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渡辺利夫著『新脱亜論』を読む
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投稿者 Ddog 日時 2008 年 8 月 04 日 20:12:26: ZR5JcjFY1l.PQ
 

シリーズ日本とアジアを考える
■『新脱亜論』を読む-1

先週今週とアジア関係の本を重点的に読んだ『新脱亜論』渡辺利夫著『アジア三国志』ビルエモット著『海洋国家日本の戦後史』宮城大蔵著『中国が予測する北朝鮮崩壊の日』綾野 富坂聰編『情報力』鈴木琢磨 佐藤優著 私が偏って読書しているのかもしれませんが、各著者により多少の意見の差異は当然あるが、共通していることがある。日本が進むべき道は中国朝鮮の大陸国家との共同体、協力関係ではなく、日本は海洋国家として、海洋国家との連合協力関係の構築である。

【書評】『新脱亜論』渡辺利夫著
2008.6.22 09:38
このニュースのトピックス:文学・書籍
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/080622/bks0806220938007-n1.htm
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 ■誰を友とすれば幸福か?
 著書の渡辺氏は「福沢諭吉が『脱亜論』(明治18年)を執筆した時の気分が私にもよく理解できるように思える」と書く。
 福沢は「日本の生存のための唯一の方途は隣国と『謝絶』し、みずからのアイデンティティを東洋にではなく西洋に求め、そうして初めて日本の自立が可能になると主張した」という。しかし、歴史は福沢の思惑と反対に動き、東アジアに強くコミットし、折角築いた明治の栄光を大正と昭和の20年で崩壊させた。
 日清・日露戦争に至る歴史を繙(ひもと)きつつ韓国併合に至る道は、いわば一本道だったのではないかと著者は解釈する。軍事力において劣勢の日本がロシアに勝利し得たのは、国際環境についての判断力にすぐれ、イギリスと組んで背後を固めたからだった。その日本は第二次大戦で無残な敗北を喫し、国家的危機に陥った。
 著者がこの書を書いた動機は福沢諭吉、陸奥宗光、小村寿太郎のリアリズムを振り返りつつ、日本は「誰を友としていた時に幸福であり、誰と関わった時に不幸であったか」を知りたかったからだという。
 結論として日英同盟、日米同盟という海洋国家同盟こそが日本の選択であるべきだ。「東アジア共同体」に日本が加わって「大陸勢力」中国と連携し、日米の距離を遠くすることは、日本の近現代史の失敗を繰り返すことになると断ずる。
 「東アジア共同体」というのは全くの錯覚であって、福沢が「亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と指摘した悪友とは清国と朝鮮である。福沢の言葉は激越だが実によく神髄を衝(つ)いて今も変わらない。その中国について著者は「地域覇権主義」を見据えよと説き、「東アジア共同体」という「鵺(ぬえ)」のような怪物に日本が飲み込まれることは避けなければならないと警鐘を鳴らしている。
 最後に中・韓の友人に「日本人が冷遇と侮蔑(ぶべつ)にいつまでも甘んじ続けるという前提は危ういのではないか」と凄(すご)んでいる。痛快だ。(文春新書・935円)
 政治評論家 屋山太郎
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著者の渡辺利夫氏は、現在拓殖大学の学長、慶応大学博士課程終了。60年安保世代の年代の昭和14年生、この世代の方は、終戦直後に小学校へ入学してGHQの負の価値にたっぷり色づけされた左翼史観を注入され続け教育を受けたとあとがきに書いてある。しかし、本書の内容は、60年安保世代の持つ左翼史観とは大きく異なる。その理由として、近代現代史の中にストーリー性を感得しているのは「坂の上の雲」をはじめとする司馬作品を何度も読んできたからだろうとあとがきに書いてある。私も幕末明治の近代現代史は司馬遼太郎なくして語ることはできない。また、司馬作品を読んだことがある人間で、彼の史観に感化されなかった人間はいるのであろうか?本書は、司馬史観を共有する人間であれば当然共有できる内容である。また、地政学的知識があれば当然の帰結である内容だ。

