世界のために』214頁参照。
注16
要するに、「凶悪犯罪者には、理由の如何を問わず死刑以外あり得ない」という―かれらに言わせれば正義の―確信が、すべての死刑存置論者の頭の中には刻印されているのである。

2006-01-13
第一部 死刑廃止を問い直す(七)
☆前回記事
【4】死刑制度の転回@
本章では、死刑制度は一体今どうなっているのか、という問題を考えてみましょう。と言いましても、死刑制度の実際、つまりどうやって言い渡され、執行されるのかといった単なる手続きの説明ではありません。そのようなことは、あなた方死刑囚のほうが詳しいでしょう。ここで議論するのは、未だ存置されている死刑制度が、その性格を転回させてきているのではないだろうか、ということなのです。これを考えることで、死刑廃止論がぶつかっているデッドロックとそこからの脱却を目指すことができます。
さて、周知のとおり、死刑は最も歴史の古い刑罰であると同時に、最も残虐な刑罰でもありました。今、過去(完了)形で書きましたが、今日でも、死刑が残虐でないと断言することは困難でしょう。実際、日本の絞首刑にしても、受刑者を瞬時に死に至らしめ得るとされていますが、絞首死体が綺麗なはずもありません(執行に立ち会った検察官が失神したという伝説も聞いたことがあります)。死刑が残虐であるということは、歴史的にみれば、死刑の本質そのものであったのです。
死刑の起源について詳しいことはわかっていませんが、しばしば説かれる「私的復讐の代行」というような生易しいものではなかったでしょう。死刑は、原始国家(クニ)の草創期から、首長(王)の権力の象徴として、国家に占有されていたと考えられるのです。注1 むしろ私的復讐は、死刑と並行して許されることも少なくなかったことでしょう。単なる個人的復讐を超えて、権力の強さを被支配層に見せ付けること、これが、死刑の始まりだと考えられるのです。見せしめです。力を見せしめる。その力というのは、死を賜る力であり、それは、特別残酷に、劇的に執行されねばならなかったのです。古い死刑のリストには、決まって、八つ裂き、串刺し、生き埋め、火刑、水攻めなど、ありとあらゆる残虐行為が列挙されていることは、その表れでしょう。注2 
もう一つの性格として、死刑には宗教的意義も認められます。多くの古代法典の中で、涜神行為が、重大犯罪として死刑の対象に数えられていましたし、西欧中世の魔女狩りや異端審問でも、死刑が多用されたことはよく知られています。ここでは、死刑というものが、ある種の清めの儀式として表象されるのです。「魔術から解放された」はずの、現代でも、死刑を一つの贖罪の象徴とみる観方が消滅したわけではありません。死刑を肯定・美化する文脈では、しばしば、贖罪という言葉が現れます。死刑の宗教的性格は、現代にも隠然と引き継がれているといえるでしょう。
もっとも、近世以降、宗教的権威を世俗的政治権力が凌駕するようになると、死刑も世俗化され、王の絶対権力の確証としての性格をますます強めていくでしょう。私的復讐が秩序違反として抑圧されるようになると同時に、特に死刑は、政治的敵対者への残虐な見せしめとして、一種の政治劇の役割を演じるようにもなった。残虐であることが、恐怖による服従を誘発するように、仕向けられていったともいえます。注3
今日でも、死刑存置の根拠として持ち出されてくる「犯罪抑止力」ということも、科学的装いをこらされてはいるものの、実は、見せしめることによる犯罪の抑止という含意を引き継いでいます。人為的に死をもたらす力を見せ付けるという本質を、死刑が放棄したわけではないのです。
こうした見せしめとしての残虐さの演出という死刑の歴史的性格は、恐怖政治としての国家テロリズムの原型をなすといってもよいでしょう。テロというと、現在では、国家に敵対する側の暴力手段を指すようになっていますが、元来は、フランス革命後のジャコバン派独裁期のような、死刑の濫用による大粛清を意味していました。死刑はその本性からして、恐怖によってある種の行動を萎縮させることが狙いですから、恐怖支配の最有力の道具たり得るものなのです。
今日でも、抑圧的体制ほど死刑を多用する傾向にあるのは、偶然ではありません。死刑の存否とその執行状況は、政治のあり方のバロメーターの一つでもあるのです。
ところが、現在、死刑がその本質性格を変化させようとしている兆候が見られるのです。そうした変化は既に、啓蒙期における「監獄の誕生」によって、先鞭がつけられていました。注4 ここで監獄の誕生とは、近代的な刑務所制度の創設を意味します。「監獄の誕生」にあっては、ベッカリーアの死刑廃止論が大きく貢献していることは間違いないでしょうが、啓蒙思想の一つの産物である「人道主義」により、刑罰の緩和が生じたことも画期的でした。それまで、死刑の対象であった犯罪も、監獄止まりとなっていきます。また、死刑自体も、その残虐さを緩和されていくようになります。執行方法が単一化していき、対象者に瞬時に死をもたらしうるような方法が法定されてくるようになるのです。ギロチンの開発はこうした過渡期の死刑制度の一つの表れです。注5 けれども、「監獄の誕生」により死刑が消滅したわけではありません。むしろ、死刑は監獄と共生関係を長く保ったし、現在でも、死刑存置国では共生しているのです。なぜ、そういうことが可能なのでしょうか。注6 
それは、監獄制度自体が死刑の存置を必要としているからにほかなりません。死刑判決文でしばしば使われるフレーズに、「矯正不能」というのがあります。死刑囚の皆さんも、そのように断罪されたことと思います。近代的刑務所は、すべて、「犯罪者」と名指しされた者の矯正を目的としてきました。しかし、すべての「犯罪者」に矯正の機会が与えられるのではありません。“科学的見地”からして、「矯正不能者」には、死刑を与えることが監獄経済に資するのです。監獄も一つの経済システムに組み込まれている以上、それは「矯正不能者」まで抱え込むわけにいかない。矯正の枠から漏れる者は、死刑により始末する方が合理的なのです
もう一つは、晴れて死刑を免れて監獄に収容された者は、「生きるに値する者」としての保証を与えられたといえるのですから、監獄制度を恩恵として描き出し、その制度意義を強化するという意味合いでも、死刑と自由剥奪刑との振り分けには意味があるのです。
この「生きるに値する者」には恩恵を与え、矯正と更生の機会を保証するという仕組みは、国家が国民の福祉に配慮し、その生を後見するという国家福祉主義の思潮とも関わってくるでしょう。フーコー的用語では、生‐権力といってもよいかもしれません。この生‐権力的国家福祉主義にあっては、「生きるに値する人間」と「死すべき人間」とが、「科学的」に峻別されます。刑事裁判は、その判定の一つの現場なのです。死刑を宣告された者は、もはや福祉的保護に値しないとみなされた人間です。それは、「国家の敵」ですらなく、ただ、廃棄処分にされるべき屑なのです。
こうした国家福祉主義がファシズム体制とも共生できることは、ナチス体制が国民の福祉にも配慮していたことや、生きるに値しないとみなされた人種その他を機械的に処分したことにも現れています。民主制を標榜する体制では、よりいっそう温和に、それだけに強い合法性と正当性の衣をまとって、このような人間の選別が実行されるというだけのことなのです。注7
もう一点重要なことは、この「監獄の誕生」は、司法制度の整備とも結びついていたことです。現在、刑罰は、原則として、法に基づき、裁判所の審理を経て初めて科され得るということが常識ですが、このことも啓蒙思想の重要な産物の一つでした。死刑は、法の定めがある限りで、その範囲内で、それが指示する手続きによってのみ執行されるのです。死刑も、近代法のシステムの中に根付き、そこを新たな棲家としているわけです。死刑は、もはや王の手中にあるのではなく、法のシステム内の要素としてあります。
このことで、死刑の装置化が進行してきました。つまり、人間の手を離れ、人間から疎遠なシステム、いわば、殺人機械となってきたのです。このことは、死刑が、法制官僚制度によって管理されている日本では、特に顕著です。法務省が死刑に固執しているように見えるのは、かれらが確信的・哲学的な死刑存置論に立っているからというよりも、システムの擁護者であるからという側面のほうが強いのです。かれらは法システムの番人なのであるからして、法システムに組み込まれた死刑も守らざるを得ないのです。1993年に、約3年の空白を経て死刑執行が再開されたのも、こうしたシステム保存の使命感からと解釈できるでしょう。注8
一方、死刑を宣告することで、死刑を作動させる役割を担う裁判官たちも、近代法のもとでは法を語る口にすぎないから、死刑=法がある以上、宣告するよりほかないのです。死刑が、しばしば、誰も最終責任を負わない帰責システムとなるゆえんです。注9 もはや、誰か特定の人間が執行しているのではない、法が執行しているのです。これこそ、近代的「法の支配」の偉大な「帰結」でありましょう。「死刑は野蛮である」という批判言述が、時として、犬の遠吠えのように聞こえるとすれば、その原因はこうした近代以降の死刑の性格転回にあるといえましょう。
この死刑の装置化に関しては、二つの文学作品が活写しています。その一つは、既にご紹介しましたヴィクトル・ユゴーの「死刑囚最後の日」です。この作品の特徴は、主人公の死刑囚を含め、登場人物に名前がついていないことにあります(例外は、死刑囚の幼なじみの少女ペパと、娘のマリー)。特に、検事・判事・弁護士・看守・司祭など死刑に関わる職能は、例外なく匿名で登場します。「善良な司祭」でさえ、ここでは、「彼にとって、私は不幸な部類に属する一個人であり、彼がすでにたくさん見た影と変りない一つの影であり、刑執行の数に加うべき一個にすぎない。」とされます。最後の執行場面で、「時間内に執行する責任がある」という死刑執行人が懸念するのは、雨が降るなか執行が遅れると、「機械(ギロチン)がさびる」ことでした(当時は野外処刑であったため)。注10 名無しの職能による機械的死刑執行。そのなかで、厳密に計算可能な死を強制されることの苦悩が、死刑囚の目で描かれているのですが、この点については、再び問題化してみましょう。
もう一つの例は、より寓話的ではありますが、フランツ・カフカの「流刑地にて」です。注11 この作品は、場所も特定されないどこかの流刑地における、奇妙な「処刑機械」を巡る悲喜劇です。面白いのは、この処刑機械の特徴は、「動きがすべて正確に計量ずみ」であって、しかも、死刑囚の体に針で判決文を彫りこむということです。ただ、この機械はどうやら廃止の瀬戸際にあるらしく、この地を視察に訪れたとある知識人旅行者に対して、この機械の運用者にして機械の熱烈な支持者でもある一将校が力説する機械の存続理由。「何はともあれ機械は健在でありまして、たとえさみしく谷底に残されているにせよ、いぜんとして作動しております。」「現在の制度を維持していくためには、無力なものであろうとなかろうと、何であれ試みてみるべきではないでしょうか?」将校は、旅行者に、この制度の存続のため力を貸してくれるよう頼むのですが、断られると、何と自らを、機械で「自己処刑」して死んでしまうのでした。この理由なき制度維持、対象者がなければ死刑執行人自身を自己処刑するというシステムの自己運動こそ、自己言及的法システムの悲劇を描いているといえるでしょう。
日本の法制官僚は、かの将校のような自己処刑は遂げないでしょうが、制度がある限り対象者を発見して維持していかねばならない、という使命感は共通しています。一方、文明的見地から処刑機械に反対でありながら、将校の自己処刑状況を拱手傍観していざるをえなかった旅行者の立場は、いわゆる人道主義の無力を暗示しているようにも見えるのですが、どうでしょうか。これについても、後述する機会がありましょう。
注1
例えば、古朝鮮の法俗では、殺人犯は死刑に処するとされている(洪淳昶『韓国古代の歴史』(吉川弘文館)39頁)。ただし、魏志倭人伝に描かれた邪馬台国の法俗をみると、重罪でも門戸または宗族の没収のみで、死刑がない。また、ヴァイキング時代の北欧でも、最高刑は、追放であったという。但し、その場合、罪人の財産と身体は誰がどのようにしてもよかったとされる(F・デュラン著/久野浩ほか訳『ヴァイキング』(白水社)111頁)。こうした法俗の差異は、古代国家としての完成度の差異を反映しているであろう。
注2
死刑リストとは、一面から見れば、人間が着想し得る限りの残虐行為を集約的に表現してみせたものだともいえるだろう。その意味で、死刑の歴史は、極めて象徴的な「暴力の精神史」でもある。
注3
「演劇支配制」と刑の執行との関係については、ジョルジュ・バランディエ著/渡辺公三訳『舞台の上の権力:政治のドラマトゥルギー』(筑摩学芸文庫)23頁参照。
注4
「監獄の誕生」については、ミシェル・フーコー著/田村俶訳『監獄の誕生:監視と処罰』(新潮社)参照。
注5
「ギロチンの誕生」については、ダニエル・アラス著/野口雄司訳『ギロチンと恐怖の幻想』(福武書店)参照。
注6
フーコー「監獄論」の問題は、監獄の誕生そのものの分析よりも、死刑制度と監獄制度の並存という、日本を含め現在でもかなりの諸国で続いている刑罰の二極化構造に充分な留目がなされていないことである。
注7
本文のように言うからといって、福祉国家の名誉を毀損することにはならないであろう。「生きるに値する者」と「死すべき者」の選別を旨とするのは、福祉を国家の恩典とみる国家福祉主義の特徴であって、福祉を人間としての権利=社会権にみる福祉国家においては、人一般の佳き生=well-beingの保障が目指されるからである。実際、現在、欧州福祉国家では死刑が廃止されているのである。
注8
93年に死刑執行が再開された当時の後藤田正晴法相は、「法秩序の維持」ということを主たる理由に挙げていたが、システムとしての法秩序の維持のために法=死刑を維持するという循環論法的な論理こそが、システムの番人の発想なのである。ちなみに、平安時代末期、保元の乱の事後処理に際して、およそ350年ぶりに死刑執行が再開された時に、「死刑なくしては、刑の懲粛の意なし」としてそれを主導した藤原通憲の発想もまた、同種のものであった。官僚的発想の歴史通貫
性には驚かされる。
注9
日本の法律では、死刑執行は、法務大臣の命令で「判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。」とされているから(刑事訴訟法475条2項)、法務大臣が執行上は最終決定者であるが、この規定は拘束的なものではないとされているために、実際には死刑執行の順序や日付は恣意的に決定されている可能性がある。そうすると、日本の場合には、依然、「法」でなく「人」が死刑を執行しているという面が残されていることになろうか。これについては、ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力』(成文堂)267頁以下参照。
なお、もし、この規定が完全に順守されたとすると、法務大臣は法に基づき、法の指令に基づいて命令を出すわけであり、死刑制度は大臣個人の意志からは離れていくのである。
注10
前掲『死刑囚最後の日』132頁。
注11
フランツ・カフカ「流刑地にて」(池内紀訳)、『カフカ短篇集』(岩波文庫)所収。

