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れんだいこのカンテラ時評315 2007参院選総括、議席動向、戦記、自民党凋落の要因解析】
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投稿者 こげぱん 日時 2007 年 8 月 02 日 00:23:35: okIfuH5uFf.Lk
 

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れんだいこのカンテラ時評315 れんだいこ 2007/08/01 17:20
2007参院選総括その1、議席動向】

2007.7.29日、第21回参院選が行われた。恒例によりこれを総括しておき後日の証とする。与党の安倍政権は改憲を正面から掲げて選挙戦に突入した。しかしながら実際には改憲論議に向かわず、年金失政、閣僚失言等々を廻る論戦に終始し、与野党いずれも改憲論争を避けたまま投票日を迎えた。自民党はオウンゴールを積み重ね、「自民の歴史的敗北、民主の大躍進、公明の初の敗北、共産の又もやジリ貧、社民のズル貧、国民新党の踏ん張り、新党日本の足がかり、9条ネット振るわず、女性党伸びず、新風、共生後塵拝す」という結果となった。以下、各党を総括する。

 自民党は、参院過半数維持の為に必要な自公両党64議席に対し、公明9となったことにより55議席が必要なところ36議席という結果になった。改選数の64を28減らすという記録的惨敗となった。森−小泉−安倍という旧岸−福田系の流れを汲む売国奴系政権が嫌悪されたことになる。

 自民党の敗因は次のところに現れている。18ある改選定数2以上の複数区で各選挙区の候補を1人に絞ったことにより全選挙区で1議席ずつ手堅く獲得した。しかし、埼玉、東京、神奈川、愛知という都市部4選挙区で民主党が2議席取ったのに比すれば防御的な戦いを余儀なくされていることになる。既にかっての自民党の磐石体制が崩れており、民主党がその地位につきつつあることが判明する。

 より深刻なことは1人区である。2001年で25勝2敗、2004年で14勝13敗、2007年で6勝22敗となった。このことは、1人区で自民党が民主党に勝てない時代に突入したことを告げている。従来、野党間分裂を尻目に自公候補が一人勝ちしていた構図が通用しなくなったという意味で深刻な事態を迎えることになった。

 比例区では13議席の確保にとどまった。2001年参院選20議席・2111万、2004年15議席・1679万、2007年13議席・1654万とジリ貧化しつつある。民主党に次第に差をつけられつつあり如何ともし難い流れにある。

 公明党は、手堅い常勝戦略にも拘らず初めて一敗地にまみれた。選挙区は、2001年5議席、2004年3議席、2007年2議席と推移しており、こたびは特に埼玉、神奈川、愛知で民主の2議席目の候補に競り負けするという事態に遭遇した。比例区も2001年8議席・818万、2004年8議席・862万、2007年6議席・776万と推移している。このところ頭打ち傾向を見せていたが、はっきり失速したこと否むしろ後退局面に入ったことを示した。小泉政権以来のウルトラタカ派路線への深のめりこみが反発を買い始めたものと思われる。創価学会末端信者の公明党離れが加速しそうな局面を迎えている。

 民主党は、改選前の32を59へと大躍進した。民主−国民新党連合による無所属候補を含めると60議席を優に越している。2001年38、2004年50、2007年59議席と推移している。1人区で22(民主系では23)勝6敗、複数区でも圧勝した。かって保守王国と云われた東北、四国の1人区で完全勝利している。2人区は自民と民主が分け合ったものの、3人区以上では民主が定番に位置し、更には公明党を押えて2議席取るという勢いを見せている。比例区でも段違いの第一党となっており、2001年8議席・899万、2004年19議席・2113万、2007年20議席・2325万票と推移している。御用評論家はそろそろ乗り換えたほうが賢明だろう。

 他方で、旧社共の場合、治癒し難しの感がある。度々の捲土重来呼号にも拘らず相変わらず後退し続けており、かといって執行部は何の責任も取らない。相変わらずのおざなりの政権批判に耽っている。安部政権に敗北責任を迫るなら、手前達の責任はどうなんだと言い返したくなるのはれんだいこだけだろうか。旧社共の腐敗は底無しであり自力更生能力は無い。左派戦線はもはや新左派系党派の登場によってしか挽回できないことをはっきりさせた。

 共産党は、選挙区で議席0、比例区では2001年4議席・432万、2004年4議席・436万、2007年2議席・440万と推移している。選挙区での議席ゼロ、比例区でのジリ貧という構図が確定しつつある。党中央は得票数が増えていることを自慢しており、つける薬が無い。その他相変わらずの弁明に終始しており処置無しと云える。

 社民党も、選挙区で議席0、比例区では2001年3議席・362万、2004年2議席・299万、2007年2議席・263万と推移している。かっての自社二大政党時代の面影は微塵も無い。共産党にも及ばないテイタラクを痛恨と感じる気配も無く福島社民党の限界を示したと云えよう。

 左派戦線糾合的意義を持つ9条ネットへの期待が集まっていたが、天木代表の送り込みに失敗するという憂目を味わわせられた。この後9条ネットがどうなるのか行方に関心が寄せられる。大胆に6.15共闘との共闘を始めとする左派連合共同運動の創出が望まれるのではなかろうか。