アジアの経済発展は雁行型になると予測、計画され、事実そうなった。
明治維新後の日本は、迫り来る西洋の帝国主義にただ一人戦いを挑む孤独な侍であった。朝鮮に清国に対し共同で、対峙する構想を持ちその連携を模索したのであったが、頑迷な華夷秩序の世界に生きる両国には現実がまるで見えてなかった。(今も変わらない)
日本はそれでも、誠意をもって福沢諭吉ら官民あげて、華夷秩序を覆そうとする朝鮮清国の国士達を応援しつづけたが、やがて失望に変り、自ら富国強兵策を推し進め、朝鮮半島政策をめぐり日清戦争に至った。以来、経済としては日本が先頭に立ち周辺諸国が日本に引っ張られ発展を模索する雁行型経済発展の道を選んだ。しかし、民間では反西洋帝国主義に対してはなお、孫文などを援助した頭山満らなどの大アジア主義の理想を持ち続けられた。大アジア主義は尊皇攘夷思想の延長線にあると思うが、やがて軍部皇道派の青年将校や、石原莞爾らの八紘一宇思想、そして、大東亜共栄圏構想に受け継がれていった。
戦後日本の復興〜高度成長期から90年代今日のアジアの経済発展はまさに雁行型であった。
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東アジア共同体は可能かP280〜P282
東アジア共同体は成立するか。改めて私見を問われれば、次の五つの理由により実現不可能であり、かつ実現すべきものとも考えない。
第一は、東アジアにおける経済発展段階の相違に由来する。少なくとも共同体であるからには域内は多分に同質的な市場でなければならない。賃金水準において圧倒的な格差をもつ東アジアにおいて労働移動の自由が保障された場合に起こる激しい政治的軋轍は、想像に余りある。発展段階において多分に同質的な国家の集合体であるEUと東アジアの決定的な違いがここにある。
第二に、もう少し遠目にみても、政治体制の相違が共同体形成の阻害要因にならないはずはない。一方には、政治的意思決定を大衆の広範な政治参加によって実現する民主主義国家があり、他方には、党指導部の意思決定が政府や国民のそれに優先する一党独裁国家が存在する。反日暴動をめぐる日中問の摩擦は、要するに異なる政治体制間の軋礫をその根因とするものであった。加えて東アジアにはソフトな、またはハードな権威主義国家が存在する。民主主義国家の集合体であるEUと東アジアはこの点で大きく異なる。
第三に、安全保障の枠組みにおいても東アジアは区々である。日米、米韓、米台、米比のようなアメリカを中心とする「ハブ.スポーク」の安全保障体系の中に組み込まれている国がある一万、中朝革朝友好協力相互援助条約)、露朝一露朝友好善隣協カ条約)のような関係も厳として存在する。グローバリゼーシヨンの現在においても、国家問の紛争処理の最後の手段が戦争であることはなお否定できない。東アジアにおいて国境紛争問題を抱えていない国がいくつあるだろうか。一旦緩急あらば、この分断的な安全保障の枠組みが悲劇的な結末を東アジアにもたらさないとはいえない。「悪の帝国」旧ソ連にNATO「北大西洋条約機構」をもって対時したという『共生感』がEU統合を強固たらしめた背後要因であろうが、東アジアはそうした共生感をまったく共有していない。
第四に、ASEANプラス3において最大の経済規模をもつ日中韓三国の政治関係が緊張を孕
んでおり、これが容易に解消できないと予想されることである。
韓国の反日感情は相変わらず強い。しかも近年の日韓関係は、日本・朝鮮半島関係として論じられねばならず、それがゆえに対応は一段と難しい。目立った傾向は韓国の「北朝鮮化」である。冷戦時代において封殺されてきた朝鮮半島の「血族的ナシヨナリズム」が、冷戦終焉に伴う南北代理対立の構図消滅と同時に高まりをみせた。核実験を敢行し、核兵器搭載可能なミサイルをすでに保有する北朝鮮と韓国が「一体化」することは、日本にとっての悪夢である。朝鮮半島における敵対勢力の阻止は近代日本の「国是」であり、日清、日露の両戦役はその国是に忠実なる戦いであった。
日中の政治外交関係は、昭和四七(1972)年の日中共同声明以来、最悪である。国内権カ
基盤強化を求めて展開された江沢民政権の「反日愛国主義路線」は草の根にまで及んだ。市場経済における敗者の群れ、膨大な数の失業者や社会的不満層が反日愛国主義路線に呼応した・新たに登場した胡錦濤政権は「対日新思考」をもって対日政策の路線変更を試みたものの、民衆レベルに根付いてしまった強い反日的センチメントに呪縛されて、身動きが取れない。国内の深化・拡大する社会的不満の捌け口として、反日愛国主義路線は中国の党・政府にとって不可避のものでありつづけよう。
中国の地域覇権主義をどうみるかP283〜285
第五は、東アジア共同体の陰の隠然たる主役が中国であることに関連する。東アジア共同体を動かす最大の背景要因が中国の地域覇権主義であり、その向こうには台湾統一が見据えられている。国カの拡充を背景に軍事増強を図り、台湾を統一して外洋進出に成功することは中国積年の夢である。シーレーンを安定的に確保し、石油エネルギー輸入を万全なものとしなければ中国の発展は保障されない。中国という資源不足の超大国の発展それ自体が覇権的行動を余儀なくさせてもいる。

