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NHKに送信料を払う価値のある番組の推奨:その時 歴史が動いた
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投稿者 木村愛二 日時 2007 年 10 月 04 日 20:49:24: CjMHiEP28ibKM
 

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NHKに送信料を払う価値のある番組の推奨

拙著『放送メディアの歴史と理論』(2005年、社会評論社)では、「終章」として、「送信者へのコペルニクス的展開の道」を論じた。

その前提となる放送団体の形成に関しては、前途遼遠であるが、個人でも可能な「送信」の要望として、個別の番組の推奨もある。

以下の「その時 歴史が動いた」300回記念番組、「日中国交正常化」は、その一つである。

2007年09月26日、NHK放映。
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その時 歴史が動いた
 「日中国交正常化」
午後10:00〜10:43

 その時:1972年(昭和47)9月29日、田中角栄、日中共同声明に調印

 どう動かしたか:日本と中国との間に国交が樹立され、戦後の日中関係の基礎が築かれた。
 昭和47年9月25日、ときの総理大臣・田中角栄が北京を訪れた。戦後日本外交の一大課題、中華人民共和国との国交正常化のためだ。悲願の達成を間近に控え、メディアは交渉の順調ぶりを伝えていた。
 しかし実際の外交交渉の現場は紛糾していた。日本の戦争責任についての謝罪をどう表現するのか? 日本は、中国が認めない台湾との関係をどう清算するのか?
  4日間を予定した交渉は2日目ですでに暗礁に乗り上げていた。そして最大の争点は「日中戦争はいつ終わったのか」という問題に絞られていく。台湾と日華平和条約を結んだ昭和27年に日中戦争は終わったと主張する日本。しかし、中華人民共和国側は、日華平和条約は無効であり、日中戦争は今回の共同声明の公表の日に終了すると主張。両国の主張は平行線をたどった。それがなぜ、残り2日の話し合いで合意にたどりつくことができたのか。
 息詰まる外交交渉の裏側を、当時の関係者の証言を軸に、日中双方の豊富な記録を交えて描く。「その時歴史が動いた」300回記念番組。
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