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シリーズ 平和と自衛:憲法施行60年
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投稿者 天木ファン 日時 2007 年 6 月 17 日 19:59:59: 2nLReFHhGZ7P6
 

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/archive/news/2007/06/16/20070616ddm010010172000c.html

「戦後レジーム(体制)からの脱却」をスローガンに、安倍晋三首相は任期中の憲法改正を掲げ、集団的自衛権についての憲法解釈変更を目指している。戦後60年余の平和を実現してきた憲法と安全保障の枠組みを、根本から変えようという歴史的な挑戦だ。「安倍改憲路線」の考え方は、どこから生まれ、どのように形成されたのか。結果として憲法を守ってきた戦後保守政治の流れに、どう位置づけられるのか。歴史と人脈をたどり、その成り立ちを探る。

 ◆護憲保守から改憲保守へ

 戦後、長期単独政権を維持した自民党は、1955年の結党以来「憲法改正」を党是に掲げてきたが、自民党の歴代首相のほとんどは、就任後「改憲はしない」と宣言するのが一種の習わしだった。平和憲法と日米安全保障条約に基づく事実上の「軍事同盟」という矛盾した補完関係が、戦後日本の平和戦略だったからだ。

 ◇対立期−−自主憲法派の挫折

 「一つ目の『日本を豊かにする目標』は達成された。しかし、二つ目の目標は後回しにされて50年がたった。私たちの時代にこそ、この宿題を果たさなければならない」

 今年4月24日、東京・九段会館で行われた自民党の「新憲法制定推進の集い」で安倍晋三首相は熱く訴えた。「二つ目の目標」とは、もちろん憲法改正のことだ。

 自民党誕生は終戦から10年後。その前から戦後保守政治には、「二つの目標」の優先順位をめぐり、二つの潮流がせめぎ合っていた。一つは、麻生太郎外相の祖父・吉田茂元首相を源流とする軽武装・経済成長重視の「護憲保守」の系譜、もう一つは、鳩山一郎、岸信介両元首相の流れをくむ自主独立・再軍備志向の「改憲保守」の系譜だ。

 敗戦で経済が壊滅し、再軍備を現実的でないと考えた吉田氏は、経済再建を最優先に掲げた。これに対し、公職追放から政界復帰した鳩山、岸両氏は自主独立を回復するための憲法改正を唱え、「吉田路線」の転換を目指した。自民党は二つの保守が合流してできた。

 しかし、鳩山氏が憲法改正を政治課題として掲げると、世論は急激に反発した。55年11月、自民党が誕生。その翌年、鳩山政権は国会で憲法改正が発議できる3分の2以上の議席を得るため小選挙区制導入を試みたが激しい批判を浴び、断念。続く参院選でも3分の2議席を獲得できずに終わる。

 岸氏も憲法改正への意欲は持っていたものの、世論の壁は高く改憲を事実上棚上げ。日米安保条約をより対等なものに改正することで「自主独立」色を出すことに専念する。だが、その安保改定でさえ世論は「軍国主義の復活」と受け止め、岸氏は辞任に追い込まれた。安保条約が岸氏の改定で相互条約的な色合いを強めたため、憲法に手をつけなくてもよい状況が生まれた。「岸さんにとっては皮肉な結果だが、安保改定は憲法の長生きにつながった」(坂元一哉・大阪大教授=国際政治・外交史)

 2大潮流の対立について、東京国際大の原彬久教授(国際政治)は「岸氏は、『憲法9条があるから再軍備できない』という理由で米国の要求を拒否した吉田氏の手法が気に入らなかった。戦力を持ったうえで、独立国家として米国と対等な安保条約を結びたいと考えた」と語る。

