★阿修羅♪ > 国家破産55 > 719.html
 ★阿修羅♪
JMM [Japan Mail Media] 世界金融システム土砂崩れの現在、新銀行東京の損失問題をどう考えるか
http://www.asyura2.com/08/hasan55/msg/719.html
投稿者 愚民党 日時 2008 年 3 月 18 日 16:58:34: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2008年3月17日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                 No.471 Monday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/


▼INDEX▼

 ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』

  ◆編集長から

   【Q:902】
    ◇回答(寄稿順)
      □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
      □水牛健太郎 :評論家、会社員
      □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
      □土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部准教授
    □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
    □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
    □金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
    □津田栄   :経済評論家

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

        ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:902への回答ありがとうございました。前々号の、医療問題のわたしの設問
に対して、「医療費の値上げ以外の対策を探るような視点は、それだけですでに現状
認識が甘い」というようなことを言う人がいました。設問の真意は、「医療費の値上
げ以外」の対策を吟味して、それが不可能、あるいは効果が限定的とはっきりすれ
ば、そこで「医療費値上げ」の社会的な合意に向けて論議が始められるのではない
か、ということだったのですが、そのようなやり方は日本社会では一般的ではないの
かも知れないと思いました。

 大手既成メディアは、よく「医療費の値上げは避けられないのか」というような問
いの立て方をして、テレビ討論などで専門家や識者や政治家が侃々諤々と果てしない
議論を繰り広げたりします。当然そこでは、医療費の値上げを巡る問題点が語られま
す。しかし、危機的な医療の現状を改善するためには医療費の値上げが不可欠なの
か、という問いへの対応としては、まずだいいちにわたしたちがどのような医療を望
んでいるのか、を考えた上で、医療費の値上げ以外のあらゆる対策・解決法をすべて
吟味・検証する必要があります。

 わたしは個人的には医療費の値上げは不可避だと思っています。ただ、医療費値上
げの社会的合意を得るのは簡単ではないでしょう。浸透してしまった経済格差、中流
層の没落、現状にも将来にも希望を見出せない困窮層の多くは、医師という職業に対
し羨望と怨嗟を抱いています。またこれまでパターナリズム(権威主義)に終始しイ
ンフォームド・コンセントを無視する医師が多かったのも事実ですし、大学の医局は
閉鎖的で権威を誇示し、日本医師会はおもに開業医の利益確保のために強力なロビー
活動を行ってきました。

 現在、医療界と一般社会には無理解の深い裂け目があります。裂け目を補修し、論
議の前提を整備できるのはメディア以外にはありません。JMMは、これから医療問
題について論議の前提を整備するためのレポートを随時掲載していくつもりです。

----------------------------------------------------------------------------
■次回の質問【Q:903】

 円高が進んでいるようです。現在の円高を阻止する金融・経済政策というのは、実
際のところ、存在するのでしょうか。

----------------------------------------------------------------------------
                                  村上龍

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■Q:902

 新銀行東京が巨額の損失を出し、都が救済することになったようです。この問題を
どう考えればいいのでしょうか。

============================================================================
※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 新銀行東京は、石原都知事主導で2005年4月に設立された新しい金融機関です。
設立の主な目的は、しっかりした担保を持たず、資金繰りに窮する中小企業を支援す
ることでした。1997年11月、わが国で金融システム不安が発生し、既存の金融
機関が、中小企業中心に“貸し渋り”や“貸し剥がし”を行なったことに対する、救
済策の一つとしての意図が強かったと思います。しかも、与信審査の手続きを簡素化
することで、迅速に資金ニーズに対応することを、主なセールスポイントの一つにし
ていました。

 実際に業務が始まってみると、当初の予想通りにはオペレーションが進まなかった
ようです。貸出金の焦げ付きは予想水準を上回ったこともあり、新銀行東京の収益状
況は悪化が進んでいます。2007年11月の中間発表時点では、累積赤字が936
億円に上っています。設立当初の資本金は1200億円(内、東京都の出資分は10
00億円)ですから、出資金の約8割を食いつぶしたことになります。今後、業務の
建て直しのために、東京都は400億円の追加出資をすることを決めたようです。

 業績悪化の主な原因として、融資審査の甘さを指摘する金融専門家が多いようです。
企業の財務体力が相対的に弱い中小企業に対して貸出しを行なうわけですから、本来、
企業を見る専門的知識と審査能力が必要になるのですが、迅速に、中小企業の資金繰
りを支援することに注意が行き過ぎて、十分な審査手続きが踏まれないことがあった
といわれています。また、組織内部に、十分な企業審査の人員やノウハウが蓄積され
ていなかったとの指摘もあります。

 確かに現在のように動きが早い時代では、企業を評価することの難易度は上昇して
いると思います。特に、中小企業は身軽で高い機動力を有する一方、資本の蓄積が進
んでいない企業が多く、一般的に財務体力はそれほど強力でないことが多いと思いま
す。そうした企業に、迅速に資金を貸し付け、それによって着実に収益を上げること
は口で言うほど簡単なことではないはずです。また、わが国では、伝統的に金利水準
が低く抑えられていることも、同銀行の収益性にマイナスの影響を及ぼしたと考えら
れます。

