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「アメリカの終わり」 ネオコンの中心的人物の多くはユダヤ人で、彼らのイスラエルに対する姿勢にフクヤマは批判的になっていた
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投稿者 TORA 日時 2007 年 1 月 13 日 14:22:23: CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
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「アメリカの終わり」 ネオコンの中心的人物の多くはユダヤ人で、
彼らのイスラエルに対する姿勢にフクヤマは批判的になっていた

2007年1月13日 土曜日

America at the crossroads


◆アメリカの終わり フランシス・フクヤマ著
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4062820323/503-4629621-7911915?SubscriptionId=0C760DFJTH2FN8YG3CR2

◆政治学者フランシス・フクヤマとネオコン:フクヤマのネオコン批判の論理 中岡望
http://www.redcruise.com/nakaoka/index.php?p=176

イラク戦争の状況は、当然のことながら、それを論理的に支えてきたネオコンの論理に対する懐疑も生み出している。現在、アメリカでは外交政策を巡る論争は、混迷と混乱の様相を呈している。そんな状況の中でネオコンに真正面から挑戦する本『岐路に立つアメリカ』(America at the crossroads)が3月に出版され、大きな波紋を呼んでいる。しかも、著者がネオコンを代表する論者であるだけでなく、『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評欄で評者が「考え方が最も創造的で、最も面白く、また最も野心的な人物」と紹介するほど政治学者フランシス・フクヤマであることが、その波紋をいっそう大きなものにしている。ネオコンは、イラク戦争での厳しい現実だけでなく、思想の面においても深刻な挑戦を受けているのである。


フクヤマとクラウサマー論争の始まり

だが、フクヤマは次第にネオコンの主張に違和感を覚え始める。02年4月に新アメリカ世紀プロジェクトがブッシュ大統領にイスラエル政府を強力に支持することを求めた書簡にフクヤマの署名はない。ネオコンの中心的人物の多くはユダヤ人であり、彼らのイスラエルに対する姿勢にフクヤマは次第に批判的になっていた。それは、後述するクラウサマーとの論争の中にも顔を出している。フクヤマは、クリントン大統領宛の書簡でサダム・フセインの排除を主張したが、「その時点でイラク侵攻のカードは入っていなかった」と述べ、自分はイラク戦争を支持していたわけではないと弁明している。03年3月のアメリカ軍のイラク侵攻で、フクヤマはネオコンの主張に同調できなくなる。彼は、アメリカのテロに対する過剰反応を懸念していたのである。

イラク戦争が始まる前の03年1月のある土曜日、バージニア州アーリントンにある表札も出ていないビルの一室で国防総省ネット・アセスメント部の会合が開かれた。同部は四つの専門家グループに国際的なテロの長期的な脅威について分析を依頼していた。その日、各グループが分析結果を報告するために会合がもたれた。フクヤマは、四つのグループのうちの一つのグループの責任者であった。ウオルフォウィッツ国防副長官は、四つのグループのうちフクヤマが責任者を務めるグループのプレゼンテーションにだけ顔を出した。その席でフクヤマは、「アメリカは9月11日のテロに過剰反応すべきではない」と報告し、特に軍事行動を取ることに慎重な対応を求めた。おそらく、その分析は、彼のメンターであるウオルフォウィッツを失望させたであろう。

フクヤマのネオコン批判を決定的にしたのが、04年2月にワシントンのヒルトンホテルで行われたアービング・クリストルを記念する晩餐会でのチャールズ・クラウサマーの「民主的現実主義−一極世界におけるアメリカ外交」と題するスピーチであった。クラウサマーがスピーチの中でイラク戦争を“実質的に完全な勝利”と主張し、会場にいた多くの人々がそのスピーチに喝采する様を目の当たりにしたフクヤマは当惑する。翌日、『ナショナル・インタレスト』誌のジョン・オサリバン編集長に会った彼は、クラウサマーのスピーチに対する反論を書かせてくれるように頼んだ。オサリバンは即座に了承し、同誌の04年夏号に「ネオコンサーバティブ・モーメント」と題するフクヤマの論文が掲載された。これが、フクヤマが公然とネオコンに向けて放った最初の批判の矢であった。

レジーム・チェンジと国家建設

では、ネオコンはイラン戦争でなぜ間違を犯してしまったのだろうか。フクヤマは、それを理解するためには冷戦勝利まで遡らなければならないという。冷戦の頃は、ネオコンはアメリカの保守主義グループの中できわめて少数派でしかなかった。レーガン政権は彼らの主張であるレジーム・チェンジを外交政策として採用することになる。そうした政策は、現実主義者や外交の専門家には無視されていた。しかし、結果的にレーガン政権の対ソ強攻策によってソビエト体制は崩壊し、ネオコンのレジーム・チェンジ政策は見事に無血で成功を収めたのである。すなわち、ソ連の“民主化”は成功したのである。