 国民新党はもう少し伸びても良かったが、案外と振るわなかった。選挙区で島根で勝利したほかは全員討ち死にした。比例区は1議席・得票数126万。しかし、選挙区での民主党の大躍進を支える裏方の役割を果たしており高く評価されるべきだろう。

 新党日本は田中代表の送り込みに成功した。比例区得票数177万票で国民新党を上回った。新風、共生、女性党は泡沫の域を出ることができなかった。以上を総評として、各局面の指標分析に向かうことにする。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

【2007参院選総括その2、戦記】

 こたびの参院選を一言で評すれば、「ヒメのトラ退治」であろう。もう一つ挙げるとすれば、松岡農相の怨霊が乗り移ったのか、後任の赤城農相の「赤木の山もこれまでか珍芸」であろう。頬に張られたの絆創膏姿こそこたびの選挙の行方を暗示した。

 最大の見所は、島根の亀井−岡山の姫井−香川の植松と云う出雲−吉備−讃岐とまたがる姫御前トリオが、参議院自民党会長の青木、同幹事長の片山、同幹部の真鍋の膝元を払い、見事切って捨てた。後世に残る姫御前のなぎなた払いであった。その象徴が岡山の「ヒメのトラ退治」であり、トラはヒメイをあげた。片山は元々はハト派系であるが、小泉政権の悪政にのめりこみ、地元の有力首相候補・平沼を袖にしてきた傲慢さと驕りのツケを払わされることになった。一時の栄華に酔い、元も子もなくす見本だろう。

 北海道2議席で、民主と自民が分けたが、新党大地の多原が今一歩及ばなかった。東北は民主が圧勝した。特に岩手での民主の磐石の圧勝は小沢の底力を見せ付けた。関東は、群馬で自民の山本が圧勝した以外は民主王国であることを示した。埼玉−東京−神奈川で、民主は2議席を確保しており、公明党が東京を除いて弾き飛ばされた。

 中部は、民主優勢の形で自民と分かち合い、愛知では民主が2議席取り公明党を退けた。北陸は、新潟で自民と民主が分けたが、民主は田中真紀子が応援した森が当選し、本命の黒岩が次点に泣いた。真紀子の底力を見せ付けた。1人区では森元首相の地元福井で自民が取った。それ以外は民主が抑えた。関西では民主と自民が分かち合い、大阪で公明党が食い込んだ。一人区では自民が和歌山を得た以外は民主が抑えた。

 中国では、広島で分け、自民は安倍首相の地元山口を押えたが、それ以外では民主が競り勝った。四国は、4県とも民主が押えるという快挙を記録した。かっての保守王国の面影は微塵も無い。九州は、福岡で分け、1人区では自民が大分と鹿児島を押さえ、それ以外を民主が取った。大分では野党乱立が自民党にトンビの油揚げを許しており、今後の教訓を残した。それに比べて、沖縄では全野党共闘が成立し、糸数が自民をなぎ倒した。これも教訓的であろう。

 以上から云えることは次のことである。民主−国民新党−社民党連合が、自公を相手に堂々と立ち回り否むしろ圧勝しつつあるということである。共産党の「確かな野党」戦略による野党分断をものともせず、民主−国民新党−社民党連合票が自民−公明−共産連合票を上回り始めたことを示した。これこそ、こたびの参院選の特徴であろう。恐らくこの流れは不可逆的で、これを押しとどめる如何なる手立ても無い。

 次に、公明党が選挙区で勝利できるのは東京、大阪以外には無くなったということである。この流れも不可逆的で、公明党は今後大きな頭打ち試練を迎えたことになる。それにしても70年代の花形であった共産党と公明党が揃いも揃って失速し始めており、新しい時代を予感させることになった。

 民主の勢いがどこまで続くか、これが時代のテーマとなった。護憲派と改憲派の党内論議が深まり、自民党よりも能力の高い党であることを示すことが期待されている。ハト派系民主としての自力発展こそが望まれているのではなかろうか。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

【2007参院選総括その3、自民党凋落の要因解析】

 自民党は何ゆえにかくも無残な敗北に追い込まれたのか。これを説明できる者がいないと思われるので、れんだいこが解析しておく。

 自民党は、1955年の自由党と民主党との大同団結以来、旧自由党と旧民主党、ハト派とタカ派、内治派と外治派、党人派と官僚派、帝大派と私大派、土着派と洋航派等々という様々な対立抗争軸を派閥化で調整し、共同して政局を乗り切り、政権与党の座を維持してきた。それは、類い稀なバランスの上に成り立つ高度な政治手法であった。

 この時代の自民党こそ世界史上稀な在地型社会主義性を持つ政治権力であり、その組織原則はこれこそ手本となる民主集中制であり、党内に異論異端を許容し、喧々諤々の議論の果てに大同団結するという理想的なものであった。