 ◇封印期−−安保は米に依存

 岸氏が退陣した後の自民党は、池田勇人、佐藤栄作両元首相ら護憲保守の時代が長く続き、この路線こそが「保守本流」との見方が定着する。

 日米同盟に基づいて国家防衛を米国に頼る一方、経済成長にまい進する政策が国民の支持を得る。それが可能だった背景には東西冷戦の激化があった。

 「所得倍増政策」を掲げて登場した池田氏は「改憲はしない」と明言し、政策の重点は経済であることを明確にした。次の佐藤氏も「平和憲法を守る」と繰り返し述べ、「非核三原則」を掲げた。岸氏の実弟という立場を意識し、戦前回帰の「逆コース」を警戒する国民の不安を取り除こうとした。

 派閥の系譜としては岸氏に連なる福田赳夫元首相も「日本は軍事大国にならない」などの外交三原則を発表し、護憲保守の路線に乗った。

 改憲保守のリーダーの再登場は82年の中曽根康弘元首相まで待たなくてはならない。中曽根氏は「戦後政治の総決算」を旗印に改憲路線を復活させようとした。だが、小派閥の領袖だった中曽根氏は、護憲保守の田中派の支持を得ながら政策課題をこなす必要があった。このため、憲法改正の主張を封印せざるを得なかった。中央大の猪口孝教授(政治学)は「反米路線から出発した岸氏や中曽根氏が、政権を取ると親米派として外交路線を転換してきた。親米派として振る舞わなければ何も実現できないからだ。安倍首相にも似たところを感じる」と語る。

 ◇再興期−−冷戦終結で一変

 護憲保守が安定した支持を得たのは、日本の防衛を米国に依存するのが前提だった。だが、その構図は89〜91年、冷戦が終結することで一変する。同時期に起きた湾岸戦争では、人的貢献をしない日本に対し批判も起きた。日本防衛だけではなく国際的な活動をめぐっても憲法論議が活発化した。

 その後、国連平和維持活動(PKO)協力法によるカンボジアPKO派遣、日米同盟強化のための周辺事態法制定など、海外に自衛隊を派遣する枠組みが整備される。ただ、あくまで「現行憲法下で何ができるか」が焦点で、90年代は憲法改正が現実的な課題とは受け止められなかった。

 小泉内閣で有事法制が整備され、01年の米同時多発テロ後、テロ対策特別措置法、イラク復興特別措置法で事実上の戦地派遣に踏み切った。その後を継ぐ安倍内閣で国民投票法が成立し、憲法改正が現実的な政治課題となったのは、「国土防衛だけでなく、米国と一緒に世界に出ていくことが求められ、憲法と安保が両立しなくなったからだ」(古関彰一・独協大教授=憲法史)。

 鳩山元首相が改憲に挫折して以来、憲法改正を公約に掲げた首相は初めて。渡辺治・一橋大教授(日本政治史)は「60年代以降、(護憲保守の)吉田路線が主流だった自民党の路線転換を意識している。今は安倍首相のような路線が『本流』になった」と、改憲保守に主導権が移ったと分析している。

 ただ、憲法改正が現実的な課題となったのは時代背景によるものとの見方が大勢だ。田中明彦・東京大教授(国際政治)は「国民投票法の成立は指導者の資質よりは日本の政治体制とそれを取り囲む国際的な枠組みの大きな変化により起きている」と分析。シンクタンク「日本国際フォーラム」の伊藤憲一理事長も「政治家の努力で改憲が動き出したのではなく、国際情勢の変化が世論を変えた」と指摘する。

 しかし、自主防衛につながる改憲保守の流れと、集団的自衛権の行使など日米同盟強化の流れはどこで折り合いをつけるのか。憲法改正が現実的な課題となると、「平和と自衛」は、また新たな課題を突き付けられることになる。

 ◆安倍外交のキーワード

 ◇普遍的な価値/自由と繁栄 ブッシュ演説と相似

 「主張する外交」「価値の外交」「自由と繁栄の弧」−−安倍外交のキーワードだ。安倍政権発足に先立ち、「日米両国は共通の価値観に基づく対等なパートナーだ」と強調したのはブッシュ米大統領だった。