2006-01-14
第一部 死刑廃止を問い直す(八)
☆前回記事
【4】死刑制度の転回A
さて、このような法のシステム化をもたらす法の支配と、国家福祉主義の内的結びつきが死刑にもたらしたものは、死刑の緩和と装置化とでした。現代の死刑は、かつての残虐さを軽減し、量的にも減少すると同時に、人間的なものを喪失し、機械的なものに変貌してきました。
しかし、これだけでは、まだ転回は完成しません。超現代的死刑、いわばポストモダン的死刑に特徴的なのは、被害者の登場です。死刑廃止運動が、大きなうねりを見せるようになるにつれて、ますます「被害者感情」とかそれに類する言述が、盛んに死刑擁護のために発せられるようになってきています。死刑は被害者に接近し、かれらを鼓舞し始めているのです。
もちろん、被害者は現代になって初めて登場したわけではありません。かつては復讐の主体として華々しく活躍した時代もありました。しかし、最近の被害者の登場を、単に、古い復讐感情の呼び覚ましとみるべきではないでしょう。むしろこの動きは、刑罰一般について、それを被害者の自己回復と被害者のアイデンティティの自覚に結びつけようという一つの思潮の一環とみるべきだと思います。
そこで前提となっているのは、現代の法システムが被害者を無視しているという認識に立って、被害者を当事者としてカムアウトさせようという発想です。たしかに、法のシステムは、非人間化し、人間的なものから遊離してきているため、このような批判が生じてもやむをえない面はあるでしょう。死刑事件の場合、被害者はたいてい死亡しているわけですが、それだけに被害者の近親者が疎外されやすいということで、被害者が存命している場合よりもいっそう、被害者のアイデンティティは激越に政治化しやすいのです。米国でも、日本でも、近年は、被害者の政治運動が盛んで、実際、いくつか重要な法改正も実現させています。注1 検察官や裁判官も、個々の事件の処理の中で、「被害者感情」に言及することが増えています。まことに、被害者と共にある死刑、思いやりの死刑、なのです。
米国では、特に、クロージャー(closure)なる言葉が使用されることが注目されます。この言葉は、日本語では「区切り」という訳が適訳だと思うのですが、実際しばしば、犯罪被害者の近親者からこの言葉が聞かれることがあります。死刑判決あるいは執行が、かれらの人生にとって、一つの区切りになるというのです。このような区切りを保証するものとして、死刑はなお必要だというわけです。これは、復讐とは異質の、被害者のアイデンティティに関わることです。だから、復讐心はもたないが、区切りとして、あくまで加害者(と名指しされる者)の死刑は望むということがあり得るわけです。好例として二人の米国人の発言をみてみましょう。
「彼ら(筆者注・遺族)が奪われたものを、十分に修復することなど不可能です。彼らの生は粉々にされたのです。ですから、彼らが人生におけるこの一章を閉じるため(closure)に、私たちも援助したいのです。」
「両親を殺した男の死刑を見届けたいというのは、応報や復讐心からではないのです。closureが理由です。もう二度と戻ることのない人生のある時期に幕を閉じるのです。怒りと憎しみの年月に幕を閉じるのです。死刑は究極のclosureです。」注2
上は、アシュクロフト前米国司法長官、下は、両親を殺害された経験をもち、被害者の権利運動でも活躍中という、ブルックス・ダグラス氏の発言です。この二つのクロージャー発言は、当局者と当事者という視座の違いもあって、重点の置き所が微妙に異なり、アシュクロフト発言では「修復不能な、奪われたもの」の代替、ダグラス発言では「怒りと憎しみの終了」としての死刑が、しかし両者とも、死刑執行への被害者立会いが肯定されていくのです。
これは、決して、単なる復讐や古い公開処刑の復活ではありません。むしろ、復讐を乗り超えるための、被害者の自己回復の表現としての死刑の再定義なのです。もはや、「目には目を」でさえない。「目には目を」とは、まだ、「目には目以上のものを与えない」という制限を伴っていますが、クロージャーにあっては、「目にも死を」ということになりかねません。なぜなら、目を潰された者にも、怒りと憎しみのクロージャーは必要だからです。被害者アイデンティティは、同害報復をも乗り‐超えてしまい得るのです。
既に述べたように、被害者アイデンティティは、たいてい、被害者の近親者、とりわけ遺族にとって重要なため、もともと、(死者の)代理的性格が強いわけです。そこでまたこれは、政治的代理人たる政治家および法的代理人たる弁護士の餌場となることも、見やすい道理でしょう。日米とも、被害者側をバックアップする動きの陰には、必ず政治家や法律家(「法の支配」の時代である現代では、この二つの職は兼職されることがますます多くなっています)の姿があります。
ここに、アイデンティティ・ポリティクスの視界が開けてきます。この被害者アイデンティティのポリティクスは、政治にとどまらず、司法をも、被害者の桧舞台に模様替えしようと企図しているのです。司法の構造自体が変質していく瀬戸際にあるといってよいでしょう。
このことは、ひとまずさておくとして、さしあたり死刑に関して言えば、被害者アイデンティティによって再定義される死刑は、いわば、「優しさの死刑」です。もはや、見せしめとしての死刑ではないのです。
優しさの死刑は、特定の人間によって見せしめとして演じられる劇ではなく、ただ、優しさによって所有され、それに包み込まれた死の贈り物なのです。その贈り物を奪おうとすることは、被害者への冒涜にほかならないとみなされるでしょう。死刑廃止論が、最近とりわけ激しく、感情的に攻撃されるようにもなってきたことは、そのためでもありましょう。
この点を日本の現実に即して言えば、1994年に成立した村山社会党‐自民党連立政権が、「人に優しい政治」を掲げつつ、わずか1年8ヶ月足らずの間に、8人もの死刑執行を断行したことにも、はっきりと現れています。これは、あからさまに政治スローガンの裏づけまである好例です。93年に法システム維持の観点から死刑執行再開、そして「優しさの政治」のもとでの死刑乱発と、この国の死刑は死刑の転回状況をかなり忠実に裏書きしている点で、注目に値すると思います。
さて、この優しさの死刑に関して、もう一つ注目すべきは、女性による死刑執行という問題です。これまた、最近の日本に好例があります。日本では、過去十年近くの間に、三人の女性法務大臣によって死刑が執行されました。注3 このことをどうみるべきでしょうか。
もっとも、女性による死刑執行自体は歴史上珍しいわけでもなく、16世紀英国のエリザベス1世のように、死刑をためらわない女帝もいました。彼女は、政治的事件に絡んで、従姉に当たるスコットランド女王、メアリー・ステュアートを死刑に処したことでも有名です。しかし、この時代の女性君主は、あくまでも男性君主の代替物にすぎず、女性による処刑ということに特別な意味づけはできないかもしれません。注4
これに対して、フェミニズムの洗礼を受けた現代における、女性による死刑は、別の考慮を要するでしょう。一つの観方は、これも、刑罰権力への男女共同参画として、肯定的に/否定的にみる観方です。いわば、ジェンダーフリーの国家暴力です。これは、軍隊における女性の前線配置問題と同一線上でとらえる観方であり、イラク占領米軍が引き起こした捕虜虐待事件における、女性兵士の虐待関与問題とも通底するでしょう。
しかし、ここでは、あえて、自己流に、優しさの死刑との関連で考えてみます。女性は、一般的に、暴力犯罪においては被害者側で登場することが多いため、この文脈では圧倒的に被害者性を帯びているといってもよいでしょう。つまり、女性と被害者アイデンティティとの結びつきは、強いのです。実際、現在日本で有力な被害者運動の中心を担っているのは、女性たち、なかでも子どもを殺された(交通事故を含む)母親たちです。優しさの死刑も、本質上、女性による執行にふさわしいのでないでしょうか。とりわけ、強姦殺人のように、性暴力と組み合わさった殺人では、例えば、被害者の女性の母親とその意を汲んだ女性法務大臣による死刑執行といった図柄は、現実性をもつのではないでしょうか。
このような形の死刑は、男性権力への女性の参加とは別次元の思考を喚起します。こう言ってよければ、フェミニン(feminine)な死刑。現実の女性の中にこのような形態の死刑を認める人がいるかどうか知りませんが、いても不思議はありません。本来、優しさの死刑は、語弊を恐れず言えば、女性的な暴力なのです。荒々しい見せしめとしての残虐さではなく、優しく包み込むような、静かなclosureの暴力。これはまた、日本のように、完全密行主義で隠微に処刑がなされる処では、特に適合的であるといえるでしょう。
死刑執行をためらわなかった女性法相の一人である森山真弓は、「日本には、死んでお詫びするという発想があり、死刑は文化的に根付いている」という注目すべき発言をしました。注5 この発言には、責任をめぐる、より一般的な論点のほか、死刑を文化という領野で正当化しようとする死刑=文化論なども含まれていますが、注6 「お詫び」と死刑とを結びつけることを、単なる強引の一言で片付けるべきではなく、やはり、優しさの死刑の一つの側面を語ったものと理解できるでしょう。この発言では、見せしめというよりも、死刑が、被害者との関係において、加害者の一つの謝罪の仕方としてとらえられているわけです。死刑囚が、死刑にほとんど同意しているがごとくの発想であって、そうすると、強制的に法益=生命を奪うという死刑=刑罰の本質は、もはや蒸留されてしまっているかのようです。この点も、責任の問題と絡めて再度議論しなければなりませんが、さしあたり、ここでは、優しさの死刑は、刑罰から、その強制的本質まで取り払ってしまうような射程を有するということだけ指摘しておきたいと思います。
さて、こうして死刑制度の現代的転回とでも呼ぶべき状況を描出してみたわけですが、果たして、これは制度の本質性格の転回なのか、それとも制度を正当化するディスクールのレベルでの転回なのか、という点が問題になるかもしれません。私は死刑制度の本質性格の転回であるが、それと同時に、その裏には、依然として死刑制度が歴史的に保っている性格がなお存在する、というようにさしあたりは考えているのですが、この論件は、次回以降、死刑廃止論のデッドロックとその練り直しを論じていく中でより明らかにしていきたいと思います。
注1
日本では、少年法や道交法の厳罰化に繋がっている。また、刑事訴訟手続きへの被害者の参加を要求する運動もあり、これも実現可能性がある。
注2
坂上香「「被害者の声」を聴くということ」、『現代思想2004年3月号』(青土社)所収75頁参照。
注3
橋本内閣で長尾立子が三名、小泉内閣で森山真弓が五名、南野知恵子が一名に死刑執行命令を出している。
注4
もう一人の著名な女性君主にして、ロシアの啓蒙君主であったエカテリーナ二世は、フランス啓蒙思想に傾倒していたにもかかわらず、死刑をためらうことはなかった。前掲『死刑制度の歴史』70頁。
注5
石塚伸一「終身刑導入と刑罰政策の変容」、前掲『現代思想』所収175頁参照。
注6
後者の文化=死刑論は、死刑制度の一大中心地の一つであるイスラーム圏の抱える問題とも共通するであろう。

2006-01-29
第一部 死刑廃止を問い直す(九)
☆前回記事
【5】死刑廃止論の危機
死刑廃止論が危機に陥っています。もっとも、現実には、死刑廃止国は次第に増えてきているのですが、世界は、死刑を巡って二極分解し始めているかのようです。大きく眺めれば、死刑廃止が条約で義務付けられている欧州地域と、死刑存置にこだわる米国及び巨大な死刑ベルト地帯ともいうべきアジア(中東も含めてよいでしょう)ということになりましょう(死刑に関する限り、イスラーム圏の北アフリカを除くアフリカ大陸と中南米は、どちらかといえば欧州寄りです)。
片や死刑廃止が進む地域では、死刑廃止の呼びかけは条約レベル(国連条約を含む)の実務的処理で済むようになっている一方、存置地帯では、死刑廃止の呼びかけがしばしばかき消され、デッドロックに乗り上げるという事態が生じているのです。これに対して、新たな死刑廃止論の試みもなされていますが、その前に、死刑廃止論の危機がどのような場で生じているのかを考えてみます。
(1)人道主義的大義の揺らぎ
死刑廃止論の主流は、長く(今でも)人道主義的大義にあります。ユゴーが「死刑囚最後の日」の序文で能弁に語っているように、「理性はわれわれに味方し、感情はわれわれに味方し、経験もまたわれわれに味方する。」注1 理性の力に指導された人道的感情と経験が、死刑廃止運動を支えてきたのでした。こうした精神は現在にも引き継がれ、死刑廃止運動のバックボーンにもなっていることは事実です。
しかし、既に見たように、死刑が一つの転回を遂げ始めています。残虐さの緩和は、遂に、薬物注射による死刑をも普及させてきてもいます。 薬物注射が残虐かどうか、議論は分かれるでしょうが、少なくとも、議論の余地なく残虐だという断言はしかねることもたしかです。注2
また、被害者に寄り添う優しさの死刑はどうでしょうか。このような、装いも新たな死刑は、逆に“人道的”なのでしょうか。死刑こそ人道的であり、死刑に反対することは、残酷な犯罪行為に加担し、被害者を侮辱さえする非人道的振る舞いだというような、人道思想の反転が生じかねないように思います。つまり、人道主義が反転して死刑の正当性を基礎付けてしまう危機にあるわけです。
もう一つ、反理性主義の波も押し寄せています。啓蒙思想期に高揚した理性礼賛の熱気から冷め、情念的なものの優位を認める傾向があります。先に分析した被害者アイデンティティの称揚も、復讐とは別種であるけれども、被害者の情念の新たな掘り起こしの企てとみることもできます。これはまた、一つのリアリズムでもありましょう。被害者(遺族)の名状しがたい苦痛という現実に光を当てようということだからです。だから、これを非合理主義だとして批判することはなかなか難しいのです。情念のリアリズムもまた、一つの(別の形での)理性の称揚であり、ここでは合理主義と非合理主義とが手を結んでしまっているからです。反合理主義が、別な形の合理主義へ転化する矛盾です。
こうした死刑の転回を後押ししている思想状況一般に立ち入ることは本書の目的ではないのですが、少なくとも、ユゴー流の人道主義的大義は、次第に通用力が減退してきているということは、死刑に反対する者も押さえておかなければならないように思います。
(2)ベッカリーアの抜け道
もう一つの危機は、現在でも死刑廃止論が直接間接に依拠しているベッカリーアの死刑廃止論の抜け道とでも呼ぶべき欠陥が拡大してきていることです。
彼の議論は、既に述べたように、「死刑には有用性がない」ということに重点がありますが、有用性がある場合として二つのケースを挙げていたのであり、これをひっくり返せば、例外的死刑存置論だったわけです。これが、国連死刑廃止条約にまで流れ込んで、軍事的性質の犯罪に関する例外的死刑の余地を残してしまったわけでした(第3章参照)。
ところで、現在、「テロとの戦い」の名において、米国やその同盟国によるテロ対策に名を借りた抑圧的な治安政策が正当化されていく傾向が高まっていますが、同時にテロ対策が警察より軍事の領域へ持ち込まれることで、「軍事的性質」の範囲が拡大していき、テロ犯罪(これの定義づけもまた曖昧で、ほとんど政治的に決定されるでしょうが)での死刑温存ということが容易に肯定されやすいことになるのです。
デリダはベッカリーアの所論によっても、毎日死刑を執行することが可能だとまで喝破していますが、注3 このような主張もあながち誇張ではないということが、いわゆる9・11後の世界では言えるでしょうし、また日本ではオウム後の世界で同様に言えるでしょう。
(3)冤罪認識の低下
これまでよほど強固な死刑存置論者であっても、さすがに冤罪でも死刑を執行してよいとまで強弁する者は少なく、注4 この冤罪問題は死刑廃止論と存置論とが「出会える」ほとんど唯一のプラットフォームであったのですが、最近はこれも怪しくなっています。
一つには、過去の冤罪告発などの結果、警察・検察もある程度「慎重」にはなって、近年はさほど大掛かりな冤罪ケースが目立たなくなってきたこともあるかもしれません。特に、日本の場合には、過去に、死刑執行後冤罪が判明したというショッキングなケースがまだ報告されていない(「ない」のではなく、「公式に報告されていない」だけです)せいか、死刑と冤罪という問題系については、必ずしも、社会的に深刻に意識されていません。ですから、冤罪の「危険」をいくら訴えても、なかなかそれだけで死刑廃止論者の数を増やすことは難しいのです。
また、たとえ、上述のような深刻なケースが発覚したとしても、それは、死刑そのものの問題ではなくして、あくまでも刑事司法制度の問題であるにすぎないという論理で、死刑そのものの問題は、回避されてしまう可能性も高いでしょう。注5
そういうわけで、冤罪問題も、これを単に裁判の技術的な問題としてのみとらえて、司法的なものの本質への省察を欠くならば、死刑廃止論から裁判手続きの改善論へと矮小化されてしまうことになり、これは米国では現に起きている現象ではないかと思われるのです。注6
(4)被害者アイデンティティの攻勢
より深刻なのは、この被害者アイデンティティの攻勢ではないかと思われます。被害者アイデンティティも、一個の理性的リアリズムだと述べましたが、これはまた、理性的な「暴力」の作動因でもあるのです。
まず、クロージャーという観点からの死刑の発動を求めることが、既にして、ある種の暴力の賛美なのですが、これをなかなか「暴力」だと認識できないのはなぜかといえば、この暴力は、弱者の暴力だからです。被害者というのは、常に弱者として立ち現れます。弱者の声を聴け、というのが、被害者アイデンティティの本旨なのです。従来の人道的とされる司法は、この被害者=弱者の声を聴かずして、加害者=強者の悪の利害にばかり奉仕してきたというのが、そこからの司法批判となります。注7 この見地に立つと、死刑廃止論とは、加害者と精神的共犯関係にすら立つ、不埒な議論であるということになりかねません。そのような不愉快な批判を回避したいがために、廃止論の側からも、被害者アイデンティティへの一種おもねりが生じ始めているようです。
ところで、被害者アイデンティティの暴力性の究極事例を、私はイスラエルの国家暴力に見ます。ユダヤ人が長く受難者の立場にあったことは周知のことですが、そのユダヤ人がパレスティナで現在振るっているような国家暴力をいかにとらえるべきでしょうか。ここには死刑とは別次元の問題を含んでいますが、これも、被害者=弱者の暴力の一例だと考えられます。もちろん、現在のイスラエル国家は強大な軍事力を保有しているわけですが、それを背景に、被害者転じて加害者となっている構図がある。ここには、死刑の発動を果敢に求める被害者=弱者の暴力性と類似の構造があるわけです。
これに対して人道主義的大義を突きつけてもなかなか有効ではありません。自らも報復テロによる多大な犠牲を負担しているイスラエルの暴力性が有効に批判できず、ともすれば、個々の軍事行動における非人道性に対する条件反射的糾弾―当然、糾弾を受ける側でも、予め計算に入れている―にとどまらざるを得ないゆえんなのです。また、同様に、例のクロージャー死刑に対する批判も、被害者を旗印とする反転した人道論で反批判され返されざるを得ないゆえんでもあります。
弱者の対抗暴力は、かくして非常に強力な倫理的裏づけを伴った暴力として、跳ね返ってきます。特に、日本流の「優しさの死刑」の暴力に関しては、そのことを覚悟しておかねばならないでしょう。
(5)死刑廃止論のおもねり
被害者アイデンティティの称揚は、死刑廃止論からのおもねりをも誘発しています。その代表例が、代替刑論への移行です。特に、いわゆる終身刑の代替的導入を主張する立場がそれです。つまり、死刑廃止の代償として、最低限、生涯自由の身を許さない刑罰は必要になるというわけです。
けれども、果たして、終身刑は、死刑の「代替」になるのでしょうか。復讐ではない、クロージャーとしての死刑にあっては、加害者と名指しされる者が、地上から抹消されることが何より不可欠なのではないでしょうか。復讐は、常に同害報復の形を取るとは限らないから、被った害より少ない害で済ませるという、ある種の取引(契約)を許しますが、クロージャーには、そうした契約的要素がありません。交換不能な一方的要求なのです。原理的には、終身刑は、クロージャー死刑の代替にはならないでしょう。
しかし、ある種の政治的取引から、次善策としての終身刑が導入されることはあり得ます。注8 ただ、この場合、代替不能なものの次善策となるため、終身刑の適用範囲が必要以上に拡大していく危険性もあるのではないかと思われます。終身刑の濫用という事態も懸念しなければなりません。しかし、それ以前に、監獄経済の費用効果計算は、生涯拘禁の不経済性を許容しないのではないでしょうか。
それはさておいても、無条件的死刑廃止論から代替刑論への移行は、死刑廃止論の相対化を招きます。何のための死刑廃止か、が改めて鋭く問われるでしょう。ボードレールが揶揄したように、自己の利害のためでしょうか。自己が、個人的に死刑を嫌悪するがためなのでしょうか。代替という発想をとるならば、死刑は、抽象的には、その代替刑のうちになおも残存するわけです。原理的に終身刑が死刑を代替することはできないのだとしても、死刑という存在を根底から否認し去るという当初の構想は、崩れていくでしょう。代替刑の構想が、“政治的には”死刑廃止への近道になることがあり得るとしても、それによって失うものは、非常に大きいでしょう。
こうした死刑廃止論の相対化も、日本では、オウム教団事件のころから高まってきました。後にも述べるとおり、93年の死刑執行再開直後に相次いで起きた一連のオウム事件は、死刑の無効性を裏書きするものと言わざるを得ないのですが、事件を機に、死刑廃止論の側が、代替刑論へ急カーブを切った背景には、やはり、既に述べた被害者アイデンティティに対する人道的大義の無力、そこから来る、ある種の敗北主義的な思想転回があるのではないかと思われるのです。注9
さて、以上に見たような死刑廃止論の危機状況の中で、なお、死刑廃止を妥協することなく希求するためには、議論の再編成が要請されます。その試みは、既に一部で始まっていますが、その場合、どのような視座に立って新たな廃止論を構築するか、が重要です。人道的大義を再検証することはもちろん必須でありますが、それだけでは不十分ですし、再検証が、廃止論の悪しき相対化を結果する危険も高まっています。代替刑論などは、そうした、十分に省察されていない思想転回の好例なのです。
それで、ここでの再検証は、「脱構築的」な形態をとることになるでしょう。脱構築的思考の利点は、従来の思想構築の本筋を脱線することなく、その内に秘められていた未開明の要素を自己反省的に抽出することができることにあります。注10 その思考過程で、従来死刑廃止論に向けられてきた様々な反批判についても、新たな視角から再考する機会が訪れるでしょう。死刑廃止論とは、本質的に、死刑という既存の歴史的自明性に対する批判の言説でした。それだけに、しばしば批判のための批判に追われ、“感情論”という反発を呼ぶことも多かったのですが、そうした受身の言説から脱却するためにも、一度、議論を自己反省に曝してみる必要性は以前からあったというべきなのです。
注1
前掲『死刑囚最後の日』165頁。
注2
薬物注射による死刑執行が苦痛を伴わないわけでないことについて、アムネスティ・インタナショナルの資料参照。http://www.incl.ne.jp/ktrs/aijapan/2003/0310090.htm
注3
前掲『来たるべき世界のために』214頁。
注4
ただし、トマス・ホッブスは、国家をもって無秩序の自然状態を止揚する高度の強制制度と見る立場から、国家が無実の者を処刑してもそれは不法を行うことにならない、という特異な所見を吐露していた。これについては、ホセ・ヨンパルト『法哲学案内』(成文堂)82頁参照。
注5
こうした所見を公然と唱えるのが、小浜逸郎である。『なぜ人を殺してはいけないのか 新しい倫理学のために』(洋泉社)197〜198頁参照。
注6 
第3章で触れたように、米国では死刑囚の冤罪が多数発覚していながら、それが死刑廃止の原動力にはなっていない。むしろ、刑事司法手続き改善論の土俵に移し替えられている。
注7
このような発想の典型は、「全国犯罪被害者の会」代表幹事・岡村勲弁護士の次のような議論の仕方に現れている。
「加害者の人権を守る法律は、憲法を始め詳細に整備されているのに、被害者の権利を守る法律はどこにもありません。・・・中略・・・犯罪にあえば、誰でも無念の思いにかられ、裁判所が加害者を処罰して無念を晴らしてくれるものと期待しますが、裁判所は加害者の権利を守りこそすれ、被害者の味方ではありませんでした。・・・中略・・・我が国では、被害者よりも加害者が大切にされています。加害者少年を保護する法律はあっても、痛手を負って立ち上がれず身体的・精神的に苦しんでいる被害者少年を保護する法律や制度はありません。」
参照サイト:http://www.navs.jp/introduction/introduction.html
こうした考え方の問題点については後述したいが、少なくとも、法律専門職である弁護士という立場で、「加害者の人権」などという憲法・法律上にも存在しない不適切な―というより、「無罪推定原則」に反する誤った―通俗用語を繰り出しつつ、かつ、日本の刑事手続きの積年の構造的欠陥である代用監獄や弁護人立会いを排除した長時間尋問など、岡村氏も所属する日弁連がかねてから改善に取り組み、国際的にも批判・問題視されている諸点を説明することもなく、日本の刑事司法制度に関する一般市民の正確な問題意識を誤らせかねない論説を掲げることは、同弁護士自身が犯罪被害者の遺族という立場を持つ事実を考慮に入れても、一般市民への正確な法律理解の普及に尽くすべき弁護士の職責に悖ると評さざるを得ない。
名指し批判は極力しない主義であるが、弁護士がこのような論説を掲げて刑事司法の被害者領有化(刑事司法を専ら被害者の立場・利害関係を擁護するものへと変質させること)を扇動しようとすることには重大な問題があるため、あえてこのように異例の批判をさせていただく。
注8
終身刑導入論を提唱する菊田幸一は、終身刑論を「ポリティカルな発想」と評している。座談会「終身刑は死刑廃止への近道か」、『年報死刑廃止2000−2001 終身刑を考える』(インパクト出版会)所収19頁参照。
注9
これまでのところ、終身刑論が死刑廃止へ向けた議論を加速しているという徴候は見られないようである。
注10
今村仁司編『現代思想を読む事典』(講談社現代新書)414−415頁、「脱構築」(今村仁司)参照。