 もう一つ気になるのは、同行の貸出に占める中小企業比率が徐々に低下する傾向が
あることです。設立当初、貸出し総額に占める中小企業比率は6割を越えていたとい
われていますが、2007年9月末時点では、当該比率は半分以下になっているとの
見方があります。こうした傾向が続くようだと、この銀行を新たに設立した意義は低
下すると思います。設立の目的であった、中小企業の資金繰りを支援するという大命
題がかすんでしまう可能性があるからです。

 新銀行東京の業績悪化に伴って、海外の格付け会社がつける信用格付けは引き下げ
られており、金融マーケットの中でも、その信用力は万全とはいえないかもしれませ
ん。東京都が新銀行東京への支援の姿勢を変えない限り、同行が経営破たんすると思
う人は少ないでしょうが、そうした金融機関が東京都の信用力によって事業を続ける
こと自体、それほど大きな合理性があるとは考えにくいと思います。むしろ、中小企
業金融も民間の金融機関に任せ、何か大きな支障や問題が発生するケースに限定して、
東京都が介入する方が合理性は高いと考えます。

 さらに、今回、東京都が追加出資を行うことに関しても多くの反対意見があるよう
です。新銀行東京のビジネスモデルを考えると、組織内の与信審査などの能力を改善
しない限り、今後、着実に収益を上げることは難しいとの見方があります。そうした
ビジネスモデルが構築できる目処が立たなければ、新銀行東京を早い段階でご破算に
するのも一つの選択肢だとの意見も出ているようです。わが国経済が低迷期にあった
とき、追加で融資をしないと破綻してしまう為、追加融資を続けざるを得なかった状
況と同じにはして欲しくないと思います。

  信州大学経済学部教授:真壁昭夫

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 水牛健太郎 :評論家、会社員

 逆説的な言い方になりますが、新銀行東京の経営に携わった都庁の人たちから見て、
現在の状況はある意味で行政の失敗ではなく、輝かしい成功なのではないかという気
がします。新銀行発足時に彼らに与えられた仕事の本質は、営利組織の経営というよ
りも、彼らが普段やっている仕事、つまりは、ある政治目的を達成するための行政実
務にほかならなかったと思います。

 新銀行東京の経営トップである代表執行役は、開業時の仁司泰正氏、二代目の森田
徹氏とも民間人であり、三代目の津島隆一・現代表執行役は都庁出身です。新銀行東
京が先ごろ作成した内部調査報告書では、仁司氏の責任が大きいとしているようです。
しかし新銀行は出資のほとんどが都であり、都知事の公約実現のために設立されたと
いう経緯から言っても、経営に都行政の一環としての意味合いが大きかったのは明ら
かだと思います。

 都知事は知事選での公約実現のために、金融機関から融資を受けられずにいる中小
企業に対し、新銀行ができるだけ速やかに、できるだけ多くの案件に、できるだけ多
額の融資をすることを望んでいました。つまりそれが、行政の成果を計るものさしで
した。都の行政なので、もちろん都の予算が付いています。たまたま今回は銀行の資
本金という形を取っていましたが、行政マンである彼らから見て、予算に変わりはあ
りません。行政の仕事は予算を速やかに消化し、所定の成果を挙げることです。今回
は、銀行の資金をスムーズに融資に向けることが彼らの仕事だったわけです。

 その観点から見ると、彼らはずいぶん効率的に仕事を進めたようで、有能さがうか
がえます。回収されるかどうかに関わらず融資実行の件数や額に応じて行員に報奨金
を出したり、経験に基づく慎重な審査を止めさせるなど、できるだけ多くの融資をす
るために、努力を積み重ねました。資本金1200億円のところ、開業から3年足ら
ずで何百億円も焦げ付きを出すというのは、よほど果敢かつスピーディに融資しなけ
ればできないことです。「行政の失敗ではなく、輝かしい成功」だというのはそのた
めです。

 ただ問題は、債権の質が低くて充分なリターンがなく、銀行の資本金を大きく毀損
してしまっていることなのですが、これは彼らにとっては、仕事として意識された範
囲を超えた世界で起きた出来事なのだと思います。つまり「知ったことではない」の
です。

 要するに、市場経済システムの中で本来利潤を動機にして行われるはずの銀行経営
が、全く別種の、政治的な動機と行政的な手法によって行われたためにこのような結
果を生んだのだと思います。代表執行役が民間出身の経営者であろうと、新銀行の存
在理由そのものが政治目的ですから、有能であればあるほどその目的に奉仕すべく
「合理的に」行動することになり、利潤は度外視されていきます。社会主義の失敗に
よく似ています。

 新銀行を発足させた政治的な大義名分は、都市銀行を筆頭とする一般の金融機関の
貸し渋り・貸し剥しなどに苦しむ中小企業を救うということでしたが、これ自体に意
味がないとは言えないでしょう。実際、日本における中小企業融資には明らかに問題
があります。企業への融資に経営者個人の連帯保証が求められ、会社をつぶすことが
夜逃げや一家離散、最悪の場合には一家心中とイコールになってしまう絶望的な暗さ
は言うまでもありません。アメリカでグーグルなど設立後数年の企業が巨大に成長し、
人々の生活を大きく変えているのに対し、日本にはそうした例はほとんどないのを見
ても、中小企業への融資が抱える問題が、大企業も含めた日本経済全体から活力を
奪っている面があるのは明らかです。新銀行東京の業績には何一つ評価すべきものは
ないと思いますが、それでも、新銀行の融資によって救われ、見事に立ち直った中小
企業も少しはあるに違いありません。