経済規模が拡大して国力が拡充し、それに応じて対外的交渉力が強化されれば、その国が国際社会の中で覇権を求めることは歴史的経験則である。大英帝国時代のパクス・ブリタニカ、戦間期から第二次世界大戦後のパクス・アメリカーナ、冷戦期のパクス・ルッソ・アメリカーナといわれる時代は、いずれも大国がみずからの国際的影響カの拡大に応じて自国中心の世界秩序を創出しようとして成った安全保障体系であつた。意識的にであれ無意識的にであれ、また好むと好まざるとにかかわらず・国家の発展が国際的覇権に結びつかなかつたという歴史的先例責出すことは不可能である・中国がパクス.シーカの時代を築くにはなお相当の時間を要するであろうが、少なくとも東アジアにおける覇権を求めて大いなるカをこの地域に注ぎつづけるとみてまちがいあるまい。
覇権は他国の覇権を認めず、前者が後者を全力で阻止するという行動をもってその特徴とする。中国の東アジアにおける覇権掌握のためには、もう一つの大国日本の覇権を封じ込めねばならない。中国が東アジア共同体の熱心な唱道者であるのは、その地域覇権主義に由来する。
大国化する中国に対抗して日本が、東アジアにおいて行動の自由確保し、みずからの存在を確実に証す決定的に重要な二国間関係が日米同盟である。中国が東アジア共同体を主唱するのも、日本を東アジア共同体に招き入れることによって日米の離間が可能であると踏んでいるならである。日米が離間し、中国が東アジア共同体の主役となるならば、中国の覇権確保は一段と確実なものとなろう。台湾の帰趨もこれによって決定される。
日本が東アジア共同体にいかなる態度をもって臨むべきか、答えは自明であろう。
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A日本とアジアを考える■『新 脱亜論』を読む-2へ続く
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/14112867.html
@日本とアジアを考える■『新脱亜論』を読む-1からの続き
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/14111745.html