2006-02-12
第一部 死刑廃止を問い直す(十)
☆前回記事
【6】死刑廃止論の〈弱さ〉について
さて、死刑廃止論の再編成を考える前に、予備的に考察しておくべきことは、死刑廃止論の〈弱さ〉という問題です。
死刑廃止は、既に実現済みの国であっても、その道のりは平坦でなく、みたように、フランスでも、ユゴーの問題提起から最終的な廃止まで150年ぐらいを要している(ベッカリーアの影響下に、廃止論自体は18世紀のフランス革命期から議論されていました)。一見すると強い言説とも見える廃止論ですが、決して、そうではないのです。この点では、共産主義思想のほうがよほど強い思想言説でした。ちなみに、共産体制の下でも死刑廃止は実現し難かったばかりか、スターリン体制に象徴されるように、死刑の濫用も広く見られたのでした。そして、一般的には自由・人権を強調する国にあっても、いまだに死刑が公然と肯定されるし、また、米国のように、死刑を積極的に慫慂する政治家が少なくないところもあります。死刑廃止論は、歴史的にみても、おおむね、常に守勢にあったといってよいのです。これは、なぜでしょうか。
一つには、哲学的思惟の非協力ということがあるでしょう。死刑廃止論の系譜を見ても、本来の意味での哲学者は、含まれていません。哲学的思惟は、そのほとんどが、死刑を肯定する側に回ってきたのです。中世では、トマス・アキナスがそうでした。神学者でもあった彼は、異端者の問題を中心的に論じますが、異端者は、信仰を破壊する危険な存在であるがゆえに、死刑によって抹殺されるに値すると断じます。これによれば、死刑廃止を唱道したヴァルド派のような連中こそ、死刑に処せられるべきだということになるでしょう。彼はまた、一般的にも、公共善とか国家の平和といった観点から、死刑を強力に擁護します。注1 一般に、この時代のキリスト教神学的哲学は、例外なく、死刑に何らの疑念も抱いていませんでした。
時代下って、ベッカリーアの死刑廃止論が出た後にあっても、哲学者は、彼に批判的でした。ちなみに、ベッカリーアは、『犯罪と刑罰』の中で、社会思想を踏まえた議論を展開してはいるものの、その本領は法学にあったため、彼を純粋な「哲学者」とみなすことは難しいのです。
このベッカリーアに対しては、カントが、有名な「人倫の形而上学」の中で、批判と哲学的死刑擁護論を展開しています。注2 カント死刑論は、重要な意義を有するので、後に詳しく検討に付しますが、彼は、復讐の情念から死刑を切り離して、「人を殺したる者、死すべし」という命題を理論的に基礎付けしたところに、“功績”があります。死刑存置論の立場からすれば、現在でも、彼の議論は、必ずしも有効性を失っていません。その後、19世紀になっても、ヘーゲルが、やはり、死刑を強力に肯定しています。注3 一方、20世紀に入ると、「正義と慈愛のバランス」という観点から、死刑廃止に共感を示すエマニュエル・レヴィナスのような哲学者も存在しますが、これは、死刑廃止後のいわば事後的追認であって、彼もまた、「人を殺したる者、死すべし」という命題の肯定者なのです。注4
こうして、哲学的思惟は、死刑廃止に否定的か、せいぜい消極的支持にとどまることが多いわけです。このことについて、ジャック・デリダも、「本来的、体系的に哲学的といえる言説において、すなわち哲学としての哲学のうちどれひとつとして、いまだかつて死刑の正当性に異議を唱えたことがなかった」と述べています。注5
もう一つの要因として、法学、わけても刑法学的反動の攻勢が挙げられます。ベッカリーアの議論に対しても、最初に体系的批判の烽火を上げたのは、フランスの刑法学者たちでした。なかでも、ミュイヤール・ド・ヴーグランは、『犯罪と刑罰に対する反駁』なる著書を出し、ベッカリーアに対する徹底的な批判を展開しました。注6 日本でも、一般的には自由主義的刑法学者とみなされる平野龍一が、戦後いち早く、死刑肯定の単著を出していますし、注7 その他、死刑擁護の立場で著書・論稿を出すのは、たいてい刑法学者といってよいでしょう。死刑廃止論の系譜において紹介した団藤重光のように、単著で死刑廃止論を展開する刑法学者は現在でも稀です。
この原因もまた究明するに値しますが、これは、ヴァルター・ベンヤミンがいみじくも述べていたように、「死刑への論難が刑罰の量や個々の法規をではなく、法そのものを根源から攻撃するものだということ」に由来するのでしょう。死刑が、法そのものだとすれば、法、とりわけ刑法の整合的解釈・運用に関する知見の権威であるところの刑法学者が黙っているはずがないわけです。先のヴーグランの激越な批判は、今日の刑法学者もまた、容易に共有できるものです。特に、ヴーグランの論駁のなかで注目すべきは、殺人犯の存在自体が社会にとってスキャンダルであり、「その犯罪の記憶によっても」社会は侵害されるため、公益を守れないと論ずる点です。注8 「記憶」ということについては、後に全く別の観点から取り上げてみますが、生命を剥奪しても守らねばならない公益の保持という観念は、現在でも、様々に形を変えて、法学的思考のなかに生きており、それは、法益保護のための犯罪抑止というように、「個人主義的」に言い換えたところで、本質的には変らないのです。
こうした法学的反動は、今日では、統計学的外表を伴いつつ、しばしば操作される犯罪統計によって「治安の悪化」が宣伝される時には、とりわけ社会的説得力を発揮し、死刑廃止論の前に立ちはだかるでしょう。
三点目に移りましょう。死刑廃止論はしばしば、「素朴な庶民感情」に反する理知的議論だと論難されることがあります。これも、なるほど、死刑廃止論の弱さの一因なのです。つまり、伝承的・習俗的思考との乖離です。
いわゆる庶民の常識感覚は、複雑で、グラムシも認めるように、「曖昧かつ矛盾に満ちた多様な考え方」であり、その「主な要素は諸々の宗教から供給される。」注9 先に紹介した、森山法相の「死んでお詫びする」発言も、こうした常識感覚の露骨な表明とみられなくもなく、それだけに、優しさの死刑の中で、一定の庶民的共感を呼び起こす可能性もあります。もちろん、常識感覚はまさに複雑であるから、「お詫び」という以外に、伝統的な「犯罪者を吊るせ」というような報復の熱狂もないとはいえないでしょうが。
さらに、今日では、メディアの影響性も併せ考えなくてはなりません。メディアの感情操作装置化が、ますます進行しています。重要とみなされた「事件」は、必要な限度を超えて、針小棒大に、しかも被害者の「苦痛」に焦点を置いた報道が展開されます。メディアも、優しさの死刑に大きな役割を果たすのです。しかも、それは、一方で、庶民の常識感覚に合致している面があるため、メディアには反省の機会が生じません。犯罪情報が人の噂に依存していた時代以上に、メディアによって「リアルタイム」で、劇的に報道され、感情をたやすく刺激・操作できるようになっているのです。
これに対して、死刑廃止論は、こうした常識感覚の乗り超えを要求せざるを得ないため、反常識的という烙印を押されやすいわけです。日本の法制官僚が、死刑存置の「動機」(「根拠」とか「理由」には値しない)として、「国民世論」を掲げ続けるのも、単に、彼らの思考の機械化によるのみならず(法のシステム化状況にあっては、それも大いにあり得ますが)、以上に述べたような死刑廃止論の弱みを突いた論法が一定の有効性をもつからなのです。
以上にみたように、死刑に反対しようとする者は、死刑廃止論の弱さを、まず認識しなければなりません。論者のなかには、死刑廃止論は、既に、「敵」を論破済みで、あとは、運動の実効性いかんにかかるという楽観的展望をもつ人もないではありませんが、注10 いささか早計ではないでしょうか。
ただ、こうした弱さにどう向き合うのか、弱さを克服して、「強い」言説として、装いも新たに自己主張していくのか、この点について、さらに、省察してみましょう。
ある論者は、単に殺人はいけない、という第三者的観点からの死刑廃止論は、ある種の脆弱性を抱え込まざるを得ないとして、そういう脆弱性を引き受けて強くなるための道を考えなくてはならないと言います。そのためには、これからの時代、表現活動をしている人間は死刑になる可能性があるという発想に転換していく必要があるというのです。注11 脆弱性の引き受けという点では共感を覚えますが、「強くなる」必要はあるのでしょうか。また、表現活動と死刑を結びつけることは、現実的な観方でしょうか。後者の点について言えば、現在の優しさの死刑にあっては、被害者なき犯罪に死刑が適用される可能性は、あまりないでしょう。表現犯罪が死刑の標的になるとすれば、依然として、独裁的体制の続く第三世界においてでしょう。政治弾圧と結びついた死刑は、現在の日本や米国などの状況には、合致しないのではないでしょうか。このような問題意識では、現在的問題を把握し損ねる恐れもあります。
その点はおいても、「強い言説」を目指すということですが、この強さとは、どのような強さでしょうか。多数派的な強さということであれば、死刑廃止論がそのような強さを持つことはないのではないでしょうか。既に見たように、廃止論は、元来、「異端」の側から提起されてきたのでした。そして、系譜的にみれば、反哲学・反法学的言説でもあったわけでした。また、民衆的感覚とも衝突しうることもみました。こうなってくると、この言説が、どのようにして、「強さ」を獲得できるのか、疑問となります。廃止論の脆弱性は、その本質性格ではないでしょうか。となると、脆弱さを引き受けるということの意味は、弱さを克服して強くなることではなく、弱さを弱さのままに、引き受け続けることを言うのではないでしょうか。むしろ、弱さの活用。
この点で、注目すべき発言があります。既に紹介した、名古屋女子大生誘拐殺人事件で死刑囚となった木村修二氏(95年処刑)の支援者であったふじえちづこ氏の提言ですが、「勇ましさから最も遠い弱さで連帯していこう」と言います。 そして、処刑を、死刑囚への単なる殺人のみならず、死刑に反対するすべての人への「暴力」と把握した上、暴力に負けることを怖れないこと、暴力に負けることを非難することは、暴力を肯定する側に立つことになる、という注目すべき発言をしています(第1章参照)。
このような暴力の把握の仕方は、先に紹介した、表現行為への死刑という議論と一部交差するようですが、重要な相違点は、死刑の暴力性が一つの象徴暴力としてとらえられている点です。だから、表現行為の故に処刑されるというようなある種のフィクションに陥らず、しかも、すべての死刑執行について、それが潜在的に暴力作用を持つことを喝破しているのです。
では、弱さとはどういうことでしょうか。ふじえ氏の議論などからすれば、力の行使への忌避感覚のようなものでしょう。それを、何かに負けることの許容というところまで、拡大することもできるかもしれません。これは、ひょっとして、「運動」的発想からも遠いところにある考えではあります。死刑廃止運動にしても、それは、死刑権力に打ち勝つことを目標としています。弱さを旗印とするようなことは、自己否定になりかねないわけです。そのような危険を「論」としての死刑廃止は、内に引き受けなければならないと思います。
このことから、さらには、あなた方死刑囚のように、犯罪の誘惑に「負けた」者の受容という領野も開けてくるでしょう。死刑は、こうした「負け」を許容しない思想です。正義に圧勝を認める制度です。優しさの死刑においても、こうした「負け」への非寛容は、変りません。一方で、暴力の犠牲となった被害者の「負け」については、これを最大限度に受容し、その弱者性を強調するわけです。こういう隠された非対称性についても、批判的視点を向ける必要があるでしょう。
この弱さで勝負するという死刑廃止論はまた、より一般的な政治哲学の場面では、非暴力思想にも繋がります。この点は、さらに検討が必要になりますが、死刑廃止は、武力抵抗運動などとは遠い位置にあります。武力抵抗運動にあっては、しばしば、その内部で反党行為者処刑などの「私的処刑」がなされることからわかるように、弱さの徹底排除がなされます。死刑廃止運動において内部処刑などないでしょうけれども、それが強さへの誘惑に抗しきれない場合、既に述べた代替刑論のように、ここではおもねりの危険が生じるのです。
そうは言いましても、やはり守勢に立たされる死刑廃止論を何とか練り直すことはできないものか、デリダの言う無条件的な死刑排除の論理、原理的死刑廃止論の可能性を探ることはできないのか。これは、好いたとえかどうかわかりませんが、死刑廃止論のセキュリティホールを封じる意味では、やはり不可欠ではないかという気持ちが沸き起こってきます。
このような動機づけは本章で縷々述べてきたことと矛盾するかにも思えましょうが、死刑廃止論を強くしたいという動機には基づいていません。あくまでも、死刑廃止論の危機に対応して、それが存置論の新たな攻勢に絡め取られないための練り直しなのです。謂わば、弱さを維持してゆくための脱構築と言えましょうか。次章に譲ります。
注1
金澤文雄「聖トマス・アクィナスの刑罰思想」、団藤重光・平場安治・鴨良弼共編『刑事法学の基本問題 : 木村博士還暦祝賀. 上』(有斐閣)所収199頁以下参照。なお、彼は、ヴァルド派聖書解釈を意識して、「悪をなす者たちを生かすべからず」という聖書の文言を挙げて正義の熱意からの死刑は禁じられないことを強調している。
注2
「―しかし人を殺害したのであれば、死ななくてはならない。これには正義を満足させるどのような代替物もない。苦痛に満ちていようとも生きていることと死とのあいだに同等といえるところはなく、したがって、犯人に対し裁判によって執行される死刑以外に、犯罪と報復とが同等になることはない。」坂部恵・有福孝岳・牧野英二編『カント全集11巻』(岩波書店)180頁以下参照。
注3
「だれかが人を殺すとき、その人は殺人をよしとし、あるべきものと考えている。かれが思考する存在である以上、殺人行為は個別の行為ではなく、一般的な(共同的な)行為であって、自分も自分の考えに包摂されます。犯罪者の主観的意志が共同意志のもとに置かれる、というのが、刑罰の内的本性にかかわる一般的な論点です。」ヘーゲル著/長谷川宏『法哲学講義』(作品社)201頁。
注4
エマニュエル・レヴィナス著/内田樹訳『暴力と聖性―レヴィナスは語る』(国文社)127頁。また、前掲『来たるべき世界のために』324頁の注22も参照。
注5
前掲『来たるべき世界のために』210頁
注6
前掲『死刑制度の歴史』64頁参照。
注7
平野龍一『死刑』(日本評論新社)。ここでは、個人を超越した人間性の擁護と生命をもって償わねばならない価値の存在を教える一般予防という観点から、死刑が肯定されている。
注8
ヴーグランは、ここで記憶の抹殺に関わる問題系を提起している。犯罪者と名指される者を記憶ごと抹殺しようというのである。
注9
片桐薫編『グラムシ・セレクション』(平凡社ライブラリー)207頁以下参照。
注10
死刑廃止論者である中山千夏氏は、死刑廃止論が「嫌われる理由」を嫌煙権論と対比しながら興味深い議論をしている。そして、「嫌われるのは辛いが我慢しよう」とも。中山千夏「死刑と喫煙」、前掲『現代思想2004年3月号』60頁以下所収。
注11
鵜飼哲・小森陽一「受苦の語り―死刑廃止の論理をめぐって」、栗原彬・小森陽一・佐藤学・吉見俊哉編『越境する知2 語り:つむぎだす』(東京大学出版会)所収252頁(鵜飼発言)