 そうした大義名分があるにしても、実際に銀行として経営されていたからには、
「ちゃんと利益を出さないとまずい」と考える人たちも中にはいたはずです。そうし
た意見が結果的に少数派にとどまり、経営が軌道を外れていったところを見ると、政
治的な目的達成への圧力があまりに大きく、まともな方法では対抗できなかったとい
うことだと思います。

 その原因を考えてみると、三選を果たした石原慎太郎都知事の権威が都庁内で大き
くなりすぎたということではないでしょうか。国民的な人気があり、カリスマ性があ
る上に、年齢も75歳、幹部職員ですら親子ほどの年の差があります。

 石原都政一期目で副知事を務めた青山やすしさんが2004年に出版した『石原都
政副知事ノート』(平凡社新書)という本があります。側近の立場から都知事として
の石原氏の素顔を描いており、興味深いものですが、退任した立場から書かれた巻末
の「これからの石原都政」という章には、気になる箇所があります。
 
「石原都知事は、自分が有能だから、身近に有能な人を必要としないようにみえる。
しかし、子分的な気風の人ばかりで周囲を固めると、判断を間違える。嫌でも、不愉
快でも、意に沿わない理性的、知性的な人を側においた方がいい」
「都政一期目は都庁実務の側と一定の緊張感があった。それがなくなるのは、危険だ。
多くの局長や部長が、定年の2年前、3年前に都庁を去った。死屍累々だ。風通しが
よくなるだけならいいが、実務力・技術力が落ちていることは否めない。そのマイナ
スを補うだけの新たなものをまだ構築し得ていない」
「知事が権威になってしまっては組織は死ぬ」

 この本は全体的には石原氏に対する敬意で満ち溢れており、ところどころで「天才」
という表現を使うなど、暴露本とは程遠い、むしろ石原礼賛本と言っていい内容なだ
けに、引用した箇所には迫力があり、深い思いが込められているように感じられてな
りません。新銀行東京をめぐる状況は、元側近が書いたこの「警告」を思い出させる
ものがあります。

    評論家、会社員:水牛健太郎

----------------------------------------------------------------------------
『石原都政副知事ノート』青山やすし著/平凡社新書
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582852092/jmm05-22>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 新銀行東京の経営難の問題は、政府と企業のガバナンスの問題を浮き彫りにするも
のです。コーポレートガバナンスは、狭義には会社(この場合、新東京銀行)は誰の
ものかという問題、企業と株主の関係、特に経営者と株主間の権利と利益の分配問題
です。広義には企業のあらゆる利害関係者や企業を取り巻く法律・経済環境を考慮し
ながら、いかに企業の所有者の意志や権利を企業経営に反映させるかを考えることを
意味します。今回はこれに東京都という地方自治体、日本の金融監督全体に責任があ
る金融庁の政府のガバナンス問題が加わります。

 日本企業全体でも、企業規律の不十分さが外国人投資家から指摘されることが度々
ありますが、新東京銀行はコーポレートガバナンスが効いてなかったことが報道され
ています。新銀行東京の資本金の8割を出資したのは東京都ですので、大株主である
東京都に新東京銀行の経営悪化の責任があります。

 新銀行東京は石原知事が2期目の選挙公約を実現したもので、大きな責任があると
思われますが、石原知事は「私はジュリアス・シーザーではない。私の独断だけで都
政は動かない」「代表執行役が独断専行で反対意見を聞き入れなかった」と責任逃れ
と聞こえるような発言をされています。行政をチェックすべき議会の責任追求姿勢が
あまり強くないのも、議会も新銀行設立に同意したという負い目に加えて、新銀行東
京の中小企業へのリスクを省みない融資に、議員関与の可能性も指摘されています。
石原知事や東京都議会議員を選んだのは都民ですので、福祉などに使われるべき税収
が新銀行の損失処理に使われる形で、都民が最終的に責任を負うことになります。石
原知事が辞任されなければ、都民は次期知事・都議会議員の選挙で答えを出すしかな
いでしょう。

 日本の銀行経営は、他国よりも収益を上げるのが難しい情勢です。資金の供給が多
い反面、資金需要は低調です。公的金融機関との競争も厳しいものがあります。銀行
が正当なビジネスをして儲けても批判を受けることが多々あります。2月の銀行・信
金の貸出伸び率は多少回復して、前年同月比0.8%でした。金融のプロが競う金融
市場で、新規参入の銀行が貸出で儲けるのは容易でありません。新銀行東京の融資企
業の4割が債務超過または赤字に陥っていたということは、本来貸すべき対象でない
企業に融資が行われていたということを意味します。融資が経済合理性に基づくもの
ではなく、社会福祉政策として実施されたということでしたら話は別ですが、新銀行
東京は一定の利益をあげられるとの前提で開業したので、赤字は経営の失敗とみなさ
れるでしょう。

 貸出は長期的な取引関係に基づきます。破綻銀行が再生して創設された新生銀行や
あおぞら銀行は、伝統的貸出業務に苦労し、市場型へビジネスモデルを変えざるを得
ませんでした。新銀行東京は社長や役員が頻繁に変わったということですが、現在の
代表執行役は東京都の前港湾局長の津島隆一氏ということです。門外漢に銀行経営が
できるほど金融の世界は甘くないのでしょう。私は先週中国を訪問しましたが、中国
の銀行は預金金利3%に対して貸出金利は6%もあり、貸出が2割弱伸びており、金
融機関が利益をあげるのが容易です。中国でも政治家のコネによる融資が跋扈して国
有銀行の不良債権が膨れ上がりましたが、好景気と豊富な外貨準備で不良債権を処理
しました。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部准教授