A日本とアジアを考える■『新脱亜論』を読む-2
最近反米主義者や財界官僚ジャーナリストの一部で唱えられる「東アジア共同体」構想は、失神しそうなほど非見識な暴論であると私も思う。
中国においては、高揚するナショナリズム(=反日運動)の制御が難しくなりつつある。1994年8月に制定された侮日政策「愛国主義教育実施綱要」に基づく反日教育、南京虐殺記念館の拡充の成果である。また、韓国建国以来一貫した反日運動は「親日・反民族行為真相究明特別法」の施行に至った。この両国は民主的な健全な国家かつ、とても友好国ではない。侮日政策をとる両国に対し、軍事的支持無き外交には限界があるかもしれないが、我が国は、屈辱的なまでに寛容な態度をとっている。冷戦下のソ連と対峙していた頃ならばいざ知らず、冷戦崩壊後の今日特定アジア各国の愚行を放置し、表面上なお且つ友好親善を求めようとする外交姿勢や「東アジア共同体」を唱える人々は、理解に苦しむ。
無教養な一般人(韓流ドラマ愛好者)ならいざしらず外交当局が全くの無知蒙昧で東アジア政策を行っているようには思えない。わざと特定アジア各国への反感を国内として醸成し、地政学的見地から大陸との距離をとる深謀遠慮の政策ではないかとも考えてしまう。

100年200年後はわからないが、2008年の世界において「東アジア共同体」に共鳴するのは不見識で、正気の沙汰ではない。

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日英同盟廃棄の慙愧(ざんき)P263〜265
日本は海洋国家である。されば理の当然として、協調し同盟する相手国も海洋国家でなければならない。日露戦争を眼前に控えた明治35(1902)年一月に締結され、大正10(1921)年12月にワシントン会議での四国条約をもつて廃棄されるまでの20年にわたり日本の安全保障を確固たるものたらしめたものが、日英同盟であった。
第二次大戦での敗北によって日本は新たに日米同盟を結ぶことによって穏やかな「戦後60年」を打ち過ごすことができた。アメリカとは大西洋と太平洋に挟まれた巨大な「島」である。
日米同盟という、日英同盟に代わる「海洋国家同盟」の形成である。
第二次大戦後、日本ほどの完璧な平和を「冷戦」という大戦争の中で経験した国は他には存在すまい。日本は冷戦下における日米同盟の完全な受益者であった。近現代史において中国、ロシアはほとんど恒常的に日本の対抗勢力でありつづけた。日本がこの勢カに抗するには日英同盟や日米同盟といった海洋覇権勢力と連携するより他に安全保障の道はなかったのである。
日本の不幸は日英同盟廃棄から日米同盟成立にいたる30年であった。この間、日英同盟が廃棄されて間もない大正12(1923)年には日本の不吉な将来の予兆ででもあるかのように関東大震災が発生、大正13(1924)年にはアメリカで排日移民法成立、昭和2(1927)年には南京事件、山東出兵、昭和3(1928)年には張作霖爆殺事件、昭和5(1930)年にはロンドン軍縮会議、浜口雄幸首相狙撃事件、昭和6(1931)年には柳条湖事件を経て満州事変勃発、昭和7(1932)年には上海事変、満州国建国、五・一五事件、昭和8(1933)年には国際連盟脱退、昭和11(1936)年には二・二六事件、昭和12(1937)年には盧溝橋事件から支那事変へ突入、昭和14(1939)年には第二次大戦勃発、昭和15(1940)年には日独伊三国軍事同盟成立、昭和16(1941)年には真珠湾攻撃により大東亜戦争開戦、昭和20(1945)年には広島、長崎に原子カ爆弾投下、ソ連による対日宣戦布告、連合国軍に対する日本の無条件降伏、第二次大戦終焉、とつづいた。
ワシントン体制の成立によって日英同盟が廃棄され、同体制の下で中国に関する九国条約が調印された頃から、日本は国際的孤立を深め、列強に根深い不信と猜疑心を抱かれ、協調すべき友邦をもつことなく、ひとり中国大陸に踏み込んで衝き動かされるようにして全土の支配占領に走った。支那事変は苦心惨憎たる戦いであり、ついには英米の強カな介入によって勝算定かならずも大東亜戦争への突入を余儀なくされた。