2006-03-08
第一部 死刑廃止を問い直す(十一)
☆前回記事
【7】死刑廃止論の再編成
@再編成の視座
今までの考察を踏まえて、いよいよ死刑廃止論の再編成に取り組んでみたいと思いますが、ここでも、まず初めに、どのような視座から再編成するのかということに関して、もう一段の予備的考察をしておきます。
まず、一言で申せば、それは、ヴィクトル・ユゴーが1848年に議会論争の際に述べた大要次のような趣旨にまとめることができます。
「死刑廃止は、単純で純粋で決定的でなければならぬ」注1
私はこの発言をさらに分節化して、次のような視座を立ててみたいと思います。
A:単純性
単純性とは、廃止は少なくとも条件付きのものであってはならないということです。とりわけ、代替刑の提案を拒否します。
現在、日本の死刑廃止運動の主流はますます代替刑論に走っていますが、死刑を政治取引の材料にしてはならないと考えます。強固な死刑支持者であったカントが述べていたことを繰り返せば、「人を殺害したのであれば、死ななくてはならない。これには正義を満足させるどのような代替物もない」のでした。死刑制度の正義性を無条件に確信する者にとって死刑の代替刑などはないのです。
現在、廃止論者の一部が主張する終身刑にしても、それは死刑の次善策に過ぎません。再びカントの言葉を借りれば、「苦痛に満ちていようとも生きていることと死とのあいだに同等といえるところはなく、したがって、犯人に対し裁判によって執行される死刑以外に、犯罪と報復とが同等になることはない」のです。
仮に、政治取引でもって終身刑の導入と引き換えで死刑が廃止されたとしても、それは死刑と同等ではあり得ないのですから、終身刑の適用範囲は拡大する恐れが大です。つられて刑罰全体が厳罰化へ動く危険が高いのです。法学者が期待しているとおりに、従来の死刑の代わりにすっぽりと終身刑が収まるというようにはいかないでしょう。注2
B:純粋性
純粋性とは、何らかの政治的思惑からの廃止論ではあり得ないということを意味します。例えば、対外的なイメージをアップするためといった思惑からの廃止論ではないということです。
この点で、しばしば廃止運動家に「死刑廃止の国際潮流」を強調する向きがありますが、これには一定の疑問を留保したいところです。もちろん、国際潮流に反して、国家主権を対抗させたり、ましてや独自の「死刑文化」を称揚するような愚論に与するつもりは全くありませんが、単に国際基準に合わせるといった考慮(ある種のグロ−バリゼーション)が根底にあるとすれば、それは不純であると思います。注3注4
カント流儀に定言命令を掲げるつもりもありませんが、少なくとも、政治的な思惑に基づいた廃止論には乗らないという視座は維持したいと思います。つまり、死刑廃止はその内在的な理由に基づいて展開されなければならないということです。
C:決定性
決定性とは、死刑廃止論が暫定的な言説にとどまっていてはならないということです。例えば、ごく若干であれ例外を許すものであったり、自己反転して存置論に置換されてしまうようなものであってはならないということです。
既に廃止論の議論は出尽くしたとも言われます。たしかにそうかもしれませんが、それらの議論は、しばしば暫定的なものにとどまり、多くの留保や例外、反転可能性を伴っていることはこれまでの叙述でもかなり明らかにしてきました。
この点、デリダは、「・・・カントあるいはヘーゲル型の言説を、言うなれば脱構築していないかぎりは、廃止論の暫定的言説にとどまってしま(う)」と指摘しています。注5 ただ、私自身は、カント・ヘーゲル云々よりも、従来蓄積されてきた廃止論の根拠それ自体の内部を通って脱構築することによって、決定性に到達したいと思います。これまで蓄積されてきた廃止論の論拠の中には、まだ凍結されたまま活用されていない部分が幾つか残されています。私は、それらを解凍して取り出し、議論の再編成を試みたいと考えます。従って、私の議論は死刑廃止論に格別新たな議論を付加しようとするものではありません。
ただし、一つ留意点があります。それは、qui nimium probat, nihil probat.(余りに多くを証明する者は、何ものをも証明せず)。例えば、「死刑は絶対悪である」というような命題の証明は目指さないということです。完全な論証は論証でなくなるということは、このローマ法の格言どおりであり、かえって論理の破綻ないし行きづまりに繋がる危険性があります。注6 前回も述べたように、死刑廃止論はある種の〈弱さ〉を維持したままであってよく、完全な論証でその絶対性を主張することは必要ないと考えます。ただ、存置論から脆弱性につけ込まれて引き摺り倒されるようなことを避ければ足りるのです。あくまでも〈弱さ〉で勝負するのです。
注1
前掲『来たるべき世界のために』307頁注(21)参照。
注2
この点に関して、石塚伸一氏は、本文で述べたような比較的楽観的な予測をしているが、これには疑問が残る。石塚伸一「終身刑導入と刑罰政策の変容―終身刑は死刑の代替刑たりうるか」、『現代思想2004年3月号』(青土社)所収、176頁参照。
注3
トルコのように、加盟国に死刑廃止を条件付けているEU加盟を可能とするために政策的に死刑を廃止した国もある。死刑廃止のプロセスという点からみれば、外圧による死刑廃止と言えるパターンを示しているが、これも一種の政治的思惑からの死刑廃止である。
注4
注3に関連して、いわゆる国連死刑廃止条約の批准を求めることは、本文で述べた純粋性と矛盾するものではない。今日、死刑廃止は国際法のレベルに格上げされ、国家主権を超えた(あるいは主権を国際的に制約する)地点に議論が設定されているのであり、従って、もはや一国だけの問題にはとどまらないのである。これは、運動論の観点からは重要であるため、後に取り上げたい。
注5
前掲『来たるべき世界のために』215頁参照。
注6
ホセ・ヨンパルトは、「人命の尊厳」を根拠に死刑の絶対悪を導こうとしていた菊田幸一を批判する文脈で本文の格言を引いている。ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力―その思想と現実、理論と歴史』(成文堂)246−247頁参照。ちなみに、この菊田氏は、近年は代替刑論の主唱者であり、遂に事実上の(暫定的)死刑存置論にまで後退してしまっている。座談会「終身刑導入は死刑廃止への近道か」『年報死刑廃止2000−2001終身刑を考える』(インパクト出版会)所収6頁以下参照。

2006-03-15
第一部 死刑廃止を問い直す(十二)
【7】死刑廃止論の再編成
A死刑の不能性―(@)
私は、死刑廃止というよりも、死刑の不能性ということを考えてみたいと以前より考えていました。このことは、これまでの廃止論の中では冤罪論として提起されてきた御馴染みの議論から引き出したものです。
冤罪論とは、つまり、死刑の弊害を説くものであって、「冤罪であったら、取り返しがつかない」というものでした。なるほど、死刑における冤罪は執行後に取り返しがつかないため、重大です。ただ、この議論では、明々白々の現行犯であったらどうだ?というような一見してもっともらしい批判を招き寄せます。
なるほど、衆人環視のもとで大量殺傷事件を起こしたような人に冤罪論は当てはまらないだろうという死刑存置論者の勝ち誇りは一理あるでしょう。
だが、問題は、「明々白々の現行犯」などあるのだろうか、ということです。たしかに―滅多にないことではありますが、想定できるケースです―Xが大勢の人が見ている場でいきなり人をナイフで次々と刺し殺して、現行犯逮捕されたというようなケースで、一体冤罪論は当てはまるのかということは、もっともらしい理屈です。
こういった派手な?事件は必ずテレビで大々的に報道され、Xが現行犯逮捕されたこと、さらには、その生い立ちから人間関係まで事細かく報じられ、悪魔化されていきます。その速度が、テレビ報道の発達により急です。あっという間にXは「有名人」になります。社会的には、Xの有罪は事実上確定してしまいます。Xについて冤罪を云々すること自体、ナンセンスだというのは一見して抗い難い常識論です。
しかしながら、こうした場合でも、Xは司法制度によってのみ裁かれ、刑罰を科せられます。これは、現代では絶対的要請です。注1 しかも、現行犯であれ、いわゆる「推定無罪」からスタートします。Xが有罪となるためには証拠が必要で、しかも自白だけでは足りません。こういう場合でも、Xが「有罪」と認定できるためには、大勢の人の目撃証言が必要です。つまり、常に、証明が必要です。その証明とは、いわゆる「疑わしきは被告人の利益に」の適用により国側(検察)が責任を負い、しかも厳格な証明によるとはいえ、それは100%の確証である必要はありません。せいぜい、80〜90%であればよいのです。(無罪であるとの)合理的疑いを超える程度に証明するなどといわれます。
そのうえ、現代では裁判官の自由心証主義、つまり、証拠の価値をいかに判断評価するかについて裁判官の裁量が全面的であり、これこれの証拠が備われば自動的に有罪であるというような法制は採っていないわけです。
結局、現代の刑事司法は、事後的に事件の証拠を集め、検討し、裁判官が「合理的疑いを超える程度の証明」があったと認定すれば有罪となるという事後検証的で相対的な制度を採っています。
さらに、有罪確定後であっても、再審制度により確定判決が覆される可能性が残っています。あなた方の中にも再審で確定判決を争っている人は少なくないかと思います。
メディア上や巷間では、しばしば「犯人」とか「犯罪者」という言い方がされます。あなた方死刑囚もされたことと思います。こういう言い方は、その名指しされた人が100%その犯罪を行ったという前提になっているわけですが―また、名指しされたあなた方自身がなるほど名指しされるだけの身に覚えがあるということもあるでしょうが―こと現代司法では、100%犯人であるという想定はないわけです。常に証拠からみての蓋然性の問題です。
そもそも「明々白々の現行犯」と言いますが、それを実際に目撃した人は限られています。たいていの人は、メディア(特に、テレビ)でXが犯人であると言われているから、そう「信じている」だけです。裁判官もまた、提出された証拠に照らせばXを有罪とみなしてほぼ間違いなかろうと「確信」しているだけです。
それで、法律でも「被疑者」とか「被告人」といった語を使用します。有罪が確定しても「受刑者」とされます。現代刑事司法は、どこまでもある人が絶対的に犯人であると決めつけることをせず、相対的で可変的な形で「犯人であることの蓋然性」を追求していきます。
これに対して、旧時代の刑事司法は、神や王の権威に基づいて行われていました。神や王は絶対者です。このような制度では、自白が重視され、厳格な証明など要りません。推定無罪もありません。拷問を許す苛烈な取調べで自白した者は「犯人」であり、その者は背信者として神や王の名において断罪されます。
そして、この時代にこそ、死刑は「全盛期」を迎えたのでした。刑罰と聞けば刑務所より死刑がイメージされた時代です。
死刑は絶対刑とも呼ばれます。それは、人の存在そのものを社会から永久に除籍してしまい、もはや二度と復活を許さないからです。現在ではほとんど見られなくなってきましたが、耳そぎ、目潰し、手足の切断などのように人の身体を修復不能な形で毀損する体刑も絶対刑の範疇に含まれます。このような体刑と死刑とは同時代的にその全盛を誇った古典的な二大刑罰です。
面白いことに、現代では死刑を存置している国でも体刑は廃れています。注2 絶対刑は司法制度の現代化、つまり先に述べたような事後検証的で相対的な証拠裁判が強くインプットされるに伴い、それと機を一にして廃れていっているのです。しかし、人の身体を毀損するという意味では究極的な体刑であるはずの死刑だけは、司法制度が現代化された地域であってもなお残存しているのです。これは、少し不可思議なことです。抹殺してしまうほうが体を毀損するよりも「人道的」であるということなのでしょうか。注3
ですが、絶対刑は何といっても犯人の絶対的確定を前提としている刑罰です。絶対犯人であるからこそ、生命でも手足でも耳でも取り去ってしまうことができるのです。犯人である蓋然性でみるなら、絶対刑は成り立たないでしょう。刑罰効果に伴う法益侵害は、常に相対的に事後的に可変的に加えられなければならないということになるはずです。ですから、典型的には金銭による罰金や刑務所という所定の場に一定の期限を区切って収容するといった相対刑が中心的になるわけです。
さらに踏み込めば、絶対刑は現代の証拠裁判には整合しない、そのような制度を通じてはもはや執行できない刑罰であるという一般論を立てることさえできると思います。これが、表題の「死刑の不能性」という視点です。
「死刑は司法的に不能状態におかれる。もしも死刑を強行するならば、それは一種の法外処刑を発動させることになる。」
現時点では極論だと評されることは認めます。法外処刑=extra-judicial executionとは、普通、通常的な司法手続きを取らずに軍や治安機関が秘密裡に処刑するようなことを言います。これは、一部の諸国では国際人権上も深刻な問題となっています。しかし、通常的な手続きに則っていながら「法外」であるというのは国際人権法の常識には外れるでしょう。それでも、私は死刑一般を「法外」のものであるとみなします。
この場合、たとえ形式的に司法手続きが取られたとしても、本来不能である刑罰を強行するものですから、それはやはり「法外」のものなのです。注4
法律上も死刑が廃止されてはじめて死刑は法外のものとなるという論法は、形式論としてはそのとおりですが、そこに留まっていては司法制度の本質まで遡行して充分省察したことにはなりません。「法外」ということを、証拠裁判制度の根幹まで遡行して、死刑制度をもう一度捉え直すことが必要であると思います。このようにしてはじめて、従来の冤罪論からの死刑廃止論の脱構築が可能となります。
注1
海外ではしばしば深刻な人権問題である軍・治安機関による秘密処刑(事実上の虐殺)のようなケースは考慮の外におく。
注2
例外は、イスラーム圏のシャリーア法適用国ぐらいであろう。
注3
おそらく、生命という価値が身体そのものから分離され、抽象化されていることに関係しているだろうが、ここではこの問題に深入りするだけの準備がない。
注4
ただし、シャリーア法のように神の律法にして自白を重視する法制のもとでは、この議論は成り立たないであろう。死刑一般を法外のものとみなし得るためには、通常理解される意味での証拠裁判主義の司法制度(それは結局「西欧的な」司法制度とほぼ重なるであろう。)が採用されているという前提条件を必要とする。
ちなみに日本はこのような意味での司法制度を採用していることは間違いないものの、そこに「日本的特質」、例えば、自白重視や証拠法則の緩い適用などの諸特徴があることはたしかであるから、実は「非西欧的な」独異の司法制度ではないか、という疑念もある。しかし、シャリーアとは異なり、このような「日本的特質」は公式に制度化されているものではないため、本文の叙述に影響を及ぼさない。つまり、日本においても、死刑はすべて「法外」のものであるとみなしてよい。

2006-03-26
第一部 死刑廃止を問い直す(十三)
☆前回記事
B死刑の不能性―(A)
ここで、前回申したことの補足をしておきたいと思います。前回述べた死刑の不能性の根拠として、私は、厳格な証拠主義と自由心証主義に象徴される現代司法の相対的性格を指摘しました。
けれども、これは、全く逆に解することもできるのではないかという疑問もあるであろうと思います。つまり、厳格な証明によって有罪の結論に達した以上は、死刑に処することを躊躇する必要はない、ましてや、当人も有罪を認めているような場合は、という疑問です。
たしかに、証拠に基づく厳格な証明を本質とするような司法制度は、人間の科学的理性に信頼をおく啓蒙主義の産物であり、前近代的な裁判に比べても格段に正確であるという観方も不可能ではありません。それゆえに、有罪が証明された以上は、死刑のような絶対刑でも安心して?執行してよいのだという理屈です。
これもまた一見してもっともらしい常識論として素通りされてしまいやすい理屈ですが、ここでも慎重な留保が必要です。
それは、人間の判断力の限界という問題です。いかに科学的な証拠を厳格に判断するといっても、人間の判断力に絶対の確実性はありません。
たとえ、将来判決をコンピュータがするようになっても、プログラムを作成するのは人間ですし、機械的故障の危険もありますから、裁判をコンピュータ化して「サイバー判決」をすればOKだと即断することはできません。
人間はたとえコンピュータの助けを借りても、やはり間違うものです。人間の判断力はどこまでも可謬的です。だが、このことをどうしても認めたくない人たちもいます。権威主義的な価値観を持つ人や極度にイデオロギシュな思考をする人などがそれです。注1
とりわけ、科学万能時代には、科学への過信という絶対主義的思想が生まれます。例えば、昨今では裁判でも御馴染みとなってきたDNA鑑定などはその最たるものでしょう。DNAが一致したということもそれは蓋然的判断であるに過ぎないのに、あたかもそれがかつての神のお告げのように絶対的有罪の徴として受け取られてしまうのです。注2
人間の判断力とは、結局のところ、経験則に依存しています。そもそもからして、科学はすべて経験科学であり、それぞれの領野において試行錯誤を繰り返しながら経験則の精緻化を追求してきたのです。逆から申せば、人間の精神史とは、それだけ誤謬の歴史でもあったということになります。人間は間違いを連綿と犯してきたし、今でもそうです。人間は、権利上誤まる存在者であるとさえ言えましょうか。
裁判も同じで、いかに「科学的証拠」が普及したところで、その信用性の判断は、煎じ詰めれば、挙げて経験的直観によるしかないのです。まことに、危ういものです。
しかも、こうした経験的判断力は、時と場にも制約されますから、例えば、迷信深い社会では、経験的判断に迷信が取り付いてきます。例えば、古い時代の盟神深湯(くがたち)のように、煮え湯に手を入れて爛れたら有罪、そうでなければ潔白などということが本当に信じられていた時代には、これも一種の「経験則」であったのです。
これは極端な例ですが、現代なら、テレビで大々的に報道され、起訴されるより前に犯人として「悪魔化」された人は、もはやほとんどの人が「有罪」を信じてしまうでしょうから、こういう場合にはえてしてすべての証拠関係がその人に不利に判断されてしまいやすいのです。現代では、テレビというあの電子箱が盟神深湯(くがたち)の代わりをしているのかもしれません。
ちなみに、既に紹介したように絶対的な死刑存置論者であったカントは、人間の判断力を妄信することなく、むしろ、それの限界を認識しつつ、先験的という意味で「根源的に」獲得されたものとしてのア・プリオリな判断力というものを提示しました。注3
けれども、これはやはり哲学者特有のレトリックというもので、生得的でもない経験的でもない根源的判断など、少なくとも、裁判のようなすぐれて実践的判断の現場でよくなし得るものではありません。カント哲学が、良くも悪くも観念論と呼ばれる所以でしょう。
しかし、裁判における証拠評価では、所詮、経験的判断に頼るほかないのです。簡単な例を挙げれば、複数の人が被害者Aの死亡推定時刻に近い時間帯に被告人Bと路上で口論しているのを目撃したとか、Bにはその時間帯にアリバイが成立しない、といった証拠からBが犯人である蓋然性が高いと判断するのは、先験的判断などではなく、どこまでも経験的判断です。犯罪に関する一定の社会経験的判断―それは必ずしも論理的分節的推論とは限らず、直観的判断も含まれます―に基づくものです。ですから、社会的経験の乏しい子どもは、裁判官や陪審員には適切でないわけです。
もっとも、現在の日本のように職業裁判官だけによる裁判なら、「素人」が参加する陪審裁判などよりもまだ信頼がおけるのではないかという疑問もあり得ましょう。
しかし、これも否です。経験的判断について、職業裁判官に一般市民を超えた特殊な能力が備わっているわけではありません。たしかに、かれらは「事実認定」という司法技術について所定の研鑽は積んでおり、そのためのマニュアル的なテクストも出されているようですが、それらといえども、結局は裁判の歴史において蓄積されてきた経験則をある程度集大成し、体系的に整理した結果にすぎず、絶対的に誤りを防止できる特効的虎の巻などは存在しません。
そういうこともあり、現代の裁判制度では、上級審や再審といった制度により、裁判の誤りを事後的に是正する道が開かれているわけです。謂わば、フェイル・セイフ(fail-safe)の諸制度です。中でも、確定判決を事後的に是正する再審制度は誤判に対するフェイル・セイフの最後の関門であり、この制度の装備は、死刑制度と鋭く矛盾します。死刑執行後に再審で本人を直接救済することは不可能だからです(当然ながら、残された家族や支援者が「救済」されても仕方がないのです)。
もっと言うならば、死刑の廃止ということ自体もまた、こうしたフェイル・セイフの要請に基づくものであって、絶対刑を廃止すること全般がフェイル・セイフであると言って過言ではないでしょう。
こうして、啓蒙主義の産物である現代の証拠裁判は、何と危ういものであるかが判ります。啓蒙主義における理性絶対視の傾向については、現在では哲学的にも多くの批判が加えられており、「ポストモダン」を云々するまでもなく、もはや古典的となった論点ですが、こと死刑問題になると、とりわけ存置論は理性絶対主義的態度を露骨に示し、「科学的裁判」なるものに絶大な信用性を刻印しようとします。しかし、これはおそらく、死刑の絶対的正しさというかれらの信念を明証するために、「科学的理性」を道具的に利用しているのであろうと推察されます。その意味で理性の道具化の一例です。
さて、補足的議論のつもりがかなり長くなりましたが、死刑の不能性ということを、司法制度の構造のみならず、人間の判断力の限界、不可避的可謬性という視座からも捉え返すことには、大変重要な意味があることを再度結論的に強調しておこうと思います。
注1
このような権威主義的傾向や絶対主義的思考と死刑存置論は親和性が高いと考えられる。
注2
現代の「科学時代」にも旧来の迷信がなおはびこっているが、近年は迷信までが科学的装いを纏っている。いわゆる「似非科学」現象である。
注3
カント哲学の一般論の部分と彼の死刑論とのつながりについても究明する価値があるが、経験論を排して先験的判断力を提示したことは、死刑のような絶対刑の強烈な肯定と内的に関連していると思われる。