 新銀行東京は、自治体の中小企業金融への関与、第3セクターへの出資、という従
来からある地方行財政の手段を当然のように用いて設立したのですが、それら2つに
まつわる既往の失敗を踏まえなかったために、運命づけられたかのように窮地に追い
込まれた、と見ることができます。

 そもそも、我が国の地方行財政制度の中で、自治体が中小企業への融資を行うこと
が公然と認められています。しかし、新銀行東京の件を契機に、自治体の中小企業金
融への関与が果たして妥当なのかを根源的に見直さなければならないと考えます。新
銀行東京は、銀行法に基づいて営業をしているがゆえに(ずさんな融資があるといえ
ども)より厳格な経営を求められている中で、今般の問題が浮上しました。しかし、
自治体本体が関与する形で直接融資を行っているものも多くあり、それらには決して
問題なしとはいえないものも多々あります。ちなみに、自治体の貸出残高は2006
年度末で約100兆円(日本銀行・資金循環統計)あります(ただし、この融資先分
類は不明です)。

 2005年9月に刊行された、拙稿「公的金融改革の方向性」(伊藤隆敏・H.パ
トリック・D.ワインシュタイン編『ポスト平成不況の日本経済』日本経済新聞社刊
所収)で、新銀行東京について私は次のように言及しました。その当時は、国の政策
金融改革がちょうどこれから本格的に議論され始める時期でした。

 我が国において、中小企業金融への公的関与は、国営の公的金融機関だけでなく、
都道府県や市町村も行っています。つまり、地方自治体が、制度融資として中小企業
等に低利で直接融資を行っています。そうした背景もあって、新設された「新銀行東
京」に東京都が出資しました。新銀行東京の新設理由として、東京都下にある中小企
業に対して、民間金融機関が貸し渋ったり、国営の公的金融機関の融資が不十分だっ
たりすることを挙げました。しかし、それは本来的に東京都がすべき仕事でしょう
か。新設理由に挙げた状況は、東京都だけに限ったことではなく、同じようなことは
他の道府県でも起きています。その観点からいえば、そうした中小企業金融の状況に
対して、もし公的に関与が必要であるなら、それは地方自治体レベルで行うべきもの
ではなく、国家レベルで行うべきことである場合が多いと考えられます。おまけに、
地方自治体の融資業務の能力が、国営の公的金融機関や民間金融機関よりも特に優れ
ているという明確な事実は存在しません。このように、日本における中小企業金融の
公的関与は、国と地方自治体の役割分担が不明確なままに、本来誰が担うのが適切か
を熟考することなく政治的要請に導かれるままに行われているのが実情です。

 国営の公的金融機関は、政策金融改革によって、組織改編や業務範囲の限定が行わ
れました。しかし、地方自治体の金融業務も、必要に応じて縮小・廃止することが求
められます。それでもなお公的な関与が必要ならば、原則として、どの地域であって
も同じように受けられる公的関与の便益があるものについては、自治体より国の機関
が担うべきでしょう。

 2年半前に、私はそうした議論を提起しましたが、結局国の政策金融改革が行われ
たまででとどまり、自治体関連の「金融改革」は手付かずのまま今日に至りました。
「自治体金融改革」を行わなかったことのツケが、今般、新東京銀行の件で図らずも
露呈したといえるでしょう。

 自治体はどういう意義をもって中小企業金融に関与する必要があるのでしょうか。
そもそも、国の政策金融機関は、「官から民へ」と範囲を限定する方向で改革を進め
ました。せっかく国が官業の民間開放を進めたのに、その矢先、自治体がこれまで国
の政策金融機関が営んでいたところへ乗り込んでいくのでは、政策金融改革の趣旨に
反します。やはり、国の政策金融機関が撤退するところへ、自治体は侵入すべきでは
ありません。そこは民間に委ねるべきところです。

 自治体には、政策手段として、融資以外にも、補助金、さらには地方税制を活用す
る方法(固定資産税の減免等)があります。地元経済活性化のために、中小企業に対
して特別な政策的配慮を講じる必要があるなら、融資という有償資金で行う必然性は
ありません。有償資金となると、償還確実性を担保すべく厳格な審査を要します。し
かし、自治体には金融機関ではないので民間並みの審査能力はありません。それでも
なお、有償資金で関与する必要があるものがたくさんあるかは、疑問です。

 自治体が自らの審査能力がないとなると、新銀行東京のように、いわば外部委託す
る方法が浮上します。新銀行東京への出資も、従来から認められている第3セクター
への出資と同様に行われました。これまで、自治体は第3セクターに出資する形で、
金融分野以外でも色々と関与してきました。新銀行東京の現状は、これまでの第3セ
クターでの失敗の同じ轍を踏んだ状況といえるでしょう。自治体と民間がともに出資
し、人材も出し合う形で、うまくいけば官民の協働となるのですが、悪い場合では自
治体も民間も責任を押し付けあう無責任体制になります。これは、各地の失敗した第
3セクターの大半で見られた現象ですが、新銀行東京も、どうやらそうした現状に
陥っているようです。そうした現状をみれば、新銀行東京はこれまでの第3セクター
の失敗を踏まえていなかったと言わざるを得ません。