今後日本が、かつての日英同盟と同じ-、海洋の強大な覇権国家アメリカと同盟して生きて
くのか、大陸国家との連携を深めつつ生きていくのか、近現代史は日本が採用すべき方途を示している一日本は予見しうる将来まで日米同盟の下で生きていくより他に道はない。本書の読者であればこのほとんど自明の主張をここでさらに敷桁するのは無礼であろう。

文明の生態史観と現代P269〜273
問題は現代である。中国の発展にみられるように、現代は第二地域(中国・インド・ロシア・東南アジア・イスラム諸国)の勃興期である。経済発展の速度は第一地域(旧世界において高度の文明国になることに成功した西欧諸国と日本)より第二地域の方が速い。しかし、梅樟はここで次のように喝破する。
「生活水準はあがっても、国はなくならない。それぞれの共同体は、共同体として発展してゆくのであって、共同体を解消するわけではない。第二地域は、もともと、巨大な帝国とその衛星国という構成をもつた地域である。帝国はつぶれたけれど、その帝国をささえていた共同体は、全部健在である。内部が充実してきた場合、それらの共同体がそれぞれ自己拡張運動をおこさないとは、だれがいえるだろうか」どうやら現代そのものを考える視点がここで与えられたように思う。少なくとも日本の近代を顧みれば、巨大なユーラシア大陸の中国、ロシアから朝鮮半島を経て吹いてくる強い気圧の等圧線からいかにして身を守るか、これが最大のテーマでありつづけた。古代における白村江の戦いも元寇も、秀吉の朝鮮出兵もそのことを証す歴史的素材であるかも知れない。それらはいずれも対馬海峡の荒い海流に遮られて「箱いり」のような条件の中で育ってきた日本に生じた、ある種
の偶発的な出来事であったように思われる。中央アジア的暴力が日本の中心部を脅かして、日本の変化を誘ったという証拠はない。