2006-04-02
第一部 死刑廃止を問い直す(十四)
☆前回記事
C死刑の不能性―(B)
これまで強調してきた「死刑の不能性」という表現にどこか違和感が持たれるとすれば、それは、主権という観念に対する一つの挑戦であるからかもしれません。
しかし、デリダも指摘していたように、死刑問題を考察するうえで、主権との関わりは避けて通ることができません。刑罰権、中でも死刑の権能は、意識されていると否とを問わず、主権の作用として執行されているからです。注1
主権というものは、その本性からして全能的なものです。それは、国王の絶対権と歴史的に結びついています。それが「国民主権」とか「人民主権」といったテーゼに移行した現代でも、なお主権には万能イメージが込められています。注2 
それは、特に人間を合法的に抹殺する例外権能に現れます。そのうち最も大規模で、かつ対外的な側面において発現するのが戦争の権能でありますが、それと並んで、死刑の権能もまた主権に属する例外権能として残されているわけです。
この点では、欧州におけるように、死刑が既に「廃止」されている地域ないし国にあっても、その「廃止」が単に政策的次元のものにとどまるときには、死刑の権能はなお完全に主権から除去されてはいないのであって、それは、単に政策的な考慮から「制約」されているにとどまるのです。
とは言いましても、主権内部における独立の司法権の発達は、主権そのものに多くの内在的な制約を課してきたことは否定できません。既に、死刑を科すのに独立した法廷での審理が必要であるということ自体からして、主権=死刑権能に手続き的な面から制約を課していることにほかならないのです。このように限定的な制約であれば、ほとんどの死刑存置論者も認めていることと思います。
私の議論もこうした司法権による主権の内在的制約ということの延長上に成り立っているという点では、従来の議論とそうひどい隔たりがあるわけではないのですが、私はさらに一歩を進めて、死刑の権能というものを、主権の作用から完全に除去してしまおうとしており、そのために、あえて「死刑の不能性」という表現を使用しているわけです。
このときに、慣例的な「人道主義」の精神に訴えないのは、「人道主義」からの死刑廃止とは、所詮、主権に対する外部的・政策的制約にすぎないからです。外側から主権の手足を縛るようなもので、それでは、本当の意味で死刑を除去したことにならないのです。注3
ただ、司法による主権の抑制というものは、非常に微妙で壊れやすいものでもあり、しばしば司法自体が侵害・破壊されてしまう傾向にさえあります。そもそも、司法権自体が、主権の内部にあるその一作用ないし部門ですから、どうかすると、司法は脅かされるのです。
司法とは、主権内部にあって、その当の主権の作用を法的にコントロールする主権の自己抑制装置でもあり、そのために中立性と独立性が保障されています。主権内部の、謂わば「野党」のようなものでもあるわけです。そして、まさにこの理由のために、一方で、司法は疎外され、侵害される危険に常にさらされています。
こうした司法侵害は、決して「独裁国家」だけの専売ではありません。民主主義を標榜していても裁判官の人事に政治的思惑が反映されたり、また、特定事件の判決が「軽すぎる」とか「無罪」判決に対するメディアによる否定的・煽動的論評、さらに、近年では、「厳罰」を裁判所に求める署名運動といった、それ自体としては「民主的」な手法を通じて、司法に政治的圧力をかける動きも見られます。
こうして、司法の原理は大変脆弱なものであり、始終介入と攻撃にさらされているといっても過言でないのですが、それでも、司法という主権の自己抑制なしに、主権は正当に存立し得ないのです。司法の原理を欠いた主権は、ブレーキなしの自動車以上に恐ろしいものです。それは、容易に「殺人機械」に転じるでしょう。注4
この司法の原理を突き詰めていけば、死刑のような絶対刑の権能は、そもそも認め得ないことになるのです。その実質的な公理は、前回・前々回に説明したとおりであり、厳格な証拠裁判と自由心証という現代司法の根幹から導かれるものでありました。また、それに付加して、人間の判断力の可謬性への慎重な留保ということも述べました。
結局のところは、この最後に付加した可謬性ということが、主権の絶対的契機を除去することの決め手になると考えられます。全能の神や王ならぬ、一介の人間である裁判官ないしは陪審員が審理する現代の法裁判では、司法制度は、誤りの是正可能性に対して常に開かれていなければならないのです。そのために、死刑のような(修復不能な体刑も同様)絶対刑の権能は、主権作用からは除去されてあるべきなのです。注5
このような主権の絶対無謬性の否認という身振りは、まさに、民主主義の本旨、別の形で言い換えられた民主主義の論理そのものでもあるのです。ですから、今日では、死刑の存否は、その国の民主主義のバロメーターとしての意義を持っているとさえ言えます。死刑が存続している(実効的に執行されている)国では、主権の絶対的契機がまだ除去されておらず、民主主義が未熟ないし粗野な段階にあります。
したがって、しばしば死刑廃止論者の口からも聞かれる「民主主義国の中で死刑を存置しているのは、アメリカと日本だけである」という言表は、的確でないと思われます。「死刑を存置しているアメリカと日本は、それらが標榜する民主主義の論理に忠実でない」というように改められるべきなのです。「民主主義の下でも死刑は存立し得る」というような命題を許すことは、死刑廃止運動にとっても有害な作用を惹起することでしょう。
注1
前掲『来たるべき世界のために』208頁参照。
注2
「国民主権」を強調して、「民意」による死刑というものを措定してみせる向きもあるかもしれないが、「民意」を媒介にした主権=死刑は、国王権を土台とした死刑以上に固着しやすい面もある。死刑を国王権に基礎付ける場合には、かつての「啓蒙専制君主」のように、王の専断によって死刑を廃止又は停止するという措置も採り得るわけであるが、「民意」が主権者の位置に鎮座すると、こうした「啓蒙」が効かなくなりやすいのである。
注3
とはいえ、人道的な心情論を冷笑する最近の趨勢に与するわけでもない。後に述べる機会があろうが、こうした心情論抜きに死刑廃止論は完結しないからである。あくまでも、「死刑の不能性」を論じる限りで、人道論は棚上げにしておきたいのである。
注4
「殺人機械」の害は必ずしも大量虐殺のような事態ばかりでない。例えば、日本のように、少数であっても毎年確実に死刑を執行するということが慣習化している場合には、むしろアナーキーな「虐殺」以上に「機械性」が強いとさえ言えるのである。だが、この「機械性」は、その本質上、恣意的なものである。日本の死刑執行の恣意性については、ホセ・ヨンパルト『人間の尊厳と国家の権力』(成文堂)267頁以下参照。
注5
そもそも「主権」というような旧時代的な観念を維持し続けるべきなのかどうかということも問題とされようが、さし当たって本稿の主旨からすれば、主権論の否認までは突き進まないことにしている。ただし、「主権」という観念の中に、その論理上死刑のような絶対的契機が内在しているのではないか、との根本疑問は意識しておきたい。

2006-04-20
第一部 死刑廃止を問い直す(十五)
☆前回記事
D死刑の無益性―(@)
さて、前回までは死刑の不能性という視座から、死刑廃絶のための原理的な論拠を検討してきたのですが、これだけでは、まだ死刑廃止論の再編成は完結しません。
死刑の不能性という視座は、あえて言えば、やや迂回した議論であって、ここでは、死刑制度そのものに関する価値判断は留保されているのです。つまり、死刑が是であろうと非であろうと、ともかく死刑を(語の真の現代的意味での)「司法」によって行うことはできないとして、国家主権に内在的制約を課すという論理でした。
しかしなお、死刑は果たして有用なのかという問いの解明が残されています。この有用性という視座で死刑廃止論を初めて展開したのが何度も言及しているベッカリーアであったわけで、彼はまた功利主義という近代的哲学の代表格の一人でもあったのでした。
このようなベッカリーアの論理に対しては、デリダは批判的であって、ベッカリーアの論理を超えて「純粋に原理的な死刑廃止論の言説」を練り上げなくてはならないと述べています。注1
つまり、功利主義的な視座からの死刑廃止論では相対的な廃止論に留まり、真の死刑廃絶につながらないというわけで、これは、言わば、無条件的死刑存置論者であったカントの逆を行く形で、「無条件的死刑廃止論」を目指そうという示唆であったと思われます。
このことは、第6章で述べた死刑廃止論の〈弱さ〉という問題にも関連しますが、デリダはここで〈強い〉言説としての死刑廃止論を追求しようとしているように見えます。おそらくカントないしヘーゲルへの対抗という問題意識があるものと思われます。注2
しかし、功利主義的な発想をそう簡単に斥けてよいものか疑問が頭をもたげます。むしろ、功利主義的な思惟は、カント‐ヘーゲル流の「観念論」的思惟に対するアンチテーゼになり得るものだと考えます。
実際、イギリス功利主義哲学の元祖ともみなされるベンサムは、ベッカリーアを評価し、死刑廃止に賛成していました。注3 ところが、彼の弟子で『自由論』の著者、J・S・ミルになると、「死刑が通常非難されるまさしくその根拠、すなわち犯罪者に対する人間愛を根拠に置きつつ、死刑を擁護する」という論理でもって死刑に賛成するのです。注4
このミルの論理はそれ自体としてもなかなかユニークなもので、「犯罪者に対する人間愛」から死刑に賛成するというのです。注5 これは、一面で、第5章で議論した人道主義が反転した形の死刑論という意味合いもあり、興味深いものがありますが、ここでは、ミルが功利主義者でありながらも、師・ベンサムとは異なりリベラリズムに傾斜し、功利主義的な思惟においては徹底しない面があったことが注目されます。
結局、功利主義は、原理的には「純粋さ」を欠くとしても、死刑廃止論とは親和性があるのだと考えられます。
功利主義的な発想に立てば、有用性のない刑罰にはいかに「原理的」な根拠があろうと否定的となりますから、少なくとも、死刑制度に頑強に固執する態度からは自由になれます。
カント流の観念論は、無条件的に死刑の絶対的正当性を強制するという点で、権威主義的であり、異論を持つ人にも働きかける、言わば(こなれない用語ですが)説得責任を放棄している点では、独善的でもあるのです。
功利主義は一定の社会的事実に即して事物の是非を問う態度ですから、ある意味では、「社会学」的でもあり、たしかに哲学的でない面があるため、「哲学的言説」としての死刑廃止論を求めるデリダのような哲学者の思惟態度には違和感を与えるのかもしれません。しかし、そうであればこそ、功利主義的な観点からの介入は、カント型の有無を言わさぬ死刑論に対するアンチテーゼとなるのではないかと思われます。
そういう意味で、死刑の不能性ばかりでなく、無益性をも問うことは、決して「無益」ではありませんし、もちろん有害でもありません。
ただし、問題は、どのような切り口で有用性を議論するかにあります。ベッカリーアをはじめ、現代に到っても、通常の功利主義的議論は、死刑の犯罪抑止力の有無という観点から議論しようとします。つまり、「死刑には、それ自体として、あるいは他の刑罰と比較して、格別の犯罪抑止力は認められない」という議論をします。
これはこれで間違いではありませんが、ここには、犯罪という現象を「社会」と交差させながら考察する視点が欠落しています。犯罪とは常に「個人」の逸脱行動であるという前提での発想が固着しているのです。
けれども、犯罪は社会現象です。このことを一般的に否定する人はあまりいないにもかかわらず、いざ死刑などを論ずる場面になるとこのことが忘却され、罪を犯したとされるあなた方「個人」を糾弾する性急な所作に出ることが多いのです。
こうした態度を改め、犯罪の社会的性格と社会的規定性とを見据えること、そういう社会的な観点から死刑という制度の有用性を問い直すこと、これが、死刑の無益性を新たな角度から捉え返すことの意味であります。
このところで、萌芽的にはベッカリーアにおいて既に現れ、注6 ユゴーにおいてに明確に意識され、マルクスにおいて理論的に仕上げられるであろう階級制と犯罪の関わりについての省察を回避することはできなくなるでしょう。
注1
前掲『来たるべき世界のために』128頁。
注2I
同書、215頁。「・・・・・カントあるいはヘーゲル型の言説を、言うなれば脱構築していないかぎりは、廃止論の暫定的言説にとどまってしまいます。」と述べる。
注3
J・ベンサム著/E.デュモン編/長谷川正安訳『民事および刑事立法論』(勁草書房)573〜574頁及び559頁参照。
注4
M・グロスマン著/及川祐二訳『死刑百科事典』(明石書店)224〜225頁参照。
注5
ミルの場合、終身刑をより残酷とみることから反転して死刑擁護へ至ったと考えられる。
注6
前掲『犯罪と刑罰』97頁参照。彼は、ここで、「絞首刑や車刑の恐怖によってのみ犯罪を禁じられている暗殺犯人や盗人」の口を借りて「おれが守らなければならない法律、そしておれと金持との間にこんなひどいへだたりをつける法律とはいったいどんなもんだというんだ?」と言わせている。

