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英雄視せず無念さ共有 長井健司さんの遺影を前に = JCJ
http://www.asyura2.com/07/senkyo43/msg/673.html
投稿者 ダイナモ 日時 2007 年 10 月 27 日 23:25:22: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.jcj.gr.jp/massinfo.html#20071028

 住民の伝えて欲しいという意思と、ジャーナリストの伝えなければならない という意思が重なるとき、本来のジャーナリストの仕事が遂行される。特に私 たちフリーランスは、大手メディアが取材を始めるまでが勝負のことが多い。 それはNGOの救援団体と似ている。
 赤十字や国連機関が救援に来るまでの間、持ちこたえなければならない。彼 らが来れば私たちの仕事は一息つく。しかしそれまでの間こそ、救援と報道が もっとも必要な時期なのだ。しかしいくら待っても、大手メディアや大手救援 団体が現れないことも多い。
 人々が危機にさらされているときに、なぜメディアは現れないのかと、犠牲 者が見殺しにされていく最中でメディアを告発する人々の声をどれほど聞いた ことだろう。
 特にこの数年間、大手メディアには、魂を売り渡したような「従軍取材」が まかりとおり、犠牲者の側の危険な場所からは見事に身を引き、そこに住む人々 の叫び声を伝えてこなかった。「きれいな戦争」の幻想を撒き散らしたのも、 大手メディアの責任だ。ジャーナリストとしての仕事を放棄してきたと言って いい。
 そうした現場に長井健司さんは出かけていった。私はパレスチナの取材では、 ひと目でジャーナリストと分かる服装をする。そのほうが安全に取材できるか らだ。しかしビルマの長井さんは目立たない服装で近づいた。この国ではジャー ナリストと分かる服装だと、即座に国外退去になるからだ。目的は軍政に対す る人々の怒りと闘いを伝えることであった。
 民衆が殺されていく現場では、殺害者は記録を恐れる。だから目撃者であり 証人であり、証拠を握るジャーナリストは殺戮の対象になる。だからといって ジャーナリストの死は、民衆の死よりも重い意味を持つわけではない。
 死んだジャーナリストを英雄視すると、彼が伝えようとした問題や状況を無 視することになりかねない。民衆と同じ目線で取材し、それを伝えようとした ジャーナリストだからこそ、彼の遺志を継ごうとするなら、彼の怒りと闘いと 無念の気持ちを共有しなければならない。多くのビルマの人々が参列した彼の 葬式で遺影を前にして、そう思った。

広河 隆一
 


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