 また、財政における「出資金」の政策意図について、政策当局と納税者との間にあ
る認識の齟齬も、今般の議論の紛糾でみられます。政策当局にとっての「出資金」
は、うまく利益が上がれば配当(自治体への納付金)がもらえ、収支が均衡していれ
ばいわば「(期限の定めのない)無利子貸付金」と見ることができ、損失が出れば損
失(減資)分は後付け解釈で「補助金」のごとく渡し切りにする、というオプション
がある政策手段、と認識できます。「出資金」は、うまくいってよし、悪くなっても
(渡し切りのお金として処理するから)よし、という都合のよい政策手段なのです。
しかし、納税者は、ある政策判断で出資したとして、その出資でうまくいかないなら
ば、そもそもの政策判断の責任が問われる、と見ます。ここに、出資をめぐる認識の
齟齬があると思います。

 最終的には、都議会にて多数決で決まるとはいえ、これを契機に、「自治体金融改
革」を本格的に行うことが望まれます。自治体が本当に中小企業金融に関与するべき
なのか、中小企業への支援策として出資・融資以外の政策手段で効率的・効果的なも
のは本当にないのか、厳しく精査すべきと考えます。例えば、自治体が関与する形で
行われている融資の融資先も、金融再生法等で定められた基準に従って債権状況を把
握することが挙げられます。そうすることで、自治体財政の健全化にも寄与するので
す。

                    慶應義塾大学経済学部准教授:土居丈朗
                  <http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/>

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 中小企業やベンチャー企業や新興企業に、事業性を判断して無担保・第三者の保証
不要というのが、新銀行東京のローンに関する商品コンセプトでした。融資の判断
は、スコアリングモデルで機械的に迅速に融資というのが売りになっていました。

 スコアリングモデルは、過去のデータからは上手く機能するように思えるのです
が、実際には実態を隠した融資申し込みや、返済意思のない悪意の申し込みを排除で
きなかったりするモラルハザードの問題を抱えていました。また、他の金融機関から
断られたあとにくる申し込み自体の質が最初から悪いというバイアスがかかっていた
と思われます。

 例えばベンチャーキャピタルがベンチャー企業に出資するときは担保も保障もあり
ませんから、ベンチャーキャピタルは業務の新規性とか事業性を徹底的に調べてから
出資します。それでも、公開までこぎつけるのは2割がいいところで、残りは資金の
回収にはいたりません。株式保有というツールを使ってい、上場の暁には出資した分
が何倍にもなるから、ベンチャーキャピタルの事業が成り立つ訳です。

 暴力的な取立で問題となった商工ローンの融資の場合は、貸し倒れる可能性が高い
分、高いプレミアム金利を稼ぐことで埋め合わせが出来たのですが、新銀行東京の場
合は都民のための銀行という制約からそれはできなかったものと思われます。

 融資現場の実情に通じた人であれば、このような事業モデルはモラルハザードの問
題が起きやすく、スコアリングモデルによる審査には限界があることはわかっていた
はずです。新銀行東京の構想は、石原都知事の2期目の選挙公約からトップダウンで
進められことから、常識的で批判的な意見を受け入れる余地はなかったのだと思われ
ます。

 カリスマ経営者をトップに持つ組織は、しばしばチェック機能が働かなくなりま
す。古今東西のカリスマは、唯我独尊から自分の意見に沿わない人は周りに置かなく
なりますし、心ある人間は周りから去っていき、気がついたら周りはイエスマンしか
いなくなります。カリスマ堤義明の西武鉄道グループの例では、コンプライアンスの
チェックが全く利かなくなり、コクドは上場廃止に追い込まれ本人は逮捕されるとこ
ろまで行ってしまいました。

 新銀行東京は、石原都知事のアイディアから生まれた銀行で、その実現も東京都の
1000億円の出資なしにはあり得ませんでした。失敗の原因も、過去の経営者の手
腕にあるというよりも、アイディア段階での事業コンセプトにあったのは明白なよう
に思われます。

 新銀行東京の営者の責任は、このコンセプトはワークしないということを、金融や
経営の素人の石原都知事に伝えることだったと思われます。「王様は裸だ!」と言う
人のいない組織は不幸なことです。

 これだけの権威を都知事与えてしまった都民も責任の一端を感じつつ、石原都知事
には辞任などの形で責任をとってもらうのが筋なのではないでしょうか。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 現時点ではまだ東京都からの増資による救済が正式決定になったわけではないよう
ですが、「石原銀行」こと新銀行東京はスタート時から問題含みのプロジェクトでし
た。

 端的に言って、中小企業向けの無担保・無保証融資を中心に掲げた新銀行東京のビ
ジネスモデルが上手く行くと思った金融マンは殆どいなかった筈です。彼らの言い分
を代弁すると、「そんなことで儲かるなら、とっくに我々がやっていますよ」という
ことだったでしょう。

 融資のリスクは小さいが貸出金利の低い優良(倫理的にではなく、財務的にです
が)企業向けの「ローリスク、ローリターン」と、消費者金融のような「ハイリス
ク、ハイリターン」のゾーンの中間に、「ミドルリスク、ミドルリターン」の顧客層
と金利ゾーンが存在する筈だ、ということは理屈上簡単に言うことができますが、こ
のゾーンは本来非常に競争的であり、融資に関する情報なり、判断力なりが、ライバ
ル金融機関よりも優れていないと、融資の可否と金額、金利などの条件に関する適切
な判断が行えません。