2006-04-28
第一部 死刑廃止を問い直す(十六)
☆前回記事
E死刑の無益性―(A)
1997年に処刑された獄中作家、永山則夫が「凶悪殺人犯には死刑は必然だ。だが、凶悪犯と成る凶悪犯には死刑は無い方がよい」という興味深いことを言っています。注1
彼らしい両義的で難解な言い方ですが、これを法律家風に言い換えると、「死刑は一般予防上は必要だが、特別予防上は無用である」ということになりそうです。
これでもまだ逆説的ですが、ここでの行論上は、まことに至言であると思われます。私なりにパラフレーズして説明してみましょう。
死刑制度は、生命剥奪という威嚇力をもって一定の重大犯罪を一般的に抑止するというコンセプトを持っており、この限りでは、全く無益であるとも言い切れないのです。
ただ、これには条件があり、死刑執行を毎年相当量行うことが必要です。つまり、最高刑として死刑を科す犯罪をかなり増やして、実際にも積極的に威嚇的に執行することが必要なのです。この点では、年間死刑執行数千件とも言われる中国が注目されます。注2
ところが、死刑の適用を狭めてごく例外的な刑罰とするならば、このような一般抑止効果は現れません。例えば、日本の場合、中国とは好対照にも死刑執行が例外的にしかなされないのですが、このような方法では「よほどのことをしない限り、死刑にならない」という原則が現れますので、かえって死刑は犯罪誘発効果さえ持ちかねないのです。
したがって、「死刑の一般予防効果」というものも、それは一種の「恐怖政治」と呼び得る状況まで行き着かないと、絵に書いた餅となる道理です。
一方で、死刑の特別予防効果ですが、これは、初めから全くないと言えるでしょう。そもそも死刑は定義上更生の機会を与えないというものですから当然ですが、そればかりでなく、永山自身がそうであったように、具体的な犯行場面で犯罪誘発効果さえ持ってしまうのです。
彼は冒頭で引用した箇所のすぐ直前で自身の体験に即してこう言っています(彼は四人を連続的に射殺しました)。
「あの時期、後の二件は回避せるものであった。しかし、どうせ死刑になるという観念があれ等の事件を犯してしまった。「死刑になるという観念」それ故に惰走した。「死刑になるという観念」は凶悪犯を尚更、高段な凶悪犯行に走らせてしまう、自暴自棄というのであろう。」注3
これは、まさに犯行時点での犯罪誘発効果を描写したものですが、永山は、マルクス主義の影響から、より大きな社会的視座に立って、この現存資本主義社会のありようが犯罪を惹起させるという考えに次第に傾いていくわけですが、このことが、彼の最初期の代表的な著書『無知の涙』のモチーフをなしているわけです。
すべての犯罪現象は、決して、個人的な悪性からのみ生じるわけではないのですが、現在の社会は、共通して、犯罪を個人的な悪性の表れとして個人の責任に帰せしめようとします。そして、社会は常に「無実」であろうとします。
このことをすべて資本主義的社会の欠陥として説明することはできないとしても、マルクスが一般的に定義したように、人間とは社会的諸関係の総体であると同時に、社会もまた諸個人が相互に関わり合っている諸関連・諸関係の総体であるという視座が鍵となるでしょう。
犯罪は、人間の行動としては最も負の側面を持つ、その意味で法学者の言う「反価値的」なものですが、そうであるからこそ、かえって顕著な形で社会的諸関係がくっきりと集約されてくるものだと言えます。四人の市民を連続的に射殺するという挙に出た19歳当時の永山もまた、決して宇宙人であったわけではなく、それまでの19年間をこの日本社会で暮らしてきて、この社会のありよう(それを「構造」と呼んでもよいでしょう)が生み出した一つの現象なのでした。そういう意味で、彼の犯罪に対して社会は決して「無実」を主張できません。
およそ犯罪は、それを犯したとみなされる個人の責任を超えた、ある意味では、社会の「構造」という非人称的な主体に帰属する一つの社会的現象である。
もちろん、どのような「構造」が犯罪の温床となるかについては、時代時代に固有の特徴があります、永山の時代は「貧困」ということがまだ一般的に残っていました。彼は中学卒業後、青森から「集団就職」のため上京してきて間もなく事件を起こしました。
これは現在ではある意味で終わった問題であるかもしれませんが、社会のありようが個々人に集約されてくるという仕組みまで変わったわけではありません。現代では、「引きこもり」といった状況から凶悪犯行が生じることも出てきており、これは、「引きこもり」をしていられるだけの余裕のある「豊かな時代」の産物かもしれません。貧困の時代には「引きこもり」をするだけのゆとりもありませんから。
すべての犯罪現象には、社会的構造(もちろんこれは、諸個人から遊離した自然的構造ではなく、諸個人が織り成す諸関係の束でもあることは前述のとおりですが)との関わりで分析を待つ病根がある。
この命題を真剣に受け止めるならば、死刑に犯罪抑止効果、わけても個々人に対する特別予防効果など認めるべくもないのです。永山が先に引用したところで、「凶悪犯と成る者」には死刑は無用だと言っているのは、このことであると理解できます。
刑罰の犯罪予防効果なるものを一般予防効果という非常に形而上的な抽象次元のみでとらえるならば、死刑になお抑止効果ありとみなすことも不可能ではないが、具体的な人間の社会生活場面における個々の人間に対する犯罪抑止効果を考えていった場合には、これほど無益な刑罰もないであろうということになります。犯罪現象が必然的に持つ社会的規定性を抉り、犯罪の温床となった社会の構造に矯正を加えなければどうにもならず、同じことの繰り返しになるわけです。注4
このような社会構造体責任とでも呼ぶべき思潮は、マルクスを待って明確化されたといちおうは言えるのですが、彼は、実際のところ、ある小さな新聞論説で死刑に批判的なことを述べたほかは、意識的に死刑を論じたことはありません。また、永山も必ずしも典型的な「死刑廃止論者」であったとは言えませんでした。しかし、マルクスと永山の議論の中には、私が社会構造体責任と呼びたいものの主たる要素がそろっているように思われます。
次回はこのことを主題的に論じてみたいと思います。とりわけ、以上のような理解を「社会が悪い」として個人の犯罪責任を転嫁せんとする「弁解」であると誤解・曲解する向きが必ずあろうかと推察しますので、そうではないという反駁を含めて結論的に述べていきます。注5
注1
永山則夫『無知の涙 増補新版』(河出文庫)250頁。
注2
現在、国連死刑廃止条約が存在するため、日本のように同条約未批准の国にあっても、死刑相当犯罪を増加させたり、執行件数を急増させるような強権的政策はおそらく採り得ないであろう。しかし、そうすることに法的な障害があるわけではない。
注3
前掲『無知の涙』同頁。
注4
非常にシニカルな考え方によれば、あたかもゴキブリを叩き潰すように、事あるごとに死刑によって性悪な個人を抹殺していけばよいという惰性が正当化されるであろう。現在の死刑制度は、ある意味ではこうした社会的な惰性に支えられているのかもしれない。
注5
予め先取りしておくと、永山自身はマルクス読解で鍛えられた社会的な視座と、自身の内奥にある「罪の意識」との間で微妙に揺れている。この「揺れ」もまた―否、これこそ―『無知の涙』のモチーフである。

2006-05-05
第一部 死刑廃止を問い直す(十七)
☆前回記事
F死刑の無益性―(B)
社会が悪い―。このような粗雑な犯罪原因論を、永山は、「空論小田原談義」と揶揄して斥けています。
「この事件(筆者注―自らの事件)を云々する時、社会が悪いと言う人々がいる―確かに然りである。だが「社会が悪い」ということはいったいどういうことなのであろう。空論小田原談義に花を咲かせるのが現代日本の特長らしいが、真心から御苦労さんでと言いたくなる。資本主義がある限りこの様な犯罪は絶えないでしょう。とわ〔は〕いうものの私も理念ある人間性の自己で惟ると犯した事は非常に悪いのである。」注1
こんなふうに彼は述べています。前回も注で若干触れておきましたが、彼は、一言で言えば、罪の意識と社会的必然性との間で揺れていたのでした。
「私は殺人者である。凶悪としか言いようのない、言語道断な行為であった。罪の自覚も年取るごとに徐々に、精神的に苦患すると思うが、今は若干の罪の意識しかないのである。
何故か・・・・・・私が言うより世間が知っている。一部或る意味では私の罪が公然と許されたようであるが、そうであるべきではない、理由はどうであれ、殺人者であり、残虐残酷且つ非道なる犯罪である。絶対に許すべきではない―私の事では有〔あ〕るが、生意気にも良心の呵責があるのである。」注2
この箇所を読むと、一方で、「若干の罪の意識しかない」と言っておきながら、自己を「絶対に許すべきではない」凶悪犯罪者として強く規定するほどに彼は揺れているのです。注3
これほどはっきりと、こうした実存的自己と社会的必然性との間の揺れを記録にとどめた囚人は彼を置いてほかにないのではないかと思われるほど、人間の行為としての犯罪の本質を、『無知の涙』は活写していると思われます。
人間は社会的な存在者であるが、決して社会関係の単なる関数的歯車ではないのであって、それぞれの思惑を持って能動的に行動する主体的存在者でもあるのです。永山もそうですが、「現場」において、犯罪行為の意思決定をしたのは、彼自身です。
しかしながら、そうした個々人の「主体性」を大枠で規定しているものは、我々が生まれ、生活してきた「この」社会的諸関係という非人称的なものなのです。この点では、すべての人間は、逃れることのできない網の中に囚われているようなものであって、全員がある種「囚人」でもあるのです。
犯罪を実行するのは個人であるが、背中を押すのは社会である。
単純な具体例で見てみましょう。まず、一番“ポピュラーな”犯罪である窃盗はどうか。窃盗にもいろいろな動機がありますが、一番典型的な「金に困って」というのは、貨幣経済システムというほとんど絶対化された経済社会の「現実」抜きにはあり得ないことです。金がなかりせば生きていかれないという経済社会のシステムが背中を押すのです。
性犯罪はどうでしょう。性犯罪の大半は男が女に対して実行するものですが、ここには、世界中の社会秩序を規定してきた(現在でも規定している)女性に対する男性の優越的地位が投影されています。
また、それに加えて、近年では、ポルノグラフィーのような性そのものの商品化も著しく高まっています。そして、この性=商品も、圧倒的に男性の需要を満たすものとして生産されているわけですが、こうした資本主義システムの性化とでも呼ぶべき現象も、女性を欲望の対象たるモノとしか見ない男性を増加させているでしょう。このことも、性犯罪へと背中を押す要素です。
また近頃は、永山の時代にはほとんど見られなかった、引きこもりと呼ばれる既に周知の社会現象があり、そうした生活状況の中から一見不可解な重大凶悪犯罪が生み出されることもあります。これとて、一見孤立して「自己の殻」に閉じこもっているかに見えるかれらも、社会関係から疎外されていって、謂わばマイナスの値で社会との関係性を切り結んでいるのであり、これは一方で、誰しもが労働に従事しなくても済むようになった「豊かな時代」における精神的な「貧困」の問題として、より抽象的ながらも背後に一定の社会関係を見透かすことができます。
また、しばしば殺人が自殺の代償となることも、現在生きている社会関係から彼岸への超出を企てる者が自殺という自己疎外手段を取れないときに、他者を殺害することによって(おそらくは無意識の死刑願望を伴って)その代償を果たすというメカニズムとして理解可能ではないかと思われます。これなどは、皮肉にも、死刑制度が間接的に自殺を完成させてくれるという形で、犯罪へと背中を押しているわけです。注4
こういうふうに(実際にはもっと精緻な分析が可能でしょうが)個々の犯罪現象を診ていけば、必ず、そこには社会関係の複雑な投影を発見することができるはずであり、それこそが、犯罪の真の「下手人」であるのです。これを社会構造体責任と名づけようと思います。
そして、ここからまた、「社会的な」罪人の苦悩が生じてきます。個人は意思決定しますから、後で振り返れば、必ず、「あのようなことを為すべきでなかった」という悔悟の情が生じます。しかし、一方で、そのような誤てる意思決定へと導いていった真の下手人としての社会構造体の存在にも、意識の尖鋭な「罪人」ほど気づかざるを得ないのです。
永山の著書のタイトル「無知の涙」というこの表現ですが、「無知」というのは、謂わば、社会構造体責任を表す部分です。彼は、「貧困が無知を誕むのじゃなくして、資本主義社会体制自体が無知を造るのだ!」と喝破しています。注5
それに対して、「涙」という部分は、これは「罪人」自身の涙ですから、おそらくは内奥の罪の意識を表すものと解せます。やや過剰な読みになるかもしれませんが、私は、このタイトルの中に、これまで縷々述べてきた個人的実存と社会的必然との相克というテーマが暗示されているように思えるのです。注6
このように、主体でありながら、一方で主体であることを否認されている、主体性と非主体性の「間」で揺れ動く矛盾に満ちた状況こそが、まさに人の間と書く「人間」の真実の姿ではないかと思われます。そして、犯罪という極限的な行為にこそ、時に激越な形でこの矛盾性が現象してくるのではないでしょうか。
ところが、現在の刑法理論では、依然として古典的な個人責任主義が保持されており、犯罪責任は挙げてそれを犯した個人にあり、という立場に固執します。その究極の個人責任が、死刑です。また“進歩的”とされた共産主義体制の刑法では、個人責任主義の代わりに、(体制の秩序を害する)「社会的な危険分子」を排除するという発想が台頭し、これはこれで個人の抹殺を正当化したのです。
いずれにせよ、犯罪の社会構造体責任というものを意識化していけば、死刑の無益性ははっきりしてきます。死刑は、犯罪を犯したと相対的に証明されたにとどまる個人の「責任」を絶対化しながら、その背後にある不可視の社会構造体―真の下手人―を無罪放免します。それによって、犯罪の温床たる構造体はまんまと保存されるのです。「再発防止」などは空手形もよいところです。癌の治療でいうと、医師が大元の癌細胞を切除することなしに、癌になった患者の「不養生」の責任を追及してお茶を濁すというのと似て、滑稽な感じさえあります。医師であれば、こんなものはヤブ医でしょう。
さて、このような社会構造体責任という考えを延長していけば、刑罰制度そのものの廃止まで行き着くのではないか。このような疑問が湧いてきますが、これについては、最小限度の説明を次節にて行います。
注1
前掲『無知の涙』313頁。
注2
同書、119頁。
注3
永山の罪の意識が表れた箇所は、『無知の涙』の随所に見受けられるが、その中から、次の詩文の形を取った箇所も参考までに挙げておこう。同書、53頁。
「社会的罪人の苦悩とは
  良心の呵責である。
・・・中略・・・
罪人よ、苦悩せよ!
罪人よ、逃るな!
人の子として苦悩せよ
そこに罪人の意義があるゆえ
そこに明日への希望〔が〕あるゆえ」
注4
永山の犯罪にもこうした自殺代償的側面があったようで、彼は、自己を「弱き自殺者」と規定したうえで、「この事件は一種の自殺法なのです。」とも述べている。同書、256頁。
注5
同書、426頁。
注6
そしてまた、これこそ、永山自身の思想的道程、それは、サルトルを思わせる実存主義とマルクス主義との交錯というテーマをも示唆していると思われる。彼は、次のような自己説明も加えている。同書、365頁。
「朦朧とした精神状態の自己から両足をシャキッと歩くようにさせてくれたのは実存主義思想の諸氏であるが、決定的覚醒をさせたのは師マルクス及びエンゲルスなのであるのだ。」また、「実存主義的社会主義」という語にも言及している。同書、382頁。

2006-05-10
第一部 死刑廃止を問い直す(十八)
☆前回記事
G死刑の無益性―(C)
前節では、永山則夫の著作を手がかりに、社会構造体責任という発想を導いてみましたが、このような発想は、マルクスにおいても明示的ではないものの、既に現れていました。
もっとも、それは、後で紹介する非常に小さな新聞論説の一部で扱われていたためか、永山自身の目には留まらなかったと見えて、彼は、『無知の涙』の続編に当たる『人民を忘れたカナリアたち 続・無知の涙』では、マルクスが永山自身のような「ルンペンプロレタリアート」については充分に光を当ててくれなかったことに不満を漏らしています。注1
たしかにそうではありますが、マルクスが唯一「ルンプロ」に同情的に言及したとして永山が引用している『経済学・哲学草稿』の一節では、やはり無視できないことを述べています。
「・・・・国民経済学は、就業していない労働者、この労働関係の外部にいる限りでの労働人間を認めない。泥棒、詐欺師、乞食、失業者、飢えている労働人間、窮乏した犯罪的労働人間、これらは国民経済学にとっては実存せず、ただ他の者の目にたいしてだけ、すなわち医者、裁判官、墓堀人、乞食狩り巡査などの目にたいしてだけ実存する者どもであり、国民経済学の領域外にいる亡霊たちである。」注2
このような発想は、ある英字新聞論説で次のように明確に喝破したマルクスに通ずるものがあるのではないでしょうか。
「社会の所与の国民的部分における犯罪発生の平均件数を生みだしているものは、ある国の特殊な政治制度というよりも、むしろ近代ブルジョワ社会一般の基本的諸条件である」注3
また、マルクスは同じ論説中で、ヘーゲルの自由意志論(第6章参照)を批判する文脈でこうも言っています。
「自分のほんとうの動機をもち、自分を圧迫する無数の社会的事情をもった個人に替えるに、「自由意志」という抽象をもってするのは、つまり人間そのものに替えるに、多くの人間的特性のうちのわずか一つをもってするのは、まどわしではなかろうか?」注4
このように言うマルクスは、死刑に関しても、「死刑が正しいとか便利だとかいうことを、文明自慢の社会で理由づけうる原理をうちたてることは、まったく不可能とはいえないにしても、じつに困難なことであろう。」と明確に規定し、対策としては、「たくさんの犯罪者を処刑することによって、ただ新しい犯罪者をつくりだす余地を与えるにすぎない死刑執行人をほめるかわりに、このような犯罪を培養する社会体制の変更についてとくと思案する必要がありはしないか?」と明快に死刑の無益性を宣言するのです。注5
これはマルクスの具体的・感性的な人間把握そのものから導かれる発想であり、簡略ながら、まさにマルクス理論の刑罰論への応用という意味合いを持っています。
結局、究極には、「犯罪を培養する社会体制の変更」が犯罪対策になるわけですが、こうした率直に言って「革命」事業ばかりでなく、個々の犯罪を培養する社会的条件の変更ということをそのつど丹念に積み重ねていくことも、重要な犯罪対策であると考えます。
ですから、この目的のためには、個人の法益を剥奪する刑罰ではなく、それ以外のより社会的な手段方法をもって対策を立てなければならないということになるのです。「経哲草稿」で言われたところの「亡霊たち」を、その置かれた社会的諸条件において具体的にとらえつつ、新たな犯罪対策を構想する必要があるわけです。
このことについては第三部で述べられることになりますが、先取りして標語的にまとめれば次のようです。
実行者個人に対しては更生を、社会に対しては更正を。
更生(≒立ち直り)と更正(≒世直し)の組み合わせこそが、真の犯罪対策です。この「社会」には、実行者個人ばかりか、被害者も含まれます。被害者の絶対的正義性がイデオロギシュに強調されるようになってきたことが昨今の特徴であり、これについても後に批判的に取り上げますが、被害者もまた、「犯罪を培養する社会体制」の担い手の一人にほかならなかったのです。そういう意味で、被害者は、ある種の加害者性をも併せ持っている。このことからしても、実行者への一方的糾弾は誤りであるのです。
ところで、マルクスにおいても刑罰は完全に否定されてはおらず、「刑罰とは、社会の生活条件の性格がどうであろうと、その生活条件の侵害にたいする社会の防衛手段にほかならない」とひとまず暫定的に受容されているうえ、注6 死刑に関しても先に引用した箇所からわかるように、死刑の原理をうちたてることは、「不可能ではないが・・・」とやや含みを持たせているのでした。注7
私の社会構造体責任論においては、より進んで、刑罰全般が否定されます。もちろん、これは現時点では人類普遍の制度となったもの、そういう意味では「世界共通文化」の除去に関わることですから、大変に困難が予想されることではありますが、私は、このような「処罰の文化」に対し、「非処罰の文化」という構想を対置したいと思っております。
このことは第三部で詳論することになりますが、さしあたり、本節では、刑罰、わけても死刑というものは、社会的に無益な制度であるということを、通常言われる犯罪抑止力論に拘泥することなく、主題としてみたのでした。
注1
永山則夫『人民を忘れたカナリアたち 続・無知の涙』(河出文庫)348〜349頁参照。
注2
マルクス著/城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫)108〜109頁。
注3
マルクス著/鎌田武治訳「死刑―コブデン氏の小冊子―イングランド銀行の諸規定」、『マルクス=エンゲルス全集第八巻』所収495頁。
注4
同上、494頁。
注5
同上、493頁。
注6
同上、494頁。
注7
ただし、廣松渉は、「無階級社会においては、警察的な取締機構や監獄のような隔離・懲罰機構が存在しなくとも、社会的秩序が保たれ」るとして、「司法的裁判と道徳的制裁とが未分化的統一をなし」、「道徳的・倫理的規範に人々が随順することによって保たれている秩序」を予示している。廣松渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書)267〜268頁参照。このように考えるならば、「無階級社会」では刑罰制度が廃止されるという筋合いであるが、これについては後に再び取り上げてみたい。