 日共が、自民党、民主党の雑居性を揶揄し、派閥を批判し、党内純化、一枚岩を自慢し、満場一致を誇り、分派禁止網を張り巡らす姿こそ極右的なネオ・シオニズム組織であることを示している。不幸なことに、この種の日共理論が持ち上げられ、自民党、民主党の雑居性が批判されているが、真実は逆だろう。

 そういう自民党の組織リズムが、ロッキード事件による一撃で狂わされた。当時のハト派の総帥田中角栄元首相が国策金縛り刑に遭わされ、その盟友大平派が孤軍奮闘するも及ばず、以降次第に現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義に好んで身売りすることにより権力を得た売国派勢力が伸張し始めた。1980年代初頭の中曽根政権が、1960年安保闘争により打倒させられた岸政権以来の売国タカ派系の雌伏20年ぶりの復権となった。

 以来、タカ派系が自民党内の支配権を握り、かってのハト派はタカ派の後塵を拝する政権巾着としてのみ延命していくことになった。これを仮に「ねじれハト派」と命名する。1980年代から2001年までの約20年に亙る時代は、タカ派と「ねじれハト派」の政権たらい回し時代となった。とはいえ、タカ派は無論「ねじれハト派」の誰が首相になろうとも、現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の下僕としての御用聞き政治でしかなかった。この時代は政治史上、「失われた20年」と形容されるに相応しい。

 2001年、小泉政権が誕生した。この政権は、タカ派の小泉系と「ねじれハト派」とハト派の本家争いを演じてきた角栄の娘・田中真紀子の同盟により樹立された。小泉首相は田中真紀子を外相に起用し、同時に打ち出した様々な構造改革路線への期待も有り、政権発足当初は大いに支持された。しかし、小泉首相の出身派閥である旧福田派と旧田中派の歴史的怨念の根は深く、田中外相は様々に執拗にいたぶられた挙句遂に放逐させられた。

 タカ派系一色に純化した小泉政権は以降、云うこと為すこと国際金融資本帝国主義の言いなり下僕路線へとなりふり構わず突っ走って行くことになった。ところで、小泉政治にはある種の代わった作風があった。一言で言えば暴力レイプ型である。小泉政権は政権を長期化させるに従い、暴力レイプ型政治に染まっていった。小泉政治の特徴は、1・国際金融資本帝国主義の言いなり下僕路線、2・ハト派系利権官僚機構のタカ派系への改組、3・ハト派は無論「ねじれハト派」をも組み敷くことにあった。これを暴力レイプ型の恐怖政治で押し進めたところから、党内秩序は大混乱した。

 郵政民営化騒動がその大乱闘の場となった。これにより、我慢に我慢を重ねてきた「ねじれハト派」と土着系タカ派が除名追放され、刺客を送り込まれ、造反派の多くが葬られた。しかし、しこりが深く残ることになった。一部は民主党に接近し、一部は自民党へ舞い戻り、あるいは無所属に居残り、いずれにせよ自民党内を陰に陽に揺さぶっている。こうした状態のまま2007参院選を迎え、大惨敗を喫した。

 小泉後継として登場してきた安倍首相の思考は硬直化している。占領下のマッカーサー式押し付けであるという理由で憲法改正を狙うが、今現在の憲法改正も又ハゲタカ占領下の押し付け的要請であることに口を閉ざしている。れんだいこは、キリスト教愛国主義的なマッカーサー路線の方が、ユダヤ教パリサイ派的なハゲタカファンド路線よりも「よりまし」ではないかと思っている。安倍は、ユダヤ教パリサイ派的なハゲタカファンド路線の方が国益にかなっていることを論証しなければならない。この論証抜きの憲法改正は許されまい。

 もとへ。この自民党に再生能力はあるだろうか。あるとすれば、かってのハト派の復権、そのハト派とタカ派のかってのような同居であろうが、れんだいこの見るところ、党内に残っているのは「ねじれハト派」であり、この連中は右顧左眄する能力以外の能力が無い。よって復権能力を持たない。党内は、小泉治世下でタカ派に純化されており、その度合いをますます深めつつある。皮肉なことに、そうなればなるほど自民党の魅力を減ずるという関係になっており、こたびの選挙はそのことを実証した。このもつれをほぐすことは容易ではなく、あるとすれば唯一小泉新党を立ち上げさせ、ネオ・シオニズム派を体よく追い出すことであろう。

 しかしながら、小泉新党はできない。なぜなら党を立ち上げたり運営する能力が無いからである。ネオ・シオニズム奥の院はそのことを承知している。故に、彼らは自民党に寄生し続け、生き血を吸っていき、ひたすら党中央の座いすを占拠し続けようとする。しかし、それは亡びの道である。哀れなのは公明党である。よりによって、こういう連中と一蓮托生したとは。自業自得と云うべきだろう。

 それにしても、小泉−飯島派を持ち上げ、名宰相として喧伝してきた自称インテリ評論家どもよ、手前達の言説は既に克明に記録されている。今後、君たちの言説の責任が問われることになる。自己批判抜きに間抜け顔を晒せるとは思うなよ。人様に自己責任を説教してきた以上、覚悟しておけ。

 2007.8.1日 れんだいこ拝

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