 このゾーンの顧客は、大手の銀行の他にも、地域の信用金庫などがカバーしている
ことがありますが、彼らがこのゾーンでビジネスが出来るのは、特定の顧客に対し
て、日頃の取引を通じた経営把握や、地域のビジネス情報などを持っていて、金融判
断上の優位を確保できているからであって、ここに新参者(しかも素人に近い)がい
きなり大きなビジネス基盤を作ろうとしたこと自体が無謀でした。新銀行東京の経営
は、順当に行き詰まったと考えるべきでしょう。

 新銀行東京の今回の事態は、情報による信用のプライシングという、金融ビジネス
の本質を考える上で格好の教材です。比較対象としてあまりに低レベルとも思えます
が、民間銀行の銀行員は、新銀行東京を指さして、「我々は全くの素人にはできない
ことを日頃やっているのだ」と胸を張ってもいいでしょう。大いに恥じるべきは、金
融業の本質を知らずに、単にマーケティング論だけから、この荒唐無稽なビジネスプ
ランをぶち上げた経営コンサルタント(名前は思い出さないことにしておきます)
や、年甲斐もなくこれを公約に掲げた石原都知事でしょう。

 問題が表面化してから慌てて作った報告書には、当初の経営者の経営管理に拙い点
があったことが指摘されています。確かに不適切な経営行動があったのかもしれませ
んが、第三者的に見ると、当初の経営者は、東京都が作ったマスタープランに従って
ビジネスを行い、且つ東京都が掲げた目標規模を早く達成させようとして焦っただけ
なのではないかと思えます。個人の不正だけに責任を帰すべき問題だと東京都が考え
るなら、この人物を訴えてその点を明らかにすべきでしょうが、新銀行東京の経営が
行き詰まったことの責任の大半は、当初のプランを作り、しかも開業後のモニタリン
グを適切に行わなかった東京都およびその責任者である石原知事にあるように思えま
す。

 現在、東京都議会では、400億円とされる増資の可否が議論されています。銀行
の経営は、経済環境の変化で良くも悪くも変化し得るので、「絶対に」という条件付
きで将来もダメだと決めつけることは出来ませんが、実績から見て新銀行東京に、彼
らのビジネスモデルに必要な経営資源が無い以上、追加出資は時間稼ぎにしかならな
いでしょう。期待値としては、東京都民にとっての損失を更に拡大させる原因になる
と思われます。東京都が現在掲げている、融資を圧縮して、同時に業務純益を倍増さ
せるという再建プランも、その実現性が信用できるものではありません。預金者や借
り手に対する適切な保護措置は考える必要がありますが、新銀行東京は撤退・廃業を
目指すべきでしょう。

 この増資が実現すると確実なことは、プロジェクトとしての新銀行東京の失敗に関
する総括が先送りされることです。この点で、自分達以外の要因に責任を押しつける
報告書を作り、プロジェクトの失敗を先延ばしして、当初の計画実行者の逃げ切りの
時間稼ぎを行おうとしている、目下の東京都の行動は、役人によるプロジェクト失敗
後の行動として典型的です。ビジネス的なセンスが乏しいことと共に、物事の責任が
空洞化しやすいことが、公的な主体をトップに据えてビジネス的なプロジェクトを行
うとすることの大きな欠点です。この点は、日本版の国家ファンドの可否などを考え
る際の教訓になるでしょう(考えるまでもなく「否」ですが)。

 尚、新銀行東京については、増資決定まで検査に入らない、という金融庁の態度に
は、泥棒が帰ったと分かるまで夜回りに行かない警官のような奇妙さがあります。報
道による状況証拠的には、現状で既に存続に疑問符が付き、預金者を含めた国民もそ
う知っている訳ですから、危機管理には急を要します。直ちに検査に入り事態を把握
すべきでしょうし、必要があれば新規の融資業務のストップ、資産の保全などの措置
を指導すべきでしょう。

 ところで、東京都民は、新銀行東京を公約に掲げた石原知事を当選させ、このプラ
ンを議会で承認した都議(自民、公明、民主の各党が賛成しました)を選んだわけで
すから、大いに不明を恥じるべきであると共に、都民一人当たり1万円などと言われ
る新銀行東京による損失負担は自業自得です。石原知事は、失敗の責任を感じて私財
を提供すべきだなどという声も一部に聞こえますが、新銀行東京への出資は都議会の
議決を経ており、こうした要求は筋違いでしょう。

 ただし、石原慎太郎氏に、政治家として、一個人としての道義的責任があることは
事実でしょうし、彼自身がどのように判断するのかは、注目に値します。個人的に
は、彼は、不向きな政治家などさっさと辞めて、「裕次郎(故・石原裕次郎氏)の兄
貴」という唯一の本職に戻られるのがいいのではないかと思っています。そうすれ
ば、お人好しの東京都民は、威張りさえしなければどことなく愛嬌のある彼を許して
くれるのではないでしょうか。
 
              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 <http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

「火事と喧嘩は江戸の華」と申しますが、2003年の都知事選挙の公約として石原
氏が新銀行設立の構想を掲げ、銀行業界に喧嘩状を突き付けたことに対して喝采を
送った都民も当時少なくなかったのは事実でしょう。