日本が恒常的な中央アジア的暴カに対時させられるようになったのは、一九世紀の末葉以降である。ここで改めていう中央アジア的暴力とは遊牧騎馬民族のことではない。中心勢力は大清帝国やロシア帝国という日本を脅かした強大な勢力を指す。中央アジア的暴力は必ず朝鮮半島を通じて日本に及ぶというのが、極東アジアの地政学的な構図である。
近代日本を悩ませつづけたものが朝鮮半島であったのは地政学的な真実である。維新後の幼弱な日本にとっての最大の焦点が朝鮮半島であった。大陸勢力と海洋勢力がせめぎ合う朝鮮半島の地政学上の位置は日本にとって宿命的なものであった。
もう一度、復習しておこう。清国の属領であった李氏朝鮮において農民暴動「東学党の乱」が起こるや、李朝は直ちに清国に援軍を要請、これを機に日本が出兵、日本が提出した日清共同による李朝内政改革提案を清国が拒否して日清戦争が勃発した。「定遠」「鎮遠」を擁する清国北洋艦隊に挑んで辛くも日本はこの戦争に勝利した。日本が手にしたものが遼東半島、台湾、澎湖諸島であった。清国の敗北は列強による中国大陸の蚕食を誘った。南下政策の手を緩めないロシアにとって極東アジアの戦略的要衝遼東半島の確保は至上の戦略であり、独仏を加えた強圧的な三国干渉によって日本は遼東半島の返還を余儀なくされた。
山東省で蜂起した漢人の排外主義武力集団が北京に迫り、清国に進出していた列強八カ国の連合軍がこれに対抗した義和団事変を奇貨として、ロシアは満州に大量兵力を投入しここを占領し居座ってしまった。満州がロシアの手に落ちたという事実はすなわち朝鮮半島において日露が直接対峙(たいじ)することと同義であった。
ロシアの満州での権益拡大に強い嫌悪感を抱いたのがイギリスであり、ここに日英同盟が成立する。世界最大の海軍大国イギリスと同盟関係を結ぶことによって、日本は非白人国で唯一の帝国主義勢カとして発展した。日英同盟によってフランス、ドイツなどをイギリスが牽制、日本は国力のすべてを当時世界最強の陸軍大国であったロシアとの戦争に投入し、これに勝利した。日清、日露の両戦役は朝鮮半島の地政学が日本にとって宿命的なものであることを心底知らしめた歴史的戦争であった。
世中国、ロシアというユーラシア大陸から迫り出す高気圧に対抗して日清、日露の両戦役を戦った日本は、その後、第一次大戦の勃発によってヨーロッパ勢力が後退した中国をみずからの勢カ圏に組み込むことを企図した。
しかし、この事実が同じく中国への勢力拡大を急ぐアメリカと日本との関係を悪化させ・ワシントン会議において日英同盟の廃棄を余儀なくされた。日本はアングロサクソン勢カの支持を失って、中国というユーラシア大陸の懐の深い中心部で泥沼に足を捕られ、悲劇的な自減への道を突き進んでいった。しかし第二次大戦での敗北によってユーラシア大陸との断絶を強要された日本は、新たに日米同盟を結ぶことによって西側社会の一員として迎えられ、穏やかな「戦後六〇年」を打ち過ごすことができた。
宮沢喜一内閣の時期のことである。アジア太平洋問題に関する首相の私的怨談会が設置され、私も委員の一人に指名された。第一回の怨談会のゲストスピーカーとして梅悼忠夫が出席した。
「日本が大陸アジアと付き合ってろくなことはない、というのが私の今日の話の結論です」と話を切り出して、委員全員が呆気に取られるというシチュエーションを私は鮮烈に記憶している。
私どもは子供の頃から、真ん中にユーラシア大陸、左にヨーロッパとアフリカ、太平洋の向こうに南北アメリカ大陸が位置する四角の平面地図の図柄を頭の中に刷り込まれてきた。平面図ではなく、地球儀を北極の方から眺めると、一段と巨大な中国、ロシアというユーラシア大陸の中心部を、北米、日本、台湾、東南アジア、西ヨーロッパなどの周辺部が取り囲む、そういう図柄がみえてくる。
日本の近代はまさにこの図柄の中に凝集されているといえよう。日清、日露の両戦役は旧世界の中心部からの高気圧線に抗する戦いであり、この戦いに勝利して後に中心部中国に攻め入り、協調と同盟の関係を築くべき「海洋勢力」イギリスとの関係を放灘させられ、もう一つの巨大な海の「島」アメリカと対決して自滅した。
東アジア共同体に日本が加わって「大陸勢力」中国と連携し、日米の距離を遠くすることは、日本の近代史の失敗を繰り返すことにならないか。私が危慎しているのはこのことである。日米同盟を基軸とし、台湾、東南アジア、インド、さらにこれにオーストラリア、ニュージーランドを加え、これらがユーラシア大陸を牽制しながらみずからの生存と繁栄を図るという生き方が賢明な選択であるとを日本の近代史の成功と失敗は教えていると私は思うのである。
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反米主義者達は、日米関係は日本が一方的に米国の植民地として搾取され続け、日本の国益となっていないことを主張する。確かに私も国益を無視した対米従属には反対だが、「東アジア共同体」構想はもっと反対である。日本のとるべき道は海洋国家+α(日米加豪NZ+ASEAN+印度)との連携協調である。

政策当局から聞こえてくる「東アジア共同体」は、日米安保条約を対等な日米同盟にする為の米国に対する揺さぶりであるなら問題ないが、「東アジア共同体」を真に受けて考える一部元腐れ左翼の連中や、陰謀史観に目が曇る一般無教養人が叫ぶような、「東アジア共同体」的な中国朝鮮と同盟関係を持ってはいけない。

ちなみに、カノ国の法則に従えば、朝鮮半島と同盟した国は敗戦・没落するのである。「東アジア共同体」構想絶対反対!竹島、尖閣諸島で妥協は無い。

アジア三国志を読むへ続く
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/14212296.html

【Ddogのプログレッシブな日々】
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