2006-05-31
第一部 死刑廃止を問い直す(十九)
☆前回記事
H死刑の不法性―(@)
前節まで死刑の「不能性」、次いで「無益性」という視座からあれこれと論じてきましたが、最後は、死刑の「不法性」という枠組みです。
本来からいけば、最初の「不能性」という視座だけで、そもそも論証は終わってしまうのですが、ここで言う「不能性」とは、公理的なレベルでの不能性のことであって、法律技術的な不能性ではありません。法律技術的には、米国が典型的に、また日本が相当程度そうであるように、無罪推定的で厳格な証明を柱とする現代司法制度と死刑制度を両立させてしまうことは可能です。
そこで、補強的に、「無益性」で功利主義的な死刑廃止論の刷新を目指した一方、この「不法性」では人道主義的な死刑廃止論の刷新を目指すことになります。
さて、人道主義的死刑廃止論においては、これまで生命の尊重ということがその核心にありました。しかし、このような人道主義が反転してしまうことは、かつて示しました。
特に「被害者のヒューマニズム」こそが、反転の中心を成しています。最近の「個人主義的」刑法観においても、死刑規定の保護法益は、「生命」であるとされます。生命の尊重が、死刑の正当性を裏付けるのです。これについて、森毅は、「生命を大事にすることで、死に過剰な価値を与えてしまう」と警告しています。注1 
生命の大切さが、それを破壊した人間の死を要求する。その強制的死は、「正義」であるとして、賛美される。既に何度か引用した法制史家、アンベールは、死刑存置論者をやや皮肉を込めて「死の崇拝者」と呼びますが、注2 「死の崇拝者」は、同時に「生命の称揚者」を兼ねているのです。注3
そこで、私は、むしろ視点を換えて、死刑がまさに特定の人に死をもたらす、そういう意味では、人の死に様の一環であることを直視するべきではないかと考えています。
死刑による死=刑死というのは、非常に特異な死であると思います。あなた方―時々忘却しかけてしまうのですが、これは、あなた方死刑囚に向けて書いているのです―は、人為的にもたらされる死が定められているという点で、他に類のない社会的存在を生きております。
もちろん、必然的な死が予定されているという点では、私どもはすべてある種「死刑囚」ではありますし、末期癌患者のように、その必然死が近い将来に予告されているという人もあります。
そうではあっても、これらの来たるべき死はすべて、必然的にも自己の内部からもたらされる死であるのに対し、あなた方が待っている死は、人為的‐権力的に外部からもたらされます。
デリダは、この二種の死を待つ存在に対応させて、「死刑囚」(condamne a mort) と、それを譬喩とする「死へと断罪された者」(condamne a mourir)、つまりハイデガーの言う「死へと向かう存在」(Sein zum Tode) とを区別しています。注4
「デリダはこの2つの違いを強調する。 どちらも死へと定められてはいるが、後者が、自分がいつ死ぬのかについての知をもたない可能性をもち続けるのに対して、前者は, 自分の死ぬ瞬間が定められうるものであることを知っている状況に置かれている (自分はその時間を知らないかもしれないが, 誰かが知っているということは知っている)。この、死の瞬間が定められているということに対する知の有無が両者を隔てている。
デリダによれば、それを知らないということが受動性のすべてを、感覚のすべてを基礎づける。死刑囚は、自分の死が見られるものとなることの不可能性を奪われている、と言ってもいい。そして、今や制度は、この「感覚」の剥奪の装置を隠蔽するかのように、あらかじめ「感覚」を奪う手段を採用し、「残酷さ」を抹消しようとしている。
そこで働いているのは、死の瞬間を計算のうちに入れてしまう権力である。今、要求できるものがあるとすればそれは、この権力に対して抵抗することである。その抵抗は、ある種の「利」に依拠することによって、つまりはある種の「責任」――自分の死への知の不可能性を維持すること――に依拠することによってなされる。
麻酔の「優しさ」とは異なる、感覚 (それは「残酷さ」になることもある) を失わない存在の力を擁護するためにこそ、死刑廃止は主張されなければならない。」
デリダによると、死刑の問題性は、「計算可能な死」を強制することにあります。この考えの基礎には、人間の本来的死は、自己の死期を計測できないこと、そういう意味で、死へと向かう存在であることにある、という理解があるわけです。言い換えると、ハイデガー的実存のありかたが、死刑囚には認められないのです。とりわけ、現代のシステム化された司法制度のもとでは、恣意性が極力排除されるだけに、ユゴーの小説の末尾で描かれていたごとく、時間的に厳密にもたらされる死の恐怖があります。
もっとも、日本では、死刑執行の時間的制限規定が遵守されないため、死刑囚は、執行時期を予測できない状態に置かれます。この点では、近代的法システムのなかに、反システム的な恣意性が同居しているとみることもできます。このため、日本の死刑囚は、擬似的とはいえ、予測不能な死を迎えることになるわけですが、このことをもって、日本の死刑囚処遇が理想的だと述べることはできません。これはまた、視点を変えれば、人為的に「死」を受容するよう誘導していく、一つのシステムだともいえるからです。注5 
そこで、「死の受容」という観点で、死刑をとらえることにも危険があります。つまり、人が死へと向かう存在であるということを、「死の受容」ととらえるならば、日本式死刑は、特殊な位置にある人間にとって、一つの死のあり方だとして、容認されることにもなりかねないからです。
さて、哲学的抽象のレトリックを剥ぎ取ってみれば、ここで強調されているのは、死‐権利ということであると思います。
なお、私が「死‐権利」と表記して、「死ぬ権利」としないことには一定の意味が込められています。つまり、ここでは、「死ぬ権利」の名において、安楽死とか尊厳死などの権利性を強調したり、まして「自殺の権利」を称揚したりする意図はないということです。ここで言いたいことは、司法日程として計算されることのない死、しかし誰にも必ず訪れる必然死というものを、死を計算し、人為的にもたらしめようとする権力に対して、一個の権利として突きつけるための切り札として、死‐権利というものを掲げるということなのです。
人は誰しも、いつとは判りませんが、必ず死するものである。このことを、死へと向かう存在、あるいは死すべき存在と言ってよいでしょう。この理をただ単に哲学的思惟に終わらせるのではなしに、一つの権利にまで高めていきたいと考えます。
死‐権利という中途半端な表記が疎ましければ、別途「死への権利」と言ってもよいかもしれません。 
死刑というものは、この死‐権利ないしは死への権利というものを、直接に侵害します。死刑は、人に必ず訪れる必然的な死を保障せず、人為的・計算的にもたらされる死に執着します。たとえ、薬物注射その他、死刑執行に伴う苦痛を除去する死の技術がどれほど向上しようとも、死刑のこの侵害性格に変わりはない。
どんな立場の人間であれ、誰もが必然死するのであるし、その必然死は、本来的に一つの権利なのです。仮に、生きるに値しないような者が実際に存在するのだとしても―その証明は、不可能ではあるでしょうが―そういう人間にも必ずいつか死は訪れるのです。このことを否定する人は、不老不死思想の信奉者以外にはいないでしょう。そうであれば、不老不死を信じない者は誰でも、死刑廃止論者になる可能性を備えています。
にもかかわらず、必然死という事実を認めるにもかかわらず、死刑は肯定するという人がいるとすれば、それは背理を犯していることにほかなりません。そのような背理性を救出し、隠蔽しているものが、応報刑論であり、あるいは被害者利益優越論といったイデオロギーであることにほかならないでしょう。
注1
森毅「いくじなし宣言」、前掲『現代思想』2004年3月号所収59頁。
注2
前掲『死刑制度の歴史』110頁参照。
注3
妊娠中絶反対者と死刑存置論者が同一人であることも少なくない。この点については、前掲『来たるべき世界のために』202〜203頁参照。
注4
引用文を含めて、高桑和巳「今日のデリダ 死刑廃止論の脱構築」参照。http://www.miraisha.co.jp/derrida/today.html
注5
日本の死刑囚処遇実務では、「安心立命」の名のもとに、死刑囚を外部から遮断して、刑死を受け入れる心境へと操作する処遇技術が1960年代より続いてきた。このような術策は、仏教的価値に直接に仮託している点で政教分離原則に違反する疑いがあるほか、死刑囚処遇そのものとしても、人道主義を悪用した非道なものである。ただし、2005年監獄法改正により、死刑囚処遇の一定改善が見られるかもしれないが、死の擬似的な受容へと誘導する術策そのものは今後も不変であろう。

2006-06-13
第一部 死刑廃止を問い直す(二十)
☆前回記事
I死刑の不法性―(A)
前節で、死刑は「死への権利」を直接に侵害するという視座を提示しましたが、この場合における「不法」とは何を意味し得るでしょうか。
一般に、人権侵害を問題化するときは、今日ますますその法源としての重要性が高まっている国際人権文書が参照されるでしょうが、国際人権文書では、まだ生命権という枠組みが優勢です。注1 このことに符丁を併せるならば、鵜飼哲が提示するように「生への権利」を切り札とするほうが整合的であり、死刑の法的な不法性を論証しやすいかもしれません。注2
しかし、この方向は、果たして、「優しさの死刑」に有効な切り札となるでしょうか。生命を云々するなら、「被害者の生命」を第一に考慮せよ。これが、優しさの死刑の一つの内実でした。また、生命権という発想は、多分にして、ヒューマニズムの法的権利化という性格を持っています。「生‐権力」は、生命権という発想とも親和性を保ち得るように思われます。観方を替えると、生‐権力は、生命権の保証者をもって任じる権力形態なのです。「生への権利」を保証するためには、例外とはいえ、死刑は保持されなくてはならない。このようなことになるのではないでしょうか。「生への権利」では、死刑法が生命を「保護法益」としていることを、かえって裏付けてしまう結果となる恐れがあるのです。注3
そこで、「生への権利」ではなく、「死への権利」を提示することがやはり正当であると思うのですが、私はこのような権利を「自然権」として定式化してもよいと考えます。
なお、ここで自然権というのは、いわゆる自然法なる超越的神秘的ドグマに依拠するものではなく、自然法とは区別された、人間が本性上有する一つの固有権であると理解します。前節でも述べた、人は当然にもいずれ死するものであるというその事実をありのままに認めることにほかなりません。人は人為的に計算的にもたらされる死を、「死への権利」の名において拒否できるということです。
ただし、以上のような理解の仕方は、死の称揚・美化とは異なります。前出の鵜飼は、日本の武士道にも見られるような「死の文化」を取り上げ、それの乗り超えを「生への権利」に託すのですが、腹切りとかカミカゼ特攻隊の称揚するような「死の文化」は、むしろ、「生の称揚」から反転したものであって、「死への権利」とは無関係です。
「死への権利」を提示することは、むしろ、ヒューマニズムのある種脱構築だと考えます。生を称揚する慣例的なヒューマニズムが忘れていたこと、それは人間的死を迎えることの擁護なのではないでしょうか。注4
ところで、ここで再び立ち返って考えねばならないのは、国家主権の問題です。初めにも述べたように、国家主権は、臣民に死を賜る権利というところに、最も如実にその正体を露わにします。
だから、死刑及び戦争、この二つが、主権の本質徴表です。ホッブスは、このように死の影を宿した主権を最もよく見据えていました。ホッブス的主権とは、つまり、死の管理権限です。万人の万人に対する闘争を止揚するための国家権力は、死を与える権利を国家に集中することを意味します。これが、現在でも、国家の秩序原理です。死刑は、その刑罰における表れです。ベッカリーアは、社会契約において、各人が生命を譲渡しているはずはないと断じましたが、譲渡=疎外されているのは、生命というよりも、死なのです。だからこそ、この疎外化された死を奪回しなければならないのです。このような、死の奪回、自己回復こそが、死刑廃止を通じて目指される抵抗ではないでしょうか。
ところで、この観点からは、戦争と死刑の関わりが視野に入ってきます。このことについて、池田浩士は、「戦争は、不本意な死を強要されるという意味では、裁判によらぬ死刑宣告であり、死刑執行である」と言います。注5 たしかに、大量の横死を結果するという点でも、戦争は、「死への権利」の最も組織的な侵害です。ただ、主権という点からみて、戦争は死刑の延長形態なのか、それとも、死刑が戦争のいわば分割形態なのでしょうか。
かつて、制裁戦争が許されていた時代には、戦争は、死刑の延長であったともいえるでしょう。けれども、現在は、実際はどうであれ、建前上、制裁戦争は許されず、戦争は、すべて自衛の名において行われます(先制的自衛権なる怪しげな論理をも含めて)。このような時代には、むしろ、死刑こそが、戦争の分割形態であるともいえるでしょう。死刑も、現在は、犯罪抑止→社会防衛の名において正当化されることが多いからです。「犯罪に対する戦争」というような、戦争のアナロジーによる政治的司法スローガンもあります(「対テロ戦争(war on terrorism)」などもその特殊な類例です)。
こうしてみると、死刑は、戦争の枠組みの中に含まれることになり、死刑廃絶と戦争廃絶とが、内的にも結合してくるようになります。池田も、戦争に対する反対のなかから、死刑廃止の論理を発見することの重要性を説いていますが、基本的に同感です。ただし、これは、反戦が死刑廃止に優先するといった順位付けとは関係ありません。戦争の分割たる死刑の廃止は、戦争への反対と分離不能であるということを意味するにとどまります。
さて、ここで問題視せざるをえないのは、国連死刑廃止条約が、次のごとくに、「戦争」を前提しつつ、戦時犯罪における死刑の例外を認めている点です。
「批准又は加入の際にされた留保であって、戦時中に犯された軍事的性格をもつ極めて重大な犯罪に対する有罪判決によって、戦争の際に死刑を適用することを規定するものを除くほか、この選択議定書にはいかなる留保も許されない。」注6
およそ民主的立法において、一定の妥協は認めざるを得ないのでしょう。しかし、そうした政治政略を別に考えると、この規定には、致命的欠陥があるといわざるを得ません。戦争を前提していることが何より最大の問題ですが、それをおいても、最も濫用の危険の大きな戦時犯罪による処刑を容認するならば、「戦時」を口実にした死刑の濫用を歯止めることはできないでしょう。せめて、戦時であっても、死刑廃止の例外は認めるべきではありません。死刑廃止の国際的流れのきっかけとして、この条約の意義を過小評価してはならないと思いますし、第二部で述べるように、運動論的には同条約は画期的意義を持っているのですが、原理的なところで欠陥を抱えたままでは、死刑の本質をとらえ損ね、「戦時」(「対テロ戦争」の現代では、大規模テロをもって「戦時」とみなすことが起こりがちです)に仮託した死刑の存続を許したり、超法規的処刑の横行を許すことになります。
後者の超法規的処刑の問題は、死刑が廃止されている国が少なくない中南米においてかなり深刻であり、死刑の「代替」を担っている場合があります。実行主体は、軍や治安部隊、ないしは、その配下にある「自警団」ですが、死刑廃止がそれ単独でとらえられると、このように別の形の国家暴力が現じてくることになります。こうした点からも、死刑を戦争の枠組みでとらえ返すことが必要でありましょう。
さて、死刑の不法性を議論するとき、より単純化しようとすれば、「死刑制度は国際法に違反する」と言ってしまいたいところなのですが、いわゆる死刑廃止条約は国連自由権規約の選択議定書の形を取っており、同規約本体では死刑廃止は明言されていないという、まことに微温的な対応になっていますから、厳密には「違反」と言い切れないのです。注7
そのために、実定法ではなく、実定法とは異次元にある権利を呼び出してきたのですが、これを自然権と呼ばわることには異論もあるでしょう。また、ストレートに「生への権利」としたほうがよいという意見もあるでしょう。
しかし、ここでの議論においては、人間の生命ではなく、あえて死から死刑を捉え返すことによって―「死‐刑」という以上は当然のことでもあるのですが―他人の生命を奪った者が自己の生命の尊重を唱えることの矛盾性とか身勝手さなどといった御馴染みの非難をかわすことを試みた次第なのです。
注1
例えば、国連の自由権規約では、いわゆる国連死刑廃止条約でも「生命に対する権利 (right to life; [仏] droit a la vie) 」が中心命題である。
注2
鵜飼哲「死のかなたでいかに出会うか」、『現代思想2004年3月号』所収100頁参照。
注3
ここで、デリダが「内戦に似た状態」が生じた場合には、欧州でも「死刑復活」があり得ると懸念していたことが想起されてよかろう。前掲『来たるべき世界のために』198頁。しかし、「内戦」までいかなくとも、9・11事件のような大規模テロの発生でも充分復活論の再燃はあり得るのではないだろうか。
注4
前掲鵜飼論説でも、末尾のところで、「よりよく生きる権利」の追求が「死への権利」へと繋がる可能性が示唆されているが、それは所詮、「生への権利」の反射的効果としてしか「死への権利」を認めていないように思われる。そのため、彼岸への到達といった宗教概念が持ち出されてくるのである。
注5
池田浩士「死刑と正義のあいだ 晴らせぬ怨恨の行方を考える」、『現代思想2004年3月号』所収95頁参照。
注6
ミネソタ大学人権図書館人権資料検索サイトより、団藤重光試訳。
http://www1.umn.edu/humanrts/japanese/Jb5ccprp2.htm
注7
自由権規約では、第6条第2項で「死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によってのみ執行することができる。」と死刑の制限とその手続きの合法性が要求されているのみである。ただし、同条第6項では「この条のいかなる規定も、この規約の締約国により死刑の廃止を遅らせ又は妨げるために援用されてはならない。」と慌てて付け加えてはいるが、この微温的対応は充分に規約締約国に「死刑の廃止を遅らせ又は妨げる」ことを許しているだろう。
参照、外務省ホームページhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_004.html