ネオコンは、ソビエト崩壊から幾つかの教訓を引き出した。まず、全体主義の国家は“最終的”に崩壊するというということである。しかも、ソビエト崩壊後、東欧では雪崩を打ったようにレジーム・チェンジが起こる。これが、ネオコンにレジーム・チェンジに対する自信を深めることになった。そして、ネオコンは、「イスラム世界でも同様なレジーム・チェンジがどうして不可能だといえるか」(クリストル)主張し始めたのである。イラクは生存にかかわる脅威であり、イスラム世界のレジーム・チェンジは可能であるとの過信が、ネオコンのイラク戦争を推進する論拠となった。

しかし、フクヤマは、イスラム社会のレジーム・チェンジについて次のように反論する。イスラムの特殊な社会構造はネオコンが想像する以上に複雑なものである。東欧の民主化はもともと民主主義のルーツを持っている社会であり、イスラムの世界とは基本的に異なっている。多くのネオコンは、そうした事実を無視して、楽観的なレジーム・チェンジの絵を描いたのである。その結果、ネオコンは、アメリカは自ら積極的に状況を変えていくことができるという“レーニン主義”に陥ったと批判する。

もう1つのポイントは国家建設である。フクヤマは、04年に『ステート・ビルディング』と題する本を出版している。フクヤマは、ネオコンは国家建設でも、伝統的なネオコンサーバティズムから逸脱したと指摘する。伝統的ネオコンは、ジョンソン大統領の「偉大な社会計画」を徹底的に批判した。そうした社会工学(ソーシャル・エンジニアリング)は、国家の過剰な介入を招き、予想したとは反対の結果を生み出す可能性があるからだ。だが、イラクでネオコンがやろうとしていることは、まさに社会工学的な国家建設であり、伝統的なネオコン思想に反するものではないかと批判する。フクヤマは、国内で上手くいかなかった社会工学的な国家建設がどうして上手くいくのかと疑問を呈す。しかも、1899年のフィリピン統合後、アメリカは一八カ国の国家建設に携わってきたが、ドイツ、日本、韓国以外はすべて失敗していると、国家建設の難しさを指摘している。

これに対して、ネオコンはどう反論しているのであろうか。クリストルは「イラクの国家建設は長期プロジェクトである」と反論する。現在、イラクが内戦状況になっているのは、民主化のプロセスとして避けがたいことであると主張する。さらに民主化や安全保障の確立が進まないのは、アメリカ政府が十分な軍事的、金銭的な資源を投入していないらであると、イラクの民主化と国家建設は可能であるという立場を崩していない。アメリカが十分な軍事的展開をしていないのは、ラムズフェルド国防長官に責任があるとして、同長官の辞任を求めている。

さらに、クリストルを含めた三四名が、05年1月28日に議会に「アメリカ軍は私たちが求める責任を果たすにはあまりにも規模が小さすぎる」と主張し、軍の増強を求める公開書簡を送っている。彼らは、まだイラク戦争が負けたとは認めていないし、またアメリカ主導のもとに民主化、国家建設は可能だと考えているのである。クリストルは「アメリカ軍が長期にわたってイラクに駐在することが民主化にとってきわめて重要である」と、早期撤退計画を批判している。

フクヤマはネオコンと決裂したのか

では、フクヤマは、完全にネオコンと絶縁したのであろうか。彼は「20世紀の中葉から始まったネオコンサーバティズムは一貫性のある原理である」と、その思想性を高く評価している。それが90年代に政治によって利用され、歪められたとも述べている。「ブッシュ政権の外交政策の代名詞になってしまったネオコンサーバティズムという言葉を取り戻す努力は現時点では不毛である」と、厳しいコメントをしている。

彼は自ら『アメリカン・インタレスト』誌を創刊し、独自の活動を始めている。ネオコンサーバティブの祖の一人であるアービング・クリストルは『パブリック・インタレスト』と『ナショナル・インタレスト』という二つの雑誌を創刊し、ネオコン思想の普及に貢献した。『アメリカン・インタレスト』という誌名からすれば、フクヤマは伝統的ネオコンサーバティブに対する拘りは持ち続けているのかもしれない。ある論者は、「マルクス主義者がスターリンからマルクス思想を切り離すことで、その思想を救おうとしたように、フクヤマはブッシュ政権と一体化したネオコンからネオコン思想を切り離すことで、ネオコン思想を救おうとしているのかもしれない」と分析する。

フクヤマは「クラウスサマー批判はあなたの思想のパラダイムの転換を示しているのか」と聞かれたとき、「そのことがパラダイムの転換を促すことになるのかどうかわからない」と答えている。さらに、「ネオコンサーバティズムはテストに直面している。変化する現実に対応して調整するか、あるいは硬直的な原則に固執するか。その選択によって、ネオコンの時代は終わるか、生き残るかが決まるだろう」と述べている。