 一方で、新銀行東京の巨額損失の発生という現実を前にして、新銀行設立について
の是非を問う声が現在強まっているのも当然と言えます。この新銀行設立についての
意思決定については、新銀行の存在意義とビジネスモデルの成算についての当時の判
断の妥当性が問われています。

 新銀行の存在意義としては、既存の銀行業務との重複の少ない、中小企業向けの融
資業務の中でも(1)事業歴が短く、財務状況も弱く、既存の銀行から融資の提供を
受けられない小規模事業者などを対象とした、(2)無担保・第三者保証不要といっ
た既存の銀行では提供しない条件での融資、といった分野に特化することで正当化さ
れていました。

 しかし、新銀行設立が都知事選挙の公約とされた2003年当時は、民間の銀行に
よる「貸し渋り」や「貸し剥がし」といった信用収縮を批判する論調が強かったこと
も事実です。新銀行設立の建前とは別に、中小企業向けの融資の分野に無担保・第三
者保証不要といったスキームを持ち込み、既存の銀行業務と積極的に競合することが
暗に期待されていたというのは必ずしも穿ち過ぎの見方ともいえません。

 むしろ、ここで事実として重要なのは、銀行業界は新銀行に対して「公的資金を裏
付けとした民間金融機関に対する競合」とする見方を変えず、石原氏の下で東京都は
外形標準課税の問題などを通して銀行業界に対する批判と対決姿勢を強めていたこと
もあり、強硬な拒絶姿勢を取ったことです。結局、銀行業界との関係は修復されるこ
となく、新銀行は2005年の開業時点で、全銀協非加盟、ATM未接続という形で
発足することになります。

 一方、ビジネスモデルの成算については、新銀行の当初のビジネスモデルに掲げら
れたスコアリングモデルによる融資審査手法の採用について、見通しの甘さを指摘す
る意見が集まっています。しかし、この点については、小口融資を中心に審査コスト
を抑え効率的な営業を目指す方向性としては必ずしも誤りとは言えないと考えます。

 もともと、収益性は高いものの一件当たりの収益に比較して業務負担の大きい中小
企業向けなど小口金融の分野では、融資審査の徹底したマニュアル化が必須とされて
います。財務情報などの定量評価、調査員による定性面での評価によるスコアリング
などを通じて、信用情報を数値化してデータを蓄積し活用することが、ビジネスを効
率的に展開していく上でも、金融機関全体としてのリスク量を把握する上でも重要と
なります。実際、大手都銀でも、中小企業向け融資の分野でのスコアリングモデルの
実用化が進んでいるとされています。

 ただし、こうしたスコアリングモデルは信頼性の高いデータ・ベースの蓄積が前提
であり、本来であれば、既存のビジネスからデータの蓄積を進め、それをもとにモデ
ルを実用化し、対象を比較的リスクの低い融資対象先から段階的にハイリスクな対象
先へ拡大していくのが妥当な導入方法といえます。新銀行としては、開業当初から融
資実務経験者を採用し、定性的な融資判断と合わせてスコアリングモデルの立ち上げ
と熟成を図る方針とすることが、ビジネスの安定性を確保する上では適切だったとい
えるでしょう。

 しかしながら、新銀行の発足に当たって銀行業界と対立を生じたこともあり、既存
の金融機関のノウハウや情報の蓄積へもアクセスがなく、融資実務経験者の確保も困
難な事情から、独自のスコアリングモデルに傾斜していたとも推察されます。

 このように、新銀行の設立を既存の金融機関との対立関係の中でしか果たせなかっ
たことは、新銀行のビジネスモデルの成否についても大きな影響を与えていますし、
そこに石原氏の政治スタイルの限界があったと言えます。

 残念ながら結果としては「喧嘩」には負けた以上、負けを認める必要があり、民間
の金融機関の支援を前提に事態の収拾を図るのが筋だと考えます。同時に、新銀行が
目指した中小企業向けの融資のビジネスモデル、事業者の返済能力を客観的に評価し
信用力に応じた金利で融資を提供する、を既存の金融機関の機能の中で実現・強化し
ていくことの重要性が認識され、引き継がれることも期待します。

 具体的には、中小企業の財務、融資・返済実績などのデータ・ベースを共同で整備
する、(個別企業名などの属性は除いて)データ・ベースを研究機関などに提供しス
コアリングモデルの開発を行わせる、などの取り組みが銀行の業界団体を中心に行わ
れることを期待します。将来的には、第三者機関によって事業者毎にスコアが算出さ
れ、各事業者はそのスコアによって自社の信用度に対する評価を把握できるなど、融
資業務の分野での透明性(融資実行の可否判断や適用金利の基準)が高まることが望
ましいと考えます。

「勝者」となった既存の金融機関の度量が問われるところだと思います。

              外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 津田栄   :経済評論家

 新銀行東京は、2期目の都知事選で東京都の石原知事は資金繰りに苦しんでいる中
小企業を救済するために新銀行を創設するという公約を掲げて当選し、それを受けて
2005年設立されたものです。その当時の2003年春は、デフレ状況のもとで大
手銀行をはじめとする民間金融機関が不良債権処理に集中していて中小企業の資金調
達に応えられないばかりか、貸し渋り、貸し剥がしを進めている時でした。