2006-06-30
第一部 死刑廃止を問い直す(二十一)
☆前回記事
J死刑の不法性―補足
前回まで死刑の不法性ということを「死への権利」という観点から述べてみたのですが、ここで若干の補足をします。
一つは、この「死への権利」という構成は、延長していくと、いわゆる終身刑の構想に繋がっていくのではないかということ。
つまり、人がいつとは予測できない時期に必然死することを保障するといっても、その必然死する場所が一般社会でなければならないというわけではありません。生涯を刑務所で暮らし、刑務所で必然死するということもあり得ます。
一般社会へ戻って好奇・偏見の目にさらされつつ生きるよりも、ある程度安全が保障された刑務所でケアーされながら必然死の日まで贖罪の日々を過ごすということは、「死への権利」の保障の一つの姿であるわけです。
そう考えると、最近死刑廃止論者の間でも有力化している終身刑導入論を支持する原理的な基盤として、「死への権利」を援用してもよさそうではあるのですが、私は、本書の最初のほうで、終身刑に否定的コメントをしてありました(第5章)。
このこととの整合性が問われますが、私は制度的提案としては、終身刑に賛成ではありません。その理由の詳細は、次の第二部で述べますが、このような制度提案は死刑廃止論ないし運動にとって得策ではなく、自己否定的結果を招きかねないからです。しかし、これについては後述します。
ただ、原理的レベルでは、終身刑という刑罰の可能性を全否定はできないように思われます。これが死刑の代替策になるとは思いませんが、少なくとも、この制度は「死への権利」を保障する可能性は備えているからです。ただし、更生・社会復帰の可能性が認められないということはもはや刑罰とは言えず、一種の無害化を目的とする保安処分になるわけで、ここには別の原理的問題が発生するでしょう。
もう一つは、「死への権利」ということは、裏を返すと、結局「生命権」の保障ということに帰着するのではないかということです。必然死するまでの生命は保証されるわけで、たしかにこれは結果的に生命権の保障と同じことです。
そう理解すれば、これは現在、国際条約などにも現れているスタンダードな死刑廃止論と同様であるということになるのですが、異なるのは、死を強調することで、死を賛美するのではなく、死への憚りの念を高めようという趣旨があるということです。
このような発想は、おそらく古代人のほうが現代人よりも通用しやすいかもしれません。かつて、日本にも平安時代に約350年間にわたって死刑が停止されていた時代がありました。注1
この理由として、刑死者の「祟り」を畏れたという説があります。はっきりした記録がないため何とも言えませんが、死に関する宗教的な禁忌があったことは間違いないでしょう。注2
「科学的」な現代人は、もはやこういう発想を理解できない位置にいるかもしれません。しかし、死刑存置論では、人に人為的な死をもたらすことがあまりにも無邪気に肯定され過ぎている。だから、死刑存置論者とは、法制史家、ジャン・アンベールが言うように「死の崇拝者」なのです。「死の賛美者」と言ってもよいでしょう。
このような発想と決別するには、さすがに「祟り」を信じるわけにはいかないけれども、もっと死というものを畏れる必要があるでしょう。そういう意味で、私は生命讃歌ではなくて、「死への権利」、つまり、誰でもいつかは必ず死するものであるという自然的な事実をありのままに認めようということを主張してみたのでした。
これと関連して、デリダが問おうとしている「ゆるし」という問題があります。ここでいうゆるしとは、独特なもので、通常的な意味とは大きく異なっています。引用してみます。
「・・・純粋な許しの分析において、純粋な許しは許されえないままである(もの)に許しを与えるべきである、ということを支持します。もし私が許されうる(もの)に許しを与えるなら、私は許しを与えていません。それではあまりに安易です、改悛しひとの過ち(「何」)を許すとしても、あるいは改悛したひと自身(「誰」)を許すとしても、私は犯罪あるいは犯罪者とは別の物あるいは別の者を許すのです。したがって許しの真の「意味」は、許されないものすら許すことであり、さらには許しを求めていない者にすら許しを与えることなのです。」注3
これによると、真なるゆるしとは、注4 ゆるされない物/者をゆるすことだというわけです。例えば、人を100人殺害して反省も謝罪もなく、むしろ自己への死刑を要求する人あるいはその者が犯した罪をもゆるすことが、ここでのゆるしの意味です。
こういうことが実際に可能なのでしょうか。デリダ自身もさほど自信は持っていないようです。注5 しかし、たしかに、改悛し、ゆるしを請う者をゆるすことはむしろ当然であり、ゆるし難いものをゆるしてこそゆるしであるという考えは奇抜ですが、首肯できます。
しかし、このようなゆるしが可能であるとすれば、それには死への憚りの気持ちが不可欠でしょう。正義の死を賛美することからは、このようなゆるしが出てくる余地はなさそうです。
ここで「死への権利」というものを尊重することからしか、このような絶対無条件的ゆるしは導けないなどというと、我田引水ですから止めますが、先に挙げたような「居直る重罪人」をその状態のままゆるすということができるためには、死への憚りあるいは躊躇というものがなければ、無理であると思われるのです。
このとき、古代人のように「祟り」を持ち出す必要はもはやありませんが、何か人に死を与えることへのためらいを表現し得るような思想を紡ぎだすことは必要であると思います。
注1
天皇が死刑判決をすべて恩赦した。ただし、上層階級に対する死刑に関する記録しかないため、一般庶民に対してはどうであったかは不明である。法学セミナー増刊『死刑の現在』(日本評論社)236頁参照(辻元義男執筆)。
注2
上掲注1文献参照。
注3
前掲『来たるべき世界のために』231頁。
注4
前掲書の訳者は「許し」と表記しているが、これは本来「赦し」と表記されるべきものであろう。「許可」のゆるしとは異なるものだからである。ただ、このゆるしは「司法的なものと政治的なものの次元にとって異質なものにとどまる」(同書232頁)のであり、いわゆる恩赦などの赦免措置ともまた異なる意味合いであるので、本文ではひらがなで表記しておいた。
注5
「もしかすると、ひとは許しを必要としないし、このようなものの可能な現実存在を信じる必要もないかもしれません。」前掲『来たるべき世界のために』236頁。

2006-07-12
第一部 死刑廃止を問い直す(二十二)
☆前回記事
K小括
さて、そろそろ第一部も終わりが近づいてきました。このあたりでまとめをしておきたいと思います。
まず、死刑廃止の根拠について、死刑の不能性、無益性、不法性と主に三つ述べてきたわけですが、このうち最も重視したいのは、不能性です。
これは、既に述べたとおり、現代司法における無罪推定、厳格な証明、自由心証といった相対的な構造からすれば、法益を絶対的に剥奪する死刑制度は公理上両立しないということに尽きます。
従来から、冤罪の危険は死刑廃止の重要な論拠でありましたが、これは、あくまでも個別的な冤罪の事例から言われていたことであって、そうした立論では、すべての死刑囚が冤罪なのではないとか、冤罪防止の制度を担保することと死刑制度そのものを廃止することとは別次元であるといった反論もあり得たわけです。
そこで、私見は、こうした個別の冤罪事例を指摘するにとどまらず―もちろん、個別の冤罪救済の重要性を否定するものではありません―より一般的に、現代司法はある人を絶対的に犯人であると決して断罪しない、あくまでも結審の時までに提出された証拠の評価を通じた蓋然的な判断を下すに過ぎないということを強調することで、上記のような反論を回避しようとしています。
冤罪か冤罪でないかなど実際紙一重であり、裁判官の心証次第です。実務上の経験則はあるにせよ、それがいかに心もとないものであるかはそれこそ個別の冤罪事例が物語っています。
これは裁判官個人の無能や偏見というよりは、元来、人間の判断力の限界にも由来します。ですから、どんなに冤罪防止のための諸制度を完備したとしても冤罪の危険は消失しません。また、検察側の戦術的な証拠不開示の可能性もあり、だからこそ刑の確定後の再審も保障されています。
私どもは、「加害者」という表現をつい採りがちであり―ときとして弁護士までもが!―メディアによる容疑者悪魔化の影響をもろに受けて、「あのような凶悪犯罪人を生かしておく必要があるのか」といった迫り方をする存置論者も少なくないですが、「あのような凶悪犯罪人」といった絶対主義的認識論こそ、現代司法が強く拒むものであるのです。
だから、用語としても「被疑者‐被告人‐受刑者」であって、決して「加害者」ではない。あなた方死刑囚は、「加害者」ではなく、「受刑者」であるに過ぎない。だからこそ、冤罪を訴えて再審請求中の人も少なくないし、注1 そうではない人たちも、罪を認める有効な自白とそれを補強する証拠があるという一つの証拠評価の結果を甘受しているに過ぎないわけです。
そうしてみると、冤罪問題というのは冤罪として実際に争われている事件だけの問題ではなくして、より一般的な司法の根源に関わることであって、そもそも無罪推定という法則自体が、いわばすべての刑事被告人を一端「冤罪」であると仮定しておいたうえで審理を進めるということであり、そこには、人間の判断力の可謬性に配慮された司法的賢慮が窺えるのです。
これは、司法史がしばしば悲惨な冤罪や政治的暗黒裁判の歴史であったことに鑑みて、長い間に形成されてきた司法的賢慮の蓄積の結果です。そういう歴史を踏まえた構想が必要であり、現代司法がなぜ被疑者・被告人・受刑者の権利保障にとりわけ重点をおいているのかという歴史認識を持つ必要があります。そういう点で言えば、昨今盛んな「司法は“加害者の人権”ばかり偏重し、被害者の人権をないがしろにしている」といった議論は、司法の歴史と構造への無理解を前提にした謬論であることが容易に見えてくるでしょう。
次いで死刑の無益性についても言及しましたが、このことは、死刑の不能性から論理必然で導かれるわけではありません。しかし関連はします。
結局、(世上はともかく)司法の論理上は、「加害者」として絶対的に断定される人は存在しないということからして、犯罪は個人の行為としてばかりでなく、一つの社会現象としても見るべきであるということになります。
これが社会構造体責任という考えでありました。犯罪の責任を、有罪と証明された一個人にすべて押し付けるのではなく、犯罪の要因を蔵していた社会構造にも分配しようということです。社会はその内部で生起した犯罪に対して、決して無実ではあり得ないのです。
死刑存置論者は、社会の無謬性という観念論にしばしば依拠しています。自分が肯定しているこの社会に犯罪の温床があるなどとは信じたくないのです。だから、重大犯罪の全責任はその実行者にあるという発想を採ります。それで、あなた方死刑囚に死を求めてやまないのです。しかし、これは非常な無責任であり、「臭いものに蓋」という格言の実践にほかなりません。
この点では、01年の大阪教育大付属池田小児童殺傷事件で判決確定からわずか一年後に処刑された宅間(旧姓)守さんなどは、この臭いものに蓋の好例です。
事件の社会的背景事情や彼が判決で認定された事件を起こすまでの経緯を調べれば、様々な社会の構造的ひずみがあぶりだされた恐れがあるので、あのような根深い事案はまだ社会の記憶が鮮明な時期に速攻で処刑してしまおうという極めて政策的意図の強い早期処刑であったと思います。
同じことはいわゆるオウム教団事件の処理についてもいえることで、教祖を含む多数の幹部信徒を死刑にすることで、事件の真相、社会構造との関わりなどは究明されないように仕組まれているのです。そして、そのように処理されることに、一般大衆もまた賛成しています。かれらも、真相がよくわからないと苦情を言いつつも、実際には知りたくないのだろうと思います。早く蓋をしてしまいたいのです。
そのことをごまかすためのロジックとして、従来からの「犯罪抑止力」、そして近時は「被害者感情」が持ち出され、後者では現実の被害者側からの早期結審の要望が最大限政治的に利用されているわけです。これも紹介したように、アメリカ原産の「クロージャー・セオリー」、つまり被害者側にとっての「区切り」として早期の死刑確定及び執行が必要であるという論理。被害者に寄り添う「優しい死刑」の論理です。
死刑の無益性という考えは、犯罪抑止力の有無という功利主義的議論がしばしば水掛け論に陥ることを回避するとともに、クロージャー・セオリーのような新たな死刑の意味づけに対して、社会学的な観点から死刑の無益性を説き、より科学的な犯罪対策の実施を要請していくものです。
それはいまだ思考実験段階にある刑罰制度そのものの廃止にも結びつき、私どもを新たな犯罪対策の構想へ誘います。私はこれを一言で「更生と更正」と呼びますが、それは第三部で詳述する予定です。
最後に死刑の不法性です。これは、前二者と直接関連しない倫理学的な見地からの立論ですが、キーワードは「死への権利」でありました。
これは、従来、死刑存置論者も廃止論者も一致して「生命讃歌」を謳ってきたことに対して、生命よりも死、誰にも必然的に訪れる死を尊重しようという主旨でした。生命讃歌は、反転して死刑の肯定に結びつく恐れがあります。実際、死刑の保護法益は生命であり、生命保護の確証として生命破壊者への死刑があるのだという論理が援用されます。
非常にヘーゲル的な二重否定の観念論ですが、これは死刑の有力な理論的根拠の一つとしてまだ有効です。廃止論者も単純に生命保護論に依拠している限り、押し込まれていくでしょう。実際、日本の死刑廃止運動のメインストリームで終身刑論が急速に有力化してきて、単純な死刑廃止論が後退しつつある理由は単純ではないものの、一つにはこの生命讃歌が反転し始めて存置論側に足を取られつつあることの証しであると思われます。あれほどの残忍極まる事件で社会復帰もあり得る無期懲役でよいのか。こういう自問自答が一部の廃止論者の胸のうちに去来しているのが目に見えるようです。
死刑廃止論から死刑存置論へ転向するまであと一歩の人も少なくないようなご時世です。これに歯止めをかけるには、「死への権利」という発想に転じてみる必要があると考えるわけです。
ただし、この「死への権利」には原理上やはり終身刑への橋渡しという面があることは否定しません。私自身、終身刑という選択肢を頭から排除するつもりはないですが、政策的にはそれは死刑の代替にはならず、「死刑廃止後の最高刑をどうするか」という問いに対する答えの一つに過ぎないと考えているため、終身刑を正面から主張する意図はありません。ただ、必然死を迎える場が一般社会であるべき必然性はないという限りで、終身刑の可能性を示唆する議論になっているにとどまります。
むしろ、「死への権利」という構成を通じて問いたいことは、人に死を与える権利を国家に与えないということです。これは換言すると国家主権への限界設定という問題意識です。
裏を返せば生命権の尊重でもありますが、生命権をそれだけ独自に絶対倫理的な人権として強調するものではなく、死を中心にすえて考えます。死の現象を計算不能な身体現象として、国家権力の計算的行使から保護したいのでした。
これは、政治的には民主主義とも結びつきます。民主主義とは、裏を返せば、国家の権力に適正な限界設定を与えることであり、その限界線がいわゆる人権であります。人権を自然権と捉えることも間違いでなく、実際、「死への権利」を自然権とみなしてもよいと考えますが、人権保障は決してロマン派的人道主義の吐露ではなく、その実践的意義は国家権力の抑制にあり、それはまた民主化の目的です。
そう考えると、死刑廃止とは一つの民主化闘争でもあるのであって、決して思想哲学ないし刑事政策の変更だけにとどまらない、経済構造をも巻き込んだ政治構造の民主的変革を目指した政治的・社会的運動でもあることになります。この死刑廃止の政治的な側面については次の第二部で述べることにします。
さて、最後の締めくくりとして、第一部の主要な名宛人であった死刑囚の方々に申し上げたいのですが、あなた方の中には、実は死刑制度に反対でない人も少なくないことは承知しております。
実名を挙げると、前出の宅間さんもそうであったようですし、2000年に執行された勝田(旧姓)清孝さんも「死刑囚が死刑廃止論を述べることに疑問がある」ということで死刑廃止運動には関わらなかったそうです。注2 また2006年に死刑判決が確定した宮崎勤さんは、雑誌宛の手記で「絞首刑は恐怖で残虐。薬を使った執行でなければいけない」「踏み板が外されて落下する最中は恐怖のどん底に陥れられる。人権の軽視になる」という主旨のことを述べています。注3
この宮崎さんの手記も人権の問題に言及していますが、死刑制度そのものに反対するのではなく、その執行方法の残虐性に議論を限定した日本の最高裁判所の先例の論理と似ていることに気づかされます。注4 
死刑囚が死刑に反対しないことには恥や悔悟、覚悟などいろいろあるでしょうが、そういう人にとっては死刑囚に向けられた死刑廃止論など有難迷惑ということになるかもしれません。しかし、刑罰とはもともと強制的な権力の発動であって、死刑もそれが嫌だと言う人に強制する、無理矢理引っ張って行って死刑台に吊るすということが本来の姿です。覚悟し、同意のうえで死刑台に乗るのは、一種の自殺であって、刑罰ではないのです。
日本では安心立命などの宗教的な理屈によって死刑囚を外部から遮断し、あたかも死を受け入れた末期癌患者のように仕立てて、ある日予告なしに突然執行するという術策を取ってきました。こういう必然死に似せた擬似的な死の受け入れという環境下では、死刑囚が死刑廃止論を持つことは難しいでしょう。またそれぞれ信条があり、死刑囚だから死刑に抵抗せよと扇動するつもりもありません。死刑囚となる以前から個人的に死刑存置論であったが、たまたま自らも死刑相当となる犯罪を犯してしまったという人もいるでしょう。
しかし、そうしたことを押さえたうえで、やはり死刑廃止論は第一に死刑囚に捧げられるべきものであると思います。死刑囚の身分を持たない者にとって、死刑はやはり疎遠な問題であって、切実な当事者性を有しないのです。
実は、私が自分自身の死刑廃止論における一定のまとめとして書いた第一部をあなた方死刑囚に捧げるつもりになったのは、『死刑囚からあなたへ』という本の存在を意識してのことでした。注5 この本は実際、死刑囚から外部の私どもへ向けて書かれた稀有なメッセージ集です。
こういうものはありますが、いまだかつて外部から死刑囚へ向けて書かれた本を見たことがありません。これは不思議なことで、死刑廃止論は一体誰のためにあるのかと思わざるを得ません。そこで、死刑囚監房へ届くことはまずなさそうな書き物でありますが、本書、とりわけ第一部を死刑囚宛という想定で書いてみたのでした。(第一部完結)
注1
最新の『年報・死刑廃止2005年』(インパクト出版会)に掲載されている限りでも、死刑確定者中、37人が再審請求中である。ただし、部分的冤罪の主張や責任能力に関する主張にとどまる人も含まれる。同書187頁以下参照。
注2
『年報・死刑廃止2000‐2001』(インパクト出版会)160頁参照(菊池さよ子執筆)。
注3
『創』2005年7月号に掲載。http://tsukuru.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_8f60.html
注4
最高裁判例は、「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで等、死刑の執行の方法等がその時代と環境において人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、憲法に違反するが、刑罰としての死刑そのものが、一般的に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられない。」(最大判昭和23・3・12刑集2・3・191)と述べていた。ちなみに宮崎氏が問題にする現行の絞首刑は残虐でないとしている。
注5
日本死刑囚会議・麦の会『死刑囚からあなたへ』『死刑囚からあなたへ2』(インパクト出版会)


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