ブッシュ政権の中ではライス国務長官を中心に“ネオ現実主義”の動きが出ている。競合する外交思想の中で、どれが次のアメリカの新しい外交思想になるのであろうか。ネオコンの「民主的現実主義」なのか、フクヤマの「現実的ウィルソン主義」なのであろうか。思想は、現実によって試されることになるだろう。最初のウィーバーの言葉に戻ろう。「思想は結果を生む」ものである。言い換えれば、思想は結果によって判断されるのだろう。ネオコンサーバティズムは、まさに結果によって判断されようとしているのかもしれない。

◆<イラク新政策>ISG提言とのかい離目立つ 1月11日 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070111-00000041-mai-int

 ブッシュ大統領の新政策には、保守系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」がまとめた米軍増派を含む提言が反映されているとの指摘もある。「強い米国を求めるネオコン(新保守主義)勢力の主張と、イラクでの勝利にこだわるブッシュ大統領の要望が、現実的対処を求めるISG提言に勝った結果」と指摘する元米政府関係者もいる。


(私のコメント)
中岡望氏の記事と毎日新聞の記事を見ていただければ分かるとおり、ブッシュ大統領のイラク政策が何も変わっていないことに気がつく。ラムズフェルド国防長官の退任も、兵力が少なすぎたというネオコンの批判に基づくものであり、イラクの新政策はネオコンが望むとおりに兵力は増強される。

この期間中にイスラエルによるイラン攻撃が行なわれて、イラクにいる増強されたアメリカ軍が巻き込まれて中東大戦争が勃発する危険性もある。ネオコンとしてはブッシュ政権のうちにイチかバチかの賭けに打って出て、イランとシリアをもアメリカとイスラエルの勢力下に置こうとするだろう。

しかしそのような事は可能だろうか? アメリカは今でも毎月一兆円の軍事費を使っているが、戦争をイランやシリアにまで広げたらアメリカ経済はパンクする。民主党が優勢になった議会はどのような対応をとるのだろうか? 与党の共和党内にもイラクへの軍事増強には反対する議員もたくさんいるようだ。

フランシス・フクヤマ氏の「アメリカの終わり」は、ブッシュ政権のネオコンはイスラエル寄りになりすぎた事に対する批判の書ですが、ネオコンの変質はソビエトの崩壊による成功体験が原因となっていると指摘している。それと同じ事をイスラム国家にも適用しようとしている。しかしソビエトの崩壊はアメリカにとっては無血で行なわれたが、イラクに対してはすでに数万人のアメリカ兵の血が流されている。

フランシス・フクヤマ氏はイラクのフセイン政権の崩壊の目的は同じだが軍事介入によるイラク戦争は「レーニン主義」と批判する。社会工学的な国家建設がネオコン本来の政策ではなく、そんなことがイスラム国家で成功するとはとても思えないのですが、ネオコンは長期的な計画でイラクを民主国家に再構築できると思い込んでいる。

フランシス・フクヤマ氏の伝統的なネオコン思想と、クリストルなどのレーニン主義的ネオコンとの決別はイラク戦争がアメリカの思いどうりに行くかどうかにかかっている。しかしイラクでも上手くいっていないのにイランやシリアにまで武力介入を拡大する事は、失敗によるダメージを大きくするだけになる。

昨日はミアシャイマーのリアリスト的な政治思想を紹介しましたが、勢力均衡こそ国家間は安定化するという理論は、ソビエトの崩壊でアメリカに誤った自信過剰をもたらして一国覇権主義とネオコンが結びついた。イラクで成功すればその他の中東諸国や世界にも民主主義を広める事ができると思い込んでいる。

しかしフランシス・フクヤマ氏は、「アメリカは18カ国の国家建設に携わってきたがドイツ、日本、韓国以外は失敗している」と指摘している。ブッシュ大統領も演説で何度も日本の例を持ち出してイラク戦争の正当化を主張しているが、日本人から見ればきわめて独善的に見える。

ソビエトの崩壊でも民主的なロシアが建設されると思っていましたが、プーチンの登場はかつてのソビエトの復活を思わせるものであり、ドイツや日本の民主主義もアメリカによってもたらされたものではなく、ナチズムの崩壊や軍国主義の崩壊が原因で民主主義が復活したに過ぎない。

イスラエルにとってはパレスチナ過激派を支援していたイラクを民主国家に変えさせて、さらにシリアやイランに対してもアメリカを使って民主化させるつもりなのだろう。アメリカはいつからイスラエルの使い走りになって言いなりになるようになってしまったのだろう。

リアリストから見ればイラク侵攻は中東の勢力バランスを崩すものであり、イラクが民主化されれば周りのイランやサウジアラビアなどの国家にとっては国家体制の危機になり中東大動乱のもとになる。南米諸国も反米左翼政権が次々出来て、ネオコンの思惑から大きく逸脱している。

レジュームチェンジが必要なのは、皮肉な現実だがアメリカ自身であるように思える。それが「アメリカの終わり」なのだ。


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