 しかし、その結果として、今年になって回収不能になった不良債権が285億円に
達し、このままでいけば自己資本比率が国内行の健全性基準である4%を下回り、今
3月期末で126億円の赤字、累積損失は1016億円になると予想され、しかも昨
年末時点で融資した中小企業の約3割、4000社弱が債務超過に陥っており、今後
そこへの貸付が不良債権化して損失が拡大する恐れがあることなど、その経営状況は
惨憺たるものとなっています。これに対して、石原都知事は400億円の追加出資の
承認を議会に要請しています。

 こうした一連の動きをみていると、行政のいろいろな問題が見て取れます。まず、
一旦決まったことは変えられないという硬直的な行政の構造的な体質です。それは、
2003年当時石原都知事が憂慮したように中小企業は金融機関の貸し渋りなどで資
金繰りに苦慮する状況でしたが、新銀行東京設立の決定から実際の設立までの間に、
経済が回復に向かい、民間金融機関の不良債権処理の峠を越えて、貸し渋り、貸し剥
がしが下火になり、中小企業の資金繰りに好転の兆しが見えて新銀行のニーズが低下
したにもかかわらず、環境の変化を無視して設立に突っ走ってしまったことに表れて
います。そして、それは道路建設やダム建設など公共事業に起きる問題と同じです。

 次に、官が民業に乗り出していくと失敗する問題です。資金繰りで苦しんでいる中
小企業を見て銀行を作って何とか助けたいという石原都知事の純粋な発想は理解でき
ますが、それを実際行うとなると銀行経営の難しさからそう単純にいきません。それ
を融資のノウハウもない行政が自らやろうとすると、民間金融機関の協力も得て民間
からの融資ノウハウやスキルを取り込み、慎重で長期にわたる経験を通じて融資など
に関するデータが蓄積されることが必要です。しかも、中小企業へ無担保・無保証融
資というある意味究極的な融資を行うならば、経営者の経営能力や事業の将来性の見
極め能力が民間金融機関以上に必要なはずです。

 しかし、民間からの協力が得られず、融資ノウハウもないなかで採用されたのは、
財務データを入力することで信用リスクを計算して融資判断をするスコアリングモデ
ルという手法です。しかも、中小企業の資金繰り優先から、経営者面談を含めて決算
書提出後3日以内で融資の可否決定をするというスピード処理でした。その背景に
は、無担保・無保証融資、3日間での審査を前提として、3年後の「融資・保証残高
9300億円」などのマスタープランが存在し、民業にとって最も重要であるリスク
と収益を度外視してそうした融資をこなしていくことそのものが重要であったからだ
といえます。その結果として、甘い融資審査となり、民間でも貸すことを躊躇した危
ない中小企業に貸し出すことになってしまいました。それは、業務経験がなくてもデ
ータで基準を満たせば自動的に判断して処理していくマニュアル行政そのものであ
り、結局、民業をそうしたマニュアル行政で行えば自ずと立ち行かなくなるのは当然
といえます。

 三点目は、この新銀行東京がこのような状況になると、もはや実態的には失敗とも
いえましょう。それでも立て直すとなると、相当の時間と労力とコストがかかりま
す。今後の環境変化では、追加出資400億円でも、今の現状を改善させることがで
きず、損失を膨らまし、さらなる出資を必要とする可能性があります。そうした判断
は、行政にはできません。むしろ問題を先送りし、既得権益を守るために、現状を維
持しようとする体質が行政には染み込んでいます。今回の400億円の追加出資は、
そうした行政の体質から、改善プランを作り上げて出された金額であり、その内容に
は依然として合理的な説明がありません。

 四点目は、行政の身内への甘い責任追及の体質です。今回の新銀行東京に対する調
査をみても、責任を旧経営陣に向けるのみで、行政のマスタープラン作成責任、その
マスタープランによる融資姿勢、あるいはノルマなど、行政がかかわった責任も大き
いのですが、それについては不問にされています。しかも、この新銀行の84%の株
式を保有している東京都は、所有者として、銀行を監督する責任を持っているはずで
すが、それについても何も述べていません。しかも、銀行をチェックすべき金融庁
も、民間であれば厳しい検査を、しかも素早い行動を起こすのに比べて、これだけ経
営的にも大きな問題が発覚しているのにもかかわらず、同じ行政への気兼ねか、仲間
意識か分かりませんが、追加出資決定まで検査に入りません。そうした行政の身内へ
の甘さから、こうした問題は、やはり第三者が調査、検査をすべきことを痛感します。

 このような行政の問題の背景には、行政が責任というものを意識しない組織になっ
てしまい、納税者の税金を何とも思っていないところがあるのではないかと思いま
す。そして、この新銀行東京から見えるのは、これまで問題になってきた、行政は何
をしても問題がない、しかも行政に誤りはない(無謬性)という行政の本質的な体質
です。そういった意味で、行政の構造的な問題は、国だけでなく、地方自治体に依然
として解決されないまま残っているということになります。しかも、今の混乱の状況
は、それを改革すべき政治が依然として機能せず、石原都知事が自らの政治的責任を
自覚することなく守りに入り、また議会も新銀行設立を容認した自らの責任を明確に
できず、現状の問題に対する責任追及の調査に乗り出そうとしないために、生み出さ
れているといえましょう。この新銀行東京の救済問題は、政治、行政の問題の根深さ
をあらためて浮かび上がらせたといえましょう。

                             経済評論家:津田栄

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                 No.471 Monday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
----------------------------------------------------------------------------


  拍手はせず、拍手一覧を見る

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      HOME > 国家破産55掲示板

フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。