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死票論のゆくえ(花・髪切と思考の浮游空間)【自民党を選ぶのか、民主党を選ぶのかという問題設定自体が支配層の戦略】
http://www.asyura2.com/07/senkyo38/msg/820.html
投稿者 gataro 日時 2007 年 7 月 20 日 08:30:02: KbIx4LOvH6Ccw
 

http://blog.goo.ne.jp/longicorn/e/d5edf4fcc418e9f3e7efa0029de19579 から転載。

死票論のゆくえ
2007-07-11 16:30:11 / 政治・経済

選挙が直前に迫ると、どうしても死票論が出てくるようです。
死票論といっても、体系化されているわけではなく、端的にいえば有権者が弱小の政党にいれても役にはたたない、という程度のものです。
それが幾度となく繰り返される。まるで一種のキャンペーンのように。

この論で対象にされるのは、現実には共産党へ投じる一票でしょう。弱小なといいましたが、弱小な政党は他にもあります。しかし、共産党以外の政党が標的にされることはまずありません。
これは、たぶんに同党が多くの選挙区でも候補者を擁立することにもよっているでしょう。しかし、このような前提が仮にあるとしても、以下にのべるように、死票論というのは奇妙な論理であることに少しも変わりはないと思うのです。

私が奇妙なと思うのはつぎの理由からです。
そもそも選挙というのは、自らの社会とその将来を主体者として決める機会でしょう。そして私たちは、有権者が自分で判断し、自分の意思で政党を選択します。
死票論が語るのは直接には選挙という戦の勝敗です。ようするに選挙は勝利するかしないかの戦で、勝てないのだから(弱小政党への投票は)死に値する一票だというわけです。
しかし、これは本来、主体者からみれば、主体者の意思が政党の選択という形で示される以上、弱小な政党への投票もその限りで生きているのではないでしょうか。

むしろ私は、一昨年の9・11選挙において、自らが小泉に託した一票であるはずなのに、「こんなはずではなかった」「あるいは勝たせすぎた」という声に象徴されるような、あたかも自らの意思で選択したかのようにみえる、主体者の「不在」を物語る事実に注目します。
勝ち負けに執着するならば、彼らの投じた一票は、死んだのではなく、生きたのです。だが、生きた一票がもたらした結果は、あにはからんや死んでいるといえるのではないでしょうか。

いまひとつは、野党第一党にたいする評価です。評価は、その人のよってたつところによって分かれるでしょう。当ブログでは常々、いまの野党第一党の民主党は保守政党だと考えていて、自民党を選ぶのか、民主党を選ぶのかという問題設定自体が支配層の戦略だとのべてきました。
話を分かりやすくするために定数1の選挙区を考えると、与党と野党第一党のたたかいという構図を押し出して、与党を「落とす」ために野党第一党に入れよ、というのが死票論のいうところです。おまえの票は死ぬといっているだけではない。この意味では、意見形成における干渉ともいえるものではないでしょうか。

このように、死票論の延長線上に、「もう一つの世界」あるいは「もう一つの選択」を認めない思想性を強く感じるのです。主体者は選挙においても結果に責任を負うのでしょう。そうであるからこそ自らの意思で自らの社会と将来を選び取らなければなりません。

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