 安倍首相が官房長官だった05年11月、ブッシュ大統領は京都市を訪れ、政策演説で「天皇制を認めた憲法は日本の誇りの源だ」「アジアでの自由の拡大は半世紀以上前に日本で始まった」と日本を持ち上げ、「自由」という言葉を62回、「民主主義」を16回も繰り返した。憲法改正を語る際「自信と誇りのもてる国に」と力を込める安倍首相のセンスに通じる。

 1年後の昨年11月、麻生太郎外相は演説で日本外交の新機軸として「価値の外交」「自由と繁栄の弧」を打ち出した。北東アジアから中央アジア、トルコ、中・東欧、バルト諸国まで、ユーラシア大陸に沿って「民主主義国家の伴走ランナーになる」と宣言。「普遍的な価値」「自由と繁栄の拡大」というキーワード、戦後の復興と民主主義の定着から説き始め、国家の誇りと自信を力説し、周辺国との関係構築に触れ、詩人の言葉を引用する構成まで、ブッシュ演説とそっくりだった。

 安倍首相が就任直後の昨年10月、最初に中国を訪問し、中国との関係改善に動いたことは米国側の評価を得た。しかし、「自由と繁栄の弧」を強調する外交方針は、裏を返せば「中国包囲網」にほかならない。

 安倍首相は著書「美しい国へ」で、「強い米国」を体現した80年代のレーガン元大統領、社会改革のビジョンを持った「新保守主義」(ネオコン)に対する共鳴と親近感を明らかにし、「レーガンの勝利は、アメリカの保守主義者たちの大きな自信となった」と称賛している。

 しかし、「力の外交」で中東民主化を進めようとしたネオコンはあっという間に力を失った。共和党は中間選挙で敗北。国防長官のラムズフェルド氏ら枢要な面々はほとんどが職を辞した。

 安倍首相は「美しい国へ」で憲法前文の「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」に触れ、「米国をはじめとする列強の国々から褒めてもらえるように頑張ります、という妙にへりくだった、いじましい文言」と腐した。米国に対する親愛と反発−−。屈折した微妙な心情がうかがえる。

 ◆安倍政権と保守

 ◇米国寄り路線の延長−−佐伯啓思氏・京都大教授(社会経済学)

 保守とはイギリス生まれの概念であり、その国が本来持っている文化や歴史に即して、それらを維持できる経済構造や制度、外交を考えることといえる。「本来持っているもの」の定義は難しいが、日本の場合、戦前までの自然観や秩序意識、礼節や共同体を重んじる姿勢などが含まれよう。

 ところが戦後の日本では長い間、アメリカと協調した自由と民主主義、アメリカとの同盟関係を維持することを「保守」と呼んできた。しかもこのアメリカ寄りの「保守」が、日本本来の文化を破壊してきた。

 もちろん日本にとっても、自由と民主主義は重要だ。だが一方、これらはアメリカの建国の精神である。アメリカの保守(勢力)が守るべきものだ。日本の歴史の中では、西洋的な自由・民主主義が絶対視されてきたわけではない。

 確かに安倍晋三首相は、「戦後レジームからの脱却」といった言葉を掲げている。ところが彼は、これを集団的自衛権の行使や改憲など限定的な意味にとらえているようだ。しかも安倍政権にはもう一つ、アメリカの軍事的、経済的な世界戦略に協力するという柱もある。これは戦後「保守」の延長に過ぎない。

 したがって安倍政権の政策は、保守的なスローガンを掲げながらも、戦後的なアメリカへの従属をより強めるものになりかねない。(談)

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 ◇「平和と自衛」は月1回掲載します

 この特集は古本陽荘、田所柳子(以上政治部)、長野宏美(社会部)、中尾卓司(外信部)、鈴木英生(学芸部)、日比野英志(デザイン室)が担当しました。憲法施行60年企画「平和と自衛」は毎月1回掲載。次回は7月後半を予定しています。

毎日新聞 2007年6月16日 東京朝刊

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